ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日

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ナオの仲間たち

 ロッテはナオが素直に自分の気持ちを打ち明けてくれていると信じてしまいました。
 ロッテもまだ20代のうら若き女性にすぎなかったのです。

 だからロッテは満面の笑みでこう言ったのです。

「私の事はロッテと呼んでちょうだいね。ナオ、仲間を守りたいなら公爵家の好意を受けたほうがいいわ。公爵家ならナオの自由を保障してくれるんですからね」

 真っすぐすぎるロッテの好意は、ナオには安全に守られている人の傲慢にすら見えてしまっているというのに……

「ありがとう。ロッテはいい人みたいだね。それでちょっと質問なんだけど私もロッテみたいに好きな人が出来たら髪や目の色が変わるのかな?」

 ナオはあからさまに話題を変えてしまいました。
 これ以上、公爵家に頼れなんていうお説教を聞きたくなかったからです。

「そうねぇ。6百年前の異界から来た姫は、黄金の髪と緑の瞳になったみたいよ。結婚相手の王太子殿下が金髪で緑の瞳だったというから、やはり番の色に染まるみたいね。豊穣の姫という加護が与えられたと伝わっているわ」

「どうしたの? もしかしてナオは今、好きな人でもいるのかな?」

 ロッテはいかにも無邪気にそんな質問をします。

「まさか。そんなのいないけどさ。やっぱりロッテを見ても全然日本人に見えないしさぁ。いくらなんでもそこまで変わるなんてなかなか信じられないんだよね。もちろんロッテのことは日本人だと思うけどさぁ」

 ナオがそんなことを言ったので、ロッテはナオの猜疑心の深さに驚いたような顔をしました。
 けれどもロッテは、ナオのそういう慎重な性格を心地よく感じました。

 ロッテは容易に人を信じすぎるきらいがありますから、ナオが幼くてもしっかりと自分で物事を見極めようとするのは、素敵な事だと感心したのです。

 翌日、大門が開くのを待ちかねるようにしてナオは、公爵家から出て行きました。
 仲間を連れてくると言い残して……。


「ナオ、大丈夫だったのか? 夕べオペラ座で青銀の姫君に無礼を働いて、警備兵に捕まったって聞いたぞ! なんて馬鹿なことをしたんだ。殺されたいのか!」

 カムイたちはナオを見るなり駆け寄ってきて、ナオにお小言を言い始めました。

「待って! 待って! 説明するから。みんな今日の仕事にはいかないでちょうだい。私について王都に入って欲しいの。全員に戸籍が貰えることになったのよ」

 あまりのことにカムイたちは呆然としてしまいました。
 壁外の人間は一生懸命にお金をためて、いつか戸籍を買って壁内で暮らしたいと願っています。

 なのに全員に戸籍が貰えて、しかも王都に住めるなんてそんな奇跡がおこるものなんでしょうか?

「とにかく、説明するから家に入ろう」

 ナオがそう言ったので、皆はとりあえずナオの話を聞くことにしました。


「なんだよ、それは!」

「間違っちゃいましたじゃねえだろうが」

「でも公爵令嬢になれるんだよね。大出世じゃないの」

「なんで断ったの? もったいないじゃない」

 ナオの話を聞いたカムイやアリスは、それこそ大騒ぎになってしまいました。


「みんな、少し落ち着いて。とにかくナオの気持ちを聞こう。ナオは私たちと喫茶店をやりたいと言ったんだな? それを公爵家が援助してくれる訳だ。そのために全員に戸籍が貰えることになった。そういうことだよな? ナオ、お前はいったい何がしたいんだ」

 カムイがリーダーらしく、上手に要点をまとめあげました。

「うん、私はとりあえずみんなと一緒にいたいかな。公爵家なんかに引き取られたくない。これが一番の願い。そして絶対にやりたいのが、公爵家に一泡吹かせることなんだ。勝手なことばかり言いやがって! ざまぁみろ! て言いたいのさ」

「最初の願いはいいと思うわよ。けど公爵家へのざまぁはないよ。そんなことしたらここにいる全員の首が吹っ飛ぶわよ」

 年長者らしくシリルが一番ものごとが良く見えているようです。

「大丈夫よシリル。私だって公爵家相手にそんなに無茶はしないわ。せいぜいロッテとセディの仲をかき回してあげるくらいよ。あの2人、運命の恋人同士だなんて言っているけれど、それが本物なら私が少しぐらい意地悪したぐらいで別れる筈ないでしょう?」

 ナオのざまぁしたいという気持ちは、わからなくもないのですが、公爵家を相手に馬鹿な真似はできないとカムイたちは、そんな風にナオを説得しました。

「あぁ、もう! わかったわよ。変な真似なんかしないわよ。だからみんなで喫茶店を始めましょう」

 ナオが最後にそう言ったので、仲間たちは安心してしまいました。
 少なくともこの国に住んでいる限り、どんなに理不尽であっても貴族に逆らうなんてことはできっこないのですから。



 ナオたち5人の若者たちは、意気揚々とクレメンタイン公爵家にやってきたのですが、その時にはクレメンタイン公爵家の離宮には、ナオ達を迎える準備がすっかり整っていました。

 ナオたちが離宮に入ると、執事やメイド、料理人にいたるまでがずらっと並んで出迎えてくれます。

「すっげぇ」

「なんか場違いじゃねえの」

「お城みたいですよね」

 ナオ達からすればお城にしか見えないこの館ですら、公爵家にすればただの離宮にしか過ぎないのです。
 クレメンタイン公爵家の本邸まで、若い男性なら徒歩5分くらいの距離です。

