Radiantmagic-煌炎の勇者-

橘/たちばな

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勇者の極光

大地の守護神

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古代都市に現れた魔物バジリスクの石化ブレスを浴びた者は全身がじわじわと石化していき、効果が出ると止める事は不可能である。旅に同行したルビー一味のみならず、グラインとリルモの二人も石化されていく状態であった。更なる石化ブレスの応酬でリルモは完全に石化し、グラインは辛うじて動く右手で炎の玉を放つ。だがその攻撃は焼け石に水で大したダメージにならず、グラインも完全に石化してしまった。
「グライン……リルモ……」
石化したグラインとリルモを見て愕然とするクレバル。
「今は戦う事に集中なさい!」
怒鳴り付けるようにガザニアが言うと、無数の木の葉を放つ。鋭い刃状の木の葉に切り裂かれていくバジリスク。リーフスラッシャーであった。
「くっ、この野郎おおおおお!」
クレバルは怒り任せに全魔力を集中させ、溜め込んだ魔力を地面に叩き付ける。魔力の波動が地面を走り、バジリスクの足元から鋭く尖った岩盤がせり上がる。岩盤によって串刺し状態となったバジリスクは断末魔の叫び声を轟かせた瞬間、ガザニアが自然魔法を発動させ、無数の蔦による檻で閉じ込めていく。
「ちくしょう……グラインとリルモが……」
グラインとリルモが石化したという現状に、クレバルはどうしたらいいんだと思い始める。
「バジリスクは……まダあと一体いるみたいヨ」
ティムの一言にマジかよと呟くクレバル。サーチ能力で神殿の方に何かが存在すると感じたとの事だ。
「かといって撤退してもいずれ残りの奴にやられちまうだろうな」
ドミニクによると、バジリスクは行く手を阻む石や石化した生き物を鋭い牙で噛み砕く習性を持つという。よって残り一体のバジリスクがいる間、石化したグライン達を放置していくといずれ確実に砕かれる。しかも石化を解くには薬の材料を集める事から始めなくてはならない上、完成には丸一日もかかる。よって現時点では石化を解く方法はない。そんな現状を突き付けられたクレバルはますます困惑するばかり。
「何でグラインとリルモまで石になっちまったんだ……俺なんかじゃあ……」
弱気になるクレバルに、ガザニアが鞭を叩き付ける。
「ってぇな!」
「こんな時に弱気になるんじゃないわよ! この子達の為にも、死ぬ覚悟で戦いなさい」
ガザニアの一言にクレバルは思わず石化したグラインとリルモの姿を見る。
「……ちっくしょう! 絶対に元に戻してやるからな!」
感情任せに言うと同時にグレイブを力一杯握り締めるクレバル。
「神殿ハあそこみたいネ」
ティムの指す方向に向かっていくクレバル達。朽ちた石の塀に囲まれた小さな神殿に潜入すると、何かの生き物の卵が数個床に転がっていた。
「ヤバいぞ。これは恐らくバジリスクの卵だ」
ドミニクは戦慄を覚える。転がっている卵の中には既に割れているものもある。神殿内にいるのは、都市内に現れたバジリスクを生んだ親個体だとティムは推測していた。
「気を付けテ! 近くに気配を感じるワ」
思わず身構えるクレバルとガザニア。けたたましく響き渡る鳴き声と共に現れたのは一回り太った体格のバジリスクであった。間違いない、こいつが親個体だ。そう思った瞬間、バジリスクが雄叫びを上げる。雄叫びは衝撃波となり、クレバル達を壁に叩き付ける。
「ぐあっ……こ、この野郎……」
反撃に転じようとするクレバル。
「待ちなさい。ここはわたくしに任せるのよ」
ガザニアが種子を投げる。種子は棘だらけの蔦を持つ植物に変化していき、蔦はバジリスクの全身を締め付けていく。ポイズンブランブルと名付けられた、有毒性の植物の棘を利用して相手を猛毒に冒す自然魔法の一種であった。
「ギギギ……ギシャアアァ!」
更に雄叫びを上げるバジリスク。全身を縛る蔦の棘は深く食い込まれていた。
「あんた本当にスゲェな……こんな魔法が使えるなんて」
ドミニクはガザニアの自然魔法の凄さを思い知らされていた。
「大自然の魔力を見縊らないで欲しいわね。さあ、後は毒殺狙いよ。強力な猛毒だから並みの魔物なら数分くらいでイチコロよ」
「マジかよ……」
「でも、今はあまり離れすぎないようにね」
ガザニアの自然魔法で生み出された植物は術者の魔力によっていずるものであり、植物から距離が遠のく度に魔力が弱まっていくという。そして長距離まで離れると魔力が失われてしまい、植物が消滅してしまうのだ。つまり毒殺に至るまでは猛毒の棘の蔦で拘束しておく考えであった。だがバジリスクには猛毒によって苦しんでいる様子は見られない。それどころか、毒を盛られても平気なようだ。
「ダメよ! あいつ、毒に耐性があるのヨ!」
