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先読みの巫女の災難
さすがに軍師ロビンと言うべきか、確かに先読みの巫女には異変が起きていました。
けれどそれはロビンが思っていたのとは、全く違う方向だったのです。
占星術師たちは通称『星巡りの塔』と呼ばれる占星術師の塔の中に、私室を与えられて生活しています。
結婚を機に街に部屋を借りる者がいない訳ではありませんが、占星術師は夜に仕事をして朝日が昇ると眠るという生活をしているので、塔で暮らすほうが便利なのでした。
占星術師になりたいと思う若者は『星巡りの塔』にやってくると、それぞれに師匠について学びながら一人前になっていきます。
そんな占星術師にとっては、9階に暮らすアイザック一族は特別な存在です。
占星術師の長は代々アイザック家が占有していて、誰もそれをおかしいとは思いません。
なぜならアイザック一族は古き王家に仕える一族であり、この一族から稀に『先読み』と言われる未来を視る力を持つ者が生まれるからです。
不思議と先読みの力を持つのは女児に限られているので、そのように未来視の力を持つ娘は先読みの巫女と呼ばれて大事に守護されてきました。
さやさやと風がカーテンを揺らせ、柔らかな朝日がちらちらとベッドの中にも侵入してきたので、ローズマリーは、ふわぁとあくびを洩らしながら起き上がりました。
先読みの巫女であるローズマリーは、夜はぐっすりと眠り朝日と共に目覚めるという一般の人にとっては当たり前でも、星巡りの塔の住人には異端な生活をしています。
それはローズマリーの先読みは、星々が天を彩る真夜中に夢という形で預言されるからでした。
だからローズマリーは朝食の席で長である父親に昨夜の夢見を報告したら、家人の安息を妨げないようにさっさと2階にある先読みの巫女の部屋に降りていくのが常なのです。
「おはよう、ローズマリー。昨夜は良く眠れたかな?」
「おはようございます。お父さま。ぐっすり眠って夢は見ませんでした」
「おはよう、ローズ。あまりふらふらと街を歩きまわらないでね。まぁ治安の良い街だけれども、ローズはおちょこちょいだから心配だわ」
「お母さまったら、心配性ねぇ。私はもう子供じゃないんですからね。昼間の間にしておくことはありますか?」
「そうねぇ。衛士のルッツのお母さまが具合が悪いそうだから、スープでも持ってお見舞いにいっておいてくれるかしら?」
「はい、お母さま。今年の冬は冷えましたからね。年よりには厳しかったのかもしれませね」
星巡りの塔の長は、いかにも大人ぶった返事をする娘を、愛おしそうに見つめました。
ローズマリーは、今年8歳になります。
真っすぐな亜麻色の髪がまだ幼さの残る顔を柔らかに縁取っていますし、そのブルーの瞳も穏やかです。
娘らしくしなやかな肢体を見ると、そろそろこの娘にも似合いの相手を探さなければならないなぁと思って、長は少し辛くなりました。
全くどうして子供というのは、親を置いて大きくなってしまうのでしょうか。
そんな両親におやすみのキスをすると、ローズマリーは、さっさと階段を駆け下りていきます。
3階が観光客用に星巡りのスライドショーを行う場所で、ここには土産物屋や簡易カフエだってあります。
1階から3階までは、街の人々がお勤めしている場所なんです。
だから4階から上のどこか重苦しく陰鬱な占星術師たちの住まいと違って、お日様の光を浴びる人々の世界は明るくて生き生きしていて、ローズマリーは階下に降りるとほっとするのでした。
ローズマリーは真っすぐに自分の部屋に飛び込んでいきました。
占星術師である両親の住む豪華な10階の住まいより、質素でも明るいこの部屋をローズマリーはとても気に入っているのです。
「おい! お前」
ローズマリーが私室の居間に飛び込むなり、男の声がローズマリーを呼びつけました。
じりじりと慎重にローズマリーは出口に向かって、下がっていきます。
どうやって不審者が入り込んだのかはわかりませんが、衛士が警備している星巡りの塔に侵入者がいるなんて、ただ事ではありません。
なんといってもローズマリーは先読みの巫女なのですから、警備は厳重なはずなのです。
「おい、ちょ、待てよ。冗談じゃねぁぞ。子供を襲う趣味なんてもってないからな」
子供と言われてカチンときてしまったローズマリーは、状況もわきまえずに言い返しました。
「ちょっと、私は今年8歳になるんですからね。もう立派なレディよ。子供扱いしないでよ」
「おい、おい。まじかよ。外人ってのは発育がいいねぇ。まさかそんなにガキだとは思わなかったな。これは頼るだけ無駄か。悪かったな嬢ちゃん。好きなとこに行っていいぞ」
とうとうローズマリーは怒りを爆発させました。
「冗談じゃないわ。なんで私が出て行かなきゃいけないのよ。此処は私の部屋ですからね。出て行くのはそっちでしょ。さっさと出て行きなさいよ」
するとどうでしょう。
ローズマリーのお気に入りの熊のぬいぐるみが、ひょこひょこと出てきたのです。
「いやぁ、すまない。此処って君の部屋なんだ。どうりで女くさいと思ってたんだよなぁ。オレだってこんなとこに来たかったわけじゃねぇんだ。気が付いたらいつの間にかここにいたんだ」
まさか、ぬいぐるみが喋った?
