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第4章 あの子にも見えているの?
第28話 センパイ、やっぱりそれしかないですよね
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数学の授業中。
「いいか、今日のところは特に大事だからな! 絶対に聞き逃すんじゃないぞ!」
滝本先生が、教卓の前で大きな身ぶりで熱弁をふるっている。
けれども、私は滝本先生の力強い声を耳にしながら、頭のなかではまったく別のことを考えていた。
今朝、吉乃ちゃんの口から放たれた言葉がずっと胸の奥に引っかかっていた。
――もしかしたら、それは幽霊のしわざではないでしょうか?
どうして吉乃ちゃんは幽霊にこだわるのだろう?
やっぱり、吉乃ちゃんには美幽センパイの姿が見えているのだろうか?
だとしたら、やっぱり吉乃ちゃんは、家庭科室を荒らした犯人を美幽センパイだと決めてかかっているのかもしれない。
すました顔で淡々と告げる吉乃ちゃんは、やっぱりすべてを見透かしているみたいで。
そんな吉乃ちゃんに美幽センパイが疑われているのだと想像すると、まるで冷たい手で心臓をにぎられているかのように、胸の奥が寒くなってくるのだった。
「……旭ちゃん。旭ちゃんっ!」
宙に浮かぶ美幽センパイに呼びかけられ、ハッと我に返る。
いったい、どのくらい考え事をしていただろう? おかげで、現実に立ち戻るまでに少し時間がかかってしまった。
「もう、なんですか、センパイ?」
「旭ちゃん。前、前っ!」
「前?」
私は前を向き直り、ゆっくりと視線を上げた。
なんと、私の机のすぐ前に滝本先生が立っていた。
滝本先生は腕を組み、眉を吊り上げ、まっすぐ私を見下ろしていた。
私の視線と滝本先生の視線が交錯する。
私は、あはは……と笑みを引きつらせた。
「浅野ァ! ちゃんとノート取ってるか!」
「ひぃっ! ちゃんと取ってます~っ!」
私はシャーペンをにぎり、猛スピードで黒板を写しはじめた。
これだから一番前の席は損だ。ほんの少しぼーっとしていただけなのに、たちまち見つかって叱られてしまう。
吉乃ちゃんはどんな目で私を眺めているだろう?
つい気になって、教室の一番後ろの吉乃ちゃんの席をそっとふり返ってみた。
吉乃ちゃんは端正な顔立ちを少しもほころばせず、ただ黙々と、真面目にノートを取っていた。
すかさず、滝本先生の大きな声が飛んできた。
「こら、浅野! 後ろを向くな! 前を見て集中しろォ!」
「はいぃ~っ!」
まったく、今日の授業はさんざんだ。
休み時間。
「センパイ、ちょっと来てください」
私は美幽センパイの腕を取ると、急いで廊下に連れ出した。
それから勢いそのままにトイレの個室へと一緒に駆けこんだ。
「どうしたの、旭ちゃん。もしかして、もれそうなの?」
「ちがいますよっ! センパイと話すためです!」
「こんな狭いところで?」
「仕方ないじゃないですか。誰にも見られずにセンパイと話ができるの、ここしかないんですから」
いつもなら廊下でさりげなく話をすることもできた。
けれども、吉乃ちゃんが見ているかもしれないと思うと、そうもいかない。
吉乃ちゃんがどんな魂胆で幽霊の話題を持ち出すのかが分からない以上、警戒しておくに越したことはないのだ。
「センパイ、どうでした? 教室にいて、吉乃ちゃんの視線を感じましたか?」
「吉乃ちゃんかどうかは分からないけど、たしかに神経がざらつくような視線は感じたかな」
「やっぱり! それ、きっと吉乃ちゃんですよ!」
「そう結論づけるのはまだ早いわ。他の子かもしれないし、そもそも人間じゃないかもしれない」
「……人間じゃない?」
人間じゃないのだとすれば、いったいなんだと言うのだろう?
この学校には美幽センパイ以外にも幽霊がいるの?
あるいは、アニメや漫画でよく見るような、妖怪のたぐいが存在しているとか?
もし、人間以外の何者かが教室に潜んでいるのだとしたら……。
今の私には、美幽センパイの姿は見えても、他の幽霊や妖怪を見つける能力はないってことになる。
つまり、美幽センパイや私自身に危険が忍び寄ろうとも、私にはまったく気づけない可能性があるってことだ。
それって、かなりヤバすぎる!
けれども、吉乃ちゃんには美幽センパイが見えているという仮説を、私はまだ捨てきれずにいる。
そうじゃなければ、吉乃ちゃんのあの思わせぶりな言動の説明がつかないもの。
大和撫子を絵に描いたような、おっとりしていて上品な吉乃ちゃん。
文芸部で出会ってからは、毎朝私に声をかけてくれて、お昼だって一緒に食べた。
吉乃ちゃんが悪い子じゃないってことくらい、私にだってよく分かる。
けれども、吉乃ちゃんが私の知らない秘密を抱えていたとしたって、なんらおかしくはない。
だって、私自身が誰にも言えない秘密を抱えているのだから。
美幽センパイという、優しくてきれいなお姉さん幽霊と一緒に生活しているだなんて、いったい誰に打ち明けられよう?
