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神界に眠るもの
四大天使の印
しおりを挟む鬼人族の里では、月に一度実力を競い合う腕試しが行われていた。お互い激しく殴り合う事で自らの肉体を鍛える鬼人族の伝統でもある。キオは幾度も同族との腕試しを重ねた結果、屈強な肉体を得る事が出来た。
「うおおおおおおおお!」
黄肌かつ巨漢の鬼人族が雄叫びを上げながらも拳を振るう。対戦相手はキオである。キオは気合いを込めつつも相手の拳を自身の拳で受け止める。痺れを感じるものの、キオは後方へ飛び退き、相手との距離を取る。
「ガアアアア!」
両者共々同時に突撃し、激しく殴り合う。打撃音と共に汗と血が舞う鬼同士の殴り合いは男同士の真剣勝負であり、試合を見守る同族達は興奮と共に熱い声援を送る。同族の中にはオルガの姿があった。
「でぃやあああああああっ!」
「ガアアアアアアアアアッ!」
一撃に全力を込めた両者の拳が互いの顔面に決まる。クロスカウンターとなり、血を撒き散らしながら倒れるキオ。対戦相手となる巨漢の鬼人族も血反吐を吐いて倒れた。ピクリとも動かない巨漢の鬼人族に対し、キオはハァハァと息を吐きつつも立ち上がる。キオの勝利だった。勝敗が決まった瞬間、同族達がキオの元へ駆け寄る。
「お前、すげえじゃねえか! あのヒャッキをぶっ倒すなんてよ」
巨漢の鬼人族ヒャッキは同族一の暴れん坊と呼ばれ、拳の一撃で大岩をも砕く程のパワーを誇る鬼人族とされていた。満身創痍ながらもニヤリと勝利の喜びに浸るキオ。その顔はボコボコに腫れ上がっていた。
「ふむ、お前も随分と成長したものだな。ヒャッキにも勝つとは」
族長が称賛の言葉を投げる。
「へへ……オレをなめんじゃねえぜ。伊達に狩りで鍛えちゃあいねえからよ……」
口から血を滴らせながらも、キオは同族から与えられた布で顔を拭い始める。
「流石のあなたも、こっぴどくやられたみたいね」
オルガが冷静に声を掛ける。
「お、見るんじゃねえぞオルガ! 今のオレのツラはボッコボコで不細工なんだからよ」
キオはボコボコにされた自分の顔をオルガに見せるのが恥ずかしくなっていた。そんなキオを見てオルガはフフッと微笑む。腕試しが終わり、その日の夜――キオはふと目が覚めて外に出る。夜空は星空が瞬き、夜風は涼しく感じる。里の民が既に寝静まっている真夜中だった。顔の痛みが残っているせいか寝付けないので、少しばかり外の風を浴びようと考えての行動である。静かな里を歩いていると、人影が見える。人影の正体は、オルガだった。
「よぉオルガ。お前も眠れねぇのか?」
キオが声を掛ける。
「……そんなところよ。あなたこそどうしたのよ」
「どうにも寝付けねぇんだ。まだ顔のあちこちが痛ぇのもあるんだが」
風に靡くオルガの髪から伝わる香りに何処かしら心が熱くなるのを感じたキオは、思わずオルガの隣に立つ。
「どうして近付くのよ」
「あぁ? オレに近寄られたくねぇのか?」
「……さあね」
無愛想にそっぽ向くオルガだが、その場から動こうとしない。キオは一種の照れ隠しだと思ったのか、ついにやけてしまう。
「お前と出会ってからもうすぐ一年になるのか」
キオは夜空を見上げ、呟くように言う。
「……そうね。最初はただの単細胞だと思ってたけど」
「単細胞だぁ?」
「あなたのような男も……案外悪くないって少し思ったわ」
オルガの言葉を聞いて、キオは少しかよと呟く。
「……ヒャッキを倒したからといって浮かれるんじゃないわよ」
キオの方に顔を向けて冷静に言うオルガ。
「へっ、オレを見縊るんじゃねえぞ。あんな野郎をぶっ倒したくらいで浮かれるなんざあり得ねえよ」
「クチだけならいくらでも言えるものよ」
「うるせぇな、オレはそこまで馬鹿じゃねえっての」
そんなやり取りをしているうちに、雲が星空を覆い始める。星空はあっという間に雲に覆われ、僅かに雨が降る。
「……変な天気ね。さっきまでは星が綺麗だったのに」
オルガは自宅に戻ろうとする。
