Radiantmagic-煌炎の勇者-

橘/たちばな

文字の大きさ
45 / 68
目覚めし七の光

試練の先に待つもの

しおりを挟む

「うっ……」
意識を取り戻したグラインが辺りを見回す。そこはなんと、光が差す森の中だった。無数の鳥のさえずり、流れる水の音、そして蛙の鳴き声。
「な、何だここは……?」
今いる場所はかつて訪れた神樹の聖地とは違う森だ。先程まで風の敵が蔓延る真っ暗闇の回廊を彷徨っていたのに、何故こんな場所に? もしやここは死後の世界? そんな事を思いながらも森の中を歩くグライン。鳥や蛙の声は聞こえるものの、魔物の気配は感じられない。だが、此処がどういう場所なのか、何故こんな森の中にいるのか、答えが解らないせいで不安でしかない。グラインは不安な気持ちを抱えたまま、ひたすら森を彷徨うしかなかった。暫く歩いていると、小屋を発見する。グラインは一先ず小屋で休む事にした。小屋の中は朽ちかけているものの、質素なベッド、本棚、テーブルが設置されており、一休みするには丁度いい場所だった。
「誰かいるの?」
グラインが小屋に入った途端、背後から声が聞こえてくる。現れたのは黄緑色の長い髪を靡かせた美女だった。
「あ、あの……」
思わず此処が何処なのか女に問うグライン。
「あなた、道に迷ったの?」
「え、ええ……」
「こんなところに旅人が迷うなんて珍しいわね」
女は不思議そうな目でグラインを見つめている。そしてこの小屋は、女の住処であった。この女性は一体何者なのか、何故こんな森の中に住んでいるのか。そんな疑問がグラインの頭の中に浮かび上がる。
「あなたは一体? 森の中に住んでるんですか?」
更に問うグライン。
「そうね。世間のしがらみに疲れちゃって、今やこうしてひっそりと暮らしている身よ」
気怠そうに溜息を付きながらも、女は粗末な椅子に腰掛ける。この女性の正体が気になるどころか、この場所は一体何なんだ? そもそも何故僕はこんなところにいるんだ? まさか本当に死後の世界に来てしまったというのか? いや、もしかするとこれも試練だったりするのか? グラインはどうしたものかと考えつつも、小屋から出ようとする。
「あら、行っちゃうの?」
女が声を掛ける。
「す、すみません。勝手にお邪魔しちゃったようだし、僕にはやらなきゃいけない事が……」
「そう。でも……あなたじゃこの森は抜けられないと思うわ。多分」
「え?」
どういう事なんだと思いつつも、グラインは小屋を後にする。こんな森の中に来ているのも試練の一つだとしたら、何を試そうとしているんだ? 今何をすべきなんだ? グラインは答えが見出せないまま森を彷徨う。ずっと森の中を進むものの、魔物が出て来る気配は全くない。ただただ自然の音が聞こえるだけだ。進んでも進んでも、森はずっと続く。次第に空腹を感じるようになり、先の見えない事や、今すべき事が解らない状況に不安を募らせるばかりだった。
「あれ……?」
グラインは不意に足を止める。なんと、謎の女性が住んでいた小屋のある場所に戻っていたのだ。
「な、何で……」
引き返した覚えもなく、ひたすら真っ直ぐ進んでいたはずなのに何故か小屋の場所に来ている。何がどうなってるんだ。まさかあの女性に何かあるというのか? そう考えたグラインは再び小屋を訪れる。
「あら、さっきの子? やっぱり抜けられなかったのね」
小屋の中にいる女は、軽く微笑みながらも杯に注がれた水を飲む。杯の横には、沢山のキノコが乗せられた皿があった。グラインは女を訝しむ目で見つめる。
