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神界に眠るもの
陸獣アルガンシュ
しおりを挟む「ん……あ」
意識が戻ったキオが起き上がると、そこはビストール王国の町の中だった。近くにはガザニア、リフ、クロウガ、ティム、そしてまだ意識を失ったままのグラインもいる。リフの聖光でグライン達を蝕んでいた闇の力は完全に浄化され、ガザニアも目覚めたばかりだという。
「みんな無事デよかったワ」
ティムがキオの周りを飛び回りつつ、倒れているグラインの傍に寄る。
「あのネヴィアとかいう野郎はどうなっちまったんだ? まさか姉ちゃんが倒したってのか?」
キオの問いに黙って頷くリフ。
「ふん、今回はまんまと敵に踊らされたわね。全く不愉快な話だわ」
悔しそうに悪態を付くガザニア。
「まあ、彼女のおかげで助かったのは事実だ。それを喜ぼうじゃないか」
クロウガが宥めるように言うものの、ガザニアは面白くない様子だ。
「ところで、グラインは……」
リフは目覚めないグラインが気になっていた。
「彼は長い間闇の力ニ蝕まれテいたみたいだかラ……ケド、闇の力は浄化されているかラ、すぐに目を覚ますと思うワ」
一先ず意識が戻らないグラインを安静にさせようと、一行は宮殿へと向かう。
「ったく、何でオレが担ぎ上げなきゃならねぇんだよ。いい加減腹減って死にそうだってのによ」
グラインを運んでいるのはキオであった。客室のベッドにてグラインを寝かせると、キオは心の中で呟く。さっさと目ぇ覚ませよグライン。一発ブン殴りてぇ気分なんだからな、と。
「ああ、クロウガ殿! 獣王様が……獣王様が!」
クロウガの存在に気付いた獣人兵の一人が駆け付け、切羽詰まったように言う。
「落ち着け。獣王様がどうしたんだ?」
「獣王様が……たった今、お亡くなりになられました」
「な、何だと……!」
獣王の訃報を聞かされ、寝室へ急ぐ一行。ベッドの上には、獣王が安らかに眠っていた。周りには、ヨーテを始めとする数人の獣人がいる。
「お、おお……獣王様……」
嘆きの声を漏らすヨーテ。
「獣王様……」
クロウガは獣王の遺体の前に立ち尽くしていた。リフ達は言葉を失ったまま、嘆き悲しむ獣人達を見守るばかりだった。獣王の遺体はクロウガを始めとする数人の獣人によって、町の中心地となる広場に埋葬されていく。生存していた数少ない王国の獣人全てが、獣王の弔いに集まっていた。
「やれやれ、また王様の訃報を聞く事になっちまうとはな。これじゃあまだ飯食ってられる状況じゃねぇな」
重い空気の中、キオはつい本音を漏らしてしまう。
「獣王様……レオゴルド様は、最後まで立派なお方でした。レオゴルド様が残したお言葉は我々だけでなく、あなた方にもお伝えせねばならぬ。レオゴルド様が残したお言葉は……」
ヨーテはリフ達に獣王の遺言を伝える。獣王の遺言――『深い憎しみは歪となり、新たな惨劇と悪を生む。残酷な運命に見舞われようと、憎しみに囚われてはならぬ』と。遺言はまだ続く。
