智識神の封印書庫

文月沙華

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少女と精霊

12話

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 その日、寮に帰ったミレナは机と向かい合っていた。

 悩んでいるミレナを見て、エルネス先生が提案してくれたことだった。孤児院にいる院長に手紙を書いたらどうかって。
 正直、あまり気は進まなかったけれど、悩んでいることを相談するんじゃなくても近況を書くだけでも気は紛れるかもしれない。孤児院の様子も気になるし。そう思って、こうしてペンを取ってみたのだった。

 しかし、いざ書くとなると何を書けばいいのか思いつかない。問題の相談や愚痴みたいなことはあまり書きたくないし、そう考えると書ける話題はアーシャのことくらいだった。ルシス族のクラスメイトと友達になった。うん、これは院長にとっても嬉しい報告だと思う。

 自分に友人が出来たことを喜んでくれる。疑う余地なくそう思える自分になんとなく照れ臭さを感じながら、ミレナは紙にペンを走らせた。アーシャと話したこと、授業での様子、お互いに本の感想を交換する約束など……いざ書き始めてみると、書けそうなことは意外と多かった。

 書いている途中、窓から風が吹き込んで紙がめくれる。手で押さえているから飛ばされるほどではないけれど、なんとなく気になったので先に窓を閉めることにした。立ち上がって窓へと歩み寄ると、街灯の下に黒い影を見つけてぎょっとしてしまう。

 目を凝らしてよく見ると、ただの猫だった。こちらの視線に気付いたのか、真っ黒な猫が顔をあげ、その蒼い瞳をこちらに向ける。
 そのまましばらく目が合っていたけれど、ふと黒猫のほうが顔を逸らして別の方向に向け、やがて植え込みの中に飛び込んで隠れてしまった。

 何があるのかと視線を移動し、見知った人物が目に入る。

 街灯の光を、その灰色の角が反射する。現れたのはアーシャだ。寮を出て、校舎や図書塔がある方向へ向かっている。何か忘れ物でもしたのだろうか。門限の後に出歩くのは禁止されているから、先生たちに見つからないといいけど……。

 もしかしたら先生の許可は得ているかもしれないし、私が今から追いかけるようなことでもないだろう。そう判断し、ミレナは友人の規則破りを黙認して机へと戻った。

* * *

 この学校の教員には、一人一部屋、専用の研究室が与えられる。

 教師であると共に彼らは魔術師でもあり、魔術師は常に高みを目指して己の魔術を磨き続けるものだ。全員がそうだとは言わないが、ほとんどの教師は教職の傍らに魔術の研究に時間を費やしている。

 もちろん、リーヴェンも例外ではなかった。夜遅く、学校にいるほとんどすべての人間が寝静まったであろう時間でも、一人で研究を進めていた。まだ高みへ、もっと高みへ……それは終わりのない道のりだったが、彼は終わりがないことに疑問を抱いたことなどなかった。どんなに実力を磨いても、彼が満足することはない。

 疲労を感じてペンを置き、目頭を強く押さえる。今日は少し打ち込みすぎたかもしれない。そう思い、片付けるために立ち上がる。その時だった。

 研究室の扉がノックされる。

「リーヴェン先生、いらっしゃいますか?」

 扉に視線を送る。自分が怪訝な表情をしていることが自覚できた。こんな時間に来客など普通はありえない。
 今の声はたしか司書の……。

「どうぞ」

 扉に向けて返答すると、やがてゆっくりと扉が開かれる。図書館の管理をやっている司書の一人だった。教員ではないが、シェラトゥ教団の神官ではある。

「何かありましたか?」

 慌てている様子はないが、こんな時間に訪ねてきたくらいだ。緊急の用件なのかもしれない。

「すみません、研究中でしたか?」
「もう片付けるところです。片付けながらで構いませんか?」

 鞄に荷物を放り込みながらそう尋ねる。ダメだとは言われないだろう。
 彼女はやや躊躇った様子を見せながら、やがて決意したように頷く。

「お耳に入れたいことがあるんです。他の司書たちにはもう周知したのですが、先生にもお伝えしておこうと思いまして」

 何か深刻な気配を感じ取り、リーヴェンは片付けの手を止めた。

「禁書庫の封印を、誰かが破ろうとした痕跡が見つかったんです。些細な痕跡だったし、もしかしたら、先日の生徒の悪戯の後で見落としただけかもしれないのですが……」

 誰かが封印を破ろうとした?
 そんなことがあるのだろうか。この学校の教員も神官も、あれが簡単に破れないことはよくわかっているはずだ。

 しかし、見落としというのも考えにくい。あの悪戯の後の痕跡のチェックには自分も参加していた。
 ……夜の間に外部からの侵入者、ありえるだろうか?

 なんと言うべきか逡巡し、慎重に口を開く。

「わかりました。念のため、私も研究の合間に見回りをすることにします。それ以外でも、また何かあれば伝えてください」

 最終的に口から出てきたのは、あまりにも無難な先生としての言葉だった。

 こんな騒ぎになってしまっては、また使える時間が減ってしまうな。そう思い、内心で肩を落とした。
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