 全員にそれぞれ専属のメイドまで決まっているらしく、ナオたちは自分のメイドに部屋に案内してもらい入浴と着替えを済ませて1階にある広間に集まることになりました。

 それぞれの個室は全部2階になります。
 1階は広間や客間、食堂やティールーム、それに図書室などの共有スペースになっていました。

 吹き抜けになった回廊が、全員の部屋を繋いでいます。
 ナオの部屋は庭園を見下ろせる南側にありました。

 部屋には衣服など必要なものは一通りそろっていましたから、お風呂から上がれば昼間に相応しい肌を見せないドレスを着ることになります。

「お嬢様。明日の午前中には仕立て屋を呼んでおりますから、お身体にあわせて衣装を準備できます。今日はこちらの服で我慢なさってくださいね」

 メイドはそう言いましたが、ナオにとっては自分にピッタリと合っていて、どこに我慢しなければならない点があるのかもわからないほどでした。


 広間に集まった仲間たちは、すっかりテンションが高くなってしまって、お互いの恰好を見ては、笑いあっています。

 ナオは黒目と黒髪に似合う濃紺のくるぶしまでのワンピースですし、アリスは可愛らしいフリルのついた水色のワンピース、赤毛のシリルは緑の瞳に合わせた深緑のワンピース姿で、全員とってもお上品に見えます。

 カムイもソルも白いシャツにこげ茶色のズボンとジレ、それにお揃いのジャケットを着ています。
 カムイの服の方が幾分ベージュよりですが、デザインは同じで、いかにも良家の子息のような恰好です。

 気恥ずかしさから、お互いをからかって遊んでしまったのは仕方ないことですが、そんな彼等も日が経つにつれてここでの生活に馴染んでしまうのですから、人というのは案外順応性が高いものなのかもしれません。

「皆様、おそろいですね。セドリックさまが皆さまをお呼びですので、本邸までご案内します」
 執事が全員が揃ったのを見計らってやってきました。
 

 
 本邸ではセディが全員分の戸籍申請書類を準備して待っています。

 それどころか、次期公爵であるセディの兄は、この国の宰相閣下でもあるのですが、その宰相閣下がわざわざミオたちを待っていて、セディの申請書類にすぐさま承認印を押すものですから、たちまち仮の戸籍が出来上がってしまいました。

 カムイたちは、それぞれに手渡された仮の戸籍をまじまじと見つめています。

「その仮の戸籍を役所に提出すれば、戸籍の登録は完了します。その場で王都民の証明書が発行されますよ」

 セディが全員に戸籍申請について、丁寧に説明しました。
 それを聞いてようやく王都民になれるという喜びが沸き上がったらしく、カムイたちは突然饒舌になりました。


「いやぁ。これで王都民になれるなんて、ホントについてるなぁ。ナオのおかげだよ」

「それよりもコーヒー豆だね。焙煎から自分でやりたいんだ。さっそく仕込まなきゃ。カムイブレンンドを名物にするんだ」

「やっぱりケーキって大事よね。せめて3種類くらいは、毎日焼きたいけど、お客様くるかなぁ」

「あぁ、もし残ったらセディが買い取ってくれるさ。好きなだけケーキ焼いていいよ」

 念願の王都民になれたことで、カムイたちはすっかり舞い上がってしまったようです。


「援助はするが、その分きちんと利益を出してもらう。趣味や遊びに付き合う気はないからな」

 そんなカムイたちに冷水を浴びせるかのように宰相閣下が突然、そのような宣言をしました。
 それは次期公爵でもあり、王都の政務や財務の責任を一手に担っているセディの兄にとっては当然ともいえる要求でした。

 それを聞いてナオもきっぱりと言い返しました。

「出して貰ったお金は、ちゃんと返すつもりでいます。私たちも遊びのつもりはありません。ちゃんと儲けてみせます」

 ナオの身分については、ロビン・テディ・デュ・プレシュス辺境伯閣下が猶子とすることで決着がついています。

 プレシュス辺境伯家は、200年前に今のフリーマン家が王を継ぐ前までは、王家として君臨していました。
 血統で言えばプレシュス家の方が正統だという人がいるくらいで、フリーマン家はプレシュス家から出ているのです。

 猶子というのは、養子とは違いその家に何の権利も持ちませんが、子供と同じように扱うという公式な宣言になるので、ミオは貴族ではなくても貴族と同じ庇護が受けられるようになりました。

 しかもクレメンタイン公爵家が非公式ながら後ろ盾になっていますから、少なくともこの国で表立ってナオを害する人は現れないでしょう。

 クレメンタイン公爵家がナオを猶子としなかったのは、政治的な配慮です。
 現王族が、異界渡りの姫君を2人とも独占すれば、反発は必至です。

 そこでフリーマン王家とは対極にあって、しかも王家以上に血統のよいプレシュス辺境伯がナオの庇護を買って出たというわけです。

 クレメンタイン公爵家、プレシュス辺境伯家の後ろ盾を得たナオは、例え喫茶店経営とはいえ失敗することは許されないのです。

 そのことをこの国の宰相であり、セディの兄でもあるエルロイ公子がナオに突きつけたのでした。
 ナオたちのお祭り気分はあっという間に、消え失せてしまい、後には重い沈黙が残りました。

 確かにナオが喫茶店といったのは、ただの思い付きですし、カムイたちだってちゃんとした計画なんて持っていないのです。

 ナオたちはこの国の宰相閣下が納得いくような喫茶店を作らなければならなくなったのでした。
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