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嵐のようなロビン
ナオは確かにお母さまに、真面目に貴婦人教育を受けると約束した筈です。
けれども結局ナオはナオでしかありませんでした。
一番最初にやらかしたのは、最初の休日に聖歌隊の慰問に行った時のことです。
そう言えば、確かナオさまは歌が好きで歌手になるのが夢だった、という報告書を読んだことがあったなぁとアンジェが思い出した時には、後の祭りでした。
気が付けば司祭様はプリプリと怒りながら、広場を後にしていますし、子供たちは大歓声を上げています。
そうして騒ぎの張本人であるナオは、ニコニコと笑っているのでした。
慰問を勧めたのは確かにアンジェでしたから、アンジェは時がさかのぼれるなら、あの時の自分を蹴っ飛ばしてやりたい気分でした。
「ナオさま、本日は休日ですから礼拝のあと、聖歌隊の子供たちの慰問に行きませんか? 確かナオさまはお歌が好きだと伺っておりますが」
「ええ、大好きよ。そうねぇ。どうせ休日は慰問やボランティアをするんだもの、聖歌隊に行きたいわ。私も一緒に歌ってもいいのかしら?」
「もちろんですとも。神に歌を捧げるのは誰にでも許されておりますわ」
アンジェは久しぶりに笑顔を見せたナオを見て、ほっと胸をなでおろしました。
もともと気性として自由に飛び回りたいナオを、風の塔に閉じ込めることには無理があります。
そのうえ地頭の良いナオは授業はそつなくこなすものの、やはり悪意ある噂やいかにも蔑んだ態度をとる人に出会うと、それがよほどこたえるらしくしばらく落ち込んでしまうのです。
未来のプレシュス辺境伯夫人なのですから堂々としていらっしゃいと、何度大奥様がカツをいれても悪評をうけると目に見えて青ざめてしまうので、相手も嵩にかかって責め立ててきます。
ナオは自分が悪い事をしたのだから、何を言われても仕方がないとすっかり諦めてしまっているのでした。
だからアンジェは屈託なく笑うナオを見て安心していたのですが……。
「ねぇ、私も仲間に入ってもいい?」
そう言うナオを司祭さまも快く受け入れて、子供たちをナオに任すと、自分はご婦人方のお相手に行ってしまいました。
実際のところ子供の相手をするよりも、ご夫人がたの歓心を買って、少しでも寄付を多く出して貰うほうがずっと大事だと思っていたのです。
そうしてたったの2時間ばかり留守にして司祭が戻って来てみれば、規律正しい聖歌隊の姿はもはや見る影もありませんでした。
ナオはゴスペルと言っていましたが、何でも神様は自由に楽しんで歌う方が喜んでくださるとかで、身体を揺らし、リズムを刻み、手拍子までつけて聖歌を唄うのです。
しかも忌々しいことに、それを聞いている人々まで、調子にのっていかにも楽しそうに踊り出す始末ですから、司祭さまが怒り狂うのもわかります。
けれども、ナオはきょとんとして、だって歌って楽しいものでしょう? だったら楽しんで唄わなっきゃね。
なんてケロリとしているのでした。
どう考えてもゴスペルを覚えた子供たちは、元に戻りそうもありません。
第一、身分のあるご夫人たちは例によって眉をひそめてこそこそ噂話をしていますが、村人はすっかりゴスペルが気に入ったみたいで、一緒に歌い出してしまったのですから。
この顛末を大奥様やロビン様に報告するのは、アンジェの仕事です。
楽しそうにはしゃいでいるナオを見ながら、アンジェは頭を抱えてしまいました。
その後、ナオは散々アンジェに叱られて、部屋に戻されてしまいました。
「今日はもうプライベートルームから出てはいけません。くれぐれも大人しくしていてくださいませ。私は今から大奥様にご報告にいってまいります。お叱りは覚悟さなってくださいね」
ぷんぷんと怒りながらアンジェは出ていってしまいました。
ナオはクッションを抱きかかえると、はぁーとため息をつきます。
だってゴスペルってそんなに変な歌じゃない筈です。
神様にささげる歌なんですもの。
「何だい、随分としょげているんだな。私のお姫さまは」
そんな声が頭から降ってきたので、顔をあげるとロビンがニコニコと笑っています。
嘘でしょう?