いや、いや、そんなまさか。
けれどもぬいぐるみはローズマリーのお気に入りの椅子によじ登ると、ちゃかりと座り込んでしまいました。
「まぁさぁ。話は長くなりそうだしな。オレも色々聞きたいこともあるしさ。立ち話もなんだから、チビ助も座っちゃどうかな」
「な、な、なんなのよ! いいこと。それは私の椅子だし、私はローズマリーってちゃんとした名前があるんですからね。こんどチビ助呼ばわりしたら、承知しないわよ」
「わかった、わかった。大声を出すな。キンキンする。オレは海斗。天堀海斗だ。カイトって呼んでくれ。これでも大人の男なんだよ。今年30歳になる。仕事はホテルマンをしている。コンシェジェっていってもわかんねぇか。まぁ客の要望に沿って手配なんかをする仕事だ」
「30歳っていったらとっくに引退して楽隠居してなきゃいけない年じゃない。カイトって可哀そうに。そんなお年寄りになってもまだ働いているのね」
ローズマリーがしみじみとした調子でそう言えば、熊は慌てた様子を見せました。
どうやら星の巡りがカイトの世界と違うと気づいたローズマリーは、この世界では24時間で1日。7日で1週間。
1週間が9回巡ると1月となり、12ヶ月で1年になると教えてあげました。
「そうすると1年は756日って訳か。およそこっちの2年がそっちの1年になる計算になるなぁ。わかった。悪かったな。どうやら星巡りの周期がおれのいた世界とは違うらしい。ローズマリーは立派なレディだったんだな。オレの年齢はその計算でいくと今年15歳ってことになるな」
ローズマリーは、ちょっとびっくりしました。
この熊が、あっさりと複雑な計算をしてしまったからです。
「熊さんって頭がいいのね。熊さんも人間なのね。なんで熊さんになったの。しかもぬいぐるみになんて」
そう言ったローズマリーは、こらえきれずにぷっと噴き出してしまいました。
きっとカイトにとっては、とっても大変な事態であるとは理解しているので、ひくひくと腹筋がつっていますが肩を震わせて爆笑を抑え込んでいます。
だってどうやらこの愛嬌ある熊のぬいぐるみの中身は、大人の男らしいのです。
そう考えたら、ついつい笑ってしまいそうになるのでした。
「おい、笑いごとじゃねぇんだぞ。ちぇ、仕方ねえか。箸が転んでもおかしい年頃だもんなぁ。けどもうちょっと親身になってくれ。せめてこの世界のことを詳しく教えてくれないか」
カイトはさすがに大人の男らしく少女をうまく宥めすかしながら、情報取集を測っています。
カイトが妙にテンションが上がったのは、この世界に魔法や魔術があると知った時でした。
ほとんど食い気味に、魔術や魔法について知りたがったのです。
そこでローズマリーは、魔術書や魔法書をごっそりとお父さまの書庫から持ってきて、カイトに渡してあげました。
どうやら本は読めるというので、くれぐれもこの塔の中で魔法の練習をしないようにとだけ言いつけて、お母さまに頼まれたスープを持って、ルッツのお母さまのお見舞いに行くことにします。
「おば様、お体の具合はいかがですか。スープを持ってきたの。今、召し上がりますか?温めますよ」
「まぁまぁ、ローズ。ありがとうね。今朝はもう食事を済ませたからね。おいて置いてくれればルッツがお昼に戻った時に一緒に頂くよ」
ルッツのお母さまは、少し調子を崩したものの、病気という程でもなかったので、ローズマリーは、安心して部屋に戻ってきました。
急いで戻ってきて本当に良かったのです。
今まさに、カイトが膨大な魔力を練り上げていたのですから。
「ダメ、カイト。暴発させてしまうわ」
ローズマリーは、大急ぎでカイトの周りに結界を張り巡らしました。
この魔力が洩れれば、下手をすれば先読みの巫女の暗殺者として殺されてしまうかも知れません。
どうやらカイトは無意識に魔力を練っていたらしく、ローズの声を聴いてすぐにゆっくりと魔力をキャンセルさせていきました。
「説明したじゃない。此処はあるいみ国家の重要拠点なのよ。しかもこう見えて私はそれなりに重要人物なの。その部屋でそんな膨大な魔力を練るなんて、敵だと思われたら瞬殺されるわよ」
涙目になってカイトに食って掛かるローズマリーを見て、カイトも自分のしでかしたことを理解できたのでしょう。
