ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日

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ロッテの結婚式

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 ナオが大急ぎで転移したのはロビンに会うためでした。

「アンジェ、旦那様はどこかしら?」

「応接の間にいらっしゃいますよ。先ほど少し冷えてきたので応接の間の暖炉に、火をいれるように頼まれましたからね。春とは言っても時々はこうして寒い日がありますね」

「ありがとうアンジェ。お茶を応接の間に届けて頂戴」

 ナオが応接の間に入ろうとしたとき、影の消える気配がしましたから、やはりロビンは今も仕事をしていたようです。

「ロビン、ただいま帰りました。カイトは無事に身体を取り戻して、先読みの巫女の番である証があらわれました。我儘を聞いて下さってありがとう。まだお仕事ですの?」

 ロビンはナオを暖炉の前に誘って自分の隣に座らせました。
 ナオはロビンの肩に自分の頭を預けると、気持ちよさそうなのんびりとした顔になって甘えています。

「仕方のない姫君だな。さっきは爪を研いでいたというのに、いまはゴロゴロと咽喉をならして甘えてくる。まったく猫みたいなやつだ」

 ナオはロビンの逞しい腕にそっと手を添えて、上目遣いにロビンを見上げました。

「猫はお嫌い?」

「いいや。特にこの猫は大好きだよ。食べちゃいたいぐらいにね」

 ロビンはナオを膝の上に抱きかかえて、そのかおりを楽しむようにしっかりとナオを抱きしめます。
 ナオは食べられてはたまらないとばかりに、話を続けました。

「旦那様。すぐにお茶がまいりますわ。アンジェのことですから軽食も見繕ってくれているでしょう。私たち、お昼も食べ損ねてしまいましたもの」

「そうやって、すぐに逃げだそうとするのも愛らしいけれどね。確かに何か食べたほうがいいだろう。特にナオは随分と魔力を使ったみたいだからね」

 ロビンはナオの顔に疲労の色を見て取っていたのでした。
 ロビンが管理してやらないと、ナオはすぐに無理をしてしまいます。
 セディも同じような悩みを訴えていましたから、頑張り屋で我慢強いというのは、異世界人の特徴なのかもしれません。

 ロビンとナオがたわいもないことでいちゃついているところに、アンジェがメイドを引き連れて入ってきました。

「旦那さま、軽食の用意が整っております。こちらにご用意してよろしいですか」

 ロビンの了解をえると、アンジェは手早く食事の用意を整えてしまいます。
 そうしてロビンが人払いをしたので、アンジェはまたぞろぞろとメイドたちを引き連れて、部屋を出てしまいました。

 
 その時にはもうナオは、しっかりと用意された食事をチェックしています。

「ロビン。焼き立てのパイがあるわ。この匂いはロビンの好きなミートパイね。冷めないうちに召しあがって下さいね」

 かいがいしくロビンの好きなものばかりを取り分けるナオを見て、まだ結婚して数ヶ月しかたたないのに、娘から確かに妻として成長したのだなぁと思って、ロビンはナオの成長に目を細めています。

「ところで、ナオ。聞きたいことがあるのだろう? カイトに術をかけた奴らは、この国を逃げ出してしまったようだ。悪魔教というのは全世界に拠点を持っているからね。監視はつけているがこちらとしてはそれ以上動くことはできないよ」

 それはそうでしょう。
 ロビンはシルフィードベル王国の辺境伯ではあっても、他国に逃げ込んだ罪人を追いかける法的根拠がありません。

「ずいぶん多くの子供たちが殺されたというのに、酷いことですわね。どうにもならないのかしら?」

「その子たちはシルフィードベル王国の正式な国民ではないんだよ。国として弾劾することもできない。悪魔教の奴らはいつも戸籍を持たない寄る辺ない者たちを生贄にしているからなぁ」

