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19 商売を始める
しおりを挟むカステルハイム伯からの返事はすぐに返って来た。
要約すると以下の内容になる。
森の全ての権利と、全ての責任を魔導師イチロウに委譲する。
魔導師イチロウは年に一壺の砂糖を税としてカステルハイム伯に納めること。
このあいだ使者に出した提案がそのまま通ったらしい。特に面倒な条件が追加されることもなく、逆に拍子抜けするほどだった。
「使者殿の働きのおかげで、伯爵様と良い関係が築けました。また何かありましたらよろしくお願いします」
俺は使者を十分に労ってやり、また砂糖と酒を渡してやる。
使者はほくほく顔で帰って行ったのだった。扱いやすくて実に結構。
「これでこの森は俺たちのものになったわけだ」
「すごぉい! でも何が変わるの?」
「砂糖はリサの魔法でいくらでも作れるから、経費は実質無いようなものだろ。森の管理は元々言われるまでもなくやってたしな。何が変わったかと言うと、要は俺たちの拠点が伯爵公認になったということだな」
「いろいろ口出しされるんじゃない?」
「送られてきた公文書を読む限りでは、それはなさそうだな。問題が出ないなら自由にやってくれって感じだ」
「へぇ~、貴族なのに意外と話がわかるのね」
「そりゃあ、あの連中だってちゃんと損得勘定は出来るだろ。自分たちに損がないどころか得があるんだから文句はないはずだ」
「ふぅん、なるほどねぇ」
「伯爵のお墨付きをもらったんだから、まずは商売でもするか」
「うん! でも、どこで何を売るの?」
俺はスケルトンたちに小道の雑草をきれいに刈らせて、旧道から入ってすぐの所に簡素な小屋を建て、小屋の前に大きめのテーブルを置いた。材料や道具はマクド村から使えそうなものをもらってきた。
それから、旧道と新道の分かれ道の標識の下に小さな看板を取り付けた。
安くて美味しい砂糖、計り売り
← 売り場はあちら
こんな感じの看板を旧道の各所にも設置していった。
この世界の識字率は低いらしいが、商人なら大抵読める。商魂逞しい行商人なら、多少不便な場所でも十分に安ければ買いに来るはずだ。なにせ、砂糖は希少らしいから欲しい奴はたくさんいるはずだ。
コップすりきり一杯銀貨一枚で売ろうとしたら、リサが安すぎると言う。普通はその量で銀貨二十枚はするらしいのだ。
「分かった。じゃぁ銀貨十枚にしよう」
「それでも安いけどね」
「まぁ、原価がタダみたいなものなんだから、良いじゃないか」
「イチロウはその辺が甘いよねぇ」
「いいの! まずはここまで商人に来させることが大事なんだから。ほら、お客が来たぞ」
「「いらっしゃい!」」
「ここで本当に砂糖が買えるのか?」
見るからに行商人だ。荷車は空になっており、街で商売を終えてきたのだろう。彼が疑うのは分かる。本来なら街の薬屋の奥に厳重に保管されているような物なのだから。こんな辺鄙な場所の露店みたいなところにあるわけないと考えるのが普通だ。
おそらく彼は好奇心に勝てず、ダメもとでやって来たのだろう。ある意味見込みのある奴だな。
「もちろん。何だったら味見をしてみてくれ」
俺は小皿に盛った砂糖を差し出す。
「まてまて、毒じゃないだろうな? まずお前らが舐めて見ろよ」
確かに疑いたくもなるか、そういう種類の強盗もいないわけではないし。
俺とリサは砂糖を手に取って口に入れる。それを注意深く見ていた行商人は、意を決して砂糖を口にいれた。
「甘い! た、確かに砂糖だ!」
「どうする? このコップ一杯で銀貨十枚だが」
「何!? 本当か? 安すぎるだろ!」
