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58 鉛筆ができた
しおりを挟むあれから一カ月が過ぎた。
一人の行商人が自分のところで試作した鉛筆を見せにやって来た。
「へぇ、さすがに職人が作ったものは見事な出来だなぁ」
彼が見せに来た鉛筆はまさに製品レベルだった。芯も軸も真っすぐだし、塗装まで施してある。
これに比べると、俺が自作した鉛筆は玩具レベルだったな。
「はぁ、どうもありがとうございます。この鉛筆を作るために特殊な工具をいくつか作らせたんですよ。
それである程度の数ならすぐに量産できる状態にしました。
それと芯も何種類か用意して、濃さが選べるようにしたんです」
「なるほどなぁ、よく作ったもんだ。もう売り出すつもりなのか?」
「えぇ、知り合いの商人に見せたら飛びつきましたよ。それに役人とか学者とか文字を書く者には需要があるはずです。
私自身も、もうこれがないとやっていけませんし」
「それは良かった。これでまた一儲けできるな」
「確かにそうですねぇ」
俺たちはニヤニヤと悪い笑顔を交わした。
「ところで、鉛筆で書いた文字は古いパンで消せるのは知ってたか?」
「えぇ!? そうなんですか?」
なんとなく信じてなさそうだったので、俺は家から持って来た弁当のパンで実演して見せてやった。
「こんな感じにゴシゴシっと……」
消しゴムがあればもっと良いんだけど、今のところ生ゴムすら見つかっていない。合成ゴムなど夢のまた夢だな。原料があっても、そもそも俺は作り方を知らないが。
「あぁっ! 本当だ。パンに鉛筆の文字が移るんですね」
「そうだよ。鉛筆を売る時に客に教えてやれば喜ばれるかもしれん。
いや、何かこんな感じのもので専用品を作って、一緒に売ればもっと良いかもね。
確か焼いてないパン生地かなんかでも文字が消せたと思うが……」
「確かにそうですなぁ……。実に良いことをお聞きしました、ありがとうございます」
行商人の目がギラっと光った。何か心当たりがあるのかもしれない。
俺としては彼らにいろいろと動いてもらって、俺の欲しいものを実現してもらいたいところだ。俺もモノづくりは好きな方だが、やはり一人であれこれやるには限界もあるし。
「そのうちあれだな、色付きの鉛筆とかも作れるようになるかもな」
「えぇ!? そっ、その話は誰かからお聞きになったので?」
行商人の顔色がサッと青くなる。
「いや、思い付きだけど。ひょっとして、もう作ってるのか?」
「ええ、実はうちで使ってる職人が同じようなことを言いだしまして……。
それで今、試しに作らせているところなんですよ。
すごいアイデアだと思って、秘密にしていたんですが、もうすでにお考えだったとは……」
「いやいや、たんなる思いつきだから。まぁ、頑張ってくれ」
俺はひとしきり行商人を褒め称えて、彼が持って来た鉛筆を買い取ることにした。
「これは代金代わりだ。受け取ってくれ」
リサが作った小皿を渡してやる。
行商人たちの間ではリサの陶器は非常に評価が高く、一種の芸術品として扱われている。市場ではものすごい値段が付くらしく、行商人たちからどんどん作ってくれとうるさくせがまれている。しかし俺としては陶器作りに忙殺されるのが嫌なので、ほんの少量ずつ出し惜しみするように卸しているのだった。しかし、たまにはこういう形でプレゼントするのも良いだろう。
「よ、よ、よろしいので? うひょー、ありがとうございます!」
「一番に鉛筆を持ってきてくれたから特別だぞ。今後もよろしく頼むよ」
「はい! 今後ともよろしくお願いいたします」
足取りも軽く行商人は帰って行った。