「一つ聞いていいですか?」
「何?」
「あなたは……どうやってこの森に来たんですか?」
グラインが問うと、女は軽く息を吐く。
「世界中を流離っているうちに辿り着いたってところよ。安住の地を求めていたから」
返答した後、再び水を飲む女。
「そうですか。では……この森について何か知ってる事とかありますか? 例えば、抜ける為のヒントとか」
「知らないわよ。私だってこの森の事はよく解んないし、抜けようにも抜けられないくらいややこしいんだからね」
「この小屋は……あなたが建てたんですか?」
「いえ。たまたま見つけた小屋よ」
グラインはやっぱりこの人怪しいなと思いつつも、小屋から出た後どうなったのかについて話す。
「それはきっとグルグル回ってるだけじゃないかしらね。だから戻ってしまったんじゃない?」
動じる事なく返答する女。真っ直ぐ進んでいたつもりが、自分でも気付かないうちに一巡する形で進んでいたが故に戻ってしまったとの事だ。
「本当にそう言えるんですか?」
険しい表情でグラインが言う。
「さっきも言った通り、私だってこの森の事はよく知らないからそうとしか考えられないのよ」
女は皿にあるキノコを口にする。どう考えても怪しいと思うものの、女から敵意は全く感じられないせいで何をすべきなのか戸惑ってしまうグライン。
「何度も聞いてすみませんが……本当にこの森の事は何も知らないんですか?」
更に問うものの、女は表情を変える事なくキノコを頬張っている。
「知らないったら知らないわよ。私の事、疑ってるの?」
グラインの頭にある考えが浮かぶ。もしや魔物が誑かしているのではないかと。そして女が口にしているキノコについても気になり始めていた。
「……疑ってるというか……あなたは何者なんだ」
グラインは左手から炎を出現させる。心を鬼にし、強引に隠し事を吐かせようと思っての行動であった。
「なっ……何のつもり?」
女は驚きの表情を浮かべる。
「この森から抜けられないのは、あなたの仕業じゃないのか?」
炎を纏った左手を近付け、脅すようにグラインが言う。
「わ、私を魔物だと思ってるの? こんな森の中に女一人で住んでるからって……」
女は鋭い目を向けて気丈に振る舞う。
「僕は今まで暗闇の中を彷徨っていたのに、いつの間にかこんな場所に来ていたんだ。此処にいるあなたは……存在する人間とは思えないんだ」
今此処にいる場所は幻で、目の前にいる女性は存在しない人間だと考えたグラインは敵意を向ける。だが女は怯えるどころか、悲しげな表情を浮かべる。
「……そうね。こんなところに私のような女が一人だけいるなんて、魔物が化けてると思われてもおかしくないわよね」
女は俯き加減に言葉を続ける。
「もし私があなたの思う通り、本当に魔物だとしたらどうするわけ?」
グラインは女の悲しそうな表情を見ていると、一瞬戸惑ってしまう。
「……魔物だったら……倒すまでだよ。魔物だったらね」
魔力を放出し、手元の炎を強めるグライン。だが女の表情を見ているうちに、迷いが生じてしまう。この人は魔物かもしれない。魔物だったら今この場で倒せば謎が解けるかもしれない。でも、この人は人間の姿をしている。確実に魔物だと断定できるような証拠がない。もしかしたら本当に魔物じゃないのかもしれない。いやそれどころか、魔物だとしても倒していい存在なのかどうかも解らない。そんな迷いと葛藤の中、グラインの頭にある過去の記憶が過ぎる。


