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リムの秘密
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ナオの魔術と魔法の能力は、目覚ましい進歩を遂げました。
防御魔法と治癒魔法に特化しているとはいえ、その他の魔術や付与術などもこつこつと覚えてきたのです。
ナオの胸は高鳴ります。
いよいよ魔法少女の衣装に取り掛かっても良いのではないでしょうか?
もうすぐロビンとデートが出来る。
ロビンとのデートを夢想すると、ナオの顔はへにゃりと崩れてしまいます。
「アンジェ、魔法少女衣装のデザイナーが見つかったって本当なの?」
「はい、ナオさま。ココという娘なのですが、どうも時々奇妙奇天烈な衣装を着た人々が、大勢集まるイベントの夢を見るのだそうですよ。
「それってもしかして、コスプレフェスの事なんじゃないかしら。期待できるわね。デザインを見せてもらいたいので、お招きしてください」
ナオ前にいるのは、ナオとそれほど年齢も変わらなそうな少女です。
栗色の髪は柔らかいウェーブがかかっていて、青紫の神秘的な瞳をしています。
貴族の家に連れてこられているのに、その目は好奇心でキラキラと輝いています。
そんな少女をリムが優し気に見つめています。
この少女なら、きっと話が合いそうだわ。
ナオはそう確信すると、少女に椅子を勧めました。
中央の席にナオ、その後ろにリムとアンジェが控えています。
質問は基本的には側仕えの仕事です。
「あなたの経歴がしりたいですね。父、母、住んでいる場所。お勤め先などを教えて下さい」
まずリムがそんなことを聞いています。
「ココと言います。私はみなしごで、シャルム商会の旦那さまと奥様が私を引き取って、娘同様に育ててくれました。一応商会ではお嬢様扱いをされているので、デザイン画を描くのは、趣味みたいに思われているんです。でも私はこのデザインはきっと売れるとおもうんです」
ココはすらすらと経歴を話していきます。
ものおじしないのは、本人の言うようにお嬢様育ちであるからでしょう。
「年齢は? どうやってシャルム商会に引き取られたの? 実の親がわかるようなものは持っていなかったの?」
リムの質問は、少し失礼なのではないかとナオは思いました。
デザインの力量に出自は関係ありませんし、それにココにはきちんとした後ろ盾もいるのですから。
「良く判りません。旦那さまがある雪の日に、私を連れて帰ってきたそうです。実の親については旦那さまは何も言わないのです。ただ私については実子と同じように扱うようにと言って下さったので、私は十分に大事に育ててもらえました」
「えっとそれから、引き取られた時に指輪も預けられたみたいです。高価な物らしいのでいつもチェーンで首から下げて、服の下に隠しているんですけど。素晴らしく大振りのエメラルドなんですよ」
少女が取り出したエメラルドを一目みると、リムは何も言わずに、ばったりと倒れてしましました。
アンジェが慌てて医者を呼ぼうとするのを、ナオは止めました。
気絶くらいならナオの治癒魔法ですぐに回復しますし、なんだか秘密の匂いがします。
騒ぎ立てしないように言いつけると、ナオは素早くリムに回復魔法をかけます。
真っ青だったリムの顔にはすぐに血色を取り戻し、意識を回復しました。
リムが何か言う前に、ナオは場所をナオのプライベートルームに移しました。
このプライベートルームでの会話は、絶対に外部に漏れることはありません。
実はロビンには筒抜けなのですが、ナオはそこまでは知らないのです。
プライベートルームでは、全員でクッションをたっぷり敷き詰めて、暖炉の前に座り込みました。
いくらなんでもお行儀が悪いと反対するアンジェに、またリムが気を失ったらこっちのほうが安全よとナオが言い張ったのです。
みんなが居心地よく居場所を整えた後は、誰も何も言いませんでした。
無言が支配する暖炉の前では、ときおりパチパチと焔のはぜる音がします。
緊張を破ったのはリムでした。
「ココの青紫の瞳は父親譲りです」
ぽつんとリムが呟くように言いました。
それは全員が知っていたことです。
紫の混じったの瞳は純血腫の貴族にしか現れません。
基本的には王族の色とされていますが、上位貴族なら王族との婚姻の歴史があるので、まれに先祖帰りのように紫まじりの瞳の子供が生まれることがあります。
つまりココの父親はかなりの名門貴族であり、ココの母親はおそらくリムなのではないでしょうか?
