EM-エクリプス・モース-

橘/たちばな

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第八章「神の剣と知られざる真実」

奈落の龍

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燃え盛る炎に包まれる小さな城。次々と炎に焼かれていく人々。王族共々滅びの運命を辿ろうとしている一つの王国。炎から昇る黒煙は空を覆う程であった。


――どうだ? これでお前を拘束していた王国はこの世から消えた。お前は国王の行いに内心嫌気が差していたのだろう? 尤も……お前と駆け落ちした人間もまた、自己満足のままに生きる愚かな輩であったがな。


無惨にも焼き尽くされていく小さな城は、ライトナ王国であった。ライトナ王国にもケセルが求める素材が存在しており、ケセルはリティカの王女としての記憶を読み取り、素材を手に入れた際に城を焼き滅ぼしたのだ。


「……くっ」
母であるリティカの故郷の城が焼き滅ぼされる夢から醒めたロドルは、ケセルの嘲笑う表情を思い浮かべながらも長屋から出る。外は集中豪雨の真っ只中であった。
「この雨は……いよいよ始まろうとしているのか」
ロドルの頭の中からトレノの声が響き渡る。
「どういう事だ」
「奴の主だ。俺の主たる者と主の仲間達が挑んだ古の邪神……つまりケセルの主となる冥神が復活を遂げようとしているのだ」
雷鳴が轟く激しい雨の中、ロドルは厚い積乱雲に覆われた空を見上げる。
「俺が止めても、お前は行くのだろう? ロドルよ」
ロドルは雨に打たれながらも、二本の刀を抜いては刀身を眺める。愛刀である覇刃は様々な素材との合成により、極限まで鍛え抜かれていた。
「……例え何者であろうと、気に食わん奴は生かしておけん」
刀を鞘に収め、ロドルは街の方へ向かって行く。