真実を打ち明けたところで、おかしな子だと思われるのが関の山だ。
美幽センパイはなにかを思いついた顔で、私の頬にそっと手を触れた。
氷のように冷たい感触が、いつの間にか火照っていた私の頬から熱を奪い取っていく。
「旭ちゃん、お願いがあるんだけど」
「なんですか?」
「お昼休みに吉乃ちゃんに聞いてみてくれないかしら? どうして吉乃ちゃんが幽霊の話ばかりするのかをね」
「……やっぱり、それしかないですよね」
私は、はぁーっと深いため息をついた。
「いいか、今日のところは特に大事だからな! 絶対に聞き逃すんじゃないぞ!」
滝本先生が、教卓の前で大きな身ぶりで熱弁をふるっている。
けれども、私は滝本先生の力強い声を耳にしながら、頭のなかではまったく別のことを考えていた。
今朝、吉乃ちゃんの口から放たれた言葉がずっと胸の奥に引っかかっていた。
――もしかしたら、それは幽霊のしわざではないでしょうか?
どうして吉乃ちゃんは幽霊にこだわるのだろう?
やっぱり、吉乃ちゃんには美幽センパイの姿が見えているのだろうか?
だとしたら、やっぱり吉乃ちゃんは、家庭科室を荒らした犯人を美幽センパイだと決めてかかっているのかもしれない。
すました顔で淡々と告げる吉乃ちゃんは、やっぱりすべてを見透かしているみたいで。
そんな吉乃ちゃんに美幽センパイが疑われているのだと想像すると、まるで冷たい手で心臓をにぎられているかのように、胸の奥が寒くなってくるのだった。
「……旭ちゃん。旭ちゃんっ!」
宙に浮かぶ美幽センパイに呼びかけられ、ハッと我に返る。
いったい、どのくらい考え事をしていただろう? おかげで、現実に立ち戻るまでに少し時間がかかってしまった。
「もう、なんですか、センパイ?」
「旭ちゃん。前、前っ!」
「前?」
私は前を向き直り、ゆっくりと視線を上げた。
なんと、私の机のすぐ前に滝本先生が立っていた。
滝本先生は腕を組み、眉を吊り上げ、まっすぐ私を見下ろしていた。
私の視線と滝本先生の視線が交錯する。
私は、あはは……と笑みを引きつらせた。
「浅野ァ! ちゃんとノート取ってるか!」
「ひぃっ! ちゃんと取ってます~っ!」
私はシャーペンをにぎり、猛スピードで黒板を写しはじめた。
これだから一番前の席は損だ。ほんの少しぼーっとしていただけなのに、たちまち見つかって叱られてしまう。
吉乃ちゃんはどんな目で私を眺めているだろう?
つい気になって、教室の一番後ろの吉乃ちゃんの席をそっとふり返ってみた。
吉乃ちゃんは端正な顔立ちを少しもほころばせず、ただ黙々と、真面目にノートを取っていた。
すかさず、滝本先生の大きな声が飛んできた。
「こら、浅野! 後ろを向くな! 前を見て集中しろォ!」
「はいぃ~っ!」
まったく、今日の授業はさんざんだ。
休み時間。
「センパイ、ちょっと来てください」
私は美幽センパイの腕を取ると、急いで廊下に連れ出した。
それから勢いそのままにトイレの個室へと一緒に駆けこんだ。
「どうしたの、旭ちゃん。もしかして、もれそうなの?」
「ちがいますよっ! センパイと話すためです!」
「こんな狭いところで?」
「仕方ないじゃないですか。誰にも見られずにセンパイと話ができるの、ここしかないんですから」
いつもなら廊下でさりげなく話をすることもできた。
けれども、吉乃ちゃんが見ているかもしれないと思うと、そうもいかない。
吉乃ちゃんがどんな魂胆で幽霊の話題を持ち出すのかが分からない以上、警戒しておくに越したことはないのだ。
「センパイ、どうでした? 教室にいて、吉乃ちゃんの視線を感じましたか?」
「吉乃ちゃんかどうかは分からないけど、たしかに神経がざらつくような視線は感じたかな」
「やっぱり! それ、きっと吉乃ちゃんですよ!」
「そう結論づけるのはまだ早いわ。他の子かもしれないし、そもそも人間じゃないかもしれない」
「……人間じゃない?」
人間じゃないのだとすれば、いったいなんだと言うのだろう?
この学校には美幽センパイ以外にも幽霊がいるの?
あるいは、アニメや漫画でよく見るような、妖怪のたぐいが存在しているとか?
もし、人間以外の何者かが教室に潜んでいるのだとしたら……。
今の私には、美幽センパイの姿は見えても、他の幽霊や妖怪を見つける能力はないってことになる。
つまり、美幽センパイや私自身に危険が忍び寄ろうとも、私にはまったく気づけない可能性があるってことだ。
それって、かなりヤバすぎる!
けれども、吉乃ちゃんには美幽センパイが見えているという仮説を、私はまだ捨てきれずにいる。
そうじゃなければ、吉乃ちゃんのあの思わせぶりな言動の説明がつかないもの。
大和撫子を絵に描いたような、おっとりしていて上品な吉乃ちゃん。
文芸部で出会ってからは、毎朝私に声をかけてくれて、お昼だって一緒に食べた。
吉乃ちゃんが悪い子じゃないってことくらい、私にだってよく分かる。
けれども、吉乃ちゃんが私の知らない秘密を抱えていたとしたって、なんらおかしくはない。
だって、私自身が誰にも言えない秘密を抱えているのだから。
美幽センパイという、優しくてきれいなお姉さん幽霊と一緒に生活しているだなんて、いったい誰に打ち明けられよう?
真実を打ち明けたところで、おかしな子だと思われるのが関の山だ。
美幽センパイはなにかを思いついた顔で、私の頬にそっと手を触れた。
氷のように冷たい感触が、いつの間にか火照っていた私の頬から熱を奪い取っていく。
「旭ちゃん、お願いがあるんだけど」
「なんですか?」
「お昼休みに吉乃ちゃんに聞いてみてくれないかしら? どうして吉乃ちゃんが幽霊の話ばかりするのかをね」
「……やっぱり、それしかないですよね」
私は、はぁーっと深いため息をついた。
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