Radiantmagic-煌炎の勇者-

橘/たちばな

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目指すは大魔導師

謎の来訪者たち

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休憩時間が終わる頃、クレバルは後輩の下級兵二人と再び訓練所となる中庭へ向かおうとしていた。
「ったく、何で俺は引き続き特訓なんだよ。リルモはまだしも、グラインはつい最近入ったばかりの新米じゃねえか」
ティムと同行するという事でグラインとリルモを連れて王の元へ行き、自分には黙って特訓に備えろと命令するフィドールに、クレバルは不満を抱いていた。
「あの変な犬みたいな奴は何なんスか?」
「わけのわからん珍獣だよ。あの野郎、光の聖都がどうとか言ってやがったけど、絶対に正体を暴いてやるぜ。あいつがいると迂闊な事言えねぇからな」
クレバルは後輩達にティムが記憶を読む能力を持っている事について話す。
「き、記憶を読むんスか?」
「あぁ。間違ってもフィドール様の事を『あのオバサン、至近距離でくっせぇ息吐きやがって』とかいう風に悪口言うのは絶対やめとけよ。下手すると言いふらしやがるかもしれねぇからな」
「いや既に悪口言ってますやん」
「例えばの話だろが! それくらい解れよお前らは」
そんな会話を交わしているうちに、クレバルはふと足を止める。城内に見慣れない二人組の存在に気付いたのだ。二人組は、クロトとバキラである。
「誰だいあんたら? 見掛けねぇ顔だけどお客さんか?」
クレバルが声を掛けると、バキラが振り向いてにっこりと笑う。
「うん、お客さんだよ。ちょっと聞きたい事があるんだけど……」
バキラの不敵な笑顔にクレバルは得体の知れない不気味さを感じ取る。
「な、何だよ聞きたい事って」
「王女様はどこにいるか知ってる?」
「はあ?」
バキラ達の目的は王女、つまりイニアであった。クレバルは下手に教えない方が良さそうだと感じて、知らねえよと返答する。
「あ、そう。じゃあ王様のところに案内してくれないかな? お前は城の関係者みたいだからそれくらいはできるでしょ? 意地悪だけはしないで欲しいな」
不気味な微笑みを崩さずに要求してくるバキラを前に、何なんだよこいつとクレバル達は怯んでしまう。
「わ、悪いが断らせてもらうぜ。まず、王女様に何の用があるってんだ?」
クレバルが問い掛ける。
「ちょっとした用事だよ。どうしてもダメだって言うならそこを通させてもらうよ」
バキラが目を見開かせた瞬間――
「そこで何をしている!」
突然の声。現れたのは、ニールと数人の護衛兵士であった。
「ん? なあにお前達」
バキラは動じる事なくニールの方に顔を向ける。
「貴様ら、何者だ! 我が城に何用だ?」
ニールと護衛兵士一同が一斉に剣を抜く。
「ただのお客さんだよ。いきなり不審者扱いするなんて酷いんじゃない?」
「貴様らからは邪悪な気配を感じる。そんな輩を客人として招くと思うか!」
ニールが身構えると、クレバル達の方に視線を移す。
「父上に伝えよ。不審者が現れたとな。こいつらの相手は我々に任せろ」
「は、はい!」
クレバル達は即座に謁見の間へ向かった。