人間を討たんとするエルフの戦士達と戦って、改めて思い知らされた。憎悪を肥大化させた者は歪な思想を抱くようになり、やがて心を失いし魔に堕ちる。エルフ達の憎悪は決して拭えるものではなく、人間を滅ぼしても消えぬ程の深いものだった。悪しき人間の罪が元凶といえど、憎しみのままに人間を滅ぼす事は愚行でしかない。人間の中には当然罪無き者もいる。悪しき者を生まぬよう、正しき形に変えようとする人間も多く存在するからだ。罪無き者もろとも討つ事は新たな悲しみを生み、惨劇がもたらす憎しみの連鎖を生む。我がビースト族も何人かが悪しき人間の犠牲となった。だが、正しき心を持つ人間を知っているからこそ、人間全てを憎んではならない事を同族に伝えられた。我々は心を失わなかったが、エルフの戦士達は大いなる憎悪で正しき心を失い、取り返しがつかなくなっていた。だから、この手でエルフの戦士を葬った。悪しき者から耐え難き残酷な仕打ちを受ける事があっても、憎しみに囚われてはならない。
我が命はもうこれまで。どうか勇者達に伝えたい。憎しみに囚われる余り、己の心を失う事は、決してあってはならぬ――
「憎しみ……か」
リフは獣王の遺言の意味を考える。母国を襲撃し、最愛の妹サラを攫った憎き敵がいる。もしサラが敵によって命を奪われる事があらば、敵への憎しみに囚われていたかもしれない。サラを無事で助けたいのは山々だが、最悪の可能性が頭を過る事もある。いや、絶対に助けてみせる。自分にも当然、憎悪の感情だって存在する。憎悪を封印する事は不可能でも、どんな運命に見舞われようと決して自分を失ってはならない。大切なものを守る為にも。
獣王の弔いが終わり、一行は食堂に案内される。客室で眠っているグラインはまだ目覚めていなかった。肉を中心とした料理がテーブルに並べられると、キオはガツガツと食事にあり付ける。ヨーテは獣王が話していた陸獣アルガンシュについて話す。アルガンシュが眠る地底湖へ行くには、かつてレイオが根城にしていた凶獣の洞窟を経由する必要があるとの事だ。
「リフは覚えているだろう? レイオ様とゾルアとかいう人間の剣士が戦っていたあそこだ」
クロウガの言葉に黙って頷くリフ。
「そういえば、ゾルアという男はどうなったんだ? あんたと魔導帝国の領地に行ったんだよな?」
ふとゾルアの事が気になったクロウガが問う。
「誰なんだそいつ?」
骨付き肉を頬張るキオが首を突っ込むと、リフはゾルアについて話す。ゾルアは崩壊した帝国城まで自分達と同行したものの、突然何かが呼んでいると口にし、突然苦しみ始め、意識を失った。その時のゾルアからは得体の知れない力を感じ取り、それは本能で恐怖を覚える程だった。そしてゼファルドの襲撃に遭い、ゾルアの正体は結局解らずじまいだったと。
「やはり奴は危険な存在だったというのか? あんたが無事だったのが幸いだが、奴は一体……」
「解らない。あの男が何者なのか、何を考えているのか……私だって知りたいくらいよ」
敵か味方か解らない謎の剣士ゾルアの存在が気になる余り、クロウガは表情を険しくするばかりだ。
「へっ。ゾルアだか何だか知らねぇが、敵だったらブッ飛ばせばいいだけの話だろ?」
単純な答えを出すキオだが、リフは固い表情のままだった。
「ウーン、そのゾルアという剣士のオトコも気になるケド……今は目的を最優先させるべきヨ。この先何があろうト、前へ進まなきゃネ」
ティムの一言を受け、リフはそうねと返答して食事にあり付けた。食事を済ませた一行は、アルガンシュが眠る地底湖へ行く為に凶獣の洞窟へ向かう。何か役立てるような事があればという意図で、クロウガも同行していた。
「グライン……そろそろ目を覚ましてモいいんだケド……」
ティムはまだ眠り続けているグラインの事が少々気掛かりだった。絶え間なく溶岩が煮え滾る凶獣の洞窟では、相変わらず凶暴な魔獣が潜んでいた。
「食後の運動に丁度いいな!」
意気揚々と魔獣の群れを次々と叩きのめしていくキオ。襲い掛かる魔獣は一瞬で蹴散らされ、完全にキオの圧勝だった。
