異世界ネクロマンサー

珈琲党

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25 居候の女吸血鬼

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「おい! ベロニカ、お前にも仕事を与えてやる。ありがたく思え」

 俺は地下室で惰眠をむさぼっていたベロニカを叩き起こした。

「……むにゃぁ、何よぉ、藪から棒に……」

「賃料と酒代分は働いてもらうから」

「はぁ? 嫌よ!」

「『はぁ?』って何だよ! 言っとくが、俺はお前のご主人様なんだぞ」

「フン、言われなくても分かってるわよ」

「……お前、また面白い踊りを踊りたいか?」

 俺はニヘラと笑って、ベロニカを目でなめまわす。

「ぅぅぅ……」

 ベロニカは両手で体を隠して小さくなる。


『イチロウは優しいのぉ。有無を言わせず命令すれば良かろうに』

『コイツには一応心があるからなぁ。ある程度は自由意志を尊重したいんだ』

『ふぅむ、私には理解できんわぃ』

『スケルトンと同じ扱いというわけにはいかんだろ?』

『スケルトンの方が役に立っておらんかぇ?』

『う~ん、そういえば、そうかもしれないが……』


「――ちょっと! どうしたのよ?」

 ベロニカは虚空を見つめて無言になった俺を見て、苛立たしげに言った。
 クロゼルの姿はベロニカには見えない。
 リサには寝起きの時にチラッと見えるらしいが、ベロニカにはチラッとも見えないのだ。
 まぁ、見えたらそれはそれでややこしいから、今のままでいいけど。

「あぁ、すまん。お前は吸血鬼だから、何か特殊な能力があるんだろ?」

「もちろんよ! 下等な人間とは違うのよ」

 ベロニカはあごを上に向けて、フフンと言って胸を張る。
 自己評価が高いのは良いことだ。

「じゃぁ、どんな能力があるのか教えろ」

「なんでよ、嫌――! はい、暗視と飛行能力、それに催眠の魔法が使えます、マスター」

「ふぅん、催眠ねぇ。微妙だなぁ……」

「ちょっと! 微妙って何よ、そんな言い方ってある?」

「なんか、パッとしないっていうか」

「キィィ……」

「まぁ、でも夜目がきいて空が飛べて催眠の魔法が使えるんだから、たいしたものだよ」

「なによ! 取って付けたみたいな言い方して」

「その能力を使って情報収集をしてくれ。これは命令な」

「はぁ? 嫌――! かしこまりました。マスター」

「ただで住まわせてもらって、ただ酒を飲むのは気が引けるだろ? それにちゃんと情報を集めてくれるなら、この地下室をお前の好きに使っていいから」

「……ぅぅ。分かったわよ。で、どんな情報が欲しいのよ?」

「噂でも事件でもパンの値段でも、街で手に入る情報なら何でもいいから。週末に必ず報告すること」

「うへぇ……―― かしこまりました。マスター」

 ということで、吸血鬼のベロニカは俺専用の諜報部員になったのだ。
 情報の質は当面は期待できないが、こういう役目の者がいるだけでも違うからな。
 ほんの少しの情報量の差が生死を分ける、かどうかは知らないが、とにかく何でも情報は集めておきたい。この世界にはネットがないからなぁ。


 それからしばらくすると、ガランとしていた地下室が部屋らしくなっていた。
 石畳の床の上には絨毯が敷かれて、ベッドにタンスに机に本棚に鏡台まで置かれている。本棚には本がぎっしりだ。ベロニカは無一文なので、結局金は俺が払っているのだ。
 いくら掃いて捨てるほど金があるとはいえ、本当に遠慮のない奴だな。まだ大した成果もあげていないのに……。


「吸血鬼は棺桶一つあれば十分なのかと思ってたが、違うのか?」

「まさか! 誰がそんなこと言ってんのよ」

「本があるってことは、字読めるんだ」

「当たり前よ! バカにしないでくれる!」

「前の主人に放り出されたのは、金遣いの荒さが原因なんじゃねぇの?」

「ち、違うわよ。いろいろあったの!」

「ふぅん、まぁ良いさ。使った金に見合う分は働いてもらうからな」

「わかってるわよ」

「働きが悪いときは体で支払ってもらうからな、ムヒヒヒ……」

「ひぃぃぃ……」



「最近は夜にベロニカが出かけてるけど、どこに行ってるの?」

「あぁ、街であれこれと情報を集めてもらってるんだ」

「ふ~ん」

「あいつは催眠の魔法が使えるから、そういうことに向いているはずだしな」

 俺も鳥ゾンビを作って街に向けて飛ばしたりしているが、鳥ゾンビは街中の情報収集には不向きなのだった。
 なにせ鳥だから、いろんなものから常に狙われるのだ。鷲とか鷹みたいな猛禽類もそうだし、雑食性のカラスにも襲われてしまう。地表近くだと猫や犬にも注意しないといけないし。街中でも他人の迷惑お構いなしに、矢を放ってくる輩だっている。
 情報集めに集中すると、自分の身の安全がはかれなくなるのか、とにかく生還率が低い。というか生還しない。なので情報も得られないのだ。

 精神をつなげて、リアルタイムの情報を得ることはできるが、その状態で鳥ゾンビがやられると、俺もそれなりの精神的ダメージを負うのであまりやりたくない。
 地理や地形をざっと把握する分には非常に有益なんだけどな。


「さてさて、ベロニカはどうしているかな?」

 俺はベロニカの精神に薄っすらとつながった。あんまりガッツリとつながると、本人にバレるのだ。スケルトンなら関係ないが、ベロニカだと機嫌が悪くなるので慎重にする。

「ふ~ん、酒場に入ったようだな。まぁ、この時間だと酒場くらいしか開いてないか」

 それにしても、飲むねぇ。エールをガンガンいってるな。
 おやおや、男がやって来たぞ。下心がありそうな顔だ。
 男の奴、どんどん酒をすすめてくるなぁ。
 それで、酔ったふりして介抱してもらって外に出て……。

「あ! 連れ込み宿に入ったぞ」

「えぇ!? それでそれで?」

 リサは興味津々だ。

 男と二人で部屋に入って、いきなり催眠の魔法を男にかけた。
 男に何かを延々としゃべらせているな。まぁ、情報収集はしてるっぽい。

 それから、男が話をやめると、ベロニカが男に迫る。
 ジュルジュルっと男の血を吸いつくして、ミイラ一丁上がりかよ!
 ベロニカはミイラを抱えて窓からトンズラ……。

 ふぅむ、一応仕事はやってるが、要らんこともやってるな……。
 まぁ、証拠隠滅してるし事件にならなければ構わないか。


『仕方ないのぉ、吸血鬼はああいうものじゃから』

『だなぁ……』


「ねぇねぇ、どうなってるのよ!」

「ん? あぁ、ちゃんと仕事はやってるみたいだ。男から話を聞いて部屋を出たぞ」

 俺はゲッソリした顔で答えるのだった。

「ふ~ん。それだけ?」

 リサはつまらなそうだ。
 
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