魔王七星

古墳戦艦

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第三話「経営は続くよどこまでも!」

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 バッシュの暴走が収まり、アヴァロン国王が共存を宣言したことで、世界はついにミカエルの影響から完全に脱却した。七星の理想は現実のものとなり、魔王城は名実ともに世界の中心となった。それから五年。世界は安定していた。アヴァロンも今では魔物との友好都市となり、活発な貿易が行われている。
魔王城議事堂の最上階。七星は相変わらず書類の山と格闘していた。アルスは対外交渉担当として世界中を飛び回り、リリスは内政の全てを掌握していた。エリカはアルスの補佐として、人々と魔物の文化交流を促進する財団を設立していた。
「議長、来年度の予算案です。ご査収ください」リリスが完璧にまとめられた分厚いファイルを持ってきた。
「ありがとう、リリス」七星は苦笑した。「しかし、平和になると、仕事は増える一方だな」
「平和な世界を維持するためのコストです。喜んでお受けください」
七星は窓の外を見た。空は青く澄み渡り、かつての戦いの傷跡は、豊かな緑と新しい建物に覆われていた。
ミカエルの最後の言葉が頭をよぎる。「退屈になりかけているんじゃないかい?」
七星はミカエルに感謝していた。彼の気まぐれがなければ、自分は天野七星という冴えないサラリーマンとして、一生を終えていたかもしれない。だが今は、世界を変えた「魔王七星」だ。
「俺の人生、本当に劇的だったな」
「ええ、とても」リリスが静かに同意した。
アルスが駆け込んできた。「七星! 朗報だ! 人間界の全国家が、正式に魔王城を中心とする世界連邦への加盟を承認した!」
「ついにやったか!」七星は立ち上がり、アルスとリリスと喜びを分かち合った。
世界は一つになった。もはや魔王も勇者も必要ない。必要なのは、理想を掲げ、地道に経営を続ける一人の男だけだ。
「よし、世界連邦設立記念パーティーの準備だ。リリス、予算案の承認は後回し!」
「ええっ、議長!?」
世界の戦いは終わり、七星の「ホワイト魔王城」には真の平和が訪れた。アルスは裏切り者の汚名を返上し、七星の右腕として、新たな世界の構築に尽力していた。
魔王城議事堂の最上階。七星は相変わらず書類の山と格闘していた。平和な世界には、平和な世界の苦労がある。領土問題、資源配分、文化摩擦……課題は尽きない。
「議長、来年度の予算案です。ご査収ください」リリスが完璧にまとめられた分厚いファイルを持ってきた。
「ありがとう、リリス」七星は苦笑した。「しかし、平和になると、仕事は増える一方だな」
「平和な世界を維持するためのコストです。喜んでお受けください」
七星は窓の外を見た。空は青く澄み渡り、かつての戦いの傷跡は、豊かな緑と新しい建物に覆われていた。
ミカエルの最後の言葉が頭をよぎる。「退屈になりかけているんじゃないかい?」
その時、ミカエルの消滅地点から得た魔力を持つバッシュが、密かに率いていた残党たちが、アヴァロンの国境付近で小規模な略奪行為を再開したという報せが飛び込んできた。
「バッシュの残党が!?」七星は立ち上がった。「彼らはまだ、旧体制の価値観に囚われているのか……」
「ミカエル様が消えたことで、世界の秩序は崩れました。その隙を狙う者は、これからも現れるでしょう」リリスが冷静に分析する。「平和とは、ただ待っているだけでは得られないものなのかもしれません」
七星はアルスを見た。アルスの目には、かつての故郷を滅ぼされた時の、深い悲しみと決意が宿っていた。
「七星。僕がアヴァロンへ行く。今度こそ、彼らと『本当の』話し合いをしてくる」
「アルス君……頼む」
七星はアルスに全てを託し、魔王城に残った。ミカエルが言っていた「刺激」とは、平和な世界を維持するための、終わりのない挑戦のことだったのかもしれない。
これは、魔王七星が築き上げた世界の、新たな試練の始まりである。