賢者の神殿では、マチェドニルが冷や汗を掻きながらも賢人にレウィシア達を呼ぶように伝えていた。即座に駆け付けたレウィシア達はマチェドニルの様子を見て驚く。
「皆の者よ、気を付けろ。何か恐ろしいものが近付いている」
マチェドニルが感じ取ったものは、アビスドラゴンの闇の魔力であった。アビスドラゴンが賢者の神殿に向かっているのだ。
「まさか……冥神!」
只ならぬ予感を覚えたレウィシア達は神殿から出る。豪雨が降る中、付近で落雷が発生する。
「何なのよ一体。こんな酷い雨の中で戦わなきゃいけないわけ?」
スフレがぼやいた瞬間、全員が身構える。東の空から何かが飛んで来る。それは巨大な黒い龍――アビスドラゴンであった。
「な、何だあれは!」
アビスドラゴンの姿を確認した一行が戦闘態勢に入った瞬間、アビスドラゴンの口から紫色の雷光が放たれる。雷光は森の中を抉り、大爆発を起こした。
「うわああああっ!」
爆発の衝撃で吹っ飛ばされる一行。
「グギャアアアアアアアアアアアアッ!」
アビスドラゴンは辺りを揺るがす程の激しい雄叫びを轟かせる。レウィシアは立ち上がり、真の太陽の力を解放させる。
「レウィシア、気を付けろ。あのドラゴンからは凄まじい闇の力を感じる」
リランの一言に黙って頷き、アビスドラゴンに挑もうとするレウィシアだが、空中にいるせいで直接攻撃を当てる事が出来ず、遠距離での攻撃を繰り出そうとする。
「くっ、バケモノめ!」
水の魔力を高めたテティノが水の魔法を発動させる。巻き起こるウォータースパウドの水竜巻に加え、ラファウスの風魔法による竜巻が荒れ狂う。二重の竜巻に飲み込まれるアビスドラゴンだが、闇の衝撃波によって吹き飛ばされてしまう。更に口から吐き出される黒い炎がレウィシア達を襲う。
「きゃあああ!」
「うくっ、闇の炎か……!」
リランは光の防御魔法で援護しようとするが、黒い炎は防御魔法でも凌げない程の威力であった。アビスドラゴンが再び雄叫びを上げると口から黒い瘴気が湧き上がり、瘴気からは無数の黒い影が現れる。シャドーデーモンの群れであった。
「あいつ、魔物を生み出す事も出来るのか?」
アビスドラゴンが生み出したシャドーデーモンは一瞬で数え切れない程の数となり、一斉にレウィシア達に襲い掛かる。
「邪魔な奴らだ」
赤い雷を纏った神雷の剣でシャドーデーモン達を切り裂いていくヴェルラウド。スフレの魔法とオディアンの戦斧投げが加わり、一斉にシャドーデーモンの群れを打ち倒していく。
「はあああっ!」
レウィシアは森の木を蹴って飛び掛かり、空中に漂うアビスドラゴンに向けて剣を大きく振り下ろす。斬撃は輝く炎の衝撃波を生み、アビスドラゴンの左手を斬り飛ばしていく。
「グアアアアアアアアアッ!」
アビスドラゴンはうねるような動きをしつつもレウィシアに襲い掛かる。口から吐き出される紫色の雷光が地面を抉り、森全体を吹き飛ばす程の大爆発が起きる。
「ぐっ……」
爆発の衝撃で全身を焦がしつつ倒れるレウィシア。身体には僅かに痺れが残っていた。剣を手に立ち上がろうとするレウィシアだが、突然辺りが黒い霧に包まれ始める。アビスドラゴンが放った漆黒の霧であった。
「うっ、視界が……!」
漆黒の霧によって視界を奪われた一行は焦りの表情を浮かべる。
「くそ、これも闇の力によるものか?」
霧の中、更なる大爆発によって大きく吹っ飛ばされる一行。霧によって何も見えなくなった視界の中、辺りを揺るがす咆哮が響き渡っていた。
「こ、こんな卑怯な手でやられやしないわよ!」
スフレが範囲攻撃による魔法で反撃に転じようとする。
「待て、スフレ」
背後から肩に触れ、止めに入ったのはヴェルラウドであった。
「何よ、後ろから触らないでよ!」
「黙って聞け。こんな霧の中、無暗に攻撃したところで返り討ちに遭うだけだ」
冷静な態度でヴェルラウドが言う。
「じゃあどうしろって言うのよ」
「レウィシアの剣だ。もしかするとレウィシアの剣に宿る神の力ならこの霧を払えるかもしれん」
ヴェルラウドのレウィシアに対する信頼ぶりにスフレは何処か腑に落ちない気持ちになりながらも、その言葉を受けて一先ずレウィシアに任せる事にした。
「確かにこんな状況で我武者羅に挑むのは危険だ。レウィシア王女の剣に宿る神の力とやらがどれ程のものか存じぬが……先ずは奴に応戦出来る方法から切り開かなくては」
そう言ったのはオディアンであった。
「レウィシアー! あんたの剣で何とかしてよね! みーんなあんたの事信用してるんだから、頑張りなさいよ!」
スフレが大声で呼び掛ける。その声を聞き取ったレウィシアは両手で剣を持つ。
「私の剣……ヒロガネ鉱石に宿る神の力があれば……」
レウィシアは剣を掲げ、心から念じる。