ティムが言った途端、バジリスクはもがき始め、全身が真っ赤になると共に湯気を立たせる。すると、バジリスクの全身が膨張し、縛っていた棘の蔦が千切れていく。鼻息を荒げながらも高速で転がり回るバジリスク。
「うがあ!」
転がるバジリスクに跳ね飛ばされるクレバル達。膨張していたバジリスクの身体は次第に戻っていく。
「うぐぐ……」
全身打撲で強烈な痛みに襲われるクレバル。鼻息を荒くしつつも唸り声を上げるバジリスクは大口を開け、石化ブレスを吐き出した。
「クッ、そうはさせない!」
即座に飛び出したガザニアはブレスを浴びてしまう。
「ガ、ガザニア!」
石化ブレスを浴びたガザニアの下半身が石化していく。同時に巨大な口を持つ怪奇植物がガザニアの前にめきめきと顔を出す。飛び出した時に放った種子がミューシリッジという名の自然魔法によって植物化した存在であった。
「ミューシリッジ……少しだけでも役に立ってちょうだい」
植物の口からは多量の液体が吐き出される。強い粘着力を持つ粘液であった。ガザニアが完全に石化すると、植物はしぼんでいく形で消滅した。
「ガザニアまでも……」
最早戦えるのは自分だけという現状に立たされたクレバルは不安に襲われてしまう。俺に何が出来るっていうんだ? グラインみたいに未知の力があるわけじゃないし、リルモみたいに上級クラスの実力者ってわけじゃない俺にこいつが倒せるのか? そんな考えが頭を過る。
「兄ちゃん。オレも覚悟を決めたぜ」
ドミニクが短剣を手にクレバルの前にやって来る。
「あんた、戦えるのかよ?」
「少しくらいはな。ドレイアドの姉さんのおかげで勝ち目がないってわけじゃなさそうだぞ」
バジリスクは粘液によって思うように動けない状態であった。
「そうか、あいつが動けない隙に……」
「だが正面から挑むのは危険だ。うまく急所を狙うしかない。問題は奴の急所がどこなのかだが……」
クレバルはティムの方に視線を移す。
「バジリスクの急所ネ……密かにサーチ能力デ探っていたケド」
ティムのサーチ能力はある程度魔物の特徴を解析する事も可能で、決定打を与えられる為に急所となる部分を調べていたのだ。バジリスクの急所は後肢辺りの胴体だとティムは説明する。
「それは本当かよ?」
「聞く前に試してみる事ヨ!」
やってみるしかねぇと思いつつ、クレバルは魔力を集中させる。もがき続けるバジリスクは粘液から逃れ、鼻息を荒くしながらも地団駄を踏む。
「おい、やべえぞ!」
再び吐き出されるバジリスクの石化ブレス。ドミニクとクレバルは辛うじて回避出来たものの、ティムは回避に間に合わず、ブレスを浴びてしまう。
「ウウ……」
ティムもやられちまったか……と思うクレバルだが、ティムの身体は石化していない。それどころか、石化する気配がない。
「お、おい……お前、無事なのか?」
思わずクレバルが問う。
「……ワタシに構わないデ、戦いに集中しテ!」
ティムが言った直後、バジリスクは身体を丸め、高速で回転しながら突撃する。
「ごああ!」
体当たりを受けた三人は大きく吹っ飛ばされる。
「クッ……なめやがって!」
クレバルが立ち上がろうとした時、バジリスクは大口を開ける。石化ブレスを吐き出そうとしているのだ。その時、ティムがバジリスクの前に立ちはだかる。
「おい、ティム……」
何故かブレスを浴びても石化しないティムは自身が囮になろうと考えていると察したクレバルは魔力を溜め込んでいく。バジリスクは石化ブレスを吐き出す。石化ブレスを直に浴びるティム。ブレスを回避したクレバルは横に回り込み、溜め込んでいた魔力を床に叩き付ける。魔力の波が床を這い、鋭く巨大な岩盤となってバジリスクを串刺しにする。全力によるライジングロックであった。その一撃は見事に急所を捉え、砂のように散りながら息絶えるバジリスク。
「や、やった……」
バジリスクを撃破して安堵の表情を浮かべるクレバル。
「何とかやっつけたみたいネ」
ティムが声を掛ける。やはりブレスによって石化している様子は見られない。クレバルは思わず石化したガザニアの姿に視線を移してはすぐにティムに向ける。
「なあティム。なんでお前は石にならなかったんだよ?」
クレバルの問いにティムは黙り込んでいる。
「おい、何とか言えよ!」
掴み掛るようにクレバルが言うと、ドミニクがやって来る。
「まあ落ち着きな。何がどうあれ、敵はあんたがやっつけたんだ。オレは結局何の役にも立てなかったけどな」
ドミニクの一言にクレバルは落ち着きを取り戻す。
「……ゴメンナサイ。ワタシが石にならなかった理由だけド、今は話すわけにハいかないノ。ケド、ワタシの事はいずれ必ず解る時が来るワ」
明らかに何かを隠している様子のティムに、クレバルはますます気になるばかりである。
「それよりモ。敵はもうこの都市内にいないみたいヨ。まずハ地のエレメントオーブを手に入れるわヨ」
「お、おう」
地のエレメントオーブを探そうと神殿を進むクレバル達は、神像が祀られた部屋にやって来る。
「これは……」
物々しい形の神像に注目するクレバル達。その時、突然辺りが眩い光に包まれる。


