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52 リサと森にピクニック
しおりを挟むリサとベロニカの仲が険悪になるかと心配したが、それは杞憂だった。
普段通りというか、むしろより仲が良くなった感じがする。
ある意味、家族になったようなものだからな。
この世界では、一夫多妻というものもさほど珍しくもなく、特別わだかまりはないようだ。
二人の俺に対する態度も、特に大きな変化はなかった。
リサは一夜明けるとケロッとしてるし、ベロニカは多少はしおらしくはなったが根っこの部分はいつも通りだ。俺を避けたり恨んだりはしてない様子だ。
俺としては、とりあえずホッと胸をなでおろしたのだった。
今後は、ベロニカもシモベではなく家族として扱ってやらないとな。
衣食住に加えて、あっちの方でも満足させないといけないのか。
『俺、早死にするかもしれん』
『フフフ……、これもお主が始めたことじゃ。諦めよ』
「ふぅ……」
両肩に何とも言えない重圧がかかったような気がして、深いため息をつく。
今日は気晴らしに、馬スケルトンに乗って森の中を駆け回るかな。元の世界にいたころは、気分のモヤモヤを解消するためによくドライブしていたなぁ、そういえば。
さっそく俺専用の馬スケルトンを厩からひっぱってくる。馬スケルトンも結局は俺のシモベだから、適当に放っておいても逃げることはないし世話をする必要もない。だから厩とかなくても何の不都合もないのだが、なんとなく気分で建てたのだった。
俺の馬スケルトンはシルバー号。リサのはサファイア号と名付けてある。外観はそれぞれの好みに設定している。鞍や手綱などの装備品は市販のものと付け替えることもできるが、魔素から作り出したものは劣化することもないし、サイズもピッタリなので、あえて高価な市販品を装備させる必要はないのだ。これは他のスケルトンたちも同様だな。
ちなみに馬スケルトンはクラスチェンジできない。能力的には馬とそう変わりがなく、特殊な能力は持たないようだ。人間のスケルトンのように言葉を発したりはしないが、こちらの言うことは理解できるし、テレパシー的な通信もできる。そういえば鳥ゾンビもそんな感じだったな。ゴーレムはゴーレムでスケルトンとちょっと違っているし、この辺りの細かな違いは、原材料に左右されるのかもしれない。
「イチロウ、今日は出かけるの?」
俺の様子を見ていたリサが声をかけてくる。
「馬で森の中をぐるっと見て回るつもりだ」
「私も付いていって良い?」
「あぁ、でも帰りは夕方ごろになると思うぞ」
「じゃあ、お昼ごはんも持って行かないとね。ちょっと待ってて」
リサは動きやすい服に着替えて、荷物を抱えて戻ってきた。
てっきりリサはサファイア号に乗るのかと思っていたら、シルバー号に同乗したいと言う。
「ふぅん、じゃあ前に乗れよ」
ちょっと狭くて動きにくいが、飛ばすわけじゃないからな。
リサを抱え込むような形でシルバー号に乗って出発した。
家から真っすぐ北にのびる細道をたどって行く。
この細道は家から森の北に位置する結界の魔法陣まで作ったものだ。
結界の魔法陣は、今までの調査で七つ見つかっていて、ほぼ等間隔でぐるっと家を取り囲むような形になっていた。そして、それぞれの魔法陣を連絡するように道を作ったのだった。旧ガザ街道へ続く小道を含めると、森の中にはギリシア文字のΦの形に道が出来ていることになる。
小道から元マクド村につながる道もあるにはあるが、最近は使うこともなくなり、雑草にうずもれてしまった。
ともかく、新しく作った細道をたどれば、森をぐるっと見て回ることができるのだった。
今日は北の魔法陣から反時計回りに道をたどって、また元の北の魔法陣に戻って家に帰る予定だ。距離にしておおよそ百キロの行程。時速三十キロで行けば三時間半。所々で休憩をとるので五、六時間と見積もった。日暮れ前には余裕をもって戻ってこれるはず。
リサの頭がちょうど鼻のあたりにくるので、フガフガと日向の匂いを嗅ぐ。
「もう、なによぉ、イチロウったら」
「昔、家で飼ってた猫と同じ匂いがする」
「えぇ!? ちょっとぉ!」
「いやいや、いい匂いだよ。もっと嗅がせてくれ。フガフガ……」
「ほんとにぃ? エヘヘ……」
リサと適当にじゃれ合っていると、北の魔法陣に到着した。
俺たちはシルバー号から降りて魔法陣をしげしげと観察する。
初めて魔法陣を見たときには、意味不明な紋様がぼぉっと青白く光っているくらいしか分からなかった。しかし、今の俺の目には魔素の動きがハッキリと分かる。周囲の魔素が魔法陣に吸い込まれて、紋様の各部を行き来しているのが見えるのだ。精密な電子回路の中の電子の動きを可視化したような感じだろうか。
