36 / 38
ロッテの結婚式
ナオが大急ぎで転移したのはロビンに会うためでした。
「アンジェ、旦那様はどこかしら?」
「応接の間にいらっしゃいますよ。先ほど少し冷えてきたので応接の間の暖炉に、火をいれるように頼まれましたからね。春とは言っても時々はこうして寒い日がありますね」
「ありがとうアンジェ。お茶を応接の間に届けて頂戴」
ナオが応接の間に入ろうとしたとき、影の消える気配がしましたから、やはりロビンは今も仕事をしていたようです。
「ロビン、ただいま帰りました。カイトは無事に身体を取り戻して、先読みの巫女の番である証があらわれました。我儘を聞いて下さってありがとう。まだお仕事ですの?」
ロビンはナオを暖炉の前に誘って自分の隣に座らせました。
ナオはロビンの肩に自分の頭を預けると、気持ちよさそうなのんびりとした顔になって甘えています。
「仕方のない姫君だな。さっきは爪を研いでいたというのに、いまはゴロゴロと咽喉をならして甘えてくる。まったく猫みたいなやつだ」
ナオはロビンの逞しい腕にそっと手を添えて、上目遣いにロビンを見上げました。
「猫はお嫌い?」
「いいや。特にこの猫は大好きだよ。食べちゃいたいぐらいにね」
ロビンはナオを膝の上に抱きかかえて、そのかおりを楽しむようにしっかりとナオを抱きしめます。
ナオは食べられてはたまらないとばかりに、話を続けました。
「旦那様。すぐにお茶がまいりますわ。アンジェのことですから軽食も見繕ってくれているでしょう。私たち、お昼も食べ損ねてしまいましたもの」
「そうやって、すぐに逃げだそうとするのも愛らしいけれどね。確かに何か食べたほうがいいだろう。特にナオは随分と魔力を使ったみたいだからね」
ロビンはナオの顔に疲労の色を見て取っていたのでした。
ロビンが管理してやらないと、ナオはすぐに無理をしてしまいます。
セディも同じような悩みを訴えていましたから、頑張り屋で我慢強いというのは、異世界人の特徴なのかもしれません。
ロビンとナオがたわいもないことでいちゃついているところに、アンジェがメイドを引き連れて入ってきました。
「旦那さま、軽食の用意が整っております。こちらにご用意してよろしいですか」
ロビンの了解をえると、アンジェは手早く食事の用意を整えてしまいます。
そうしてロビンが人払いをしたので、アンジェはまたぞろぞろとメイドたちを引き連れて、部屋を出てしまいました。
その時にはもうナオは、しっかりと用意された食事をチェックしています。
「ロビン。焼き立てのパイがあるわ。この匂いはロビンの好きなミートパイね。冷めないうちに召しあがって下さいね」
かいがいしくロビンの好きなものばかりを取り分けるナオを見て、まだ結婚して数ヶ月しかたたないのに、娘から確かに妻として成長したのだなぁと思って、ロビンはナオの成長に目を細めています。
「ところで、ナオ。聞きたいことがあるのだろう? カイトに術をかけた奴らは、この国を逃げ出してしまったようだ。悪魔教というのは全世界に拠点を持っているからね。監視はつけているがこちらとしてはそれ以上動くことはできないよ」
それはそうでしょう。
ロビンはシルフィードベル王国の辺境伯ではあっても、他国に逃げ込んだ罪人を追いかける法的根拠がありません。
「ずいぶん多くの子供たちが殺されたというのに、酷いことですわね。どうにもならないのかしら?」
「その子たちはシルフィードベル王国の正式な国民ではないんだよ。国として弾劾することもできない。悪魔教の奴らはいつも戸籍を持たない寄る辺ない者たちを生贄にしているからなぁ」
やはり壁外の子供たちであったかと、ナオは悔しく思いました。
なんとかシルフィードベル王国だけでも、壁外の人を全員保護したいと思うのですが、それをすれば世界中から難民が集まってしまうでしょう。
全世界の人々を救う力を持たない以上、シルフィードベル王国としては、まず第一に守るべきは自国民と領土なのです。
