EM-エクリプス・モース-

橘/たちばな

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第八章「神の剣と知られざる真実」

冥神復活

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――クックックッ、感動の再会か。実に良い見ものだったよ。


邪悪な波動と共に部屋中を覆い尽くす黒い瘴気。スフレの前に現れたのは、空中に浮かぶ巨大な目――黒い影であった。
「あんたは……! 一体何の用なの?」
黒い影を見た瞬間、スフレは冷や汗を掻きつつ眉を顰める。レネイは部屋中に漂う邪気によって表情が凍り付いていた。


――ククク、レネイよ。生き別れの娘と再会出来て嬉しいか? 貴様はムルの言葉を信じて、娘の帰りを待っていたのだろう? その為に敢えて生かしておいてやった事を感謝するがいいぞ。


黒い影から嘲笑うように聞こえるケセルの声に、スフレは怒りを滾らせる。ケセルはレネイの記憶を読み取っていたのだ。
「出てきなさいよ、ケセル! お母さんに手出しはさせないわ」
スフレは魔力を集中させる。


――無駄だ。貴様程度ではどうにも出来まい。貴様もよく知っているのではないか? このオレの力を。


部屋中に響き渡るケセルの声。
「知ってるわよ。けど、逃げるわけにはいかないのよ!」
両手に魔力を集めた瞬間、スフレは黒い影が放った闇の衝撃波に吹っ飛ばされ、壁に叩き付けられる。
「ごはあっ! ぐっ……」
多量の唾液を吐き散らし、倒れるスフレ。
「セレア!」
レネイが声を上げると、黒い影の目が大きく見開かれ、レネイの身体が宙に浮く。
「お母さん!」
スフレが飛び掛かるものの、再び闇の衝撃波に吹っ飛ばされる。巨大な口を開けた黒い影はレネイの身体を吸い込んでいく。その時、地下から戻ったリランとオディアンが駆け付けて来る。
「これは一体!」
オディアンが大剣を手に構えを取る。


――クックックッ、貴様達が来ても無駄だ。レネイはたった今、我が手中に収まった。そこで己の無力さを味わうがいい。


レネイの身体は黒い影の前まで来ていた。
「貴様! 再会したばかりの母と子まで引き裂こうというのか!」
激昂するオディアンだが、レネイの身体は空しくも黒い影の口の中に吸い込まれてしまう。
「そんな……お母さああぁぁん!」
スフレが悲痛な叫び声を上げる。


――我が計画は間もなく実行される。最早我が主の復活を止めるのは叶わぬ事。ゲウドよ、後は任せるぞ。


黒い影の口から吐き出されたものは、蜘蛛のような姿をした醜悪な魔物――ケセルに闇の魂を与えられた事によって姿が変化し、自我を持たない異形の怪物と化したゲウドであった。
「ゲウドだと……まさかこいつがあの男だというのか」
黒い影が部屋から姿を消すと、ゲウドはおぞましい雄叫びを上げながらも口から灼熱の火炎を吐き出す。
「クッ、何という炎だ!」
部屋中を覆い尽くす程の炎を防御で凌ぐリランとオディアン。スフレは炎の中、棒立ちの状態で立ち尽くしていた。
「グオオオオォォ!」
部屋中が炎に包まれ、本能のまま暴れるゲウドにオディアンが斬りかかる。片腕を切り落とすものの、すぐに再生し、不気味な唸り声を上げながら緑色の液体を吐き出す。毒液であった。
「ぐっ、しまった……」
毒液を浴びたオディアンは猛毒に冒され、ガクリと膝を付く。リランはオディアンに解毒の魔法を掛けようとするが、ゲウドが炎を吐きながら暴れ回り、近付く事が出来ない。
「……許さない……」
そう呟いたのはスフレであった。スフレの全身は魔力のオーラに覆われている。
「やっとお母さんに会えたのに、あんた達は……」
抑揚のない声で呟きながらも、スフレはゲウドが吐く炎の中に向かって行く。
「スフレ、何をするつもりだ! 逃げろ!」
リランが呼び掛けるものの、スフレは応じようとしない。
「あんた達は……絶対に許さない。許さない!」
スフレは両手で巨大な炎の玉を作り出す。クリムゾン・フレアの炎の玉であった。
「うわあああああああああああ!」
巨大な炎の玉をゲウドに向けて投げつけると、炎の玉は壮大な爆炎となり、ゲウドの醜悪な姿を焼き尽くしていく。スフレの全魔力を掛けた渾身の炎魔法クリムゾン・フレアは、跡形もなくゲウドを消し去った。炎が残る部屋の中、膝を折るスフレ。リランはオディアンに解毒の魔法を掛けると、スフレの元へ駆け寄る。
「スフレ……」
リランが気遣うように声を掛ける。
「……何があってもケセルを倒してやるわ。あたしはあいつを絶対に許さない」
怒りと悲しみで涙を溢れさせたスフレの表情を見てリランは一瞬面食らうが、直ぐにその意思に応える。
「おのれ、ケセルめ……奴だけは絶対に生かしておけぬ。スフレよ、俺は最後までお前の力になるぞ」
オディアンの一言にスフレは黙って頷く。一行は一先ず今後の作戦を立てる為、リターンジェムで賢者の神殿へ戻る事にした。

