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第一話「魔王誕生!」
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私はごく普通のサラリーマン。
午前七時三分。天野七星の人生は、いつも通りの満員電車と、前方のトラックから落下した謎の鉄骨によって、あっけなく幕を閉じた。享年三十五歳。独身。特に社会に大きな足跡を残すこともなく、ただ毎日を懸命に生きてきただけの男だった。
次に目覚めた時、七星は困惑した。
視界に入ったのは、やたら天井の高い、豪奢な石造りの部屋。天蓋付きのキングサイズベッドから身を起こすと、絹のような滑らかなシーツが肌に触れた。体は少し大きくなったように感じられ、何よりも全身から発せられる「威厳」のようなものに戸惑った。
「夢、ではないのか?」
ベッドサイドにあった巨大な鏡に近づき、七星は息を呑んだ。
そこに映っていたのは、自分ではない「誰か」だった。黒曜石のような艶を持つ角が額から伸び、鋭い目元には冷徹な光が宿る。漆黒のマントを羽織っているが、その下の肉体は鍛え上げられており、元々の冴えない営業マンの面影はどこにもない。紛れもなく、世に言う「魔王」の姿だった。
混乱する七星の背後で、突然、部屋の空間が歪んだ。白銀の閃光が弾け、眩いばかりの光の塊が姿を現す。そこから聞こえてきた声は、まるで頭の中に直接響くようだった。
「やあ、目覚めたようだね。新しい世界、新しい体、気に入ったかい?」
七星は反射的に身構えた。光が収束し、翼を広げた荘厳な存在が姿を見せた。神話や聖書に出てくるような、圧倒的な存在感を放つ――大天使ミカエル。
「あ、あなたは……ミカエル様?」七星は呆然と呟いた。
「その通り。訳あって君の魂をここに招いた。そして、見事に適合したようだね。今日から君は、この世界の『魔王七星』だ」
ミカエルは優雅に微笑んだ。その表情は、まるで子供のおもちゃを選ぶような軽やかさだった。
「魔王? なんの冗談ですか?」
「冗談ではないさ。そら、その角を見たまえ。立派な魔王だ。君の生前の人生はあまりにも無味乾燥でね、見ていて退屈だった。だから少し刺激を与えてみたくなったんだ」
「刺激って……」
「さあ、ごちゃごちゃ言わずに頑張りたまえ。期待しているよ、新米魔王」
ミカエルはそれだけ言い残すと、七星の返事を待たずに再び光の粒子となって消えてしまった。
部屋に取り残された七星は、鏡の中の自分――魔王七星――を見つめ、深くため息をついた。
「よりによって、魔王か……」
こうして、元サラリーマンの魔王による、波乱万丈の「城経営」が始まったのだった。
ミカエルが去り、静寂が戻った部屋で、七星は与えられた状況を整理しようとした。元サラリーマンの天野七星は死に、今は「魔王七星」としてこの城の主(あるじ)らしい。
「まずは現状把握からだな……」
社会人時代の癖で、自然と段取りを考え始める。七星は、とりあえず自分の服装を整え、部屋を出ることにした。分厚い木の扉を開けると、そこは広大な吹き抜けのある廊下だった。松明の代わりに、天井から奇妙な蒼い炎の魔術具が空間を照らしている。
廊下には、七星が想像していた「魔物」とは少し違う、ゴブリンやオークと思しき者たちが忙しそうに行き交っていた。彼らの顔には、生気よりも疲労の色が濃く浮かんでいるように見える。誰もが七星の姿を見ると、慌てて跪き、頭を垂れた。
「……お、恐れながら、魔王様。本日の会議の準備が整っております」
一匹の、背筋を丸めたゴブリンが震えながら進み出てきた。その手には分厚い書類の束が握られている。
七星はゴブリンの様子に既視感を覚えた。まるで、営業部長の顔色を伺う新入社員ではないか。
「会議? ああ、案内を頼む」七星は努めて威厳のある声を出そうとしたが、自分でも少し棒読みだったと感じた。
ゴブリンは「ははっ」と応じ、七星を先導して城の深部へと歩き出した。歩きながら七星は書類の束に目をやった。びっしりと細かい文字で埋め尽くされている。
「これは何の資料だ?」
「はっ、今月の資源略奪計画書と、人界への侵攻スケジュール案でございます」
「資源略奪……」七星は頭痛を覚えた。平和的な経営を目指そうにも、ここは根本的に倫理観が違うらしい。
広間に通されると、すでに数体の魔物が席に着いていた。トカゲの頭を持つ男、巨大なミノタウロス、そして一際目を引く、クールな表情の女性型悪魔。
女性型悪魔は、七星が入室するなり鋭い視線を向けた。
「遅いですよ、魔王様。会議開始時刻はとうに過ぎています」
彼女の声には敬意よりも苛立ちが滲んでいた。七星は彼女こそがこの魔王軍のNo.2だと直感した。
「すまない、少し寝坊した」
七星が席に着くと、女性は立ち上がり、七星に一礼した。
「改めて、私はこの魔王城の秘書兼軍師を務めるリリスと申します。以前の魔王様が勇者に討伐されてから混乱しておりましたが、貴方が新たな王として君臨されたこと、喜ばしく思います」
「ああ、よろしく頼む、リリス」
「では早速ですが、議題に入ります。まずは喫緊の課題。城の財政が火の車です。前王が贅沢の限りを尽くしたせいで、貯蓄は底を突きかけています」
リリスは冷徹に現状を報告した。七星は内心で「どこも一緒か」と呟いた。日本の零細企業も魔王城も、経営難という点では同じらしい。
「そこで提案ですが、隣国の村への略奪回数を倍に増やし、徴収率も上げます。また、効率の悪いオーク部隊はリストラし、浮いた予算で新たなモンスターを雇うべきかと」
リリスの言葉は淀みなかったが、七星はその内容に眉をひそめた。「リストラ」「略奪回数増」――それはまさに、七星が前職で嫌というほど見てきたブラックな経営方針だった。
「待て、リリス君」七星は会議を遮った。「リストラや略奪強化は、長期的に見て得策ではないと思う」
広間がざわついた。他の幹部たちが驚いた顔で七星を見つめている。
リリスは表情を変えずに反論した。「では、どうやってこの窮状をしのぐおつもりですか? ここは魔王城です。慈悲は無用。力こそが正義でしょう」
七星は立ち上がった。魔王としての威厳ある姿で、元サラリーマンの信念を口にした。
「違う。力だけでは組織は続かない。必要なのは『効率化』と『持続可能な経営』だ。まずは、この魔王城の『働き方改革』から始める」
魔王七星による、理想のホワイト魔王城建設の野望が、今、始まった。
「働き方改革」。その言葉は、魔王城の冷え切った会議室に、場違いな静寂をもたらした。
トカゲ頭の幹部は「ハタラキカタカイカク?」と首を傾げ、ミノタウロスは唸り声を上げた。そして、リリスは明らかに不快そうな表情を浮かべた。
「魔王様、お言葉ですが、我々は悪魔です。魔族です。規律や効率は重要ですが、『働きがい』などという人間臭い感傷は不要です。我らの目的は人間界の支配であり、そのための略奪は正当な行為です」
リリスの視線は鋭く、七星の「魔王の体」が持つ威圧感を押し戻そうとするかのようだった。
七星は動じなかった。元々、営業先での理不尽な詰めには慣れていた。
「リリス君、よく聞いてくれ。略奪に頼る経済は不安定だ。人間たちが結束して反撃してきたらどうする? それに、疲弊した兵士では士気も上がらない。私が目指すのは、外部環境に左右されない、盤石な『魔王軍経営』だ」
七星は持参した書類を広げた。もちろん、中身は白紙だが、その動作には営業マン時代の自信が滲み出ていた。
「まずは情報の共有からだ。私が城主になった以上、独断専行は許されない。それに、君たちの能力をもっと正しく評価したい」
「評価……?」リリスは訝しんだ。
「ああ。これからは成果主義を導入する。略奪の成果だけでなく、新しい資源開発の提案や、城内のインフラ整備に貢献したものには、正当な報酬と昇進の機会を与える」
七星の言葉に、下級魔物であるゴブリンたちがざわついた。彼らにとって、これまでは「どれだけ酷使されるか」が仕事の基準であり、「評価」や「昇進」は夢のまた夢だったからだ。
「馬鹿な……」リリスが呟く。「そんな人間界の甘いやり方が通用するはずがない」
「試してみる価値はあるだろう?」七星はミカエル譲りの、人を食ったような笑みを浮かべた。「今のままでは、遅かれ早かれ城は潰れる。私が魔王になったのは、この組織を立て直すためだ。大天使ミカエル様もそうお望みだ」
ミカエルの名前が出たことで、リリスは言葉を詰まらせた。彼女もミカエルの存在がこの世界でどれほど絶対的かを理解していた。
「……分かりました。ならば、その『働き方改革』とやら、一週間で成果を出して見せてください。でなければ、元の略奪体制に戻します」
リリスは挑戦的な態度で言い放った。
こうして、魔王城の改革は急ピッチで進められることになった。
七星は早速、魔物たちを集めて「七星魔王城労働規約」を掲げた。
勤務時間: 8時間労働、休憩あり