アルスは聖剣を携え、エリカと共にアヴァロン国境へと向かった。彼らの目的は、バッシュの残党を武力で制圧することではなく、彼らがなぜ平和を拒むのか、その理由を聞き出すことだった。
道中、アルスは七星が設置した「共存」を呼びかける看板が、再び無残に破壊されているのを目にした。彼の心に怒りがこみ上げるが、七星の言葉を思い出し、ぐっとこらえた。
「怒りに支配されては、七星の理想は実現できない」アルスは自分に言い聞かせた。
アヴァロン国境近くの山中に、バッシュの残党は潜んでいた。彼らのアジトは、かつて人間たちが魔物から身を守るために使っていた古い要塞跡だった。
アルスとエリカは、要塞の前に立ち、拡声魔法を使って呼びかけた。「バッシュ殿! 話し合いに来た! 出てきてくれ!」
要塞の中から、バッシュが現れた。彼の目には、かつての幹部としての威厳はなく、猜疑心と焦りが浮かんでいた。
「裏切り者のアルス……! そして人間の女! 何の用だ!」
「なぜ、略奪を続けるんだ? もう世界は変わった。魔王七星は、人間も魔物も共存できる世界を築こうとしている」アルスは静かに問いかけた。
バッシュは高笑いした。「共存だと? そんなものは欺瞞だ! 七星は弱すぎる! 力こそが正義の世界で、弱者が生き残る術はない! 俺たちは、かつての魔王軍の栄光を取り戻すだけだ!」
「それは違う!」エリカが前に出た。「私も故郷を奪われた人間です。でも、七星様は私たちを受け入れてくれた! 憎しみからは何も生まれない!」
バッシュはエリカを一瞥し、鼻で笑った。「甘いな、人間。お前たちはすぐに裏切る。俺たちは、信じられるのは自分たちの力だけだと知っている」
話し合いは決裂した。バッシュは配下の魔物たちに、アルスたちを襲うよう命じた。アルスは聖剣を構え、七星から託された「誰も殺すな」という命令を胸に、応戦した。
魔王城では、七星が世界の安定と、アヴァロンでの武力衝突回避のために奔走していた。リリスは効率的な情報収集システムを構築し、刻一刻と変わる戦況を七星に報告した。
「バッシュの残党は、ミカエルの残した混沌の魔力に当てられているようです。理性を失いかけている」
七星は頭を抱えた。彼らを救うには、混沌の魔力を浄化する必要がある。
「アルス君に知らせるんだ! 聖剣の力で混沌の魔力を浄化するように、と!」
リリスはすぐに伝令の魔物を派遣した。
アルスはバッシュの攻撃を受け流しながら、リリスからの知らせを受け取った。
「浄化……そうか!」アルスは聖剣を天に掲げた。
「バッシュ! 目を覚ませ!」アルスは聖剣の力を解放し、混沌の魔力に汚染されたバッシュの体を光で包み込んだ。
バッシュは苦しみながらも、次第に正気を取り戻していった。彼の目から濁りが消え、かつての理知的なミノタウロスに戻った。
「あ、アルス殿……私は何を……」
「終わったんだ、バッシュ。もう争う必要はない」
バッシュは膝をつき、涙を流した。長年の憎しみと、混沌の魔力から解放された彼の心には、七星が目指す平和な世界のビジョンが浮かんでいた。
アヴァロン国王もこの奇跡的な光景を遠巻きに見ており、ついに完全な共存を決意した。
アルスとエリカは、バッシュを連れて魔王城へと戻った。七星は彼らを温かく迎え入れ、バッシュに新たな仕事を与えた。「過去を償うために、世界の平和のために働いてくれないか」
バッシュは深く頭を下げ、七星の新たな世界の構築に尽力することを誓った。
こうして、ミカエルの残した最後の歪みも消え去り、世界は真の平和へと向かい始めた。七星の挑戦はまだ続くが、彼の理想は着実に世界を変えていっていた。
それから十年。世界連邦が設立され、魔王城は国際的な行政の中心地として機能していた。七星は議長職に留まり、アルスとリリス、そして今や七星の補佐として働くバッシュと共に、世界の安定に努めていた。
「議長、アヴァロンからの報告です。共同農園の収穫量が過去最高を記録しました」バッシュが笑顔で報告書を差し出す。彼の顔にはもう、かつての苦悩の影はない。
「素晴らしい!」七星は喜び、アルスを見た。「アルス君、君が蒔いた種が、こんなに立派に育った」
アルスは照れ臭そうに笑った。「これも皆、七星の理想があったからこそだ」
