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霊獣の名づけ親と頭が痛い大人たち

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 いつの間にか、センが私とピンクの霊獣さまの間に立ちはだかっています。
 センの背後には、怒りのオーラが渦巻いてますよ。

 センが火炎放射器でピンクの霊獣さまを丸焼きにしている構図が浮かんでくるんですけど、気のせいですよね。
 
 こんなところで、霊獣同士がぶつかったら、外交問題どころじゃすみませんよ。
 どこの国でも、霊獣さまは加護をくださる貴重な存在として大切に扱われています。

 その分、霊獣さまを獲得するのに、なりふり構わない部分も大きいのです。
 それにたぶんですけど、そのふざけたピンクの霊獣さま、かなり強いですわよセン。

「セン、失礼ですよ。霊獣さまは、私とお話をしているのです。さがりなさい。」
 王女さま権限を、思いっきり振り回してやりました。

 センは嫌な顔をしましたが、とりあえず私の後ろに下がります。
 
「初めまして、霊獣さま。もったいなくも金色のカナリアさまの守護を賜っておりますレティシアと申します。このたびのご招待は霊獣さまからでしたのね」

「そんなにかしこまらなくっていいよ。ナナちゃん、そこの黒猫と遊んでるときみたいに、リラックスしなよ」

 やはり情報は筒抜けでしたか。
 そうすると思った通りこの霊獣の能力は透視ですかね。

 それだけでなく空間を司る能力も持っていそうです。
 厄介ですね。

 そこにセンの大声が響きわたりました。
「誰が猫だぁ、このエロうさぎめ!迷惑かけまくってんじゃねえぞ」

 うるさいですわよセン、ピンクがエロ認定なのは日本だけだと思いますよ。
 ピンクは愛と優しさを司るオーラですからね。

 「ねぇ、カナリア、猫とカナリアじゃ相性悪すぎでしょ。もうずっと皇国に住みなよ。僕きみが気に入ってるんだ」

 「まぁまぁ、ともかく食事にしない?僕はお腹が減って死にそうなんだよ。さぁ座って座って」
と、場を仕切ったのはアラム王子。

アラム王子グッジョブ!と言いたいところですが、単に空気をよまないオレ様気質なのかもしれません。

「そうですよねー。せっかくのお料理が冷めてしまいますもの。皆さんいただきましょうー。」

 オロオロしながらも健気に取り持ったのはセーラ皇女、きっとこの気ままな霊獣のお世話係を押し付けられているんでしょうね。
 セリフ棒読みでしたよ。

 食事が始まってからも、美味しそうに食べてるのはアラム王子と霊獣さまだけです。
 こいつらきっと似たもの同士ですね。

 私は、もうすっかりしょんぼりしているセーラさまに声をかけました。
「セーラ、霊獣さまのお名前は、なんとおっしゃるのですか?」

「霊獣さまは霊獣さまです。ピンクのうさぎというのが、霊獣さまのお名前ですわ。」
なるほどね。だから霊獣さまは金色とかカナリアと呼びかけたんだ。

 そこに霊獣さまが食いついてきました。
「名前かぁ、よし金色。私に名前を付けるがよい」

 いいんですかねぇ。霊獣のような精神性が高い生き物が名づけされると縛られるというのが、このような世界の王道のはずですが。

「ピンク!何甘えてんだよ、ナナも無視しろムシ!」
叫んでいるセンは置いといて

「セーラさまが、名前をお決めになった方がよくありませんか?」
 霊獣に名づけなんかして、外交問題になっても困るしね。

 なのに
「とんでもないことですわ。霊獣さまにお名前を付けるなんて」
「僕はナナに頼んでるんだ!」

 ふたりして声が被りましたよ。
 しかたありませんね。

「それではピンクのうさぎさま、私のふるさとには桜という、それは美しい花がありますの。桜の花が咲きますと、あたり一面がピンクに染めあがります。ですからサクラというお名前はいかがでしょう?」

「サクラか、いい名前だ。決めた!今日から僕の名はサクラだ」
 精霊さまが、そうおっしゃった途端、私とサクラとの間にしっかりとした絆のようなものが繋がったのが、わかりました。

「フン、サクラなんて女みてぇな名前だな」
 センが鼻で笑いましたが、間違えているのはセンの方です。

「セン、サクラさまは女性の霊獣さまですよ。」
 いわゆる僕っ子ってやつですね。

 ロリータ趣味といい、僕っ子といい、もしかして皇国では腐女子が流行しているのでしょうか?

