空飛ぶ魔女と竜の谷の少年

木漏れ日

文字の大きさ
21 / 22

すれ違う想い

しおりを挟む
 アルカの記憶にあるお父さまやお母さまは、とても慈しみ深い人でした。
 アルカが両親の元から引き離されたのは、アルカがたった3歳の頃でしたから、いかに聡い子供だったにしろ曖昧な記憶しか持ってはいません。

 それでも記憶の中のお母さまとお父さまはいつも優しく微笑んでいたのです。
 教皇である父親が、人々の悲しみを引き起こしてしまったなど、娘としてはとうてい信じられないことです。

 アルカがもしもベル母様をしらなければ大王の話など一笑してしまっていたことでしょう。
 けれどもアルカの優しいお父さまの知らないところで、悪が密かにはびこっていたのかも知れません。
 そうしてそれはいかに知らなかったとはいえ、責任者であるアルカのお父さまがその責めを負うしかないことでもあります。

「フゥ。お願い。頼まれてくれる?」

 アルカがフゥを呼び出すと、フゥはアルカの考えがよくわかっていました。

「アルカ。ナイトへのお手紙を届けたいんでしょう。僕に任せて」

「お手紙だと上手く伝わらなかもしれないから、ことだまを作ることにするわ。お願いね」

 アルカはそう言うと首飾りをバラバラに断ち切ってしまいました。
 首飾りは紐を断ち切られ、バラバラと音をたててアルカの手に集まってきます。
 アルカはそのひとつを手の平の上にそぉっと乗せて静かに見つめました。

『ナイト。元気にしている。愛しているわ。私のことは心配しないで頂戴。この国でも神殿を建てて貰って静かに過ごすことが出来ているの。私はこの場所で3年間だけ巫女姫として精霊たちを癒していきます。3年あればこの地の精霊たちに許しを貰えると信じているわ』

『ナイト。憎しみからは何も生まれないと思うの。だからお願い。アカツキの民と国を守って静かにまっていて頂戴。憎しみは持たないで。私はきっと3年たったらアカツキの国に戻ります。だから私を愛してくれるなら待っていて下さい』

 
 ナイトの目の前で小さな宝玉はアルカの言葉を伝え終わると、光が消え失せて元の小さな玉に戻ってしまいました。

 ナイトはその小さな宝玉を握りしめると怒りを抑えきれないような低い声で唸りました。

「フゥ。どういうことだ。なぜアルカはあんなくそ野郎をかばう様なことを言うんだ。結婚式場から自分の花嫁を連れ去られたんだぞ! それなのにただ指をくわえて待てというのか? まるで犬のように……」

「フゥ! アルカは一体何を考えているんだ!」

「怒らないでよ。ナイト。アルカは巫女姫なんだよ。巫女というのは自然ととても近しい存在なんだ。人や大地の悲しみに共感するから巫女なんだ。きっとアルカはあの王の悲しみにふれたんだと思うんだ。王の悲しみを癒せれば、大地も悲しみもきっとなくなるよ。ナイト。アルカを信じてあげて」

「フゥ。お前今何を言ったかわかっているのか? アルカがあんな男に心を許したってことなんだぞ! あぁそうか! そう言うことか! 僕なんかよりあいつが良いってことか!」

 フゥはびっくりして叫びました。

「違うよナイト! アルカはナイトだけをずっと愛してきたんだ。ただアルカは優しすぎるだけなんだから。誤解しないで!」

 フゥの叫びは怒りに染まったナイトにはもはや聞こえなくなっていました。
 ナイトは怒りと憎しみにすっかり囚われてしまったのです。
 
 ぞっとしてフゥはナイトから距離をおきました。
 ナイトの側に精霊がことのほか嫌う瘴気が取り巻いていたからです。
 なさけないことですがフゥは逃げるようにアルカの元に帰ってしまいました。

「アルカ。お帰りなさい。ナイトは元気だった」
 
 いそいそと笑顔で出迎えてきたアルカを見てフゥは本当のことを言えなくなってしまいました。

「うん、元気だったよ。ことだまはちゃんと届けたからね」

 そういうなりフゥはさっさと逃げ出してしまいました。

「まぁ、フゥったら。ナイトの事をもっと知りたかったのに。しかたないかぁ。フゥは精霊の中でも一番自由な子供なんだもの」

 アルカはフゥからナイトのことをもっと聞きたかったのにと残念に思いましたが、自分の言葉がナイトを激怒させたとは夢にも思わなかったのです。

 セイレイン国の王は約束通り離宮を改装する形でアルカの神殿を作ってくれました。
 神殿の中でアルカは巫女として精霊を癒し、ひたすら祈りの日々を過ごしていました。
 やがてセイレイン国王が、度々アルカの神殿を訪ねる日が多くなってきました。