「クッ、この熱さだと応えるわね」
苦い表情を浮かべるガザニア。洞窟内の熱気はガザニアにとって耐え難いものだった。
「お、流石のお前もこの熱さだとキツイってわけか?」
「黙りなさい。足手纏いにはならないわよ」
からかうような物言いのキオに対し、意地を見せるガザニア。更に魔獣が襲い掛かるものの、最早キオとリフの敵ではなかった。洞窟の奥へ進んでいくと、行き止まりの広場に辿り着く。
「おい、行き止まりじゃねぇか」
引き返すべきかという状況の中、ティムは徐に広場の壁を調べる。
「フーン、どうやらあそこと同じパターンみたいネ」
ティムの言うあそことは、ニルド高原の洞窟である。突き当たりの壁には瓦礫で塞がったような跡があり、この瓦礫を吹き飛ばせば道が開けるのではと推測していた。
「ほぉ、つまりオレの出番ってわけだな」
キオは炎気砲を壁に向けて放つ。爆発と共に壁が吹っ飛ばされると、先へ進む道が開かれた。
「ビンゴ! キオがいてくれてよかったワ」
ティムが歓喜の声を上げる。こんな力を扱える奴がいるのかと驚くクロウガ。開通された道を進んでいくと、下へ続く階段を発見する。階段を降りた先は、溶岩が流れる場所とはうって変わって水路が広がる空洞だった。
「まさか、こんなところに続いてたなんて驚いたぜ」
クロウガにとっても未知の領域となる場所であった。
「さっきの場所よりはマシなところに来たみたいね」
溶岩地帯から抜けられた事に安心するガザニア。アルガンシュが眠る地底湖に続く洞窟だと確信した一行は更に奥へ進んでいく。途中で立ちはだかる魔物の群れ。生物の血を養分としている蛭の魔物『ブラッドサッカー』、牛のような鋭い角を持つカブトムシの魔物『ブルビートル』、裂けた口から長い舌を垂らす四つん這いの魔獣『プレデター』、サソリタイプの魔物の中で飛び抜けて凶悪な『デストーカー』といった魔物が絶え間なく襲い掛かる。
「ハァッ!」
聖剣ルミナリオを手に、リフは聖光を発動させる。ガザニアの自然魔法による植物の蔦が魔物を捉えていき、キオの炎気砲が唸る。
「シャイニングボール!」
リフの手に巨大な光の球体が現れ、敵に向けて投げつける。聖光の力を持つ者が扱える光魔法の一種である。秘められた力である聖光とルミナリオを覚醒させた事がきっかけで幾つかの光魔法を習得し、光の力に関する知識を植え付けられていたが故に聖光や光魔法を自在に操れるようになったのだ。光の球体は魔物を一瞬で浄化させていく。
「おいおい、いつの間にそんな凄ぇ魔法扱えるようになったんだ……?」
キオはリフの光魔法に驚くばかりだった。
「私でも解らない。でも、何故か頭の中に色んな魔法の知識が入ってるのよ」
リフは自分の秘められた真の力が目覚めた事によって、未知の魔法の知識が頭の中に入っていたという状況に若干戸惑っていた。
「それはきっとアナタ自身でも認識出来ていなかった本当の力だからヨ。失った記憶が戻ったようなモノだと思えばいいワ」
ティムの言葉にリフはふとルミナリオを見つめる。
「そういえば……暗闇の中でルミナリオを手に取った時、聞き慣れない声を聴いた気がする」
ネヴィアの術に掛かり、暗闇の空間に立っている時、リフはふと聴いた謎の声の正体が気になっていた。我を目覚めさせるには、選ばれし者の光を必要としている。今こそ汝に秘められし光を呼び出すのだ、と。そしてルミナリオを手にした時、共に戦おうと。あの声はルミナリオに宿る何かの声だろうか。
「それはルミナリオの意思じゃないかしラ」
