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44 女騎士運転教習を受ける
しおりを挟むある日のこと。
場所は某大型スーパー跡の駐車場。
車の運転席にはジャンヌ、助手席には俺、後ろの座席にはクロエが乗っている。
ジャンヌがどうしても車の運転が出来るようになりたいというので、広い所で教えることにしたのだ。ここなら誰もいないし大丈夫だろう。
「じゃあ、左足でクラッチペダルを一杯まで踏んで、そうグッと一杯まで」
ジャンヌの左足に力が入る。さすが騎士だけあって、ふくらはぎの筋肉がスゴイ。まぁ、ふくらはぎだけじゃなく、全身スゴイんだけどな。腹筋も割れてるし。
「こっ、こうか? 踏んだぞ」
「足はそのままで、シフトレバーを一速に入れる」
ややもたつきつつも、ジャンヌはシフトレバーをカコンと一速に入れた。
「よし。一速に入った」
「それじゃぁ、右足でアクセルペダルを少し踏む。左足はそのままだぞ」
「わっ、わかった」
エンジンがグワンと唸る。やはり最初は力が入りすぎるな。もともと力が常人よりも強いというのもあるが……。
ジャンヌの額に汗が浮かぶ。妖魔と戦っているときよりもずっと真剣な表情だ。
「わわっ!」
「踏みすぎ。右足をもう少し戻す。タコメーターが読めるか?
数字の2から3の間に針をとどめるように」
「こっ、これか? わかった!」
エンジンの回転数が落ち着いてきた。
「じゃあ、アクセルはそのままで、クラッチペダルを少しずつ戻す。少しずつな」
「よっ、よし」
車がゆるゆると動き出す。
「動力がつながっていく感じが分かるか?」
「……なんとなく」
「またクラッチペダルを一杯まで踏んで、それからまたクラッチペダルを少しずつ戻す。アクセルはずっとそのままだぞ」
「わかった」
「上手い上手い。速度が上がったら、またクラッチペダルを一杯まで踏む。
そこで右旋回しろ。そうだ、そこからゆっくりクラッチペダルを戻す」
俺はジャンヌに、クラッチのつなぎ具合だけで、車の速度をコントロールする練習をうんざりするほど続けさせた。延々と車を行ったり来たりさせながら、クラッチをつないだり切ったりさせる。マニュアル車はクラッチ操作が肝だからな。
クロエは後ろの席でものすごい勢いでメモを取っている。クロエのノートは日に日に分厚さを増していく。ノートを重ねてどんどん縫い合わせているらしい。そのうち手で持てなくなると思うが、どうするのだろう。
「ブラドの言うことが、なんとなく分かってきたぞ!
動力がつながって行く感じが」
最初はこわばっていたジャンヌの表情がだいぶ緩んできた。
「よし。アクセルペダルを戻して、またクラッチペダルを一杯まで踏む。
それでシフトレバーをニュートラルに。サイドブレーキを引く」
「わかった」
ギリリとサイドブレーキを引いて、ジャンヌはホッと息をついた。運転席の背もたれに、どかりと背をあずけてるようにして力を抜いた。
「疲れた……」
「だよな。普通はそうなる」
「ブラドさん、私もやってみたい」
クロエが座席の間から顔をのぞかせている。
「そうだな……。じゃあ、ジャンヌと交代だ。ジャンヌは休憩」
「ふぅぅ」
ジャンヌがヨタヨタと運転席から転げ出る。
クロエが運転席に、ジャンヌが後席に移った。
クロエはだいぶ背が低いので、運転席は一杯まで前に調整する。
「足が届くかねぇ。クラッチペダルを一杯まで踏んでみてくれ」
「はい」
クロエの細い足だと、クラッチペダルを踏むのも重そうだ。
「結構ギリだなぁ。重くないか?」
「少し重いです」
「だろうな。まぁ、ちょっとだけやってみるか?」
「はい」
「とりあえず、ノートは後ろの席へ置いておくんだ」
ジャンヌがやったのと同じく、クラッチをつないだり切ったりして車の速度をコントロールする練習をする。力のあるジャンヌと違ってクロエには少ししんどそうだ。クロエの左足がプルプル震えている。そろそろ限界かと思った瞬間。
「わっ!」
クロエの足が滑ってクラッチがガツンとつながった。運が良いことにアクセルペダルからも足が外れたので、ドンっという音と共にエンストしてくれた。
「ごっ、ごめんなさい!」
「いや、いいよ。何も問題はないから」
ふと後席を見ると、ジャンヌがシートから滑り落ちてひっくり返っていた。
「ジャンヌ、怪我はないか?」
「ふぁ、ぁあ、大丈夫だ」
「クロエにはまだ少し早かったな。運転はもうちょっと背が伸びてからだな」
「はい、わかりました」
クロエは少し残念そうだ。
「じゃあ交代だ。ジャンヌが運転席へ戻って」
「えぇぇ、また?」
「当たり前だろ」
この日はジャンヌがヘロヘロになるまで練習は続いた。
「剣の稽古よりもキツい……」
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