賢者の神殿に帰還したスフレ達は事の全てをマチェドニルに話すと、マチェドニルは月神の大賢王が封印された書物を眺めながらも驚愕の表情を浮かべる。
「なんと……その本に月神の大賢王と呼ばれるお方が?」
「うむ。レウィシア達が戻ったら改めてお話されるとの事だ」
レウィシア一行が戻るまで休息を取る事にしたスフレ達。スフレが自分の部屋に行くと、リランとオディアンは療養中のヘリオの元へ向かった。
「ぐっ……うう……」
ヘリオは負傷した両足からの激痛に苦しみ続けていた。
「ヘリオ……」
リランはヘリオの苦痛に歪んだ顔を見て言葉を失う。再起不能となった両足の激痛は全身に響き渡る程のものであった。
「ヘリオ殿……何と気の毒な。両足は最早治す事も叶わぬというのか」
オディアンの言葉に、リランは無力感に苛まれていた。

部屋の中で一人佇むスフレは、母を守れなかった悲しみに暮れていた。
「お母さん……ごめん……あたし、何も出来なかった……。この戦いが終わったら、二人で暮らそうって思ってたのに……」
スフレの目から涙が溢れると、悲しみの感情が徐々に怒りへと変化していく。
「ケセル……よくも……よくも……!」
溢れる涙が止まらないまま、スフレはケセルへの激しい怒りを滾らせていた。


その頃、ラムスの町外れの長屋に戻っていたロドルは不意に気配を感じ取り、長屋から出る。


――ククク、お笑いだなロドルよ。報酬と引き換えに神の力を宿す鍛冶を引き受けるとは。


声の主は、ケセルであった。ロドルの前に目玉が浮かぶ黒い影が姿を現す。
「貴様……」
ロドルは二本の刀を構える。


――そう身構えるな。今は貴様を狙うわけではない。貴様に伝える事があってな。貴様の母親は今、アラグの孤島の奥底にいる。このオレと共にな。


その一言にロドルが表情を険しくさせる。
「その事を俺に伝えるとは、何を考えている?」
問い詰めるロドルだが、黒い影は嘲笑うように目を歪ませる。


――計画の始まりだよ。全ての素材が集まり、我が主の手によってこの世界を完全なる闇で支配する計画が間もなく実行される。光溢れる時代が終わり、冥府の闇と死が支配する時代が再び訪れるのだ。


黒い影は大きく目を見開かせ、闇の衝撃波を放つ。防御態勢に入るロドルだが、一瞬で吹き飛ばされてしまう。
「ぐっ……」
衝撃波に倒されたロドルが立ち上がろうとすると、黒い影は溶けるように消え始める。


――クックックッ、母親に会いたければ今すぐアラグの孤島へ来る事だ。ただし、そう簡単に会えると思わぬ方が良いぞ。貴様の母親も、素材として選ばれたのだからな。


そう言い残し、消えていく黒い影。ロドルはゆっくりと立ち上がり、自身の刀を見つめながらも空を見上げる。
「……チッ、面白くないが誘いに乗ってやるか」
ロドルは刀を鞘に収め、再び長屋に入って行く。


