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ナオの闇落ち
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「なぁ、ロッテの友達ってことは、アンバーも貴族なんだろう?」
ソルが少し無遠慮にアンバーに声をかけています。
それはみんなも聞きたかったことなので、思わず全員の視線がアンバーに集まりました。
「私はアンバー・フレドリック・シンノット侯爵、マクギネス公爵家の長男で、妹のリリーの肩書はリリアナ・メンドーサ。マクギネス公爵令嬢。妹はあれで王太子の婚約者なんだよ。来年には王太子妃だ」
ナオたちはポカンとしてアンバーを見つめました。
そんな人がなんで、さっきまで一緒になってナオたちとふざけていたのでしょう?
「なんでアンバーはマクギネスじゃなくて、シンノット侯爵になるんだ?」
ナオの質問はみんなの気持ちからすると、随分と斜め上の疑問でしたが、アンバーは嬉しそうな顔をしました。
「ナオはこの世界のことを知らないんだよね。僕はアンバー公子でもあるけれども次期公爵としてシンノット侯爵を名乗ることもできるんだ。僕がマクギネス公爵となった時には、僕の長男がシンノット侯爵を名乗ることに決まっているんだよ」
「ふーん。貴族ってなんだかいろんな決まりがあるんだねぇ。アンバー公子はこんなところで私たちといても構わないの?」
ナオにとっては貴族の長ったらしい肩書に興味はないので、それよりアンバーが仲間かどうかの方がずっと大事なのです。
「告白するとね。クレメンタイン公爵家の次男坊が異界渡りの姫を召喚したと聞いて、興味津々だったところに、もう1人の異界渡りの姫君の噂を聞いてさ。異世界に興味があって見に来たんだよ。上手くやればマクギネス公爵家に取り込めると思ったのに、プレシュス辺境伯がもう手に入れた後なんだもんなぁ」
「なんだよ。それでもうナオを諦めたって訳か?」
ソルがそんなことを言ってアンバーをからかいました。
護衛役で気性のさっぱりとしたソルは、どうやらアンバーが気に入っているようです。
「いや、いや。さすがに無理でしょ。どこの世界にロビンと真っ向から立ち向かえる男がいるっていうの? 壁外にだってロビン辺境伯の噂ぐらい届いているでしょ?」
「冷血公」
「剛腕の騎士」
「無敵の要塞」
「殲滅のロビン」
「血まみれロビン」
ナオの仲間たちが喜々としてロビンの二つ名を挙げていきます。
「うそでしょう。私の保護者ってどんな化け物なのよ」
ナオの悲鳴に、アンバーは憐れみを持って慰めました。
「諦めなよ。だってロビンが異世界の姫君の保護の名乗りを挙げた瞬間、もう君はロビンのものさ。賭けたっていいけれど、あのロビンの目の前から君をかっさらうなんて真似はできないね」
ナオは衝撃の事実にわなわなと震えていますが、そこにカムイがとどめを指しました。
「いいかい。ロビンは壁外の人間にとっても救国の英雄なんだ。何度もロビン辺境伯が敵の侵攻を食い止めてきたからね。だからさ、ロビンに逆らったら壁外の人間だって黙ってはいないからね」
にこにことしていましたが、目は笑っていません。
ナオは知らないうちに、自分に大きな鎖がまかれていたことを知りました。
「だって、だって。私はそのロビン辺境伯って人に会ったこともないのよ」
「大丈夫だよ、ナオ。なんて言ったってロビンだからね」
アンバーはそう言ってにこにこしています。
自分の獲物を目の前でかっさらわれた筈のアンバー公子にここまで言わせるなんて、ロビンは相当な大物みたいです。
「それよりさぁ、カフェの話を煮詰めようぜ!」
カムイがそう言うと、仲間たちはわいわいとカフェ計画について熱心に協議を初めてしまいました。
ナオは今聞いた話の衝撃が大きすぎて、話に加わる元気がありません。
すこしぼんやりとしていると、あっという間に激論が交わされはじめました。
そんなところにロッテとリリーがやってきたのです。
なんて間がいいんでしょう。
ナオは大喜びで2人を出迎えました。
「良かったぁ。今ちょっと煮詰まっていることがあってさぁー。こっち来て!」
ナオは挨拶もそこそこに、リリーとロッテを仲間のところに引っ張っていきました。
「どう考えても6階はないと思うぞ。人が多いのは1階だろう。せめて2階ぐらいじゃなきゃ客なんてこないさ!」
