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目指すは大魔導師
光の使者
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夜となり、任務を終えてグライン達と別れたクレバルは自宅へ戻る。クレバルの生家はとても立派でお洒落な印象を受ける大きな家であった。
「たでーま」
だらしなさそうに挨拶をするクレバル。居間には父のクラークと母のセメンがいる。
「クレバル。また仕事をサボったりしていないだろうな」
クラークが眉間に皺を寄せながら言うと、んな事ぁねぇよと全力で否定するクレバル。魔法戦士兵団の入団テストの日にて近所の住民から洞窟の付近で居眠りしていたクレバルの姿を目撃したという事を告げ口され、それ以来毎日のように説教を受け続けていたのだ。
「お前は誇り高き魔法戦士兵団の一人なんだ。いつまでも怠け者のままであったら魔法戦士の名が泣くぞ」
「う、うるせぇな! 働くべき時はちゃんと働いてるっての! いい加減お説教もやめろよな!」
「馬鹿者! 全くお前という奴はいつまで学生気分でいるつもりなんだ」
めんどくさそうに応対するクレバルに、クラークは頭に血を登らせる。
「クレバル。あなたも王国を守る立派な魔法戦士なんだから、お父さんを困らせるような事をするんじゃありませんよ」
セメンが続けて言う。帰宅してからの両親の一言に、クレバルは気怠そうにするばかり。クレバルの両親――クラークは学者であり、セメンは元魔法使いであった。
夕食後、入浴を済ませて自室に籠ったクレバルはベッドの上に寝転がり、ぼんやりと天井を見つめていた。
「あーあ、何だかかったりぃなぁ」
疲れた様子で呟くクレバルは、何気なく部屋に設置された机の方を見る。机には、魔法学校の教科書が置かれていた。
学者と元魔法使いの息子であるクレバルは裕福な家庭に生まれ、不自由なく育てられたせいか自己中心的で不真面目かつグータラな性格に進んでしまい、将来への危機感を感じた両親によって無理矢理魔法学校に入学させられていた。そこで魔法の凄さを知ると同時に憧れを抱くようになり、リルモと出会うきっかけにもなった。出会いの始まりは、休憩時間に入った直後、トイレに駆け込む際に通り掛かったリルモと激突した時である。
「ってぇな。どこ見て歩いてんだよ」
「あんたこそ何よその言い草。ぶつかってきたのはあんたの方でしょ」
「何だと? ぶつかってきたのはお前の方だろが!」
顔を近付け合って口論し、衝突する二人。この一件から暫くの間二人はお互いウザい奴と認識するようになると同時に顔を合わせる機会が何度か来るようになり、気が付けば腐れ縁となっていた。魔法学校卒業後、リルモからの誘いで魔法戦士兵団に入団し、地魔法と戦士としての腕を鍛えられた。クレバルには地魔法と矛槍系統の長柄武器を扱える才能が備わっており、その才能を見込まれて中級兵に昇進できたものの、持ち前の自分中心な性格と不真面目な部分は抜けておらず、後輩を困らせる事もしょっちゅうであった。
そして現在では自分よりも格上の存在となったリルモの事がどこか気になり始め、リルモが好意的に接しているグラインを疎ましく感じていた。
翌日、グラインは支度を済ませて城へ行こうとする。ティムも付いていく様子であった。
「ティム。君も来るのか?」
「エエ、もっと王様から話ヲ聞きたいからネ。それニ、アナタ達の任務の手助けをするト王様カラ信頼を得られるかもしれなイかラ」
グラインは少し難しそうな顔をしながらも、何か面倒な事にならなきゃいいけどな、と考えてしまう。城へ向かう途中、下級兵二人と立ち話しているクレバルの姿を発見する。
「マア、面倒なのガいるわネ。しかもお連れさんとのセットかしラ」
