異世界ネクロマンサー

珈琲党

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43 青天の霹靂

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 よく晴れた朝。

 こないだ作った水洗トイレは、今までのぼっとん便所と比べると実に快適だ。
 なにせ、便所に入るのに、気合とか用心とかそういうのが必要ないのが良い。
 気楽に便所に入って用を足せるのだ。
 こんな当たり前のことが、ちょっと前までそうじゃなかったわけだ。

 
「さぁ、今日は何をしようかな……」

 さしあたって、解決しないといけない問題は何も思い浮かばない。
 ここ最近では珍しく暇な一日になりそうだな。


「イチロウ、こういう時こそ注意を怠ってはならぬ」

「えぇ!? 何でだよ。何もないじゃないか」

「上手くは言えぬが、私の経験ではそうなのじゃ」

「ふぅん。じゃぁ、各所のスケルトンの目をザッピングしてみるかな……んあ!」

「なんじゃ?」

「西の方から何かが来る!」


 ヘッセルバッハ伯領を監視しているスケルトン・ニンジャからの報告だ。
 ニンジャの目を借りて確認すると、草原のさらに向こう、農村のあるあたりに砂煙が立っている。
 それがこちらへ向かって高速で近づいて来ているのだ。
 正体は不明だが、良いものではないだろう。


 俺はリサが身につけているゴーレムに意識をつなぐ。

『リサ、何かが森に近づいて来ている』

『何なの?』

『分からん。とりあえず、作業は中止して、いつでも動けるようにしておいてくれ』

『わかった!』


 俺は念のために、東・南・北のスケルトンたちの様子も確認した。

「他の方向は特に問題ないようだな……。対処すべきは西か」

「ふむ、あれは竜巻などではないのぉ、何か鳥のような集団が近づいて来ておる」

「よし、とりあえず、西面の防御陣を厚くするか」

 出来ることなら、森の外で終わらせたいところだが……。


 リサがやって来る。

「何かわかった?」

「鳥か何かの集団が、西から近づいて来ているんだ。何が起こるか分からんから、寝坊助の吸血鬼も起こしてきてくれないか」

「うん、わかった!」


『……あれは、鳥じゃないな。虫?』

『うむ、あれは大イナゴの群れじゃの。このままでは森に侵入されるぞ』

 大イナゴは雑食性で、進路の先にある物なら、穀物でも動物でも何でも食う。
 とにかく食って食って、食らいつくして、やつらの通った後には何も残らない。
 一匹一匹はそれ程の脅威ではないが、群れになるとドラゴンをも倒すという。

 俺はスナイパーとウィザードの混成部隊で大イナゴを迎え撃つことにした。
 ビショップは適宜にサポート。ニンジャは遊撃部隊。
 ナイトとウォーリアー、ファランクスはそれでも抜けてきたイナゴを狩るために俺たちの近くに配置。
 念のためにビショップとニンジャを一体ずつ、俺たちの手元に置いてある。


「ふわぁぁぁ……。何よ、こんな時間に!」

「大イナゴの群れがこっちに向かってきてるんだよ。とりあえず、その辺にいろ」

「え! 逃げないと!」

「ダメだ、この森を守るんだ。それにここを抜けられると、東の町もやられる」

「イチロウに任せよう。大丈夫だから!」

「西の端で戦闘が始まったぞ!」

 パッと見た感じでは、カラスくらいの大きさのイナゴが千匹以上はいる。

 ビュビュビュビュビュビュビュビュビュビュッ……。

 スナイパーの正確無比な矢によって、大イナゴがバサバサと地面に落とされる。
 しかし、こちらのスナイパーは十体、一度の斉射で十匹が限度だ。なかなか数が減らない。

 数瞬の後、大イナゴの群れがウィザードの射程に入った。
 火球は延焼の危険があるので、電撃と衝撃で対応させている。
 どちらもある程度の範囲攻撃ができるので、数の多い敵には有利だ。

 バアァァン、ガゴォォン、バアァァン、ガゴォォン……。

 衝撃音は十キロ以上離れた俺たちの耳にも届く。
 攻撃を受けた大イナゴがバラバラになって、地面に落ちていった。

「よぉし! 良い感じだぞ」

 といっても倒した大イナゴは全体の四割程度か。
 次々と現れる大イナゴに攻撃が追い付かない。

 スナイパーとウィザードは後退しつつ、巧みに距離をとりながら攻撃を繰り返す。
 それでも、大イナゴに追い付かれてしまった。
 数体が大イナゴにとりつかれて、倒されてしまう。
 スナイパーもウィザードも、至近距離の戦闘には全く不向きなのだ。

 マズイ! と思ったが、大イナゴはすぐにスケルトンから離れた。
 骨しかないスケルトンは餌にはならない。
 大イナゴからすると、枯れ木にしか見えないのだろう。

 ビショップが作った安全地帯に逃げ込んだスナイパーとウィザードが攻撃を再開した。

 ビュビュビュビュビュビュビュビュビュビュッ……。
 バアァァン、ガゴォォン、バアァァン、ガゴォォン……。

 高速で森の中を移動する大イナゴを追いながら、攻撃を繰り返す。
 さらに三百ほどの大イナゴを仕留めたが、最初の防衛線を抜けられてしまった。
 大イナゴの数はあと三百あまり。

 ニンジャが大イナゴに追いすがり、一匹一匹仕留めて行く。
 しかし、この数では埒が明かない。

「近いぞ。ビショップのバリアーの中に避難しろ!」

 バババババ……。

 ヘリコプターが飛ぶような音を立てて、大イナゴの群れが近づいて来ている。
 俺は、ビショップが作ったバリアーの周りに、ナイト・ウォーリアー・ファランクスの壁を作った。
 頼むから、これで持ちこたえてくれよ。

 大イナゴたちは、俺たちを見つけると一直線に殺到してきた。
 何匹かの大イナゴが、ナイトやウォーリアー、ファランクスたちの猛攻をすり抜けてしまう。
 そして俺たちめがけて突進し、ビショップのバリアーに弾かれる。

 ガィィィン!! ガィィィン!!