「行くのかよ」
「もう十分よ。あなたもさっさと寝る事ね」
振り返らずに返答するオルガはその場から去って行った。キオはオルガの後ろ姿をいつまでも見つめていた。
それから数日後、族長による鍛錬の一端としてキオはオルガと一つ手合わせをする事となった。オルガと直接手合わせをするのはこれが初めてであり、キオは険しい表情でオルガと向き合っていた。オルガも表情を険しくさせている。お互い距離を詰め、目線を合わせる。
「キオ。女が相手でも手を抜くんじゃないわよ」
「ああ。お前こそ全力で来いよ、オルガ」
顔が近いまま言葉をぶつけ合い、拳を交える二人。鬼人族の男女による至近距離での激しい殴り合いが繰り広げられる。オルガの顔面にキオの拳が叩き込まれると、キオの顔面にもオルガの拳が叩き込まれる。拳と拳の戦いは、互いの口から唾液を撒き散らしていく。ハァハァと密着したまま息を荒げるキオとオルガは一先ず間合いを取り、構えを取る。ペッと口に溜まった血を吐き捨てるキオ。再び勝負が始まる。次は拳と蹴りの戦いだ。キオの拳のラッシュに対抗するかのように、オルガが凄まじい蹴りの乱舞を繰り出す。蹴りの一撃一撃が重く、そして速い。キオの拳では対抗しきれない程の勢いだ。
「ごああっ!」
オルガの蹴りの乱舞を食らい、倒されるキオ。オルガは鋭い目でキオを見据えている。
「ま、まだまだだぜ……」
キオは口から血を滴らせつつも立ち上がろうとする。だがオルガはその場から動かず、黙ってキオを見据えるばかりだ。
「……終わりよ。これ以上やっても無駄だわ」
「あ?」
オルガの口から出た予想外の言葉にキオは思わず戸惑う。
「お前、どういうつもりだ! まだ勝負はついてねぇだろ!」
「無駄だって言ってるのよ。続けたところで勝負は見えている。私の勝ちだという事が」
「はあ? 馬鹿言ってんじゃねえよ! オレはまだやれるってのに何でそんな事が言い切れるんだよ」
オルガの不可解な言動が理解出来ないキオは声を荒げながらも反論する。
「……キオ。あなたのパートナーは暫く辞めさせてもらう。狩りは私一人で行かせてもらうわ」
「な、てめぇ! ふざけんじゃねえぞ! 何で急にそんな事言い出すんだよ!」
激昂するキオだが、オルガはそれ以上答えず、黙って去って行く。
「オルガ……どうしちまったんだよ」
何故オルガは突然あんな事を言い出したんだと考えている中、勝負を見守っていた族長がやって来る。
「ふむ……既に勝敗は読めていたというのか」
族長の一言。
「なあ族長。オルガの奴どうしたってんだ? アンタ、何か知ってんじゃねえのか」
キオがオルガの行動について問うものの、族長は答えようとしない。
「おい、何で黙ってんだよ! アンタもオレを馬鹿にするのか?」
「馬鹿にするつもりはない。奴は奴なりの考えがあるという事だ」
「だからどういう考えなんだよ!」
「それは自分の胸に聞いてみる事だ。少しは頭を冷やせ」
「族長まで……意味わかんねえよ!」
族長はそれ以上答える事なく、その場から去って行った。
「何なんだよ……オレにどうしろってんだよ!」
族長の言葉の意味を考えるキオだが、どうしても納得のいく答えに導く事が出来ず、苛立ちを募らせるばかりだった。
翌日から、オルガはキオと行動しようとせず、単身で狩りに出掛ける毎日だった。キオが同行しようとしても族長に止められ、肉体の鍛錬を優先するように命じられる。オルガの真意がどうしても気になるものの、族長に逆らおうとせず渋々と鍛錬に励むキオ。
「……オルガの奴、オレの事嫌いになっちまったのかよ」
どうしても納得がいかず苛立つ余り、キオはひたすら大岩に拳を叩き続けた。拳から血が出ても、何度も何度も大岩を殴り続ける。力任せに殴り付けると、岩に罅が入る。全力を込めたキオの血塗れの拳の一撃によって、大岩は砕かれた。
更に日にちが経過すると、オガラ丘陵に突然強力な魔物が現れたという知らせが入る。今まで見掛けなかった外来種の魔物であり、大きく膨れ上がった剛腕と筋肉質の肉体を持つ単眼の悪鬼といった特徴である。オルガは単身で立ち向かおうと魔物の元へ向かった。