もうロビンに言いつけたの?
ナオは大いに焦りました。
「ごめんなさい。あんなに大騒ぎになるなんて思わなかったの。悪気じゃないのよ。信じてロビン」
もう最初っからナオは涙目になってしまいました。
「ほほぅ。これはこれは。どうやらお姫様は何かやらかしたらしいなぁ。これはじっくりと聞かないとね」
ロビンの瞳がキラっとひかりました。
どうやらナオは余計なことを言ってしまったようです。
「あっ。何でもない。ホントに何でもないの。たいしたことじゃないから。わざわざ辺境伯様のお手を煩わすようなことじゃなくて」
あわあわと言い訳しようとしたナオを、ロビンは抱えあげて横抱きにして膝にのせました。
今度はロビンはソファーに座っているので、ロビンの両手は自由に使える状況です。
まずい。
絶対にこの状況はまずい。
ナオはそろりとロビンの顔を伺いました。
ロビンはとっても上機嫌ですから、やはり叱るためにわざわざ領地まで来たわけではなさそうです。
「えっと、ロビン。王都の御用はもう終わったの?」
「そんなに恐々と質問するくらいなら、しでかしたことを白状する方が楽だぞ。なんにせよ、お前を叱りにわざわざ領土まで戻ってこないさ。おまえは未だ母上に叱られたことがないのか? あれはかなりこたえるぞ」
ロビンは宥めているのか脅しているのかわからないことを言いますが、ナオは隠し事が大の苦手なので、とうとうゴスペル事件の顛末を白状してしまいました。
アハハ! ロビンは愉快そうに大声をあげて笑い、ナオの頭を撫でて良くやった! と言いました。
ナオがきょとんとすると、ロビンはゆっくりとナオの唇を指でなぞって言いました。
「あんな取り澄ました司祭が驚くなんて実に愉快じゃないか。ナオがどんな歌を唄ったのか是非聞きたいね」
ナオは大急ぎでロビンの膝から飛び降りると、すぐに歌い出しました。
あんな恥ずかしい恰好から逃げ出すチャンスを逃す訳には行きません。
最初はそんな照れ隠しで歌っていたのですが、元々歌手志望で歌は大好きです。
どんどんと興が乗ってきて、身振り手振り、更にはダンスまで繰り出して、アイドル曲メドレーになってしまいました。
ロビンもノリノリで一緒にリズムを刻んでくれるので、ナオは楽しくてたまりません。
そんなワンマンショーも、アンジェの叫び声で終了となりました。
「ナオさま。一体何をなさっているのですか。それにロビンさま。令嬢のプライベートルームに入り込むとは、いかに婚約者さまとはいえ許せることではございません。ナオさまのお仕度をいたしますから応接の間でお待ちください」
どうやら婚約者でも未婚の令嬢のプライベートルームは、立ち入り禁止らしい。
そう言えば、控えていたはずの侍女たちの姿がありませんから、ロビンが下がらせたのでしょう。
「ちぇ、間が悪い奴だなぁ。まだなんにもしてねぇよ」
そうぼやくとロビンはナオを抱き上げました。
「すっごく上手だったぞ。それに生き生きしていた。ナオはやっぱり笑っているのが一番だ。いいものを見せてもらったな。ご褒美だ」
そしてたっぷりと気がすむまでナオをついばむと、ざまぁみろという顔でアンジェを睨んで階下に降りていきます。
「まったく! 子供ですか! ナオさまにあたってどうなさるんです。本当にもう」
へたりこんでしまったナオを救出したアンジェは、手早くナオの着替えを済ませました。
婚約者を迎える令嬢らしく、巫女服ではなく薄紫の清楚なドレス姿です。
水色のすべらかな髪をハーフアップに結い上げて、サファイヤの髪飾りで留めているので、すぐにはそれとわからないのですがナオが身動きすると光を反射して柔らかくひかります。
