Radiantmagic-煌炎の勇者-

橘/たちばな

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謎の組織

山の奥の恐怖

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この子をお願いします。

時が来るまでは、どうか我が息子を――


誰なのか解らない、どこか懐かしさを感じるような声。そして、若かりし頃の父と母がいる。だがその姿は真っ暗闇となって消えていく。


「……イン! グライン!」
目を覚ますと、ティムの顔が視界に広がっていた。夢から覚めた事に気が付いたグラインは寝ぼけ眼でゆっくりと起き上がる。
「よかっタ……気が付いタのネ」
ティムが安堵の声を上げる。
「ここは……僕は一体?」
グラインはぼんやりした様子で辺りを見渡すと、そこは見慣れない木造の家内であった。
「おお、目が覚めたか? 随分うなされておったから心配したぞ」
見知らぬ老人の声。ティム曰く、今いる場所はアガルジ村の村長の家であった。
「アガルジ村……?」
何が何だか解らないグラインはこれまでの出来事を振り返る。レイニーラ城にバキラとクロトが襲撃した時、フィドールの次元転送魔法エクスパルーションによって開かれた次元の穴にリルモ、クレバル、ティム共々落とされ、まるで吸い込まれていくように意識を失っていた。それからどれくらい経っていたのだろうか。いや、城にいたはずなのに今は何処とも知らない家の中にいる。まさか、あの魔法で開かれた穴に落ちた事でこんな場所に飛ばされたというのだろうか。状況がなかなか飲み込めないまま、グラインはベッドから降りようとする。
「お前さん以外の者はとっくに目覚めておるぞ」
村長の一言にグラインはリルモ達の事が気になり始める。村長によると、四人揃って村の外で倒れていたとの事で、発見した村人が家まで運んで来たという。リルモ、クレバル、ティムは運ばれて間もない頃に目を覚ましたものの、グラインだけが何時間も眠ったままだったのだ。不意にドアをノックする音が聞こえる。様子を見に来たリルモとクレバルであった。
「どうだ? 村長の爺さん……って、やっと目覚めやがったのかお前」
グラインが目を覚ましていた事を知ると、クレバルは安心したように声を張り上げる。
「グライン! 目を覚ましたのね! あなただけずっと眠りっぱなしだったから心配したわ」
リルモも安心した様子であった。
「ったく、一時はどうなるかと思ったぜ。場合によっちゃあ、お前をほっといてでもレイニーラへ帰る事も視野に入れてたんだがな」
「バカ! よくそんな血も涙もない事が言えるわね」
胸倉を掴みながらも眼前でクレバルに怒鳴りつけるリルモ。グラインは今置かれている状況を整理し始める。このアガルジ村は訪れた事がないどころか、聞いた事すらない未知の場所。今レイニーラはどうなっているのだろうか。そしてこの村は一体何処に存在するのだろうか。
「クレバルとリルモにハ話しタけど、このアガルジ村はレイニーラかラずっと遠い場所に位置すルところヨ」
ティムによると、アガルジ村はレイニーラから北の地にあるシム山地の麓にある田舎の村であった。幸い同じノスウェイト大陸内に存在する場所であるが、レイニーラまでの道のりは遥かに遠いという。
「全く、フィドール様は何でこんな場所に飛ばしたんだよ! あいつらのせいで今頃レイニーラが大変な事になってるんじゃないかって気がして落ち着いてらんねぇよ!」
クレバルはバキラとクロトの襲撃によるレイニーラの状況が気になるばかりであった。
「デモ、ああしなかったラ今頃アナタ達も奴らニやられてるわヨ。今のアナタ達でハ勝てるようナ相手じゃなイ事だってのもわからナイのかしラ?」
「うるせぇ! 俺達が本気を出せばあんな奴らなんか……」
「バカネ、フィドール兵団長ですらかなわなかっタ相手なのヨ。それニ、あのバキラという奴の術ニかかれバオシマイだったわヨ」
ティムが状況を説明するものの、クレバルはなかなか納得しようとしない。
「ちっくしょう! おいジジイ! グラインも目を覚ましたところだし、俺達はこの辺でオサラバさせてもらうぜ」