クレバルを見てティムはグラインの後ろに隠れようとする。クレバルの話し相手となっている下級兵二人は、時々クレバルの愚痴に付き合わされているという下っ端の魔法使いであった。
「大体よ、リルモの奴は新人に甘すぎるんだよ。『もしグラインを苛めたら絶対に許さない』だの『グラインに何か変な事しなかったか』だの言っていちいち釘刺してきやがるぐらいだ。あいつ、どんだけグラインに優しいんだ?」
「そ、そりゃあ新人だからじゃないッスか? ごく最近入って来たんだし」
「だからってあそこまで面倒見るなんていくら何でも過保護だろうが! リルモはあんな肝が小さそうな奴がタイプだってのか?」
「……クレバルさん、もしかしてリルモさんの事好きなんです?」
「なわけねぇだろ! 冗談じゃねえよ。あんなガサツで石頭で声がでっかくて足のくっせぇ女なんか好きなわけねぇだろが!」
照れ隠しなのか、半ば赤面しながらも全力で反論するクレバル。そこで下級兵二人がグライン達の姿に気付く。
「あ。おはようございます」
グラインが挨拶をすると、クレバルが驚いて飛び上がる。
「おいグライン! さっきまでの話を盗み聞きしてやがったのか?」
「ぼ、僕は何も……」
クレバルはティムの姿を発見すると更に驚く。
「ゲッ! この珍獣野郎! 何でお前までいるんだよ!」
「珍獣野郎ってホンットーに失礼ネ! アナタ、さっきマデ随分面白い話してたようじゃナイ?」
「こ、この野郎……まさかリルモに言いふらすつもりじゃねえだろうな」
「今の失言ニついてきちんと詫びるつもりナラ秘密にしてやるわヨ」
「ちっ……悪かったな」
ぶっきらぼうに詫びるクレバル。
「全部聞こえてたわよ」
リルモが怒り任せの地団駄を踏みながら現れる。建物の陰に隠れてクレバルの立ち話から出た悪口を盗み聞きしていたのだ。
「ゲェーッ! お前いつの間に!」
「ガサツで、石頭で、声がでっかくて、クチのくっせぇ女って誰の事? ええ?」
リルモは威圧しながらも全身から凄まじい怒りの炎を滾らせていた。炎の勢いは立っているだけで物凄い怒りが伝わる程である。
「ちょ、ちょっと待てよ! 一つ違ってるぞ! 正しくは足のくっせぇ女だって……」
「どっちもよくないわよ! 今日という今日は絶っっ対に許さないわ! 覚悟なさい!」
「どわああああああああああああああ!」
全速力で逃げるクレバルを追い続けるリルモ。グライン達は呆然となっていた。
「……マ、ワタシ達は気にせず行きまショ」
「そうだね」
グラインとティムは改めて城へ歩き始める。
この日は、城の中庭で兵団による合同訓練が行われていた。兵団同士による実戦訓練、中級兵や上級兵による下級兵への稽古を重ねる日である。グラインはリルモに稽古を付けてもらう事になった。
「グライン、行くわよ。私の攻撃を捌いてみせなさい」
「はい」
リルモが槍を構えると、グラインは精神集中させつつも身構える。
「ハアアッ!」
素早い槍の攻撃を繰り出すリルモ。一撃一撃がとても速く、目で追えない程の勢いであった。
「うわあ!」
槍の攻撃で吹っ飛ばされるグライン。
「立ちなさい! まだまだこんなものじゃないわよ」
リルモが魔力を高めると、槍が電撃に覆われていく。雷の魔力を集中させているのだ。
「僕も、負けてられない」
グラインは両手に炎の魔力を集中させると、リルモが雷を帯びた槍の攻撃を放っていく。一撃がグラインの腕を掠めると、全身に電流が襲い掛かる。
「ぐっ……」
痺れを残しつつもグラインは膝を付く。この人、こんなに強かったのか。リルモの実力を肌で感じ取ったグラインはまだまだ、と言わんばかりに立ち上がろうとする。そしてクレバルは、数々の地魔法で下級兵達に稽古を付けていた。数々の訓練を遠い位置で見守るティムの元に、フィドールがやって来る。
「あら。あなたは昨日の……」
