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31 無謀な侵攻
しおりを挟む妻が娘を連れて実家に里帰りしていたのは、今にして思うと幸運だった。妻にはもうしばらく実家にとどまるように手紙を出した。使用人たちには、前日のうちに退職金代わりの一時金を持たせて暇を出してある。
家財道具は惜しいが、置いて行くしかなさそうだ。金貨銀貨といくらかの宝飾品を袋にまとめて身につける。旅支度を整えて住み慣れた家を出た。辺りはもうすっかり日が暮れている。もう二度と戻ってくることはないだろう家を振り返って、目に焼き付けた。
荷物を載せた馬にまたがり王城へ向かう。王城で城の守備兵たちと落ち合って、魔導師の住処に夜襲をかける段取りだ。内政の要であるはずの宰相が兵を率いて捕り物をするなど、実に馬鹿げた話だ。私がいなくなることで各所で滞りが生じるかもしれないが、王の命令ならどうしようもない。無能な王だとは分かっていたが、もはやこれほどとは思わなかった。
ヘンリー王は口うるさい私を排したいのかもしれない。王国のためを考えての諫言だったが、ほとんど聞き入れられなかったのは残念だ。先代の国王には随分と世話になったが、もう十分に義理は果たしたと思う。あとは野となれ山となれだ。
――――――――――――――――――――――――――
同日同時刻。カステルハイム城。
「領主様! 大変でございます!」
「なんじゃ、こんな時間に騒ぎおってからに……」
「そ、それが、国王陛下の兵が動いているようでして」
「なにぃ!? それで、どこへ向かっておるのだ?」
「どうやら、あの森に向かっているのではないかと……」
「ふぅむ……。王城へ使者を出すのだ。どういうことか一応確認せねばならん。
それからイチロウ殿の所へも使いを出して、現地でも確認をとるのだ」
「かしこまりました、領主様」
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結婚を機に俺の生活は一変、しなかった。リサと寝床は一緒になったが、それ以外は基本的に同じだ。
リサはスケルトンたちを使って、朝早くから砂糖作りと酒造りにいそしんでいる。
俺はといえば、商人たち相手に商売を続けているのだった。売り物は砂糖、酒、干し肉、乾燥野菜。相変わらず良い値段で売れる。俺とリサだけだと金が貯まる一方だったが、ベロニカがやってきてからはそれなりに消費もするようになった。なので御用聞きも頻繁に来るようになっていた。
この国では普通に貨幣が流通しているのだが、俺の所に来る商人たちは、銀貨よりも砂糖などの現物で支払ってほしいようなのだった。なので色々とややこしいことになる。取引が少ないうちは、どんぶり勘定で何とかなっていたが、ここ最近はそうもいかなくなってきていて、仕事終わりに帳簿をつけるようになっていた。
「おかしいぞ! 俺はそれなりの魔導師のずなのに、なんで商人みたいなことをしてるんだ?」
「お主が自分で始めたことではないか……。諦めよ」
「……くそぉ、スケルトンたちは計算ができないんだよなぁ」
俺が眠い目をこすりつつ帳簿とにらめっこしていると、ゲート前のスケルトンから通信が入った。俺がスケルトンの目を通して確認すると、兵士がズラッと並んでいて思わず変な声が出た。
「なんにゃこりゃ!?」
「あの紋章は王城の兵士たちだの。こないだの仕返しに来たのやもしれん」
クロゼルが俺の心を読んでそう言った。
「どうしたものかね。全員ぶち殺すか?」
「それも面白いかもしれぬ。フフフ……」
とは言ったものの、すぐに攻め入ってくる様子はない。
どうするつもりなのか見ていると、身分の高そうな男がゲートの前まで来て声を張り上げた。
『私はガザ王国宰相のクロムウェルだ。この森の魔導師殿と少し話がしたい』
俺はスケルトンの口を借りて返事をする。
『話をするのは良いのですが、その兵士たちはどういうつもりなのでしょう?』
二体のスケルトン・ナイトをずいっと前に出すと、近くにいた兵士たちが明らかにうろたえる。城勤めでなまくらになってるのかもな。俺は剣の柄に手をかけている兵士たちに向かって脅しをかけた。
『ここで剣を抜くと酷いことになるからな!』
『申し訳ない。兵を率いて来たのは王の命令だから許してもらいたい。私は話がしたいだけだから』
