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カイト救出
ローズマリーは正式にお父さまであるアイザック卿に呼び出されました。
先読みの巫女として正式に呼び出されるなんて、いったいどうしたのだろう。
ローズマリーは、ざわめく気持ちを抑えながら、急ぎ星読みの儀式の間に向かいました。
部屋に入ると厳しい表情をしたお父さまと、不安げなお母さま、そして優しそうな表情でローズマリーを迎えるナオの姿があります。
「ローズマリー。プレシュス辺境伯の命により、お前はしばらく王都でカイトの監視役の任につくことになった。今すぐにナオさまと共に、王都に転移するように、とのご命令だ」
「かしこまりました。ご命令に従います。けれどもいったいどうしたと言うのですか?なぜこんなに急いでいらっしゃるのでしょうか?」
さすがにローズマリーもアイザック家の娘として、命があれば従う準備は出来ていますが、先読みの巫女が薔薇の街を出るのは初めてのことです。
理由を知りたいと思うのは当然でしょう。
「それについては、私から説明いたします。その前にローズマリーさまにひとつだけ質問があります。本当にあなたはカイトの出現を予見できなかったのでしょうか?」
その質問には重大な意味が含まれます。
さすがにアイザック卿が動揺のあまり口を挟もうとしたのですが、それを抑えるようにしてローズマリーが返答しました。
「私は全く予見した覚えはございません。しかしカイトに出会った時に、私はこうなることを知っていたような不思議な気持ちになりました。もし視たとしても、私は全く覚えておりません」
ナオは心配顔のアイザック夫妻を安心させるように言いました。
「そうですか。きっとそうではないかと思っておりました。今回ローズマリーを王都にお呼びしたのは、カイトの魔力暴走を防ぐことができるのが、おそらくローズマリーだけだと考えられるからです。カイトは魔法暴走の危険にさらされていて、しかも暴走すれば王都全体が吹っ飛ぶことになります。この薔薇の街も例外ではありません」
恐ろしい事をいともあっさりと言ってのけられて、その場の人々は驚きのあまり固まってしまいました。
「けれども、そんな事にはなりませんわ。ローズはきっとカイトを守って下さるでしょう。さぁ、ローズ。私の手を取って下さい。時間がありません。すぐに転移します」
「はい、ナオ。お父さま、お母さま。行ってまいります」
いとも爽やかな声を残してローズはナオと共に、消えてしまいました。
魔術師の塔では、セディが熱弁を振るっていました。
「いいかい。私は絶対にこの週末にロッテと結婚式を挙げる。もう十二分に待ったんだ。延期は認めない。だからいいか。今日中にカイトの肉体をここに召喚する」
「待てよ、オレの精神を肉体に飛ばすって方法はないのか? 肉体がこっちに来ちまったら、オレはもとの世界に戻れないんじゃないのか?」
カイトが、慌ててセディに質問しました。
いきなりこの世界に肉体を召喚するなんて、あんまりな発想です。
少しは元の世界に戻すことも考えたらどうだ! と、カイトは心の中で毒づいています。
「カイト。言っとくが向うの世界には、天才魔術師である私はいないんだ。だから熊の身体からカイトの精神を抜き出して、肉体のある場所に転移させることはできる。転移が終わればカイトの世界との接触は切断される」
「さてそこで質問なんだが、元の世界に戻った精神はどうやって肉体に戻るんだ? 戻れるならその方法の方が、こっちとしては面倒なことにならなくて有難いぐらいだ」
そう言われてカイトはぐっと言葉につまりました。
魂と肉体が分離した場合、魂がどうやって身体に戻るのか? その方法はカイトにもわかりません。
肉体の側まで行けば、無事に戻れる気もしますが、戻れなければ今度は本当に死んでしまうでしょう。
その時、部屋にローズマリーとナオがやってきました。
「カイト!」