フィドールはニールと共に大陸調査から帰って来たばかりであった。
「えっと、フィドール兵団長でしたッケ。昨日はドウモです」
緊張しつつも挨拶をするティム。
「そう緊張しなくてもいいわよ。王子はあなたの事を訝しんでいるようだけど、私にはあなたが悪者じゃないという事は解るわ。あなたの目はとても澄んでいるから」
「エ?」
フィドールはティムの澄んだ目を見て、悪い存在ではないと認識していたのだ。
「あなたが何者なのか気になるところだけど……伝説の大魔導師の事が聞きたくてレイニーラを訪れたのよね? 王の事なら私が話を付けておくわ」
フィドールはティムの目を見ているうちに何かを感じ取り、王を説得しようと考え始める。理由はハッキリしないが、ティムがただの獣人のような種族の旅人ではないという雰囲気を目から感じていたのだ。
「ア。ありがとうございマス!」
ティムが礼を言うと、合図の鐘が鳴り響く。休憩時間の知らせであった。激しい訓練に傷付いた兵団の面々が休憩に入り、グライン達もその中に混じる。
「ふう……」
リルモの稽古によってグラインはすっかりボロボロになっていた。
「アラ、随分ボロボロじゃない」
ティムがグラインの元へやって来る。
「はは、リルモの稽古はフィドール様並みに容赦なかったよ」
笑うグラインの表情は汗ばんでいた。昼食にありつけようと、食堂へ向かうグライン達。食堂ではクレバルがやけ食いで昼食を頬張っている。その周りには後輩の下級兵二人もいた。
「ンガアアア! リルモの奴、なんでグラインびいきなんだよ! あいつの稽古ならフィドール様が適任じゃねえかよおお!」
愚痴をこぼしながらやけ食いをするクレバルを見て、ティムが呆れたと言わんばかりに溜息を付く。
「アイツったら、リルモの事ガ好きでグラインに嫉妬してるのかしラ」
ティムのぼやきにグラインは苦笑いする。
「クレバルさん、やっぱりリルモさんの事好きなんじゃないッスかぁ?」
下級兵の一人が言う。
「うっせぇ! ちくしょう、グラインの野郎……」
これは近寄らない方が良さそうだな、と思いながらもグラインは別の場所で食事を取ろうと考える。そんな中、リルモがやって来る。
「あらグライン、どうしたの?」
グラインはリルモにクレバルの事を説明すると、リルモはやれやれと呟く。
「全くあのバカは。あんな奴の事は気にしなくてもいいわよ」
「でも……」
「ま、後々面倒な事にならないように軽く言っておくわ」
リルモはクレバルがいる食堂へ足を踏み入れる。
「うお、リルモ! お前も飯か?」
「そうよ。何やら楽しそうだけど、お邪魔だったかしら?」
「いやいやとんでもねぇ! あれ、グラインは一緒じゃねぇのかよ」
「さあ?」
グラインとティムはこっそりとリルモとクレバルの様子を見守っていた。
「ところで、クレバル。あんた、私がグラインの稽古を付けている事に何か不満でもあるのかしら?」
「な、何だよいきなり?」
核心的な事を突かれたクレバルは思わず動揺してしまう。
「私がグラインびいきしているとかどうとか愚痴をこぼしてたのがたまたま聞こえたのよ」
「いぃっ……」
この女、地獄耳かよ……と心の中で呟きつつも狼狽えるクレバル。
「何考えてるのか知らないけど、私がグラインのお世話をしているからって変な風に捉えるのはやめてくれない? あの子はあくまで新人の後輩に過ぎないんだし、先輩として色々面倒見るのは当たり前なんだから」
腰に手を当てながらも、リルモは鋭い目を向けてクレバルに言う。
「あと! 私は常に上品さを心掛けているつもりだし頭はそこまで固くないし、声は人並みで足は毎日お風呂で洗ってるし、一日三回丁寧に歯磨きしてるわよ」
「おい、まさか今朝の事を根に持ってるのかよ?」
「当たり前でしょ」
そんなリルモとクレバルのやり取りを、グラインは遠巻きに眺めていた。