「おいオルガ! 待てよ!」
得体の知れない未知の魔物という話を族長から聞かされたキオは思わずオルガの後を追おうとする。凶悪な魔物がいる場所へ辿り着くと、オルガがボロボロの姿で息を切らせていた。顔に殴られた痕があり、口からは血をボタボタと滴らせている。魔物の拳の威力は、鍛え抜かれたオルガでも大きなダメージを与える程の破壊力だったのだ。
「ゴアアアアアアア!」
魔物が襲い掛かると同時に構えを取るオルガ。剛腕を避け、空中回転を経て魔物の顔面に回し蹴りを叩き込むオルガ。だがその一撃は魔物の怒りを買う結果になり、拳がオルガの腹を深く抉る。
「ぐぶおっ……は」
魔物の拳を腹に受けた事で体内から込み上がった血反吐を吐くオルガ。返り血が魔物の顔に付着すると、剛腕によるラリアットでオルガを大きく吹っ飛ばす。
「がっ……がはっ! げほぉっ」
オルガは腹を抑えながら血を吐き続ける。
「オルガ、しっかりしろ! 大丈夫か!」
キオが駆け付けると、オルガはハァハァと苦しげに息を吐きながらキオに顔を向ける。
「……あいつを……倒してみなさい……」
オルガの目を見ていると、キオの中で何かが爆発したような感情が湧き起こる。次の瞬間、キオは雄叫びを上げながら魔物に突撃していく。魔物に次々と拳のラッシュを叩き付け、魔物の剛腕による攻撃を受け続ける。戦いは死闘となり、ズタボロに叩きのめされたキオは残る力の全てを振り絞って魔物の胴体に拳を叩き付ける。その一撃は胴体を深く貫き、ゴボッと汚れた青い血を吐き散らす魔物。渾身の一撃は、魔物の心臓に届いていた。魔物は倒れ、勝負はキオの辛勝となった。
「ハァッ、ハァッ……ごはっ」
血反吐を吐きながらも、倒れているオルガの傍に近寄るキオ。
「オルガ……奴をぶっ倒したぜ」
オルガは倒れたままキオをジッと見つめる。
「……私があの時、何故あんな行動を取ったのかまだ解らない?」
あの時とは、キオと手合わせした時に自分の勝ちだという事は見えていると言って戦いを途中放棄した時の出来事だ。
「解るわけねぇだろ。お前、何が言いたかったんだよ」
いい加減お前の本音を教えろよと苛立った様子でキオが問う。
「私との戦いでは、あなたは加減していた。ヒャッキを倒したあなただったら本気になれば私に勝てる実力。それなのに……」
オルガが手合わせを途中放棄した理由は、キオが女相手だからという情を抱いて手加減していたのが許せなかった。それは意思ではなく、好きな女を全力で殴れないという本能によるものだと。
「馬鹿野郎! そんな事があってたまるかよ! お前が相手でも、勝負は勝負って事で全力で受けて立ったつもりだ!」
「そんな台詞、クチではいくらでも言えるわよ。あなたは気付いていない。自分の甘さを。あの時のあなたの拳には、私の顔に痛みを感じさせる力が足りなかったわ」
「何……だと?」
キオは思わず、オルガと手合わせした時の自分の戦い方を振り返る。オレは全力で戦ったつもりだけど、女を殴る事に何処か抵抗を感じていたのか? いやまず女と戦う事自体が初めてだったし、気が付けばオレはオルガの事が好きになっていたから、無意識のうちに力をセーブしてしまったのかもしれねぇ。
「……魔物は女が相手だろうと、決して手加減なんてしない。私のような女だけじゃなく、か弱いだけの女が相手でも……」
オルガがキオに伝えようとしていた事は、誰が相手でも変な甘さに踊らされず、全力で戦え。女であろうと、戦地へ立つには血反吐を吐く程の痛みを受ける覚悟が必要だ。オルガはそれを覚悟の上で戦地に立っている。その覚悟に応えるべきだと。魔物は相手への情など一切持ち合わせていない。魔物なんて所詮そんなものだ。もしこの先、手合わせ以外の理由で自分と戦う事になれば本気で戦える? そのザマだと甘さのせいで戦う事すら出来なくなるかもしれない。それだけはあってはならない事だからと。
……今になって何故こんな昔の出来事が頭に浮かんできやがったんだ? オレはこのまま死ぬっていうのかよ?
