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第四章「渇愛の奇魂」
第53話 ??―三木きぼう園の怪異―
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「……ごめんね」
海斗の手首に包帯を巻く美波がポツリと謝罪の言葉を口にした。
「これ、昨日のあの時だよね?」
「……ああ」
階段から落ちた、美波を庇った時のことだ。だが、海斗はそれ以上の謝罪を左手で遮って拒む。
「あのままじゃ美波がケガをしてたんだ。この程度で済んでよかったよ」
「……うん」
昨日、武志に一度見てもらったが幸い骨に異常はなかった。ただ、軽い捻挫だがあまり動かすのは良くないとも言われている。
「ほい、包帯巻き終わったよ。ちゃんと後で病院行ってね」
「サンキュー……って、なんか違わないか?」
手首に巻くだけかと思っていた包帯だが、手の甲まで巻かれている。まるで格闘漫画で見るバンテージのようだ。
「固定もしないといけないからね。手首をあまり動かさないようにしたのです」
「なんかちょっとカッコいいな、これ」
「お、カイくんの中の中二病がうずき出した?」
「違う」
武志も言っていたが、いったい何故みんな中二病にしたがるのだろうか。海斗はそんなことを思った。
「……考えてみたら、中二病みたいな状況の真っ只中なんだよな」
「そうだね。ミサキさんのことや勾玉、四百年前の出来事……あーあ、アニメやラノベの世界だけの話ならよかったのに」
蘇った鵺の存在、怪異と邪気に襲われる仲間たち。創作世界の主人公ならば見ていて心躍らされるものかもしれないが、自分に降りかかっている現状を考えるとあまりいい物ではない。
「そもそも、俺自体には何の力も無いからな」
「ラノベ主人公の要素は持ち合わせていると思うけどねー」
「勘弁してくれ」
それが一因となって怪異も起きているのだ。素直に笑えない冗談だった。
「さて、俺たちもそろそろ捜しに行こう」
「了解なのです」
御琴たちが向かった方とは逆に、海斗らは男子棟へと入っていく。やはりこちらも電灯がつかないが、海斗たちは御琴たち同様、まだ日も出ているので捜索を続けることにした。
「さっきの人影って二階だよな」
「うん。私たちがここに入ってから誰とも会っていないから、この中にまだいるってことになるね」
誰かの足音がしないか、耳をそばだてながら海斗たちは階段を上っていく。そして、階段を上り切った二人が目にしたのは、何者かが部屋に入っていく後ろ姿だった。
「カイくん!」
「ああ、行こう!」
その背を追って二人は走る。その姿は芦原高校の制服に見えた。この施設で同じ学校と言えば一人しかいない。
「まどか!」
その名を呼びかけ、海斗らは一つの部屋に入った。そこは八畳ほどの少し大きめの和室だった。そして、その角に少女は後ろ向きに佇んでいた。
「よかった、無事だったんだ」
「……誰がですか?」
「そんなの決まってるじゃないか。あんなことがあって、連絡も取れないからずっと心配してたんだぞ」
壁に向かったまま、まどかは海斗の方を見ようとしない。その行動に美波も少し不信感を抱いた。
「ねえ、まどかちゃん。他の子はどうしたの?」
「みんな? その辺で遊んでいるんじゃないですか?」
「建物の中ではまだ私たちは会ってないの。もしかして外かな?」
「さあ、どうでしょう?」
「……あなた、誰?」
美波はまどかを睨みつける。隣で海斗が驚く中、断言する。
「今日の状況でまどかちゃんが子供たちを外で遊ばせるなんて思えない。人目に触れないように中に居ろって言うはずだよ。どこに行ったかもわからないなんて、無責任すぎる」
「……ああ、そうか。ここは『どこかに隠れてる』とでも言えばよかったのかな」
まどかが振り向く。だが、瞬きをする間にその姿は別人に変わっていた。海斗らの前に一度姿を見せた記者、佐田だった。
「佐田さん……いや、違う」
「くくく……その物言いだと気付いているみたいだな。僕が本物の記者じゃないって」