よくぞ来た。災いに立ち向かいし者よ――


神殿内に響き渡るように聞こえる物々しい声。
「誰だ!」
思わず身構えるクレバル。


「我が名はグランディオ。大地を守護する者なり――」


声の主がドワーフの生みの親である大地の守護神グランディオだと判明した瞬間、ドミニクは驚きの余り硬直していた。


「レディアダントは今、闇を司る女神の邪悪なる意思を受け継ぎし者によって大いなる災いが訪れようとしている。バジリスクは古代都市の守護者であり、災いに立ち向かう者に相応しいかを試す為の魔物。お前達は見事にこの試練を乗り越えたのだ」


クレバルとティムの元に黄色く輝くオーブが現れる。地のエレメントオーブであった。快くオーブを受け取るティム。


「そして大地の魔力を司りし者よ。そなたは大地の子エザフォルの意思を受け継ぐ者となれ――」


クレバルの前に蛮族風の男――大地の勇者エザフォルの幻影が現れる。
「オレの心、オマエに託す」
「へ? 俺に力を託すって?」
「オマエ、オレの心を受け取る資格ある。オレの心があれば、オマエ、もっと強くなる」
「何だっ……うわあ!」
エザフォルの幻影がクレバルの中に入り込むと、クレバルの中に存在する地の魔力が爆発的に燃え上がる。
「うおおおおおおおお!」
クレバルは全身の鼓動が高鳴るのを感じる。まるで何かが覚醒したかのような力の爆発であった。ティムはその様子を真剣な眼差しで見守っている。


何だよこの感覚……

知識が……何かの知識が俺の頭に入って来る……

今まで聞いた事のない魔法の知識が、俺の頭に……?