平和な世界では、人々と魔物の交流は当たり前の日常となっていた。エリカはアルスと結婚し、魔王城の城下町で小さな学校を開いていた。そこでは、人間の子供も魔物の子供も、一緒に読み書きを学び、将来の夢を語り合っていた。
七星の執務室は、相変わらず書類の山に埋もれていた。世界が安定すればするほど、解決すべき小さな行政問題が増えていく。
「リリス、次の会議は……」
「ございません、議長」リリスが静かに答える。「今日のスケジュールは全て完了しました。たまにはお休みになられては?」
七星は驚いた。働き詰めの自分が、スケジュールを全て終えるなど、前代未聞だった。これもリリスの完璧なスケジューリングの賜物だろう。
「そうか……休みか」七星は窓の外を見た。空は青く澄み渡り、彼が愛した平和な世界が広がっていた。
ミカエルの最後の言葉を思い出す。「退屈になりかけているんじゃないかい?」
確かに、劇的な戦いも、絶望的な試練もない。日々の仕事は地味で、平凡だ。だが、七星にとって、この平凡さこそが、何物にも代えがたい平和の証だった。
「いや、退屈じゃないさ。この平和を守り続けることが、俺の、いや、俺たちの最大の仕事だ」
七星は笑顔で立ち上がった。
七星「さあ!豊かな国をつくるぞ!」
アレス「ええ!」
七星とアレスが立ち上がった会議室は、城塞都市の一角にある簡素な部屋だった。豪華な装飾も、大げさな地図もない。あるのは、使い込まれた木のテーブルと、羊皮紙にびっしりと書き込まれた予算案、そして人々の笑顔を描いた未来予想図だけだ。窓の外には、夕暮れの空の下、ようやく落ち着きを取り戻しつつある街並みが広がっている。かつて戦火に焼かれたこの街は、今、七星たちの地道な努力によって、少しずつ、だが確かに息を吹き返し始めていた。
「まずは、食料自給率の向上ですね」アレスが手に持った書類を七星に見せた。「耕作放棄地を復活させるための助成金と、新たな灌漑システムの導入。初期投資はかさみますが、三年後には成果が出始めるはずです」
「ああ、頼む。国民が安心して食事ができること。それが平和の基本だ」七星は頷き、別の書類に目を落とした。「次は教育の問題だ。学費を無償化する案だが、教師の確保と質の維持が課題になる。こればかりは急には育たないからな」
「長期的な視野が必要です」アレスは冷静に応じた。「まずは退役軍人の中から適性のある者を選び、短期間の研修を経て補助教員として配置する案を進めています。読み書き計算だけでも、まずは普及させることを優先します」
「いいな、その柔軟さだ」七星は満足げに笑った。「何事も完璧を求めすぎず、今できる最善を尽くす。それが俺たちのやり方だ」
七星が目指す「豊かな国」とは、単なる経済的な繁栄ではなかった。それは、国民一人ひとりが日々の生活の中で小さな幸せを感じ、未来に希望を持てる国。劇的な英雄譚ではなく、日々の暮らしそのものが価値を持つ世界だ。
彼らの仕事は、本当に地味だった。朝から晩まで書類の山と格闘し、時に地方の村々を視察しては住民の声に耳を傾け、些細なトラブルの仲裁に入ることもあった。剣を振るうことはなく、魔法を使うこともない。使うのは、ペンと紙、そして膨大な時間と労力だった。
ある日の午後、七星は農業区画を歩いていた。かつては荒れ果てた土地に、今では緑豊かな麦畑が広がっている。農夫たちが額に汗して働く姿は、彼にとって何よりの活力源だった。
「七星様!」一人の農夫が駆け寄ってきた。「見てください、今年の麦は最高の出来です!これも七星様が用水路を整備してくださったおかげです!」
「俺一人の力じゃないさ。皆が頑張った結果だ」七星は屈託なく笑った。「豊かな国は、皆の手でつくるものだからな」
農夫は満面の笑みを浮かべ、再び畑仕事に戻っていった。その背中を見送りながら、七星は胸の内で静かな満足感を噛み締めた。この光景こそが、彼が守りたかった平和の証だった。
しかし、平和な国づくりには、常に予期せぬ困難が伴う。新たな税制改革案が貴族院で猛反発を受けたり、隣国との貿易交渉が暗礁に乗り上げたりと、頭痛の種は尽きなかった。だが、七星は決して諦めなかった。彼は持ち前の粘り強さと、誰もが納得できるまで話し合う誠実さで、一つひとつの課題を解決していった。