ティムはかつてティリアムから、ルミナリオには神の意思が宿っていると聞かされていた。ティリアムが神界に赴いた際、レディアダントに光を取り戻す聖光の勇者として選ばれ、神からルミナリオを授かった。そしてルミナリオも使い手を選ぶ剣であり、剣を扱う者として認められた者のみ真の力を発揮出来るようになり、剣に宿る意思を知る事が可能になるという。つまりリフは聖光の勇者の力を継ぐ者であり、正式にルミナリオを扱う者として認められたが故にルミナリオの意思が声となって聴こえてきたのだ。
「このルミナリオさえあれば、きっとサラを……」
今までの自分とは比べ物にならない程のレベルアップを遂げ、神の聖剣と大いなる力を手にした事を実感したリフはサラを助け出せるかもしれないという希望を抱き始める。
「リフ、過信してはダメよ」
鋭い声でティムが言う。それはティムとしてではなく、ティマーラとしての真剣な声だった。
「大きな力を手にする事は、油断と慢心に繋がる罠でもある。希望を抱く事があっても、自分の力を過信しないで」
ティムの一言にハッとしたリフは、思わず過去の出来事が頭に浮かび上がる。それは数年前、アズウェル精鋭戦士部隊の一隊員であったリフが当時の隊長となる剣士ガレルと剣を交え、激しい戦いの末に打ち負かした際に自分へ向けられた言葉。
強さによる慢心は思わぬ油断を生み、身を滅ぼす事となり得る。何者にも負けぬ力を付けても、己の強さに溺れるな。
そう、決して自分を過信してはいけない。手元の大いなる力と最強の武器は慢心させる罠でもある。慢心が生んだ油断は、破滅を招くのだから。
「オレにとっても他人事じゃねぇ話だな」
キオもティムの一言について素直に頷いていた。
「単細胞バカのあんたにとってもしっかりと肝に銘じておくべき事ね」
「てめぇは黙ってろ!」
ガザニアの毒舌に喧嘩腰で返すキオ。
「全く、オレには到底理解出来ない次元だよ。獣王様が仰ってた通り、あんたが勇者じゃないのか?」
クロウガは言う。獣王はリフに備わる聖光の力から勇者の光に似たものを感じ取っていた。つまりリフこそが新たな聖光の勇者になると考えていたと。
「勇者……か」
クロウガの言葉にリフは思う。自分は勇者の力を受け継ぐ者であり、今や聖剣ルミナリオに選ばれた存在である。果たして自分は聖光の勇者と名乗る事が許されるのだろうか。
「いいえ。勇者と呼ぶのはまだ早い。勇者は……まだ死んでいないから」
ティマーラとして振る舞ったまま、真剣な態度でティムが言う。どういう意味だとクロウガが問うものの、ティムはそれ以上答えなかった。その後も次々と現れる魔物の群れを蹴散らしながらも進んでいき、一行はまたも降り階段を発見する。階段の先に広がるものは、広大な地底湖の空洞だった。そして橋の向こうには、巨大なモグラのような生物がいた。その大きさは、並みの人間ならば余裕で丸飲み出来る程だった。
「あれが、陸獣アルガンシュ?」
一行は巨大なモグラに近付くと、寝息が聞こえてくる。気持ち良さそうに眠っているようだ。
「何だこいつ、寝てやがるぜ。おい、起きろ! 起きやがれ!」
キオは眠っているモグラを起こそうと、拳や蹴りを叩きつける。
「……んんん~……むにゃむにゃ……ん。はぁ……」
モグラの眼がうっすらと開き始める。寝ぼけ眼のモグラは微動だにしない。
「よぉ、おはようさん。陸獣アルガンシュってのはお前か?」
キオが問い掛ける。
「……ふぁ~……誰ぇ? いかにもオイラがアルガンシュだけどぉ……オイラのとこに誰か来るなんて、いつぶりかなぁ?」
この巨大モグラこそ陸獣アルガンシュであり、とぼけたような口調で返答した。