「そうは言っても、公爵家が買い取ったのは6階だけだろ。1階や2階なんかでカフェをするとなると、先ず借りられないし、借りられても家賃だけで儲けが吹っ飛ぶぞ!」
「だから6階に人を呼ぶ工夫をすればいいんだろ」
「それがなかなか出ないんじゃないか!」
みんなは図書館の6階という地の利の悪さを、なんとか克服したくてあがいていたところなんです。
「えっと、ナオ。今煮詰まっているのって6階へ動線をどうするかってことなのね。」
ロッテがそう確認すると、ナオは勢いよく頷きました。
「デパートなどでは屋上に遊園地を作ったり、或いは物産展などの催しものを企画して、とりあえず客を上の階に誘導するわね」
「あぁ、イベントで客を呼ぶのか? それも毎日じゃ難しいだろ」
アンバー公子は、イベント作戦の欠点を指摘します。
「動線を確保って考えるなら強制的に上にあげる仕組みが必要よ。ナオ、エレベーターやエスカレーターはどうかしら? エレベータ―の仕組みってわりと簡単だったんじゃない?」
「やっぱり年取ってると頭いいね。エレベーターがあれば、客を呼べるかも」
ナオは目を輝かせてそう言いました。
素晴らしいアイデアです。
エレベータ―があれば、お客様はあの長い階段をえっちらおっちら歩かなくて済むわけです。
しかも、エレベーターに乗るってことだけでも、特別感が味わえるでしょう。
ナオはロッテの柔軟な発想にに舌を巻きました。
エレベーターがどんなものか知らないアンバー公子が、詳しく知りたがったので、ロッテは簡単な図面を書いて説明をはじめました。
「こうやって駕籠のロープを巻き取っていく巻き上げ式と、ロープの端に重りをつけて滑車を使う方法があるの。動力とかは魔術でなんとかならないかな?」
アンバー公子は絵を睨みつけて考え込んでいます。
「もうひとつのエスカレータと言うのは何だ?」
アンバー公子は、さらに質問を重ねていきます。
異世界の知識に好奇心がうずくのでしょう。
「仕組みとしては同じようなものです。階段をループ状のチェーンで巻きあげていくんです。こうくるくると。でも今回は6階に来て欲しいだけなので、1階から6階までの直通のエレベーターの方が経費も安くついていいと思います。」
ロッテの説明に納得したアンバー公子は、エレベーター設計は自分が、動力制御はセディの術式を使ってなんとかしようと確約してくれました。
これで6階までの足が確保できました。
「でも、オープン記念のイベントは必要よね。それにメニューも決めないといけないし、宣伝だって必要だわ。担当を決めたらどうかしら」
ナオの提案で、それぞれが担当を決めて準備を進めることになりました。
何だか学園祭みたいだねとロッテが言い、まだ学園祭を経験していなかったナオは、これが学園祭の楽しさなのかと、くすぐったい気分です。
とうとうナオは、高校へも大学へも行くことがなくなりました。
強がっていたってナオだって高校も大学も憧れてはいたのです。
エレベーター担当が、セディとアンバー。
イベント担当は、リリーとシリルとソル。
メニュー担当は、アリスとカムイ。
宣伝広告担当が、ロッテとナオです。
こうしてライブラリーカフェは少しずつ始動をはじめました。
ナオは宣伝を担当するとは言ったものの、どうすればいいかまるでわかりませんでした。
貴族社会には、リリーやロッテが噂を流してくれるでしょうから、ナオがやるのは平民への宣伝です。
「うーーん。どうしようかなぁ。メイド喫茶の時にはメイドに扮装してビラ配りをしたんだけれど、ここは異世界だもんなぁ。さすがにビラ配りなんかしてたら兵隊とかにとがめられそうだしなぁ」
「図書館の中に、宣伝のチラシを置いておくこと位ならできそうだけれども、大体図書館ってすでに来る客層って決まっちゃってるしなぁ。どうせなら図書館に来ないような人にも知ってもらいたいし……」
独り言をぶつぶつと呟きながら、1階の広い居間をぐるぐると歩き回っていましたが、とうとうナオはひとまず考えることを諦めて、王立図書館にやってきました。
6階ではセディの意を受けた職人たちが、せっせと作業をしています。
邪魔にならないように、1階に降りたナオはぼんやりと行きかう人々を眺めています。
カフェが開店したら、この人たちはお客さまになってくれるでしょうか?
本当にナオに5人もの人たちが無事に生活していけるだけの儲けを出せるでしょうか?