夜遅くまで執務室に残る七星を、アレスはいつも静かに支えていた。彼女は有能な補佐官であるだけでなく、彼の心の支えでもあった。
「たまには休んでください、七星様」アレスが温かい紅茶を差し出した。「働きすぎですよ」
「そうだな、少し休むか」七星は紅茶を受け取り、窓の外の月を見上げた。「アレス、君はこの地味な仕事、退屈じゃないか?」
アレスは少し考えてから、柔らかな笑みを浮かべた。「いいえ。私にとって、七星様と共にこの国をつくり上げていく過程は、何物にも代えがたい喜びです。日々の仕事は平凡かもしれませんが、その一つひとつが未来の平和に繋がっていると思えば、これほどやりがいのある仕事はありません」
その言葉に、七星は少し驚いたように目を見開いた後、嬉しそうに微笑んだ。「そうか。君もそう思っていてくれたか。俺は幸せ者だな」
彼らの国づくりは、まるで大きな織物を作るようなものだった。一本一本の糸は細く、目立たないかもしれない。だが、それらが集まることで、やがて美しく丈夫な布となり、国全体を優しく包み込むのだ。
数年の月日が流れた。街は活気を取り戻し、子供たちの笑い声が響き渡るようになった。学校には多くの生徒が通い、畑は豊かな実りをもたらし、商業も活発になった。七星とアレスが描いた未来予想図は、現実のものとなりつつあった。
ある晴れた日、七星はアレスと共に、国境近くの小さな村を訪れていた。そこはかつて、戦乱の最前線だった場所だ。今では、廃墟となった監視塔の隣に、真新しい家々が立ち並び、住民たちが笑顔で出迎えてくれた。
村長が七星の手を握り、深く頭を下げた。「七星様、本当にありがとうございました。もう、戦いに怯える日々は終わりました。安心して暮らせる、豊かな村になりました」
七星は村長の目を見て、力強く頷いた。「よかった。本当に、よかった」
その夜、村人たちは七星とアレスのために盛大な宴を開いてくれた。焚火を囲み、歌い踊る人々の姿を見て、七星はアレスに囁いた。
「アレス、これが俺たちが目指した豊かな国だ。劇的な戦いも、絶望的な試練もない。ただ、平凡で、静かな、人々の笑顔に満ちた日常。これこそが、何物にも代えがたい平和の証だ」
アレスは七星を見つめ、深く頷いた。彼女の瞳には、希望の光が宿っていた。
七星は立ち上がり、集まった村人たちに向かって声を上げた。
「さあ!これからも、皆で力を合わせて、もっと豊かな国をつくるぞ!」
「おおー!」村人たちの歓声が夜空に響き渡った。
その声は、七星とアレスの心の中で、確かな未来への希望として響き続けていた。彼らの戦いは終わらない。この平凡な平和を守り続けることが、彼らにとって最大の、そして最も重要な仕事だからだ。そして、その旅路には、いつもアレスが隣にいる。七星は、未来を共に歩むパートナーと共に、静かなる英雄として、豊かな国づくりという終わりのない物語を紡いでいくのだった。
村人たちの歓声が夜空に溶けていく中、七星はアレスと共に焚き火のそばに座り直した。彼らの心を満たしていたのは、高揚感ではなく、静かで確かな充実感だった。彼らにとって、この国境近くの小さな村での一夜は、これまでの地道な努力が結実したことを示す、何よりの報酬だった。
「七星様、そろそろ戻りましょうか」アレスが七星の隣で囁いた。「明日は首都で重要な会議があります」
「そうだな。この温かい空気も名残惜しいが、仕事が俺たちを呼んでいる」七星は立ち上がり、もう一度村人たちに別れを告げた。
首都へと戻る馬車の窓から、七星は国の風景を眺めた。どこを見ても、かつての戦火の傷跡は癒えつつあり、人々の営みが息づいている。この平和な日常を守るため、彼らは次の課題へと向き合わねばならない。
次の大きな課題は、「産業の多様化」だった。農業が安定した今、国を次の段階へ引き上げるためには、新たな産業の柱が必要だった。
首都に戻った七星とアレスは、早速新たなプロジェクトチームを発足させた。目指すは、この国独自の特産品開発だ。七星は各地から集められた報告書を読み漁り、アレスは市場の調査と専門家の招集に奔走した。