灼熱地獄によって意識が朦朧とした時、キオの頭から次々と走馬灯のように過去の出来事が蘇り、夢を見ている錯覚に陥っていた。劫火の魔窟に潜ってから、キオは次々と炎の魔物と戦いながらも奥へ足を進めていた。己の拳を武器に魔物を叩き落としていく中、自分に限界が訪れたかのように身体の感覚が失われ、意識を失う寸前まで来ていたのだ。
「まだ……倒れちゃあいねえぞ」
立ち上がろうとするキオだが、思うように身体が動かせない。気合いで起き上がろうとしても動く事が出来ない。そして再び浮かび上がる過去の記憶。ヘルメノンに蝕まれて狂暴化した里の同族達。オルガの姿。最も忌まわしい記憶が頭の中で再生される。もし自分までもヘルメノンに蝕まれて狂暴化していたら、今の自分は確実にいなかった。いやそれどころか、グライン達が訪れなかったらオルガは勿論、自分も助からなかった。次に再生された記憶は、邪悪に染まった同族のドグルとマグルとの戦い。邪悪なる者の操り人形にされ、望まない形で戦わされた事。里を滅ぼし、大切な人や仲間を弄んだ巨悪の存在を誰よりも許さないと心の底から思った。
その為にも、オレは誰よりも強くなりたいんだ。
キオは立ち上がる。自分の意思によるものではなく、この手で必ず巨悪を倒すという闘志が肉体を動かしていた。
「……ガアアアアアアアッ!」
咆哮を轟かせたキオは立ちはだかる炎の魔物を次々と拳で殴り付けていき、魔窟を進んでいく。
その頃、グライン達は賢人の洞窟へ帰還していた。海底神殿で手にした宝玉は鍵玉で間違いないとタータから聞かされ、キオが戻るのを待つグライン達だが、過酷な道のりなだけに無事で戻って来れるか気掛かりであった。
「むむ……」
タータが険しい表情で何かを感じ取る。
「じいちゃん、どうした?」
ティータがきょとんとした顔で覗き込む。タータには巨人族が住む領域内にいる人の生気を感じる能力があり、魔窟にいるキオの生気が感じられないというのだ。
「どういう事なんですか? まさかキオの身に何か……」
グラインが不安そうに問う。
「力を使い果たしたか、本当に死んでしまったか……只事ではないようじゃな」
「そんな……」
「やむを得ん。ワシが連れ戻しておこう。死んでしまっては元も子もないからの」
タータはキオを連れ戻そうと魔窟へ向かおうとする。その際にタータは全身を光の結界で覆い始めた。灼熱地獄レベルの温度にも耐えられる魔力の結界であった。そんなタータを見て大丈夫なんですかと問うグライン。
「じいちゃんなら大丈夫。魔窟の炎だって平気だから」
ティータの一言を受けて、グラインはタータに任せる事にした。結界を身に纏うタータが調査に向かった結果、キオは魔窟の最奥で倒れていた。手には円盤のようなものが握られている。円盤は、魔窟に封印されていた鍵の本体であった。
「おお、微かに生きておる」
酷い火傷ながらも辛うじて息がある事を確認したタータは、転送魔法でキオを魔窟の外へ送り込む。
「あ、あれは!」
グライン達の元に全身大火傷で気を失ったキオの姿が現れる。
「キオ! 大丈夫か! キオ!」
キオの生死が気掛かりなグラインは思わず大声で呼び掛ける。
「安静にさせなさい。いくら体力馬鹿でも怪我人は怪我人よ」
ガザニアの言葉に、グラインはそっとキオをベッドに運び込む。
「酷い火傷じゃなイ。大丈夫なノ?」
「安心しろ。コイツならじいちゃんが治してくれる」
ティムとティータが会話している中、タータが戻って来る。
「幸い命に別状はない。回復魔法を掛ければ一日で全快するじゃろう」
タータがキオに回復魔法を掛けると、キオの火傷は一瞬で回復する。
「ふん、手の掛かるバカ鬼ね。グライン、手伝いなさい」
「う、うん」
ガザニアは憎まれ口を叩きながらも、グラインと協力して意識の無いキオをベッドに運び込んだ。
「ほれ、これが塔の鍵じゃよ」