クレバルが家から出ようとする。
「待つのじゃ。お前さん達はレイニーラへ行くんじゃったか?」
「そうだよ。俺達はレイニーラの魔法戦士兵団だからな」
「それが今、そうもいかない状態でのう……」
「何だと! どういう事だよ!」
レイニーラへの道のりとなるシム山地の谷では数日前の豪雨による土砂崩れで道が塞がれ、通行不可能な状態となっていた。現在、村の花火職人マイトが道を開ける為に強力な爆弾を作っているが、シム山地内にあるバグワム鉱山で火薬の原料となる素材を集めに行ったきり丸一日経過しても帰っていないという。更に、村長の息子となる若者アウリンがマイトの捜索に向かったものの、そのまま帰って来ていないのだ。
「村長! 失礼するぜ」
腕っ節の強そうな髭の男が現れる。木こりであった。
「おおラルタか。どうであった?」
「やっぱりビクともしねえ。あんな風に道を塞がれちまったら、爆弾でぶっ飛ばさねえとどうしようもねえな」
木こりのラルタは土砂崩れの調査から帰ったところであった。
「ぬぬ……こんな時に肝心のマイトがいないとは。何があったというのじゃ」
爆弾を作っているマイトが帰っていない事に不吉な予感が抑えられない村長。
「冗談じゃねえぞ! こんな田舎の村に迷い込んだ挙句、土砂崩れで帰れねぇとか勘弁してくれよ」
クレバルが怒鳴るように言う。
「何だいこいつらは?」
「旅人じゃよ。レイニーラの魔法戦士との事じゃ」
村長が事情を説明する。
「村長さん。私達がマイトさんとアウリンさんを探してみます」
リルモの一言。
「そうネ。このままジッとしてイても何も始まラないワ」
ティムが続けて言う。
「グライン、クレバル。マイトさん達を探しに行くわよ」
「う、うん」
そうするしか他にないかと思いつつもグラインが頷く。
「ちっくしょう! そうとならばとっととそのマイトってやつを見つけてやるぜ。まさかと思うが、人探しさせるための嘘じゃねえだろうな?」
「失敬な! 嘘などつかんわい」
断固否定する村長を前に、リルモがクレバルの頭を殴り付ける。
「待ちな、ボウズども。オレも同行するぜ。余所者とならばこの辺をよく知る案内人くらいは必要だろ?」
ラルタは斧を片手に、バグワム鉱山への案内を快く引き受ける。
「ありがとうございます、ラルタさん」
「バグワム鉱山には凶暴な虫の魔物が多く生息してやがる。ボウズ達がどれくらいの実力かは知らねえが、奴らを相手するとならば万全の準備が必要だぜ」
ラルタが先立って家から出る。村の入り口で待ち合わせするとの事で、グライン達は様々な店舗で必要なアイテムと武具を買い揃える等をして準備に取り掛かる。だが、リルモは何やら青ざめた様子であった。
「おいリルモ。どうしたんだよ? 顔色悪いぞ」
その様子に気付いたクレバルが声を掛ける。
「な、何でもないわよ。さあ、張り切って行きましょう」
奮い立たせるように言うリルモだが、声のトーンが明らかに無理をしている感じであった。
「お前、まさか虫が大嫌いで乗り気じゃねえのか?」
リルモは更に青ざめる。図星だったようだ。
「アラ、リルモって虫が苦手なノ?」
ティムが問うと、リルモは全力で否定しようとする。
「お前な、あんなでかいクチ叩いといて『キャー! いやー! 私虫が大嫌いなの!』とか言って逃げ出すんじゃねえだろうな」
「なわけないでしょ!」
「本当にそうか?」
からかうように迫るクレバルに、リルモは思わず顔面パンチを叩き込む。
「リルモの気持ちはわかるかも。僕もどっちかというと虫は苦手な方だから」
グラインがフォローするように言う。
「わ、私の事は気にしなくていいから! ほら、行くわよ!」
「クレバルさんは?」
「ほっとけばいいのよ!」
リルモは鼻血を出してのびているクレバルに蹴りを入れ、ラルタが待つ村の入り口へ向かって行く。
「こんなんで大丈夫かなぁ」
半ば心配そうにリルモの後を追うグライン。
「全く、アイツは旅の問題児といっタところネ」
ティムは倒れているクレバルをチラッと見てはさっさとグラインの後に続いた。
「ってぇなあ……っておいコラ! 俺を見捨てるんじゃねええええ!」
クレバルが起き上がった時、グライン達は既に村から出ていた。