「クロゼル、なんで宰相なんかがこんなところに来るんだ?」
「そんなこと知らんわぃ。本人から聞き出せばよかろう」
『……分かりました。では、宰相閣下のみ入場を許可します。
少し距離があるので馬に乗った方が良いですよ』
後ろの兵たちが少しざわめくが、宰相が何かを言って黙らせた。
それからすぐに、ニンジャの先導で馬にまたがったクロムウェルが家に到着した。あの小道をゲートから家まで歩くと何時間もかかるが、馬だと半時間もかからないんだな。俺は最近はニンジャにおぶってもらって移動している。奴らは馬よりも速いのだ。
「これは宰相閣下、初めまして魔導師のイチロウ・トオヤマです。こちらは妻のリサ」
「初めまして、閣下」
「宰相のクロムウェルです。夜分恐れ入ります。それで、あちらの方は……」
と言いかけて、 クロムウェルがストンと無表情になった。
「はい、一丁上がりよ」
俺は催眠にかけられたクロムウェルに尋ねる。
「あんた、本当に宰相なのか?」
「……そうだ。ガザ王国宰相のクロムウェルに間違いない」
「なんで宰相閣下が俺の所へ兵士連れてやって来たんだ?」
「……陛下の命令だ。森の魔導師を捕らえてこいとのことだ。生死も問わないのだと」
「しかし、わざわざ宰相が来るのはおかしくないか? 普通は相応の役人が来るだろ?」
「……私もそう思う。陛下は口うるさい私を遠ざけたかったのだろう」
「そもそも王はなぜ俺を捕まえたいんだ?」
「……恐らく陛下は目に見える功績を残したいのだろう。私は無益だと反対したのだが……」
「なるほどね、それであんたは何を話しに来たんだ?」
「……国王陛下の愚かさには、ほとほと愛想が尽きた。
先代の国王より宰相として仕えているが、もはや私には救いようがない。
もう、この機会に私は行方をくらまそうと考えている。
しばらくの間、家族ともどもどこかに匿ってもらえないものか、お願いに来たのだ」
「それで、――んあ!?」
ゲート前で問題発生だ。一部の兵士が暴発してゲートを壊したのだった。そしてそれを契機に、スケルトンの静止を振り切って隙間から続々と兵士たちがなだれ込んできた。ナイト二体で侵入を食い止めることはできただろうが、俺はあえてそうさせなかった。数に押されているふりをして、良い感じに受け流す。
俺はこの機に完全に禍根を断ってしまうことに決めた。二百の兵はこの世界では相当大きな戦力だ。虎の子の部隊がここで姿を消せば、さすがにあの尊大な王も気力をなくすだろう。
宰相の話を聞く限りだと、この捕り物にはなんの大義もない。王のただの自己満足のために他の貴族が力を貸すとは考えられないから、ここでケリを付ければそれきりのはずだ。
小道に侵入した兵士たちは隊列を組み直し、抜刀して行進を開始した。
「やれやれ……。まぁ警告はしたからな」
全ての兵士たちが小道に入ったのを確認した俺は、彼らを十分に引き入れておいて、ウィザードの火球を四方から打ち込んでやった。彼らは瞬時に燃え上がり、苦しむ間もなく灰になって消えた。元は鎧や剣だっただろう融け崩れた鉄塊だけが、小道のわきにわずかに残った。
汎用スケルトンたちが手早くゲートを修理して、小道に残った鉄塊などを片付けてしまうと、兵士たちのいた痕跡が何もなくなってしまった。ゲート付近があれほど騒然としていたのに、今は嘘のように静まり返っている。
「ベロニカ、もういいよ」
「じゃぁ私は下で飲んでるから」
「お疲れ」
クロムウェルに表情が戻る。
「――!? それで、あちらの……。おや、私の見間違いでしたか……」
それからクロムウェルは話し始めた。
彼は裏表のない人物のようで、話の内容は催眠で聞き出したこととほぼ一致していた。
しばらく後に伯爵の使者がやってきた。
俺は使者に事情を話し、クロムウェルの身柄を託すことにした。伯爵宛てに一筆書いたからなんとかしてくれるだろう。
「それで、私と来た兵士たちは……」
「あぁ、彼らなら私の方で対処しておいたので心配ありませんよ」
「……そうですか、いろいろとありがとうございました」
クロムウェルは察するものがあったのか微妙に表情を動かしたが、それ以上は何も言わなかった。
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