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神殿での淑女教育
部屋に連れ戻されると、アンジェが飛んできました。
「お帰りなさい。ナオさま。お食事はとれましたか? まだお腹が空いているようなら軽食を用意しておりますよ」
ナオは笑ってしまいました。
「ありがとうアンジェ。大丈夫よ。お腹いっぱいだから。ロビンはお仕事に行ったんだけれど、私はアンジェとロビンのお母さまの神殿に転移するように言われているの」
アンジェはすこし安心したようです。
それから夕方近くまで、領地に行く為の準備に追われました。
一度領地に行ってしまうと、もういつ王都に戻れるかわかりません。
ですからナオは、お世話になった人々にお礼とお詫びの手紙を書くのに追われてしまったのです。
夕方になるとアンジェがテキパキと衣装を用意し始めましたからナオは驚いてしまいました。
「ねぇ、アンジェ。また着替えるの?」
「はい。神殿では肌を見せない服を着ることになっておりますからね。本来は黒やグレーの暗い衣装になるのですが、それではあんまりなので、純白の巫女服が用意されております。髪もベールで覆いますから見えるのはお顔だけになりますね」
そうしてアンジェが見せてくれた巫女服は、スッポリと被る式の簡素なものでした。
頭からかぶるために襟ぐりが広く開いてしまいますが、中に首回りから肩先まで覆うケープを着てから巫女服を被るので、確かに肌は全く見えません。
まずはアンジェがグレーの巫女服を着こんでベールを着用して見せてくれました。
なんだか修道女さんみたいですが、神殿なのですからこれが当たり前なのでしょうね。
そうしてナオにも巫女服が着せられました。
もともとまだ少女であるナオは、変化に際してさらにほっそりとたおやかになりましたから、そうして身体全体を衣で包んでしまうと、もっと幼く見えてしまいます。
「まぁ、これはとてもお可愛らしい巫女さまですね。大奥様もさぞかしお気に召すことでしょう」
「大奥様って、ロビンのお母さまのことね。どんな方なのかしら?」
ナオとしては一体どんな人なのかは、とても気になるところです。
気難しいお年寄りとか、権高い奥様だったら、とても上手くやっていけるかわかりません。
「ご心配には及びませんよ。あのロビンさまのお母上様なんですからね」
アンジェの言い方では、人となりなどなんにもわかりません。
もしかしてアンジェって脳筋タイプなのかしら? とナオは密かに呟いています。
「さぁ、ナオさま。参りますわよ」
まさかいきなり転移するとは思ってもいないナオが驚いている間に、転移は完了してしまったようです。
さやさやと風が部屋に入り込んでいるので、ナオはつられるように掃き出し窓からバルコニーへと出てみました。
「まぁ、なんて美しい場所なんでしょう」
ナオが思わず賞賛の声をあげてしまいましたが、どうやらこの神殿はかなり高い山の上にあるようで、はるか先まで見渡せます。
眼下には太陽の名頃りの光をうけて、小麦畑らしい金色に輝く畑が海のように広がっていますし、その先には町があるらしく、夕やみの訪れに逆らうように灯りが点々と灯されています。
ナオはゆっくりとバルコニーを一巡りしました。
神殿らしい大きな建物を中心に円形にいくつもの離れが作られています。
この場所もその離れのひとつらしく、バルコニーもぐるりと部屋を円形に巡るように作られていたので、360度全ての景色を堪能することができました。
北側には大きな山々が続いていますし、南側には海がみえますから、プレシュス領は山と海とに挟まれた平原であることが良くわかります。
「海があるなんて聞いていなかったわ。ロビンのある意味剛胆なふるまいは、きっと海の民の血を引くからなのね」
ナオは思わずそう呟いていました。
海の民は、小さな船で大海原へと漕ぎ出だしていくのですから、どうしても勇猛と言えば聞こえがいいけれども、すこしばかり粗雑になりやすいところがあるように思えるのです。
「新しい娘は、海が好きなようで良かったわ」