罪無き人を殺める事は、人として許されざる罪。ましてや魔法の力で罪無き人を殺める事は、大罪である。


そう、魔法学校で教えられた『民や国を守りし魔導師の掟』だ。人間でありながらも悪魔に魂を売った事で人を捨て、悪しき魔物と化した存在ではなく、何の悪意も無い人間を魔法で殺める行為は魔導師として、人としての大罪となる。


……どうすればいい? どうするべきなんだ?


迷いに苛まれ、項垂れるグライン。手元の炎は消えていた。
「まさか……本気で私を殺そうと思っていたの?」
女の一言にグラインは俯いたまま身震いを始める。
「あなたが魔物じゃなくて、本当にただの人間だったら……そんな事できやしない。でも……魔物だったら……」
グラインの脳裏に過去の戦いの出来事が過ぎる。身も心も魔物と化した狂気の生物学者イゼク、闇の力を持つ幼馴染のダリムを無意識のうちに勇者の力で倒していた事。魔導帝国によって魔物に改造されたドレイアド族のルエリアを密林の勇者ヒューレの頼みの上で葬った記憶も浮かび上がる。害を成すという事で倒さなければいけない存在であっても、心の奥底では殺生に対する苦しみを感じていた。そんな自分の気持ちが迷いを生み、目の前にいる女が何者であろうと手出しが出来なくなっていた。
「……教えて欲しいんだ。あなたは人間なのか、それとも魔物なのか。嘘つかないで、本当の事を教えてくれ」
顔を上げ、引き攣った表情で問うグライン。女はフウッと息を吐き、そっと顔を寄せる。
「安心して。私はれっきとした人間よ」
グラインの眼前で、女は優しい笑顔を向ける。
「僕は早くこの森から出たいんだ。仲間が待っている。あなたは……本当にこの森から出る方法を知らないのか?」
半ば自棄気味にグラインが尋ねる。
「残念ながら本当に知らないのよ。暫く此処に住んだらいいんじゃない? 食料だって森の中を探せば色々見つかるから」
穏やかな調子で女が言うと、グラインは首を横に振る。
「頼むから本当の事を教えてくれ! ずっと此処にいるわけにはいかないんだよ!」
必死で問うグラインに対し、女はキノコを差し出す。
「まあ落ち着きなさい。この森に生えているキノコだけど、ちょっと分けてやるわ。毒キノコじゃないから安心して」
キノコから漂う香りで思わず激しい空腹感に襲われるグライン。最初は躊躇するものの、キノコの香りで空腹による食欲を抑えきれず、そっと手に取っては食べ始める。キノコは予想以上に旨味があり、一度食べると病みつきになる程だった。
「そのキノコ、美味しいでしょう? 私にとっては主食なのよね」
女はグラインに分け与えた森のキノコを美味しそうに頬張っている。
「こんな美味しいキノコ、初めてだよ」
グラインにとってもキノコはとても美味であり、もっと食べてみたいと思うようになる。
「キノコならいくらでもあるから、好きなだけ分けてやるわよ」
女の傍らに置かれた籠の中には無数のキノコが入っており、グラインに分け与える。何かに取り付かれたかのようにキノコをバクバクと食べていくグライン。その時、グラインの頭の中が一瞬真っ白になり、視界が歪み始める。
「な、何これ……」
グニャグニャと歪んだ景色は次第に原型を失っていき、変化していく。歪みが戻るとそこは別の場所――途轍もなく高い山の頂上のような場所だった。次の瞬間、グラインは目を見開かせる。全身が黒く塗られ、目を光らせた人間のような何かがいる。黒き者と対峙しているのはズタボロに傷付いたリルモ、クレバル、ガザニア、キオだった。
「みんな、どうして……?」
突然の出来事に状況が飲み込めないグライン。黒き者が手から衝撃波を放った瞬間、リルモは勢いよく岩に叩き付けられて胃液を吐き出し、そのまま倒れて動かなくなる。更に光線がクレバルの身体を貫き、黒い炎がガザニアの全身を燃やし、怒り任せに飛び掛かるキオは球体に閉じ込められてしまい、球体の中の炎で焼き尽くされてしまう。
「あ……あ……うわああああああああああ!」
何者かによって惨殺されていく仲間達の姿を見たグラインは絶望感に満ちた表情で叫び声を上げる。黒き者の視線はグラインに向けられ、手から禍々しい力が放出される。表情の見えない顔だが、光る目からは嘲笑っているように感じられた。そして黒き者は手から波動を放つ。波動は荒れ狂うエネルギーと化し、一瞬でグラインを飲み込んでいく――



うわああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……



「あああぁぁぁっ……!」
目を覚ますとそこは暗闇の中だった。全身に響き渡る程の激痛。血溜まりの中にいる感覚が肌に伝わる。今いる場所は、嵐の回廊である。
「……夢……だったのか……?」
名も無き森の中に迷い込み、謎の美女の存在に戸惑いながらも様々な迷いに苛まれた末、女から与えられたキノコを食べて悪夢のような出来事を見せつけられるという夢。それは夢とは思えない程の鮮明なものであり、ハッキリとグラインの脳裏に焼き付いている。グラインは身体を起こそうとするが、激痛に襲われてろくに動かす事が出来ない。出血も酷く、意識が朦朧としていた。


やはり、お前はまだ弱い――


突然、声が聞こえ始める。風の守護神ヴァーダの声だ。
「お前の心に弱さが存在する限り、真の勇者を名乗る資格は無い」
ヴァーダは言葉を続ける。過去の経験や出来事における何かが心に引っ掛かり、望まぬ運命から逃れようとしている。そのせいで迷いと焦りを生み、望まぬ運命を恐れてしまう心の弱さが生じた。たとえ災いによる望まぬ運命が訪れたとしても決して絶望せず、如何なる運命を乗り越えられる強さ無くしては真の勇者を名乗る資格は無い。心に弱さが存在する限り、試練は乗り越えられない。お前は自身の弱さに負けたのだ、と。
「弱さに負けた……だと……」
思わず無力感に打ちひしがれるグライン。無情にも傷の痛みは止まる事を知らず、最早全身は錘が掛かったかのような感覚だった。
「みんな……ごめん……僕は……」
自分の弱さのせいで試練を乗り越えられず、ズタズタに引き裂かれ、暗闇の中で死ぬという状況に立たされたグラインは悔しさの余り涙を流す。焦りを捨てる事だって教えられたのに。焦りがあると確実に死ぬと何度も言い聞かせたのに。解っていても、終わりが見えない不安感と命の危機が招いた恐怖感に捉われたせいで結局焦ってしまい、このザマだ。自分は弱い。勇者を名乗る資格は疎か、大魔導師になる資格なんてなかったんだ。


そう、僕は弱いんだ――


――


――グライン……


え?


遠のく意識の中、不意に懐かしい声が頭の中に流れるように聞こえる。次の瞬間、グラインの視界に飛び込んできたものは、ダリムの姿だった。しかも魔物の姿である。
「ダリム……?」
突然現れたダリムの存在に思わず目を疑うグライン。
「グライン……何やってるのさ」
ダリムは見下ろすようにグラインを見つめている。その目は完全に死んでいた。グラインは何も答えられず、どうして君が此処にいるんだ、と心の中で思うばかり。
「ぼくを裏切ってニンゲンの味方をして、結局こうなったっていうのかい? ぼくを裏切ってまで……」
ダリムの表情が険しくなる。
「もう君のことが大嫌いになったよ。裏切ったくせに……裏切ったくせにこんなところで死ぬつもり? バカだよ君は」
見下ろしながらグラインを罵倒するダリムの目からは血の涙が零れ落ちていく。グラインは何故そんな事を言うんだ、と思うと同時に一体僕に何を望んでいるんだと考えてしまう。
「君が死んでも、ぼくと遊べやしない。君が死んだところで、ぼくと違うところに行くんだから……。ぼくとは違って、苦しくないところに行くんだよ。ぼくは……死んでも……苦しいままなん……だ……」
血の涙を流しながらも嗚咽を漏らすダリム。痛々しく映るその姿を見ていると、ダリムが惨殺されていく出来事を思い浮かべてしまうグライン。そして、夜空に突然現れた悲しい表情をしたダリムの幻の事も――。
「ダリム……ごめんよ……」
ただ謝る事しか出来ないグライン。ダリムはグラインを見つめつつ、うっすらと消えていく。流した血の涙の一滴がグラインの頬に滴り落ちる。