ナオもロビンも水色の髪と紫の瞳なので、衣装を選ぶのも合わせやすいのです。
幾分ナオの瞳は色が薄くて菫色に近いという違いはあるのですが。
ナオは締め付けるドレスを嫌うので今日の服は胸元で切り替えて、スカート部分はたっぷりのフレアーになっています。
ロビンの待っている応接の間に入ると、ナオはいかにも貴婦人らしく美しい礼をとりました。
そうして立ち上がってみれば、いつの間にかロビンだけでなく、困り顔のお母さまの姿もみえます。
一体どうしたというのでしょうか。
貴婦人の鏡みたいなお母さまは、めったに感情を表すことはないのですが、息子と娘を前にして素に戻っているようです。
「ナオ、こちらにいらっしゃい。困ったことになったわ。ナオの勉強時間を増やすことになるわ。それに休日もあげられないの」
お母さまは申し訳なさそうにナオをみました。
「お母さま、やはり司祭さまがお怒りなのですか?」
「いいえ、ナオ。そんなことではないのよ。アンバー公子が来月に結婚されるというの。婚約期間が1ヶ月なんて正気のさたではないけれども、リリーの結婚前にアンバーに嫁を持たせておきたいのでしょうね」
ナオはきょとんとしてしまいました。
マクギネス公爵家の子息の結婚話や、王太子妃になるリリーの結婚予定が、どうしてナオの勉強時間増加につながるのでしょう。
「ナオ、何を他人事みたいな顔をしている。マクギネス公爵家の公子の結婚だぞ。私も呼ばれているに決まっているだろう。そこでナオ、アンバーの結婚式でお前を社交界デビューさせる。だから急いでこちらも結婚しなければならなくなった。王都へはプレシュス辺境伯夫人としてお披露目するからな」
いきなりのロビンの結婚するぞ発言にナオは驚いて声もでません。
「辺境でうるさくちょっかいをかけてくる奴らがいるから、そいつらの掃除をしてくる。2週間で掃除を済ませて戻るから、そしたら結婚式だ。結婚したらすぐに王都にいく。王都での社交もあるからな。心配しなくても母上がお前の付き人をしてくれる。大丈夫だ」
今の情報のどこに大丈夫な部分があったのか、逆に聞きたいぐらいです。
「ロビン、まさか戦争にいくの?」
「あぁ、今回はお互いに小競り合いの様子見だ。そんなにはかからん。向こうも準備が整っていないしな」
それでも戦争は戦争です。
命の危険だってあるというのに、どうしてロビンはこうもあっさりと言ってしまえるのでしょう。
「そんな泣きそうな顔をするな。戻ればすぐに結婚式だ。忙しくなるぞ。母上の言うことを良く聞いて、立派な貴婦人になれ。いいな」
そういうなり、ロビンは立ち上がって出て行こうとします。
ナオが思わずロビンの服の裾を持ってしまうと、ロビンはいたずらっ子みたいな顔になりました。
「こらこら、ご褒美ならさっきたっぷりとあげたろうが。続きは結婚式のあとだ。それまで大人しく待っていろ」
あんまりな言い方にナオが真っ赤になって手を離すと、ロビンはカラカラと笑いながら部屋を出ていきました。
「まったく、いつもああなのよ。嵐みたいな子でしょう」
お母さまが困ったみたいに言いましたが、その顔には息子に対する愛情にあふれていました。
いつも穏やかな優しい顔をしているので、忘れがちですが、ロビンは生粋の軍人なのでした。
「お母さま、女でも戦争に参加する方法はございませんか?」
ナオの質問に今度はお母さまとアンジェが絶句してしまいました。
けれども結局ナオはナオでしかありませんでした。
一番最初にやらかしたのは、最初の休日に聖歌隊の慰問に行った時のことです。
そう言えば、確かナオさまは歌が好きで歌手になるのが夢だった、という報告書を読んだことがあったなぁとアンジェが思い出した時には、後の祭りでした。