行商人はコップやその中に入っている砂糖をしつこく確認していたが、やがて納得した様だった。
「分かった。じゃぁ二杯貰おう」
「まいど! あんたが初めてだから、もう一杯オマケしてやるよ」
「ほ、本当か!? それで商売が成り立つのか?」
「良いから気にすんな。店はずっと出してるから、また来てくれ」
「……あぁ、ありがとう」
あまり期待はしてなかったが、それでも客がポツポツやって来る。やはり、看板を見て好奇心を刺激されたらしい。まぁ、これくらいなら、俺一人でもさばけるかなとのんびり構えていたら、急にドッと押し寄せてきた。
「お、俺に全部売ってくれ!」
「馬鹿野郎! 俺が先だ!」
「糞っ! 横入りすんじゃねぇ、俺が先だろうが!」
「俺の靴を踏むな! ボケが!」
「こら! 俺を誰だと思っている!」
「知るか! ちゃんと並べよ!」
ちょっと収拾が付かない状態になったので、茂みに潜ませておいたスケルトンたちを呼び出して、客の整理をさせた。
「「「ひぃぃぃ! ス、スケルトンだぁ!」」」
「そいつらは俺の手下だから、気にするな。良いからちゃんと指示通りに並んでくれ。並ばない奴には売らないぞ!」
「はい、はい! 並んで、並んでぇ! 一人コップ五杯までだよ!」
一時ちょっと混乱したが、スケルトンたちに怯えたせいか俺たちの迫力におされたせいか、やっと静かになった。行儀よく並んだ客たちに順序良く砂糖を売って行く。砂糖を受け取ると客たちは一応満足したのか、静々と帰って行った。
「急にドッと来たなぁ」
「でも凄い売れた!」
「砂糖はまだあるか?」
「あと少し」
「そろそろ店じまいするか」
「そうね」
「おい! あこぎな商売してるってのはてめぇらか!」
街のゴロツキ以外には見えない男たちがドヤドヤとやって来た。数は五人。さっき大声をあげたのは、真ん中の男。彼らの中では一番マシな服を着て、一番偉そうにしているから、連中のリーダー的な奴なのだろう。
「誰に断ってこんなところで商売してやがるんだ!」
「誰に言われてもなぁ……」
「そうよねぇ……」
俺たちは顔を見合わせた。リサはやれやれといった表情だ。
「それで、何の用だ? どう見てもお客には見えないが」
男は店の前のテーブルをバァン!と叩いて言った。
「砂糖はバロウズ商会が取り仕切っているんだ。うちに断りなく砂糖を隠れてさばくとはふてぇ奴らだな。どう落とし前を付けてくれるんだよ、ああ?」
男はドスの効いた声で怒鳴りつけてきた。
「悪いが帰ってもらえるかな。商売の邪魔だから」
「何ぃ!!」
ドカンと男がテーブルを蹴る。
「おい! 野郎ども、こいつら叩きのめして店をぶっ壊してや――うん?」
男の仲間たちは地面でノビている。ニンジャの手刀一発で静かに眠らせてやったのだ。男の右にはナイトが、左にはウォーリアーが、背後にはニンジャが音もたてずに忍び寄っていた。青白い炎の瞳でジッと見つめられて、男の顔色が急速に悪くなる。
「ス、ス、スケルトンだと!?」
「俺はパウム・エンドルフェンの後継者で、伯爵様からこの森の管理を任せられているんだ。文句があるならお城へ行ってこいよ」
「んな!?」
「バロウズ商会なんか知ったことか。ここは俺の土地だ! 何をしようと俺の勝手だろ。わかったらその連中を連れて帰れ!」
「う、あ、はい……」
男はようやく意識を取り戻した手下どもを連れて、すごすごと帰って行った。
「わざわざこんな辺鄙な場所で小さく商売してるのに。それでもあんなのが来るんだからたまらんな」
「いろいろ大変だね」
「今日はもう店じまいだ」
「うん」
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