温かみのある穏やかな声が聞こえてきたので、ナオは後ろを振り返りました。
そこには薄紫の巫女服にベールの上からサークレットを身に着けている年配の女性が立っています。
サークレットの中央には紫水晶が閃いていましたから、ナオもすぐに相手の正体がわかったので、精一杯上品な礼をとりました。
「初めまして、大奥様。ナオと申します。よろしくお願いいたします」
ナオのたどたどしいあいさつに、目を細めると夫人はゆったりとナオに近づいてきます。
「ナオ。そんなに緊張しないでね。私の事はお母さまと呼んで、どうか本当の母のように甘えて下さいね。私はあなたが来てくれたことを、とても喜んでいるのよ」
「さぁ、もう日が落ちるわ。景色を楽しむのは明日にして、少しお茶にしましょう」
お母さまに促されてナオは部屋に戻ります。
そこにはいつの間にかお茶の用意がされていました。
「この塔は風の塔と呼ばれています。代々領主の花嫁となる人が、花嫁修業の為に籠ったと言われる塔なので、ナオにはピッタリでしょう。別名花嫁の塔とも言われているんですよ」
いきなりそんな風に言われてナオはぽっと顔を赤らめました。
そんなナオを好もしそうに眺めると、お母さまは塔の説明を続けます。
「今いるのが塔の最上階で、ナオの私室になります。プライベートゾーンだから、ここにはお客はまいりません。私も明日からはひとつ下にあるパブリックゾーンを訪れることになります。だからここではどれだけリラックスしても大丈夫よ」
お母さまが茶目っ気たっぷりにそう言うのでナオも思わず肩の力を抜いてしまいました。
「ただしここから階下に降りる時には、プレシュス辺境伯夫人としての権威ある行動が必要になりますよ。すぐ下が研修室で、お勉強のために先生方からレッスンを受ける時に使うお部屋です。ここでは失敗しても大丈夫です。内緒話が表に出ることもありません」
「そしてもうひとつ下は、ナオのパブリックスペースになります。お客様は全てここで対応すること。この場所での発言は公式にプレシュス辺境伯夫人の発言と受け取られますから、よくよく注意してください」
お母さまのお話は段々と厳しさを増していきます。
貴族夫人となるのも大変みたいです。
この塔は6階建てで、上3つはナオの私室、下の3つはナオのための従業員が使う部屋で厨房だの洗濯室だのもここにあります。従業員の私室もほとんどはここになります。
ただし宿直の侍女は最上階の部屋に詰めますし、アンジェはナオの付き人になるので5階に部屋があるんです。
そして神殿への渡り廊下は4階のパブリックスペースから出入りすることができます。
ナオは毎朝8時には礼拝のために神殿に行かなければなりませんし、それが終われば研修室でお勉強が続きます。
そうして夕方のティータイムは、必ずお母さまのパブリックスペースでのお茶会に参加して社交を学びます。
休日は週に1回のみ。休日でも礼拝は参加しますし、慣れれば休日は奉仕活動にあてられます。
ナオはどんどんと顔色が悪くなっていきました。
もともと窮屈なことがきらいで、高校だって入学はしたもののサボっていたナオには、このスケジュールはまるで死刑宣告みたいにおもえます。
ナオのそんな思いはすっかり筒抜けみたいで、お母さまはしれっとしてナオにとどめをさしました。
「ロビンから3ヶ月でナオの教育を終えるように言われているのよ。ナオはよほどあの子に愛されているのね。気の毒にねぇ。普通の花嫁教育だって1年。必要なら2年はかけるんですけどね。たった3ヶ月の促成栽培をするなら、もう時間はありませんしね。私も全力で協力しますから、死ぬ気でついてきなさい」
「あの、お母さま。私はゆっくりコースで全然かまわないんですけど。いいえ、ゆっくりコースがいいです」
「だから、気の毒ねって言いましたでしょう? 領主命令は例え母親でも覆せませんの。しかもはらぺこの獣を3ヶ月も待たせるだけでも大騒ぎでしたのよ。最初ロビンは1ヶ月でナオを花嫁にすると言ったのを、私が3ヶ月まで引き延ばしたんですからね」
はらぺこの獣ってロビンのことですよね。
なんか怖すぎるんですけれど。