 やはり壁外の子供たちであったかと、ナオは悔しく思いました。
 なんとかシルフィードベル王国だけでも、壁外の人を全員保護したいと思うのですが、それをすれば世界中から難民が集まってしまうでしょう。

 全世界の人々を救う力を持たない以上、シルフィードベル王国としては、まず第一に守るべきは自国民と領土なのです。

「ロビン、壁外に就労支援センターのようなものを作ることはできませんか? 『お話の学び舎』の識字グループでは壁外で子供たちに読み書きを教えているのですけれど、その先に就労に役立つ勉強ができれば壁外の人を正規に雇う人も増えるんじゃないでしょうか?」

 ロビンは苦笑いをすると、ナオの額にキスをして、あやすように言いました。

「お姫さまはずいぶん働き者だな。けどカイトのことに熱中して忘れてはいないかな。明後日はロッテの結婚式なんだよ。君、ロッテの結婚式ではブライズメイドをするんだろう?」

「そうよ。メイド・オブ・オナーはディなんだけど、識字グループメンバーは全員ブライズメイドに選ばれたの。アッシャーはアンバーとディマの2人よ。ブライズメイドはロッテの瞳と同じ菫色のドレスを纏うことになっているんだけど……」

「あぁ、ロビン、すっかり忘れていたわ。明日は朝から、ディに呼び出しを受けていたのよ。リハーサルをするって言っていたわ。結婚式の時には私たちは花嫁を出迎えなきゃいけないもの」

 ナオの小さな頭の中が、すっかりロッテの結婚式のことでいっぱいになってしまったのを確認して、ロビンはうっそりと笑いました。


 先読みの巫女に手を延ばされて、ロビンが大人しくしている訳がありません。
 しかし陰惨な争い事なんか、ナオが知る必要のないことです。
 今夜には、奴らは決して手を出してはいけない者に手をだした報いを受けることになります。
 
 それにセディからの報告によると、カイトの魔法能力はかなり高いようです。
 魔力が少なくてもその制御力が細やかであれば、膨大な魔力を持つ者を翻弄することができます。
 カイトの魔力量が多いのはわかっていましたから、あとは能力の問題だったのですが、その点も問題なく使えるようです。

 これならすぐにも魔法塔の責任者に抜擢できるだろう。
 ロビンは大いに満足でした。
 なぜなら魔法塔の現在の筆頭魔法使いは、自分よりも才能のある若者を見つけると潰してしまう悪癖を持っています

 天才魔術師セディの率いる魔術師塔では、能力ある若者たちが健やかに育っているというのに、魔法師塔は凡庸な人間しかいません。
 カイトの能力なら、きっと筆頭魔法師はカイトを潰しにかかるでしょうが、あのカイトがむざむざ潰されるとは思えません。

 1年以内に筆頭魔法師はカイトになるでしょう。
 そうなれば沈黙していた魔法師塔も息を吹き返すことになります。
 皮肉なことに悪魔教も役に立った部分もあるのでした。

 終わりよければすべてよし。
 ロビンは上機嫌になって、ナオを愛でています。
 ナオはと言えば、キスの雨を降らされて、何にも考えられなくなっているのでした。



 クレメンタイン公爵家の次男坊の結婚式は、アンバー公子ほどではなくても豪勢なものでした。
 ロビンは花嫁に先だって式場に入場し、可憐に花嫁を迎えるブライズメイドのナオの姿を大いに堪能しています。

 青紫のロングドレスに身を包んだ識字グループと、花婿の友人代表を務める凛々しいアッシャーたちと花婿であるセディが待ち受ける中、シンクレイヤ侯爵に付き添われて、ロッテが静々と大聖堂に敷かれた真っ赤な絨毯を歩いてきます。

