ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日

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温室の中で

 ナオがロビンに拉致されるというのに、アンジェときたらあっさりと見捨てるので、ナオは思わず叫んだのですが、それが悪かったらしくナオの口の中にすっぽりとロビンの指が差し入れられたのです。

 ナオは驚きのあまり声も出せずに、ロビンの顔を見つめました。
 
 愛しい姫君が自分の指をくわえて、上目づかいに見詰めてきたので、ロビンはとろけそうな顔でナオをみています。

 その間もロビンはどんどんと歩いていくのですが、ナオは口の中に指があるので喋ることもできません。

 どうしろというのでしょう。

 まさかロビン辺境伯の指に噛みつくこともならず、なんとかしようと舌で押し出そうとすれば、いかにもうれしそうに指で舌をまさぐってくる始末です。

 しかもお姫様抱っこの恰好で、腕で頭を支え手首を返して指を入れているので、頭を振ったくらいでは指は離れないのです。

 ロビンは幼い子供のようにいやいやと首を振るナオを見て、いよいよ目を細めます。

「君は何をしても可愛いなぁ。たった指さき1本でそんなに愛らしい仕草で楽しませてくれるなんてね。私の番は実に愉快な生き物だ」

 そんなことを言う前に、この指をどけろと、ナオはきっとロビンを睨みました。

 そうするとロビンは、いけない子を見るような目になって、ナオの口を指で蹂躙するものですから、たちまちナオは涙目になってしまいました。

 ロビンに逆らってもろくなことにはならないと、ほんの僅かの間にナオは思い知らされたのです。

 やがて目的地についたらしく、暖かくて緑あふれる空気がナオ包みます。

 丸いドーム型の温室の天井はとても高く、大きな木々が豊かな緑の葉を垂らしていますし、小鳥が放されていると言った通りに、ピュロピュロと甲高くて美しい鳥の鳴き声が聞こえてきます。

 温室の中では果実も育てているらしく甘い香りも漂って来るのですが、ナオの口は塞がれたままです。

 その間もナオの頭は、なんとか口の拘束を解こうとフル回転しています。

 噛みつく? 却下です。
 相手はあのロビンなんですよ。
 怒りはしないでしょうが、お仕置きを覚悟しなければならないでしょう。

 ナオはそろりと指をしゃぶってみました。
 そうすると、ロビンはいかにも愛おしそうにナオを見つめています。

 ナオはチュチュとまるで赤子みたいに、ロビンの指に吸い付きました。
 ロビンは愛おしそうに、ゆっくりと指を引き抜きナオの口を自由にしてくれました。

 ナオはどうやら正解に辿りついたようです。

「いい子だね。頭もとてもいい。領地に戻れば、私の母が君を一流の貴婦人に育てあげてくれるだろう。どんな素晴らしい花を咲かせるか、今から楽しみだね」


「降ろしてください。自分で歩きたいの」
 
 ナオがそう言えば、ロビンはナオを立たせてくれましたが、ロビンがしっかりと腰を支えています。
 それは正解で、そうしなければナオは膝から崩れ落ちていたでしょう。

 ロビンが肩を貸してくれて、支えられながらナオはゆっくりと温室にしつらえられたテーブルにつきました。

 いかにも女の子の好みに合わせたように、テーブルの上の料理はどれも小ぶりで、彩りよくまとめられています。

「まぁ、とてもきれいだわ」

 ナオが感嘆の声を挙げましたが、実際まるで懐石料理みたいに美しく盛り付けられていたのです。

「私が食べさせてもいいのだけどね。それではナオはゆっくりと食事を楽しめないでしょう。ぞんぶんに食べて下さい。昨日から碌に食事は取れていないのでしょうからね」

 ロビンはナオが食事に熱中している間は、何も言わずにこやかにナオを眺めているだけでした。
 そういった意味ではアンジェの心配は必要なかったようです。

 やがてナオが人心地ついて、デザートを食べ始めると、今までの経緯と、これからの予定を話しはじめました。
 そうなればナオだって、ゆとりをもって質問も挟めます。

 どうやら今回の事件は、アトラス王国が影で糸を引いていたようでした。

 ナオ達が住む「風と光の王国」と賛美されるシルフィードベル王国は伝統のある大国ですが、アトラス王国は建国して150年目という未だに歴史の浅い国です。

 そこにバルザック将軍という英傑があらわれて、どうやら国の実権を手にしてしまったようで、王族はお飾りの状態にあるといいます。

 どういうわけか病気で倒れてしまった現王が死ねば、幼い王子を擁立してバルザック将軍が国を乗っ取るとみられています。
 しかもバルザック将軍は小さなアトラス王国だけでは満足しそうもないのでした。

 いずれバルザック将軍はシルフィードベル王国へも侵攻してくるでしょうが、その時に備えて王国の弱体化を狙って、様々な工作をしてきたのです。

「それでロビンは私を利用して、私やロッテ、それにセディやアンバー公子まで躾け直したのね」
 
 ナオは、半ばロビンの1つで何度も美味しい思いをしようとする作戦にあきれ返りながら質問しました。

「だってね。エルは長男だからさ。しっかりと躾けられているけど、セディについては公爵家も自由にさせていたからね。魔術師の才能もあるしさ。けれど異界渡りの姫をめとるなら、どうしたって権謀術数の貴族社会の洗礼を受けることになる。ちょっと躾けないとね」

