空飛ぶ魔女と竜の谷の少年

木漏れ日

文字の大きさ
12 / 22

ナイトと精霊獣とのお茶会

しおりを挟む
「アルカ。元気だった。少し痩せたんじゃないの?」

 もうすぐナイトとのお茶会に出席できるとあってソワソワとしていたアルカの目の前に、いかにも愛らしい子犬と子猫、そして小鳥が元気よく飛び込んできました。

 お手紙の配達をすることになったフゥたちには、毎月きまった時間だけ結界を通り抜ける許可がでていたのです。
 フゥが風とともに飛び込んできましたので、窓辺のカーテンがひらひらとまだ風の余波を受けてはためいています。

「まぁ。ヒィ。スィ。フゥ。よく来たわね。そっかぁ。毎月のナイトとのお茶会にはあなた達も出席するのね」

 アルカが3匹を抱きしめてほおずりをしていると、ジャンヌが目を輝かせて飛び込んできました。

「まぁ、なんて愛らしいのでしょう。アルカさま、この子たちはいったいどうしたんですの?」

 実はジャンヌは愛らしい動物が大好きなのです。
 王宮勤めでさえなかったら、きっとジャンヌの部屋は動物の楽園になっていたことでしょう。

「アルカ。この人だれなの」

 人懐っこいフゥがさっそくジャンヌの腕に飛び込んで、やさしく毛並みをマッサージされながら目を細めて尋ねました。

「まぁフゥったら。相変わらず甘えん坊さんね。その人は私のお世話をしてくれるジャンヌというのよ。後ろの金髪のお姉さんがニーナ。その横の銀髪のお姉さんはマリー。私の隣にいる亜麻色の髪のお姉さんがアンよ」

 
「わぁー。良かったねそれじゃぁお友達がいっぱいいるんだ。もう寂しくないね」

 フゥがしっぽをパタパタさせながらいかにも嬉し気にそう言ったので、侍女たちは少しきまり悪げに顔を逸らしてしまいました。
 
 そんな侍女たちの様子でだいたいの事情を掴めたであろうスィが、いかにもなにも気が付いていませんよというようなていを装って、この中のボスであると睨んだニーナにすり寄っていきます。

 さすがにいつも冷静な態度を崩さないニーナも、愛らしい水色の子猫がすり寄ってきては、思わず笑みがこぼれてしまいます。

 そこにヒィがちょんとマリーの肩に飛び乗ってしまいました。

 こうして3匹は瞬く間に3人の侍女たちを虜にしてしまいましたから、それを見ていたアンは思わずそのあざとさに舌を巻きました。

「アルカさま。その子たちが王妃さまにお仕えしていた精霊獣でございますか」

 知っていたくせに白々しく質問したアンの言葉に、3人の侍女たちは仰天しました。
 だって精霊獣の加護などめったなことで得る事などできません。
 それが3匹もの精霊獣の加護を受けていたというのですから、さすがに王妃ともなれば違うものだと感心したのです。

「違うよ」

 アンの言葉をヒィが一刀両断してみせました。
 どうやらアンの作戦を見抜いてそれに乗ることにしたようです。

「僕たちはアルカと契約したんだからな。ベルとも友達だったけどあくまでも僕たちの契約主はアルカだよ」

 ヒィーとニーナが小さく悲鳴をあげました。
 だったら最初からそう教えてくれればいいのです。
 そうすればあんな失礼な態度は取らなかったのに。

 ただの田舎娘だと思っていたアルカは、歴代の王妃たちでも持つものが少ない精霊の加護を3匹分も持っているのです。

 王族が竜の加護を大事にしたり、精霊の加護を大事にするのは、竜や精霊の加護をえると大自然の営みを味方につけることができて大きな災害が起きにくくなるからです。

 日照りや洪水、地震や台風などが猛威を振るうとたちまち作物が取れなくなって、民が飢えてしまいます。
 竜や精霊の加護はこのようね天変地異を少なくしてくれるので、王族としては喉から手がでるほど欲しいものなのです。

 これはなんとしてもこの少女を守らなければならないと、3人の侍女たちは即座に決断しました。
 もともと頑張り屋のアルカに、少しずつ心を開いていたので決断も早かったのです。

 そんな彼女らの心の動きなど、精霊獣にはお見通しです。
 よくできました! とばかりに彼女たちに甘えてみせました。

 まったくどこまでもあざとい精霊たちです。
 けれどもその様子を見てアンはほっとしました。
 
 いろいろあったけれどもニーナたちは王宮でも聡明で仕事ができると有名で、将来の女官長候補たちとまで言われているのです。

 王妃さまんはそれなりにキャリアのある侍女が仕えることになるとは思いますが、そういった諸先輩がたと十分に張り合えるだけの人材なのですから。

「アルカさま。精霊獣様方をご紹介して頂けませんか」

 丁寧にお願いされてアルカは驚いてニーナを見てしまいました。
 だってニーナっていつだって、ちょっと怒ったような口調でしか話さないと思っていたというのに、こんなにも優し気に笑えるのですから……

「えっとね。ジャンヌが抱っこしている緑色の犬がフゥ。風を操る精霊なの。ニーナが抱っこしている子猫の名前はスィよ。水を操るの。マリーの肩に乗っているのがヒィ。焔の精霊なのよ」

 なんと風・水・火という三大精霊の守護を全て身に着けているとこともなげに言い切ったアルカに、ニーナは密かに頭を抱えてしまいました。

 自分がどれだけ貴重な存在か知らないこの無邪気な少女を、これから守っていくことになるのですから。
 けれども3人のうちのリーダーであるニーナは、すぐに気を取り直していいました。