塔の鍵となる円盤は天使の絵が彫られており、真ん中には鍵玉を嵌め込む穴がある。鍵は、ミカエルの印と呼ばれていた。タータが穴に鍵玉を嵌め込むと、ミカエルの印が輝き始める。
「上手くいっタようネ」
目的を果たせた事にティムは安堵する。聖竜の塔の鍵は創世の父を守護する選ばれし天上人族『四大天使』の名を冠する円盤状の印であり、残り三つはウリエルの印、ラファエルの印、ガブリエルの印と名付けられていた。
「フーン、四大天使ネェ……何にしてモ、早いトコロ全ての鍵ヲ手に入れなきゃならないわネ。ジョーカーズの奴らガ何かしてこなイうちに」
ティムはジョーカーズに塔の鍵や聖竜の女王の存在を知られ、組織にとっての脅威とみなして狙われる可能性に不安を抱いていた。もし天上界へ行く術を失ったら手が付けられなくなり、全ての終わりだ。そうなる前に四つの鍵を揃えて聖竜の女王の元へ向かわねばならない。一晩経過すればキオは目覚めるとの事で、グライン達は休息を取る事に。
翌日――
「……んあ? 何だここは……オレ、どうなっちまったんだ?」
目覚めたキオが辺りを見回すと、賢人の洞窟の中に運び込まれていた事に気付く。
「お目覚めのようじゃな」
タータがやって来る。
「爺さん。あんたが運んでくれたのかよ?」
「うむ。しっかり目的を果たしたようじゃの」
タータは自分が助けなかったら確実に命を落としていたとキオに告げる。
「そういう事かよ……ったく、骨まで焦がされそうな道のりだったぜ」
「いくらお前さんでも流石にヘビーすぎたかの」
「まあな。けど、いい鍛錬にはなったぜ」
キオはベッドから起き上がる。大火傷から完治したキオは何事もなく動ける様子だった。
「キオといったな。お前さんはこの試練で何を得た?」
タータが問う。
「オレは難しい事考えるの苦手だけどよ……甘い事は許さねえってところだな」
キオは意識が朦朧としていた時、過去の出来事が走馬灯のように浮かび上がり、まるで夢を見ているかのような状況に陥った事を打ち明ける。オルガが身を以て教えてくれた甘さを捨てる事の意味と、これから待ち受ける戦いにおいて大事な事は何たるか、改めて知った事を。自分が挑む試練においても、甘い事では乗り越えられないものだと。
「お前さんはまさに闘志を象徴する戦士じゃな。お前さんの中に宿る闘志が教えてくれたのかもしれん。甘さを持つなという事を」
タータはキオを見つめながらもふむ、と考え事をする。
「キオよ。お前さんならば教えても良さそうじゃな。拳で戦う者が扱える秘技を」
「秘技? 何だよそれ」
「一つ渡したいものがある」
そう言って、タータは奥の部屋から何かを探し始める。何なんだとキオが覗こうとすると、タータが何かを手に戻って来る。三節棍だった。
「な、何だそりゃ」
「三節棍じゃ。初めて見るか?」
「全然見た事ねぇけど、武器かよ?」
タータは三節棍の使い方を教えようと、実技で披露する。
「こんな感じで使う武器じゃよ」
キオは今一つ乗り気でない様子。
「オレは武器なんざ必要ねぇんだがな……ま、折角だし有難く貰っとくぜ」
断ると悪いからという事で三節棍を受け取るキオ。
「ふむ、では本題といこうかの。秘技についてだが……」
タータが炎の魔力を開放する。秘技の伝授が始まろうとしているのだ。
その頃、グラインはキオが目覚めるまでの間、ティータとの特訓を重ねていた。ティータが放つ無数の炎の玉を全て弾き飛ばすという特訓だ。ガザニアは退屈そうな表情で特訓の様子を見守っていた。
「うおおおおおお!」
魔力を全開にしたグラインは、ティータによる無数の炎の玉を次々と素手で弾き飛ばしていく。だが全弾は捌き切れず、数発程グラインに命中してしまう。
「クッ、やっぱり全部は厳しいな……」
息を荒げながらも体勢を整えるグライン。
「まだまだだな。もっと行くぞ」
ティータが再び無数の炎の玉を次々と放つ。再び炎の玉を捌いていくグライン。それを何度も繰り返し、様々な方向から襲い掛かる敵に対応出来るテクニックを身に付けていた。そんな中、キオがタータと共にやって来る。