全員の視線を受けて、リムがぽつり、ぽつりと話はじめました。
「私の家は男爵家で、私にも同じ男爵家の婚約者がいました。しかしある日の夜会で、私はとある高貴なお方に純潔を散らされてしまいました」
「その高貴なお方は、私を愛人として召し抱えるといいましたが、父は私が精神を病んだと届け出て、修道院にいれたのです」
「けれども、たったその一度のあやまちで、私は女の子を出産しました。そのエメラルドは高貴なお方が、何かあった時の証明として私に与えたものです」
「私は娘がどこに連れ去られたか、全く知らされていませんでした。お父さまとシャルムさんとは長く交友がありましたから、きっとお父さまは娘をシャルムさんに託したのですね」
「修道院での私の待遇は惨いものでした。父親のわからぬ子供を産んだ女として蔑まれていたのです。私は機会を待って修道院を逃げ出しました。どうしても自分の子供を取り返したかったのです」
「あれから10年。私はとうとう壁外でリムばあさんと呼ばれて、僅かな野菜を売って日々を過ごすことになってしまいました」
「だからアリスやナオさまは、自分の娘みたいに可愛かったのです。私はこう見えても、まだ18歳なんですよ。おばあさんと言われる年齢ではありませんが、色々なことがあったので老け込んでしまったんですね」
リムはまだ若いのだろうということは、プレシュス辺境伯で働くようになって、みるみるリムが若返っていくことからわかりました。
苦労がリムを老け込ませていたのでしょう。
みんなの視線はココに集中しました。
若い娘が、突然母親だと言い出した女を受け入れることができるものでしょうか。
リムはとうとう頭を垂れてしまって、誰の顔も見ようとしませんでした。
娘から断罪されるのを覚悟しているのでしょう。
「良かったぁ。私にもお母さんがいたのね。お母さん、あなたの娘のココよ」
そういうなりココはリムの胸に飛び込んでいきました。
リムははじかれたようにココを抱きしめると、娘の名前を呼び続けています。
「ココ。ココ。ココ。ココ……」
いつ果てるともわからないその呼び声は、最初は悲鳴のようでしたが、やがて甘やかになり、最後にはすすり泣きになってかき消えていきました。
ココは呼ばれるたびに、ハイと律儀に返事を繰り返していましたが、とうとう最後には泣き出した母親を、抱きかかえてあやしています。
全くどっちが母親だかわからない有様ですが、それを身守るナオとアンジェの目元も真っ赤になっています
ナオは真っ先にしゃんとすると、シャルム商会の旦那さまを呼び出してもらいました。
これからどうするかを決めるには、ココとリムだけではなく、娘同様に育ててきたシャルムの意向も尊重しなければならないでしょう。
シャルムの旦那は、ココがプレシュス辺境伯に招かれたと思ったら、いきなり自分まで呼び出されたので、ココが何か失礼でもしたのかと戦々恐々としていました。
ところが館の最奥にあるプレシュス辺境伯夫人の私室に案内されてみれば、その応接の間には、仲良く手を取り合っているココと年かさの女性がにこやかに並んで座っているではありませんか。
シャルムの旦那は思わず大声で叫んでしましました。
「リムネットお嬢様。生きていらっしゃたのですね。どれだけ心配したと思っているのですか。お父さまがどれほどお嬢様を探し回ったことか! 一体今まで何をしていらしたのですか」
まさかいきなり叱られるとは思っていなかったらしいリムは、おろおろとするばかりです。
怒り狂うシャルムの旦那を宥めたのは、ほかならぬココでした。
「まぁ、まぁ父さん、そんなに怒ると身体に悪いわよ。それでなくてももう年なんですから」
ココは普段はシャルムの旦那を父さんと呼んでいるようです。
この2人の様子からも、シャルムの旦那がココを慈しんで育ててきたことが良くわかります。
「リムネットお嬢様。こうやってココの前に姿をあらわしたんだ。当然リハート男爵さまには連絡なさってますよね」
とどめを刺されたリムは、可哀そうなぐらいしょげ返りました。
壁外で、きっぷのいいばあさんだと言われていたのが、嘘のようです。
ここに来てようやくリムの家名がわかったナオが視線をあげると、すぐさま侍女が消えましたから、今頃はリハート男爵に急使が飛んでいるでしょう。
混沌としてしまったこの場をなんとかしようと、ナオが進み出ました。
「みなさん、色々積もるお話もおありでしょうから、どうぞ3人でゆっくりとお話ください。すぐにリハート男爵も駆けつけてこられますわ」