王からの呼び出しを受けたティムの同伴で再び謁見の間を訪れたグライン達。王はティムの話を聞いていた。光の聖都と呼ばれる場所の存在と、予言は聖都から伝わるものである事や、自身が聖都の使者として旅している事を打ち明けるティムに、王の表情が真剣なものになる。
「光の聖都……聞いた事がある。伝説の大魔導師と共に魔導帝国に挑みし聖光の勇者を生んだ場所であったとか」
王の言葉にグライン達は驚く。王はティムの目を見ているうちにどこかしら不思議な感覚と共に何故か懐かしさを覚え、次第にティムの事が信じられるような気がしていた。
「……良いだろう。私の知っている事を全て話しておく」
そして王は語る。かつて『魔導帝国』という世界を震撼させた悪しき帝国が存在し、魔界と契約した事で巨大なる闇の力を持つ異形の魔物に変貌した皇帝と勇者達の戦いが繰り広げられた。正しき光の心で邪悪なる存在を討ち滅ぼす光の聖都としての使命を与えられ、立ち上がった聖光の勇者と伝説の大魔導師は勇者一行を統率していたという。壮絶な戦いの末に帝国は滅び、勇者達はそれぞれの力を世界各地に封印して子孫を残し、伝説の大魔導師はレイニーラを建国し、幾多の年月を重ねてから聖光の勇者と共に何処かへ旅立ったと伝えられている。伝説の大魔導師の行方は知られていないものの、世界のどこかに大魔導師が扱っていた禁断の古代魔法が封印されているという噂があったとの事だ。
「もしやワタシが訪れたあの洞窟には……いやまさかネ」
ティムは思う。レイニーラを訪れる前に潜入したニルド高原の洞窟には伝説の大魔導師に関するものが、いやもしかすると禁断の古代魔法に関する何かがあるのではないかと考えてしまうが、噂はあくまで噂でしかないという事もある故、信憑性に欠けるという考えが生じる。そこでティムはニルド高原の洞窟について王に尋ねる。
「あの洞窟はただの魔物の巣でしかない。数日前ニールが調査に出向いた事もあるが、グレイドベアという凶悪な魔物の棲家でしかない場所だ」
ニール一行が調査を行った結果、洞窟に関しては昔からこれといって変わった点はなく、ただの魔物の棲家でしかない場所だと言うだけの王。何か隠している様子でもないようであった。
「……わかりましタ。ありがとうございマス」
ティムは本当にあの洞窟には何もないのか、と若干疑ったが、王の表情からして隠し事はしていないと感じたので一端引き下がる事にした。その時――
「王様!」
クレバルと下級兵二人がやって来る。
「た、大変です! 城に王女様を狙う不審者が!」
「何だと!」
王の表情が険しくなると、グライン、リルモ、フィドールが立ち上がる。
「行くわよ。気を引き締めなさい」
「はい!」
フィドールが駆け出すと、グライン達も後を追う。
「まさか、これが災いの始まりだというのか……?」
王はティムから聞かされた予言の内容が頭に浮かぶと同時に胸騒ぎを覚え、不安な気持ちに襲われてしまう。