ローズマリ―は、熊のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめると、何度も何度も同じ言葉を繰り返しています。
「カイト。大丈夫よ。私がカイトを守ってあげるからね。絶対にカイトを暴発させたりしないから安心してね」
ぎゅうぎゅうと抱きつきながら、必死になってカイトを守ろうとする少女の姿を見て、カイトは覚悟を決めました。
「セディ、うるさい事を言ってすまなかった。オレの肉体を召喚してくれ」
その側では、ナオとロッテがお互いの手をしっかりと握りしめて、ローズを結界で覆ってしまいました。
ナオとロッテが繋ぎ合わせた両手から、菫色の衣がふぁふわとあらわれて、ローズに覆いかぶさると、ローズの身体は菫色の衣を纏い、ふんわりと空中に浮かんだのです。
やがてローズはゆっくりと地面に降りたちましたが、その身体には幾重もの薄紫の衣がまとわりついています。
「ローズマリー。私たちと同じ部屋にいる限りその防御結界の衣があなたを守ります。私たちのマナがずっとその衣に魔力を送っているからなの。だからローズは私たちから離れないでね」
ロッテはローズの目をしっかりと見つめて約束を迫り、ローズはしっかりと頷くことで誓いをたてました。
セディは真剣な顔になると、部屋の中央に複雑な魔方陣を描き始めました。
魔方陣を描く間中セディは複雑な呪文を詠唱し、その手が魔方陣を描き出すたびにごっそりとセディの身体から魔力が抜け落ちていきます。
「セディ」
ロッテはそんなセディを苦し気な表情で見つめていました。
カイトはやっと理解しました。
カイトを救う為だけに、彼等は命をかけてくれているのです。
カイトが読んだ魔法書には、どの本にも繰り返し魔法枯渇の危険性が書いてありました。
魔力切れを起こしたら、命を落としたり魔力を失くしたりする危険があるのです。
なのにカイトが見る限り、セディ、ナオ、ロッテの身体からは大量の魔力が放出され続けています。
カイトの肉体を無事にこの場所に召喚するために、カイトの暴走を防ぐためだけに、彼等は命をかけてくれているのです。
「がんばってくれ。すまない。がんばってくれ」
カイトはただうわ言のようにそう繰り返していました。
「よし、カイト。後はお前次第だ。この魔方陣にお前の魔力を注いでくれ。魔力が陣を満たせば、魔方陣は完成し、カイトの肉体が召喚される」
セディの言葉をきいたカイトは、魔力を練り上げると、ひたすらに魔方陣へと魔力を注ぎこみました。
青い光が魔方陣を満たすと、魔方陣が青い光を放ち始めます。
やがて陣の中央に、ひとりの男が現れました。
「成功だ。カイト。魔力を切れ」
ところがカイトはそれでも魔方陣に魔力を流し続け、中の肉体は苦し気に痙攣をはじめました。
魔方陣の魔力はいまにもあふれ出しそうです。
「カイト。カイト。大丈夫よ。カイト、カイト。私を見て。魔力を制御するのよ。暴走させないで。カイト、カイト。大丈夫よ。ほら、もう終わったのよ」
カイトの身体をローズマリーが、柔らかく包こみました。
カイトはふらつく身体を、ゆっくりとおこしてローズをみつめました。
ローズの顔は、カイトの胸の高さしかありませんでした。
「ちっこいなぁ、ローズは。そんなにちっこい身体のくせに、無理すんじゃねえぞ。ほら、オレはもう大丈夫だ」
カイトがローズを抱きしめると、なぜだかローズの顔は首筋まで真っ赤に染まっていました。
「へっ。ローズ。お前なに真っ赤になってるんだよ」
そう言ってカイトはようやく自分の身体が熊から人間へと変わってしまったことに気がつきました。
「そりゃ、奥手の巫女姫さまには、いきなりの抱擁はハードルが高いだろうよ。まぁなんだな。婚約おめでとう。アイザック卿は、うんざりするぐらい伝統を重んじる御仁だ。これから大変だとは思うが、がんばれ。魔法塔に就職できるように口ききぐらいはしてやるからさ」
セディが爽やかな顔をして、カイトにそう声をかけました。