「アナタが陸獣アルガンシュなのネ。頼みがあって来たんだけド……」
ティムは旅の目的と共にアルガンシュの体内に納められているラファエルの印が目当てで訪れた事を話し、ラファエルの印を譲るように頼み込む。
「あぁ~、あれねぇ。確かにオイラの胃袋の中にあるケド~、オイラじゃあ取り出せないのよね~」
「はあ?」
アルガンシュによると、自分の体内にあるものは自分では吐き出す事が出来ず、誰かが体内に入って直接取り出すしかないとの事だ。
「つまりこいつの体の中に入れってのかよ。オレちょっとやだぜ……」
生物の体内に入る事に生理的な嫌悪感を覚えるキオ。
「……オレに任せてくれ」
そう言ったのはクロウガだった。
「お前、マジかよ?」
「正直気は進まないが、オレも少しはあんた達の役に立ちたいんだ」
今のリフ達の強さは最早自分と雲泥の差がある事を悟ったクロウガは、最後に自分にも出来る事をという考えで単身でアルガンシュの体内に入るつもりだった。
「フーン、ここは彼に任せてもいいんじゃナイ? ワタシだって体の中に入るのは遠慮したいからネ」
ティムの他、リフとガザニアも同じ考えだった。
「そういう事で任せたぜ、クロウガ」
コクッと頷くクロウガ。
「オイラの体の中に入るつもりなら~、さっさと入って用事済ませてね~ん」
ゆったりとした口調で言いながらも、アルガンシュは大口を開ける。クロウガは少々躊躇しつつも、アルガンシュの口の中に入っていく。
「あいつ、マジで入っていきやがったぜ……」
本当に大丈夫かよ、とキオは思わず心配になる。
「あのコがどうなろうと知った事じゃないけど、目的の物は手に入れて貰わないと困るのよね」
ガザニアの言う通り、しくじったら他の誰かが行く事になる。リフ達は無事でラファエルの印を手に戻って来る事を願うばかりだった。
「うわっ、な、何だ!」
アルガンシュの体内に入ったクロウガに細胞のようなものが襲い掛かる。体内に侵入した異物の駆除を行う役割を持つ細胞だった。「くそ、侵入者を駆除する細胞か」
クロウガは迫り来る細胞を振り切りつつ体内を進んでいくと、ヌメヌメとした場所に入る。そこには円盤のようなもの――ラファエルの印があった。
「こ、これか。例のモノは」
クロウガはラファエルの印をそっと手に取る。襲い掛かる細胞は無限に湧き続け、揉まれながらも必死で体内からの脱出を試みるクロウガ。
「うぐぐ……ま、負けられるか!」
無数の細胞から全力で逃れ、正面に出口を発見する。逃げているうちに鼻の穴へ繋がる道に来ていたのだ。
「あ……クシャミが出そう。は……ックショオオオオオ!」
アルガンシュの凄まじい勢いのクシャミによって、クロウガは無理矢理外に追いやられてしまう。
「おい、大丈夫かよ」
キオが駆け寄ると、クロウガの手にはしっかりとラファエルの印が握られていた。
「やったワ! これで三つ目の鍵を頂いたわヨ!」
歓喜するティム。
「き、気持ち悪いから洗ってくる!」
クロウガは全身の気持ち悪さに思わず湖の水で身体を洗い流した。
「ふぁ~、どうやらうまくいったみたいだね~。オイラはもう暫く寝させてもらうよぉ……」
アルガンシュは再び眠りに就き始めた。
「何だか気が抜けそうね」
終始ゆったりなマイペースぶりのアルガンシュに、リフはひたすら気が抜ける思いだった。
「ふん、用事が済んだらさっさと帰るわよ」
ガザニアは湖で身体を洗っているクロウガに対し、早くしろよと急かすキオを見てはやれやれと呟いた。
……グライン! グライン!