佐田の姿をした何者かが悪意に満ちた笑いを向ける。酷く不快感を覚えるその言動には海斗も覚えがある。
「お前、鵺か!」
「正解だ、伊薙海斗!」
佐田の体から邪気が放たれる。どす黒い靄のようなものが施設内を走り、二人の前で|鵺がいつもの顔の見えない少年の姿に戻る。
「僕は本当の姿が定まってない妖でね。こうやって人の姿を借りてあちこちで人をからかうのが大好きなのさ!」
様々な伝承の中で鵺は記されている。だが、そのどれもが同じ姿形をしていない。だがそれは逆なのだ。元々、彼に特定の姿など存在しない。
「おやぁ? そっちの女は邪気の影響を受けてないな。ほのかに霊力も感じる……この数日で耐性でも身に着けたのかな?」
じろりと、蛇のような気味の悪い視線を美波は向けられた気がした。彼女の懐にはミサキからもらった勾玉がある。
「それとも……お前が岐の一族の者なのかな?」
「逃げろ、美波!」
殺意を感じた海斗が美波を背に隠す。だが、逃げ出そうとした美波の足も止まった。
「カイくん!」
「なっ……!?」
海斗らの後ろにはいつの間にか廊下から入口を塞ぐように子供たちが立っていた。そのいずれもが虚ろな目で海斗らを見上げている。以前病院で会った時のような無邪気で明るい眼は誰一人としていない。
「ようこそ『三木きぼう園』へ。皆で歓迎してあげようじゃないか!」
鵺が指を鳴らす。それを合図に子供たちは二人に群がる。
「わっ、こら! 放せ!」
「おにーちゃん、遊ぼうよー!」
「お姉ちゃんも、一緒に遊ぼう!」
「痛い、やめて!」
「あっはっはっはっは! 子供って残酷だよね。遊び半分で虫を虐めて、気づいたら弱らせて殺しちゃうんだもん。まさに虫けらのように!」
子供たちが足にまとわりつき、海斗を畳の上に引き倒す。その上に別の子供が馬乗りになり、皆で海斗を叩き出す。美波は髪の毛を引っ張られ、止めようとした手に爪を立てられる。
「おっしくーらまーんじゅー」
「おっされってなっくなー」
そして、海斗はもみくちゃにされる中で異変に気付く。徐々に手足に何かがまとわりついて身動きが取れなくなり始めていたのだ。
「何だこれ……!?」
それは糸だった。邪気に染められた子供たちはその手に糸を持ち、遊びながら海斗の手足に絡め始めている。
「はいよー!」
「がっ……!?」
首に巻き付けられた糸を上に乗る子供が手綱のように引っ張る。首が締まり、呼吸が遮られる。振り解こうにも、子供とは思えない物凄い力で体を拘束されている。抗えない。
「ほらほらー、走れお馬さん!」
「や、やめ……」
「カイくん!」
「おやおや。もう終わりかい? せめて岐の力のカラクリを教えてから死んでくれよ」
鵺が残念そうに悶え苦しむ海斗を見下ろす。今回はあまりの歯ごたえの無さに彼も拍子抜けしていた。
「から……くり?」
歯を食いしばる海斗の髪の毛をつかみ、鵺は自分に顔を向けさせる。
「伊薙のお前が岐の力を使っていた理由だよ。伊薙家は祓いの才能の欠片もない、ただ愚直なのが取り得の武士の家系だ。お前が使えるわけがないんだよ」
「……そうか、やっぱりか」
「……あ?」
「何かおかしいと思ってたんだ……都合よく怪異を祓える奴があちこちにいるわけないって」
「何を言っている?」
伊薙は約束を守り、その技を伝えた。例えその技の名が受け継がれなくなり、本来の意味を知る者がいなくなったとしても。
ならば岐はどうなのか。歴史の中にその姿が消えたとしても、伊薙と縁を結び、いつか蘇るはずの鵺を封じた地から離れるとは思えない。ならば――。
「春さんが……言ってたんだ。陰で守るって」
「岐春……っ!? どうしてお前がその名を!」
鵺の顔色が変わった。海斗が知るはずのないその名を、己の手で命を絶ったはずの存在の名を彼が口にしたことに。
「あなたに言う必要はないわ、鵺」
「――っ!?」
鵺が海斗から手を放し、弾かれたように後ろに飛ぶ。畳に倒れ込む中、海斗は自分を飛び越えて鵺に躍りかかるその姿を見た。
「ミサキ!」
「ミサキさん!」
「はあああっ!」
三日月が閃き、その一撃が鵺をとらえた。額から左の頬にかけて、|鵺の顔に傷がつく。
「ぐあっ!?」