「ロビン、壁外に就労支援センターのようなものを作ることはできませんか? 『お話の学び舎』の識字グループでは壁外で子供たちに読み書きを教えているのですけれど、その先に就労に役立つ勉強ができれば壁外の人を正規に雇う人も増えるんじゃないでしょうか?」
ロビンは苦笑いをすると、ナオの額にキスをして、あやすように言いました。
「お姫さまはずいぶん働き者だな。けどカイトのことに熱中して忘れてはいないかな。明後日はロッテの結婚式なんだよ。君、ロッテの結婚式ではブライズメイドをするんだろう?」
「そうよ。メイド・オブ・オナーはディなんだけど、識字グループメンバーは全員ブライズメイドに選ばれたの。アッシャーはアンバーとディマの2人よ。ブライズメイドはロッテの瞳と同じ菫色のドレスを纏うことになっているんだけど……」
「あぁ、ロビン、すっかり忘れていたわ。明日は朝から、ディに呼び出しを受けていたのよ。リハーサルをするって言っていたわ。結婚式の時には私たちは花嫁を出迎えなきゃいけないもの」
ナオの小さな頭の中が、すっかりロッテの結婚式のことでいっぱいになってしまったのを確認して、ロビンはうっそりと笑いました。
先読みの巫女に手を延ばされて、ロビンが大人しくしている訳がありません。
しかし陰惨な争い事なんか、ナオが知る必要のないことです。
今夜には、奴らは決して手を出してはいけない者に手をだした報いを受けることになります。
それにセディからの報告によると、カイトの魔法能力はかなり高いようです。
魔力が少なくてもその制御力が細やかであれば、膨大な魔力を持つ者を翻弄することができます。
カイトの魔力量が多いのはわかっていましたから、あとは能力の問題だったのですが、その点も問題なく使えるようです。
これならすぐにも魔法塔の責任者に抜擢できるだろう。
ロビンは大いに満足でした。
なぜなら魔法塔の現在の筆頭魔法使いは、自分よりも才能のある若者を見つけると潰してしまう悪癖を持っています
天才魔術師セディの率いる魔術師塔では、能力ある若者たちが健やかに育っているというのに、魔法師塔は凡庸な人間しかいません。
カイトの能力なら、きっと筆頭魔法師はカイトを潰しにかかるでしょうが、あのカイトがむざむざ潰されるとは思えません。
1年以内に筆頭魔法師はカイトになるでしょう。
そうなれば沈黙していた魔法師塔も息を吹き返すことになります。
皮肉なことに悪魔教も役に立った部分もあるのでした。
終わりよければすべてよし。
ロビンは上機嫌になって、ナオを愛でています。
ナオはと言えば、キスの雨を降らされて、何にも考えられなくなっているのでした。
クレメンタイン公爵家の次男坊の結婚式は、アンバー公子ほどではなくても豪勢なものでした。
ロビンは花嫁に先だって式場に入場し、可憐に花嫁を迎えるブライズメイドのナオの姿を大いに堪能しています。
青紫のロングドレスに身を包んだ識字グループと、花婿の友人代表を務める凛々しいアッシャーたちと花婿であるセディが待ち受ける中、シンクレイヤ侯爵に付き添われて、ロッテが静々と大聖堂に敷かれた真っ赤な絨毯を歩いてきます。
目を引くのは、恐ろしく長いベールで、ベールには細かく砕かれた魔石が縫い留められてキラキラと光っています。
花嫁に目をむけると、オーソドックスなプリンセスラインの純白の花嫁衣装が、ほっそりとした美しい肢体と青銀の髪をより一層神秘的に美しく見せています。
厳かに結婚の誓いを交わした2人は、大聖堂からクレメンタイン公爵家までの短い区間を、ぐるりと馬車で遠回りすることになっています。
美しい花嫁と英雄セディを乗せた馬車は、王都の人々を熱狂させるでしょう。
その間に結婚式に参列した人々は、クレメンタイン公爵家に移動して、幸せな花嫁と花婿を迎える用意をします。
ブライズメイドの衣装から、もっとずっと優し気なガウンに着替えたナオがロビンの元に戻ってきました。
「お役目はもう終わりなのかな? 奥様」
「いいえ、旦那様のお役目はこれからですのよ。ダンスに誘って下さらないの?」
ナオはダンスが大好きなのです。
館にいる時には、ヒップホップダンスという珍妙なダンスを踊って使用人を驚かしたので、アンジェに私室以外でヒップホップダンスを踊ることは禁止されてしまいました。