「すまない。ローズマリー。オレもそんなに魔力が強いなんて知らなかったんだ」
「ローズって呼んでくれていいよ。親しい人はみんなそう呼ぶから。お父さまだけは絶対にローズマリーって呼ぶけれどもね。お父さまは権威主義者なの」
それを聞いてカイトはクスクスと笑いました。
「それ、ローズ、わかって使ってるのかな? とりあえず魔法は使えるようだね。このぬいぐるみの手では魔方陣は描けそうにないし、極めるとしたら魔法一択になりそうだな」
「ところでローズ。先読みの姫なのにオレが来ることはわからなかったの?」
残念ながら先読みの巫女は、自分に関することは未来視出来ないのです。
カイトが別の場所にやってきたなら、きっとローズマリーは夢見をしたでしょうが、よりにもよってローズマリーのぬいぐるみに入り込んだので、ローズにはわからなかったのです。
「自分の未来が視えないなんて、けっこう不便な能力なんだね」
「違うと思うよ。自分の未来が視えるのが怖くて、無意識にそれを視ないようにしているんだと思うよ。だって自分の人生がどうなるかわかってしまうのって、怖くない?」
ローズの言い分を聞いてカイトもなるほどと思いました。
とりあえずぬいぐるみなのは大いに問題ですが、他の場所よりは随分マシな場所にやってきたようです。
ローズマリーもカイトもプレシュス家の血筋が、どれほど先読みの巫女に同調する力があるか全くわかっていませんでした。
ですから2人は、カイトの事は内緒にすることにしたのです。
人の精神を宿した魔力持ちのぬいぐるみなんて、厄介事の匂いしかしませんからね。
けれどそれはロビンが思っていたのとは、全く違う方向だったのです。
占星術師たちは通称『星巡りの塔』と呼ばれる占星術師の塔の中に、私室を与えられて生活しています。
結婚を機に街に部屋を借りる者がいない訳ではありませんが、占星術師は夜に仕事をして朝日が昇ると眠るという生活をしているので、塔で暮らすほうが便利なのでした。
占星術師になりたいと思う若者は『星巡りの塔』にやってくると、それぞれに師匠について学びながら一人前になっていきます。
そんな占星術師にとっては、9階に暮らすアイザック一族は特別な存在です。
占星術師の長は代々アイザック家が占有していて、誰もそれをおかしいとは思いません。
なぜならアイザック一族は古き王家に仕える一族であり、この一族から稀に『先読み』と言われる未来を視る力を持つ者が生まれるからです。
不思議と先読みの力を持つのは女児に限られているので、そのように未来視の力を持つ娘は先読みの巫女と呼ばれて大事に守護されてきました。
さやさやと風がカーテンを揺らせ、柔らかな朝日がちらちらとベッドの中にも侵入してきたので、ローズマリーは、ふわぁとあくびを洩らしながら起き上がりました。
先読みの巫女であるローズマリーは、夜はぐっすりと眠り朝日と共に目覚めるという一般の人にとっては当たり前でも、星巡りの塔の住人には異端な生活をしています。
それはローズマリーの先読みは、星々が天を彩る真夜中に夢という形で預言されるからでした。
だからローズマリーは朝食の席で長である父親に昨夜の夢見を報告したら、家人の安息を妨げないようにさっさと2階にある先読みの巫女の部屋に降りていくのが常なのです。
「おはよう、ローズマリー。昨夜は良く眠れたかな?」
「おはようございます。お父さま。ぐっすり眠って夢は見ませんでした」
「おはよう、ローズ。あまりふらふらと街を歩きまわらないでね。まぁ治安の良い街だけれども、ローズはおちょこちょいだから心配だわ」
「お母さまったら、心配性ねぇ。私はもう子供じゃないんですからね。昼間の間にしておくことはありますか?」
「そうねぇ。衛士のルッツのお母さまが具合が悪いそうだから、スープでも持ってお見舞いにいっておいてくれるかしら?」
「はい、お母さま。今年の冬は冷えましたからね。年よりには厳しかったのかもしれませね」
星巡りの塔の長は、いかにも大人ぶった返事をする娘を、愛おしそうに見つめました。
ローズマリーは、今年8歳になります。
真っすぐな亜麻色の髪がまだ幼さの残る顔を柔らかに縁取っていますし、そのブルーの瞳も穏やかです。