しかし鵺が飛びのくのが早かったためか、ミサキはその一撃が深手ではないことに気付き、舌打ちをした。
「大丈夫、海斗!」
ミサキが海斗と美波にまとわりつく子供たちの頭に軽く手を乗せる。祓いの力を注ぎ込み、子供たちを邪気から解き放っていく。
「助かったよ……」
「ありがとう、ミサキさん。でもなんでここに?」
「これだけ馬鹿でかい邪気に気が付かないわけないでしょ」
二人を縛る糸もミサキが三日月で切断し、海斗らは自由を取り戻す。そしてミサキは顔を斬られて狼狽える鵺に三日月の切っ先を向ける。
「くっ……この…お前は何者だ」
「さあ? 私もそれを知りたいんだけど」
「ちっ……ミサキ!」
ミサキが頭上から邪悪な気配を感じ取る。彼女が目を向けたそこにはバスケットボールほどの大きさというあり得ない物がいた。
「蜘蛛!?」
「ギィィィィ!」
その見た目と大きさから来る生理的な嫌悪感に、思わずミサキの動きが止まる。天井に張り付いていた蜘蛛たちは一斉に彼女目掛けて飛び掛かって来た。
「はっ!」
だがミサキは飛び退き、蜘蛛から身をかわす。
「海斗、美波さん、走って!」
畳に降り立った蜘蛛たちはわらわらと廊下いっぱいに這い出て一斉に三人を追い始めた。
「早く、施設の外へ!」
「ダメだ。御琴と先輩が女子棟の方に!」
「くっ……!」
ミサキが廊下に置いてあった掃除用具入れのロッカーを倒す。衝撃で扉が開き、中から掃除用の道具が転がり出る。その中から二本の箒を海斗らに投げ渡す。
「海斗、美波さん、これ使って!」
「箒!?」
「元々、箒は祭祀用の道具よ。掃き、払うことが『祓う』に通じるとされてるの。それなら多少は妖怪に立ち向かえるわ。ここは食い止めるから二人は御琴さんと深雪さんを!」
「わかった!」
「ミサキさんも無事で!」
階段を降りていく海斗と美波。それを追って蜘蛛が走る。だが、その階段口にミサキは立ちはだかり、三日月を構える。
「さて……蜘蛛はあんまり得意じゃないんだけど」
そして、一斉に蜘蛛が襲い掛かる。糸を吐き出し、長い脚を振り上げてミサキをとらえようと向かって来る。
「ここは、絶対に通さないから!」
そして、ミサキは力強く三日月を握り締めるのだった。
海斗の手首に包帯を巻く美波がポツリと謝罪の言葉を口にした。
「これ、昨日のあの時だよね?」
「……ああ」
階段から落ちた、美波を庇った時のことだ。だが、海斗はそれ以上の謝罪を左手で遮って拒む。
「あのままじゃ美波がケガをしてたんだ。この程度で済んでよかったよ」
「……うん」
昨日、武志に一度見てもらったが幸い骨に異常はなかった。ただ、軽い捻挫だがあまり動かすのは良くないとも言われている。
「ほい、包帯巻き終わったよ。ちゃんと後で病院行ってね」
「サンキュー……って、なんか違わないか?」
手首に巻くだけかと思っていた包帯だが、手の甲まで巻かれている。まるで格闘漫画で見るバンテージのようだ。
「固定もしないといけないからね。手首をあまり動かさないようにしたのです」
「なんかちょっとカッコいいな、これ」
「お、カイくんの中の中二病がうずき出した?」
「違う」
武志も言っていたが、いったい何故みんな中二病にしたがるのだろうか。海斗はそんなことを思った。
「……考えてみたら、中二病みたいな状況の真っ只中なんだよな」
「そうだね。ミサキさんのことや勾玉、四百年前の出来事……あーあ、アニメやラノベの世界だけの話ならよかったのに」
蘇った鵺の存在、怪異と邪気に襲われる仲間たち。創作世界の主人公ならば見ていて心躍らされるものかもしれないが、自分に降りかかっている現状を考えるとあまりいい物ではない。
「そもそも、俺自体には何の力も無いからな」
「ラノベ主人公の要素は持ち合わせていると思うけどねー」
「勘弁してくれ」
それが一因となって怪異も起きているのだ。素直に笑えない冗談だった。
「さて、俺たちもそろそろ捜しに行こう」
「了解なのです」
御琴たちが向かった方とは逆に、海斗らは男子棟へと入っていく。やはりこちらも電灯がつかないが、海斗たちは御琴たち同様、まだ日も出ているので捜索を続けることにした。
「さっきの人影って二階だよな」