休日: 週休二日制(ただし非常時は除く)
福利厚生: 負傷時のポーション支給、食堂のメニュー改善
魔物たちは戸惑いながらも、休みが増え、食事が豪華になるという事実に歓喜した。長年、寝る間も惜しんで働かされていた彼らにとって、七星は救世主に見えた。
「魔王様! これならもっと頑張れます!」
「効率が上がれば、略奪なんてしなくても食っていけるかもしれません!」
七星は改革の第一歩として、非効率な略奪ではなく、魔王城周辺の未開拓の鉱山や森林資源の開発に目を向けさせた。適切な休憩とモチベーション管理により、資源の産出量は驚異的なスピードで増加していった。
一週間後。
リリスは七星の執務室の前に立ち、持ってきた報告書を見直していた。そこには、前年比で資源産出量が1.5倍になったという信じがたい数字が並んでいた。しかも、略奪による人間側の被害はゼロだ。
「嘘でしょう……」
リリスはノックもせずに部屋に飛び込んだ。七星は机に突っ伏して寝ていた。
「魔王様! これはどういうことですか!?」
七星は目を覚まし、欠伸をしながらリリスを迎えた。
「ん? ああ、リリス君。報告書は見たかい? 適切な労働環境と評価制度は、種族を超えて生産性を上げるんだよ」
七星は満足げに笑った。サラリーマンとしての経験が、異世界で初めて花開いた瞬間だった。
しかし、その成功は新たな火種を生んでいた。
人間界では、「魔王が略奪を止めた」という噂が広まり、長年続いた魔王への恐怖心が薄れ始めていた。同時に、魔王城が急激に力をつけているという情報は、人間界の王侯貴族たちに新たな危機感を植え付けていた。
そして、七星の改革を面白くなさそうに見守る、一人の大天使の姿が天界にあった。
「ふむ……真面目すぎたかな、あの魔王は。少し、刺激が必要のようだね」
ミカエルは楽しそうに呟き、再び人間界に向けて、ある情報を流した。それは、「新たな勇者が、魔王討伐のために立ち上がった」という知らせだった。
人間界のとある片隅、とある教会。
神父が祈りを捧げる傍らで、一人の青年が静かに剣の手入れをしていた。彼の名はアルス。かつては王国の騎士団に所属していたが、魔王軍による故郷の略奪で家族を失い、復讐を誓った男だ。彼の瞳には、深い悲しみと、魔王に対する燃え盛る憎悪が宿っている。
「アルスよ、準備は整ったか」神父が静かに問いかける。
「はい、いつでも」
その時、教会のステンドグラスを通して差し込む光が、異様に輝きを増した。その眩しさの中、アルスの脳裏に直接、威厳ある声が響いた。
「勇者アルスよ。魔王が、再び動き出した。今度は今までにない、狡猾なやり方で人間界を内部から侵食しようとしている」
アルスは驚き、声の主を探したが、神父は慣れた様子で空を見上げていた。
「汝に聖剣を授ける。地の果てにある魔王城へ向かい、新たなる魔王『七星』を討伐せよ。この世界の平和は、汝の双肩にかかっている」
光が収束し、祭壇の上に一振りの美しい聖剣が顕現した。アルスは震える手でそれを手に取る。聖剣は彼の手に吸い付くように馴染み、温かい光を放った。
「ミカエル様……!」神父が感嘆の声を上げる。
「健闘を祈る」
ミカエルの声は消えた。アルスは聖剣を構え、決意を新たにした。彼の心には、魔王軍が略奪を止めた理由など知る由もなかった。ただ「魔王が動き出した」という事実と、故郷を滅ぼされた憎悪だけが残った。
「必ず、魔王七星を討ち取ってみせます」
アルスは教会を後にし、魔王城へと続く険しい道のりを歩み始めた。
魔王城にて。
七星は労働改革の次のステップとして、魔物たちに読み書きと簡単な算術を教えていた。資源管理や在庫管理をスムーズに行うためだ。城内は活気に満ち溢れ、まるで巨大な専門学校のようだった。
「これで、報告書の作成も捗るな」七星は満足げに頷いた。
その日の夕食時、リリスが七星の前に立ち、深刻な顔で告げた。
「魔王様、人間界で動きがありました。新たな勇者が誕生したようです。しかも、大天使ミカエル直々に聖剣を授けられたとか」
七星はスープを吹き出しそうになった。「ミカエル様、また余計なことを!」
「しかも、その勇者アルスは、前王が滅ぼした村の生き残りだそうです。こちらに対する恨みは相当なものでしょう」
七星は頭を抱えた。ホワイト企業化を進めている最中に、最も過激な「元被害者」が勇者として送り込まれてきたのだ。これはミカエルが仕組んだ、完璧な嫌がらせだった。
「戦争は避けたい。話し合いで解決できないものか?」
「無理です」リリスはきっぱりと言い放った。「人間にとって魔王は絶対悪。特にミカエル様のお告げを受けた勇者は、こちらの話など聞く耳持たないでしょう。我々は戦う準備をすべきです」
七星は迷った。自分が転生させられた理由も、この世界の裏側の事情も分かっていない。しかし、目の前にいる魔物たち――自分の改革によって少しだけ生き生きとし始めた彼ら――を守らなければならないという責任感が芽生えていた。
「とりあえず、勇者の動向を監視してくれ。武力衝突は最終手段だ」
七星の魔王城経営は、図らずも「防衛経営」へとシフトしていく。平穏な日常は終わり、七星と、最強の勇者アルス、そして全てを面白おかしく傍観する大天使ミカエルの三つ巴の運命の歯車が、静かに回り始めた。
魔王城の改革が順調に進み、城内に少しだけ平和な空気が流れ始めた矢先、七星は思わぬ客人の報告を受けた。
「魔王様、人界から使者が参りました。和平交渉を求めているとのことです」
報告に来たゴブリン兵が緊張した面持ちで告げる。七星は目を見開いた。和平? 勇者が現れた直後に?
「通してくれ。ただし、こちらも万全の態勢でな」
七星はすぐに会議室に戻り、リリスたち幹部を招集した。数分後、広間の扉が開き、一人の人間が入ってきた。彼は豪華な装束を身につけた、人間界のとある小国の宰相だった。その顔には、長旅の疲れと、魔王城への恐怖が入り混じっていた。
「魔王七星様におかれましては、ご機嫌麗しゅう」宰相は震える声で形式的な挨拶をした。
「単刀直入に用件を話せ」七星は魔王らしく、低い声で促した。
宰相は書類を取り出し、話し始めた。
「はっ……。我が国は、魔王軍との長きにわたる争いに疲弊しております。つきましては、不可侵条約を結び、永続的な和平を求めます。見返りとして、毎年莫大な金品と資源を献上いたします」
七星は驚いた。これは前王時代からの略奪に対する、人間側の防御策だ。略奪を止めたことで、人間側はむしろ「今が和平のチャンス」と捉えたらしい。
「悪くない提案だ」七星は頷きかけた。略奪よりも遥かに安定的で、魔物たちの生命も危険に晒されない。まさに理想的な「持続可能な経営」だ。
しかし、リリスが鋭い視線を宰相に向けた。
「なぜ今頃になって和平を? 勇者が旅立ったという報せは聞いている。彼の進軍を遅らせるための時間稼ぎではないのか?」
宰相はギクリとした表情を見せた。「い、いえ、そのようなことは……あくまで我が国の総意です」
七星は宰相の目を見て、嘘ではないことを感じ取った。この国の宰相は本気で和平を望んでいる。だが、ミカエルが送り込んだ勇者アルスとは、全く別の思惑で動いているようだ。
「この和平、受諾しよう。ただし、条約の内容は私が精査する。互いの領土を尊重し、不要な侵略は行わない。それでいいか?」
宰相は安堵の表情を浮かべ、「もちろんでございます!」と深く頭を下げた。
和平交渉は成立した。七星は魔王として初めての外交的成功を収めた。
だが、この知らせは、旅を続ける勇者アルスの耳にも入った。
アルスは、野営地で焚き火を見つめながら、情報屋からの報せに耳を疑った。「魔王が和平条約を結んだ? 略奪を止めた?」
「嘘だ……!」アルスは怒りに震えた。「魔王がそんな甘いことをするはずがない! これも全て、人間を油断させるための罠に決まっている!」
彼の故郷を滅ぼした魔王軍の残虐さを知るアルスにとって、魔王の「善行」は信じがたい欺瞞にしか思えなかった。彼の憎悪はむしろ増幅され、その決意はより強固なものとなった。
「奴は人間を騙そうとしている。僕が真実を暴き、討ち滅ぼさなければならないんだ!」
一方、魔王城の成功と和平交渉の報せは、天界のミカエルの元にも届いていた。
「ほう、和平とは。予想外の展開だ。あの元サラリーマン、なかなかやるな」
ミカエルは面白そうに笑った。当初は退屈しのぎに七星を魔王にしただけだったが、彼の行動はこの世界の常識を覆しつつあった。
「勇者と魔王、どちらが正義でどちらが悪か。世界が混乱すればするほど、私の退屈は紛れる。さて、次はどうしようか……」
ミカエルは、七星の「ホワイト経営」とアルスの「絶対的正義」が衝突する日を、心待ちにしていた。七星の新たな戦いは、内部統制から、世界の常識との対立へと、ステージを変えていこうとしていた。