「もう入ってもいいんじゃナイ? リルモもいるし」
「そ、そうだね」
ティムに言われ、グラインは食堂に足を踏み入れる。
「ようグライン。珍獣も一緒かよ」
「珍獣っテ呼ぶなって言ってるでショ!」
頭に血を登らせるティムの傍らで席に座るグライン。
「なあ、お前は一体何なんだよ? 王子にマークするように言われてんだし、今日こそ洗いざらい吐いてもらうからな。一つ気になってたんだが、お前王様と話してる時、予言がどうこう言ってたよな。一体どういう事なんだよ?」
クレバルが掴み掛るようにティムに言う。ふとティムの口から出た予言に関する話について思い出し、密かに気になっているのだ。
「そういえば、世界に大きな災いをもたらす予言がどうとか言ってたけど、その予言は誰が?」
続いてグラインが問い掛ける。ティムは少し考えつつも、軽く咳払いをする。
「……光の聖都から伝わりし予言ヨ。ワタシはその予言に従い、世界を渡り続けているノ」
光の聖都――それは世界の繁栄と共に誕生した神を崇めしとする聖都であった。そこには世界の運命に関する数々の予言が存在し、ティムの言う大いなる災いをもたらす巨大な闇の脅威が訪れるといった予言もその一つであった。聖都は現在、滅びの運命を辿っており、ティムは聖都の使者として予言に従い、災いに立ち向かう者を探し求めて旅をしていた。レイニーラを訪れ、伝説の大魔導師に関する情報を知ろうとしているのもその一端であったのだ。
「光の聖都だぁ? んなもん聞いた事ねぇぞ」
半ば馬鹿馬鹿しいと言わんばかりにクレバルがかったるそうにする。
「信じなければ勝手にそう思ってレばいいワ。それでネ……もしかするとだけど、グライン。アナタからは何かを感じるノ。並みの魔法使いにハない大きな何かヲ」
「え? 僕が?」
グラインは不思議そうにティムを見つめる。
「はん、まさかこんな腰抜け野郎が選ばれし者だって言いたいのか? だとしたらお笑いモノだぜ」
何かとうるさいクレバルを殴って黙らせるリルモ。そこにフィドールが現れる。
「フィドール兵団長!」
「ティムと言ったわね。王とは話を付けたわ。今すぐ謁見の間に来ていただけるかしら。グライン、リルモも同行してちょうだい」
フィドールはティムについて王と話した結果、もう一度謁見の間へ来て欲しいという要望があったとの事である。
「ちょっと待って下さいよフィドール様! まさか、この野郎の事を信じてるっていうんですかい?」
クレバルが声を張り上げると、フィドールは徐に顔を近付け、鋭い目を向ける。
「あなたは黙って午後からの特訓に備えなさい。いいわね!」
息が掛かる至近距離のままフィドールが威圧するように言うと、クレバルは面食らったように黙り込んでしまう。グライン、リルモ、ティムはフィドールに連れられて謁見の間へ向かった。
昼過ぎになろうとした頃、王国に異様な姿をした二人組が現れる。一人は黒い服を着た青白い肌に銀色の長い髪を靡かせた人形のような少女と、もう一人は全身に黒い縞模様が浮かぶ特徴的な肌を持つ黒髪の男であった。
「ここがレイニーラか。平和そうな国だね……」
少女は平和な街並みの様子にクスクスと不敵に笑いながらも足を進める。二人が向かう先は、城であった。
「何だ君達は。関係者以外は立ち入り禁止だぞ」
城の番兵二人が城門を塞ぐように言う。
「ボク達は旅人なんだけど、この国の城も旅人は立ち入り禁止なのか。厳しいもんだね」
赤紫色の輝きを持つ少女の目が妖しく光る。すると、二人の番兵はまるで気が遠のいていく感覚に陥り、目に光が失われていく。番兵は抜け殻のように硬直し、白目を剥いている。まるで人形化したような姿であった。
「クロト。なるべく手荒にはしてくれるなっていう命令を忘れちゃダメだよ」
「……ターゲットは何だ、バキラよ」
「王女様だよ」