どうやらナオにはすでに逃げ場所は無くなったようでした。
「けれどねぇナオ。あの子はすっぱりと結婚を諦めていましたのよ。なんといってもプレシュス家は色々と複雑ですしねぇ。こんな面倒な家はオレの代で終わりにしてやるが口ぐせでね。だから私も半ばあきらめていたんですよ。どんな美姫を近づけてもけんもほろろですし」
「ところがあなた。いきなりやってきて結婚するから花嫁をひと月で教育しろというんですからねぇ。まぁ、嬉しいやら驚くやら、大騒ぎでしたのよ。ありがとう、ナオ。よくぞ来てくださいました。これはプレシュス家の為ではなく、あの子の為に言うのよ。あの子にも番ができるなんてねぇ」
「神様はいらっしゃるんですわね。いつも身を粉にして働くばかりで、貧乏くじばかりひいていたあの子が、人並みに愛する人を見つけて結婚する。夢見たいですわ。ナオさん。本当にありがとう」
お母さまに深々と頭を下げられてナオは胸がいっぱいになってしまいました。
「そんな、お母さま。私こそロビンに感謝しているの。こんな私を愛しているって。特別だって言ってくれたんですもの。私ちゃんと勉強します。立派な貴婦人になりますわ」
そう叫ぶとナオはお母さまの首にしがみついて、わんわんと泣いてしまいました。
感動で胸がいっぱいになったのです。
お母さまはナオをしっかりと抱きしめて、頭や背中をなでながら、ありがとうとか可愛い娘ですね、とか言ってくれました。
顔が崩れてしまったナオは中座して、顔を整えに化粧室にいきましたが、それを見送った大奥様は少しため息をつきました。
「アンジェ、あれは大丈夫なの。随分とちょろいんだけど」
「大奥様、あれでいざとなれば肝もすわるんですのよ。そこまで馬鹿というわけでもありませんしね。なによりロビンさまがいたくお気に召したようですから」
「まぁねぇ。だから不安なのよ。あんなにちょろいとロビンに好き放題されてしまうわよ。仕方ありませんねぇ。少しは腰をいれてナオを教育しましょう」
大奥様の慨嘆を聞きながら、アンジェは心の中で舌を出していました。
大奥様はきっとそう仰るだろうとロビン様は言ってましたよ。と。
「お帰りなさい。ナオさま。お食事はとれましたか? まだお腹が空いているようなら軽食を用意しておりますよ」
ナオは笑ってしまいました。
「ありがとうアンジェ。大丈夫よ。お腹いっぱいだから。ロビンはお仕事に行ったんだけれど、私はアンジェとロビンのお母さまの神殿に転移するように言われているの」
アンジェはすこし安心したようです。
それから夕方近くまで、領地に行く為の準備に追われました。
一度領地に行ってしまうと、もういつ王都に戻れるかわかりません。
ですからナオは、お世話になった人々にお礼とお詫びの手紙を書くのに追われてしまったのです。
夕方になるとアンジェがテキパキと衣装を用意し始めましたからナオは驚いてしまいました。
「ねぇ、アンジェ。また着替えるの?」
「はい。神殿では肌を見せない服を着ることになっておりますからね。本来は黒やグレーの暗い衣装になるのですが、それではあんまりなので、純白の巫女服が用意されております。髪もベールで覆いますから見えるのはお顔だけになりますね」
そうしてアンジェが見せてくれた巫女服は、スッポリと被る式の簡素なものでした。
頭からかぶるために襟ぐりが広く開いてしまいますが、中に首回りから肩先まで覆うケープを着てから巫女服を被るので、確かに肌は全く見えません。
まずはアンジェがグレーの巫女服を着こんでベールを着用して見せてくれました。
なんだか修道女さんみたいですが、神殿なのですからこれが当たり前なのでしょうね。
そうしてナオにも巫女服が着せられました。
もともとまだ少女であるナオは、変化に際してさらにほっそりとたおやかになりましたから、そうして身体全体を衣で包んでしまうと、もっと幼く見えてしまいます。
「まぁ、これはとてもお可愛らしい巫女さまですね。大奥様もさぞかしお気に召すことでしょう」
「大奥様って、ロビンのお母さまのことね。どんな方なのかしら?」
ナオとしては一体どんな人なのかは、とても気になるところです。