我が剣に宿りし神の力よ。今こそ我が太陽の力と共にあれ――


刀身が輝き、眩い黄金の光となって周囲に広がり始める。辺りを覆い尽くしていた漆黒の霧は白金の光によって浄化されていき、全員が視界を取り戻すと、無数のシャドーデーモンに囲まれたアビスドラゴンの姿が見える。ヒロガネ鉱石が生みし力は創生の神の加護による光であり、真の太陽の力と併せる事によって全ての闇を浄化させる聖光と呼ばれる白金の光を生み出したのだ。光を受けたシャドーデーモン達は苦しみながら溶けるように消えていき、アビスドラゴンが苦しみの雄叫びを轟かせる。
「今だ!」
レウィシアは飛び上がり、アビスドラゴンに渾身の一閃を振り下ろす。
「グギャアアアアアアアアアアッ!」
身体を真っ二つに裂かれたアビスドラゴンがおぞましい声を上げる。両断された巨体が地面に落ちていくと、解けるように消えていった。
「やったー! 凄いじゃない、ヒロガネ鉱石ってやつが生み出した力?」
スフレが歓喜の声を上げる。レウィシアは光る刀身を眺めつつも、駆け付けていく仲間達の姿を見る。
「これが神の力……これさえあれば冥神にも……」
自身の剣に宿る神の力の凄まじさを実感しつつも、レウィシアは剣を収める。雨はまだ降り続けていた。
「まさかあんなバケモノが現れるなんてな。奴もケセルが生み出した魔物か?」
「恐らくそうだろうが、あの黒いドラゴンは明らかに他のドラゴンには無いような、闇王に匹敵する程の力を持っていた」
リランの返答にヴェルラウドは愕然とする。
「だが、奴は闇の力を持つだけあって、完全なる光に弱かったのだろう。今レウィシアが放った光は太陽と神の力を併せ持った光。だからこそ奴は……」
呟くようにリランが言葉を続けると、ヴェルラウドはレウィシアに視線を移す。
「ヒロガネ鉱石であれ程の力が生み出せるのは、レウィシアの太陽の力があってこそなんだろうな。もし俺の神雷の剣にも……」
ヴェルラウドは俯き加減で自身の剣を見つめる。もし神雷の剣にもヒロガネ鉱石の神の力を宿す事が出来れば、どれ程の力を生み出していたのだろうか? 自分が操る赤い雷は古の戦女神が操る裁きの雷光だと聞く。つまり自分の力は神の力そのものなのだ。その力に更なる神の力を宿す事が出来たら、全てを守れるようになるかもしれない。複雑な思いを抱えつつも、ヴェルラウドは周囲を見回し始める。次の瞬間、ヴェルラウドの表情が凍り付いた。なんと、うっすらと輝く三つの紫色の瞳がレウィシアの背後に現れたのだ。
「レウィシア、そこを離れろ!」
ヴェルラウドが声を上げた瞬間、レウィシアの足元に黒い円が広がり始め、円から無数の黒い手が現れてはレウィシアを捕えていく。
「レウィシア!」
仲間達はレウィシアを救出しようとするものの、無数の黒い手に捕われたレウィシアは円の中に引きずり込まれてしまう。黒い円はレウィシアを引きずり込むと萎むように消えていき、浮かび上がる三つの瞳は巨大な黒い影に覆われ、影はみるみると巨大な龍――アビスドラゴンの姿へと変化していった。
「こいつ……まだ生きてたのか?」
復活したアビスドラゴンはおぞましい雄叫びを上げながら闇の衝撃波を放つ。
「きゃああ!」
「うわああああ!」
衝撃波によって吹っ飛ばされる一行。
「貴様……レウィシアを何処へやった!」
ヴェルラウドが立ち上がり、赤い雷の力を呼び起こしては神雷の剣を手に飛び掛かる。赤い雷を纏った一閃を繰り出し、地面に向けて振り下ろす。地を走る赤い雷は地面を抉りながらもアビスドラゴンの巨体を捉えるものの、反撃の雷光が襲い掛かる。
「ぐああ!」
大爆発を受けて倒されるヴェルラウド達。アビスドラゴンの放った紫色の雷光による爆発は、神殿の一部をも破壊していた。

神殿内にいるマチェドニルと賢人達、そしてヘリオは地下に避難していた。爆発の衝撃は地下にも伝わる程であった。
「クッ……凄まじい衝撃じゃ。まさかこれ程の敵が現れるとは」
マチェドニルはベッドで寝かされているヘリオの身を案じていた。ヘリオは足の痛みに苦しみつつも、口を動かし始める。
「……せめてこの足が動けばと思っていたが……奴らが挑もうとしている敵は、最早私では手に負えない次元の相手であろうな。口惜しい話だが」
独り言のように呟くヘリオ。
「出来る事ならわしも皆の力になりたいところじゃが、老いぼれてしまったこの身では戦地に立つ事もままならぬ。皆の無事をひたすら祈るばかりじゃ」
マチェドニルはレウィシア達の無事を祈りつつも、テーブルに設置された水晶玉に映された戦いの様子を見る。だが、水晶玉に映し出された風景は、アビスドラゴンが放った漆黒の霧によって何も見えなくなってしまう。


黒い円に引きずり込まれたレウィシアは、亜空間の中に立っていた。そこはケセルの魔力によって造られた魔の空間である。
「此処はあの時の……」
レウィシアの脳裏に、ケセルによる卑劣な罠と圧倒的な強さによって打ちのめされた忌まわしい記憶が蘇る。


――ククク、レウィシアよ。再びこのオレの世界に引きずり込まれた気分はどうだ?