翌日、ヒロガネ鉱石の神の力を剣に宿すという目的を果たしたレウィシア一行が賢者の神殿に帰還する。レウィシア達が戻るとマチェドニルは全員に召集を掛け、リランが月神の大賢王の書物をテーブルに置く。
「今から何をするというの?」
レウィシアが問い掛けると、書物は光を放ち、ページが開き始める。
「よくぞ集まった。大いなる災厄に挑みし光ある者達よ。我は全ての叡智を司る月神の子――」
神殿に集う戦士達と賢人達の前で、月神の大賢王が再び全てを語る。世界の始まりと神々の時代における出来事、冥神の正体、知られざる世界の真実等全てにおける出来事を語り終えた時、その場にいる全員が言葉を失っていた。
「冥神ハデリア……この世界を生み出した神の片割れだったというの……」
レウィシアは様々な話を整理しつつも顔の汗を軽く拭う。
「色々整理するだけでも大変な話だが、クリソベイアに伝わる言い伝えの真実がここで解るなんてな」
ヴェルラウドは密かにクリソベイアに存在していた災いを呼ぶ邪の子という言い伝えの発端が気になっていたのだ。
「何だか凄い歴史を知ってしまったな。最初は信じられない話だと思っていたが、だんだんと物凄く説得力のある感じが伝わって来たよ」
テティノも月神の大賢王の威圧的かつ不思議な雰囲気に心を奪われていた。
「流石は叡智を司るお方なだけありますね。聖地ルイナスにこのような方がいたなんて……」
ラファウスは光り輝く書物を興味深そうに眺めていた。
「今やケセルはアラグの孤島の地底でハデリアの魂の封印を解こうとしている。最早ハデリアの復活を止める事は不可能であろう。奴らに立ち向かえるのは、地上の神々と冥神に挑みし英雄に選ばれたお前達なのだ。アポロイアを始めとする神々と英雄達も冥神との戦いの際にはお前達に力を貸すだろう。光ある者達よ、どうかこの地上を冥神がもたらす闇から守って欲しい」
そう言い終えると、書物から光が消える。全ての役目を終えた事で、月神の大賢王の魂は再び眠りに就いたのだ。
「ケセル……何としても倒さなきゃ」
レウィシアがアポロイアの剣を見つめながら呟く。ケセルや冥神ハデリアとの決戦に備えるという事でこの日は休息を取る事にし、一同は解散する。
「ねえ、レウィシア」
スフレがレウィシアに声を掛ける。
「どうか、あたしに力を貸して。ケセルを倒す為に。あいつはあたしだけでは到底敵わない力を持っているから」
真剣な表情で頼み込むスフレにレウィシアは黙って頷く。
「ヴェルラウドも。あたしに力を貸して欲しいの」
レウィシアの傍にいたヴェルラウドにも頼み込むスフレ。
「そんな事は当たり前だろ? 何かあったのか?」
スフレの表情を見て何か只ならない事があったと察したヴェルラウドが問う。
「な、何でもないわよ……」
俯いて返答するスフレ。
「隠し事しないで話してみろよ。仲間だろ?」
ヴェルラウドが更に問うと、スフレは涙を零す。
「……ルイナスに、あたしのお母さんがいたの。でも、ケセルのせいでお母さんは……」
スフレが事情を話すと、ヴェルラウドは愕然とする。
「何ですって! ケセル……何処まで人の幸せを踏みにじれば気が済むというの!」
怒りに震えるレウィシアを横に、ヴェルラウドがそっとスフレの肩を抱く。
「スフレ。俺は二度に渡って目の前で大切な人を失ったから、お前の辛さは本当によく解る。そしてこれだけは忘れるな。此処にいるみんなは、お前と共に戦うという事を」
「ヴェルラウド……」
スフレはヴェルラウドの言葉を受け、涙で潤んだ目を軽く拭う。
「ありがとう、ヴェルラウド。あたしは今まであんたを助けて行きたい気持ちで戦っていたけど……たまには、頼ってもいいよね?」
近くで向き合い、笑顔を向けるスフレ。その笑顔には切なさが漂っていた。
「たまにじゃなくて、常にでいいんだ。俺は……騎士として人を守る使命を重んじているからな」
そう返すヴェルラウド。レウィシアはヴェルラウドとスフレのやり取りを見て思わず表情を綻ばせる。
「いい感じのところに済まないが、僕達もいる事を忘れないでくれよ」
テティノとラファウスがやって来る。
「スフレ。話は聞きました。あなたも辛い思いをされたのですね。あなたの想いに応える為にも、私達も喜んで力になりましょう」
ラファウスの強い意思が秘められた目には、スフレに対する不信感は全く感じられない。レウィシアと和解を果たし、打ち解けた事で改めて信頼するようになったのだ。
「あんた達もあたしの為に……ってか、ラファウスだっけ? あんた、本当にあたしより年上なの?」
「これもエルフの血筋によるものです」
ラファウスは自身がハーフエルフであり、子供の外見をしているのは人間よりも遥かに長寿であるエルフの血筋によるものだという事をスフレに説明する。
「ふーん……それはそれで大変そうね。あたしの方がお姉さんに見えるくらいだし」
「平気ですよ。とうに慣れていますから」
冷静に返答するラファウス。オディアンはリラン、マチェドニルと共にスフレを取り囲むレウィシア達の様子を静かに見守っていた。
「……絆、じゃな」
マチェドニルが呟く。
「絆?」
「うむ。共に戦う仲間達の絆は大いなる力の源となる。わしを含むかつての英雄達も、深い絆があったからこそ多くの戦いを乗り越える事が出来た。今こそレウィシア達も強大な闇に挑む事になる。戦地に立つ仲間同士の絆は決して忘れてはならぬ事だ」
そう呟きながらも、手元にある月神の大賢王の書物をジッと見つめるマチェドニル。
「決戦の時は近い。地上の運命を掛けた戦いの為にも、身体を休めておかなくては」
リランは休息を取るべく寝室へ向かって行く。
「……陛下を救う為にも、彼らと共に戦わねばならぬ。俺には、グラヴィル様の闘志がある」
オディアンは決意を固め、リランに続いてその場を後にした。