救われなかったどころか、救う事すら出来なかった友達。

僕がこの試練に挑んだのは、大切な人々を救う為だけじゃない。救われない者を生まないようにする為でもあるんだ。


もうこれ以上、無力でいたくないから。



そんな想いが、救われない運命への恐れを生んでいたんだ――。




――望まぬ運命による悲しみを、恐れてはいけない。



悪い結果を恐れるな、グライン。


「……父……さん……?」
不意にバージルの言葉が浮かび上がる。魔法学校に通い始めて間もない頃、良かれと思ってやった行いで先生の怒りを買ってしまった事があった。その行いとは教科書を自宅に忘れた隣の席のクラスメートに自分の教科書を見せてあげたというもので、別に悪い事したわけじゃないし規則に違反していたわけじゃないのに何故怒られたのか、何がいけなかったのか解らなかった。怒られた理由は先生曰く、教科書を忘れたのは自分の責任である事や自己管理の大切さを学んでもらう為であり、他人が余計な手助けをしてはいけないという事だったのだが、どうしても納得がいかなかったので思わずバージルに相談した事があった。その時にバージルから聞かされた言葉の記憶であった。


どんなにいい事をしても、必ずいい結果になるとは限らない。却って悪い結果になったり、理不尽な出来事として自分に返ってくる場合もある。だが、それも運命だ。たとえ自分がいい事をしてもいい結果にならなかったり、悪い結果を招いたとしても一つの運命として受け止め、逃げずに前へ進むんだ。


父の言葉の記憶が過ぎると同時に、ヘルメノンによって変わり果てた父と母の姿が頭に浮かぶ。本当の父と母じゃなくても、自分を育ててくれた両親である事に変わりない。


父さん……母さん……

もし父さんと母さんがこのまま救われなかったら――いや、恐れてはいけない。最悪の事態に向かう事は考えたくないけど、恐れてはいけないんだ。



グライン。もっと私を頼ってもいいのよ。困った時に力になるのは、先輩として当然だから。

グライン。目が赤い時のお前の力には正直びっくりしたけどよ、お前の力の正体が何であろうと俺は悪いように見たりしねぇぜ。それが仲間ってもんだろ?



……そうだ……今は、僕を支えてくれる仲間がいる。このまま前へ進めなかったら……僕は、何の為に此処まで来たんだ。

たとえ弱くても、立ち止まるわけにはいかない。前に……前に進まなきゃ……!



故郷にいる両親の姿と自分の帰りを待つ仲間達の姿を思い浮かべ、グラインは目を見開かせる。
「……くっ……ううっ……」
グラインは身体を動かし始める。激痛が襲い掛かり、酷い出血の余り目が霞むものの、それでも立ち上がろうとする。そして再び魔力を放出させる。
「あああぁぁぁぁっ!」
激痛に耐えつつも魔力の炎を燃やし、立ち上がるグライン。手には既にヘパイストロッドが握られている。そんなグラインに、周囲から風の刃が襲い掛かる。だがグラインは瞬時に風魔法を放出し、刃を吹き飛ばしていく。
「……逃げない……何がどうなろうと、前に進むよ。何があっても……!」
傷の痛みで重く感じる身体を引き摺りながらも、グラインは再び回廊を進んでいく。情け容赦なく襲い掛かる風の敵はまだ存在するものの、グラインは気力で傷だらけの身体を動かし、気合いを込めた魔法で応戦する。進んでやる。見えない敵がいくら現れようと、ここから何が待ち受けようと。