気が付けば司祭様はプリプリと怒りながら、広場を後にしていますし、子供たちは大歓声を上げています。
そうして騒ぎの張本人であるナオは、ニコニコと笑っているのでした。
慰問を勧めたのは確かにアンジェでしたから、アンジェは時がさかのぼれるなら、あの時の自分を蹴っ飛ばしてやりたい気分でした。
「ナオさま、本日は休日ですから礼拝のあと、聖歌隊の子供たちの慰問に行きませんか? 確かナオさまはお歌が好きだと伺っておりますが」
「ええ、大好きよ。そうねぇ。どうせ休日は慰問やボランティアをするんだもの、聖歌隊に行きたいわ。私も一緒に歌ってもいいのかしら?」
「もちろんですとも。神に歌を捧げるのは誰にでも許されておりますわ」
アンジェは久しぶりに笑顔を見せたナオを見て、ほっと胸をなでおろしました。
もともと気性として自由に飛び回りたいナオを、風の塔に閉じ込めることには無理があります。
そのうえ地頭の良いナオは授業はそつなくこなすものの、やはり悪意ある噂やいかにも蔑んだ態度をとる人に出会うと、それがよほどこたえるらしくしばらく落ち込んでしまうのです。
未来のプレシュス辺境伯夫人なのですから堂々としていらっしゃいと、何度大奥様がカツをいれても悪評をうけると目に見えて青ざめてしまうので、相手も嵩にかかって責め立ててきます。
ナオは自分が悪い事をしたのだから、何を言われても仕方がないとすっかり諦めてしまっているのでした。
だからアンジェは屈託なく笑うナオを見て安心していたのですが……。
「ねぇ、私も仲間に入ってもいい?」
そう言うナオを司祭さまも快く受け入れて、子供たちをナオに任すと、自分はご婦人方のお相手に行ってしまいました。
実際のところ子供の相手をするよりも、ご夫人がたの歓心を買って、少しでも寄付を多く出して貰うほうがずっと大事だと思っていたのです。
そうしてたったの2時間ばかり留守にして司祭が戻って来てみれば、規律正しい聖歌隊の姿はもはや見る影もありませんでした。
ナオはゴスペルと言っていましたが、何でも神様は自由に楽しんで歌う方が喜んでくださるとかで、身体を揺らし、リズムを刻み、手拍子までつけて聖歌を唄うのです。
しかも忌々しいことに、それを聞いている人々まで、調子にのっていかにも楽しそうに踊り出す始末ですから、司祭さまが怒り狂うのもわかります。
けれども、ナオはきょとんとして、だって歌って楽しいものでしょう? だったら楽しんで唄わなっきゃね。
なんてケロリとしているのでした。
どう考えてもゴスペルを覚えた子供たちは、元に戻りそうもありません。
第一、身分のあるご夫人たちは例によって眉をひそめてこそこそ噂話をしていますが、村人はすっかりゴスペルが気に入ったみたいで、一緒に歌い出してしまったのですから。
この顛末を大奥様やロビン様に報告するのは、アンジェの仕事です。
楽しそうにはしゃいでいるナオを見ながら、アンジェは頭を抱えてしまいました。
その後、ナオは散々アンジェに叱られて、部屋に戻されてしまいました。
「今日はもうプライベートルームから出てはいけません。くれぐれも大人しくしていてくださいませ。私は今から大奥様にご報告にいってまいります。お叱りは覚悟さなってくださいね」
ぷんぷんと怒りながらアンジェは出ていってしまいました。
ナオはクッションを抱きかかえると、はぁーとため息をつきます。
だってゴスペルってそんなに変な歌じゃない筈です。
神様にささげる歌なんですもの。
「何だい、随分としょげているんだな。私のお姫さまは」
そんな声が頭から降ってきたので、顔をあげるとロビンがニコニコと笑っています。
嘘でしょう?
