異世界ネクロマンサー

珈琲党

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13 ダンジョンに潜る

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 俺とリサが暮らす小屋の地下には、練習用のダンジョンがある。俺はダンジョンのシステムを利用して、手下のスケルトンを増やしたのだった。

 俺としては、それだけで十分に満足だし、後はもう放置しようかとも考えていた。このスケルトンたちを使うだけでも、安全で快適な生活はおくれるだろうしな。
 とは言っても、せっかく大魔導師パウムが俺のために用意してくれたものだろうし、放置するのはやっぱり不義理になるのかなぁ。
 そんな感じに、答えのでない思考をぐるぐる巡らせていた。


「イチロウ、どうしたの? ボケッとして」

「うん、地下のダンジョンをどうしようかなって」

「そういえばそうね。入ってみるの?」

「大魔導師パウムが練習用として遺してくれたものだろうから、やっぱり放っておくわけにもいかんだろうなぁ」

「じゃぁ、いつ行く?」

「う~ん、畑の収穫が全部終わってからにしようかな……」

「ダメよ! そんなこと言ってたら、伸ばし伸ばしになるに決まってるもの」

「……分かったよ。今日準備して、明日の朝から攻略開始だ」

「やったー!」

「何だよお前、楽しそうだな」

「えぇ~、だって面白そうだしぃ」

「練習用ったって危険かもしれんぞ」

「私もいるし、スケルトンたちだっているじゃないの! 大丈夫よ」

「おぉ、大きく出たねぇ。じゃぁよろしく頼むぜ、魔女っ子リサちゃん」

「何よそれぇ!」


 俺たちは一日かけてダンジョン攻略の準備をした。リサは慎重すぎると笑ったが、失敗はできないからな。万全の態勢で臨むのだ。



 翌朝。

「よし、荷物は持ったな。忘れ物はないよな?」

「もぅ、大丈夫だって。何回も確認したよ!」

 こまごまとしたものは肩掛けカバンに詰め。大きな荷物は汎用スケルトンに持たせてある。俺とリサの分を分けているので、荷物運びのスケルトンは二体だ。水や食料も一週間は大丈夫な量を持たせてある。リサは大げさすぎると言ったが、兵站を馬鹿にしてはいけないのだ。

 前衛はナイト二体、ウォーリアー二体。その後ろにファランクス二体。
 後衛はビショップ二体、ウィザード二体。
 最後衛に俺とリサ、荷運び、それから俺とリサの専属護衛のニンジャを一体ずつ。

 なんという大所帯。
 ランニングコストがほぼゼロのスケルトンパーティーだからできる贅沢な構成だな。残りのスケルトンたちは、小屋の警戒に残してある。


「じゃぁ、入るぞ!」

「うん!」

『フフフ……、どうなることやら』



 俺はダンジョン入口の手形に左手をかざす。左手の紋様がぼぉっと光って、入口がゴゴゴゴゴっと音を立てて開いた。
 俺たちは隊列を維持したままダンジョンに侵入した。

 入口がまたゴゴゴゴゴっと音を立てて閉じる。真っ暗になる前にビショップが灯りの魔法を使って周囲を照らした。

「もぅ、私が使おうと思ったのにぃ」
 
 リサがむくれる。

「まぁ良いじゃないか。何かの時のために温存しておけよ」

 入口は内側からは開かないようだ。大丈夫だろうか。
 クリアしたら開くのか、別な所に出口があるのか分からないが、ちょっと不安だな。ゲームならそれはそれで楽しめるだろうが、これは実際に命がかかってるからなぁ。

「ゆっくり前進だ」

 俺たちは、そろそろとダンジョンを進んだ。
 しばらくは直進が続いた。


「……ゼンポウチュウイ、ますたー」

 ニンジャが俺たちに注意を促す。
 すぐにヒタヒタと足音が聞こえてきた。

 子供ぐらいの身長の緑っぽい肌をした醜いモンスターが五、六体姿をあらわした。手前の奴らは剣を構え、奥の奴らは弓を持ち、矢をつがえている。

「きゃっ!ゴブリンよ」

「へぇ、あれがゴブリンかー」

 俺たちがのんきに会話している横でスケルトンたちが動く。ビショップがバリアーをはって、ナイトとウォーリアーの剣が一閃。ファランクスの槍が突き立つ。ウィザードが電撃の魔法を放つ。これらがほぼ一動作、無言の連携のうちに行われた。
 
 ゴブリンのパーティーは悲鳴を上げることも出来ずに殲滅されたのだった。数舜遅れてゴブリンの放った矢が飛んできて、バリアーに当たってカァンと音を立てて地面に落ちる。

「あ、終わったみたいだな」

「えぇぇ……」

 リサは唖然としている。
 自動的に戦闘が始まって、一瞬で終わってしまった。

 俺はスケルトンたちとテレパシー的なものでつながって、より細かい指示を出すことも出来るが、こういうオーソドックスな戦闘ならスケルトン任せにしたほうが楽だし早いな。

 その後もオークとかトロールとかオーガとか、RPGでは定番のモンスターたちがパーティを組んで攻撃をしかけてきたが、ほとんど瞬殺といった感じだった。俺とリサは見ているだけで片が付いてしまった。