「ひとつだけ言っておけば、今やリムは私の大切な付き添い人ですし、ココには専属デザイナーになってもらいたいと思っています。ココが望むなら付添人としてリムの部屋の隣にココの部屋を用意しますからね」
あまりの厚遇に3人は驚いた顔で固まっていますが、ナオは3人を残して全員をさがらせました。
リハート男爵が訪れたら、3人の元に通すようにだけ言いつけて。
「はぁー」
自分のプライベートな部屋に入ると、ドスンとソファーに飛び込んで、ナオは大きなため息をつきました。
お行儀が悪いかもしれませんが、いくら何でもまさかの展開が多すぎます。
ナオはただ、デザイナーを呼び出しただけなのに、どうしてこんな大騒ぎになっているのでしょうか。
「ねぇ、ココの父親って、どう考えてもあの人だよねぇ」
ナオが呟けば、アンジェも嫌そうな声を出しました。
「間違いないんじゃないですか? あれでココの髪が金髪ならそっくりですもの」
お互いに固有名詞を出さないのは、触れてはならない存在だからです。
それにしたってリオが妊娠した年は、確か国を挙げての結婚式が行われていた年と重なります。
そう考えたら男爵令嬢が、かの貴公子と出会ったのは貴公子の婚約祝賀パーティでの出来事ではないでしょうか。
歴史年表とココが生まれた時に雪が降っていたという情報を重ね合わせれば、どう考えても自分の婚約パーティで愛人を見繕ったことになります。
それともさすがに結婚披露パーティでなかったことを喜ぶべきなのでしょうか?
ナオはいずれ王太子に嫁ぐことになっているリリーの顔を思い浮かべました。
リリーはこの醜聞を知ったらどう思うでしょうか。
このことを王妃さまはご存知なのでしょうか。
あの時代まだ王太子であったかの人は、もしかしたらリムを本気で愛したのでしょうか。
少なくとも2大公爵家の当主方は、王族に相応しくみえます。
なのになぜ、かの君はひどく幼い行動をとることが多いのでしよう?
そしてどうしてああもロビンを目の敵にするのでしょうか。
2大公爵家がロビンに全幅の信頼を置いていなければ、王家の屋台骨はとうに揺らいでいたはずです。
かの君の行動は、まるで自分を廃嫡しろと迫ってでもいるかのようです。
「ねぇ、ロビン。それでもあなたは王家を守り抜くというの?」
ナオは胸の中で愛しいロビンに問いかけていました。
防御魔法と治癒魔法に特化しているとはいえ、その他の魔術や付与術などもこつこつと覚えてきたのです。
ナオの胸は高鳴ります。
いよいよ魔法少女の衣装に取り掛かっても良いのではないでしょうか?
もうすぐロビンとデートが出来る。
ロビンとのデートを夢想すると、ナオの顔はへにゃりと崩れてしまいます。
「アンジェ、魔法少女衣装のデザイナーが見つかったって本当なの?」
「はい、ナオさま。ココという娘なのですが、どうも時々奇妙奇天烈な衣装を着た人々が、大勢集まるイベントの夢を見るのだそうですよ。
「それってもしかして、コスプレフェスの事なんじゃないかしら。期待できるわね。デザインを見せてもらいたいので、お招きしてください」
ナオ前にいるのは、ナオとそれほど年齢も変わらなそうな少女です。
栗色の髪は柔らかいウェーブがかかっていて、青紫の神秘的な瞳をしています。
貴族の家に連れてこられているのに、その目は好奇心でキラキラと輝いています。
そんな少女をリムが優し気に見つめています。
この少女なら、きっと話が合いそうだわ。
ナオはそう確信すると、少女に椅子を勧めました。
中央の席にナオ、その後ろにリムとアンジェが控えています。
質問は基本的には側仕えの仕事です。
「あなたの経歴がしりたいですね。父、母、住んでいる場所。お勤め先などを教えて下さい」
まずリムがそんなことを聞いています。
「ココと言います。私はみなしごで、シャルム商会の旦那さまと奥様が私を引き取って、娘同様に育ててくれました。一応商会ではお嬢様扱いをされているので、デザイン画を描くのは、趣味みたいに思われているんです。でも私はこのデザインはきっと売れるとおもうんです」
ココはすらすらと経歴を話していきます。
ものおじしないのは、本人の言うようにお嬢様育ちであるからでしょう。
「年齢は? どうやってシャルム商会に引き取られたの? 実の親がわかるようなものは持っていなかったの?」
リムの質問は、少し失礼なのではないかとナオは思いました。
デザインの力量に出自は関係ありませんし、それにココにはきちんとした後ろ盾もいるのですから。