ナオは社交ダンスも大好きで、特にアップテンポの曲になるとナオ程のダンスの名手は、シルフィードベル王国でもめったにお目にかからないでしょう。
ロビンは笑い出したいのを堪えて大仰な礼をすると、ナオをエスコートしてダンスの輪に入っていきました。
踊ることを第一に考えてデザインしたらしいナオのドレスの裾が、ナオがくるくると踊るたびにふわりと風をはらんで美しく舞っていきます。
たっぷりとダンスを堪能したナオは上機嫌でロビンに飲み物をねだりました。
ロビンはバルコニーまでナオを連れ出すと、椅子にナオを坐らせて飲み物を探しにパーティ会場に戻っていきます。
セディが結婚式を満月の日にあわせたので、バルコニーには煌々とした月明りが降り注いでいます。
ナオが上気した頬をそっと抑えて、楽しかったダンスの余韻を楽しんでいる時に、バルコニーの隅に黒い靄が立ち上りました。
ナオはすぐさま防御術式をくんでその靄を包み込むと、やがて靄が晴れ全身を黒いローブに身を包んだ魔法使いらしい男の姿が現れました。
男がナオに呪詛の言葉を紡ごうとしたその時、男の首に銀のナイフが突き刺ささり、一言も発することなく息絶えてしまいました。
ロビンが異変に気付いて素早く、銀のナイフを投げたのです。
真っ青になったナオの身体がぐらりと倒れかかるのを、ロビンがしっかりと抱きかかえて、そのまま控室まで運んでしまいました。
「すぐに馬車を回してくれ」
ロビンは近侍にそう言いつけると、青ざめたナオの口に、強いお酒を口移しで飲ませました。
たちまちナオの顔に血の色が戻りました。
「ナオ、すまない。あんな奴の侵入を許してしまうなんて。大丈夫かい?」
「私は平気よロビン。それよりこのことは誰にも知られないようにしてね。せっかくのロッテの結婚式を台無しにしたくないわ」
「ナオ、お前って奴は、襲われたというのに親友の心配をするのか? 平気だよ。遺体は影が密かに連れ出した。誰も気が付いていないよ。安心しなさい」
「ロビンは嘘つきね。さっきの人は悪魔教団の残党なのでしょ? ということはロビンは悪魔教団を殲滅したのね。ロビンのおバカさん。どうして重荷を自分だけで背負ってしまうの。私だって背負いたいわ」
「まったく、さっきの奴は殺しても飽き足りないな。私の大事なナオにこんな顔をさせるなんて。いいか? ナオ。オレはずっと影を率いてこの国を守ってきたんだ。だけどナオ。お前がこんな影を背負うことは許さない。ナオは光の姫なんだからな。いいかい。ナオはオレが守る。これだけは譲れない」
ナオは黙ってロビンに抱きつきました。
どうかロビンを守って下さいと、心から祈りながら。
「アンジェ、旦那様はどこかしら?」
「応接の間にいらっしゃいますよ。先ほど少し冷えてきたので応接の間の暖炉に、火をいれるように頼まれましたからね。春とは言っても時々はこうして寒い日がありますね」
「ありがとうアンジェ。お茶を応接の間に届けて頂戴」
ナオが応接の間に入ろうとしたとき、影の消える気配がしましたから、やはりロビンは今も仕事をしていたようです。
「ロビン、ただいま帰りました。カイトは無事に身体を取り戻して、先読みの巫女の番である証があらわれました。我儘を聞いて下さってありがとう。まだお仕事ですの?」
ロビンはナオを暖炉の前に誘って自分の隣に座らせました。
ナオはロビンの肩に自分の頭を預けると、気持ちよさそうなのんびりとした顔になって甘えています。
「仕方のない姫君だな。さっきは爪を研いでいたというのに、いまはゴロゴロと咽喉をならして甘えてくる。まったく猫みたいなやつだ」
ナオはロビンの逞しい腕にそっと手を添えて、上目遣いにロビンを見上げました。
「猫はお嫌い?」
「いいや。特にこの猫は大好きだよ。食べちゃいたいぐらいにね」
ロビンはナオを膝の上に抱きかかえて、そのかおりを楽しむようにしっかりとナオを抱きしめます。
ナオは食べられてはたまらないとばかりに、話を続けました。