バキラという名の少女と、クロトという名の男が城へ入っていく。番兵の二人は魂を抜かれたかの如く完全に意識を失っており、その場に棒立ちしたままであった。
「たでーま」
だらしなさそうに挨拶をするクレバル。居間には父のクラークと母のセメンがいる。
「クレバル。また仕事をサボったりしていないだろうな」
クラークが眉間に皺を寄せながら言うと、んな事ぁねぇよと全力で否定するクレバル。魔法戦士兵団の入団テストの日にて近所の住民から洞窟の付近で居眠りしていたクレバルの姿を目撃したという事を告げ口され、それ以来毎日のように説教を受け続けていたのだ。
「お前は誇り高き魔法戦士兵団の一人なんだ。いつまでも怠け者のままであったら魔法戦士の名が泣くぞ」
「う、うるせぇな! 働くべき時はちゃんと働いてるっての! いい加減お説教もやめろよな!」
「馬鹿者! 全くお前という奴はいつまで学生気分でいるつもりなんだ」
めんどくさそうに応対するクレバルに、クラークは頭に血を登らせる。
「クレバル。あなたも王国を守る立派な魔法戦士なんだから、お父さんを困らせるような事をするんじゃありませんよ」
セメンが続けて言う。帰宅してからの両親の一言に、クレバルは気怠そうにするばかり。クレバルの両親――クラークは学者であり、セメンは元魔法使いであった。
夕食後、入浴を済ませて自室に籠ったクレバルはベッドの上に寝転がり、ぼんやりと天井を見つめていた。
「あーあ、何だかかったりぃなぁ」
疲れた様子で呟くクレバルは、何気なく部屋に設置された机の方を見る。机には、魔法学校の教科書が置かれていた。
学者と元魔法使いの息子であるクレバルは裕福な家庭に生まれ、不自由なく育てられたせいか自己中心的で不真面目かつグータラな性格に進んでしまい、将来への危機感を感じた両親によって無理矢理魔法学校に入学させられていた。そこで魔法の凄さを知ると同時に憧れを抱くようになり、リルモと出会うきっかけにもなった。出会いの始まりは、休憩時間に入った直後、トイレに駆け込む際に通り掛かったリルモと激突した時である。
「ってぇな。どこ見て歩いてんだよ」
「あんたこそ何よその言い草。ぶつかってきたのはあんたの方でしょ」
「何だと? ぶつかってきたのはお前の方だろが!」
顔を近付け合って口論し、衝突する二人。この一件から暫くの間二人はお互いウザい奴と認識するようになると同時に顔を合わせる機会が何度か来るようになり、気が付けば腐れ縁となっていた。魔法学校卒業後、リルモからの誘いで魔法戦士兵団に入団し、地魔法と戦士としての腕を鍛えられた。クレバルには地魔法と矛槍系統の長柄武器を扱える才能が備わっており、その才能を見込まれて中級兵に昇進できたものの、持ち前の自分中心な性格と不真面目な部分は抜けておらず、後輩を困らせる事もしょっちゅうであった。
そして現在では自分よりも格上の存在となったリルモの事がどこか気になり始め、リルモが好意的に接しているグラインを疎ましく感じていた。
翌日、グラインは支度を済ませて城へ行こうとする。ティムも付いていく様子であった。
「ティム。君も来るのか?」
「エエ、もっと王様から話ヲ聞きたいからネ。それニ、アナタ達の任務の手助けをするト王様カラ信頼を得られるかもしれなイかラ」
グラインは少し難しそうな顔をしながらも、何か面倒な事にならなきゃいいけどな、と考えてしまう。城へ向かう途中、下級兵二人と立ち話しているクレバルの姿を発見する。
「マア、面倒なのガいるわネ。しかもお連れさんとのセットかしラ」
クレバルを見てティムはグラインの後ろに隠れようとする。クレバルの話し相手となっている下級兵二人は、時々クレバルの愚痴に付き合わされているという下っ端の魔法使いであった。