村を出てから少し歩いた先には、バグワム鉱山へ通じる山道がある。山道は険しく、虫の鳴き声がとめどなく不気味に聞こえていた。
「や、やっぱり虫がたくさんいる場所なの……」
リルモは冷や汗を流しつつも、何とか頑張らなくてはと自分に言い聞かせつつも槍を握り締める。
「ただの虫なんてもんじゃねえぜ。でっけぇ蛾や芋虫や蜘蛛の魔物までウヨウヨいやがるんだからな」
「ひぇええええええ!」
ラルタの一言でリルモは一瞬で真っ青になる。
「どうしてもってぇならここで待っててもいいんだぜ?」
クレバルが意地悪そうな顔を向けながら言う。
「そ、そうはいかないわよ! クレバル! もし何か変な事してきたら突き刺すわよ!」
「ハハハ、無理すんなって」
リルモはクレバルの首を絞めようとする。
「おいおい、大丈夫かよ? 女の子だったら無理もねえけどよ」
心配そうにラルタが言う。
「だ、大丈夫だと思います」
笑って返答するグライン。先が思いやられる状況だと感じつつも、鉱山へ案内するラルタ。その途中、鋭い針を持つ蜂の魔物ハンタービー、消化液を吐き出す芋虫の魔物リキッドワーム、毒の粉を撒き散らす蛾の魔物オオドクガ、粘液状の糸で獲物を捕らえる蜘蛛の魔物スパイダンといった虫の魔物が次々と襲い掛かる。
「……きゃああああああああ!」
リルモは絶叫しながらも次々と雷魔法を連発していく。ラルタの斧による攻撃も加え、魔物の群れを撃退していく一行。
「はぁ……はぁ……こ、これで全滅した?」
汗まみれの顔で言うリルモ。
「本当に虫が大嫌いなのネ。無理しなくてモいいのヨ?」
ティムが心配そうにぼやく。
「だ、大丈夫よ! いくら虫がダメでもこれくらい乗り越えなきゃ、魔法戦士兵団の名が泣くばかりよ」
リルモは気持ちを落ち着かせようと深呼吸をする。
「そんな無理しなくてもいいのに……」
グラインは虫がどうしても苦手なリルモの事が気掛かりであった。山道を進んでいるうちに、一行は田畑と数件の家を発見する。山の農家と木こりが住んでいる小さな集落である。ラルタはマイト達の手掛かりを探そうと住居を訪ねて回る。だが、家には誰もいない。それどころか、人の気配すらないのだ。
「どういうこった? 誰もいねえぞ……」
ラルタは家の者を呼び出そうとするが、呼び掛けに応じる者は誰もいない。一体何があったんだと思いつつも、グライン達も辺りを探る。
「何か悪イニオイがプンプンするわネ」
誰もいない集落にティムは不審な気配を感じ取る。
「まさか、マイト達が帰って来ねぇ事と何か関係があるってのか?」
ラルタは嫌な予感を抱きつつも、更に先へ進もうとする。集落を後にした一行は数十分掛けて山道を歩いていると、バグワム鉱山の入り口へ辿り着く。
「ここが鉱山か」
一行は鉱山へ潜入すると、人影を発見する。
「誰だ!」
身構えた瞬間、不気味な唸り声が聞こえ始める。
「ウウ……ウウウオオオオオ……オオオオアアアアアア……」
次の瞬間、グライン達は愕然とする。人影の正体は、虫と人間を合体させたような魔物であった。
「な、何なんだよこいつは!」
魔物は叫ぶような声を上げながら襲い掛かる。餓鬼のように飛び掛かる魔物に、ラルタは斧の一撃を食らわせる。
「グガ……ガ……ギャアアアアアア!」
狂ったように魔物が絶叫する。その様子はまるで痛みに苦しんでいるような、痛々しく感じる叫び声だった。
「この魔物は……まさカ」
ティムが何かに気付いた瞬間、拳並みの岩石の嵐が次々と魔物を襲う。クレバルの魔法であった。
「とどめだ!」
クレバルが矛槍を叩き付けようとする。
「待っテ!」
ティムが制止するものの、クレバルの一撃は既に魔物の頭部に叩き込まれていた。
「ギャアアアアア!」
濁った血を撒き散らしながらも倒れる魔物。返り血は腐敗臭のような臭いであった。
「何なんだ? 見た事ねぇ魔物だぜ」
ラルタは屍となった見慣れない魔物の姿をジッと見つめている。
「……これハ、合成生物の類。キメラと呼ばれルものヨ」
ティムの言葉に衝撃を受ける一行。倒した魔物は人間と何らかの虫の魔物を組み合わせた合成生物であり、即ち何者かに造られたものだというのだ。
「人間と魔物を合成だって……?」
グラインは身の毛がよだつ思いと共に吐き気を催してしまう。
「まさか、そんな狂った事をする野郎がどこかにいるってのか? っておい、ちょっと待てよ。もしそうだとしたら……」
クレバルの一言に一行がある事に気付く。そう、合成生物を生み出している者がこの場所にいるとしたら、マイト達までも犠牲になっている可能性があるという事だ。
「おーい、マイト! アウリン! いたら返事しろ!」