これで週末の結婚式は予定通りに行えます。
セディにとってはそれが最も大事なことでした。
「ローズ。お疲れ様。助かったわ。とりあえず薔薇の街に送っていくわね。しかしまさかこんなにはっきりと番の証が現れると他人事ながら、恥ずかしくなるわねぇ」
ナオがそう言うと、恥ずかしさでまだ真っ赤になっているローズを連れて、消えてしまいました。
「ちょっと待て。一体なにがどうしたんだよ。あんたたちは一体何を言っているだ。さっぱりわからねぇ。ちゃんと説明してくれよ」
そんなカイトにロッテは黙って大鏡を指さしました。
大鏡に写っているのは、細マッチョと言っても良いぐらいに均整のとれた白人の青年で、亜麻色の髪に青い瞳をしています。
へっとカイトが怪訝な顔で鏡を覗き込むと、同じように青年も怪訝な顔をしてカイトを覗き込んでいます。
まさかとカイトが顔に手をやれば、鏡の中の青年も顔に手をやっています。
「うぇえーー。どうしたんだ。オレの身体はどこにいったんだ。これはいったい誰の身体なんだ!」
カイトが悲鳴をあげると、ロッテがうんざりとした声でいいました。
「失礼な。天才魔術師のセディが、肉体を間違う訳ないでしょうが。教えたでしょう? 私たち異界渡りの人間は番と心が通じると、その色に染まるって。まぁ番が無事に見つかってよかったわね。でも番だからって簡単に落ちると思わないことね。ことにアイザック卿は堅物だから、就職は早く決めた方がいいわよ」
「おい、おい。まさか。嘘だろう」
混乱するカイトにセディが助け船を出してくれました。
「まぁ、ともかく戸籍と仕事場は用意してやるから一緒にこい。住処は薔薇の街で探すんだな。先読みの巫女は薔薇の街かから離れられないからな。さっさと手続きしようぜ。急がないと薔薇の街に住居を見つけられなくなってしまうからな。さすがに野宿は辛いと思うぞ」
ぬいぐるみでなくなったカイトは、確かにもはやローズマリーの部屋に入り込むことなんてできません。
けれどもあの厳しそうなアイザック卿が支配する薔薇の街で、カイトに部屋を貸してくれる人がいるでしょうか?
「あの、セディさん。ものは相談ですが、今夜泊めてくれたりはしませんかね。それと給料の前借ってできるんでしょうか?」
肉体を取り戻したカイトは、すぐさま社会人スキルを発揮して、せっせとセディにお願いを初めていました。
おかしい。
異世界転移って、オレさま最強! とか美少女ハーレムを楽しむってイメージだったのに、オレってば、すでに将来のお義父さま候補にすっかりビビッてしまっているじゃないか?
ぬいぐるみ転生からの、哀しき婿候補となったカイトは、話が違うんじゃないかと凹んでしまいました。
そこにナオが戻ってくると、1本の鍵をカイトに渡しました。
「アイザック卿が娘婿候補に渡してくれって。占星術師の塔の3階にある小部屋を貸してくれるそうよ」
カイトは少なくとも野宿は免れましたが、夜は占星術師の塔に戻ることが決定事項になっており、しかも婿候補という言葉にもなんだか嫌な気配がします。
複雑な顔をしていたのでしょう。
「カイト。少なくともカイトの命が助かったのは、ローズマリーのおかげだと思うよ。それに無意識とはいえ、カイトがローズマリーの色に染まったのは、きっとカイトだってローズを大事に思っているからだと思うの。私は急いで結婚してしまったけれど、カイトはこの世界にゆっくりとなじみながら、自分の人生を決めればいいんじゃないかな」
カイトは自分よりずっと年下の娘にそう言われて、恥ずかしく思いました。
ナオもロッテも女の身で異世界に落とされて、それでも自分の役割をしっかりと果たしているのです。
カイトだって、これからがんばっていくしかないではありませんか。
その時カイトの耳に、ナオの悪戯っぽい声が届きました。
「ローズマリーとは、ゆっくりと進めてあげてね。がっついちゃだめよ」
「誰があんな小娘にがっつくかよ!」
カイトの怒鳴り声は虚しく響きました。