和平条約の実務は難航した。七星が提示する「相互不可侵」や「対等な貿易」といった項目は、人間側の宰相にとっては理想的すぎたが、魔王軍の幹部、特にリリスにとっては受け入れがたいものだった。
「魔王様! これはあまりにも人間側に有利すぎます! 貿易だと? 我らが悪魔の矜持をどこに捨てたのですか!」リリスは憤慨した。
「矜持で腹が膨れるか。それに、これは未来への投資だ」七星は冷静に答えた。「それに、お互いに兵を出す必要がなくなる。死傷者を出さずに国力を増強できるなら、これ以上の勝利はない」
七星の説得により、渋々ながらも条約の草案はまとまった。七星は宰相に条約書を持たせ、本国での批准を待つことになった。
その頃、アルスの旅は続いていた。
彼は各地で魔物討伐の依頼を引き受け、その度に人々から感謝され、勇者としての名声を高めていった。しかし、彼の心は晴れなかった。
「魔王が略奪を止めた? 和平条約?」
旅の途中で立ち寄った村でも、そんな噂が流れていた。村人たちは、以前よりも魔物の被害が減ったことに安堵していた。
「もしかしたら、新しい魔王様は、悪い方じゃないのかもしれないね」
そんな村人の声を聞くたび、アルスの胸は締め付けられた。
「違う……。きっとこれは、人間を油断させて一網打尽にするための、巧妙な罠だ。僕の故郷も、最初は平和だったんだ……」
アルスは自分の信念と、世間の認識とのギャップに苦しんだ。彼の剣は、故郷を滅ぼした「悪」を討つためのものだ。その「悪」が平和を語るなど、許せなかった。彼は焦燥感を募らせながら、魔王城へと急いだ。
魔王城の城下町。七星の改革により、魔物たちが人間のように商売を始め、賑わいを見せていた。
そんな中、七星は城を抜け出し、城下町を視察していた。変装していたが、その威厳は隠しきれず、すぐに魔物たちに見つかってしまう。
「魔王様!」「いつもありがとうございます!」
魔物たちは笑顔で七星に話しかける。七星は、彼らの生き生きとした姿を見て、自分の選択が間違っていなかったと確信した。
その帰り道、城門近くで、一人の女性が倒れているのを見つけた。人間の女性だ。
七星は慌てて駆け寄った。「おい、大丈夫か?」
女性はゆっくりと目を開けた。その瞳には深い絶望が宿っていた。
「ま、魔王……?」
「とりあえず城へ。手当てが必要だ」
七星は女性を城に運び、医務室(七星が新たに作った施設だ)で手当てを受けさせた。意識を取り戻した女性は、警戒しながらも七星に感謝の言葉を述べた。彼女の名はエリカ。人間界から逃げ延びてきた難民だった。
「人間界では今、魔王が和平を結んだことで意見が二分されています。和平賛成派と、徹底抗戦派……」
エリカは続けた。徹底抗戦派は、ミカエルが勇者を送ったことで勢いづいており、和平派の国々を「魔王に魂を売った」と非難し、内戦寸前の状態にあるという。
「私は、戦争から逃げたかったんです。平和に暮らしたかった」
七星は複雑な思いでエリカの話を聞いた。自分の行動が、人間界に新たな混乱を生んでいる。皮肉なことに、平和を目指した改革が、争いの火種となっていた。
「ミカエルめ、余計なことを……」七星は呟いた。
エリカの存在は、七星に新たな視点を与えた。この世界の争いは、魔物対人間という単純な構図ではない。信じる「正義」がぶつかり合う、終わりのない争いなのだ。
七星は決意を新たにした。勇者アルスが来る前に、この世界のシステムそのものを変えなければならない。平和な魔王城だけでは、世界は救えない。
彼はエリカに城での滞在を許可し、リリスを呼んだ。
「リリス。勇者アルスの進軍ルートを予測しろ。我々は彼を迎え撃つのではない。彼と『交渉』する準備を整えるんだ」
魔王七星の挑戦は、次のステージへと進もうとしていた。
七星はリリスに命じ、勇者アルスの進軍ルート上に、七星の「平和的な」行動を記した看板や張り紙を設置させた。「魔王城では週休二日制を導入しました」「略奪は禁止、貿易歓迎」といった、およそ魔王らしからぬ文言だ。
「魔王様、こんな子供だましの看板で、あの勇者が足を止めるでしょうか?」リリスは懐疑的だった。
「少なくとも、彼の心に疑問を投げかけることはできる。それが狙いだ」
七星の狙いは的中した。
アルスは、旅の途中で目にする看板や、村人たちの語る魔王七星の「善行」に混乱していた。
「嘘だ……こんなもの、信じられるか!」アルスは怒りに任せて看板を斬りつけた。だが、彼の心には確かに疑問符が生まれていた。「もし、もし本当に、この魔王が平和を望んでいるとしたら……?」
彼の心の中の復讐心と、目の前の現実との間で、アルスは激しく葛藤した。故郷を滅ぼされた憎悪は本物だ。だが、この看板に書かれていることが事実なら、自分の「正義」はどこに向かうのか?
アルスの足は、魔王城へと向かう最短ルートから少し逸れ、七星が和平条約を結んだ国へと向かい始めた。彼は真偽を確かめる必要があった。
その頃、魔王城では、人間界の内乱が激化しているという報せが届いていた。和平賛成派の国が、徹底抗戦派の王国から宣戦布告を受けたのだ。
七星は驚愕した。「和平を結んだだけなのに、なぜ戦争が始まるんだ?」
エリカが青ざめた顔で説明した。「徹底抗戦派の王国は、ミカエル様からの寵愛を受けているとされています。彼らにとって、魔王と和平を結ぶこと自体が神への冒涜なんです」
七星は天を仰いだ。ミカエルはやはり、この世界の混乱を楽しんでいるのだ。
「和平を結んだ国を見捨てるわけにはいかない。条約違反になってしまう」七星は決断した。「リリス、和平派の国へ使者を送る。魔王軍が援軍として加勢することを伝えろ」
「援軍!?」リリスだけでなく、他の幹部たちも驚いた。「我らが人間を助けるというのですか?」
「そうだ。これも『持続可能な経営』のためだ。友好国を守ることは、我々の未来を守ることにつながる」
魔王軍が人間界の内戦に介入するという、前代未聞の事態が動き出した。
そして数日後。
アルスは和平条約を結んだ国の王城の前に立っていた。城内から聞こえてくるのは、絶望的な戦いの音だ。徹底抗戦派の軍勢が城門を破り、侵入しようとしていた。
アルスは迷った。自分が討つべき敵は魔王のはずだ。なぜ人間同士が戦っている?
その時、空が黒い影で覆われた。アルスが見上げると、そこにはおびただしい数の魔王軍の飛竜部隊が展開していた。しかし、彼らは城を攻めるのではなく、攻め込んでいる人間軍に襲いかかっていた。
「あれは……魔王軍?」アルスは呆然とした。
城壁の上には、漆黒のマントを羽織った七星と、秘書のリリスの姿があった。
「全軍に告ぐ! 和平条約に基づき、この国を防衛する! 侵略者から国を守り抜け!」七星の声が響き渡る。
アルスは聖剣を握りしめた。彼の前にいるのは、故郷を滅ぼした「悪」の象徴たる魔王だ。だが、その魔王は今、人間を守っている。
アルスは混乱と怒りのまま、城門を駆け上がり、七星の目の前まで辿り着いた。
「魔王七星! 貴様の悪事をこれ以上見過ごすわけにはいかない!」アルスは剣を七星に向けた。
七星はアルスの姿を見て、静かに剣を下ろすよう促した。
「勇者アルス。君の故郷を滅ぼしたことは、深く謝罪する。それは前王の時代の過ちだ。だが、今の私は和平を望んでいる。君は、誰のために戦っているんだ?」
二人の視線が交錯する。勇者と魔王、それぞれの「正義」がぶつかり合う瞬間だった。
アルスの剣先は、七星の喉元数センチのところで止まっていた。戦場の喧騒が嘘のように、彼らの周囲だけが静寂に包まれている。
「誰のために、だと……?」アルスの声は怒りに震えていた。「僕の家族は、村人たちは、あなた方の略奪のせいで死んだんだ! その血で染まった手を、どうやって信じろと言うんだ!」
七星は一歩前に出た。アルスの剣が喉に触れる。
「私は天野七星という、元はしがないサラリーマンだった人間だ。ミカエル様の気まぐれで魔王にさせられた」七星は自らの正体を明かした。「君の故郷を滅ぼした当時の魔王ではない。私は、二度とそんな悲劇が起こらないように、この魔王城を変えようとしているんだ」
アルスの目が見開かれた。元人間? ミカエルが関与している? 頭の中の情報が繋がらず、混乱が深まる。
「嘘だ! 魔王がそんな……」
「これが嘘に見えるか?」七星は周囲の戦場を指し示した。「私は今、和平を結んだ人間たちを守るために戦っている。君が討つべき『悪』は、本当に目の前にいる私なのか?」
七星の言葉は、アルスの心に深く突き刺さった。彼の「正義」は単純な勧善懲悪だったはずだ。しかし、現実はあまりにも複雑だった。目の前の魔王は、確かに人間を守り、平和を語っている。
その時、ミカエルの声が再びアルスの脳裏に響いた。
「どうしたんだい、勇者アルス。聖剣を振るうのをためらっているのかい? 彼は狡猾な魔王だ。その甘言に惑わされてはならない」
ミカエルの声は、アルスの迷いを断ち切る劇薬となった。そうだ、全てはミカエルの言った通り、魔王の罠なのだ。
アルスは剣に魔力を込めた。