それからしばらくして、他の行商人たちもいそいそと鉛筆を見せに来て、物欲しそうな顔をする。
「いや、ダメだよ。あれは一等の賞品だから。一番に見せに来たからお礼をしたんだよ。
何事も最初にやった奴が褒められるべきだろ」
俺の返答を聞いて彼らはしょんぼりと肩を落とすのだった。
「と言っても、まぁわざわざ見せに来てくれたしな……」
鉛筆の代金として新作の酒を一樽ずつ渡してやると、現金なもので急に元気になるのだった。
「「「ありがとうございます!」」」
「うん、また何かあったら頼むよ」
卸所での取引を終えて、家に大量の鉛筆を持って帰った。これでしばらくは鉛筆に困ることはないだろう。俺たちが手作りした鉛筆も含めれば一生分はあるかもしれない。
「へぇ、これが売り物の鉛筆? 綺麗ねぇ。もらってもいい?」
「あぁ、好きなだけ使えばいいよ。使った感想も聞きたいしな」
「やったー!」
リサは宝飾品にはあまり興味がないが、道具には目がないのだった。嬉々として選んでいる。
「芯の柔らかさとか濃さとか、いろいろ違うらしいぞ」
「ふぅん、凄いねぇ。これって一本いくらくらいなの?」
「確か一本で銅貨二十枚くらいだったかな」
「ホントに? 安いねぇ」
鉛筆一本二千円がはたして安いのか……。基準がいまいち分からん。
まぁ、この世界では新しいものだし、値段にうるさいリサが言うのだからそうなんだろう。
「うん、とりあえずお客に手に取ってもらわないことには始まらないからな。
とにかく一回使えば便利さが分かるし、もう手放せなくなるだろ?
あとは黙っていてもどんどん売れるわけだ。鉛筆は消耗品だからな」
「なるほどぉ!」
俺たちが鉛筆の山を前にあれこれだべっていると、ベロニカがのっそりとやって来た。
「ちょっと! 私に内緒で何やってるのよ。それ私にもよこしなさいよ」
「でも、これは宝石とかじゃないぞ? 文房具だぞ」
「知ってるわよ、見れば分かるじゃないの」
「えぇ!? お前、字、書けたのか?」
「失礼ね! 当たり前でしょ。字くらい読めるし書けるわよ!」
「あっそ。じゃあ、好きなの持っていけばいいよ。あぁ、使った感想もあとで聞かせてくれ」
「分かったわ」
ベロニカは鉛筆を一本一本手に取って慎重に吟味していたが、ふと手を止める。
「ところでイチロウ、これってどうやって使うのよ」
「はぁぁぁっ? お前なぁ、使い方も知らずに欲しがったのかよ……」
「良いじゃないの。何が悪いのよ?」
「分かったわかった。ナイフで先を削って使うんだよ」
リサが鉛筆の先を削って手本を見せてやる。
「芯がちびたり、折れたりしたらまた削るのよ」
「ふぅん、なるほどねぇ。わかったわ」
ベロニカとリサはああだこうだとおしゃべりをしながら、鉛筆で文字を書いたり絵を描いたりしはじめた。
この世界にも一応紙はある。結構高価で、A4のコピー用紙程度の紙束が銀貨五枚くらい。現代日本だと数百円のものがここでは五万円くらいするわけだ。
「紙は無駄にするなよ。ちゃんと使い切るんだぞ」
「わかった」
「うなるほどお金持ってるくせに、けち臭いわねぇ」
「てめぇ、居候の分際で……」
「まぁ良いじゃないの。いろいろ試し書きしたいし」
「だよねだよね? それよりもお腹へったぁ。何か作りなさいよ」
「はぁ? て、てめぇ……。 久々に裸踊り踊りたくなったのか?」
「ヒィィ」
「イチロウ、私もお腹へったしご飯にしよう」
「ほらねほらね」
「くそぉ……。分かったよ」
仲良くおしゃべりをしている二人を尻目に、俺はしぶしぶ飯の準備をするのだった。
『見事に尻に敷かれておるようじゃな、フフフ……』
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