 ガシャガシャガシャガシャ……。

「おぉ!この音は……」

 やはりスケルトンたちのバーティ―だ!
 俺は手下のスケルトンたちに、防御に徹するように指示を出した。

 見たところ、敵パーティーは前衛がスケルトン・ファイター、後衛がスケルトン・アーチャーだな。攻撃を受ける立場から見るとすごい迫力だ。
 ファイターの熟練の剣さばきは見事なものだし、それを縫って放たれてくるアーチャーの矢もゴブリンのものとは全く違う。バリアーに当たるガィンという音からもその威力がうかがえる。

 その間に俺は敵スケルトンたちのステータスを書き換えて行く。やはり、ファイターとアーチャーだった。これがナイトやスナイパーだと、もっと手強くなるわけか……。なるべくは敵に回したくないものだな。
 
 大人しくなったスケルトンたちをパーティーに加える。とりあえずは俺たちの後ろにずらずらと並ばせることにした。ダンジョン攻略のパーティーというよりも、ダンジョン調査隊といった様相になった。


「……なんか、ちょっと違う気がする」

「お前、それは贅沢だぞ。安全な方が良いに決まってるだろ」

「うん、分かってるよ……」

「見ろ、そろそろ終点だぞ」


 俺たちの目の前には、結構な大きさの空間が広がっていた。天井も壁も魔法の光が届かないので、正確な広さは分からないが、ちょっとした体育館ぐらいはあるだろう。

「すごいねー!」

 リサの声が広間にわぁんと反響した。

「何が来るか分らん。気を付けろよ」


「……ゼンポウチュウイ、ますたー」

 ニンジャが何かを察知したらしい。
 奥の方からズゥンという振動が響いてきた。

 ズゥン、ズゥン、ズン、ズン……

「きゃぁ! あ、あれってドラゴン!」

「いや、あれは……」

『あれはレッサードラゴンじゃの。手強いぞ』


 見た目は巨大なオオトカゲ。ガッチリとした四つの足で地面を踏みしめている。角や棘はなく羽も生えていない、飾り気のないツルッとした体形だ。

 それにしてもデカい。奴は四つん這いなのに、頭までの高さは二メートルを超えるだろう。そいつが地の底から響くような唸り声をあげて、突進してきた。


「ひぃぃ~」

「防御を固めろ!」

 ビショップ二体がバリアーをはり、前衛のナイトも盾を構えて防御態勢をとった。

 がぁぁぁん!

 大地を揺るがすような衝撃音が響き渡ったが、なんとかレッサードラゴンの突進を受け止めたようだ。
 すぐさまウォーリアーが長大なバスターソードを振り下ろす。

 ぎぃぃん!

 さらにその後ろからファランクスが槍を突き出す。神速の連続突きだ。

 がががぁぁん!

 しかし、レッサードラゴンの鱗にはじかれてダメージがほとんど入っていない。ウィザードの電撃魔法もアーチャーの矢も、やはり鱗にはばまれている様子だ。

「なんちゅう化け物やねん。練習用ダンジョンにこんなの出すなよ!」


 そうこうしているうちに、レッサードラゴンの口元に光の粒が集まって行く。

「ブレスか何か吐くつもりだ! 気を付けろ!」

 俺とリサは地面に伏せる。

 ぶぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!

 レッサードラゴンが超高温の炎を吐き出した。
 最前衛で盾役をしていたナイト二体が、その炎によって消滅。ウォーリアー二体も大ダメージを受けてしまった。俺たちはビショップの二重のバリアーによって守られたが、そろそろビショップの魔力が尽きそうだ。
 俺は頭が真っ白になりかけながらも、なんとか指示を出す。

「ファイター三体は前衛へ、ウォーリアー二体は一旦下がれ!」

 ウィザード二体は交互に衝撃の魔法を放っている。ファランクス二体も交互に連続突きを繰り出している。ダメージは与えられないが、牽制けんせいにはなっているようだ。

 ごぉん! がががぁぁん! ごぉん! がががぁぁん! ……

 さすがのレッサードラゴンも攻めあぐねているようだ。


「リサ、ウォーリアーを修復できそうか?」

「わ、分かった、やってみる!」

 
 俺は広間の出入り口を振り返る。
 出入り口はいつの間にかふさがれていた。ダメもとでニンジャに出入り口の解錠をさせてみたが、やっぱり駄目だった。どうやらここはボス部屋らしい。レッサードラゴンをなんとかして倒さないと、俺たちはここで終わる。


 レッサードラゴンが長く太い尻尾を叩きつけてきた。
 
 ぶぅん、どぉん! ぶぅん、どぉん! ぶぅん、どぉん!