「リサもこの魔素の動きは見えてるんだろ?」
「うん、面白いよね」
「この魔法陣の紋様の意味は理解できるのか?」
「なんとなくは分かるんだけど、細かいところはまだ難しくて分からないよ」
「そうか……、うん?」
魔法陣をよくよく観察すると、ごく小さな赤く透明な石がはめ込まれていることに気が付いた。以前は不思議なオブジェとしか認識できなかったが、今は細部が良く見える。
『この赤い石って……』
『うむ、魔石じゃの』
『やっぱり師匠は魔石のことを知ってたんだな』
『それはそうじゃろ。魔導師なら当然のことじゃ』
『この魔法陣の紋様の意味が分かれば、魔石を使いこなせるのか?』
『まぁそうじゃろう。しかし、今のお主らの知識ではまだ危険かもしれぬ』
『そうだなぁ……』
以前に失敗した実験を思い出すと、いまだに冷や汗をかいてしまう。あれで無事だったのはたまたま運が良かっただけだからな。
「まだまだパウム師匠に追いつくのは難しそうだな」
「そうねぇ。でもいつかは追いつきたいよね」
「あぁ、そうだな」
俺たちはまたシルバー号に乗って、反時計回りに細道をたどることにした。たまにはこうやって自分の目で見て回るのも良いものだな。
魔法的な結界もあるし、森の要所要所にはスケルトンたちを配置して、全域を警戒しているが、それでも心の底から安心はできない。こないだの大イナゴの襲撃みたいなこともあるかもしれないしなぁ。
「もうちょっと森の守りを固めたいところなんだよな」
「そうなの?」
「まぁ盗賊程度だったら問題ないんだけどな。いろいろ考えてしまうんだよ」
「イチロウなら何があっても大丈夫よ」
「ハハハ、そうならいいんだけどな」
俺としては、スケルトンをもっと増やしたいところだ。少なくとも今の倍は欲しいと思っている。といっても好き勝手に墓を暴いて回るわけにも行かないしなぁ。カステルハイム伯爵に頼めばなんとかしてくれるかもしれないが、あまり借りは作りたくないし。
なんだかんだとシルバー号の上でだべりながら細道を進む。
二つ目の魔法陣を過ぎ、三つ目。この魔法陣は最初に俺たちが見つけたものだ。
それから元マクド村の中にある四つ目の魔法陣までやってきた。
「この辺で昼にするか?」
「ちょっと、イチロウ!」
ゾンビが苦手なリサが反対する。
もともとあった村の家々も解体して、工場の建材として使ったから、本当に何もなくなっている。
ただの広場というか野原というか、一休みするには丁度いいんだけどな。
辺りには五十体あまりのゾンビどもがウロウロしてるが、連中は基本的に無害だ。
スケルトン同様に空気中の魔素をエネルギー源としている自動人形だから、映画のゾンビみたいに人肉を貪ったりはしない。まぁ見た目が最悪なのは確かだが。
「ダメか?」
「ここは嫌!」
リサにはもう少し慣れて欲しかったが、結局次の五つ目の魔法陣で休憩することにした。
「俺たちが最初に食ったスープを覚えてるか?」
「野菜と干し肉が入ったスープだよね」
「そう、それそれ。たぶん今それを食ったら、不味く感じると思うぞ」
「そうねぇ」
不味いというほどでもないにしても、今食うと素朴すぎると感じるだろうな。
カチカチの硬いパンとそっけないスープ。もう二度と食べることはないだろう。
今日の昼飯は、鹿肉のサンドイッチ。
じっくり焼いた鹿肉に特製ソースと粒マスタードを塗ってパンにはさんだものだ。
パンはリサが自分で焼いたもので、フカフカで甘くてそれだけ食っても美味い。
付け合わせはニャガ芋を使ったポテトフライ。
飲み物は淹れたての薬草茶。
ここ最近は水代わりのワインも飲まなくなった。井戸水が結構うまいからな。
小一時間ほど休憩して、魔法陣めぐりを再開。
森の西側にはあまり入ったことはなかったが、特に変わったこともなく順調に道を行く。
六つ目、七つ目と魔法陣をめぐり、また最初の魔法陣に戻ってきた。
「たまにはこういうのも良いな」
「うん。おもしろかった!」
休み休みのんびりと回ったので、家に帰りついたときには完全に日が暮れていた。
「なによ! 私だけ置いてきぼりにして!」
独り家に残されたベロニカがぶうたれる。
「ベロニカごめんね。すぐにご飯作るから」
「だいたい、お前は昼間寝てるじゃないか。
日が暮れてから、森にピクニックってわけにもいかんだろ?」
「そ、それはそうだけど……」
なんにしても疲れた。今日はよく眠れそうだ。
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