「旦那様。すぐにお茶がまいりますわ。アンジェのことですから軽食も見繕ってくれているでしょう。私たち、お昼も食べ損ねてしまいましたもの」
「そうやって、すぐに逃げだそうとするのも愛らしいけれどね。確かに何か食べたほうがいいだろう。特にナオは随分と魔力を使ったみたいだからね」
ロビンはナオの顔に疲労の色を見て取っていたのでした。
ロビンが管理してやらないと、ナオはすぐに無理をしてしまいます。
セディも同じような悩みを訴えていましたから、頑張り屋で我慢強いというのは、異世界人の特徴なのかもしれません。
ロビンとナオがたわいもないことでいちゃついているところに、アンジェがメイドを引き連れて入ってきました。
「旦那さま、軽食の用意が整っております。こちらにご用意してよろしいですか」
ロビンの了解をえると、アンジェは手早く食事の用意を整えてしまいます。
そうしてロビンが人払いをしたので、アンジェはまたぞろぞろとメイドたちを引き連れて、部屋を出てしまいました。
その時にはもうナオは、しっかりと用意された食事をチェックしています。
「ロビン。焼き立てのパイがあるわ。この匂いはロビンの好きなミートパイね。冷めないうちに召しあがって下さいね」
かいがいしくロビンの好きなものばかりを取り分けるナオを見て、まだ結婚して数ヶ月しかたたないのに、娘から確かに妻として成長したのだなぁと思って、ロビンはナオの成長に目を細めています。
「ところで、ナオ。聞きたいことがあるのだろう? カイトに術をかけた奴らは、この国を逃げ出してしまったようだ。悪魔教というのは全世界に拠点を持っているからね。監視はつけているがこちらとしてはそれ以上動くことはできないよ」
それはそうでしょう。
ロビンはシルフィードベル王国の辺境伯ではあっても、他国に逃げ込んだ罪人を追いかける法的根拠がありません。
「ずいぶん多くの子供たちが殺されたというのに、酷いことですわね。どうにもならないのかしら?」
「その子たちはシルフィードベル王国の正式な国民ではないんだよ。国として弾劾することもできない。悪魔教の奴らはいつも戸籍を持たない寄る辺ない者たちを生贄にしているからなぁ」
やはり壁外の子供たちであったかと、ナオは悔しく思いました。
なんとかシルフィードベル王国だけでも、壁外の人を全員保護したいと思うのですが、それをすれば世界中から難民が集まってしまうでしょう。
全世界の人々を救う力を持たない以上、シルフィードベル王国としては、まず第一に守るべきは自国民と領土なのです。
「ロビン、壁外に就労支援センターのようなものを作ることはできませんか? 『お話の学び舎』の識字グループでは壁外で子供たちに読み書きを教えているのですけれど、その先に就労に役立つ勉強ができれば壁外の人を正規に雇う人も増えるんじゃないでしょうか?」
ロビンは苦笑いをすると、ナオの額にキスをして、あやすように言いました。
「お姫さまはずいぶん働き者だな。けどカイトのことに熱中して忘れてはいないかな。明後日はロッテの結婚式なんだよ。君、ロッテの結婚式ではブライズメイドをするんだろう?」
「そうよ。メイド・オブ・オナーはディなんだけど、識字グループメンバーは全員ブライズメイドに選ばれたの。アッシャーはアンバーとディマの2人よ。ブライズメイドはロッテの瞳と同じ菫色のドレスを纏うことになっているんだけど……」
「あぁ、ロビン、すっかり忘れていたわ。明日は朝から、ディに呼び出しを受けていたのよ。リハーサルをするって言っていたわ。結婚式の時には私たちは花嫁を出迎えなきゃいけないもの」
ナオの小さな頭の中が、すっかりロッテの結婚式のことでいっぱいになってしまったのを確認して、ロビンはうっそりと笑いました。
先読みの巫女に手を延ばされて、ロビンが大人しくしている訳がありません。
しかし陰惨な争い事なんか、ナオが知る必要のないことです。
今夜には、奴らは決して手を出してはいけない者に手をだした報いを受けることになります。
それにセディからの報告によると、カイトの魔法能力はかなり高いようです。
