潮風のキャラメル

小雨鶲

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潮風のキャラメル

再会、沈黙…

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約束の、昨日の場所へと辿り着いた時、私は目を疑った。
なんと、彼が居たのだ。
彼は暇そうに、昨日と同じ所に腰を据えて足をブラブラと揺らして海面に視線を投じている。
彼がコチラに目を向け、彼の視界に私が入った瞬間、彼は彼の周りに花が咲いたかのように微笑み、

「今日は、俺の勝ち」

そう言ってクスクスと笑った。
「勝ちって、私達勝負してたっけ?」
彼の言葉に疑問を感じたので私は彼の隣に腰掛け、笑いながらそう質問した。
彼はゆるゆると首を横に振り、

「してないよ。昨日君のが早かったから、今日は君より早く来たくて、それで実際君より早く来れたから、なんか勝ちかなって気分になった」

と、誇らしげに答えた。
昨日の時点で薄々気がついていたが、彼は何処か変わっている人だ。
だからと言ってそれが不快なワケではなく、むしろ面白くて可愛らしくて好ましいくらいである。
私は学校を休んでいるから一日中暇になった訳だが、彼は大丈夫なのか心配なったので、問いかけたところ、彼も今日は予定が入っておらず、一日中暇らしい。

「此処に来てくれさえすれば、俺は大体の時間ここに居るだろうし、君を一人にはしないよ」

会話が途切れてしばらくしてから、不意に彼がそう呟いた。
「どうしたの、急に…」
そう問い掛けながらも、私は彼の言葉によって、崖から落下した日の、あの私しか使用していない、貸切状態のプールで練習した光景を思い出していた。

「なんか、君が寂しそうな顔してたように見えたから…」

と、彼は困ったように微笑みながら答える。
素直に学校での事を話してしまおうかと私の中にその考えが過ぎったが、彼に言った所で泳げるようになる訳でも部活内で私の居場所ができる訳でも無いので、口に出すことはしない。
なので私は曖昧に笑って誤魔化した。
彼はそれ以上追求してくる事も無く、私達の間に再び沈黙が訪れた。

今日は彼の素性を少しでも良いから聞き出すつもりでいる。
素性を知らなくても問題なく会話は出来るが、何も知らないまま話をしていて気分を害する様な事をするのだけは嫌だから、聞き出したいのだ。
…正直に言えば、もっと彼の事を知りたいのだ。
しかし、いざ聞き出そうとするとかなりの努力を必要とするようで、沈黙すら破れない。
昨日の、再会してから別れるまでの数時間、特に何かしなくてはいけない事や、言わなくてはいけない事の無い場合の結構な長さの時間の沈黙は、どうって事は無かったが、今のような話を切り出したい時のに、出来ずにいる静けさは、かなり重苦しく感じる。
彼が何か言い出すのを待っていたら、きっとまた日が沈んでしまうだろう。
そうなってしまったら、今日もまた彼のことを何も知らないまま終わってしまう。
「貴方は海、好き?」
私は何を言い出してんだ…馬鹿か?
何か会話の流れでサラッと色々なことを聞き出したいと思っていたのに、何を言ってんだ私は……馬鹿が!!!!
なぜ海が好きか聞いたのかは、恐らくだが目の前に海が広がっているからで、他に海に関する話題を取り出すとしたら残りは「海の水ってしょっぱいだけじゃなくてなんかジャリジャリしてるよね!!」と言う馬鹿極まりない発言しか無かったからだ。
どう考えてもジャリジャリしているのは海の水だけでなく、砂も一緒に口に入ったからだろうが、何故これが浮かんだのか私にも皆目見当もつかない。
これを口に出さなくて良かったと思う。
しかし、彼ならなんの脈絡もない質問ですら微笑みながら答えてくれそうな気はしていた。