え? その声は……
暗闇の中に立つグラインは、懐かしい声を聞く。声の主は……クレバルだった。
「クレバル! クレバルなのか?」
思わず声を張り上げるグラインの前に、クレバルの姿が現れる。
「お前、何なんだよそのザマは。何の為に試練乗り越えてパワーアップしたんだ?」
クレバルが責めるように言うと、グラインは言葉もないと言わんばかりに俯いてしまう。
「……ごめん、クレバル。僕は愚かだった。何があっても、運命を恐れてはいけないと言い聞かせてたのに……」
自分の中に残っていた心の弱さが拭いきれなかった自分の愚かさを痛感し、俯きながら拳を震わせるグライン。
「バカ野郎! お前はそれでも勇者かよ! お前がしっかりしねぇとリルモや、みんなが救われねぇんだぞ! お前の決意は全部嘘だっていうのかよ! 俺はそんなの……絶対に許さねぇぞ!」
感情的に怒鳴り付けるクレバル。
「俺だってもっとお前の役に立ちたかった。けど、奴らは余りにも強すぎた。悔しいけど、俺はもうお前らと一緒にいれなくなっちまった。今の俺は……何があっても、見守る事しかできねぇんだ」
言葉を続けるクレバルの声には悔しさとやるせない怒りが込められており、一筋の涙を溢れさせる。グラインはそんなクレバルを見て目を見開かせる。
「……グライン、敢えて先輩サマとして命令させてもらうぜ。立て。頭を冷やせ。もう一度よく考えてみろ」
真剣な表情で言うと、クレバルの姿が薄らいでいく。
「クレバル! 待ってくれ! クレバル!」
グラインが呼び掛けると、クレバルの姿は消えてしまった。消える直前、何か言おうとしていたものの、その声は聞こえなかった。
「うっ……」
目を覚ますとそこは、宮殿の寝室だった。長い眠りから覚めたグラインは、思わず辺りを確認する。
「グライン! 気が付いたのネ」
ティムの声。周りにはリフ、キオ、ガザニア、そしてラファエルの印を手にしたクロウガがいる。
「みんな……僕が眠ってる間に……」
意識を失ってる間にネヴィアは倒され、ラファエルの印を手に入れる目的を果たした事を悟ったグラインは、自分の不甲斐なさを実感してしまうと同時に、仲間への後ろめたい気持ちが込み上がってくる。
「キオ……みんな、ごめん。僕は本当にバカだった……。疑うような言い方して、それで八つ当たりするような事言ったりして……本当にごめん」
頭を下げて詫びるグライン。
「どうしても嫌な夢と記憶が頭から離れなかった。どうしてか、頭の中から離れようとしなかったんだ……。それで僕は……」
槍を持った金髪の女が、男や中年の男女を惨殺しているという悪夢。しかも夢の中の人物は皆知ってる顔だった。更にフラッシュバックする忌まわしい出来事。何事も恐れないと自分に言い聞かせていたものの、悲劇の積み重ねを目の当たりにしたせいか心の何処かで無理していて、蓄積した心の疲弊と精神的なストレスが暴発した事で情緒不安定に陥り、あって欲しくない出来事を現実のものにさせたくない思いで、早く倒すべき敵を倒したい気持ちが暴走した末の衝突。自己嫌悪と共に、ただ詫びる事しか出来なかった。キオはグラインを殴り付け、胸倉を掴む。
「ふざけんじゃねぇぞこの野郎! 何があっても恐れねぇって決めたんじゃねぇのかよ! テメェの試練はそれだけ安っぽいものでしかなかったのかよ! あぁ?」
眼前で怒鳴り付けられても、口から血を流しつつ無言で応対するグライン。リフ、ガザニア、クロウガは止めようとせず、険しい表情で成り行きを見守っていた。
「ナメんな。戦ってるのはテメェだけじゃねぇ。オレ達もいるんだ。オレ達だって、早く奴らを倒したい気持ちで一杯なんだ。だが、急いだところで奴らには勝てやしねぇ。奴らに勝てる方法を見つけねぇ限り、無駄死になっちまう。オレはそんなの御免だからな」
グラインから手を放すと、キオは背中を向ける。不意に暗闇の中にて現れたクレバルの言葉が、頭の中で繰り返して流れ始めた。
「……先ずは腹ごしらえしろ。頭を冷やしながらな」
そう言って、キオは近くにいる獣人兵に、グラインの分の食事を用意するよう頼み始める。キオなりの不器用な優しさに触れたグラインは感極まり、涙が止まらなくなる。そんなグラインを、リフはそっと抱きしめた。
「グライン、ここには仲間がいる事を忘れないで。私だってあなたの力になる。どうか……焦らないで」
感極まったグラインは、リフの胸の中で号泣してしまう。
「キオったらつくづく乱暴ネ。でもこれデ、無事で和解できたと見ていいのかしラ」
「さあ。でもいい薬にはなったんじゃないかしらね」
ティムの呟きに、ガザニアはクールな態度で返した。メイドの獣人による食事の用意が出来たという知らせが来ると、グライン達は再び食堂へ向かった。
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