「よぉ。修行中だったか?」
興味深そうに声を掛けるキオ。
「キオ! もう大丈夫なの?」
「ああ。爺さんからのオマケ付きで復活したぜ」
「オマケ付き?」
「まあ見てろや。そこのチビ。今のやつ、オレにやってみろよ。全力でな」
キオが自信満々に言うと、ティータは頬を膨らませる。
「チビって失礼なヤツ! 思いっきりやってやる」
ティータは無数の炎の玉をばら撒いていく。キオは構えを取り、襲い来る炎の玉を素早い動きで次々と三節棍を使って叩き落としていく。
「こいつも案外悪くねぇな」
三節棍の使い方を覚えたばかりのキオは、戦いにおける新たな方向性を考え始める。五発分は逃したものの、無数の炎の玉の嵐を捌いていくキオ。
「ちったぁ試させてもらうぜ」
キオは深呼吸をし、目を閉じて精神集中させる。すると、キオの右手の拳が赤いオーラに覆われ始めた。それは炎ではなく、赤く輝くオーラだ。
「うおおおおおお!」
右手拳を突き出すと、赤いエネルギーの波動が巻き起こる。波動は岩を軽々と破壊した。
「い、今のは?」
キオが放ったエネルギーの波動は、炎の魔力と体内を巡る気の力を融合させる事で赤いエネルギーを生み出して放つ拳闘士の秘技であった。秘技は炎気砲と名付けられ、全盛期だった頃のタータが編み出した能力の一つだ。生命の源となるエネルギーは気力とも呼ばれている。気力は肉体の強さや体力、回復力の促進の素であり、魔力との融合で力の増強を生んだり、エネルギーに変換して放出する事も出来る。キオは自身に宿る炎の魔力と気力の融合による戦術をタータから伝授されたのだ。
「まさかここまで早く炎気砲を使えるようになるとは。やはり試練を乗り越えたおかげか」
キオが僅かな時間のうちに炎気砲を使えるようになったのはタータにとっては予想外であり、同時に試練での戦いを重ねた事によるキオの急成長を肌で感じていた。
「す、凄いな……こんな技もあったのか」
グラインはキオが披露した炎気砲に興味津々だった。
「ますます暑苦しくなった感じね。けど、流石に見縊らない方がよさそうね」
気怠そうに呟くガザニアは、試練で大きく力を付けたキオの実力を内心認め始めていた。
「お前達も戦いを重ねているうちに以前よりも強くなったと感じぬか?」
タータの言葉にグラインは現在の自分の強さと鍵玉を探しに行く前の自分の強さについて振り返る。確かに海底遺跡での戦いの後に少しだけ強くなった気がする。戦いの中で自然にあらゆる戦闘の慣れと戦い方のコツを身に付けていたのかもしれない。つまり海底遺跡での戦いは決して無駄じゃなかったという事だろうか。
「そう、戦士たる者は戦いを重ねていくに連れて自然に戦術のスキルを身に付けていく。言ってしまえばレベルアップじゃな」
グラインは自身が更に強くなれる可能性に喜びを感じ、同時にますます強くなりたいという思いが生じる。
「……あいつらに負けないくらい、僕も頑張らなきゃ」
決意を固めるグラインはタータに礼を言い、ティータに別れを告げてヒーメルを呼び出そうとする。
「グライン!」
ティータが呼び掛ける。
「グライン……絶対に負けるな。アタシ、お前といれて楽しかった。やる事が終わったら、また海の中に連れてけ」
「うん。また会おうね、ティータ」
笑顔で応えるグラインは、現れたヒーメルに乗っていく。一行が乗ると、ヒーメルは飛び去って行った。
「ふむ……ティータよ。お前にとってもいい経験になったじゃろ」
「うん! 修行にもなった。海の中、不思議な事がいっぱいだ」
タータはティータと共に、飛び去っていくヒーメルをずっと見つめていた。そして思う。お前達の戦いはいずれ世界の運命を賭けた最大の試練となる。だが、お前達ならきっと乗り越えると信じておる。決して道を誤らぬようにな、と。
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