もうロビンに言いつけたの?
ナオは大いに焦りました。
「ごめんなさい。あんなに大騒ぎになるなんて思わなかったの。悪気じゃないのよ。信じてロビン」
もう最初っからナオは涙目になってしまいました。
「ほほぅ。これはこれは。どうやらお姫様は何かやらかしたらしいなぁ。これはじっくりと聞かないとね」
ロビンの瞳がキラっとひかりました。
どうやらナオは余計なことを言ってしまったようです。
「あっ。何でもない。ホントに何でもないの。たいしたことじゃないから。わざわざ辺境伯様のお手を煩わすようなことじゃなくて」
あわあわと言い訳しようとしたナオを、ロビンは抱えあげて横抱きにして膝にのせました。
今度はロビンはソファーに座っているので、ロビンの両手は自由に使える状況です。
まずい。
絶対にこの状況はまずい。
ナオはそろりとロビンの顔を伺いました。
ロビンはとっても上機嫌ですから、やはり叱るためにわざわざ領地まで来たわけではなさそうです。
「えっと、ロビン。王都の御用はもう終わったの?」
「そんなに恐々と質問するくらいなら、しでかしたことを白状する方が楽だぞ。なんにせよ、お前を叱りにわざわざ領土まで戻ってこないさ。おまえは未だ母上に叱られたことがないのか? あれはかなりこたえるぞ」
ロビンは宥めているのか脅しているのかわからないことを言いますが、ナオは隠し事が大の苦手なので、とうとうゴスペル事件の顛末を白状してしまいました。
アハハ! ロビンは愉快そうに大声をあげて笑い、ナオの頭を撫でて良くやった! と言いました。
ナオがきょとんとすると、ロビンはゆっくりとナオの唇を指でなぞって言いました。
「あんな取り澄ました司祭が驚くなんて実に愉快じゃないか。ナオがどんな歌を唄ったのか是非聞きたいね」
ナオは大急ぎでロビンの膝から飛び降りると、すぐに歌い出しました。
あんな恥ずかしい恰好から逃げ出すチャンスを逃す訳には行きません。
最初はそんな照れ隠しで歌っていたのですが、元々歌手志望で歌は大好きです。
どんどんと興が乗ってきて、身振り手振り、更にはダンスまで繰り出して、アイドル曲メドレーになってしまいました。
ロビンもノリノリで一緒にリズムを刻んでくれるので、ナオは楽しくてたまりません。
そんなワンマンショーも、アンジェの叫び声で終了となりました。
「ナオさま。一体何をなさっているのですか。それにロビンさま。令嬢のプライベートルームに入り込むとは、いかに婚約者さまとはいえ許せることではございません。ナオさまのお仕度をいたしますから応接の間でお待ちください」
どうやら婚約者でも未婚の令嬢のプライベートルームは、立ち入り禁止らしい。
そう言えば、控えていたはずの侍女たちの姿がありませんから、ロビンが下がらせたのでしょう。
「ちぇ、間が悪い奴だなぁ。まだなんにもしてねぇよ」
そうぼやくとロビンはナオを抱き上げました。
「すっごく上手だったぞ。それに生き生きしていた。ナオはやっぱり笑っているのが一番だ。いいものを見せてもらったな。ご褒美だ」
そしてたっぷりと気がすむまでナオをついばむと、ざまぁみろという顔でアンジェを睨んで階下に降りていきます。
「まったく! 子供ですか! ナオさまにあたってどうなさるんです。本当にもう」
へたりこんでしまったナオを救出したアンジェは、手早くナオの着替えを済ませました。
婚約者を迎える令嬢らしく、巫女服ではなく薄紫の清楚なドレス姿です。
水色のすべらかな髪をハーフアップに結い上げて、サファイヤの髪飾りで留めているので、すぐにはそれとわからないのですがナオが身動きすると光を反射して柔らかくひかります。