世界最南端に存在する孤島アラグ――人々の間では忘れられた島と呼ばれ、高い岩山に囲まれた地底遺跡の奥底に冥神ハデリアの魂が封印されている。全ての素材を集め終えたケセルはアラグの地底遺跡に辿り着く。遺跡の奥に設けられた大扉。太陽と月を象徴させる二色の光に覆われた大扉は、古代魔法による封印で閉ざされていた。ケセルが太陽の輝石と月の輝石を差し出した瞬間、光が消え、大扉がゆっくりと開かれる。太陽の輝石と月の輝石は、扉の封印を解くカギでもあったのだ。扉の向こうに広がるものは、中心部に巨大な光の四角錐が設置された大広間で、更に四角錐には幾つもの光の鎖で守られている。四角錐の中には、繭のようなものが入っていた。
「ククク……とうとう見つけたぞ。我が主の魂を」
そう、四角錐の中に存在するものが冥神ハデリアの魂だったのだ。ケセルはこれまで集めた素材――クレマローズ王国の教会と聖風の社に存在していた白銀の鍵、アクリム王国に存在していた青い石の鍵、その他各地で確保した様々な鍵で光の鎖の拘束を解き、再び太陽の輝石と月の輝石を取り出す。二つの輝石が大きな輝きを放ち、光の四角錐が消えていく。
「フハハハ……主よ。待たせたな。いよいよ新たなる冥神として生まれ変わる時が来たのだ!」
浮かび上がる光の繭を前に、ケセルは水晶玉を取り出してはペロリと舌なめずりする。水晶玉から瘴気が溢れ出し、一人の少年が姿を現す。黒髪の少年――クレマローズの王子ネモア・カーネイリスであった。ネモアにもレウィシア同様、大いなる太陽の力が秘められている。冥神ハデリアの魂の器であり、そして新たなる肉体として利用するためにネモアの中に存在する太陽の力を冥府の力で肉体共々完全なる闇に染めるという魔改造を施していたのだ。ケセルが三つの目を輝かせた瞬間、繭が開き、中から黒く揺らめく炎に包まれた魂――冥神ハデリアが姿を現す。


――冥魂となりし我が力の欠片よ、よくぞ我を蘇らせた。そしてそれが我の新たなる肉体とな――


ハデリアの魂がケセルに語り掛ける。
「ククク、器にするにはまだ力が足りぬか? いいだろう、もっと暗黒に染めてやる。こいつはいずれ我々と敵対する太陽の戦神に選ばれし王女の弟。闇に染まりし太陽に更なる力を与えるのも良かろう」
ケセルはネモアの顔に触れつつも、ひたすら不敵に笑っていた。


翌日の朝――世界各地の空は巨大な積乱雲に覆われ、激しい集中豪雨が降り注いだ。

クレマローズ城では、アレアス王妃が収まらない鼓動の高鳴りの中で発作を起こして倒れてしまい、ベッドで安静にしていた。
「王妃様に何があったというのだ……何か只ならぬ予感がする」
トリアスはアレアスの容態が気掛かりという事もあり、外での雷鳴が響く豪雨といった悪天候ぶりを見て気分が落ち着かない様子であった。