「困ったことにこの場所はとても居心地がいいんだよ。いったいどうしてなのだろうな。アルカ。お前は私に何かの呪いでもかけたんじゃないのかね。ここに呼び寄せるようなね」

「冗談ばかりおっしゃらないでくださいな陛下。ここには精霊がたくさん集まってきますからね。それできっと心や体が癒されるのですわ。王というものは孤独なお仕事ですからね」

 それを聞いてセイレイン国王はにやりとしました。

「ほほう。お前に王の孤独が理解できるというのかね」

「ええ、だって私は全ての罪を背負って処刑された教皇と王妃の娘ですからね。お父さまだって言いたい事は沢山あったと思いますよ」

 すました顔でそう言われてセイレイン国王は絶句してしまいました。
 アルカの両親を処刑したのは、ほかならぬセイレイン国王なのですから。

「お。お前。一体何を言い出すんだ!」

 アルカはクスリと笑いました。

「冗談ですわ。陛下。けれども陛下。陛下は何かあれば全ての責任を一身に背負う覚悟を持っていらっしゃるのでしょう」

「恐ろしい娘だなぁ。お前という奴は。何もかも見通した目をして仇敵である私ですら許してしまう。これが神子という存在なのか」

「私はただの小娘でしかありませんよ。陛下。あまり無駄口をたたいてらっしゃると部下の方々がお困りですよ」

 アルカの目線の先には大王を迎えにきたらしい文官が恐縮したような顔をしてアルカに頭を下げていました。
 王はそれを認めると黙って帰っていきます。
 こうしたことがだんだん増えてそのうち王の側近たちは王が不在だと、当たり前のようにアルカの神殿に迎えにくるようになっていったのです。

 神子姫とセイレイン大王は恋仲らしい。
 そんな無責任な噂が立つのは当然のことであったのかもしれません。
 やがてそれは広く国民の間に広がっていきました。
 国民はそんな噂話をしながら、いずれ精霊姫と英雄王が結婚するのを楽しみにするようになっていったのです。


 セイレイン王国の首都にある賑やかな酒場に、ひとりの流れ者のが入り込んでいました。

「おぅ親父。この国には神子の姫君がいるって噂を聞いたんだが、それは本当なのかね」

「お客さんはこの国は初めて? 精霊姫は1年前にアカツキ皇国から来てくださったんだけれどね。そのおかげで精霊の加護が戻ってとても助かっているんだよ」

「ほほぅ。それじゃぁ精霊姫はずっとこの国にいるのかい? 噂じゃ3年たてばアカツキ皇国に戻るってことだが」

「お前さん。何を馬鹿なことを言っているんだ。どこでそんないい加減な噂を聞いてきたんだね。帰る訳ないじゃないか。だって神子姫は我らが英雄王と結婚なさるのだからね」

 それを聞いて男の顔色はみるみるかわりました。
 店主の首をグイグイと締め上げると恫喝します。

「おい親父! いい加減な話ならお前の首をへし折ってやる。性根をすえて返答しやがれ! 本当にアルカは王と結婚するんだな!」

「く、苦しい。離してくれ。アルカってのが巫女姫さまのことなら間違いないことだ。この国の誰にでも聞いてみるがいいよ。みんな同じことを言う筈だ」

 男は店主をつき飛ばずと店を飛び出して行きました。

「くっそう! 何が3年待てだ。やっぱり裏切ってやがったか。アルカめ。神殿での誓いを破るとはな。どうなるか覚悟しやがれ!」

 そう呟くと王都の闇に消えてしまったのです。

 そんな出来事など知らないアルカはせっせと刺繍をしています。

「アルカぁ。何しているの?」

 フゥがアルカの膝によじ登ります。

「ダメよフゥ。もうすぐ仕上がるんだから。出来あがったらナイトに届けて頂戴ね。神殿で結婚を誓ってからちょうど1年目なのよ。いわば結婚記念日だわ。だからナイトにプレゼントを贈ってあげたくてハンカチに刺繍をしたのよ」

「えー。アルカ。アルカはまだ結婚してないじゃない。結婚式は中止になったんだもん」

「そうかもしれないけれど、ナイトと愛を誓ったのは本当だもの。私はナイトの妻のつもりよ。だから夫への結婚1年目のプレゼントを贈るのよ」

 そう微笑んだアルカの顔はこれ以上ないぐらい幸せそうでした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。