「黙れ! どんな理由があろうと、貴様は魔王だ! ここで討ち取る!」
アルスは剣を振り上げた。七星は構えた。武力衝突は避けられないかに見えた、その瞬間。
「お待ちください、勇者様!」
城壁の上に、エリカが現れた。彼女はアルスの故郷の出身だった。
「アルス様! 私はエリカです! 魔王様は本当に私たちを助けてくれたんです! 和平を結んだんです!」
アルスはエリカの姿を見て、動揺した。見知った顔だった。
「エリカ……なぜここに?」
「魔王様は私たち人間を受け入れてくれたんです! 信じてください!」
七星はエリカに頷きかけた後、アルスに向き直った。
「見ての通りだ。私の城には、人間も魔物も共に暮らしている。私はこの世界から争いをなくしたいだけだ」
アルスの剣が止まった。エリカの言葉は嘘ではないように聞こえた。彼の信念が崩れ去ろうとしていた。
その隙を、戦場に響く咆哮が破った。徹底抗戦派の軍勢の中に、巨大な悪魔が紛れ込んでいたのだ。そいつは七星たちがいる城壁目掛けて、巨大な火球を放った。
「魔王様!」リリスが叫ぶ。
七星はエリカを庇うように抱きしめた。直後、七星の体が光に包まれた。
ミカエルから与えられた魔王の体は、圧倒的な防御力を持っていた。火球は直撃したが、七星は無傷だった。
「アルス! 見ていただろう、彼らはルール無用だ!」七星は叫んだ。「私は自分の城を守る。和平を結んだ仲間を守る。君は、自分の信じる正義のために戦え!」
アルスは迷いを捨てた。魔王がどうあれ、今、目の前で人間を襲っている敵がいる。
「僕は、この城を守る!」
アルスは叫び、聖剣を振るって巨大悪魔へと斬りかかった。勇者と魔王、異なる信念を持つ二人が、図らずも共闘することになったのだ。
戦いが終わった後、城壁の上で、七星とアルスは互いに向き合った。
「助かった、勇者アルス」
「……あなたは、本当に魔王なのか?」
七星は苦笑した。「私もそう思いたいね。さて、この世界をどう変えていくか、一緒に考えてみるかい?」
アルスは複雑な表情で七星を見つめた。故郷を滅ぼした魔王への憎悪は消えていない。だが、目の前の男が言う「平和」もまた、本物のように思えた。
天界では、ミカエルがこの光景を見て、満足げに微笑んでいた。
「混沌こそ、世界のスパイスだ。彼らの物語は、まだ始まったばかり」
七星とアルス、そしてリリスとエリカ。魔王城を中心に、世界の歴史は新たな方向へと舵を切り始めていた。
アルスは聖剣を鞘に収め、七星に深く頭を下げた。
「……信じられない。だが、あなたの行動は確かに人間を救った。僕の凝り固まった『正義』は、少し柔軟になる必要がありそうだ」
「理解してくれて嬉しいよ」七星は安堵の息をついた。「とりあえず、魔王城に来ないか? 美味しい食事が用意できる。これも働き方改革の賜物だ」
こうして、勇者アルスは、敵としてではなく、一人の客として魔王城へと招かれることになった。
魔王城の食堂は活気に満ちていた。七星の指示で作られたバランスの良い食事に、魔物も人間(エリカたち難民)も舌鼓を打っていた。
アルスは、魔物たちと一緒に食事をするという奇妙な状況に戸惑いながらも、七星の隣に座った。リリスは不機嫌そうにしながらも、アルス用の食器を用意してくれた。
「勇者殿。あなたには、この世界の真実を話しておく必要がある」七星は静かに語り始めた。「この世界は、天界と魔界の長きにわたる代理戦争の場だ。ミカエル様は、退屈しのぎにその均衡を崩そうとしている」
七星は自分が転生した経緯、そしてミカエルが自分とアルスを争わせようとしていることを話した。
アルスは黙って七星の話を聞いていた。全てが繋がった。故郷を滅ぼした前王、ミカエルからの唐突な神託、そして目の前の「人間らしい」魔王。
「僕たちは、ミカエル様の掌の上で踊らされていたのか……」
「そうだ。だが、踊るのをやめる選択肢もある」七星はアルスの目を見た。「勇者アルス。君の故郷の悲劇は、確かにこの世界のシステムが生んだ悲劇だ。私は、そのシステムそのものを変えたい」
アルスは聖剣を見つめた。故郷への復讐心はまだ残っている。しかし、新たな目的が彼の心に芽生え始めていた。
「どうすればいい? ミカエル様に歯向かうなど、不可能に思える」
「不可能じゃない。人間の数と、私の魔王軍が協力すれば、天界や魔界にも一泡吹かせられるかもしれない。まずは、この世界の争いを終わらせるんだ」
アルスは立ち上がった。彼の表情は晴れやかだった。
「分かった。魔王七星。僕はあなたの理想に賭けてみる。勇者アルスとしてではなく、一人の人間として、あなたに協力しよう」
二人は固い握手を交わした。勇者と魔王の同盟が成立した瞬間だった。
この日、魔王城では「勇者歓迎会」が開かれ、アルスは初めて見る魔物の踊りや歌に戸惑いながらも、共に笑い合った。
しかし、この同盟は、新たな敵を生み出していた。人間界の徹底抗戦派の王国は、アルスが魔王と手を組んだことに激怒。彼を「裏切り者の勇者」と呼び、討伐軍を編成し始めたのだ。
一方、天界。
「おやおや、手を組んでしまったか。これは予想外」
ミカエルは面白そうに天界の様子を覗き込んでいた。
「勇者が魔王に寝返る。なんて面白い展開だ。さて、次はどうやって彼らを試そうかな……」
ミカエルの気まぐれな好奇心は尽きず、新たな試練が七星とアルスを待ち受けていることを示唆していた。
勇者アルスが魔王軍と同盟を結んだという事実は、人間界に衝撃を与えた。「裏切り者の勇者」の烙印を押されたアルスは、彼を討伐せんと息巻く人間側の連合軍と対峙することになった。
「徹底抗戦派は、我々だけでなくアルス君までも敵に回した。もはや全面戦争は避けられそうにないな」七星は地図を睨みながら呟いた。
「魔王様、今ならまだ間に合います。我々の力で人間連合軍を蹴散らしましょう!」リリスは血気盛んに進言する。
「それは違う、リリス」七星は首を横に振った。「我々の目的は支配ではなく、平和的な共存だ。不必要な殺戮は避けたい。彼らを説得する道を探る」
七星はアルスと共に、人間連合軍の陣営に使者を送り、和平を呼びかけた。だが、ミカエルの神託を絶対視する彼らは聞く耳を持たなかった。「魔王の罠だ! 裏切り者のアルスを差し出せ!」と、使者は追い返された。
七星に残された道は、戦いながら説得するという、困難なものだった。
戦いの火蓋は切って落とされた。人間連合軍は圧倒的な兵力で魔王城を目指し、和平派の国境線を突破しようとしていた。
七星は魔王軍とアルス率いる元騎士団(エリカたち難民も加わっていた)を率いて出陣した。アルスは聖剣を振るい、かつての仲間たちと戦わなければならないという苦渋を味わっていた。
戦場は混沌を極めた。七星は極力、敵の命を奪わずに無力化するよう指示を出していたが、激戦の中で多くの命が失われていく。
「これが、俺が望んだ平和なのか……?」七星は歯噛みした。
その時、戦場に異様な空気が流れた。空が歪み、空間からおぞましい魔力を持った巨大な悪魔たちが現れたのだ。彼らは人間連合軍だけでなく、七星の魔王軍にも無差別に襲いかかった。
「あれは、魔界からの援軍か!?」リリスが叫ぶ。
「違う、あれはもっと上位の存在……!」アルスが顔色を変える。
突如現れた第三勢力は、戦場をさらなる地獄へと変えた。七星は直感した。これはミカエルが仕組んだ、新たな試練だ。彼らが協力し、世界のシステムに抗おうとしたことに対する、天界からの「罰」だった。
「アルス! 敵は我々全員だ! 協力してこの場を凌ぐぞ!」
七星とアルスは、再び共闘する。魔王の圧倒的な防御力と、勇者の聖剣が放つ神聖な輝きが交錯し、現れた悪魔たちを次々と打ち倒していく。
だが、敵は無限に湧いて出るかのようだった。魔王軍と人間連合軍は、共通の敵を前にして、図らずも一時的な共闘関係を結ぶことになった。
激しい戦いの末、悪魔たちは撃退されたが、両軍ともに甚大な被害を受けた。戦場跡には、魔物と人間の区別なく、多くの遺体が横たわっていた。
七星は膝をついた。「こんなことをしても、誰も幸せにならない……」
その光景を見ていた人間連合軍の将軍も、戦いの無意味さを悟ったのか、静かに剣を収めた。
「魔王七星……貴様は、我々が信じていた悪とは違うようだ。我々の早計を詫びる」将軍はそれだけ言い残し、残存兵を率いて撤退していった。
こうして、七星の「戦いながらの説得」は、皮肉にもミカエルの介入によって成功を収めた。
七星とアルスは、互いの信念を再確認した。この世界のシステムを変えるためには、天界と魔界という根源的な問題に立ち向かわなければならない。
魔王城に戻った七星は、幹部たちとアルスを集め、宣言した。
「我々の敵は、もはや人間ではない。この世界を玩具にしている、上位の存在だ。我々は、この不条理な世界を変えるために、戦いを挑まなければならない」
七星の目には、元サラリーマンの冴えなさはもうない。世界を変えうる、真の「魔王」としての決意が宿っていた。彼らの次なる標的は、気まぐれな大天使ミカエルが治める天界となった。