ラルタが大声で呼び掛けると、何かが次々と降って来る。次の瞬間、リルモの顔が最高潮に青ざめる。現れたのは、大型のゴキブリの魔物ワイルドローチであった。
「ひっ……いやあああああああああ! ゴキブリいいいいいい!」
リルモはパニックになるあまり、その場から飛び出してしまう。
「ううっ……こんなものを相手にするなんて」
「ワイルドローチ……人肉を餌としていル凶暴なゴキブリの魔物ヨ」
グラインとティムもかなり真っ青であった。
「お、お前ら! ゴキブリなんかにビビってんじゃねえ!」
クレバルは矛槍を手に挑もうとするが、羽根を広げて飛び掛かるワイルドローチの気持ち悪さに躊躇してしまう。
「ったく、だらしねえ奴らだな」
ラルタが斧でワイルドローチの群れを叩きのめしていく。
「ファイアウェイブ!」
グラインの炎魔法が呼び起こした燃え盛る炎の波は、ワイルドローチ達を灰にしていった。
「こ、これでやっつけたかな?」
敵が全滅した事を確認しては安心するグライン。
「や、やったのね? よかった……あんな魔物までいるなんて」
辺りを見回しながらも戻って来るリルモ。
「い、今のは俺でも流石に気持ち悪かったぜ。ありゃあリルモだと耐えられねぇわな」
虫には慣れているクレバルですら生理的嫌悪感を感じる程であった。
「嬢ちゃんはまあ仕方ねぇが、野郎どもはこれくらい慣れねぇと男らしくねぇぞ」
ラルタの一言にグラインは苦笑いする。
「じゃあオッサンは最初から慣れっこだったのかよ?」
「最初はちとキツかったけどな。だが何度も相手してると慣れてきたぜ」
「マジかよ……」
クレバルとラルタが会話を交わしている中、足音が聞こえて来る。
「おやおや。騒がしいと思えばお客さんかい?」
声の主は、怪しい風貌をした面長の眼鏡男であった。
「誰だ!」
「私はイゼク。生物学者と呼ばれる者さ」
生物学者を自称するイゼクという名の男に不気味な雰囲気を感じ取るグライン達。
「生物学者だと? ただの学者が何でこんなところに隠れ住んでるんだ」
ラルタが問い詰める。
「この鉱山は私の隠れ家だからだよ。誰にも邪魔されない私の研究の場として丁度いい」
「研究の場?」
「君達は鉱物でも探しに来たのか?」
グラインはアガルジ村の花火職人マイトと村長の息子アウリンを探している事を伝えると、イゼクは不敵に笑い始める。
「ああ、あいつらの事か。奴らも丁度研究に付き合ってもらおうと思ってね。私の研究所にいるよ」
「何だと? てめえ何が目的だ?」
ラルタが掴み掛るように言うと、イゼクは案内するように無言で歩き始める。グライン達は用心しつつも、イゼクの後を付ける。暫く歩いていると鉱山の奥に辿り着き、正面には錆び付いた鉄格子がある。イゼクは鍵を使って鉄格子を開け、中へ進む。するとそこに広がっていたのは、場違いに研究用の設備が設けられた空洞であった。
「な、何だこりゃあ……いつの間にこんな場所を設けてやがったんだ」
あまりにも予想外な出来事にラルタは驚くばかり。研究用の資料とデスク、虫の魔物と人間が入った培養槽が設置されており、奥には巨大な蝿のような魔物が入れられた檻がある。そして、磔という形で捕われた二人の男がいる。
「マイト! アウリン!」
磔にされた二人の男は、マイトとアウリンであった。
「クックックッ、どうだ? 私の研究所は。なかなか面白そうだろう?」
設備を見て非人道的行為を行う者と認識したグライン達は一斉に身構える。
「おお? 何のつもりだ?」
「マイトさんとアウリンさんを返せ!」
ロングソードを構えつつグラインが言うと、イゼクは狂ったように笑う。
「ほほう、つまりこいつらを助けに来たというわけか。となると君達は私の研究の邪魔をする馬鹿どもというわけだな」
醜悪な表情を浮かべるイゼク。
「集落の連中を攫ったのはてめぇか?」
ラルタが問う。
「ああ、そうさ。奴らは実験台になってもらったよ。まあ試作段階だったから、結果は全部失敗に終わったがね」
「実験台だと?」
グライン達は思わず鉱山内に現れた合成生物の事を考えてしまう。
「まさか、あのキメラはお前が?」
「その通り。魔物との合成の実験台となった住民だ」
「な、なんて酷い事を……!」
イゼクの非道さに憤るグライン達。
「クハハハハ、君達なら面白い実験台になるかもしれん。少しばかりこいつの相手をしてやってくれ」
イゼクが檻を開放すると、中にいる蝿の魔物が姿を現す。用心棒となる魔物『魔蟲ベルゼブ』であった。


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