異世界図書館の幽霊って私のことですか?

木漏れ日

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陰陽の姫の決意

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 アナベルお姉さまの結婚式も、目前に迫りロッテは忙しい日々を送っていました。
 自分の結婚式の準備もあれば、すぐ目の前には国を挙げてのリリーの結婚式だって控えています。

 そこへナオがやってきたのです
 いったいどうしたのでしょうか?
 最近のナオは新婚仲間のメラニーと一緒にいることが多かった筈なのですが……。

 しばらく考えてロッテは、図書館にナオを案内してもらうことにしました。
 ナオは勉強が嫌いだと言っていましたが、どうやら本は好きみたいだったからです。
 昔、カフェを図書館に作ったらどうかと提案した時、図書館と聞いて一瞬ナオの頬がゆるんだのを、ロッテは見逃しませんでした。


「いらっしゃい。ナオ。今日はどうしたの?」

 ナオは図書館の空気を楽しむかのように、ゆっくりと私の前までやってくると、はにかむような顔になりました。

「ごきげんよう、ロッテ。私、ロッテにお願いがあるんだけれど」

 私はナオを庭が見えるソファに案内すると、並んですわりました。

「いったいどうしたのよナオ。随分殊勝な言い方をするじゃないの」

「そりゃぁね。こっちからお願いするんだもの。ねぇ、ロッテ。結婚祝いに頂いたアンクレットって防御術式が組み込まれているのね?」

 ナオは確認するみたいにそう言いました。

「ええ、ナオがこちらに来ればそれなりに意地悪する人もでるかも知れないからね。やっぱり何かあったのかしら?」

 色々ありましたが、ナオは私にとっては唯一故郷である日本と繋がる人物です。
 困っているなら力になりたいと思いました。

「そりぁ、もう色々とね。悪口だって散々言われたし。でもそんなことはどうでもいいの。私がロッテに頼みたいのは魔法や魔術を教えて欲しいってことなのよ」

「まぁ、ナオ。いったいどうしたの? プレシュス辺境伯なら優秀な魔術教師を雇うことだってかんたんでしょうに、どうして私なの?」

 ナオはしばらく言い淀んでいましたが、どうやら夫であるロビンに内緒で魔法を身につけたいみたいです。

「だってね、ロッテ。ロビンは辺境伯としていつも国境を守るために戦っているでしょう? 王都が平和を享受しているのだって、ロビンが努力しているからって面も大きいのよ。私がロビンの領地で暮らしている時だって、度々小競り合いがあって、そのたびにロビンは戦争の最前線に立っているの」

 ナオは王都でのんびりと暮らす私より、ずっと厳しい現実を見て来たようです。
 そしてナオは決意したんです。
 次の戦いには自分も参加すると。

「私はできれば、治癒術とか防御術を中心に覚えておきたいの。そうすればロビンたちを守れるし、ケガをしても治療できるでしょう。ロビンにいったらきっと戦争は男の仕事だから、安全な内地で待ってろって言うに決まっているわ。けれど治癒魔法使いや防御魔法使いなら女性でも前線に出ているのよ」

 私は思わず、けなげなナオを抱きしめていました。
 ナオは本当にロビン先生を心から愛しているのでしょう。

 ナオは幼い時から、愛情を知らないで育ったと聞いています。
 そんなナオとの間に、愛と信頼を育むためにロビン先生はどれほどの努力をしたことでしょうか。
 そしてその努力は、こうして実を結んでいるのです。

「私はナオが前線に出ることには反対よ。でも協力するわ。防御魔法なら任せて頂戴。治癒術だって使えるけれど、治癒魔法のスペシャリストって言えばやはり『癒しの手』ソサエティーのジェシカ嬢よ。私も完璧な治癒魔法を身に着けたいし、頼んでみましょう」

「でもロッテ。最高の魔術師っていえばロッテの婚約者のセディでしょう? どうしてセディに頼まないでジェシカに頼むの?」

 ナオは魔法と魔術の違いを良く判っていませんでした。
 汎用的に使える魔術は、魔法と違って治癒には適していないのです。
 人の体質や体調はみんな違います。

 致命傷ではないのに、ショックで死んでしまう人もいれば、とっくに死んでもおかしくない状況で生き残る人だっています。だから治癒術は表面的な傷を塞ぐ効果はあっても、完全に治療するなら魔法のほうが適しているのです。

 そしてありがたいことに私やナオは、イメージ力をもとにする魔法に適正があります。
 なにしろファンタジー小説やアニメなどで、イメージするのに慣れていますからね。

「セディが一流の魔術師だって言われているのは、魔法使いの編み出す奇跡のような魔法を、誰でも使える魔術に落とし込んでしまえるからなの。魔法使いが無意識に使う魔法を、綿密な計算式で再現できるのだから確かに天才よ。けれどナオ、私たちには魔法の才能があるんですもの。使わないともったいないわ」

 この日は、防御魔方陣の書き方と、それを品物に転写する方法をナオに教えました。
 そして魔法を使って防御する方法も教えたけれど、ナオがすぐに身に着けたのは魔法の方です。
 やっぱり私たちには魔法の適正があるんですね。

 それでもナオは魔方陣の有用性を理解して、魔術もしっかり勉強するつもりのようです。
 私たちはジェシカにお願いして『癒しの手』ソサエティーで治癒魔法を教えてもらうことになりました。