「この国の土壌は、特定の薬草栽培に適しているようです」アレスが分厚い報告書を指し示した。「隣国では高値で取引されている品種です。これを専売品として育てれば、新たな財源になります」
「薬草か。それはいい」七星の目が輝いた。「医療の発展にも繋がるし、何より人々の健康に貢献できる。利益だけを追求するのではなく、国の根本的な力になる産業がいい」
プロジェクトはすぐに動き出した。七星は自ら薬草学の権威を訪ね歩き、彼らの協力を取り付けることに成功した。アレスは農民たちへの技術指導と流通ルートの開拓を担当し、日夜飛び回った。
しかし、新たな挑戦には必ず試練が伴う。薬草の栽培は繊細で、最初の収穫は壊滅的なものだった。予期せぬ病気が蔓延し、多くの苗が枯れてしまったのだ。農民たちは落胆し、プロジェクトからの離脱を申し出る者も現れた。
「七星様、厳しい状況です。このままでは、国からの支援が無駄になってしまいます」アレスが報告した声は、いつもより少しだけ沈んでいた。
「無駄じゃないさ」七星は力強く言った。「失敗は成功のもとだ。原因を徹底的に究明すればいい。病気の原因は、おそらく土壌の微量な成分の偏りか、あるいは灌漑のタイミングだろう。最初からうまくいくことなんて、この世には存在しない。諦めるな、アレス」
七星の言葉に励まされ、アレスは再び立ち上がった。彼らは専門家と共に病気の原因を特定し、土壌改良のための新たな手法を導入した。そして迎えた二度目の栽培シーズン。今度は、七星自身も畑に出て、農民たちと共に汗を流した。
太陽の下、泥にまみれて働く七星の姿は、農民たちの士気を大いに高めた。彼らは皆、「王がこれほどまでに真剣なら、自分たちも」と奮起したのだ。
そして、収穫の時期。黄金色に輝く豊かな薬草が畑一面に広がる光景は、七星とアレス、そして農民たちにとって、忘れられないものとなった。プロジェクトは大成功を収め、国の新たな主要産業として確立された。
薬草から作られる良質な医薬品は、国内の医療水準を飛躍的に向上させただけでなく、隣国への重要な輸出品となり、国庫を潤した。経済的な豊かさは、国民の生活に直接的な潤いをもたらし、街にはさらなる活気が生まれた。
ある日の夕方、七星とアレスは、完成したばかりの大きな薬草市場を見下ろせる丘の上に立っていた。市場は多くの商人たちで賑わい、活発な取引が行われている。
「見事に成功しましたね、七星様」アレスの目には達成感が満ちていた。「これも七星様の諦めない心のおかげです」
「俺一人じゃない。君の緻密な計算と、国民の努力の賜物だ」七星は優しく言った。「俺たちの仕事は、剣を振るうことじゃない。人々の生活を、一つひとつ良くしていくことだ。地味で平凡かもしれないが、これ以上の英雄的な行為はないと俺は信じている」
彼らの国づくりは、まるで巨大なパズルを埋めていくようなものだった。産業の多様化というピースが埋まり、次のピースは「文化・芸術の振興」だった。豊かな国には、経済だけでなく、心の豊かさも必要だと七星は考えていた。
七星は画家や音楽家、作家たちを招き、彼らが創作活動に専念できる環境を整えた。奨学金制度を設け、才能ある若者が芸術を学べるようにした。最初は懐疑的だった国民も、美しい音楽や絵画に触れることで、日々の生活に彩りが生まれることを実感していった。
七星とアレスの日々は、相変わらず多忙を極めていた。それでも、彼らに退屈という感情はなかった。なぜなら、彼らにとって、この平凡な日々こそが、何物にも代えがたい平和の証であり、彼らの最大の仕事だったからだ。
「七星様」アレスが呼びかけた。「国民の生活満足度が過去最高を記録しました」
「そうか」七星は笑顔で頷いた。「だが、これで終わりじゃない。豊かな国に、終わりはないんだ。常に進化し続けなければならない」
彼らは手を取り合い、夕日に染まる国を見つめた。そこには、劇的な戦いも、絶望的な試練もない。ただ、人々の営みと、未来への確かな希望だけがあった。七星とアレスは、これからも共に、この平凡で偉大な「豊かな国づくり」という物語を紡ぎ続けていくのだろう。
「さあ!もっと豊かな国をつくるぞ!」七星の声に、アレスも満面の笑みで応えた。