ナオはとっくに転移していたからです。
先読みの巫女として正式に呼び出されるなんて、いったいどうしたのだろう。
ローズマリーは、ざわめく気持ちを抑えながら、急ぎ星読みの儀式の間に向かいました。
部屋に入ると厳しい表情をしたお父さまと、不安げなお母さま、そして優しそうな表情でローズマリーを迎えるナオの姿があります。
「ローズマリー。プレシュス辺境伯の命により、お前はしばらく王都でカイトの監視役の任につくことになった。今すぐにナオさまと共に、王都に転移するように、とのご命令だ」
「かしこまりました。ご命令に従います。けれどもいったいどうしたと言うのですか?なぜこんなに急いでいらっしゃるのでしょうか?」
さすがにローズマリーもアイザック家の娘として、命があれば従う準備は出来ていますが、先読みの巫女が薔薇の街を出るのは初めてのことです。
理由を知りたいと思うのは当然でしょう。
「それについては、私から説明いたします。その前にローズマリーさまにひとつだけ質問があります。本当にあなたはカイトの出現を予見できなかったのでしょうか?」
その質問には重大な意味が含まれます。
さすがにアイザック卿が動揺のあまり口を挟もうとしたのですが、それを抑えるようにしてローズマリーが返答しました。
「私は全く予見した覚えはございません。しかしカイトに出会った時に、私はこうなることを知っていたような不思議な気持ちになりました。もし視たとしても、私は全く覚えておりません」
ナオは心配顔のアイザック夫妻を安心させるように言いました。
「そうですか。きっとそうではないかと思っておりました。今回ローズマリーを王都にお呼びしたのは、カイトの魔力暴走を防ぐことができるのが、おそらくローズマリーだけだと考えられるからです。カイトは魔法暴走の危険にさらされていて、しかも暴走すれば王都全体が吹っ飛ぶことになります。この薔薇の街も例外ではありません」
恐ろしい事をいともあっさりと言ってのけられて、その場の人々は驚きのあまり固まってしまいました。
「けれども、そんな事にはなりませんわ。ローズはきっとカイトを守って下さるでしょう。さぁ、ローズ。私の手を取って下さい。時間がありません。すぐに転移します」
「はい、ナオ。お父さま、お母さま。行ってまいります」
いとも爽やかな声を残してローズはナオと共に、消えてしまいました。
魔術師の塔では、セディが熱弁を振るっていました。
「いいかい。私は絶対にこの週末にロッテと結婚式を挙げる。もう十二分に待ったんだ。延期は認めない。だからいいか。今日中にカイトの肉体をここに召喚する」
「待てよ、オレの精神を肉体に飛ばすって方法はないのか? 肉体がこっちに来ちまったら、オレはもとの世界に戻れないんじゃないのか?」
カイトが、慌ててセディに質問しました。
いきなりこの世界に肉体を召喚するなんて、あんまりな発想です。
少しは元の世界に戻すことも考えたらどうだ! と、カイトは心の中で毒づいています。
「カイト。言っとくが向うの世界には、天才魔術師である私はいないんだ。だから熊の身体からカイトの精神を抜き出して、肉体のある場所に転移させることはできる。転移が終わればカイトの世界との接触は切断される」
「さてそこで質問なんだが、元の世界に戻った精神はどうやって肉体に戻るんだ? 戻れるならその方法の方が、こっちとしては面倒なことにならなくて有難いぐらいだ」
そう言われてカイトはぐっと言葉につまりました。
魂と肉体が分離した場合、魂がどうやって身体に戻るのか? その方法はカイトにもわかりません。
肉体の側まで行けば、無事に戻れる気もしますが、戻れなければ今度は本当に死んでしまうでしょう。
その時、部屋にローズマリーとナオがやってきました。
「カイト!」
ローズマリ―は、熊のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめると、何度も何度も同じ言葉を繰り返しています。