ニールは、バキラの呪術によって激しく苦しんでいた。護衛兵士達は魂を抜かれたように白目で棒立ちになっており、ニールもまた護衛兵士達に放った呪術に襲われているのだ。
「思ったよりも耐えるんだね。お前は王子なんだっけ? それなりに実力があると見たよ」
バキラがにじり寄ると、ニールは頭を抑えながらも蹲ってしまう。本能で呪術に抗うものの、その力は自身では抑えられない程の大きな力であった。
「うっ……ああああ! うがああああああああああああっ!」
強烈な頭痛に襲われ、絶叫するニール。呪術に支配され始め、次第に目の光が失われ始めていた。
「フフフ、下手に耐えるから苦しくなるんだよ。でも、もう限界のようだね」
呪術の影響で頭痛は止まらず、頭が割れるような感覚であった。
「待て!」
杖を手にしたフィドールが立ちはだかる。その背後に立つグライン達。
「お前達、王子に何をした」
フィドールは蹲るニールの姿を見て、鋭い目をバキラ達に向ける。
「こいつらってさぁ。ボク達は何もしてないのに、いきなり不審者扱いして問答無用で斬りかかってきたんだよ。酷いと思わない?」
「何ですって……お前達は何者だ!」
「他人の名前を聞く時はまず自分から名乗るのが礼儀ってもんじゃないの? オバサン」
「オ、オバサン……ですって……? 失敬な! 私の名はフィドール・ラクティクスだ」
オバサン呼ばわりされた事で蟀谷を震わせながらも自身の名を名乗るフィドール。
「アハハ! オバサンって呼ばれて怒ってる? ねえオバサン?」
「黙れ! 調子に乗るな!」
挑発を続けるバキラにフィドールが怒り任せに魔力を高める。
「フィドール兵団長!」
リルモが加勢しようとする。
「あなた達は手を出さないで。私が食い止めてる間、王女を安全な場所へ避難させなさい」
フィドールの命令に従い、イニアを避難させようとするグライン達。
「おっと、そうはさせないよ」
バキラの目が光ると、グライン達に呪術の力が襲い掛かる。
「うっ……何だこの感覚は!」
グライン、リルモ、クレバルは突然悪寒に襲われ、身震いさせる。
「いけなイ! みんな、ワタシの傍に来テ!」
ティムが即座に両手で杖を掲げると、自身を含めたグライン達の周囲がやわらかな光に覆われる。同時にグライン達を襲っていた呪術の影響による悪寒が治まっていく。
「こ、これは?」
「結界ヨ。今のハ闇の力による呪いの術だったみたいネ」
ティムは自身の魔力で、あらゆる邪悪な力を払い除ける光の結界を張っていたのだ。それは、光の聖都の使者が扱える光魔法の一種である。
「コレで少しハ信じテもらえたかしラ?」
ティムがクレバルに言う。
「寒気が一瞬で治まった……これがお前の力だってのか?」
クレバルの足が結界の範囲内から出ようとする。
「動いちゃダメヨ! 一歩でも結界から出たラまた奴の術ニかかってしまうワ」
「何だよそれ! このまま立ち往生するしかないってのかよ!」
ティムが張った結界の範囲はかなり狭く、ろくにその場から動けない程であった。
「……へえ、ボクの傀儡の呪術を受け付けない結界を張るなんて。でもその様子じゃ、身動きが取れないみたいだね」
バキラはグライン達の状況を見てニヤニヤと笑っている。フィドールはティムの結界に守られているグライン達を見つつも、ここで下手に戦うわけにはいかないと思いながら両手で杖を構える。
「言っておくけど、場所を変えるといった要求は受け付けないよ。そこまでする程の戦いにはならないだろうからね」
まるで心を読まれているかの如くバキラに心情を察され、フィドールは唇を噛み締める。
「そう……ならば手短にカタを付けるまでよ」
フィドールが魔力を全開にすると、周囲にオーラの力が迸る。フィドールの全身は黄金のオーラに包まれていた。
「あれハ四元の魔力だワ」
フィドールは炎、水、地、風の四大エレメントを司る四元の魔力が備わった特上級クラスの魔導師であった。
「我が杖、エレメンタルワンドよ。我が魔力を刃と化せ!」
フィドールの杖、エレメンタルワンドの先端部分からは光る刃が現れる。四元の魔力がエネルギー状の刃と化したものであった。
「クロト、出番だよ。こんなオバサン、さっさとやっつけちゃいな」
バキラの指示にクロトが紫色のオーラを纏った鋭い鉤爪状の手を鳴らし、フィドールに飛び掛かる。猛獣の如く襲い掛かるクロトの手の攻撃を回避しつつも魔力の刃で斬り付けていく。繰り出されるクロトの攻撃によって頬と腕に傷を生み、血が流れても動じずに応戦するフィドール。
「パイロピンフィール!」
火の玉を撒き散らしながらも高速回転する炎の輪がクロトを襲う。一瞬動きを止めた隙にフィドールが一閃を繰り出すと、クロトの身体に傷を刻み付ける。後方に飛び退き、間合いを取るフィドール。
「……やるな。ニンゲン」
クロトは傷をものともせず、フィドールに鋭い視線を向ける。傷口からは黒い血が流れていた。そこでバキラが拍手を送る。
「アハハハ、なかなか強いじゃないのオバサン」
バキラは余裕の表情を浮かべていた。
「でもね、本当の恐ろしさはここからだよ」
バキラが目を光らせると、倒れていたニールが突然起き上がり、棒立ちで硬直していた護衛兵士が動き始める。
「王子……?」
ニールと護衛兵士の異変さに気付くフィドール。目が死んでおり、虚ろな表情を浮かべつつも剣を手にしているのだ。
「ハハハ、どういう事かわかる? こいつらはもう、ボクの玩具となったのさ。ボクの傀儡の呪術で意のままに動く玩具なんだよ。ボクが命令を下せば、お前を思う存分八つ裂きにしてくれるんだからね」
「なっ……!」
フィドールは愕然となる。ニールと護衛兵士は完全にバキラの操り人形と化しており、フィドールに襲い掛かろうとしていた。
「なんて卑怯な!」
リルモが拳を震わせ、思わず飛び出そうとする。
「ダメよ! 結界から出たラ奴の術の餌食になるだけヨ」
「でも、このままじゃあ……」
「アナタが加勢したところデ何が出来ルって言うノ? それニ、奴の元にハ王子がいるのヨ」
状況的に下手に飛び出すとバキラの思う壺だと解っていても、加勢したいという気持ちがなかなか抑えられないリルモ。
「そういう事だよ。手助けしたければいつでも来るといいよ。ボクの呪術に耐えられた上に、王子がどうなってもよければの話だけどね」
嘲笑いながらもバキラが言う。
「何だ、何があったんだ!」
騒ぎを聞いて駆け付けた魔法戦士兵団の下級兵達が数人やって来ると、下級兵達は一瞬でバキラの呪術にかかり、苦しみ始める。
「例え誰が加勢しようと、ボクの呪術にかかればこの通り。お前達が呪術に耐えられたとしても、ボクのものとなったこいつらを犠牲にしてまで戦うわけにはいかないんじゃない?」
呪術の餌食となった下級兵達も生気を失って棒立ち状態となり、人質を取るかのようにクロトが立ちはだかる。
「きたねぇぞこの野郎!」
クレバルが怒鳴りつけるものの、バキラはひたすら笑っていた。
「さあ王子。このオバサンを黙らせちゃいな」
バキラが指示すると、ニールは剣を手にフィドールに斬りかかる。
「王子! お止め下さい!」
次々と繰り出すニールの剣の攻撃を防御しつつもフィドールが呼び掛ける。だがニールは攻撃の手を休めようとしない。フィドールが間合いを取った瞬間、クロトが突然目の前に現れ、拳の一撃をフィドールの腹にめり込ませる。
「げぼぁっ……は」
腹への一撃を受けたフィドールは大量の胃液を吐き出す。胃液の中には血が混じっていた。エレメンタルワンドが床に転がり落ちた瞬間、クロトの鋭い一撃がフィドールの身体を深く切り裂く。
「フィドール様ぁっ!」
鮮血が舞う中、グラインの叫び声が響く。深い傷を負ったフィドールは吐血しつつ、その場に倒れてしまう。
「ううっ……」
出血が止まらず、激痛に苦しむフィドールはグライン達の姿を見る。
「ボク達の目的はあくまで王女であって、お前のようなオバサンに用はない。でも、なかなか強いようだからねぇ……」
フィドールを見下ろしながらもバキラが言い放つ。バキラはフィドールの強さに興味を抱き始めていた。
「フィドール様が……このままじゃあ……」
グラインはどうすればいいんだと思うものの、自分の力では到底何とかできる状況ではないと悟り、身動きができなかった。フィドールは血塗れの身体を抑えながらも魔力を集中させる。
「へえ、まだやるつもり? 流石だね」
バキラは腕組みをしつつも楽しげにフィドールの行動を眺めている。フィドールはグライン達の姿を見て心の中で思う。ここはあなた達に賭ける事にするわ。例え私が死んでも、あなた達の手でどうか――
「……後は……頼んだわよ。私の全ての力で、あなた達を助けるわ」
「え?」
フィドールの突然の一言に驚くグライン達。フィドールは激痛を堪えながらも、集中させた魔力を床に叩き付ける。次の瞬間、巨大な魔法陣がグライン達の足元に浮かび上がる。
「我が魔力の全てを! 次元転送! エクスパルーション!」
魔法陣は穴となり、徐々に広がっていく。
「うっ、うわあ!」
「な、何だよこれ!」
「きゃあああああああああ!」
広がった穴に落ちていくグライン達。エクスパルーション――全魔力を消費して次元の穴を生み、不特定の場所へ送り込む次元転送魔法であった。次元の穴によって何処かへ転送されたグライン達。魔力を全て失ったフィドールは気を失ってしまう。傷口からの血はまだ溢れ出していた。
「今のは次元転送魔法か。オバサンがそんな高等魔法の使い手だったなんてね」
バキラは倒れたフィドールをジッと見つめている。
「……行くよ、クロト。王女を頂きにね」
バキラとクロトは城の奥へ進んで行く。傀儡の呪術にかかったニール達は再び硬直状態で立ち尽くしていた。