「海…好きでは無いかな」

予想に反して彼の声色は暗く、沈んでいた事に私は驚き、今まで海面へと逃がしていた目を彼に向けた。
彼の目線は水平線へと投げられていた為、私と目が合う事は無い、そしてその表情は微笑みではなかった。
彼は整った眉を顰め、唇の端を噛み締めている。
それは、怒りを噛み殺している様に、心の内を必死に隠しているように見て取れた。
とても苦しそうだ。
そんな彼の顔を見ていられなくて、私は少しの間視線を徨わせた後、水平線へと逃がす。
どうやら私が咄嗟に放った質問は彼にとって触れて欲しくない所だったようだ。
思い返して見れば彼はセメントで固めた状態で沈められて居たのだ、それなのに海を好きだとは言えないだろう。
普通に考えれば簡単にその考えは出てくる筈なのだ。
それなのに何も考えずに発言した自分を、私は呪った。
こうなって仕舞うくらいなら、あの馬鹿極まりない発言をして引かれた方がマシだと思う。
もしかしたら、その馬鹿極まりない発言で笑ってくれたかも知れない、楽しんでくれたかも知れないから。
過去の発言を悔いた所で何も変わりはしないし、彼の気も晴れる訳ではない。
そんな事はわかっている。
それでも私の気分は沈んでいくばかりで、彼が今、どのような表情をしているのか、怒っていたら、もう二度と会わないと言われて仕舞ったら…
優しく微笑んでくれていた彼が、私を軽蔑の眼差しで見つめていたら?
私はもう、立ち直る事は出来ないだろう。

「ごめんね」

彼が弱々しく呟いた。
私はそれを空耳だと思った。
何故なら彼は謝る様なことをしていないのだから、謝るべきなのは私なのだから。

「ごめんね…ごめんね…」

私が謝るべきなのに、彼が謝り続けている。
心無しか焦っているような声色だ。
私は未だに水平線を見つめていた、どうせ視界が涙で滲みすぎて、歪みすぎて彼の表情なんて分からないのに、彼の方を見ることが出来なかった、謝らなければと思っているのに声を出せなかった。
声を出したら、視界を滲ます涙が溢れて、彼の表情がハッキリと綺麗に見えて仕舞うから。
そして、恐らくもっと困らせて仕舞うから。

「せっかく話題を振ってくれたのに、あんな態度とってごめんね、怒った訳じゃ無いんだよ、怖がらせてごめん、ごめんね」

私が悪いのに、彼が謝ってくれている。
貴方は悪くない。その一言を言わなくてはいけないのに、たった一言が口から出ないのだ。
彼を困らせて仕舞っている。
その事実が更に声を出せなくしている。
奥歯をしっかりと噛み締めていないと、喉や顎が震えて、歯が噛み合わずカチカチと鳴り、涙が零れて仕舞うのだ。

「ごめんね…ごめん、あっ…あのね!これあげる、あの…ごめんね…」

彼がそう言って私の手を執り、握らせたのは、立方体を半分にしたような形で白い紙のような物に包まれた一粒のキャラメルだった。
それを確認した後私は、涙を零さないよう、目線を顔ごと上へと逸らし、彼の方に体ごと向けた。
そして、閉まる喉をこじ開け、彼の顔を見てしまわないように、今にも泣いてしまいそうなぐちゃぐちゃな不細工に歪んだ顔を見られないように勢いよく頭を下げ、震える声を絞り出した。
「嫌な事聞いて、ごめんなさい」
その一言だけで、涙が零れて止まらなくなった。
嗚咽が混じって聞き取りにくくて小さい声だが、彼にはちゃんと届いたのだろうか。
波の音や蝉の声にかき消されて仕舞ったのではないだろか、聞き取れなかったのではないかなどと色々なことを考えながらも私はごめんなさい、と謝り続けた。
一度零れると涙は止まることを知らず流れ続ける。
高校生にもなって、たった一言謝罪するだけでこんなに泣くなどみっともなくて情けない。
これは呆れられるに決まっている。
私自身が呆れているのだから、他人である、しかも出会ってまださほど時間が経っていない彼からしたらいい迷惑だろう。
早く泣き止まなくては、と思った。

「君は悪くないよ、大丈夫」

彼は私の横へと移動して両膝をつき、ひたすら優しい声色で大丈夫だからと繰り返し、俯きながら足元の岩にポタポタと涙を落とす私の背中を、撫でてくれた。
彼の冷たい手に、私の体温が移って行く。
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