風神の村では雷と豪雨で村人全員が家内に避難しており、森の中では頻繁に落雷が発生していた。異常な程の雷雨にウィリーは何とも言えない不安を感じながらもノノアに七草粥を与えていた。
「くそ、これじゃあとても外に出れそうにないな」
ウィリーは外の様子を見るものの、集中豪雨によって村に洪水が起きていた。
「ラファウス様、大丈夫かな」
ノノアが心配そうに呟く。ウィリーも内心ラファウスの事が気掛かりであった。
「ラファウスならきっと大丈夫だよ。風の神様が付いているからな」
突然起きた集中豪雨と重なる不安を抑えつつも、ウィリーはノノアを安心させようと傍に寄り添った。

ブレドルド王国でも雷を伴う集中豪雨によって住民全員が家内に避難していた。
「参ったね。これではお買い物に行けそうにないよ」
アイカの家。ベティが豪雨のせいで買い出しに行けず困っている中、アイカは何かを作っていた。ハンドメイドによるペンダントである。ロロはアイカの隣で気持ち良さそうに眠っていた。
「あら、アイカ。何を作ってるの?」
「スフレお姉ちゃんへのプレゼントだよ! こんどスフレお姉ちゃんと会った時に渡そうと思ってるの!」
ベティはアイカが作ろうとしているペンダントを見て表情を綻ばせる。
「まあ……本当にあのスフレという子を慕ってるのね」
「うん! わたし、スフレお姉ちゃん大好きなの! こんどスフレお姉ちゃんに遊んでもらうんだ!」
アイカの傍にある画用紙には、スフレの似顔絵が描かれている。しかも『だいすきなスフレおねえちゃん』という文字まで書かれていた。そして、スフレがアイカの元を去る時に一緒に遊んでもらうという約束を交わしていたのだ。


ねえ、スフレお姉ちゃん。

なーに?

わたし、スフレお姉ちゃんと遊びたいな! また会った時にわたしと遊んでくれる?

いいよ! 今やる事が全部終わったら、このスフレちゃんがたくさん遊んであげる!

わーいやったー! やくそくだよ!

うん、約束する!


「スフレお姉ちゃん……」
アイカはスフレとの約束を思い出しながら、ペンダント作りを続けた。

氷の大陸チルブレインでも集中豪雨に襲われていた。雪のみが降るだけで決して雨が降る事のない大陸でありながらも突然雨が降るという異常気象ぶりに、聖都ルドエデンに住むマナドール達は異変を感じていた。
「一体何事ですの? この大陸に雨が降るなんてあり得ない事ですわ」
神殿のバルコニーに佇んでいたデナは不吉な予感を覚える。
「こんな時にリラン様はどうお考えになられるのかしら……どうかご無事である事を祈るばかりですわ」
リランの安否が気になりつつも、デナは神殿内へ戻る。豪雨は止まる事なく降り続け、落雷が発生する。落雷は、チルブレイン最北端に聳え立つ氷山を破壊していた。

トレイダではランの散歩をしていたメイコが豪雨の中、全力疾走していた。
「ひいいいい! な、何なのよこの大雨はあああ!」
全身ずぶ濡れになりながらも、雨宿りで自宅に入るメイコ。
「こ、こんな大雨が降るなんて聞いてないわよぉ……」
雨に濡れたランが全身を振ると、メイコは濡れた衣服から着替えるついでに軽くシャワーしようと浴場に向かって行く。シャワーの最中、メイコはふと考え事をする。
「何だか妙な予感がするのよねぇ。これからとんでもない事が起きそうというか」
悪い予感が収まらないメイコは、シャワーを浴びながらも今後の商売の事を考え始めた。


各地が集中豪雨による異常気象に苛まれる中、アラグの孤島からは紺色に輝く光の柱が立っていた。光の柱は冥神ハデリアの目覚めによって引き起こされた力であり、放出された冥神の力は大気に影響を与える程であった。光は消えていき、巨大な黒い球体が空に浮かび上がる。


――間もなくエクリプス・モースの時代が再び訪れる。その前夜祭として、我が影による最後の余興を楽しむとしよう。


球体となった黒い影の姿が変化していき、三つ目の龍の姿へと変化していく。ケセルの分身となる黒い影が目覚めた冥神の力を受け、独立した意思を持った事で変化したものであった。


――さあ行け、奈落の龍と化した我が影よ。思うが儘に破壊の限りを尽くすのだ。


奈落の龍――アビスドラゴンは豪雨の中、おぞましい声で咆哮を轟かせながらも空を飛び回る。黒く巨大な身体の周囲には闇の雷が迸っていた。




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