「ハァッ、ハァッ……」
魔力が収まると、クレバルは我に返ったかのように手のひらを見つめる。
「おいあんた、大丈夫かよ?」
ドミニクが声を掛ける。
「ああ、何とかな。まるで漲るかのような気分だぜ」
クレバルの記憶には、未知の地魔法に関する知識が多く存在していた。エザフォルの幻影が自分に入り込んだ時、様々な地魔法の知識が頭に植え付けられる感覚に襲われていた。心を託すとはつまり、勇者が扱える地魔法を与える事だったのか? そんな事を考えている時、クレバルの頭に浮かんだのは仲間達の石化を解く地魔法であった。
「どうやら、石化は無事で解けるみたいだ。俺の頭にそんな魔法の知識がある」
「マジかよ?」
驚くドミニクの傍らで、ティムはオーブを手に何か考え事をしていた。クレバルは石化したガザニアのいる場所へ戻り、身体に触れると地の魔力を放出する。スタリリーフと呼ばれる石化解除魔法だった。
「……う……」
石化が解けたガザニアは意識を取り戻す。
「ガザニア、助かってよかったワ!」
ティムが喜びのひと声を掛けると、ガザニアは思わず辺りを見回す。
「どうやら助かったみたいね。わたくしを石化から解放してくれたのはあなたかしら?」
「イエ。クレバルよ」
「え?」
ガザニアにとっては予想外の答えであり、俺に感謝しろよと言わんばかりの顔をするクレバル。
「まさかあんたにそんな力があったなんて。どうしてその力を最初から使わなかったのかしら?」
「ああ、話せば少し長くなるんだが……」
クレバルは自分に起きた出来事を全て話す。
「ふーん、つまりレベルアップを果たしたって事?」
「まあそういう事になるかな。へへ、おかげで俺も超戦力になったかもな」
「クレバルは勇者の力を与えられたんじゃなく、エザフォルの心ガ潜在的な力ヲ呼び起こしタのヨ」
ティムがオーブを手に説明する。エザフォルとクレバルは同じ地のエレメントを司る存在であり、エザフォルの心を宿す事でエレメント同士の共鳴を呼び、クレバルの中に眠る潜在魔力を引き起こしたものだと。それに、エザフォルが持つ勇者の力はオーブに封印されている。オーブの力強い輝きがそれを物語っていた。
「おっと、あいつらも元に戻してやんねえとな。あいつら、石化を解いたのが俺だと知ったらきっと驚くぞ」
意気揚々と石化したグラインとリルモの元へ向かうクレバル。
「……何だか今までのクレバルとハ違う感じがするわネ。一皮むけたというカ」
ティムはオーブを見つめながらも、ガザニア、ドミニクと共にクレバルの後に続いた。グラインとリルモはクレバルによって石化が解かれていく。
「あれ? 僕達は……」
元の姿に戻り、意識を取り戻した二人にティムとクレバルが経緯を話す。
「そっか、クレバルが助けてくれたんだね」
「おうよ! 今回ばかりは俺に感謝しろよな!」
勝ち誇ったようにクレバルが言う。
「驚いたわ。クレバルに助けられるなんて微塵も思わなかったんだもの」
石化を解いたのがまさかクレバルだったなんて信じられないと言わんばかりのリルモ。
「微塵もってひでぇな。まあ俺にとっても予想外だったけどよ」
リルモはフフッと笑う。
「なあ、あいつらも元に戻してやったらどうだ?」
ドミニクの言うあいつらとはルビー一味である。
「あの三馬鹿か? 一応助けておくか?」
「助けておきなさいよ。あのままだと流石に可哀想よ」
リルモに言われるがままに、クレバルはスタリリーフでルビー一味の石化を解く。
「ヒャア! ア、アタシ達……助かったの?」
「オ、オネエ様! こ、ここはあの世ですかい?」
石化から解放されたルビー一味はあたふたするばかり。
「おい。お前らはこの俺が助けてやったんだからな! ちゃんと俺に感謝しろよ!」
高圧的な態度でルビー一味に言うクレバル。
「な、何だかよくわかんないけど。アンタ達が助けてくれたって事ね? で、魔物は全部やっつけたの? あんな恐ろしい魔物はもういないって事?」
「さあねえ? この都市結構広いから、全滅したかどうかはわかんねえなあ?」
クレバルは敢えてわざとすっとぼけた言い方をしつつもグライン達に顔を向ける。ドミニクは全滅したと言おうとするが、ティムに止められてしまう。
「ヒイー! 冗談じゃないわよ! あんな、あんな魔物がいるなんておちおち探検もしてらんないわ! アンタ達! 撤退よ!」
「ヘ、ヘイ!」
ルビー一味は退散を試みる。
「間違ってモ、ワタシ達が持つオーブ目的に変な気を起こすような事ハしないでよネ。もし血迷った事をしたらタダじゃおかないわヨ」
面倒ごとを危惧したティムの一言。
「するわけないでしょ! アンタ達と付き合うのも懲り懲りだわ! 行くわよ!」
捨て台詞を残しつつも、ルビーは取り巻き二人と共に去って行く。
「あいつら、ちっとも感謝してねぇな。助けて損した気分だぜ」
面白くなさそうにクレバルがぼやくと、グラインがそっと肩に手を置く。
「まあまあ。終わった事だし気にしなくてもいいじゃない。それより、エレメントオーブは手に入れたんだよね」
「とりあえずな」
地のエレメントオーブを手に入れる目的を果たし、ドワーフの集落に戻る一行。
「おお、戻ったか。ドミニクもご苦労だったな」
ドミニクとティムは成果を告げる。
「まさかグランディオ様がオーブを授かって下さるとは。何はともあれ、お前達にとって大きな収穫にはなったそうだな」
「そうネ。厄介な魔物と戦うハメになったケド」
一行は長老のもてなしを受けつつも休息を取り、長老の家で一晩過ごす事に。
「何だか寝られる気がしねぇな」
粗末なムシロ、毛布といった簡易な寝具にクレバルは不満を漏らす。
「贅沢言わないの。ドワーフさんに失礼でしょ」
「へいへい」
リルモに言われつつも寝転がるクレバル。
「ドワーフの人って本当に親切だよね。旅人をここまでもてなしてくれるなんて」
グラインはドワーフの友好的な待遇に好印象を抱いていた。元々ドワーフは争いを好まない温和な種族であり、先祖代々様々な種族と友好関係を結ぼうとしている上、害のない旅人は基本的に歓迎するという方針であった。
「わたくしにとってはあまり居心地よくない環境だけど、特別に我慢しておくわ」
厳しい評価のガザニアを見て、はははと苦笑いしつつもグラインは就寝に入り、やがて全員が眠りに就いた。