「うん。私たちがここに入ってから誰とも会っていないから、この中にまだいるってことになるね」
誰かの足音がしないか、耳をそばだてながら海斗たちは階段を上っていく。そして、階段を上り切った二人が目にしたのは、何者かが部屋に入っていく後ろ姿だった。
「カイくん!」
「ああ、行こう!」
その背を追って二人は走る。その姿は芦原高校の制服に見えた。この施設で同じ学校と言えば一人しかいない。
「まどか!」
その名を呼びかけ、海斗らは一つの部屋に入った。そこは八畳ほどの少し大きめの和室だった。そして、その角に少女は後ろ向きに佇んでいた。
「よかった、無事だったんだ」
「……誰がですか?」
「そんなの決まってるじゃないか。あんなことがあって、連絡も取れないからずっと心配してたんだぞ」
壁に向かったまま、まどかは海斗の方を見ようとしない。その行動に美波も少し不信感を抱いた。
「ねえ、まどかちゃん。他の子はどうしたの?」
「みんな? その辺で遊んでいるんじゃないですか?」
「建物の中ではまだ私たちは会ってないの。もしかして外かな?」
「さあ、どうでしょう?」
「……あなた、誰?」
美波はまどかを睨みつける。隣で海斗が驚く中、断言する。
「今日の状況でまどかちゃんが子供たちを外で遊ばせるなんて思えない。人目に触れないように中に居ろって言うはずだよ。どこに行ったかもわからないなんて、無責任すぎる」
「……ああ、そうか。ここは『どこかに隠れてる』とでも言えばよかったのかな」
まどかが振り向く。だが、瞬きをする間にその姿は別人に変わっていた。海斗らの前に一度姿を見せた記者、佐田だった。
「佐田さん……いや、違う」
「くくく……その物言いだと気付いているみたいだな。僕が本物の記者じゃないって」
佐田の姿をした何者かが悪意に満ちた笑いを向ける。酷く不快感を覚えるその言動には海斗も覚えがある。
「お前、鵺か!」
「正解だ、伊薙海斗!」
佐田の体から邪気が放たれる。どす黒い靄のようなものが施設内を走り、二人の前で|鵺がいつもの顔の見えない少年の姿に戻る。
「僕は本当の姿が定まってない妖でね。こうやって人の姿を借りてあちこちで人をからかうのが大好きなのさ!」
様々な伝承の中で鵺は記されている。だが、そのどれもが同じ姿形をしていない。だがそれは逆なのだ。元々、彼に特定の姿など存在しない。
「おやぁ? そっちの女は邪気の影響を受けてないな。ほのかに霊力も感じる……この数日で耐性でも身に着けたのかな?」
じろりと、蛇のような気味の悪い視線を美波は向けられた気がした。彼女の懐にはミサキからもらった勾玉がある。
「それとも……お前が岐の一族の者なのかな?」
「逃げろ、美波!」
殺意を感じた海斗が美波を背に隠す。だが、逃げ出そうとした美波の足も止まった。
「カイくん!」
「なっ……!?」
海斗らの後ろにはいつの間にか廊下から入口を塞ぐように子供たちが立っていた。そのいずれもが虚ろな目で海斗らを見上げている。以前病院で会った時のような無邪気で明るい眼は誰一人としていない。
「ようこそ『三木きぼう園』へ。皆で歓迎してあげようじゃないか!」
鵺が指を鳴らす。それを合図に子供たちは二人に群がる。
「わっ、こら! 放せ!」
「おにーちゃん、遊ぼうよー!」
「お姉ちゃんも、一緒に遊ぼう!」
「痛い、やめて!」
「あっはっはっはっは! 子供って残酷だよね。遊び半分で虫を虐めて、気づいたら弱らせて殺しちゃうんだもん。まさに虫けらのように!」
子供たちが足にまとわりつき、海斗を畳の上に引き倒す。その上に別の子供が馬乗りになり、皆で海斗を叩き出す。美波は髪の毛を引っ張られ、止めようとした手に爪を立てられる。
「おっしくーらまーんじゅー」
「おっされってなっくなー」
そして、海斗はもみくちゃにされる中で異変に気付く。徐々に手足に何かがまとわりついて身動きが取れなくなり始めていたのだ。
「何だこれ……!?」
それは糸だった。邪気に染められた子供たちはその手に糸を持ち、遊びながら海斗の手足に絡め始めている。
「はいよー!」
「がっ……!?」