「アルカさま。そろそろ王太子殿下のもとに参りませんと、遅刻してしまいますわ。精霊獣様方は私共が抱いてまいりますから、アン、先ぶれをお願いね」

「はい、ニーナ」

 アンはアルカたちの先導をしながら愉快で笑い出しそうになるのを必死でこらえています。
 そんなアンの肩がふるふると震えているので、ニーナは忌々しくて内心舌打ちをしたい気分です。
 たかが侯爵家の侍女に大きな顔をされてしまったのですから。

 けれども仕方がないわ。
 噂を信じて、きちんと己の主と向き合おうとしなかった自分のミスです。
 本来なら解任されても仕方がない失態でした。

 アルカのお目付け役のケイはさぞかし面白くなかったろうと思うと、ニーナは身が縮む思いでした。
 このような失態は2度目は許されないでしょう。
 ニーナは密かに気を引き締めました。

「アルカ公女殿下です。ご案内お願いします」

 アンが意気揚々と声をあげるとその様子を微笑ましく思ったのか、王太子殿下の従卒らしい少年が笑うのを堪えるように重々しく案内してくれました。

 ナイトはアルカが気を張らなくてもいいように、小さなお部屋にお茶の用意をしてくれたようです。

「アルカ、よく来たね。精霊獣様方もようこそいらっしゃいました。皆さまがたは甘いものがお好きだそうですね。たっぷりとご用意いたしましたからどうぞ楽しんでくださいね」

「殿下、精霊獣様方のお給仕は私共が承りますので、どうぞ両殿下方にはゆっくりとお話をお楽しみください」

 ジャンヌがそう提案しましたけれども、実のところは精霊獣に食べさせたくて仕方がないだけなのです。

 ナイトはクスッと笑うと、アルカをエスコートしました。

 「それじゃぁ僕たちは、こちらのテーブルでゆっくり話をしようよ」

 ナイトにさっと手を取られてアルカの頬はバラ色に染まりました。
 その様子を好もし気にみたナイトはそっとアルカの髪に口づけを落とします。

「アルカはとても美しくなったね。森で荷物を運んでいる時とは大違いじゃないか」

 いえいえ、ナイトのほうこそ昔と全然違います。
 アルカは心の中で突っ込みました。
 今キスをしましたよね。
 例え髪の毛の先だったにしてもアルカの知っているナイトは、さらりとこんな気障な真似をする少年ではありません。

 アルカはすっかりボゥっとなってナイトに導かれるままに、席につきました。
 ものなれた貴婦人ならばナイトの行動はいかにもぎこちなげなのがわかったでしょうけれども、男の子に初めてキスをもらったアルカにはそんなことはちっともわかりません。

 ナイトってば、なんて素敵なの。
 本物の王子さまみたい。
 絵本で見た通りだわ。
 カッコイイ。

 そんなアルカの想いはさすがに恋愛に疎いナイトにだって丸わかりです。
 ナイトの一挙手一投足を、いかにも愛おしそうにキラキラと憧れの瞳で見つめられて、ナイトもアルカが可愛くなりました。


 まったくなんてわかりやすい顔をしているんだろう。
 こんなに無防備では、すぐに悪い奴の餌食になってしまいそうじゃないか。
 アルカは僕が守ってやらないといけないな。

「アルカ」

「ヒャィ」

 アルカは慌てて返事をしようとして舌を噛んでしまいました。

「ちょっとアルカ。大丈夫? 今、舌を噛んだだろう?」

「らいじょうぶれす。ちょっと噛んだらけれしゅから」

「大丈夫じゃないでしょ。ちゃんと喋れてないじゃないか。アルカ舌を出して見せてごらん」

 アルカはいきなり舌を出せといわれて、驚いて首をブンブンと振りました。

「いえ、らいじょうぶれすから」

 くいっといきなりアルカの下あごをナイトが掴んで持ち上げてしまいます。

「アルカ。何を言っているの。全然ダイジョブじゃなさそうじゃないか。ぐずぐずしないで舌出して!」

 アルカはとうとう観念して小さな舌先だけをちろりと唇の外にだしました。

「かわいいなぁ」

 それを見てナイトは思わずそう言ってしまいました。
 だって顎に手を掛けられたから仕方がないとはいえ、上目づかいに涙目になってふるふると震えながら、ちろりと舌の先を出している少女はいかにも庇護欲をそそります。

「やっぱり、さきっぼを噛んだんだね。赤くなって少し血が滲んでいるじゃないか。まったくアルカってばおっちょこちょいなんだから」

 そういうなりナイトはアルカの小さな舌をペロリと舐めたので、アルカは飛び上がってしまいました。

「にゃに、にょあにを。らめれすろ」

 アルカの必死の抗議に、とうとうナイトは大爆笑です。

「ごめんごめん。血が出てたから思わず舐めちゃった。もうしないからそんな怖い顔しないでよ。怒ったの?」

 アルカがブンブンと首を振ったので、ナイトはにっこりとして仕切り直しをします。

「アルカ、舌を怪我したなら食べるのは無理だね。少し話をしようよ。僕ね……」

 ナイトの話を熱心に聞き入っているアルカは幸せそのものでしたし、愛らしい少女が熱心に話を聞いてくれるのでナイトも上機嫌です。
 そうしてニーナたちも思いっきり精霊獣にかまえたので、大満足でした。

 つまりこの日のお茶会は、誰もがみんな幸せなお茶会だったのです。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

処理中です...