気難しいお年寄りとか、権高い奥様だったら、とても上手くやっていけるかわかりません。
「ご心配には及びませんよ。あのロビンさまのお母上様なんですからね」
アンジェの言い方では、人となりなどなんにもわかりません。
もしかしてアンジェって脳筋タイプなのかしら? とナオは密かに呟いています。
「さぁ、ナオさま。参りますわよ」
まさかいきなり転移するとは思ってもいないナオが驚いている間に、転移は完了してしまったようです。
さやさやと風が部屋に入り込んでいるので、ナオはつられるように掃き出し窓からバルコニーへと出てみました。
「まぁ、なんて美しい場所なんでしょう」
ナオが思わず賞賛の声をあげてしまいましたが、どうやらこの神殿はかなり高い山の上にあるようで、はるか先まで見渡せます。
眼下には太陽の名頃りの光をうけて、小麦畑らしい金色に輝く畑が海のように広がっていますし、その先には町があるらしく、夕やみの訪れに逆らうように灯りが点々と灯されています。
ナオはゆっくりとバルコニーを一巡りしました。
神殿らしい大きな建物を中心に円形にいくつもの離れが作られています。
この場所もその離れのひとつらしく、バルコニーもぐるりと部屋を円形に巡るように作られていたので、360度全ての景色を堪能することができました。
北側には大きな山々が続いていますし、南側には海がみえますから、プレシュス領は山と海とに挟まれた平原であることが良くわかります。
「海があるなんて聞いていなかったわ。ロビンのある意味剛胆なふるまいは、きっと海の民の血を引くからなのね」
ナオは思わずそう呟いていました。
海の民は、小さな船で大海原へと漕ぎ出だしていくのですから、どうしても勇猛と言えば聞こえがいいけれども、すこしばかり粗雑になりやすいところがあるように思えるのです。
「新しい娘は、海が好きなようで良かったわ」
温かみのある穏やかな声が聞こえてきたので、ナオは後ろを振り返りました。
そこには薄紫の巫女服にベールの上からサークレットを身に着けている年配の女性が立っています。
サークレットの中央には紫水晶が閃いていましたから、ナオもすぐに相手の正体がわかったので、精一杯上品な礼をとりました。
「初めまして、大奥様。ナオと申します。よろしくお願いいたします」
ナオのたどたどしいあいさつに、目を細めると夫人はゆったりとナオに近づいてきます。
「ナオ。そんなに緊張しないでね。私の事はお母さまと呼んで、どうか本当の母のように甘えて下さいね。私はあなたが来てくれたことを、とても喜んでいるのよ」
「さぁ、もう日が落ちるわ。景色を楽しむのは明日にして、少しお茶にしましょう」
お母さまに促されてナオは部屋に戻ります。
そこにはいつの間にかお茶の用意がされていました。
「この塔は風の塔と呼ばれています。代々領主の花嫁となる人が、花嫁修業の為に籠ったと言われる塔なので、ナオにはピッタリでしょう。別名花嫁の塔とも言われているんですよ」
いきなりそんな風に言われてナオはぽっと顔を赤らめました。
そんなナオを好もしそうに眺めると、お母さまは塔の説明を続けます。
「今いるのが塔の最上階で、ナオの私室になります。プライベートゾーンだから、ここにはお客はまいりません。私も明日からはひとつ下にあるパブリックゾーンを訪れることになります。だからここではどれだけリラックスしても大丈夫よ」
お母さまが茶目っ気たっぷりにそう言うのでナオも思わず肩の力を抜いてしまいました。
「ただしここから階下に降りる時には、プレシュス辺境伯夫人としての権威ある行動が必要になりますよ。すぐ下が研修室で、お勉強のために先生方からレッスンを受ける時に使うお部屋です。ここでは失敗しても大丈夫です。内緒話が表に出ることもありません」
「そしてもうひとつ下は、ナオのパブリックスペースになります。お客様は全てここで対応すること。この場所での発言は公式にプレシュス辺境伯夫人の発言と受け取られますから、よくよく注意してください」
お母さまのお話は段々と厳しさを増していきます。
貴族夫人となるのも大変みたいです。