「良く判りません。旦那さまがある雪の日に、私を連れて帰ってきたそうです。実の親については旦那さまは何も言わないのです。ただ私については実子と同じように扱うようにと言って下さったので、私は十分に大事に育ててもらえました」
「えっとそれから、引き取られた時に指輪も預けられたみたいです。高価な物らしいのでいつもチェーンで首から下げて、服の下に隠しているんですけど。素晴らしく大振りのエメラルドなんですよ」
少女が取り出したエメラルドを一目みると、リムは何も言わずに、ばったりと倒れてしましました。
アンジェが慌てて医者を呼ぼうとするのを、ナオは止めました。
気絶くらいならナオの治癒魔法ですぐに回復しますし、なんだか秘密の匂いがします。
騒ぎ立てしないように言いつけると、ナオは素早くリムに回復魔法をかけます。
真っ青だったリムの顔にはすぐに血色を取り戻し、意識を回復しました。
リムが何か言う前に、ナオは場所をナオのプライベートルームに移しました。
このプライベートルームでの会話は、絶対に外部に漏れることはありません。
実はロビンには筒抜けなのですが、ナオはそこまでは知らないのです。
プライベートルームでは、全員でクッションをたっぷり敷き詰めて、暖炉の前に座り込みました。
いくらなんでもお行儀が悪いと反対するアンジェに、またリムが気を失ったらこっちのほうが安全よとナオが言い張ったのです。
みんなが居心地よく居場所を整えた後は、誰も何も言いませんでした。
無言が支配する暖炉の前では、ときおりパチパチと焔のはぜる音がします。
緊張を破ったのはリムでした。
「ココの青紫の瞳は父親譲りです」
ぽつんとリムが呟くように言いました。
それは全員が知っていたことです。
紫の混じったの瞳は純血腫の貴族にしか現れません。
基本的には王族の色とされていますが、上位貴族なら王族との婚姻の歴史があるので、まれに先祖帰りのように紫まじりの瞳の子供が生まれることがあります。
つまりココの父親はかなりの名門貴族であり、ココの母親はおそらくリムなのではないでしょうか?
全員の視線を受けて、リムがぽつり、ぽつりと話はじめました。
「私の家は男爵家で、私にも同じ男爵家の婚約者がいました。しかしある日の夜会で、私はとある高貴なお方に純潔を散らされてしまいました」
「その高貴なお方は、私を愛人として召し抱えるといいましたが、父は私が精神を病んだと届け出て、修道院にいれたのです」
「けれども、たったその一度のあやまちで、私は女の子を出産しました。そのエメラルドは高貴なお方が、何かあった時の証明として私に与えたものです」
「私は娘がどこに連れ去られたか、全く知らされていませんでした。お父さまとシャルムさんとは長く交友がありましたから、きっとお父さまは娘をシャルムさんに託したのですね」
「修道院での私の待遇は惨いものでした。父親のわからぬ子供を産んだ女として蔑まれていたのです。私は機会を待って修道院を逃げ出しました。どうしても自分の子供を取り返したかったのです」
「あれから10年。私はとうとう壁外でリムばあさんと呼ばれて、僅かな野菜を売って日々を過ごすことになってしまいました」
「だからアリスやナオさまは、自分の娘みたいに可愛かったのです。私はこう見えても、まだ18歳なんですよ。おばあさんと言われる年齢ではありませんが、色々なことがあったので老け込んでしまったんですね」
リムはまだ若いのだろうということは、プレシュス辺境伯で働くようになって、みるみるリムが若返っていくことからわかりました。
苦労がリムを老け込ませていたのでしょう。
みんなの視線はココに集中しました。
若い娘が、突然母親だと言い出した女を受け入れることができるものでしょうか。
リムはとうとう頭を垂れてしまって、誰の顔も見ようとしませんでした。
娘から断罪されるのを覚悟しているのでしょう。
「良かったぁ。私にもお母さんがいたのね。お母さん、あなたの娘のココよ」
そういうなりココはリムの胸に飛び込んでいきました。
リムははじかれたようにココを抱きしめると、娘の名前を呼び続けています。
「ココ。ココ。ココ。ココ……」
いつ果てるともわからないその呼び声は、最初は悲鳴のようでしたが、やがて甘やかになり、最後にはすすり泣きになってかき消えていきました。
ココは呼ばれるたびに、ハイと律儀に返事を繰り返していましたが、とうとう最後には泣き出した母親を、抱きかかえてあやしています。