「カイト。大丈夫よ。私がカイトを守ってあげるからね。絶対にカイトを暴発させたりしないから安心してね」
ぎゅうぎゅうと抱きつきながら、必死になってカイトを守ろうとする少女の姿を見て、カイトは覚悟を決めました。
「セディ、うるさい事を言ってすまなかった。オレの肉体を召喚してくれ」
その側では、ナオとロッテがお互いの手をしっかりと握りしめて、ローズを結界で覆ってしまいました。
ナオとロッテが繋ぎ合わせた両手から、菫色の衣がふぁふわとあらわれて、ローズに覆いかぶさると、ローズの身体は菫色の衣を纏い、ふんわりと空中に浮かんだのです。
やがてローズはゆっくりと地面に降りたちましたが、その身体には幾重もの薄紫の衣がまとわりついています。
「ローズマリー。私たちと同じ部屋にいる限りその防御結界の衣があなたを守ります。私たちのマナがずっとその衣に魔力を送っているからなの。だからローズは私たちから離れないでね」
ロッテはローズの目をしっかりと見つめて約束を迫り、ローズはしっかりと頷くことで誓いをたてました。
セディは真剣な顔になると、部屋の中央に複雑な魔方陣を描き始めました。
魔方陣を描く間中セディは複雑な呪文を詠唱し、その手が魔方陣を描き出すたびにごっそりとセディの身体から魔力が抜け落ちていきます。
「セディ」
ロッテはそんなセディを苦し気な表情で見つめていました。
カイトはやっと理解しました。
カイトを救う為だけに、彼等は命をかけてくれているのです。
カイトが読んだ魔法書には、どの本にも繰り返し魔法枯渇の危険性が書いてありました。
魔力切れを起こしたら、命を落としたり魔力を失くしたりする危険があるのです。
なのにカイトが見る限り、セディ、ナオ、ロッテの身体からは大量の魔力が放出され続けています。
カイトの肉体を無事にこの場所に召喚するために、カイトの暴走を防ぐためだけに、彼等は命をかけてくれているのです。
「がんばってくれ。すまない。がんばってくれ」
カイトはただうわ言のようにそう繰り返していました。
「よし、カイト。後はお前次第だ。この魔方陣にお前の魔力を注いでくれ。魔力が陣を満たせば、魔方陣は完成し、カイトの肉体が召喚される」
セディの言葉をきいたカイトは、魔力を練り上げると、ひたすらに魔方陣へと魔力を注ぎこみました。
青い光が魔方陣を満たすと、魔方陣が青い光を放ち始めます。
やがて陣の中央に、ひとりの男が現れました。
「成功だ。カイト。魔力を切れ」
ところがカイトはそれでも魔方陣に魔力を流し続け、中の肉体は苦し気に痙攣をはじめました。
魔方陣の魔力はいまにもあふれ出しそうです。
「カイト。カイト。大丈夫よ。カイト、カイト。私を見て。魔力を制御するのよ。暴走させないで。カイト、カイト。大丈夫よ。ほら、もう終わったのよ」
カイトの身体をローズマリーが、柔らかく包こみました。
カイトはふらつく身体を、ゆっくりとおこしてローズをみつめました。
ローズの顔は、カイトの胸の高さしかありませんでした。
「ちっこいなぁ、ローズは。そんなにちっこい身体のくせに、無理すんじゃねえぞ。ほら、オレはもう大丈夫だ」
カイトがローズを抱きしめると、なぜだかローズの顔は首筋まで真っ赤に染まっていました。
「へっ。ローズ。お前なに真っ赤になってるんだよ」
そう言ってカイトはようやく自分の身体が熊から人間へと変わってしまったことに気がつきました。
「そりゃ、奥手の巫女姫さまには、いきなりの抱擁はハードルが高いだろうよ。まぁなんだな。婚約おめでとう。アイザック卿は、うんざりするぐらい伝統を重んじる御仁だ。これから大変だとは思うが、がんばれ。魔法塔に就職できるように口ききぐらいはしてやるからさ」
セディが爽やかな顔をして、カイトにそう声をかけました。
これで週末の結婚式は予定通りに行えます。
セディにとってはそれが最も大事なことでした。
「ローズ。お疲れ様。助かったわ。とりあえず薔薇の街に送っていくわね。しかしまさかこんなにはっきりと番の証が現れると他人事ながら、恥ずかしくなるわねぇ」