午前七時三分。天野七星の人生は、いつも通りの満員電車と、前方のトラックから落下した謎の鉄骨によって、あっけなく幕を閉じた。享年三十五歳。独身。特に社会に大きな足跡を残すこともなく、ただ毎日を懸命に生きてきただけの男だった。
次に目覚めた時、七星は困惑した。
視界に入ったのは、やたら天井の高い、豪奢な石造りの部屋。天蓋付きのキングサイズベッドから身を起こすと、絹のような滑らかなシーツが肌に触れた。体は少し大きくなったように感じられ、何よりも全身から発せられる「威厳」のようなものに戸惑った。
「夢、ではないのか?」
ベッドサイドにあった巨大な鏡に近づき、七星は息を呑んだ。
そこに映っていたのは、自分ではない「誰か」だった。黒曜石のような艶を持つ角が額から伸び、鋭い目元には冷徹な光が宿る。漆黒のマントを羽織っているが、その下の肉体は鍛え上げられており、元々の冴えない営業マンの面影はどこにもない。紛れもなく、世に言う「魔王」の姿だった。
混乱する七星の背後で、突然、部屋の空間が歪んだ。白銀の閃光が弾け、眩いばかりの光の塊が姿を現す。そこから聞こえてきた声は、まるで頭の中に直接響くようだった。
「やあ、目覚めたようだね。新しい世界、新しい体、気に入ったかい?」
七星は反射的に身構えた。光が収束し、翼を広げた荘厳な存在が姿を見せた。神話や聖書に出てくるような、圧倒的な存在感を放つ――大天使ミカエル。
「あ、あなたは……ミカエル様?」七星は呆然と呟いた。
「その通り。訳あって君の魂をここに招いた。そして、見事に適合したようだね。今日から君は、この世界の『魔王七星』だ」
ミカエルは優雅に微笑んだ。その表情は、まるで子供のおもちゃを選ぶような軽やかさだった。
「魔王? なんの冗談ですか?」
「冗談ではないさ。そら、その角を見たまえ。立派な魔王だ。君の生前の人生はあまりにも無味乾燥でね、見ていて退屈だった。だから少し刺激を与えてみたくなったんだ」
「刺激って……」
「さあ、ごちゃごちゃ言わずに頑張りたまえ。期待しているよ、新米魔王」
ミカエルはそれだけ言い残すと、七星の返事を待たずに再び光の粒子となって消えてしまった。
部屋に取り残された七星は、鏡の中の自分――魔王七星――を見つめ、深くため息をついた。
「よりによって、魔王か……」
こうして、元サラリーマンの魔王による、波乱万丈の「城経営」が始まったのだった。
ミカエルが去り、静寂が戻った部屋で、七星は与えられた状況を整理しようとした。元サラリーマンの天野七星は死に、今は「魔王七星」としてこの城の主(あるじ)らしい。
「まずは現状把握からだな……」
社会人時代の癖で、自然と段取りを考え始める。七星は、とりあえず自分の服装を整え、部屋を出ることにした。分厚い木の扉を開けると、そこは広大な吹き抜けのある廊下だった。松明の代わりに、天井から奇妙な蒼い炎の魔術具が空間を照らしている。
廊下には、七星が想像していた「魔物」とは少し違う、ゴブリンやオークと思しき者たちが忙しそうに行き交っていた。彼らの顔には、生気よりも疲労の色が濃く浮かんでいるように見える。誰もが七星の姿を見ると、慌てて跪き、頭を垂れた。
「……お、恐れながら、魔王様。本日の会議の準備が整っております」
一匹の、背筋を丸めたゴブリンが震えながら進み出てきた。その手には分厚い書類の束が握られている。
七星はゴブリンの様子に既視感を覚えた。まるで、営業部長の顔色を伺う新入社員ではないか。
「会議? ああ、案内を頼む」七星は努めて威厳のある声を出そうとしたが、自分でも少し棒読みだったと感じた。
ゴブリンは「ははっ」と応じ、七星を先導して城の深部へと歩き出した。歩きながら七星は書類の束に目をやった。びっしりと細かい文字で埋め尽くされている。
「これは何の資料だ?」
「はっ、今月の資源略奪計画書と、人界への侵攻スケジュール案でございます」
「資源略奪……」七星は頭痛を覚えた。平和的な経営を目指そうにも、ここは根本的に倫理観が違うらしい。
広間に通されると、すでに数体の魔物が席に着いていた。トカゲの頭を持つ男、巨大なミノタウロス、そして一際目を引く、クールな表情の女性型悪魔。
女性型悪魔は、七星が入室するなり鋭い視線を向けた。
「遅いですよ、魔王様。会議開始時刻はとうに過ぎています」
彼女の声には敬意よりも苛立ちが滲んでいた。七星は彼女こそがこの魔王軍のNo.2だと直感した。
「すまない、少し寝坊した」
七星が席に着くと、女性は立ち上がり、七星に一礼した。
「改めて、私はこの魔王城の秘書兼軍師を務めるリリスと申します。以前の魔王様が勇者に討伐されてから混乱しておりましたが、貴方が新たな王として君臨されたこと、喜ばしく思います」
「ああ、よろしく頼む、リリス」
「では早速ですが、議題に入ります。まずは喫緊の課題。城の財政が火の車です。前王が贅沢の限りを尽くしたせいで、貯蓄は底を突きかけています」
リリスは冷徹に現状を報告した。七星は内心で「どこも一緒か」と呟いた。日本の零細企業も魔王城も、経営難という点では同じらしい。
「そこで提案ですが、隣国の村への略奪回数を倍に増やし、徴収率も上げます。また、効率の悪いオーク部隊はリストラし、浮いた予算で新たなモンスターを雇うべきかと」
リリスの言葉は淀みなかったが、七星はその内容に眉をひそめた。「リストラ」「略奪回数増」――それはまさに、七星が前職で嫌というほど見てきたブラックな経営方針だった。
「待て、リリス君」七星は会議を遮った。「リストラや略奪強化は、長期的に見て得策ではないと思う」
広間がざわついた。他の幹部たちが驚いた顔で七星を見つめている。
リリスは表情を変えずに反論した。「では、どうやってこの窮状をしのぐおつもりですか? ここは魔王城です。慈悲は無用。力こそが正義でしょう」
七星は立ち上がった。魔王としての威厳ある姿で、元サラリーマンの信念を口にした。
「違う。力だけでは組織は続かない。必要なのは『効率化』と『持続可能な経営』だ。まずは、この魔王城の『働き方改革』から始める」
魔王七星による、理想のホワイト魔王城建設の野望が、今、始まった。
「働き方改革」。その言葉は、魔王城の冷え切った会議室に、場違いな静寂をもたらした。
トカゲ頭の幹部は「ハタラキカタカイカク?」と首を傾げ、ミノタウロスは唸り声を上げた。そして、リリスは明らかに不快そうな表情を浮かべた。
「魔王様、お言葉ですが、我々は悪魔です。魔族です。規律や効率は重要ですが、『働きがい』などという人間臭い感傷は不要です。我らの目的は人間界の支配であり、そのための略奪は正当な行為です」
リリスの視線は鋭く、七星の「魔王の体」が持つ威圧感を押し戻そうとするかのようだった。
七星は動じなかった。元々、営業先での理不尽な詰めには慣れていた。
「リリス君、よく聞いてくれ。略奪に頼る経済は不安定だ。人間たちが結束して反撃してきたらどうする? それに、疲弊した兵士では士気も上がらない。私が目指すのは、外部環境に左右されない、盤石な『魔王軍経営』だ」
七星は持参した書類を広げた。もちろん、中身は白紙だが、その動作には営業マン時代の自信が滲み出ていた。
「まずは情報の共有からだ。私が城主になった以上、独断専行は許されない。それに、君たちの能力をもっと正しく評価したい」
「評価……?」リリスは訝しんだ。
「ああ。これからは成果主義を導入する。略奪の成果だけでなく、新しい資源開発の提案や、城内のインフラ整備に貢献したものには、正当な報酬と昇進の機会を与える」
七星の言葉に、下級魔物であるゴブリンたちがざわついた。彼らにとって、これまでは「どれだけ酷使されるか」が仕事の基準であり、「評価」や「昇進」は夢のまた夢だったからだ。
「馬鹿な……」リリスが呟く。「そんな人間界の甘いやり方が通用するはずがない」
「試してみる価値はあるだろう?」七星はミカエル譲りの、人を食ったような笑みを浮かべた。「今のままでは、遅かれ早かれ城は潰れる。私が魔王になったのは、この組織を立て直すためだ。大天使ミカエル様もそうお望みだ」
ミカエルの名前が出たことで、リリスは言葉を詰まらせた。彼女もミカエルの存在がこの世界でどれほど絶対的かを理解していた。
「……分かりました。ならば、その『働き方改革』とやら、一週間で成果を出して見せてください。でなければ、元の略奪体制に戻します」
リリスは挑戦的な態度で言い放った。
こうして、魔王城の改革は急ピッチで進められることになった。
七星は早速、魔物たちを集めて「七星魔王城労働規約」を掲げた。
勤務時間: 8時間労働、休憩あり
休日: 週休二日制(ただし非常時は除く)
福利厚生: 負傷時のポーション支給、食堂のメニュー改善