16歳の少女は経営者になるという責任を感じて、思わず身震いをしてしまいました。
そんなナオをいつのまにか煌びやかな人々が取り巻いています。
「まぁ、ナオさまではございませんか」
「今日はおひとりですの?」
「よろしければ、私どもとお茶でもいかがですか?」
あれよあれよと言う間に、ナオはいつの間には大商人の気取った奥様やお嬢方の取り巻きに囲まれていました。
彼女らは、いつだってナオの気をひくようなことばかり喋りましたし、まるでナオを女王様みたいに扱ってくれました。
ナオがカフェの宣伝がしたいと言えば、様々なお茶会や昼食会に連れ出してくれましたし、ナオが公爵家のセディのせいでこんな目にあったと言えば、大いに貴族たちの傲慢をなじってくれました。
だからナオは全く気がついていないまに、傲慢な少女に成長していったのです。
「でもロッテはとっても親切なのよ。私がカフェをやりたいといったら、すごく協力してくれるし……」
「まぁ、ナオさま。おいたわしい。ナオさまは本来この国の王妃にだってなれるお方なのですよ。なのにカフェの女主人になるというのですから、青銀の姫はきっと大喜びですわよ。そうなれば異界渡りの姫として脚光を浴びるのは青銀の姫だけになりますからね」
「そうなのかなぁ。でもロッテはオープンテラスにぴったりの素敵な椅子やテーブル、植木やパラソルを贈ってくれたわ。やっぱり親切なのよ」
「まぁ、なんてお可哀そうなナオさま。いいですか? リリアナさまは貴族に相応しい家具を贈って下さいましたのよ。それに比べて青銀の姫の贈り物は平民向けのものばかり。悪意に決まっていますわよ」
「それにナオさまは、ロッテ様にざまぁをなさりたいと言っていたではございませんか。青銀の姫はナオさまの敵ですわよ」
確かにナオは公爵家の傲慢なやり方は嫌いでした。
一泡吹かせたいとも思っていました。
セディとロッテが愛おしそうに見つめ合っていると、なんだかイライラします。
けれどもナオがざまぁしたかった相手はロッテだったでしょうか?
ロッテはともに異世界に落とされた被害者であることは変わらないというのに?
けれども段々ナオはロッテがとても意地悪な人だと思い込むようになっていきました。
最初のころは、たしかに信頼していた筈でしたのに。
ソルが少し無遠慮にアンバーに声をかけています。
それはみんなも聞きたかったことなので、思わず全員の視線がアンバーに集まりました。
「私はアンバー・フレドリック・シンノット侯爵、マクギネス公爵家の長男で、妹のリリーの肩書はリリアナ・メンドーサ。マクギネス公爵令嬢。妹はあれで王太子の婚約者なんだよ。来年には王太子妃だ」
ナオたちはポカンとしてアンバーを見つめました。
そんな人がなんで、さっきまで一緒になってナオたちとふざけていたのでしょう?
「なんでアンバーはマクギネスじゃなくて、シンノット侯爵になるんだ?」
ナオの質問はみんなの気持ちからすると、随分と斜め上の疑問でしたが、アンバーは嬉しそうな顔をしました。
「ナオはこの世界のことを知らないんだよね。僕はアンバー公子でもあるけれども次期公爵としてシンノット侯爵を名乗ることもできるんだ。僕がマクギネス公爵となった時には、僕の長男がシンノット侯爵を名乗ることに決まっているんだよ」
「ふーん。貴族ってなんだかいろんな決まりがあるんだねぇ。アンバー公子はこんなところで私たちといても構わないの?」
ナオにとっては貴族の長ったらしい肩書に興味はないので、それよりアンバーが仲間かどうかの方がずっと大事なのです。
「告白するとね。クレメンタイン公爵家の次男坊が異界渡りの姫を召喚したと聞いて、興味津々だったところに、もう1人の異界渡りの姫君の噂を聞いてさ。異世界に興味があって見に来たんだよ。上手くやればマクギネス公爵家に取り込めると思ったのに、プレシュス辺境伯がもう手に入れた後なんだもんなぁ」
「なんだよ。それでもうナオを諦めたって訳か?」
ソルがそんなことを言ってアンバーをからかいました。
護衛役で気性のさっぱりとしたソルは、どうやらアンバーが気に入っているようです。
「いや、いや。さすがに無理でしょ。どこの世界にロビンと真っ向から立ち向かえる男がいるっていうの? 壁外にだってロビン辺境伯の噂ぐらい届いているでしょ?」
「冷血公」
「剛腕の騎士」
「無敵の要塞」
「殲滅のロビン」
「血まみれロビン」