 盾役のファイターが一体、また一体と粉々にされて行く。ナイト程は頑丈ではないのだ。万事休すか。


「一体直ったよ!」

「サンキュー! もう一体も頼む」

 直ったウォーリアーのステータスを確認。

 術者:イチロウ・トオヤマ
 名前:なし
 種類:スケルトン・ウォーリアー
 用途:近接戦闘
 状態:ダメージ小
 熟練:極
 特記:用途変更可能


「おぉ! 熟練が極! クラスチェンジだ!」

 スケルトン・ウォーリアーはスケルトン・バーサーカーにクラスチェンジした。
 漆黒のフルプレートアマーを身につけ、あきれるほど分厚く長大な剣を両手で構えている。べ〇セ〇クのガッ!!☆――

「よし! レッサードラゴンを倒せ!」

 バーサーカーはぐぉぉんと吠えると、猛烈な勢いで突進し、剣を振りぬいた。

 ザシュツ!!

 バーサーカーの剣によってレッサードラゴンの肩口が切裂かれた。
 赤い血がドバっと吹き出し、とてつもない咆哮をあげて、レッサードラゴンがのけぞる。

「効いているぞ! あの傷へ攻撃を集中しろ!」

 アーチャーの矢がウィザードの電撃がファランクスの連続突きが、そこへ集中する。その間にもバーサーカーが剣を振り回し、レッサードラゴンに新しい傷を作って行く。

 そのうちレッサードラゴンの足元がおぼつかなくなってきた。大量に出血したために貧血を起こしているのだろう。フラフラのレッサードラゴンの脳天にバーサーカーがあの長大な剣を振り下ろす。最後のトドメだ!

 ザンッ!

 レッサードラゴンの頭蓋が縦に割れ、体がズゥンと横倒しになった。

「勝った……」

「イチロウ、やったよ!」

 リサが飛びついてくる。

「よくやった。お前がウォーリアーを修復してくれたから勝てたんだよ」

「エヘヘ……」

 それにしても危なかった。チュートリアルでドラゴンと死闘って、バランスがおかしいだろ。ダンジョンを見つけたあの日に、勢いで攻略しようとしていたらと思うとゾッとする。大魔導師パウムって性格悪いのかもしれんな。


「あれ!」

 リサが指さすバーサーカーの様子がおかしい。ガクガクと体を震わせて立ち上がったかと思うと、その場でバラバラに崩壊してしまった。

「えぇぇぇぇ! もしかして、バーサーカーって一回きりの使い捨てなのか?」

 貴重な戦力を失ってガックリしたが、しかしバーサーカーがいなければ勝てなかっただろう。あれは、最善の選択だったはず、と自分で自分を慰める。


 それから俺たちは広間の奥に小部屋を発見した。
 小部屋の中には、いかにもな宝箱が置いてある。念のためにニンジャに調べさせ、問題がないことを確認。

「慎重ねぇ……」

「当たり前だ! どんな意地の悪い仕掛けがあるか、わかったもんじゃないからな」

 宝箱の中には紙切れが一枚入っていた。


 我が弟子たちよ、ここまでよく頑張りました。
 正式に魔導師を名乗ることを許可します。

        パウム・エンドルフェン


「えぇ、これだけ?」

「みたいだな……」

 俺は宝箱の蓋をばふんと閉じた。
 すると、突然視界が歪みだし、キィンという強い耳鳴りがし始めた。

「うわっ!」

「イチロ――」

 俺たちは白い光に包まれて、スッと意識が遠のいた。


 気が付くと俺たちは、小屋の地下に戻っていた。チュートリアルダンジョンの入口は綺麗になくなっていた。


「やっと戻って来たのね」

「あぁ、なんだかすごい時間が経った気がする」


『そういえば、クロゼルは何やってたんだ?』

『私の術はドラゴンには効かんからの、観念して見物しておったわぃ』

『……そうか』


 死ぬ思いをして、しもべのスケルトンを何体もなくして、ようやく手に入れたのが紙切れ一枚。
 しかし、後悔はなかった。師匠にしっかりと認められたという充実感があった。

「これで俺もお前も正式な魔導師だ」

「エヘヘ……、なんか嬉しい」

「お前は魔女っ娘リサ、俺は希代の大魔導師イチロウな」

「何よそれぇ!」

 リサが俺の脇腹をつねりあげる。

「ぐぇ!」



 その夜、夢を見た。

 どこかの白い空間で、俺とリサと上品な婦人とで談笑していた。その婦人が大魔導師パウムなのだと思う。ひとしきり俺たちをねぎらうと、彼女はニッコリ笑って俺とリサに手を振り、背を向けてどこかへ立ち去った。
 その日以来、俺もリサも彼女の夢は見なくなった。
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