娘らしくしなやかな肢体を見ると、そろそろこの娘にも似合いの相手を探さなければならないなぁと思って、長は少し辛くなりました。
全くどうして子供というのは、親を置いて大きくなってしまうのでしょうか。
そんな両親におやすみのキスをすると、ローズマリーは、さっさと階段を駆け下りていきます。
3階が観光客用に星巡りのスライドショーを行う場所で、ここには土産物屋や簡易カフエだってあります。
1階から3階までは、街の人々がお勤めしている場所なんです。
だから4階から上のどこか重苦しく陰鬱な占星術師たちの住まいと違って、お日様の光を浴びる人々の世界は明るくて生き生きしていて、ローズマリーは階下に降りるとほっとするのでした。
ローズマリーは真っすぐに自分の部屋に飛び込んでいきました。
占星術師である両親の住む豪華な10階の住まいより、質素でも明るいこの部屋をローズマリーはとても気に入っているのです。
「おい! お前」
ローズマリーが私室の居間に飛び込むなり、男の声がローズマリーを呼びつけました。
じりじりと慎重にローズマリーは出口に向かって、下がっていきます。
どうやって不審者が入り込んだのかはわかりませんが、衛士が警備している星巡りの塔に侵入者がいるなんて、ただ事ではありません。
なんといってもローズマリーは先読みの巫女なのですから、警備は厳重なはずなのです。
「おい、ちょ、待てよ。冗談じゃねぁぞ。子供を襲う趣味なんてもってないからな」
子供と言われてカチンときてしまったローズマリーは、状況もわきまえずに言い返しました。
「ちょっと、私は今年8歳になるんですからね。もう立派なレディよ。子供扱いしないでよ」
「おい、おい。まじかよ。外人ってのは発育がいいねぇ。まさかそんなにガキだとは思わなかったな。これは頼るだけ無駄か。悪かったな嬢ちゃん。好きなとこに行っていいぞ」
とうとうローズマリーは怒りを爆発させました。
「冗談じゃないわ。なんで私が出て行かなきゃいけないのよ。此処は私の部屋ですからね。出て行くのはそっちでしょ。さっさと出て行きなさいよ」
するとどうでしょう。
ローズマリーのお気に入りの熊のぬいぐるみが、ひょこひょこと出てきたのです。
「いやぁ、すまない。此処って君の部屋なんだ。どうりで女くさいと思ってたんだよなぁ。オレだってこんなとこに来たかったわけじゃねぇんだ。気が付いたらいつの間にかここにいたんだ」
まさか、ぬいぐるみが喋った?
いや、いや、そんなまさか。
けれどもぬいぐるみはローズマリーのお気に入りの椅子によじ登ると、ちゃかりと座り込んでしまいました。
「まぁさぁ。話は長くなりそうだしな。オレも色々聞きたいこともあるしさ。立ち話もなんだから、チビ助も座っちゃどうかな」
「な、な、なんなのよ! いいこと。それは私の椅子だし、私はローズマリーってちゃんとした名前があるんですからね。こんどチビ助呼ばわりしたら、承知しないわよ」
「わかった、わかった。大声を出すな。キンキンする。オレは海斗。天堀海斗だ。カイトって呼んでくれ。これでも大人の男なんだよ。今年30歳になる。仕事はホテルマンをしている。コンシェジェっていってもわかんねぇか。まぁ客の要望に沿って手配なんかをする仕事だ」
「30歳っていったらとっくに引退して楽隠居してなきゃいけない年じゃない。カイトって可哀そうに。そんなお年寄りになってもまだ働いているのね」
ローズマリーがしみじみとした調子でそう言えば、熊は慌てた様子を見せました。
どうやら星の巡りがカイトの世界と違うと気づいたローズマリーは、この世界では24時間で1日。7日で1週間。
1週間が9回巡ると1月となり、12ヶ月で1年になると教えてあげました。
「そうすると1年は756日って訳か。およそこっちの2年がそっちの1年になる計算になるなぁ。わかった。悪かったな。どうやら星巡りの周期がおれのいた世界とは違うらしい。ローズマリーは立派なレディだったんだな。オレの年齢はその計算でいくと今年15歳ってことになるな」
ローズマリーは、ちょっとびっくりしました。
この熊が、あっさりと複雑な計算をしてしまったからです。