ナオの仲間たちが喜々としてロビンの二つ名を挙げていきます。
「うそでしょう。私の保護者ってどんな化け物なのよ」
ナオの悲鳴に、アンバーは憐れみを持って慰めました。
「諦めなよ。だってロビンが異世界の姫君の保護の名乗りを挙げた瞬間、もう君はロビンのものさ。賭けたっていいけれど、あのロビンの目の前から君をかっさらうなんて真似はできないね」
ナオは衝撃の事実にわなわなと震えていますが、そこにカムイがとどめを指しました。
「いいかい。ロビンは壁外の人間にとっても救国の英雄なんだ。何度もロビン辺境伯が敵の侵攻を食い止めてきたからね。だからさ、ロビンに逆らったら壁外の人間だって黙ってはいないからね」
にこにことしていましたが、目は笑っていません。
ナオは知らないうちに、自分に大きな鎖がまかれていたことを知りました。
「だって、だって。私はそのロビン辺境伯って人に会ったこともないのよ」
「大丈夫だよ、ナオ。なんて言ったってロビンだからね」
アンバーはそう言ってにこにこしています。
自分の獲物を目の前でかっさらわれた筈のアンバー公子にここまで言わせるなんて、ロビンは相当な大物みたいです。
「それよりさぁ、カフェの話を煮詰めようぜ!」
カムイがそう言うと、仲間たちはわいわいとカフェ計画について熱心に協議を初めてしまいました。
ナオは今聞いた話の衝撃が大きすぎて、話に加わる元気がありません。
すこしぼんやりとしていると、あっという間に激論が交わされはじめました。
そんなところにロッテとリリーがやってきたのです。
なんて間がいいんでしょう。
ナオは大喜びで2人を出迎えました。
「良かったぁ。今ちょっと煮詰まっていることがあってさぁー。こっち来て!」
ナオは挨拶もそこそこに、リリーとロッテを仲間のところに引っ張っていきました。
「どう考えても6階はないと思うぞ。人が多いのは1階だろう。せめて2階ぐらいじゃなきゃ客なんてこないさ!」
「そうは言っても、公爵家が買い取ったのは6階だけだろ。1階や2階なんかでカフェをするとなると、先ず借りられないし、借りられても家賃だけで儲けが吹っ飛ぶぞ!」
「だから6階に人を呼ぶ工夫をすればいいんだろ」
「それがなかなか出ないんじゃないか!」
みんなは図書館の6階という地の利の悪さを、なんとか克服したくてあがいていたところなんです。
「えっと、ナオ。今煮詰まっているのって6階へ動線をどうするかってことなのね。」
ロッテがそう確認すると、ナオは勢いよく頷きました。
「デパートなどでは屋上に遊園地を作ったり、或いは物産展などの催しものを企画して、とりあえず客を上の階に誘導するわね」
「あぁ、イベントで客を呼ぶのか? それも毎日じゃ難しいだろ」
アンバー公子は、イベント作戦の欠点を指摘します。
「動線を確保って考えるなら強制的に上にあげる仕組みが必要よ。ナオ、エレベーターやエスカレーターはどうかしら? エレベータ―の仕組みってわりと簡単だったんじゃない?」
「やっぱり年取ってると頭いいね。エレベーターがあれば、客を呼べるかも」
ナオは目を輝かせてそう言いました。
素晴らしいアイデアです。
エレベータ―があれば、お客様はあの長い階段をえっちらおっちら歩かなくて済むわけです。
しかも、エレベーターに乗るってことだけでも、特別感が味わえるでしょう。
ナオはロッテの柔軟な発想にに舌を巻きました。
エレベーターがどんなものか知らないアンバー公子が、詳しく知りたがったので、ロッテは簡単な図面を書いて説明をはじめました。
「こうやって駕籠のロープを巻き取っていく巻き上げ式と、ロープの端に重りをつけて滑車を使う方法があるの。動力とかは魔術でなんとかならないかな?」
アンバー公子は絵を睨みつけて考え込んでいます。
「もうひとつのエスカレータと言うのは何だ?」
アンバー公子は、さらに質問を重ねていきます。
異世界の知識に好奇心がうずくのでしょう。
「仕組みとしては同じようなものです。階段をループ状のチェーンで巻きあげていくんです。こうくるくると。でも今回は6階に来て欲しいだけなので、1階から6階までの直通のエレベーターの方が経費も安くついていいと思います。」
ロッテの説明に納得したアンバー公子は、エレベーター設計は自分が、動力制御はセディの術式を使ってなんとかしようと確約してくれました。
これで6階までの足が確保できました。