和島逆
恋愛
社会人一年目、休日の山登り中に事故に遭った私は、気づけばひとり見知らぬ森の中にいた。そしてなぜか、姿がもふもふな小動物に変わっていて……? しかも早速モンスターっぽい何かに襲われて死にかけてるし! 危ういところを助けてくれたのは、大剣をたずさえた無愛想な大男。 彼の緋色の瞳は、どうやらこの世界では凶相と言われるらしい。でもでも、地位は高い騎士団長様。 頼む騎士様、どうか私を保護してください! あれ、でもこの人なんか怖くない? 心臓がバクバクして止まらないし、なんなら息も苦しいし……? どうやら私は恐怖耐性のなさすぎる聖獣に変身してしまったらしい。いや恐怖だけで死ぬってどんだけよ! 人間に戻るためには騎士団長の助けを借りるしかない。でも騎士団長の側にいると死にかける! ……うん、詰んだ。 ★「小説家になろう」先行投稿中です★

【完結】まもの牧場へようこそ!~転移先は魔物牧場でした ~-ドラゴンの子育てから始める異世界田舎暮らし-

いっぺいちゃん
ファンタジー
平凡なサラリーマン、相原正人が目を覚ましたのは、 見知らぬ草原に佇むひとつの牧場だった。 そこは、人に捨てられ、行き場を失った魔物の孤児たちが集う場所。 泣き虫の赤子ドラゴン「リュー」。 やんちゃなフェンリルの仔「ギン」。 臆病なユニコーンの仔「フィーネ」。 ぷるぷる働き者のスライム「モチョ」。 彼らを「処分すべき危険種」と呼ぶ声が、王都や冒険者から届く。 けれど正人は誓う。 ――この子たちは、ただの“危険”なんかじゃない。 ――ここは、家族の居場所だ。 癒やしのスキル【癒やしの手】を頼りに、 命を守り、日々を紡ぎ、 “人と魔物が共に生きる未来”を探していく。 ◇ 🐉 癒やしと涙と、もふもふと。 ――これは、小さな牧場から始まる大きな物語。 ――世界に抗いながら、共に暮らすことを選んだ者たちの、優しい日常譚。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

婚約破棄された没落寸前の公爵令嬢ですが、なぜか隣国の最強皇帝陛下に溺愛されて、辺境領地で幸せなスローライフを始めることになりました

六角
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、王立アカデミーの卒業パーティーで、長年の婚約者であった王太子から突然の婚約破棄を突きつけられる。 「アリアンナ! 貴様との婚約は、今この時をもって破棄させてもらう!」 彼の腕には、可憐な男爵令嬢が寄り添っていた。 アリアンナにありもしない罪を着せ、嘲笑う元婚約者と取り巻きたち。 時を同じくして、実家の公爵家にも謀反の嫌疑がかけられ、栄華を誇った家は没落寸前の危機に陥ってしまう。 すべてを失い、絶望の淵に立たされたアリアンナ。 そんな彼女の前に、一人の男が静かに歩み寄る。 その人物は、戦場では『鬼神』、政務では『氷帝』と国内外に恐れられる、隣国の若き最強皇帝――ゼオンハルト・フォン・アドラーだった。 誰もがアリアンナの終わりを確信し、固唾をのんで見守る中、絶対君主であるはずの皇帝が、おもむろに彼女の前に跪いた。 「――ようやくお会いできました、私の愛しい人。どうか、この私と結婚していただけませんか?」 「…………え?」 予想外すぎる言葉に、アリアンナは思考が停止する。 なぜ、落ちぶれた私を? そもそも、お会いしたこともないはずでは……? 戸惑うアリアンナを意にも介さず、皇帝陛下の猛烈な求愛が始まる。 冷酷非情な仮面の下に隠された素顔は、アリアンナにだけは蜂蜜のように甘く、とろけるような眼差しを向けてくる独占欲の塊だった。 彼から与えられたのは、豊かな自然に囲まれた美しい辺境の領地。 美味しいものを食べ、可愛いもふもふに癒やされ、温かい領民たちと心を通わせる――。 そんな穏やかな日々の中で、アリアンナは凍てついていた心を少しずつ溶かしていく。 しかし、彼がひた隠す〝重大な秘密〟と、時折見せる切なげな表情の理由とは……? これは、どん底から這い上がる令嬢が、最強皇帝の重すぎるほどの愛に包まれながら、自分だけの居場所を見つけ、幸せなスローライフを築き上げていく、逆転シンデレラストーリー。

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

処理中です...