「熊さんって頭がいいのね。熊さんも人間なのね。なんで熊さんになったの。しかもぬいぐるみになんて」
そう言ったローズマリーは、こらえきれずにぷっと噴き出してしまいました。
きっとカイトにとっては、とっても大変な事態であるとは理解しているので、ひくひくと腹筋がつっていますが肩を震わせて爆笑を抑え込んでいます。
だってどうやらこの愛嬌ある熊のぬいぐるみの中身は、大人の男らしいのです。
そう考えたら、ついつい笑ってしまいそうになるのでした。
「おい、笑いごとじゃねぇんだぞ。ちぇ、仕方ねえか。箸が転んでもおかしい年頃だもんなぁ。けどもうちょっと親身になってくれ。せめてこの世界のことを詳しく教えてくれないか」
カイトはさすがに大人の男らしく少女をうまく宥めすかしながら、情報取集を測っています。
カイトが妙にテンションが上がったのは、この世界に魔法や魔術があると知った時でした。
ほとんど食い気味に、魔術や魔法について知りたがったのです。
そこでローズマリーは、魔術書や魔法書をごっそりとお父さまの書庫から持ってきて、カイトに渡してあげました。
どうやら本は読めるというので、くれぐれもこの塔の中で魔法の練習をしないようにとだけ言いつけて、お母さまに頼まれたスープを持って、ルッツのお母さまのお見舞いに行くことにします。
「おば様、お体の具合はいかがですか。スープを持ってきたの。今、召し上がりますか?温めますよ」
「まぁまぁ、ローズ。ありがとうね。今朝はもう食事を済ませたからね。おいて置いてくれればルッツがお昼に戻った時に一緒に頂くよ」
ルッツのお母さまは、少し調子を崩したものの、病気という程でもなかったので、ローズマリーは、安心して部屋に戻ってきました。
急いで戻ってきて本当に良かったのです。
今まさに、カイトが膨大な魔力を練り上げていたのですから。
「ダメ、カイト。暴発させてしまうわ」
ローズマリーは、大急ぎでカイトの周りに結界を張り巡らしました。
この魔力が洩れれば、下手をすれば先読みの巫女の暗殺者として殺されてしまうかも知れません。
どうやらカイトは無意識に魔力を練っていたらしく、ローズの声を聴いてすぐにゆっくりと魔力をキャンセルさせていきました。
「説明したじゃない。此処はあるいみ国家の重要拠点なのよ。しかもこう見えて私はそれなりに重要人物なの。その部屋でそんな膨大な魔力を練るなんて、敵だと思われたら瞬殺されるわよ」
涙目になってカイトに食って掛かるローズマリーを見て、カイトも自分のしでかしたことを理解できたのでしょう。
「すまない。ローズマリー。オレもそんなに魔力が強いなんて知らなかったんだ」
「ローズって呼んでくれていいよ。親しい人はみんなそう呼ぶから。お父さまだけは絶対にローズマリーって呼ぶけれどもね。お父さまは権威主義者なの」
それを聞いてカイトはクスクスと笑いました。
「それ、ローズ、わかって使ってるのかな? とりあえず魔法は使えるようだね。このぬいぐるみの手では魔方陣は描けそうにないし、極めるとしたら魔法一択になりそうだな」
「ところでローズ。先読みの姫なのにオレが来ることはわからなかったの?」
残念ながら先読みの巫女は、自分に関することは未来視出来ないのです。
カイトが別の場所にやってきたなら、きっとローズマリーは夢見をしたでしょうが、よりにもよってローズマリーのぬいぐるみに入り込んだので、ローズにはわからなかったのです。
「自分の未来が視えないなんて、けっこう不便な能力なんだね」
「違うと思うよ。自分の未来が視えるのが怖くて、無意識にそれを視ないようにしているんだと思うよ。だって自分の人生がどうなるかわかってしまうのって、怖くない?」
ローズの言い分を聞いてカイトもなるほどと思いました。
とりあえずぬいぐるみなのは大いに問題ですが、他の場所よりは随分マシな場所にやってきたようです。
ローズマリーもカイトもプレシュス家の血筋が、どれほど先読みの巫女に同調する力があるか全くわかっていませんでした。
ですから2人は、カイトの事は内緒にすることにしたのです。
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