「でも、オープン記念のイベントは必要よね。それにメニューも決めないといけないし、宣伝だって必要だわ。担当を決めたらどうかしら」
ナオの提案で、それぞれが担当を決めて準備を進めることになりました。
何だか学園祭みたいだねとロッテが言い、まだ学園祭を経験していなかったナオは、これが学園祭の楽しさなのかと、くすぐったい気分です。
とうとうナオは、高校へも大学へも行くことがなくなりました。
強がっていたってナオだって高校も大学も憧れてはいたのです。
エレベーター担当が、セディとアンバー。
イベント担当は、リリーとシリルとソル。
メニュー担当は、アリスとカムイ。
宣伝広告担当が、ロッテとナオです。
こうしてライブラリーカフェは少しずつ始動をはじめました。
ナオは宣伝を担当するとは言ったものの、どうすればいいかまるでわかりませんでした。
貴族社会には、リリーやロッテが噂を流してくれるでしょうから、ナオがやるのは平民への宣伝です。
「うーーん。どうしようかなぁ。メイド喫茶の時にはメイドに扮装してビラ配りをしたんだけれど、ここは異世界だもんなぁ。さすがにビラ配りなんかしてたら兵隊とかにとがめられそうだしなぁ」
「図書館の中に、宣伝のチラシを置いておくこと位ならできそうだけれども、大体図書館ってすでに来る客層って決まっちゃってるしなぁ。どうせなら図書館に来ないような人にも知ってもらいたいし……」
独り言をぶつぶつと呟きながら、1階の広い居間をぐるぐると歩き回っていましたが、とうとうナオはひとまず考えることを諦めて、王立図書館にやってきました。
6階ではセディの意を受けた職人たちが、せっせと作業をしています。
邪魔にならないように、1階に降りたナオはぼんやりと行きかう人々を眺めています。
カフェが開店したら、この人たちはお客さまになってくれるでしょうか?
本当にナオに5人もの人たちが無事に生活していけるだけの儲けを出せるでしょうか?
16歳の少女は経営者になるという責任を感じて、思わず身震いをしてしまいました。
そんなナオをいつのまにか煌びやかな人々が取り巻いています。
「まぁ、ナオさまではございませんか」
「今日はおひとりですの?」
「よろしければ、私どもとお茶でもいかがですか?」
あれよあれよと言う間に、ナオはいつの間には大商人の気取った奥様やお嬢方の取り巻きに囲まれていました。
彼女らは、いつだってナオの気をひくようなことばかり喋りましたし、まるでナオを女王様みたいに扱ってくれました。
ナオがカフェの宣伝がしたいと言えば、様々なお茶会や昼食会に連れ出してくれましたし、ナオが公爵家のセディのせいでこんな目にあったと言えば、大いに貴族たちの傲慢をなじってくれました。
だからナオは全く気がついていないまに、傲慢な少女に成長していったのです。
「でもロッテはとっても親切なのよ。私がカフェをやりたいといったら、すごく協力してくれるし……」
「まぁ、ナオさま。おいたわしい。ナオさまは本来この国の王妃にだってなれるお方なのですよ。なのにカフェの女主人になるというのですから、青銀の姫はきっと大喜びですわよ。そうなれば異界渡りの姫として脚光を浴びるのは青銀の姫だけになりますからね」
「そうなのかなぁ。でもロッテはオープンテラスにぴったりの素敵な椅子やテーブル、植木やパラソルを贈ってくれたわ。やっぱり親切なのよ」
「まぁ、なんてお可哀そうなナオさま。いいですか? リリアナさまは貴族に相応しい家具を贈って下さいましたのよ。それに比べて青銀の姫の贈り物は平民向けのものばかり。悪意に決まっていますわよ」
「それにナオさまは、ロッテ様にざまぁをなさりたいと言っていたではございませんか。青銀の姫はナオさまの敵ですわよ」
確かにナオは公爵家の傲慢なやり方は嫌いでした。
一泡吹かせたいとも思っていました。
セディとロッテが愛おしそうに見つめ合っていると、なんだかイライラします。
けれどもナオがざまぁしたかった相手はロッテだったでしょうか?
ロッテはともに異世界に落とされた被害者であることは変わらないというのに?
けれども段々ナオはロッテがとても意地悪な人だと思い込むようになっていきました。
最初のころは、たしかに信頼していた筈でしたのに。
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