空間全体に響き渡るように聞こえるケセルの声に、レウィシアは怒りを滾らせる。
「ケセル、何処にいる! 今度こそ貴様を倒してやる!」
剣を手に声を張り上げるレウィシア。


――フハハハ、神の力を手にしただけあって随分と威勢がいいな。奈落の龍と化した我が影を震撼させた事は褒めてやろう。だが……真の絶望はこれから始まるのだよ。


そう言い終わった瞬間、辺りが眩い紫色の光に包まれる。数秒後に光が消えると、レウィシアは驚愕の表情を浮かべる。なんと、レウィシアの前に浚われたガウラ王とルーチェが立っていたのだ。
「お、お父様……ルーチェ?」
何故こんなところに、と思いつつもガウラとルーチェに近付くレウィシア。
「……レウィシア? お前はレウィシアなのか?」
ガウラが問い掛ける。
「お姉ちゃん……会いたかった……」
ルーチェが寂しそうな声で言う。レウィシアは思わずルーチェを抱きしめようとするが、不意に足を止めてしまう。ガウラとルーチェから闇の力を感じ取り、偽物だと察したのだ。
「……騙そうとしたのね。ふざけないで」
即座に剣を構え、ガウラを斬りつけようとするレウィシア。
「何をするつもりだ、レウィシアよ」
険しい表情で身構えるガウラ。
「黙れ! お父様の姿を利用しないで!」
激昂しつつもレウィシアはガウラを切り捨てる。
「がっ……レウィ……シア……何故だ……」
深々と切り裂かれたガウラが倒れると、姿は溶けるように消滅していく。
「お姉ちゃん……どうして? どうして王様を? 怖いよ……お姉ちゃん……」
ルーチェが怯えた表情でレウィシアを見つめる。潤んだ瞳から溢れる涙を見て躊躇するレウィシアだが、呼吸を整えて後退する。
「……私は……あなたが知っているお姉ちゃんじゃないの」
レウィシアは目を閉じたままルーチェの小さな体を斬りつける。
「……痛い……痛いよ……どうしてこんな事するの……いやだよ……お姉……ちゃん……」
溶けるように消滅していくルーチェの悲痛な声を聞いている内に、レウィシアは心に激しい痛みを感じた。目を開けた瞬間、レウィシアの視界に飛び込んできたのはサレスティル女王シルヴェラ、聖風の神子エウナ、アクリム王女マレンの姿であった。
「お前は……助けに来てくれたのか?」
「私は一体……此処は何処なの?」
「レウィシア様……助けに来てくれたのね? お兄様は……お兄様は無事なの?」
口々に話す三人を前に、レウィシアは必死で首を横に振る。
「……いいえ。あなた達は偽物だという事は知っているわ」
レウィシアは再び目を閉じ、叫び声を上げながらもシルヴェラを、エウナを、マレンを斬りつけていく。
「何を……する……私は……」
「ごあっ……ど、どうして……」
「レウィシア……様……酷い……」
三人の姿が溶けるように消滅すると、レウィシアは再び心に激しい痛みを感じると同時に、偽物を送り込んだケセルへの怒りを募らせる。
「レウィシア……レウィシア……」
「お姉ちゃん……」
再びガウラとルーチェの声が響き渡る。周囲には、ガウラとルーチェの偽物が沢山の数となって立ちはだかっていた。そしてシルヴェラ、エウナ、マレンの偽物も次々と現れ始める。
「うっ……うああああああああ!」
大量の偽物に囲まれる中、レウィシアは怒りと共に感情を爆発させる。掲げた剣から神の光が放出され、広がっていく光の中に飲み込まれた偽物達が浄化されていく。
「レウィシア……レウィシア……レウィシアぁぁっ……」
「お姉ちゃん……お姉ちゃあんっ……」
「レウィシア様……お兄様ぁっ……」
光に包まれる中、絶え間なく響き渡る偽物達の声。偽物だと頭で解っていても本物と同じ姿と声であり、自身の手で直接斬りつけたり、消し去ったりする事に抵抗を感じていた。そのせいで心の痛みが治まらない。だが、やらなくてはいけない。疼く心を抑えてでも。レウィシアは必死で自分に言い聞かせつつも、剣先に意識を集中させる。
「我が真なる太陽と神の力よ。この忌まわしい空間を消し去れ」
両手で剣を掲げ、剣先から発生する神の光。輝きを放ちながら昇る光の柱は空間に大穴を開けていた。