「だったらアンバー公子は? 公子は別に今回は何もしなかったでしょう?」

 ナオの疑問は最もです。
 アンバー公子はナオ達の喫茶店作りを手伝っただけですしね。

「アンバーはなぁ。あれはどうも規格外すぎるんだよね。だから今回の事を利用してちょっと軍をまとめる仕事を与えてある。かなり軍を増強しないといけないからね。王都で軍の増強をすれば目立ちすぎるからね。アンバーは昼行燈タイプさ。ああ見えて使える男だよ」

 なんとまぁ、アンバー公子は領地で謹慎させられている訳ではなさそうです。

「それで、いったいいつぐらいに戦争になりそうなんですか?」

 ロビンにはそれだってちゃんとわかっている筈です。

「ナオ、君が心配する事ではないよ。けれど猶予は1年ってところだろうか。 なるべく引き延ばす工作はしているんだけれどね。せめて王太子殿下が結婚するまでは持たせたいものだよ」

 その時だけロビンは辺境伯の顔になりました。
 だけどすぐににっこりすると、ナオの予定について教えてくれます。


「ナオ、セディの転移魔法で今日のうちに母上のいる神殿に飛んでもらう。母上はそこで学校や孤児院を経営しているんだ。ナオの目や髪は魔法や染粉で誤魔化すことが出来ないんだよ。神の恩寵だからね。だからナオは辺境伯夫人候補として扱われることになる」

「結婚は3ヶ月後だ。そのころにはナオは完璧な淑女になっているからね。私は忌々しいがしばらく王都で仕事がある。だからこれでしばらくお別れだ。あとのことはアンジェに聞くといい。君の側近として選んだ娘だ。信頼しなさい」

 
「えっ? 私ひとりでロビンのお母さまにお会いするの? ロビンのお母さまは私の出自を知っているかしら。作法もなにもわからないのよ。口だって悪いわ」

 ナオは婚約者の母君で、しかも元は王家というような格式ある貴婦人に気に入られる自信なんてこれっぽっちもありません。

 しかも今や王都中にナオの悪女ぶりが広がっているのですから、プレシュス領土でだって、噂は知られている筈です。

 いくら自分が蒔いた種とはいえ、悪評とともにたった一人でプレシュス領に行くのは、さすがのナオも怖かったのです。

 
 ところがロビンときたら、とっても嬉しそうに不安そうなナオを見つめています。

「そうかぁ。ナオはいつも私と一緒にいたいんだね。私だって気持ちはおんなじだよ。そんな不安そうな顔をしなくても僕は絶対に浮気はしない。ナオ一筋だからね。ここに誓うよ」

 そう言うと、ロビンはナオの前に跪いて誓いをたてました。

「ナオ。異界渡りの光の姫君。私ロビンは生涯をかけて姫を守り抜き幸せにすると誓います。どうかナオ、私の伴侶となって、この誓いを受けてください」

 ナオは思わず立ち上がって、ロビンの首にしがみつきます。

「はい、ロビン。私もロビンだけを愛するって誓うわ。大好きよ。ロビン」

 2人はそのまま抱き合って、お互いの鼓動を確かめ合っていたのですが、無粋にもゴホンという咳払いが2人を現実に引き戻しました。


「閣下、そろそろ王城に出向かれませんと、王がじれておりますぞ。そのあと、クレメンタイン公爵家とマクギネス公爵家からも伝令がきえおりますし、シンノット侯爵家とセントメディア侯爵家からも使いの者が……」

 侍従がすまし顔で言い募るを聞いて、ロビンは唸り声をあげました。

「くっそう、あのジジイどもめ。少しは自分で働いたらどうなんだ。あー、わかった! すぐに行く」

 けれどもこんな暴言ぐらいでひるまないのがロビンの部下たちです。

「姫君は私が責任をもって、お部屋にお送りしますので、すぐにご準備してください。そうですね。30秒以内の軽いキスならお待ちしますが」

「なんで、おめぇにキスの時間まで管理されなきゃならねぇんだ。くっそう、悪い、大急ぎで仕事をやっつけて領土に帰るからな」

 ロビンはナオの頭に軽くキスを落とすと、ずんずんと出ていってしまいました。
 あまりにあわただしさにナオが目を丸くしていると、侍従は優しく声をかけてくれました。

「アイリーン姫、そんなに驚かないでくださいませ。これがプレシュス家の家風みたいなものですからな」

「アイリーンって?」

「先ほど王城から正式な書類が届きました。ナオさまはアイリーン・ナオ・リード侯爵令嬢になられました。ロビンさまの母上の生家リード侯爵家の養女となられたのです。すでにロビンさまとの婚約証書も届いておりますよ。おめでとうございます」

 侍従は深々と頭を下げましたが、ナオはそれどころではありません。

「今のお話、ロビンは未だ知らないんじゃないの?」

「それはそうでございますとも。仕事をさぼってこんなところで婚約者さまとしけこんでいては、報告もできませんからねぇ。いやぁ、私が一番先にアイリーンさまとお呼びしたと知ったら、ロビン閣下はさぞかし悔しがるでしょうなぁ」

 いや、いや。
 それって、絶対にわざとですよね。
 ナオはクスクスと笑い出しました。

 これがプレシュス家の家風なら、ナオは案外早く家風に馴染めるかもしれません。

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