ナオもロビンも水色の髪と紫の瞳なので、衣装を選ぶのも合わせやすいのです。
幾分ナオの瞳は色が薄くて菫色に近いという違いはあるのですが。
ナオは締め付けるドレスを嫌うので今日の服は胸元で切り替えて、スカート部分はたっぷりのフレアーになっています。
ロビンの待っている応接の間に入ると、ナオはいかにも貴婦人らしく美しい礼をとりました。
そうして立ち上がってみれば、いつの間にかロビンだけでなく、困り顔のお母さまの姿もみえます。
一体どうしたというのでしょうか。
貴婦人の鏡みたいなお母さまは、めったに感情を表すことはないのですが、息子と娘を前にして素に戻っているようです。
「ナオ、こちらにいらっしゃい。困ったことになったわ。ナオの勉強時間を増やすことになるわ。それに休日もあげられないの」
お母さまは申し訳なさそうにナオをみました。
「お母さま、やはり司祭さまがお怒りなのですか?」
「いいえ、ナオ。そんなことではないのよ。アンバー公子が来月に結婚されるというの。婚約期間が1ヶ月なんて正気のさたではないけれども、リリーの結婚前にアンバーに嫁を持たせておきたいのでしょうね」
ナオはきょとんとしてしまいました。
マクギネス公爵家の子息の結婚話や、王太子妃になるリリーの結婚予定が、どうしてナオの勉強時間増加につながるのでしょう。
「ナオ、何を他人事みたいな顔をしている。マクギネス公爵家の公子の結婚だぞ。私も呼ばれているに決まっているだろう。そこでナオ、アンバーの結婚式でお前を社交界デビューさせる。だから急いでこちらも結婚しなければならなくなった。王都へはプレシュス辺境伯夫人としてお披露目するからな」
いきなりのロビンの結婚するぞ発言にナオは驚いて声もでません。
「辺境でうるさくちょっかいをかけてくる奴らがいるから、そいつらの掃除をしてくる。2週間で掃除を済ませて戻るから、そしたら結婚式だ。結婚したらすぐに王都にいく。王都での社交もあるからな。心配しなくても母上がお前の付き人をしてくれる。大丈夫だ」
今の情報のどこに大丈夫な部分があったのか、逆に聞きたいぐらいです。
「ロビン、まさか戦争にいくの?」
「あぁ、今回はお互いに小競り合いの様子見だ。そんなにはかからん。向こうも準備が整っていないしな」
それでも戦争は戦争です。
命の危険だってあるというのに、どうしてロビンはこうもあっさりと言ってしまえるのでしょう。
「そんな泣きそうな顔をするな。戻ればすぐに結婚式だ。忙しくなるぞ。母上の言うことを良く聞いて、立派な貴婦人になれ。いいな」
そういうなり、ロビンは立ち上がって出て行こうとします。
ナオが思わずロビンの服の裾を持ってしまうと、ロビンはいたずらっ子みたいな顔になりました。
「こらこら、ご褒美ならさっきたっぷりとあげたろうが。続きは結婚式のあとだ。それまで大人しく待っていろ」
あんまりな言い方にナオが真っ赤になって手を離すと、ロビンはカラカラと笑いながら部屋を出ていきました。
「まったく、いつもああなのよ。嵐みたいな子でしょう」
お母さまが困ったみたいに言いましたが、その顔には息子に対する愛情にあふれていました。
いつも穏やかな優しい顔をしているので、忘れがちですが、ロビンは生粋の軍人なのでした。
「お母さま、女でも戦争に参加する方法はございませんか?」
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