全くどっちが母親だかわからない有様ですが、それを身守るナオとアンジェの目元も真っ赤になっています
ナオは真っ先にしゃんとすると、シャルム商会の旦那さまを呼び出してもらいました。
これからどうするかを決めるには、ココとリムだけではなく、娘同様に育ててきたシャルムの意向も尊重しなければならないでしょう。
シャルムの旦那は、ココがプレシュス辺境伯に招かれたと思ったら、いきなり自分まで呼び出されたので、ココが何か失礼でもしたのかと戦々恐々としていました。
ところが館の最奥にあるプレシュス辺境伯夫人の私室に案内されてみれば、その応接の間には、仲良く手を取り合っているココと年かさの女性がにこやかに並んで座っているではありませんか。
シャルムの旦那は思わず大声で叫んでしましました。
「リムネットお嬢様。生きていらっしゃたのですね。どれだけ心配したと思っているのですか。お父さまがどれほどお嬢様を探し回ったことか! 一体今まで何をしていらしたのですか」
まさかいきなり叱られるとは思っていなかったらしいリムは、おろおろとするばかりです。
怒り狂うシャルムの旦那を宥めたのは、ほかならぬココでした。
「まぁ、まぁ父さん、そんなに怒ると身体に悪いわよ。それでなくてももう年なんですから」
ココは普段はシャルムの旦那を父さんと呼んでいるようです。
この2人の様子からも、シャルムの旦那がココを慈しんで育ててきたことが良くわかります。
「リムネットお嬢様。こうやってココの前に姿をあらわしたんだ。当然リハート男爵さまには連絡なさってますよね」
とどめを刺されたリムは、可哀そうなぐらいしょげ返りました。
壁外で、きっぷのいいばあさんだと言われていたのが、嘘のようです。
ここに来てようやくリムの家名がわかったナオが視線をあげると、すぐさま侍女が消えましたから、今頃はリハート男爵に急使が飛んでいるでしょう。
混沌としてしまったこの場をなんとかしようと、ナオが進み出ました。
「みなさん、色々積もるお話もおありでしょうから、どうぞ3人でゆっくりとお話ください。すぐにリハート男爵も駆けつけてこられますわ」
「ひとつだけ言っておけば、今やリムは私の大切な付き添い人ですし、ココには専属デザイナーになってもらいたいと思っています。ココが望むなら付添人としてリムの部屋の隣にココの部屋を用意しますからね」
あまりの厚遇に3人は驚いた顔で固まっていますが、ナオは3人を残して全員をさがらせました。
リハート男爵が訪れたら、3人の元に通すようにだけ言いつけて。
「はぁー」
自分のプライベートな部屋に入ると、ドスンとソファーに飛び込んで、ナオは大きなため息をつきました。
お行儀が悪いかもしれませんが、いくら何でもまさかの展開が多すぎます。
ナオはただ、デザイナーを呼び出しただけなのに、どうしてこんな大騒ぎになっているのでしょうか。
「ねぇ、ココの父親って、どう考えてもあの人だよねぇ」
ナオが呟けば、アンジェも嫌そうな声を出しました。
「間違いないんじゃないですか? あれでココの髪が金髪ならそっくりですもの」
お互いに固有名詞を出さないのは、触れてはならない存在だからです。
それにしたってリオが妊娠した年は、確か国を挙げての結婚式が行われていた年と重なります。
そう考えたら男爵令嬢が、かの貴公子と出会ったのは貴公子の婚約祝賀パーティでの出来事ではないでしょうか。
歴史年表とココが生まれた時に雪が降っていたという情報を重ね合わせれば、どう考えても自分の婚約パーティで愛人を見繕ったことになります。
それともさすがに結婚披露パーティでなかったことを喜ぶべきなのでしょうか?
ナオはいずれ王太子に嫁ぐことになっているリリーの顔を思い浮かべました。
リリーはこの醜聞を知ったらどう思うでしょうか。
このことを王妃さまはご存知なのでしょうか。
あの時代まだ王太子であったかの人は、もしかしたらリムを本気で愛したのでしょうか。
少なくとも2大公爵家の当主方は、王族に相応しくみえます。
なのになぜ、かの君はひどく幼い行動をとることが多いのでしよう?
そしてどうしてああもロビンを目の敵にするのでしょうか。
2大公爵家がロビンに全幅の信頼を置いていなければ、王家の屋台骨はとうに揺らいでいたはずです。
かの君の行動は、まるで自分を廃嫡しろと迫ってでもいるかのようです。
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