魔物たちは戸惑いながらも、休みが増え、食事が豪華になるという事実に歓喜した。長年、寝る間も惜しんで働かされていた彼らにとって、七星は救世主に見えた。
「魔王様! これならもっと頑張れます!」
「効率が上がれば、略奪なんてしなくても食っていけるかもしれません!」
七星は改革の第一歩として、非効率な略奪ではなく、魔王城周辺の未開拓の鉱山や森林資源の開発に目を向けさせた。適切な休憩とモチベーション管理により、資源の産出量は驚異的なスピードで増加していった。
一週間後。
リリスは七星の執務室の前に立ち、持ってきた報告書を見直していた。そこには、前年比で資源産出量が1.5倍になったという信じがたい数字が並んでいた。しかも、略奪による人間側の被害はゼロだ。
「嘘でしょう……」
リリスはノックもせずに部屋に飛び込んだ。七星は机に突っ伏して寝ていた。
「魔王様! これはどういうことですか!?」
七星は目を覚まし、欠伸をしながらリリスを迎えた。
「ん? ああ、リリス君。報告書は見たかい? 適切な労働環境と評価制度は、種族を超えて生産性を上げるんだよ」
七星は満足げに笑った。サラリーマンとしての経験が、異世界で初めて花開いた瞬間だった。
しかし、その成功は新たな火種を生んでいた。
人間界では、「魔王が略奪を止めた」という噂が広まり、長年続いた魔王への恐怖心が薄れ始めていた。同時に、魔王城が急激に力をつけているという情報は、人間界の王侯貴族たちに新たな危機感を植え付けていた。
そして、七星の改革を面白くなさそうに見守る、一人の大天使の姿が天界にあった。
「ふむ……真面目すぎたかな、あの魔王は。少し、刺激が必要のようだね」
ミカエルは楽しそうに呟き、再び人間界に向けて、ある情報を流した。それは、「新たな勇者が、魔王討伐のために立ち上がった」という知らせだった。
人間界のとある片隅、とある教会。
神父が祈りを捧げる傍らで、一人の青年が静かに剣の手入れをしていた。彼の名はアルス。かつては王国の騎士団に所属していたが、魔王軍による故郷の略奪で家族を失い、復讐を誓った男だ。彼の瞳には、深い悲しみと、魔王に対する燃え盛る憎悪が宿っている。
「アルスよ、準備は整ったか」神父が静かに問いかける。
「はい、いつでも」
その時、教会のステンドグラスを通して差し込む光が、異様に輝きを増した。その眩しさの中、アルスの脳裏に直接、威厳ある声が響いた。
「勇者アルスよ。魔王が、再び動き出した。今度は今までにない、狡猾なやり方で人間界を内部から侵食しようとしている」
アルスは驚き、声の主を探したが、神父は慣れた様子で空を見上げていた。
「汝に聖剣を授ける。地の果てにある魔王城へ向かい、新たなる魔王『七星』を討伐せよ。この世界の平和は、汝の双肩にかかっている」
光が収束し、祭壇の上に一振りの美しい聖剣が顕現した。アルスは震える手でそれを手に取る。聖剣は彼の手に吸い付くように馴染み、温かい光を放った。
「ミカエル様……!」神父が感嘆の声を上げる。
「健闘を祈る」
ミカエルの声は消えた。アルスは聖剣を構え、決意を新たにした。彼の心には、魔王軍が略奪を止めた理由など知る由もなかった。ただ「魔王が動き出した」という事実と、故郷を滅ぼされた憎悪だけが残った。
「必ず、魔王七星を討ち取ってみせます」
アルスは教会を後にし、魔王城へと続く険しい道のりを歩み始めた。
魔王城にて。
七星は労働改革の次のステップとして、魔物たちに読み書きと簡単な算術を教えていた。資源管理や在庫管理をスムーズに行うためだ。城内は活気に満ち溢れ、まるで巨大な専門学校のようだった。
「これで、報告書の作成も捗るな」七星は満足げに頷いた。
その日の夕食時、リリスが七星の前に立ち、深刻な顔で告げた。
「魔王様、人間界で動きがありました。新たな勇者が誕生したようです。しかも、大天使ミカエル直々に聖剣を授けられたとか」
七星はスープを吹き出しそうになった。「ミカエル様、また余計なことを!」
「しかも、その勇者アルスは、前王が滅ぼした村の生き残りだそうです。こちらに対する恨みは相当なものでしょう」
七星は頭を抱えた。ホワイト企業化を進めている最中に、最も過激な「元被害者」が勇者として送り込まれてきたのだ。これはミカエルが仕組んだ、完璧な嫌がらせだった。
「戦争は避けたい。話し合いで解決できないものか?」
「無理です」リリスはきっぱりと言い放った。「人間にとって魔王は絶対悪。特にミカエル様のお告げを受けた勇者は、こちらの話など聞く耳持たないでしょう。我々は戦う準備をすべきです」
七星は迷った。自分が転生させられた理由も、この世界の裏側の事情も分かっていない。しかし、目の前にいる魔物たち――自分の改革によって少しだけ生き生きとし始めた彼ら――を守らなければならないという責任感が芽生えていた。
「とりあえず、勇者の動向を監視してくれ。武力衝突は最終手段だ」
七星の魔王城経営は、図らずも「防衛経営」へとシフトしていく。平穏な日常は終わり、七星と、最強の勇者アルス、そして全てを面白おかしく傍観する大天使ミカエルの三つ巴の運命の歯車が、静かに回り始めた。
魔王城の改革が順調に進み、城内に少しだけ平和な空気が流れ始めた矢先、七星は思わぬ客人の報告を受けた。
「魔王様、人界から使者が参りました。和平交渉を求めているとのことです」
報告に来たゴブリン兵が緊張した面持ちで告げる。七星は目を見開いた。和平? 勇者が現れた直後に?
「通してくれ。ただし、こちらも万全の態勢でな」
七星はすぐに会議室に戻り、リリスたち幹部を招集した。数分後、広間の扉が開き、一人の人間が入ってきた。彼は豪華な装束を身につけた、人間界のとある小国の宰相だった。その顔には、長旅の疲れと、魔王城への恐怖が入り混じっていた。
「魔王七星様におかれましては、ご機嫌麗しゅう」宰相は震える声で形式的な挨拶をした。
「単刀直入に用件を話せ」七星は魔王らしく、低い声で促した。
宰相は書類を取り出し、話し始めた。
「はっ……。我が国は、魔王軍との長きにわたる争いに疲弊しております。つきましては、不可侵条約を結び、永続的な和平を求めます。見返りとして、毎年莫大な金品と資源を献上いたします」
七星は驚いた。これは前王時代からの略奪に対する、人間側の防御策だ。略奪を止めたことで、人間側はむしろ「今が和平のチャンス」と捉えたらしい。
「悪くない提案だ」七星は頷きかけた。略奪よりも遥かに安定的で、魔物たちの生命も危険に晒されない。まさに理想的な「持続可能な経営」だ。
しかし、リリスが鋭い視線を宰相に向けた。
「なぜ今頃になって和平を? 勇者が旅立ったという報せは聞いている。彼の進軍を遅らせるための時間稼ぎではないのか?」
宰相はギクリとした表情を見せた。「い、いえ、そのようなことは……あくまで我が国の総意です」
七星は宰相の目を見て、嘘ではないことを感じ取った。この国の宰相は本気で和平を望んでいる。だが、ミカエルが送り込んだ勇者アルスとは、全く別の思惑で動いているようだ。
「この和平、受諾しよう。ただし、条約の内容は私が精査する。互いの領土を尊重し、不要な侵略は行わない。それでいいか?」
宰相は安堵の表情を浮かべ、「もちろんでございます!」と深く頭を下げた。
和平交渉は成立した。七星は魔王として初めての外交的成功を収めた。
だが、この知らせは、旅を続ける勇者アルスの耳にも入った。
アルスは、野営地で焚き火を見つめながら、情報屋からの報せに耳を疑った。「魔王が和平条約を結んだ? 略奪を止めた?」
「嘘だ……!」アルスは怒りに震えた。「魔王がそんな甘いことをするはずがない! これも全て、人間を油断させるための罠に決まっている!」
彼の故郷を滅ぼした魔王軍の残虐さを知るアルスにとって、魔王の「善行」は信じがたい欺瞞にしか思えなかった。彼の憎悪はむしろ増幅され、その決意はより強固なものとなった。
「奴は人間を騙そうとしている。僕が真実を暴き、討ち滅ぼさなければならないんだ!」
一方、魔王城の成功と和平交渉の報せは、天界のミカエルの元にも届いていた。
「ほう、和平とは。予想外の展開だ。あの元サラリーマン、なかなかやるな」
ミカエルは面白そうに笑った。当初は退屈しのぎに七星を魔王にしただけだったが、彼の行動はこの世界の常識を覆しつつあった。
「勇者と魔王、どちらが正義でどちらが悪か。世界が混乱すればするほど、私の退屈は紛れる。さて、次はどうしようか……」
ミカエルは、七星の「ホワイト経営」とアルスの「絶対的正義」が衝突する日を、心待ちにしていた。七星の新たな戦いは、内部統制から、世界の常識との対立へと、ステージを変えていこうとしていた。
和平条約の実務は難航した。七星が提示する「相互不可侵」や「対等な貿易」といった項目は、人間側の宰相にとっては理想的すぎたが、魔王軍の幹部、特にリリスにとっては受け入れがたいものだった。
「魔王様! これはあまりにも人間側に有利すぎます! 貿易だと? 我らが悪魔の矜持をどこに捨てたのですか!」リリスは憤慨した。