「大体よ、リルモの奴は新人に甘すぎるんだよ。『もしグラインを苛めたら絶対に許さない』だの『グラインに何か変な事しなかったか』だの言っていちいち釘刺してきやがるぐらいだ。あいつ、どんだけグラインに優しいんだ?」
「そ、そりゃあ新人だからじゃないッスか? ごく最近入って来たんだし」
「だからってあそこまで面倒見るなんていくら何でも過保護だろうが! リルモはあんな肝が小さそうな奴がタイプだってのか?」
「……クレバルさん、もしかしてリルモさんの事好きなんです?」
「なわけねぇだろ! 冗談じゃねえよ。あんなガサツで石頭で声がでっかくて足のくっせぇ女なんか好きなわけねぇだろが!」
照れ隠しなのか、半ば赤面しながらも全力で反論するクレバル。そこで下級兵二人がグライン達の姿に気付く。
「あ。おはようございます」
グラインが挨拶をすると、クレバルが驚いて飛び上がる。
「おいグライン! さっきまでの話を盗み聞きしてやがったのか?」
「ぼ、僕は何も……」
クレバルはティムの姿を発見すると更に驚く。
「ゲッ! この珍獣野郎! 何でお前までいるんだよ!」
「珍獣野郎ってホンットーに失礼ネ! アナタ、さっきマデ随分面白い話してたようじゃナイ?」
「こ、この野郎……まさかリルモに言いふらすつもりじゃねえだろうな」
「今の失言ニついてきちんと詫びるつもりナラ秘密にしてやるわヨ」
「ちっ……悪かったな」
ぶっきらぼうに詫びるクレバル。
「全部聞こえてたわよ」
リルモが怒り任せの地団駄を踏みながら現れる。建物の陰に隠れてクレバルの立ち話から出た悪口を盗み聞きしていたのだ。
「ゲェーッ! お前いつの間に!」
「ガサツで、石頭で、声がでっかくて、クチのくっせぇ女って誰の事? ええ?」
リルモは威圧しながらも全身から凄まじい怒りの炎を滾らせていた。炎の勢いは立っているだけで物凄い怒りが伝わる程である。
「ちょ、ちょっと待てよ! 一つ違ってるぞ! 正しくは足のくっせぇ女だって……」
「どっちもよくないわよ! 今日という今日は絶っっ対に許さないわ! 覚悟なさい!」
「どわああああああああああああああ!」
全速力で逃げるクレバルを追い続けるリルモ。グライン達は呆然となっていた。
「……マ、ワタシ達は気にせず行きまショ」
「そうだね」
グラインとティムは改めて城へ歩き始める。
この日は、城の中庭で兵団による合同訓練が行われていた。兵団同士による実戦訓練、中級兵や上級兵による下級兵への稽古を重ねる日である。グラインはリルモに稽古を付けてもらう事になった。
「グライン、行くわよ。私の攻撃を捌いてみせなさい」
「はい」
リルモが槍を構えると、グラインは精神集中させつつも身構える。
「ハアアッ!」
素早い槍の攻撃を繰り出すリルモ。一撃一撃がとても速く、目で追えない程の勢いであった。
「うわあ!」
槍の攻撃で吹っ飛ばされるグライン。
「立ちなさい! まだまだこんなものじゃないわよ」
リルモが魔力を高めると、槍が電撃に覆われていく。雷の魔力を集中させているのだ。
「僕も、負けてられない」
グラインは両手に炎の魔力を集中させると、リルモが雷を帯びた槍の攻撃を放っていく。一撃がグラインの腕を掠めると、全身に電流が襲い掛かる。
「ぐっ……」
痺れを残しつつもグラインは膝を付く。この人、こんなに強かったのか。リルモの実力を肌で感じ取ったグラインはまだまだ、と言わんばかりに立ち上がろうとする。そしてクレバルは、数々の地魔法で下級兵達に稽古を付けていた。数々の訓練を遠い位置で見守るティムの元に、フィドールがやって来る。
「あら。あなたは昨日の……」
フィドールはニールと共に大陸調査から帰って来たばかりであった。
「えっと、フィドール兵団長でしたッケ。昨日はドウモです」
緊張しつつも挨拶をするティム。
「そう緊張しなくてもいいわよ。王子はあなたの事を訝しんでいるようだけど、私にはあなたが悪者じゃないという事は解るわ。あなたの目はとても澄んでいるから」