魔力が少なくてもその制御力が細やかであれば、膨大な魔力を持つ者を翻弄することができます。
カイトの魔力量が多いのはわかっていましたから、あとは能力の問題だったのですが、その点も問題なく使えるようです。
これならすぐにも魔法塔の責任者に抜擢できるだろう。
ロビンは大いに満足でした。
なぜなら魔法塔の現在の筆頭魔法使いは、自分よりも才能のある若者を見つけると潰してしまう悪癖を持っています
天才魔術師セディの率いる魔術師塔では、能力ある若者たちが健やかに育っているというのに、魔法師塔は凡庸な人間しかいません。
カイトの能力なら、きっと筆頭魔法師はカイトを潰しにかかるでしょうが、あのカイトがむざむざ潰されるとは思えません。
1年以内に筆頭魔法師はカイトになるでしょう。
そうなれば沈黙していた魔法師塔も息を吹き返すことになります。
皮肉なことに悪魔教も役に立った部分もあるのでした。
終わりよければすべてよし。
ロビンは上機嫌になって、ナオを愛でています。
ナオはと言えば、キスの雨を降らされて、何にも考えられなくなっているのでした。
クレメンタイン公爵家の次男坊の結婚式は、アンバー公子ほどではなくても豪勢なものでした。
ロビンは花嫁に先だって式場に入場し、可憐に花嫁を迎えるブライズメイドのナオの姿を大いに堪能しています。
青紫のロングドレスに身を包んだ識字グループと、花婿の友人代表を務める凛々しいアッシャーたちと花婿であるセディが待ち受ける中、シンクレイヤ侯爵に付き添われて、ロッテが静々と大聖堂に敷かれた真っ赤な絨毯を歩いてきます。
目を引くのは、恐ろしく長いベールで、ベールには細かく砕かれた魔石が縫い留められてキラキラと光っています。
花嫁に目をむけると、オーソドックスなプリンセスラインの純白の花嫁衣装が、ほっそりとした美しい肢体と青銀の髪をより一層神秘的に美しく見せています。
厳かに結婚の誓いを交わした2人は、大聖堂からクレメンタイン公爵家までの短い区間を、ぐるりと馬車で遠回りすることになっています。
美しい花嫁と英雄セディを乗せた馬車は、王都の人々を熱狂させるでしょう。
その間に結婚式に参列した人々は、クレメンタイン公爵家に移動して、幸せな花嫁と花婿を迎える用意をします。
ブライズメイドの衣装から、もっとずっと優し気なガウンに着替えたナオがロビンの元に戻ってきました。
「お役目はもう終わりなのかな? 奥様」
「いいえ、旦那様のお役目はこれからですのよ。ダンスに誘って下さらないの?」
ナオはダンスが大好きなのです。
館にいる時には、ヒップホップダンスという珍妙なダンスを踊って使用人を驚かしたので、アンジェに私室以外でヒップホップダンスを踊ることは禁止されてしまいました。
ナオは社交ダンスも大好きで、特にアップテンポの曲になるとナオ程のダンスの名手は、シルフィードベル王国でもめったにお目にかからないでしょう。
ロビンは笑い出したいのを堪えて大仰な礼をすると、ナオをエスコートしてダンスの輪に入っていきました。
踊ることを第一に考えてデザインしたらしいナオのドレスの裾が、ナオがくるくると踊るたびにふわりと風をはらんで美しく舞っていきます。
たっぷりとダンスを堪能したナオは上機嫌でロビンに飲み物をねだりました。
ロビンはバルコニーまでナオを連れ出すと、椅子にナオを坐らせて飲み物を探しにパーティ会場に戻っていきます。
セディが結婚式を満月の日にあわせたので、バルコニーには煌々とした月明りが降り注いでいます。
ナオが上気した頬をそっと抑えて、楽しかったダンスの余韻を楽しんでいる時に、バルコニーの隅に黒い靄が立ち上りました。
ナオはすぐさま防御術式をくんでその靄を包み込むと、やがて靄が晴れ全身を黒いローブに身を包んだ魔法使いらしい男の姿が現れました。
男がナオに呪詛の言葉を紡ごうとしたその時、男の首に銀のナイフが突き刺ささり、一言も発することなく息絶えてしまいました。
ロビンが異変に気付いて素早く、銀のナイフを投げたのです。
真っ青になったナオの身体がぐらりと倒れかかるのを、ロビンがしっかりと抱きかかえて、そのまま控室まで運んでしまいました。