「ええ、七星様!」
彼らの静かなる英雄譚は、これからも続いていく。

七星とアレスの手が触れ合ったその瞬間、七星の瞳の奥で、深淵を覗き込むような紅い光が一瞬、瞬いた。彼は魔王――人々が恐れ、忌み嫌う存在。しかし、七星が目指す「豊かな国」は、従来の魔王が築くような恐怖と支配の国ではない。彼なりの、歪んでいながらも確かな理想郷だった。
「さあ!もっと豊かな国をつくるぞ!」七星の声に、アレスは満面の笑みで応えた。「ええ、七星様!」
アレスは、七星の正体を知らない。彼女にとって七星は、戦火で荒廃した世界を救おうとする、理想に燃えた若き指導者だ。七星は、彼女の純粋な信頼を心地よく感じていた。人間たちの持つ「希望」や「努力」といった感情は、魔王である彼にとって、研究対象であると同時に、奇妙な魅力を持つものだった。
魔王七星にとって、平和とは退屈ではない。それは、人間という種の生態を長期的に観察するための、最適な環境だった。彼が望む豊かさとは、人間たちが自ら考え、動き、繁栄していく様を眺めることだった。食料自給率の向上、教育の普及、産業の多様化――これらは全て、人間たちがより複雑で興味深い社会を築くための基盤に過ぎない。
首都へと戻る馬車の中で、七星は思考を巡らせていた。次の「ピース」は「文化・芸術の振興」。これは特に重要な実験だった。人間が物質的な欲求を満たした後、精神的な充足を求める過程は、魔王にとって非常に興味深い観察対象だったからだ。
「アレス、芸術家たちの招集は順調か?」七星は窓の外に広がる夕暮れの空を見つめながら尋ねた。
「はい、七星様。才能ある画家や音楽家たちが続々と集まっています。皆様、七星様の寛大な支援に深く感謝しています」アレスは嬉しそうに報告した。
「そうか。彼らには可能な限り自由な環境を与えてやってくれ。美しいもの、醜いもの、希望に満ちたもの、絶望を描いたもの――何でもいい。彼らの内側から溢れ出るものを、そのまま表現させてみろ」
七星の真意は、芸術家たちが生み出す「感情の結晶」を観察することにあった。人間の感情の機微は、魔族には理解しがたい、予測不能なエネルギー源だ。このエネルギーが、平和な世の中でどのように変質していくのか。七星はそれを知りたかった。
プロジェクトは進み、街には劇場や美術館が次々と建設された。七星は頻繁に足を運び、人間たちが絵画を見て感動し、音楽を聴いて涙する姿を、静かに観察した。彼にとって、それは壮大な実験の成果発表会だった。
「人間という種は、本当に面白い」七星はアレスに聞こえないように呟いた。「生存競争から解き放たれると、こんなにも無駄で、非生産的で、しかし美しいものに心血を注ぐとは」
アレスは七星の独り言には気づかず、満面の笑みで言った。「七星様のおかげで、皆の心は本当に豊かになりました。日々の暮らしに追われるだけでなく、心から人生を楽しむことができるようになったのですから」
七星はアレスの無邪気な言葉に、少しだけ胸が痛むような、奇妙な感覚を覚えた。これは魔王には必要ない感情だ。彼はすぐにその感情を心の奥底に封じ込めた。
しかし、七星の「平和な実験」は、思わぬ方向へと展開していく。人間たちは豊かになったが、同時に新たな問題も生じた。「文化・芸術の振興」は、一部の者たちに新たな「格差」を生み出したのだ。
「七星様!大変です!貴族たちが、芸術家たちを囲い込み、彼らの作品を独占しています!」アレスが血相を変えて飛び込んできた。
豊かな生活は、人間たちの間に新たな「欲望」を生み出した。高級な芸術品は富と権力の象徴となり、それを持たない平民との間に新たな壁を築き始めたのだ。
「ふむ、なるほど」七星は面白そうに顎に手を当てた。「安定は競争を生み、競争は格差を生む。欲望という原動力は、本当に尽きることがないな」
アレスは七星の冷静な反応に戸惑った。「七星様、これは問題です!国民が分断されてしまいます!」
「心配ないさ、アレス」七星は笑った。「これもまた、豊かな国づくりの過程だ。問題が生じたら解決すればいい。それが人間の知恵というものだろう」