「エ?」
フィドールはティムの澄んだ目を見て、悪い存在ではないと認識していたのだ。
「あなたが何者なのか気になるところだけど……伝説の大魔導師の事が聞きたくてレイニーラを訪れたのよね? 王の事なら私が話を付けておくわ」
フィドールはティムの目を見ているうちに何かを感じ取り、王を説得しようと考え始める。理由はハッキリしないが、ティムがただの獣人のような種族の旅人ではないという雰囲気を目から感じていたのだ。
「ア。ありがとうございマス!」
ティムが礼を言うと、合図の鐘が鳴り響く。休憩時間の知らせであった。激しい訓練に傷付いた兵団の面々が休憩に入り、グライン達もその中に混じる。
「ふう……」
リルモの稽古によってグラインはすっかりボロボロになっていた。
「アラ、随分ボロボロじゃない」
ティムがグラインの元へやって来る。
「はは、リルモの稽古はフィドール様並みに容赦なかったよ」
笑うグラインの表情は汗ばんでいた。昼食にありつけようと、食堂へ向かうグライン達。食堂ではクレバルがやけ食いで昼食を頬張っている。その周りには後輩の下級兵二人もいた。
「ンガアアア! リルモの奴、なんでグラインびいきなんだよ! あいつの稽古ならフィドール様が適任じゃねえかよおお!」
愚痴をこぼしながらやけ食いをするクレバルを見て、ティムが呆れたと言わんばかりに溜息を付く。
「アイツったら、リルモの事ガ好きでグラインに嫉妬してるのかしラ」
ティムのぼやきにグラインは苦笑いする。
「クレバルさん、やっぱりリルモさんの事好きなんじゃないッスかぁ?」
下級兵の一人が言う。
「うっせぇ! ちくしょう、グラインの野郎……」
これは近寄らない方が良さそうだな、と思いながらもグラインは別の場所で食事を取ろうと考える。そんな中、リルモがやって来る。
「あらグライン、どうしたの?」
グラインはリルモにクレバルの事を説明すると、リルモはやれやれと呟く。
「全くあのバカは。あんな奴の事は気にしなくてもいいわよ」
「でも……」
「ま、後々面倒な事にならないように軽く言っておくわ」
リルモはクレバルがいる食堂へ足を踏み入れる。
「うお、リルモ! お前も飯か?」
「そうよ。何やら楽しそうだけど、お邪魔だったかしら?」
「いやいやとんでもねぇ! あれ、グラインは一緒じゃねぇのかよ」
「さあ?」
グラインとティムはこっそりとリルモとクレバルの様子を見守っていた。
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「な、何だよいきなり?」
核心的な事を突かれたクレバルは思わず動揺してしまう。
「私がグラインびいきしているとかどうとか愚痴をこぼしてたのがたまたま聞こえたのよ」
「いぃっ……」
この女、地獄耳かよ……と心の中で呟きつつも狼狽えるクレバル。
「何考えてるのか知らないけど、私がグラインのお世話をしているからって変な風に捉えるのはやめてくれない? あの子はあくまで新人の後輩に過ぎないんだし、先輩として色々面倒見るのは当たり前なんだから」
腰に手を当てながらも、リルモは鋭い目を向けてクレバルに言う。
「あと! 私は常に上品さを心掛けているつもりだし頭はそこまで固くないし、声は人並みで足は毎日お風呂で洗ってるし、一日三回丁寧に歯磨きしてるわよ」
「おい、まさか今朝の事を根に持ってるのかよ?」
「当たり前でしょ」
そんなリルモとクレバルのやり取りを、グラインは遠巻きに眺めていた。
「もう入ってもいいんじゃナイ? リルモもいるし」
「そ、そうだね」
ティムに言われ、グラインは食堂に足を踏み入れる。
「ようグライン。珍獣も一緒かよ」
「珍獣っテ呼ぶなって言ってるでショ!」
頭に血を登らせるティムの傍らで席に座るグライン。