「矜持で腹が膨れるか。それに、これは未来への投資だ」七星は冷静に答えた。「それに、お互いに兵を出す必要がなくなる。死傷者を出さずに国力を増強できるなら、これ以上の勝利はない」
七星の説得により、渋々ながらも条約の草案はまとまった。七星は宰相に条約書を持たせ、本国での批准を待つことになった。
その頃、アルスの旅は続いていた。
彼は各地で魔物討伐の依頼を引き受け、その度に人々から感謝され、勇者としての名声を高めていった。しかし、彼の心は晴れなかった。
「魔王が略奪を止めた? 和平条約?」
旅の途中で立ち寄った村でも、そんな噂が流れていた。村人たちは、以前よりも魔物の被害が減ったことに安堵していた。
「もしかしたら、新しい魔王様は、悪い方じゃないのかもしれないね」
そんな村人の声を聞くたび、アルスの胸は締め付けられた。
「違う……。きっとこれは、人間を油断させて一網打尽にするための、巧妙な罠だ。僕の故郷も、最初は平和だったんだ……」
アルスは自分の信念と、世間の認識とのギャップに苦しんだ。彼の剣は、故郷を滅ぼした「悪」を討つためのものだ。その「悪」が平和を語るなど、許せなかった。彼は焦燥感を募らせながら、魔王城へと急いだ。
魔王城の城下町。七星の改革により、魔物たちが人間のように商売を始め、賑わいを見せていた。
そんな中、七星は城を抜け出し、城下町を視察していた。変装していたが、その威厳は隠しきれず、すぐに魔物たちに見つかってしまう。
「魔王様!」「いつもありがとうございます!」
魔物たちは笑顔で七星に話しかける。七星は、彼らの生き生きとした姿を見て、自分の選択が間違っていなかったと確信した。
その帰り道、城門近くで、一人の女性が倒れているのを見つけた。人間の女性だ。
七星は慌てて駆け寄った。「おい、大丈夫か?」
女性はゆっくりと目を開けた。その瞳には深い絶望が宿っていた。
「ま、魔王……?」
「とりあえず城へ。手当てが必要だ」
七星は女性を城に運び、医務室(七星が新たに作った施設だ)で手当てを受けさせた。意識を取り戻した女性は、警戒しながらも七星に感謝の言葉を述べた。彼女の名はエリカ。人間界から逃げ延びてきた難民だった。
「人間界では今、魔王が和平を結んだことで意見が二分されています。和平賛成派と、徹底抗戦派……」
エリカは続けた。徹底抗戦派は、ミカエルが勇者を送ったことで勢いづいており、和平派の国々を「魔王に魂を売った」と非難し、内戦寸前の状態にあるという。
「私は、戦争から逃げたかったんです。平和に暮らしたかった」
七星は複雑な思いでエリカの話を聞いた。自分の行動が、人間界に新たな混乱を生んでいる。皮肉なことに、平和を目指した改革が、争いの火種となっていた。
「ミカエルめ、余計なことを……」七星は呟いた。
エリカの存在は、七星に新たな視点を与えた。この世界の争いは、魔物対人間という単純な構図ではない。信じる「正義」がぶつかり合う、終わりのない争いなのだ。
七星は決意を新たにした。勇者アルスが来る前に、この世界のシステムそのものを変えなければならない。平和な魔王城だけでは、世界は救えない。
彼はエリカに城での滞在を許可し、リリスを呼んだ。
「リリス。勇者アルスの進軍ルートを予測しろ。我々は彼を迎え撃つのではない。彼と『交渉』する準備を整えるんだ」
魔王七星の挑戦は、次のステージへと進もうとしていた。
七星はリリスに命じ、勇者アルスの進軍ルート上に、七星の「平和的な」行動を記した看板や張り紙を設置させた。「魔王城では週休二日制を導入しました」「略奪は禁止、貿易歓迎」といった、およそ魔王らしからぬ文言だ。
「魔王様、こんな子供だましの看板で、あの勇者が足を止めるでしょうか?」リリスは懐疑的だった。
「少なくとも、彼の心に疑問を投げかけることはできる。それが狙いだ」
七星の狙いは的中した。
アルスは、旅の途中で目にする看板や、村人たちの語る魔王七星の「善行」に混乱していた。
「嘘だ……こんなもの、信じられるか!」アルスは怒りに任せて看板を斬りつけた。だが、彼の心には確かに疑問符が生まれていた。「もし、もし本当に、この魔王が平和を望んでいるとしたら……?」
彼の心の中の復讐心と、目の前の現実との間で、アルスは激しく葛藤した。故郷を滅ぼされた憎悪は本物だ。だが、この看板に書かれていることが事実なら、自分の「正義」はどこに向かうのか?
アルスの足は、魔王城へと向かう最短ルートから少し逸れ、七星が和平条約を結んだ国へと向かい始めた。彼は真偽を確かめる必要があった。
その頃、魔王城では、人間界の内乱が激化しているという報せが届いていた。和平賛成派の国が、徹底抗戦派の王国から宣戦布告を受けたのだ。
七星は驚愕した。「和平を結んだだけなのに、なぜ戦争が始まるんだ?」
エリカが青ざめた顔で説明した。「徹底抗戦派の王国は、ミカエル様からの寵愛を受けているとされています。彼らにとって、魔王と和平を結ぶこと自体が神への冒涜なんです」
七星は天を仰いだ。ミカエルはやはり、この世界の混乱を楽しんでいるのだ。
「和平を結んだ国を見捨てるわけにはいかない。条約違反になってしまう」七星は決断した。「リリス、和平派の国へ使者を送る。魔王軍が援軍として加勢することを伝えろ」
「援軍!?」リリスだけでなく、他の幹部たちも驚いた。「我らが人間を助けるというのですか?」
「そうだ。これも『持続可能な経営』のためだ。友好国を守ることは、我々の未来を守ることにつながる」
魔王軍が人間界の内戦に介入するという、前代未聞の事態が動き出した。
そして数日後。
アルスは和平条約を結んだ国の王城の前に立っていた。城内から聞こえてくるのは、絶望的な戦いの音だ。徹底抗戦派の軍勢が城門を破り、侵入しようとしていた。
アルスは迷った。自分が討つべき敵は魔王のはずだ。なぜ人間同士が戦っている?
その時、空が黒い影で覆われた。アルスが見上げると、そこにはおびただしい数の魔王軍の飛竜部隊が展開していた。しかし、彼らは城を攻めるのではなく、攻め込んでいる人間軍に襲いかかっていた。
「あれは……魔王軍?」アルスは呆然とした。
城壁の上には、漆黒のマントを羽織った七星と、秘書のリリスの姿があった。
「全軍に告ぐ! 和平条約に基づき、この国を防衛する! 侵略者から国を守り抜け!」七星の声が響き渡る。
アルスは聖剣を握りしめた。彼の前にいるのは、故郷を滅ぼした「悪」の象徴たる魔王だ。だが、その魔王は今、人間を守っている。
アルスは混乱と怒りのまま、城門を駆け上がり、七星の目の前まで辿り着いた。
「魔王七星! 貴様の悪事をこれ以上見過ごすわけにはいかない!」アルスは剣を七星に向けた。
七星はアルスの姿を見て、静かに剣を下ろすよう促した。
「勇者アルス。君の故郷を滅ぼしたことは、深く謝罪する。それは前王の時代の過ちだ。だが、今の私は和平を望んでいる。君は、誰のために戦っているんだ?」
二人の視線が交錯する。勇者と魔王、それぞれの「正義」がぶつかり合う瞬間だった。
アルスの剣先は、七星の喉元数センチのところで止まっていた。戦場の喧騒が嘘のように、彼らの周囲だけが静寂に包まれている。
「誰のために、だと……?」アルスの声は怒りに震えていた。「僕の家族は、村人たちは、あなた方の略奪のせいで死んだんだ! その血で染まった手を、どうやって信じろと言うんだ!」
七星は一歩前に出た。アルスの剣が喉に触れる。
「私は天野七星という、元はしがないサラリーマンだった人間だ。ミカエル様の気まぐれで魔王にさせられた」七星は自らの正体を明かした。「君の故郷を滅ぼした当時の魔王ではない。私は、二度とそんな悲劇が起こらないように、この魔王城を変えようとしているんだ」
アルスの目が見開かれた。元人間? ミカエルが関与している? 頭の中の情報が繋がらず、混乱が深まる。
「嘘だ! 魔王がそんな……」
「これが嘘に見えるか?」七星は周囲の戦場を指し示した。「私は今、和平を結んだ人間たちを守るために戦っている。君が討つべき『悪』は、本当に目の前にいる私なのか?」
七星の言葉は、アルスの心に深く突き刺さった。彼の「正義」は単純な勧善懲悪だったはずだ。しかし、現実はあまりにも複雑だった。目の前の魔王は、確かに人間を守り、平和を語っている。
その時、ミカエルの声が再びアルスの脳裏に響いた。
「どうしたんだい、勇者アルス。聖剣を振るうのをためらっているのかい? 彼は狡猾な魔王だ。その甘言に惑わされてはならない」
ミカエルの声は、アルスの迷いを断ち切る劇薬となった。そうだ、全てはミカエルの言った通り、魔王の罠なのだ。
アルスは剣に魔力を込めた。
「黙れ! どんな理由があろうと、貴様は魔王だ! ここで討ち取る!」
アルスは剣を振り上げた。七星は構えた。武力衝突は避けられないかに見えた、その瞬間。
「お待ちください、勇者様!」