イニアは王から危機を伝えられ、部屋に匿われていた。だが、部屋を護衛する兵士達はやって来たバキラの呪術で無力化され、クロトが部屋の扉を破壊する。
「おのれ、曲者!」
部屋に押し入ってきたバキラ達に挑む兵士達だが、クロトは一瞬で兵士達を殴り飛ばしてしまう。倒れた兵士達を即座に呪術で硬直させたバキラはイニアに近付く。
「こ、来ないで!」
イニアの表情が恐怖に引き攣る。
「お前が王女か。フフ、主が好みそうな女だね」
バキラは顔を寄せ、イニアの頬をそっと撫でる。
「これからお前は主の糧となる。主の為に尽くしてもらうのがお前の役目だよ」
冷酷な笑みを浮かべながらも、バキラはそっとイニアの額に指を当てる。指から僅かな光が溢れ出すと、イニアは気が遠くなっていき、意識を失う。指から直接相手の意識に波動を送り込む事で催眠効果をもたらす呪術であった。意識を失ったイニアを前にバキラは更に笑う。
「これで仕事は完了……」
バキラの手から宝玉が出現すると、イニアの身体が宝玉に吸い込まれていく。あらゆるものを自在に収納する宝玉であった。

この日、バキラとクロトの襲撃によって城にいる多くの兵とニールは呪術で動かない人形のようにされてしまい、謁見の間にいる王もバキラによって昏睡状態となっていた。


世界のとある大陸からいずる黒い瘴気。天に舞い上がっては雲のように浮かび上がり、空に馴染むように広がっていく。
黒い瘴気は過去にも何処かの大陸で発生し、空の雲と溶け込んでいた。

人間を始めとする世界中のあらゆる種族の中で、黒い瘴気によって生まれた暗黒の雲を見たという者がいる。
暗黒の雲を見た者は、邪なる運命の訪れを予感していた。

災い、脅威、そして戦い――そしてその運命は、決して遠くない未来である事。

光の聖都が遺した災いの予言に記されし巨大なる闇の脅威の根源となるものが、今目覚めようとしている。

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