「なあ、お前は一体何なんだよ? 王子にマークするように言われてんだし、今日こそ洗いざらい吐いてもらうからな。一つ気になってたんだが、お前王様と話してる時、予言がどうこう言ってたよな。一体どういう事なんだよ?」
クレバルが掴み掛るようにティムに言う。ふとティムの口から出た予言に関する話について思い出し、密かに気になっているのだ。
「そういえば、世界に大きな災いをもたらす予言がどうとか言ってたけど、その予言は誰が?」
続いてグラインが問い掛ける。ティムは少し考えつつも、軽く咳払いをする。
「……光の聖都から伝わりし予言ヨ。ワタシはその予言に従い、世界を渡り続けているノ」
光の聖都――それは世界の繁栄と共に誕生した神を崇めしとする聖都であった。そこには世界の運命に関する数々の予言が存在し、ティムの言う大いなる災いをもたらす巨大な闇の脅威が訪れるといった予言もその一つであった。聖都は現在、滅びの運命を辿っており、ティムは聖都の使者として予言に従い、災いに立ち向かう者を探し求めて旅をしていた。レイニーラを訪れ、伝説の大魔導師に関する情報を知ろうとしているのもその一端であったのだ。
「光の聖都だぁ? んなもん聞いた事ねぇぞ」
半ば馬鹿馬鹿しいと言わんばかりにクレバルがかったるそうにする。
「信じなければ勝手にそう思ってレばいいワ。それでネ……もしかするとだけど、グライン。アナタからは何かを感じるノ。並みの魔法使いにハない大きな何かヲ」
「え? 僕が?」
グラインは不思議そうにティムを見つめる。
「はん、まさかこんな腰抜け野郎が選ばれし者だって言いたいのか? だとしたらお笑いモノだぜ」
何かとうるさいクレバルを殴って黙らせるリルモ。そこにフィドールが現れる。
「フィドール兵団長!」
「ティムと言ったわね。王とは話を付けたわ。今すぐ謁見の間に来ていただけるかしら。グライン、リルモも同行してちょうだい」
フィドールはティムについて王と話した結果、もう一度謁見の間へ来て欲しいという要望があったとの事である。
「ちょっと待って下さいよフィドール様! まさか、この野郎の事を信じてるっていうんですかい?」
クレバルが声を張り上げると、フィドールは徐に顔を近付け、鋭い目を向ける。
「あなたは黙って午後からの特訓に備えなさい。いいわね!」
息が掛かる至近距離のままフィドールが威圧するように言うと、クレバルは面食らったように黙り込んでしまう。グライン、リルモ、ティムはフィドールに連れられて謁見の間へ向かった。
昼過ぎになろうとした頃、王国に異様な姿をした二人組が現れる。一人は黒い服を着た青白い肌に銀色の長い髪を靡かせた人形のような少女と、もう一人は全身に黒い縞模様が浮かぶ特徴的な肌を持つ黒髪の男であった。
「ここがレイニーラか。平和そうな国だね……」
少女は平和な街並みの様子にクスクスと不敵に笑いながらも足を進める。二人が向かう先は、城であった。
「何だ君達は。関係者以外は立ち入り禁止だぞ」
城の番兵二人が城門を塞ぐように言う。
「ボク達は旅人なんだけど、この国の城も旅人は立ち入り禁止なのか。厳しいもんだね」
赤紫色の輝きを持つ少女の目が妖しく光る。すると、二人の番兵はまるで気が遠のいていく感覚に陥り、目に光が失われていく。番兵は抜け殻のように硬直し、白目を剥いている。まるで人形化したような姿であった。
「クロト。なるべく手荒にはしてくれるなっていう命令を忘れちゃダメだよ」
「……ターゲットは何だ、バキラよ」
「王女様だよ」
バキラという名の少女と、クロトという名の男が城へ入っていく。番兵の二人は魂を抜かれたかの如く完全に意識を失っており、その場に棒立ちしたままであった。
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