七星は新たな政策を打ち出した。「芸術作品の一般公開義務化」と「芸術教育の義務化」だ。貴族たちが独占していた作品は一定期間、美術館で一般公開され、平民の子供たちにも芸術を学ぶ機会が与えられた。
この政策は貴族たちの猛反発を招いたが、七星は魔王としての圧倒的なカリスマと、人間社会のルールに則った論理的な説得で彼らを黙らせた。彼の真の力――魔王としての絶対的な支配力は、決して表には出さなかったが、その片鱗を感じ取った貴族たちは、逆らうことができなかった。
格差問題は一時的に緩和され、国は再び安定の方向へと向かった。七星は、人間たちが自らの問題に自ら対処していくこのサイクルを、満足げに眺めていた。
ある満月の夜、七星は城の最上階で一人、月を見上げていた。彼の背後から、アレスが音もなく現れた。
「七星様、こんな時間に何を?」
「いや、少し考えることがあってな」七星は振り返り、アレスを見た。月明かりに照らされた彼女の顔は、純粋な好奇心に満ちていた。
「七星様は、本当にこの国を愛していらっしゃるのですね」アレスが言った。
七星は少し驚いた。「愛して、か。そうかもしれないな。俺は、この国がどうなっていくのか、ただ見守りたいだけだ。彼らが織りなす未来の織物を、最後まで見ていたい」
七星は、アレスの存在が、彼自身の実験結果に予期せぬ影響を与えていることに気づき始めていた。彼女の存在は、魔王としての彼の冷徹な観察眼を、少しずつ曇らせていたのだ。
「七星様にとって、私は何ですか?」アレスが尋ねた。
七星は答えに詰まった。補佐官であり、同志であり、そして…それ以上の何か。魔王は「愛」という感情を理解できないはずだった。だが、彼女といると、彼の冷たい心臓が、微かに温かくなるのを感じていた。
「君は、俺の隣に立つ者だ」七星は精一杯の誠実さで答えた。「共にこの道を行く、大切なパートナーだ」
アレスは満面の笑みを浮かべた。彼女は七星の正体を知らない。知る由もない。七星は、この偽りの平和と、偽りの関係が、いつまで続くのかと思った。
魔王としての彼は、いつかこの実験を終わらせるかもしれない。人間たちの社会が十分に複雑になり、観察の価値がなくなれば、彼はいつでも全てを終わらせることができる。それが彼の本質だ。
だが、アレスの笑顔を見るたびに、その「終わりの日」は遠ざかっていくような気がした。
「さあ、戻ろうアレス。まだやるべきことは山積みだ」七星はアレスに背を向けた。
「ええ、七星様!」
七星とアレスは、手を取り合い、執務室へと戻っていった。魔王が築く、地味で平凡な、しかし歪んだ理想郷の物語は、これからも続いていく。この平和がいつまで続くのか、それは誰にも分からない。ただ一つ確かなのは、魔王七星にとって、この平凡さこそが、今最も興味深い「実験」の最中だということだった。

















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ダークスローライフで癒しに耐えろ。 孤独になった勇者。 人と出会わないことで進む時間がスローになるのがダークスローライフ。 ベストな組み合わせだった。 たまに来る行商人が、唯一の接点だった。 言葉は少なく、距離はここちよかった。 でも、ある日、虹の種で作ったお茶を飲んだ。 それが、すべての始まりだった。 若者が来た。 食料を抱えて、笑顔で扉を叩く。 断っても、また来る。 石を渡せば帰るが、次はもっと持ってくる。 優しさは、静けさを壊す。 逃げても、追いつかれる。 それでも、ほんの少しだけ、 誰かと生きたいと思ってしまう。 これは、癒しに耐える者の物語。 *** 登場人物の紹介 ■ アセル 元勇者。年齢は40に近いが、見た目は16歳。森の奥でひとり暮らしている。 ■ アーサー 初老の男性。アセルが唯一接点を持つ人物。たまに森を訪れる。 ■ トリス 若者。20代前半。アーサー行方不明後、食料を抱えて森の家を訪れる。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

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