その頃、漆黒の霧の中でアビスドラゴンと戦っていた仲間達は視界を奪われた状態で思うように戦えず、次々と繰り出される攻撃によって満身創痍となっていた。
「くそ……このままでは」
リランは回復魔法を掛けようとするものの、霧によって仲間の姿すら確認出来ない状況であった。
「グギャアアアアアアアアアアアア!」
突然響き渡るアビスドラゴンの苦悶の雄叫び。次の瞬間、漆黒の霧が晴れていき、辺りが再び光に包まれる。レウィシアの剣からの神の光であった。光によって霧が浄化されると、アビスドラゴンの身体からは光の柱が昇っていた。光の柱の中には、剣を掲げたレウィシアの姿があった。
「あれは……レウィシア?」
仲間達が驚く中、レウィシアは光の中で剣をアビスドラゴンの脳天目掛けて投げつける。


消えよ、忌まわしき暗黒の化身よ――


アビスドラゴンの脳天にレウィシアの剣が深々と突き刺さると、辺りを眩い光で覆い尽くす程の巨大な光となって広がっていき、アビスドラゴンの巨体は浄化される形で完全に消滅していった。肉体を蘇らせた三つの瞳も光の中に消えた。
「今度こそ倒した……か?」
ヴェルラウドが辺りを確認する中、落ちていく剣を手にしたレウィシアが降り立つ。
「何という光の力だ……レウィシア……」
リランはレウィシアの力に驚きを隠せない様子であった。レウィシアは剣を手にしたまま仲間達の元へ歩み寄る。
「レウィシア、やってくれるじゃないの! あんた一体何者なのよ?」
スフレが歓喜する中、レウィシアは険しい表情のまま剣を収める。
「……戦いは始まったばかりよ。冥神はあんなものじゃない。みんな、必ず冥神を倒すわよ」
ケセルへの怒りを心に秘めたまま、真剣な眼差しでレウィシアが言う。
「ククク……流石だな。そう来なくては面白くない」
突然の声に身構える一行。燃え盛る森の中、不敵な笑みを浮かべたケセルが立っていた。
「ケセル……!」
スフレの表情が一瞬で変化する。
「オレが生み出した幻影を跳ね除け、奈落の龍と化した我が影を完全に消し去るとは見事なものよ。だが、これは最後の余興に過ぎぬ。今こそ我が主となる冥神は復活を遂げたのだからな」
笑うケセルに一行が戦慄を覚える中、スフレが怒り任せに魔力を爆発させる。
「これはこれは。小娘よ、母親の事が気になるのか?」
スフレを嘲笑うようにケセルが問う。
「黙れえっ! あんたは……あんたはお母さんを……!」
「ククク……そんなに母親に会いたければ会わせてやってもいいぞ」
ケセルが手にした水晶玉から溢れ出る瘴気と共に出現したのは、ズタズタに引き裂かれ、血塗れとなったレネイの死体であった。
「お母……さん……」
無惨な姿の死体となったレネイを前に絶句するスフレ。
「残念だったな。レネイはもう死んでいる。必要な素材が集まり、計画が実行された今、こいつには最早何の価値も無い。所謂ただの無用なボロ雑巾だ」
ケセルがレネイの死体を無慈悲に踏みつけると、スフレは怒りを頂点に滾らせる。
「この……やろおおおおおおおおおおおおお!」
怒りに共鳴しているかのように、凄まじい魔力のオーラを燃やすスフレの周囲に波動が迸る。
「スフレ、待ちなさい!」
レウィシアが止めようとするものの、スフレはその言葉を聞かず、次々とケセルに渾身の魔法を放っていく。
「うああああああああああああああああ!」
涙を流しつつ叫びながらも巨大な炎の玉を投げつけると、森一帯を吹っ飛ばす程の爆炎を巻き起こした。
「ハァッ、ハァッ……」
怒涛の魔法乱発にスフレは息を切らせる。怒りに我を失う程の勢いに、レウィシア達は言葉を失っていた。
「そうか、死体だけでは満足出来ぬか」
ケセルはスフレの眼前に姿を現すと、拳をスフレの顎に叩き付ける。頭を大きく仰け反らせ、血を撒き散らしながらも吹っ飛ばされていくスフレに放たれる紫色の光線。鮮血が迸り、表情を凍らせるレウィシア達。ケセルが放った光線は、スフレの左胸を貫いていた。
「フハハハ、レウィシアよ。このオレを倒したければアラグの孤島へ来るがいい。我が主と共に歓迎してやるぞ」
そう言い残し、去って行くケセル。左胸に風穴を開けられ、倒れたスフレの目は瞳孔が開いており、光は失われていた。




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