 『癒しの手』ソサエティーは王宮のすぐ近くにある、白亜の離宮です。
 私たちが到着すると、十字とハートを組み合わせた銀バッジをつけた女性がジェシカのところまで案内してくれました。

「いらっしゃい、ロッテ、ナオ。どうぞこちらに掛けて頂戴」

「ごきげんよう、ジェシカ。今日は無理なお願いを聞いて頂いてありがとう」

「いいのよ。前線がきな臭いことになっているって噂は聞いているもの。 アトラス王国の国王が亡くなって、まだ幼子の王子を擁立したバルザック将軍が、隣国を併合し始めているそうね。気の毒にあの美しいマール公国は、この間滅んだと聞いたわ」

 ナオは平然としていますから、きっと承知していたのでしょう。
 なんということでしょう。
 私たちの国だって、いつ戦乱に巻き込まれるかもしれないのです。
 だからナオは必死だったんですね。

 私の顔色が変わったのを見たジェシカは、私が何にも知らされていなかったことを知ったのでしょう。
 呆れたようにため息をつきました。

「まったく、セディってよほどあなたを大事にしているのね。でもずっと隠しておける訳じゃないのに。セディは国一番の魔術師よ。戦争になったら真っ先に派遣されることになるわ」

 なるほどね。
 じゃぁ、私が今日ここにきたのは、きっと神の采配だわ。
 私だって後方でおとなしく留守番なんてする気はありませんからね。

「ナオ、私たち陰陽の姫がこの国に召喚されたのは、このためだったのかもしれないわ。ひとりでは守り切れなくても2人の魔法をあわせれば……」

「複合魔法ね。ロッテ。私たち、絶対にそれを身に付けましょう。だって私たちには二人とも、守りたい男がいるんだから」

 ナオの目も決意に溢れています。
 そうですね。
 私たちの共通項は、どちらも守られるだけの姫君ではなかったことです。

「困った人たちね。前線に出る気満々じゃない。これじゃ後で私が、ロビンやセディに恨まれることになりそうだわ。でもあなた達のそういうところ、気に入ったわ。ビシバシ仕込むから覚悟なさい」

 確かにジェシカは天才的な治癒魔法使いで、そしてすごいスパルタ教師でした。
 私たちは『癒しの手』ソサエティーの救護室で、ありとあらゆる病気やケガの治療に当たりましたから、とうとう『癒しの手』ソサエティーの正式メンバーに選ばれてしまった程です。

 ナオは『お話の学び舎』ソサエティーのメンバーにもなっていましたから、私たちは2つのソサエティーを掛け持ちしたうえで、ジェシカのしごきにも耐えるという、超過密スケジュールをこなしていきました。



「ロッテ、もしかして僕に何か言い忘れていることがあるんじゃないかな」
 
 ある日セディが冷気を纏て、詰め寄ってきました。

「セディ、別にそんなことはないわよ。ほら『癒しの手』ソサエティーのメンバーにも選ばれたし、リリーのサロンメンバーでもあるし、確かに忙しくはしているけれど」


「だからそれが問題なんだよ。ロッテは僕が守ってあげる。そんなにあくせく働く必要なんてないんだ。もうすこし大人しくしていられないの?」

 セディは私があまり家にいられないことがお気に召さないようです。

「ごめんなさい。心配をかけてしまったのね。私は夢中になると周りが見えなくなってしまうもの。ねぇ。セディ、初雪が降り始めたわ。ロマンチックじゃない? 歩いてライブラリーカフェまで行きましょうよ。そうしてアリスのアップルパイをたべるのよ。どうかしら」

 セディは苦笑いをしました。

「まったく、雪の中を歩きたいなんて、寒いし濡れるだけだと思うけれどね。しっかりと暖かい外套を着こむだよ。イヤーマフや手袋もね」

 セディが私をしっかりと抱きしめて、おでこにキスをしました。
 それでも一緒にライブラリーカフェまで、歩いてくれるつもりのようです。

 私はふんわりとした白い毛皮の外套を着こみました。
 フードを被ればイヤーマフは必要ありません。

 セディはたっぷりとした黒いロングコートを纏って、帽子を被っています。
 私は右手をセディのコートのポケットに突っ込みました。
 そうしてにっこりとセディを見上げると、セディはちょっと困ったような顔をします。

「まいりましたね。そんなにかわいい顔をするなんて。このやんちゃないたずらっ子たちが、いろいろ悪さをしているようだけれど、これでは叱れないじゃないですか。きっとロビンも同じ目にあっているんでしょうよ。いいですかロッテ。無理だけはしてはいけませんよ」

 そう言うとセディは機嫌よく私をエスコートしてくれました。
 ちらちらと降りゆく雪が、街灯の光に溶けていきます。
 白く吐き出す息すらも、面白く思えて私はギュッとセディの腰にしがみつきました。


 セディもロビン先生も全てお見通しでした。
 だって私たちの婚約者は、揃ってこの国一番の天才たちなんですものね。
 それでもその悪戯を許してくれる気のようです。
 
 ならば、セディ、ロビン先生。
 私たち陰陽の姫が2人そろえば、どれほどの事が出来るか、きっと証明してみせますわよ。

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