城壁の上に、エリカが現れた。彼女はアルスの故郷の出身だった。
「アルス様! 私はエリカです! 魔王様は本当に私たちを助けてくれたんです! 和平を結んだんです!」
アルスはエリカの姿を見て、動揺した。見知った顔だった。
「エリカ……なぜここに?」
「魔王様は私たち人間を受け入れてくれたんです! 信じてください!」
七星はエリカに頷きかけた後、アルスに向き直った。
「見ての通りだ。私の城には、人間も魔物も共に暮らしている。私はこの世界から争いをなくしたいだけだ」
アルスの剣が止まった。エリカの言葉は嘘ではないように聞こえた。彼の信念が崩れ去ろうとしていた。
その隙を、戦場に響く咆哮が破った。徹底抗戦派の軍勢の中に、巨大な悪魔が紛れ込んでいたのだ。そいつは七星たちがいる城壁目掛けて、巨大な火球を放った。
「魔王様!」リリスが叫ぶ。
七星はエリカを庇うように抱きしめた。直後、七星の体が光に包まれた。
ミカエルから与えられた魔王の体は、圧倒的な防御力を持っていた。火球は直撃したが、七星は無傷だった。
「アルス! 見ていただろう、彼らはルール無用だ!」七星は叫んだ。「私は自分の城を守る。和平を結んだ仲間を守る。君は、自分の信じる正義のために戦え!」
アルスは迷いを捨てた。魔王がどうあれ、今、目の前で人間を襲っている敵がいる。
「僕は、この城を守る!」
アルスは叫び、聖剣を振るって巨大悪魔へと斬りかかった。勇者と魔王、異なる信念を持つ二人が、図らずも共闘することになったのだ。
戦いが終わった後、城壁の上で、七星とアルスは互いに向き合った。
「助かった、勇者アルス」
「……あなたは、本当に魔王なのか?」
七星は苦笑した。「私もそう思いたいね。さて、この世界をどう変えていくか、一緒に考えてみるかい?」
アルスは複雑な表情で七星を見つめた。故郷を滅ぼした魔王への憎悪は消えていない。だが、目の前の男が言う「平和」もまた、本物のように思えた。
天界では、ミカエルがこの光景を見て、満足げに微笑んでいた。
「混沌こそ、世界のスパイスだ。彼らの物語は、まだ始まったばかり」
七星とアルス、そしてリリスとエリカ。魔王城を中心に、世界の歴史は新たな方向へと舵を切り始めていた。
アルスは聖剣を鞘に収め、七星に深く頭を下げた。
「……信じられない。だが、あなたの行動は確かに人間を救った。僕の凝り固まった『正義』は、少し柔軟になる必要がありそうだ」
「理解してくれて嬉しいよ」七星は安堵の息をついた。「とりあえず、魔王城に来ないか? 美味しい食事が用意できる。これも働き方改革の賜物だ」
こうして、勇者アルスは、敵としてではなく、一人の客として魔王城へと招かれることになった。
魔王城の食堂は活気に満ちていた。七星の指示で作られたバランスの良い食事に、魔物も人間(エリカたち難民)も舌鼓を打っていた。
アルスは、魔物たちと一緒に食事をするという奇妙な状況に戸惑いながらも、七星の隣に座った。リリスは不機嫌そうにしながらも、アルス用の食器を用意してくれた。
「勇者殿。あなたには、この世界の真実を話しておく必要がある」七星は静かに語り始めた。「この世界は、天界と魔界の長きにわたる代理戦争の場だ。ミカエル様は、退屈しのぎにその均衡を崩そうとしている」
七星は自分が転生した経緯、そしてミカエルが自分とアルスを争わせようとしていることを話した。
アルスは黙って七星の話を聞いていた。全てが繋がった。故郷を滅ぼした前王、ミカエルからの唐突な神託、そして目の前の「人間らしい」魔王。
「僕たちは、ミカエル様の掌の上で踊らされていたのか……」
「そうだ。だが、踊るのをやめる選択肢もある」七星はアルスの目を見た。「勇者アルス。君の故郷の悲劇は、確かにこの世界のシステムが生んだ悲劇だ。私は、そのシステムそのものを変えたい」
アルスは聖剣を見つめた。故郷への復讐心はまだ残っている。しかし、新たな目的が彼の心に芽生え始めていた。
「どうすればいい? ミカエル様に歯向かうなど、不可能に思える」
「不可能じゃない。人間の数と、私の魔王軍が協力すれば、天界や魔界にも一泡吹かせられるかもしれない。まずは、この世界の争いを終わらせるんだ」
アルスは立ち上がった。彼の表情は晴れやかだった。
「分かった。魔王七星。僕はあなたの理想に賭けてみる。勇者アルスとしてではなく、一人の人間として、あなたに協力しよう」
二人は固い握手を交わした。勇者と魔王の同盟が成立した瞬間だった。
この日、魔王城では「勇者歓迎会」が開かれ、アルスは初めて見る魔物の踊りや歌に戸惑いながらも、共に笑い合った。
しかし、この同盟は、新たな敵を生み出していた。人間界の徹底抗戦派の王国は、アルスが魔王と手を組んだことに激怒。彼を「裏切り者の勇者」と呼び、討伐軍を編成し始めたのだ。
一方、天界。
「おやおや、手を組んでしまったか。これは予想外」
ミカエルは面白そうに天界の様子を覗き込んでいた。
「勇者が魔王に寝返る。なんて面白い展開だ。さて、次はどうやって彼らを試そうかな……」
ミカエルの気まぐれな好奇心は尽きず、新たな試練が七星とアルスを待ち受けていることを示唆していた。
勇者アルスが魔王軍と同盟を結んだという事実は、人間界に衝撃を与えた。「裏切り者の勇者」の烙印を押されたアルスは、彼を討伐せんと息巻く人間側の連合軍と対峙することになった。
「徹底抗戦派は、我々だけでなくアルス君までも敵に回した。もはや全面戦争は避けられそうにないな」七星は地図を睨みながら呟いた。
「魔王様、今ならまだ間に合います。我々の力で人間連合軍を蹴散らしましょう!」リリスは血気盛んに進言する。
「それは違う、リリス」七星は首を横に振った。「我々の目的は支配ではなく、平和的な共存だ。不必要な殺戮は避けたい。彼らを説得する道を探る」
七星はアルスと共に、人間連合軍の陣営に使者を送り、和平を呼びかけた。だが、ミカエルの神託を絶対視する彼らは聞く耳を持たなかった。「魔王の罠だ! 裏切り者のアルスを差し出せ!」と、使者は追い返された。
七星に残された道は、戦いながら説得するという、困難なものだった。
戦いの火蓋は切って落とされた。人間連合軍は圧倒的な兵力で魔王城を目指し、和平派の国境線を突破しようとしていた。
七星は魔王軍とアルス率いる元騎士団(エリカたち難民も加わっていた)を率いて出陣した。アルスは聖剣を振るい、かつての仲間たちと戦わなければならないという苦渋を味わっていた。
戦場は混沌を極めた。七星は極力、敵の命を奪わずに無力化するよう指示を出していたが、激戦の中で多くの命が失われていく。
「これが、俺が望んだ平和なのか……?」七星は歯噛みした。
その時、戦場に異様な空気が流れた。空が歪み、空間からおぞましい魔力を持った巨大な悪魔たちが現れたのだ。彼らは人間連合軍だけでなく、七星の魔王軍にも無差別に襲いかかった。
「あれは、魔界からの援軍か!?」リリスが叫ぶ。
「違う、あれはもっと上位の存在……!」アルスが顔色を変える。
突如現れた第三勢力は、戦場をさらなる地獄へと変えた。七星は直感した。これはミカエルが仕組んだ、新たな試練だ。彼らが協力し、世界のシステムに抗おうとしたことに対する、天界からの「罰」だった。
「アルス! 敵は我々全員だ! 協力してこの場を凌ぐぞ!」
七星とアルスは、再び共闘する。魔王の圧倒的な防御力と、勇者の聖剣が放つ神聖な輝きが交錯し、現れた悪魔たちを次々と打ち倒していく。
だが、敵は無限に湧いて出るかのようだった。魔王軍と人間連合軍は、共通の敵を前にして、図らずも一時的な共闘関係を結ぶことになった。
激しい戦いの末、悪魔たちは撃退されたが、両軍ともに甚大な被害を受けた。戦場跡には、魔物と人間の区別なく、多くの遺体が横たわっていた。
七星は膝をついた。「こんなことをしても、誰も幸せにならない……」
その光景を見ていた人間連合軍の将軍も、戦いの無意味さを悟ったのか、静かに剣を収めた。
「魔王七星……貴様は、我々が信じていた悪とは違うようだ。我々の早計を詫びる」将軍はそれだけ言い残し、残存兵を率いて撤退していった。
こうして、七星の「戦いながらの説得」は、皮肉にもミカエルの介入によって成功を収めた。
七星とアルスは、互いの信念を再確認した。この世界のシステムを変えるためには、天界と魔界という根源的な問題に立ち向かわなければならない。
魔王城に戻った七星は、幹部たちとアルスを集め、宣言した。
「我々の敵は、もはや人間ではない。この世界を玩具にしている、上位の存在だ。我々は、この不条理な世界を変えるために、戦いを挑まなければならない」
七星の目には、元サラリーマンの冴えなさはもうない。世界を変えうる、真の「魔王」としての決意が宿っていた。彼らの次なる標的は、気まぐれな大天使ミカエルが治める天界となった。
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