翌日、一行は次なる目的地について話し合う。長老曰く、古代都市にはドワーフの先祖達が友好関係を結んでいた海底人との外交目的で長い年月を掛けて掘った地下トンネルがあり、海底都市に繋がっているという。更にトンネルには都市に住んでいた人間が海底都市への移動用に作った蒸気機関車が存在し、今でも文明の遺産として残されているとの事であった。機関車が完成し、地下トンネルが開通した頃には都市は衰退しており、機関車は一度も動かされる事なく地の底で眠り続けている。都市が衰退したのは食糧難と食糧事情を巡る争いや疫病による問題で人が離れていき、散り散りになる形でそれぞれ遠い地へ移り住んだといわれている。住む人が完全に途絶えてからも機関車が動かされなかったのは都市共々古代の遺産として残しておくという長老の意向でもあった。グライン達の為に機関車を動かそうと決意したのは、旅の予言者から大いなる災いに関する予言を聞かされたのを機に只ならぬ予感がしていたからだ。
「海底都市……次の目的地はそこネ」
海底都市は海を統べる王が治める場所であり、水のエレメントオーブが祀られているとティムは言う。目的地が決まった一行は古代都市に眠る蒸気機関車へ向かう。長老、ドミニクに加え、巨大な袋を引き摺った数人のドワーフが同行している。
「おい、何だよあれ。何を運んでるんだ?」
巨大な袋を引き摺っているドワーフ達が気になったクレバルが言う。
「機関車を動かす石炭と水だよ。あれがないと動かせねえんだ」
ドミニクが説明する。蒸気機関車の動力源は水と石炭であり、燃やした石炭で機関車内に溜め込んだ水を沸騰させる事で蒸気を発生させて動かす仕組みになっている。その為に石炭と水が必要不可欠なのだ。再び古代都市を訪れた一行は蒸気機関車が眠る場所を探す。地下に通じる階段を発見し、降りた先には蒸気機関車が設置されていた。客車は一両だけだが、十人分は乗れる大きさである。
「これが蒸気機関車……まさか本当にあったなんて」
グラインは幼い頃に読んだ本で蒸気機関車の存在は知っていたものの、本物が存在していたという事実に驚きを隠せないばかりだ。一行は客車に乗り込み、ドワーフ達は機関車内部の設備を調べ始める。
「どうだ、動かせそうか?」
「古びてはいるが、何とか大丈夫かな」
ドワーフ達は焚口を開け、スコップで石炭を火室に放り込んでいく。
「ちょっと待て、火はどうするんだよ」
投炭作業の中、石炭を燃やす為の火がないと言い始めるドワーフ達。
「グライン、火といえばお前の出番じゃねえか? 石炭を燃やして動かすって事らしいぜ」
「あ、うん」
クレバルに言われ、グラインは焚口のある場所へやって来る。
「えっと、この中の石炭を燃やせばいいんですよね?」
「うむ」
グラインは炎魔法で火室内の石炭を燃やし始める。すると、機関車から汽笛が鳴り響く。
「おお、動き出すぞ!」
機関車が動き始めると、客車に戻っていくグライン。ドワーフ達は燃える火室への投炭作業を続ける。機関車は汽笛を鳴らしながらもゆったりと進んでいく。
「うっひゃあ、すげぇな。こんな乗り物に乗れるなんて、人生何があるかわからんもんだぜ」
「機関車に乗ったのって私達くらいじゃないかしらね」
地下トンネル内を進む蒸気機関車にひたすら驚くクレバルとリルモ。クレバルはふとティムの方を見る。
「何? どうかしタ?」
「いや……」
クレバルはティムの正体がどうしても気になるものの、とりあえず悪い奴じゃないんだよなと自分に問う。機関車は蒸気を噴きながらも、地下トンネルを進んでいた。

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