 名前を貰って気を良くしたサクラは、上機嫌です。
 頭をなでてあげると、フワフワの手触りが気持ちよくて、セーラさまといっしょに思いっきりモフらせていただきました。

 男性陣は、パジャマパーティをするからと、追い出しておきました。
 セーラさまに夜着を借りたら、それにはうさ耳と尻尾がついています。
 徹底してるんですね。

 3人で居間にあるすっごく大きなクッションに飛び込んで、モフモフ、なでなでしている内にすっかり寝入ってしまいました。

 侍女たちは、トロトロの目でそれを眺めていたようで、なんだか私付きの侍女たちまで見学にきたようです。

 それを知ったのは、アラム王子とセンが早めに迎えに来たのと、ぐっすり眠る3匹のピンクのうさぎと、それをうっとり眺める侍女軍団とが鉢合わせしたからで、センに後で叱られました。

 サクラがそうと知っていて、私に名づけを許したのかどうかはわかりませんが、気ままな霊獣を、ある程度コントロールできる力を貰ってしまったことには違いありません。

 サクラは既に800歳を過ぎている老練な霊獣ですから、名を縛ったと思い込んで無茶なことをしたら、あっさりと呪縛をといてしまうでしょう。

 名前は友好の証とでも思っておけばよいでしょう。
 なんて呑気に構えていたら大変な騒ぎになってしまいました。

 そうですよねー。
 精霊を縛るような相手を国外には出せませんよねー。

 顛末を聞いた皇帝は、アラム王子との婚約を打診してくるし、報告を受けたレイからは、お怒りのメッセージが届くし、両国の大人たちが、そろいも揃って頭を抱える事態になってしまいました。

 私、またやらかしてしまったようです。
「自重という言葉を知らんのか?この爆弾娘!」

 さっきから延々とセンのお説教が続いています。
 センの言うお仕置きとは、このお説教のことなのですが、長い、とにかく長いのです。

 正座して聞いていますが、もう脚がしびれて持ちません。

「セン~。もう脚が持たないよぉ~。」
 涙目で見上げると、ようやく許してくれました。

 でも「レイの説教はこんなもんじゃすまないぞ。」
 ってぼそりと呟くのはやめて下さい。
 恐ろしすぎる。

 やらかした後始末のために、王様とレイが動いてくれているようです。
 王様たちが本気で仕掛けなきゃいけないほどのことを、やらかしたんですね。

 神妙にしているとセンが
「あのさぁ…。王様の遊びを知ってるだろう?戦争になる訳ないんだよ、今回のことは!だったら遊びだろう?遊びに関しちゃ王様は大概のもんだぜ。腹黒レイもついているんだ、任せておけって」

 私は泣き笑いをしながら、
「腹黒って言ったのレイに言いつけてあげる」
って言ったのね。

 そしたら……
「泣きながら、生意気言うんじゃねえよ。」
て、ギュッと抱きしめて頭をなでてくれました……。

 それからしばらくすると、サクラの機嫌がとっても悪くなって、セーラ皇女も皇国内もピリピリムードになっていきました。
 
 ピンクのうさぎは人参が好物です。
 人参の中でもピンクの人参がいちばん好きです。
 好きというより、それがなければ生きていけないくらいなんです。

 そのピンクの人参は、ハートの形をしていて日本の柿みたいな味がします。
 そのままでもおいしいのですが、すこし熟成させると、トロットロのあま~い人参になります。

 そのピンクのうさぎ御用達の人参ノバが、どういう訳か皇国では手に入らなくなってしまいました。

 サクラには遠見の能力も透視の力もありますから、ノバの場所を特定することはできますよ。
 しかしその場所にいくと、全て売り払われた後なんです。

 何度かサクラが、空間をゆがめる転移能力を使って、ノバの場所まで飛んだこともあるのですが、そのたびに雷が落ちてノバが全滅してしまったのです。

 サクラは皇国を守護する霊獣として、皇帝と誓約を交わしています。
 皇帝の許しなしに、皇国を出ることはできません。

 戦争とかならともかく、たかが人参を手に入れるために、霊獣を国外に出す皇帝は存在しないと思います。

 だからサクラがどれだけごねようと、拗ねようとサクラはノバを食べることができないんです。

 もうわかりますね。
 何が起こっているのか?

 サクラにだってわかるのですが、どうすることも出来ません。
 レイ、そろそろ勘弁してあげませんかね。


 サクラの目が真っ赤になってますよ。
 もともとうさぎの目は赤い?

 それはそうなんですが、サクラが落ち込んでいるのは間違いありません。
 サクラはともかく、霊獣様の不機嫌に付き合わないといけないセーラさまが気の毒すぎます。

 サクラさまが白旗をあげたので、王国からレイがやってきましたよ。
 第2皇子さまと、たっぷりのノバと一緒に。

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