首に巻き付けられた糸を上に乗る子供が手綱のように引っ張る。首が締まり、呼吸が遮られる。振り解こうにも、子供とは思えない物凄い力で体を拘束されている。抗えない。
「ほらほらー、走れお馬さん!」
「や、やめ……」
「カイくん!」
「おやおや。もう終わりかい? せめて岐の力のカラクリを教えてから死んでくれよ」
鵺が残念そうに悶え苦しむ海斗を見下ろす。今回はあまりの歯ごたえの無さに彼も拍子抜けしていた。
「から……くり?」
歯を食いしばる海斗の髪の毛をつかみ、鵺は自分に顔を向けさせる。
「伊薙のお前が岐の力を使っていた理由だよ。伊薙家は祓いの才能の欠片もない、ただ愚直なのが取り得の武士の家系だ。お前が使えるわけがないんだよ」
「……そうか、やっぱりか」
「……あ?」
「何かおかしいと思ってたんだ……都合よく怪異を祓える奴があちこちにいるわけないって」
「何を言っている?」
伊薙は約束を守り、その技を伝えた。例えその技の名が受け継がれなくなり、本来の意味を知る者がいなくなったとしても。
ならば岐はどうなのか。歴史の中にその姿が消えたとしても、伊薙と縁を結び、いつか蘇るはずの鵺を封じた地から離れるとは思えない。ならば――。
「春さんが……言ってたんだ。陰で守るって」
「岐春……っ!? どうしてお前がその名を!」
鵺の顔色が変わった。海斗が知るはずのないその名を、己の手で命を絶ったはずの存在の名を彼が口にしたことに。
「あなたに言う必要はないわ、鵺」
「――っ!?」
鵺が海斗から手を放し、弾かれたように後ろに飛ぶ。畳に倒れ込む中、海斗は自分を飛び越えて鵺に躍りかかるその姿を見た。
「ミサキ!」
「ミサキさん!」
「はあああっ!」
三日月が閃き、その一撃が鵺をとらえた。額から左の頬にかけて、|鵺の顔に傷がつく。
「ぐあっ!?」
しかし鵺が飛びのくのが早かったためか、ミサキはその一撃が深手ではないことに気付き、舌打ちをした。
「大丈夫、海斗!」
ミサキが海斗と美波にまとわりつく子供たちの頭に軽く手を乗せる。祓いの力を注ぎ込み、子供たちを邪気から解き放っていく。
「助かったよ……」
「ありがとう、ミサキさん。でもなんでここに?」
「これだけ馬鹿でかい邪気に気が付かないわけないでしょ」
二人を縛る糸もミサキが三日月で切断し、海斗らは自由を取り戻す。そしてミサキは顔を斬られて狼狽える鵺に三日月の切っ先を向ける。
「くっ……この…お前は何者だ」
「さあ? 私もそれを知りたいんだけど」
「ちっ……ミサキ!」
ミサキが頭上から邪悪な気配を感じ取る。彼女が目を向けたそこにはバスケットボールほどの大きさというあり得ない物がいた。
「蜘蛛!?」
「ギィィィィ!」
その見た目と大きさから来る生理的な嫌悪感に、思わずミサキの動きが止まる。天井に張り付いていた蜘蛛たちは一斉に彼女目掛けて飛び掛かって来た。
「はっ!」
だがミサキは飛び退き、蜘蛛から身をかわす。
「海斗、美波さん、走って!」
畳に降り立った蜘蛛たちはわらわらと廊下いっぱいに這い出て一斉に三人を追い始めた。
「早く、施設の外へ!」
「ダメだ。御琴と先輩が女子棟の方に!」
「くっ……!」
ミサキが廊下に置いてあった掃除用具入れのロッカーを倒す。衝撃で扉が開き、中から掃除用の道具が転がり出る。その中から二本の箒を海斗らに投げ渡す。
「海斗、美波さん、これ使って!」
「箒!?」
「元々、箒は祭祀用の道具よ。掃き、払うことが『祓う』に通じるとされてるの。それなら多少は妖怪に立ち向かえるわ。ここは食い止めるから二人は御琴さんと深雪さんを!」
「わかった!」
「ミサキさんも無事で!」
階段を降りていく海斗と美波。それを追って蜘蛛が走る。だが、その階段口にミサキは立ちはだかり、三日月を構える。
「さて……蜘蛛はあんまり得意じゃないんだけど」
そして、一斉に蜘蛛が襲い掛かる。糸を吐き出し、長い脚を振り上げてミサキをとらえようと向かって来る。
「ここは、絶対に通さないから!」
そして、ミサキは力強く三日月を握り締めるのだった。
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