「ヒィィぃ!」

「ちょ! ちょっと! 本当に大丈夫なんでしょうね!」

「大丈夫だ」
 
 内心冷や汗ダラダラだが、こう答えるしかないのだ。

 さすがに近接戦闘特化型だけなこともあり、大イナゴに押されることもなく、ナイトやウォーリアーは懸命に剣をふるい続ける。その合間を縫って、ファランクスの連続突きが被せられる。

 ズガガガガガァン、ズガガガガガァン、ズガガガガガァン……。

 一発一発は軽いが、それでも大イナゴを貫くくらいの威力はあるのだ。
 俺たちの周りには、大イナゴの死体の山が築かれている。

 丁度いいタイミングで、スナイパーとウィザードの混成部隊が戻ってきた。

 ビュビュビュビュビュビュビュビュビュビュッ……。
 バアァァン、ガゴォォン、バアァァン、ガゴォォン……。

 残りの大イナゴがどんどん駆逐されて行く。
 何匹かは東の方へ逃げて行ったが、すかさずニンジャが追いすがって仕留める。



 なんとか大イナゴを駆除し終わり、改めて被害状況を確認。
 大イナゴが通過した後の森の木は、結構な数が丸坊主にされてしまった。
 枯れてしまう木もあるだろうな。
 それから、鹿の骨も多数。

 家や工場こうばの壁は、大イナゴの突進によってボロボロだ。
 新しく作った便所は、家の向こう側だったので難を逃れた。

「あ~! 畑がぁ!!」

 リサがガックリと膝をついた。
 畑の作物は大イナゴに食いつくされて全滅だ。

「これって、何かの罰? あんたの行いが悪いせいじゃないの?」

 ベロニカが俺を責める。なんでやねん……。

「いや待て待て! 早い段階で手を打ったから、この程度で済んだんだぞ」

『これは仕方ないのぉ。天災に遭ったと思ってあきらめるんじゃな』

「人的被害がなかったんだから、良しとすべきか……」

 スケルトンたちもダメージは受けたが無事だ。自然に回復するだろう。
 あちこち被害は受けたが再建は出来る。


「とりあえず、大イナゴの死骸を片付けるか。リサ、こいつらの死骸って売り物になるのか?」

「ううん、ならない」

「そうか。じゃぁ、ベロニカ、試しにちょっとこいつらを食ってみろよ。旨いかもしれん」

「はぁ!? なにバカなこと言ってんのよ! なにが『じゃぁ』よ!」

「身には毒があるって聞いたことがあるよ」

「なんだよ、食えもしないのか……。ただのゴミってことか?」

 死骸の損傷が激しすぎるから、ゾンビとして使うのもなぁ。
 結局、大イナゴの死骸は開けたところに山積みにして燃やすことにした。
 ウィザードの火球で灰にしてしまおう。

「おぉ! こいつら結構良く燃えるんだな。これできれいさっぱり片付くか……、うん?」

「どうしたの?」

「何か光る物があるぞ。ウィザードの火球でも燃えないとは……」

 俺は灰の山を木の棒でかき回してみた。
 すると、親指大の、ルビーのように赤く透き通った石が数十個見つかった。

「きれいね!」

「それにしてもこれは何だ?」


『ふむ、それは魔石じゃの。モンスターの体内に稀に見つかる物じゃ』

『ふぅん。これって何かの役に立つのか?』

『魔石は空気中の魔素を一時的に蓄えておくことが出来るのじゃ。強力な魔法を行使する際に必要になる。お主の師匠から教わらなんだのかぇ?』

『いや、全く』

いにしえの魔導師たちは、当たり前に使っておったのじゃがの……』


「これは魔石っていうものらしい。リサは知ってるか?」

「知らない」

「ベロニカは?」

「私も知らないわ。でも、誰にそれを聞いたのよ」

「あぁ、前にも言ったけど、俺の守護霊様だよ。何百年もこの世にいるから物知りなんだぜ」

「それって本当なの?」

 ベロニカはいまだにクロゼルの存在を疑っている。

「リサも時々見えるよな?」

「うん、女の人だよ」

 俺とリサとでは見え方が違うが、クロゼルが女なのは事実だ。
 本人がそう言ってるからな。

「まぁあれだ、ベロニカにはそういう才能がないらしいからな。可哀そうに見えないんだな」

「何よ、失礼ね! どうでもいいけど、その魔石、私にも一つよこしなさいよ」

「これは魔導師用のアイテムなんだがなぁ」

「一つくらいならあげてもいいんじゃない?」

「じゃぁ一つだけな」

 ベロニカは宝飾品に目がないのだ。
 慎重に吟味して、一番大きそうなものを持って行った。


「今日は疲れたから、復旧は明日からにしよう」

「そうねぇ。畑もやりなおしね……」

 俺たちは深々とため息をついて、家に帰った。



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