この塔は6階建てで、上3つはナオの私室、下の3つはナオのための従業員が使う部屋で厨房だの洗濯室だのもここにあります。従業員の私室もほとんどはここになります。
ただし宿直の侍女は最上階の部屋に詰めますし、アンジェはナオの付き人になるので5階に部屋があるんです。
そして神殿への渡り廊下は4階のパブリックスペースから出入りすることができます。
ナオは毎朝8時には礼拝のために神殿に行かなければなりませんし、それが終われば研修室でお勉強が続きます。
そうして夕方のティータイムは、必ずお母さまのパブリックスペースでのお茶会に参加して社交を学びます。
休日は週に1回のみ。休日でも礼拝は参加しますし、慣れれば休日は奉仕活動にあてられます。
ナオはどんどんと顔色が悪くなっていきました。
もともと窮屈なことがきらいで、高校だって入学はしたもののサボっていたナオには、このスケジュールはまるで死刑宣告みたいにおもえます。
ナオのそんな思いはすっかり筒抜けみたいで、お母さまはしれっとしてナオにとどめをさしました。
「ロビンから3ヶ月でナオの教育を終えるように言われているのよ。ナオはよほどあの子に愛されているのね。気の毒にねぇ。普通の花嫁教育だって1年。必要なら2年はかけるんですけどね。たった3ヶ月の促成栽培をするなら、もう時間はありませんしね。私も全力で協力しますから、死ぬ気でついてきなさい」
「あの、お母さま。私はゆっくりコースで全然かまわないんですけど。いいえ、ゆっくりコースがいいです」
「だから、気の毒ねって言いましたでしょう? 領主命令は例え母親でも覆せませんの。しかもはらぺこの獣を3ヶ月も待たせるだけでも大騒ぎでしたのよ。最初ロビンは1ヶ月でナオを花嫁にすると言ったのを、私が3ヶ月まで引き延ばしたんですからね」
はらぺこの獣ってロビンのことですよね。
なんか怖すぎるんですけれど。
どうやらナオにはすでに逃げ場所は無くなったようでした。
「けれどねぇナオ。あの子はすっぱりと結婚を諦めていましたのよ。なんといってもプレシュス家は色々と複雑ですしねぇ。こんな面倒な家はオレの代で終わりにしてやるが口ぐせでね。だから私も半ばあきらめていたんですよ。どんな美姫を近づけてもけんもほろろですし」
「ところがあなた。いきなりやってきて結婚するから花嫁をひと月で教育しろというんですからねぇ。まぁ、嬉しいやら驚くやら、大騒ぎでしたのよ。ありがとう、ナオ。よくぞ来てくださいました。これはプレシュス家の為ではなく、あの子の為に言うのよ。あの子にも番ができるなんてねぇ」
「神様はいらっしゃるんですわね。いつも身を粉にして働くばかりで、貧乏くじばかりひいていたあの子が、人並みに愛する人を見つけて結婚する。夢見たいですわ。ナオさん。本当にありがとう」
お母さまに深々と頭を下げられてナオは胸がいっぱいになってしまいました。
「そんな、お母さま。私こそロビンに感謝しているの。こんな私を愛しているって。特別だって言ってくれたんですもの。私ちゃんと勉強します。立派な貴婦人になりますわ」
そう叫ぶとナオはお母さまの首にしがみついて、わんわんと泣いてしまいました。
感動で胸がいっぱいになったのです。
お母さまはナオをしっかりと抱きしめて、頭や背中をなでながら、ありがとうとか可愛い娘ですね、とか言ってくれました。
顔が崩れてしまったナオは中座して、顔を整えに化粧室にいきましたが、それを見送った大奥様は少しため息をつきました。
「アンジェ、あれは大丈夫なの。随分とちょろいんだけど」
「大奥様、あれでいざとなれば肝もすわるんですのよ。そこまで馬鹿というわけでもありませんしね。なによりロビンさまがいたくお気に召したようですから」
「まぁねぇ。だから不安なのよ。あんなにちょろいとロビンに好き放題されてしまうわよ。仕方ありませんねぇ。少しは腰をいれてナオを教育しましょう」
大奥様の慨嘆を聞きながら、アンジェは心の中で舌を出していました。
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