「すぐに馬車を回してくれ」
ロビンは近侍にそう言いつけると、青ざめたナオの口に、強いお酒を口移しで飲ませました。
たちまちナオの顔に血の色が戻りました。
「ナオ、すまない。あんな奴の侵入を許してしまうなんて。大丈夫かい?」
「私は平気よロビン。それよりこのことは誰にも知られないようにしてね。せっかくのロッテの結婚式を台無しにしたくないわ」
「ナオ、お前って奴は、襲われたというのに親友の心配をするのか? 平気だよ。遺体は影が密かに連れ出した。誰も気が付いていないよ。安心しなさい」
「ロビンは嘘つきね。さっきの人は悪魔教団の残党なのでしょ? ということはロビンは悪魔教団を殲滅したのね。ロビンのおバカさん。どうして重荷を自分だけで背負ってしまうの。私だって背負いたいわ」
「まったく、さっきの奴は殺しても飽き足りないな。私の大事なナオにこんな顔をさせるなんて。いいか? ナオ。オレはずっと影を率いてこの国を守ってきたんだ。だけどナオ。お前がこんな影を背負うことは許さない。ナオは光の姫なんだからな。いいかい。ナオはオレが守る。これだけは譲れない」
ナオは黙ってロビンに抱きつきました。
どうかロビンを守って下さいと、心から祈りながら。
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
「離縁状の印が乾く前に、王太子殿下から花束が届きました」〜五年間「置物」と呼ばれた侯爵夫人、夫が青ざめるのは王家との縁が切れてからでした〜
まさき
恋愛
侯爵夫人として過ごした五年間、夫に名前を呼ばれたことが一度もなかった。
愛人を夜会に連れてきた翌朝、私は離縁状を置いて屋敷を出た。
夫は「すぐ戻る」と思っていたらしい。
でも届いたのは、王太子殿下からの白薔薇だった。
「五年、待ちすぎました。今度こそ私の隣に」
幼馴染の殿下は、いつも私を「アメリア」と呼んでくれた。
ただそれだけで、五年分の何かが、ほどけていった。
夫が全てを失うのはこれからの話。
私が本当の笑顔を取り戻すのも、これからの話。
「お遊戯で子を育てるな」と追放された宮廷養育係——前世の保育士が作った遊びの教育を、王立学院が丸ごと導入した
歩人
ファンタジー
「子供に歌を教え、絵を描かせ、庭で走り回らせる——それが教育だと? ふざけるな」
侯爵令嬢マリカは婚約者にそう嘲笑され、宮廷養育係の職を解かれた。
前世で保育士だった彼女が行っていたのは、遊びに見せかけた発達支援プログラム。数を数える鬼ごっこ、言葉を覚える歌遊び、協調性を育む共同制作——子供たちは「楽しい」と笑いながら、同年代の二年先を進んでいた。
マリカが去り、旧来の家庭教師が戻った途端、子供たちは勉強を拒否し始めた。
王立学院の入学試験で辺境の子供たちが首席を独占したとき——「お遊戯」の本当の意味が明かされる。
田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜
侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」
十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。
弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。
お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。
七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!
以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。
その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。
一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。