心の中で叫びながらも、音と気配で風の敵の存在を察しては魔法を放つ。オーラの光による僅かな灯りを頼りに進んでいくうちに、何かにぶつかる。気が付くとそこは大広間で、壁に当たったわけではないのに何かが行く手を阻んでいる。両手で辺りを探ってみると、見えない障害物がある。そこは無数の透明のブロックが存在する迷路状の場所であった。風の敵の気配は消えている。此処は手探りで透明ブロックを確認しながらも進まなくてはならない場所だ。そう認識したグラインは一度深呼吸をし、心を静めて見えない障害物を探りながらも迷路に挑む。途中でそよ風が吹き、良い香りと不快感を覚える臭いが嗅覚を擽る。この匂いに何か意味はあるのだろうか、と思いつつも進んでいるうちに、またも良い香りのそよ風と不快な臭いのそよ風が吹く。まさかこれは風の発生源となる場所を見つけ出せというのだろうか。つまり嗅覚を手掛かりに良い香りの風の発生源を探さなくてはいけないという事か。グラインは匂いで風の発生源を探すものの、透明ブロックの位置が認識できないせいでなかなか見つけられないどころか、負傷と悪臭の風で思うように掴めない。激しい出血でふらつくようになり、体力的にも限界が近付いていた。
「がはっ……ぐ……」
グラインは気力を絞りつつも、透明ブロックの迷路を進む。もうどれくらい経ったのだろう。時間が経つのを忘れる程回廊を彷徨っている気がする。下手するとこのまま倒れてしまうかもしれない。だが、倒れるわけにはいかない。何があっても、前に進むと決めたのだから。
「ハァッ……ハァッ……ハァッ……」
痛みを堪え、血と汗に塗れた状態で激しく息を切らすグライン。虚ろな目で迷路を進んでいるうちに良い香りが強まっているのを感じる。近い。疲労困憊のせいで嗅覚も鈍り始めていたが、終わりが近い事を感じていた。引き摺る形で足を動かし、障害物を確認しては乗り越えると僅かに光が見える。まさか――!

グラインは光のある場所へ向かう。近くなるにつれて光が大きくなっていく。光の正体は、巨大な門だった。
「や、やった……ここが……」
終着点だと確信したグラインは光に包まれた門を潜る。暗闇に慣れてしまったせいか、光がいつに増して眩しく感じる。門を抜けた先にあるものは、祭壇と燭台が設けられた大部屋だった。
「よくぞ此処まで来た……」
響き渡る声。風の守護神ヴァーダである。まだ何かあるのかと思わず身構えるグライン。
「己の肉体と感覚で幾多の風の刃を退け、見えない迷路をも乗り越えた。そなたは自身の弱さに一度は負け、再び立ち上がっては前に進む事が出来た。そなたには最後の試練に挑む資格がある」
ヴァーダから課せられた最後の試練――それは、あらゆるものを穿つ風圧の衝撃波『アゲインスブラスト』を自らの手で抑えるというもので、力無き者は一瞬でその身を貫かれるという。此処まで来たんだからもう後には引けないと最後の試練に挑む意思を固めるグライン。
「良い目だ。ならば耐えてみせよ」
すると、グラインの全身の傷が一瞬で治り、体力が完全に回復する。万全の状態で乗り越えてみせろと言わんばかりである。グラインは魔力を最大限まで高めると、激しく巻き起こる風圧の衝撃波アゲインスブラストが発動する。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
叫びながらも全力で衝撃波を抑え込むグライン。衝撃波の勢いは留まる事を知らず、グラインも負けじと押し込もうとする。激しい攻防の中、グラインは更に力を込める。負けない……僕は絶対に負けない……!



「おおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああっ!」



叫び声が轟く中、凄まじく吹き荒れる風と風圧の衝撃波が大きくぶつかり合う。勇者の力を呼び起こし、全魔力を込めた風の力であった。凄まじい激突の末、制したのは――。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

なほ
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模るな子。新入社員として入った会社でるなを待ち受ける運命とは....。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

処理中です...