ナオがそう言うと、恥ずかしさでまだ真っ赤になっているローズを連れて、消えてしまいました。
「ちょっと待て。一体なにがどうしたんだよ。あんたたちは一体何を言っているだ。さっぱりわからねぇ。ちゃんと説明してくれよ」
そんなカイトにロッテは黙って大鏡を指さしました。
大鏡に写っているのは、細マッチョと言っても良いぐらいに均整のとれた白人の青年で、亜麻色の髪に青い瞳をしています。
へっとカイトが怪訝な顔で鏡を覗き込むと、同じように青年も怪訝な顔をしてカイトを覗き込んでいます。
まさかとカイトが顔に手をやれば、鏡の中の青年も顔に手をやっています。
「うぇえーー。どうしたんだ。オレの身体はどこにいったんだ。これはいったい誰の身体なんだ!」
カイトが悲鳴をあげると、ロッテがうんざりとした声でいいました。
「失礼な。天才魔術師のセディが、肉体を間違う訳ないでしょうが。教えたでしょう? 私たち異界渡りの人間は番と心が通じると、その色に染まるって。まぁ番が無事に見つかってよかったわね。でも番だからって簡単に落ちると思わないことね。ことにアイザック卿は堅物だから、就職は早く決めた方がいいわよ」
「おい、おい。まさか。嘘だろう」
混乱するカイトにセディが助け船を出してくれました。
「まぁ、ともかく戸籍と仕事場は用意してやるから一緒にこい。住処は薔薇の街で探すんだな。先読みの巫女は薔薇の街かから離れられないからな。さっさと手続きしようぜ。急がないと薔薇の街に住居を見つけられなくなってしまうからな。さすがに野宿は辛いと思うぞ」
ぬいぐるみでなくなったカイトは、確かにもはやローズマリーの部屋に入り込むことなんてできません。
けれどもあの厳しそうなアイザック卿が支配する薔薇の街で、カイトに部屋を貸してくれる人がいるでしょうか?
「あの、セディさん。ものは相談ですが、今夜泊めてくれたりはしませんかね。それと給料の前借ってできるんでしょうか?」
肉体を取り戻したカイトは、すぐさま社会人スキルを発揮して、せっせとセディにお願いを初めていました。
おかしい。
異世界転移って、オレさま最強! とか美少女ハーレムを楽しむってイメージだったのに、オレってば、すでに将来のお義父さま候補にすっかりビビッてしまっているじゃないか?
ぬいぐるみ転生からの、哀しき婿候補となったカイトは、話が違うんじゃないかと凹んでしまいました。
そこにナオが戻ってくると、1本の鍵をカイトに渡しました。
「アイザック卿が娘婿候補に渡してくれって。占星術師の塔の3階にある小部屋を貸してくれるそうよ」
カイトは少なくとも野宿は免れましたが、夜は占星術師の塔に戻ることが決定事項になっており、しかも婿候補という言葉にもなんだか嫌な気配がします。
複雑な顔をしていたのでしょう。
「カイト。少なくともカイトの命が助かったのは、ローズマリーのおかげだと思うよ。それに無意識とはいえ、カイトがローズマリーの色に染まったのは、きっとカイトだってローズを大事に思っているからだと思うの。私は急いで結婚してしまったけれど、カイトはこの世界にゆっくりとなじみながら、自分の人生を決めればいいんじゃないかな」
カイトは自分よりずっと年下の娘にそう言われて、恥ずかしく思いました。
ナオもロッテも女の身で異世界に落とされて、それでも自分の役割をしっかりと果たしているのです。
カイトだって、これからがんばっていくしかないではありませんか。
その時カイトの耳に、ナオの悪戯っぽい声が届きました。
「ローズマリーとは、ゆっくりと進めてあげてね。がっついちゃだめよ」
「誰があんな小娘にがっつくかよ!」
カイトの怒鳴り声は虚しく響きました。
ナオはとっくに転移していたからです。
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※小説家になろうにも掲載中です。