 目を引くのは、恐ろしく長いベールで、ベールには細かく砕かれた魔石が縫い留められてキラキラと光っています。

 花嫁に目をむけると、オーソドックスなプリンセスラインの純白の花嫁衣装が、ほっそりとした美しい肢体と青銀の髪をより一層神秘的に美しく見せています。

 厳かに結婚の誓いを交わした2人は、大聖堂からクレメンタイン公爵家までの短い区間を、ぐるりと馬車で遠回りすることになっています。

 美しい花嫁と英雄セディを乗せた馬車は、王都の人々を熱狂させるでしょう。
 その間に結婚式に参列した人々は、クレメンタイン公爵家に移動して、幸せな花嫁と花婿を迎える用意をします。

 ブライズメイドの衣装から、もっとずっと優し気なガウンに着替えたナオがロビンの元に戻ってきました。

「お役目はもう終わりなのかな? 奥様」

「いいえ、旦那様のお役目はこれからですのよ。ダンスに誘って下さらないの?」

 ナオはダンスが大好きなのです。
 館にいる時には、ヒップホップダンスという珍妙なダンスを踊って使用人を驚かしたので、アンジェに私室以外でヒップホップダンスを踊ることは禁止されてしまいました。

 ナオは社交ダンスも大好きで、特にアップテンポの曲になるとナオ程のダンスの名手は、シルフィードベル王国でもめったにお目にかからないでしょう。

 ロビンは笑い出したいのを堪えて大仰な礼をすると、ナオをエスコートしてダンスの輪に入っていきました。
 踊ることを第一に考えてデザインしたらしいナオのドレスの裾が、ナオがくるくると踊るたびにふわりと風をはらんで美しく舞っていきます。

 たっぷりとダンスを堪能したナオは上機嫌でロビンに飲み物をねだりました。
 ロビンはバルコニーまでナオを連れ出すと、椅子にナオを坐らせて飲み物を探しにパーティ会場に戻っていきます。

 
 セディが結婚式を満月の日にあわせたので、バルコニーには煌々とした月明りが降り注いでいます。
 ナオが上気した頬をそっと抑えて、楽しかったダンスの余韻を楽しんでいる時に、バルコニーの隅に黒い靄が立ち上りました。

 ナオはすぐさま防御術式をくんでその靄を包み込むと、やがて靄が晴れ全身を黒いローブに身を包んだ魔法使いらしい男の姿が現れました。

 男がナオに呪詛の言葉を紡ごうとしたその時、男の首に銀のナイフが突き刺ささり、一言も発することなく息絶えてしまいました。

 ロビンが異変に気付いて素早く、銀のナイフを投げたのです。

 真っ青になったナオの身体がぐらりと倒れかかるのを、ロビンがしっかりと抱きかかえて、そのまま控室まで運んでしまいました。

「すぐに馬車を回してくれ」

 ロビンは近侍にそう言いつけると、青ざめたナオの口に、強いお酒を口移しで飲ませました。
 たちまちナオの顔に血の色が戻りました。

「ナオ、すまない。あんな奴の侵入を許してしまうなんて。大丈夫かい?」

「私は平気よロビン。それよりこのことは誰にも知られないようにしてね。せっかくのロッテの結婚式を台無しにしたくないわ」

「ナオ、お前って奴は、襲われたというのに親友の心配をするのか? 平気だよ。遺体は影が密かに連れ出した。誰も気が付いていないよ。安心しなさい」

「ロビンは嘘つきね。さっきの人は悪魔教団の残党なのでしょ? ということはロビンは悪魔教団を殲滅したのね。ロビンのおバカさん。どうして重荷を自分だけで背負ってしまうの。私だって背負いたいわ」

「まったく、さっきの奴は殺しても飽き足りないな。私の大事なナオにこんな顔をさせるなんて。いいか? ナオ。オレはずっと影を率いてこの国を守ってきたんだ。だけどナオ。お前がこんな影を背負うことは許さない。ナオは光の姫なんだからな。いいかい。ナオはオレが守る。これだけは譲れない」
 
 ナオは黙ってロビンに抱きつきました。
 どうかロビンを守って下さいと、心から祈りながら。
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