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第九章「日蝕-エクリプス-」
希望の心
しおりを挟む全てが完全なる闇に支配された空間。そこには、剣を手にしたレウィシアが身構えている。顔は汗に塗れ、表情は険しいものとなっている。突然見え始める二つの光。巻き起こる強風。後退りしつつも、レウィシアは戦闘態勢に入る。だが次の瞬間、雷を纏った巨大な光線がレウィシアの身体を貫いた。
身体に風穴を開けられ、大量の血を吐くレウィシア。辺りが鮮血に染まり、苦痛と絶望に満ちた叫び声が轟く中、次々と閃光が降り注ぎ、爆発が起きる。
レウィシアアアァァァァァアアッ!
その光景は、全て夢だった。強大なる存在によって惨たらしい形で殺されていくレウィシアの姿が、ヴェルラウドの悪夢となって出てきたのだ。
「……ハァ……ハァッ……レウィシア……」
悪夢から醒め、顔が冷や汗に塗れたヴェルラウドが起き上がる。止まらない鼓動の中、夢の出来事が頭から離れようとしない。
「何故俺はこんな夢を見てしまったんだ。レウィシアは……」
ベッドから出ようとするヴェルラウドだが、傷は完治しておらず、全身に激しい痛みが襲い掛かる。身体を動かす事もままならない状態であった。周囲を見回すと、折れた神雷の剣が置かれている。ヴェルラウドは折れた神雷の剣を見た瞬間、何とも言えない無力感に苛まれる。
騎士として守りたいものを、この命に代えてでも守りたいと決めていたのに、それすらも叶わなかった。
如何に邪悪なる神と呼ばれる存在が相手でも、俺にだって力になれるような事はあったはず。だが、それもろくに出来ないまま無様にやられてしまった。古の戦女神の武器だったはずの神雷の剣を折られ、このザマとなった俺にはもう何も出来ない。
俺は何処まで無力なんだろうか。レウィシアまで失う事になったら、俺はもう――。
込み上がる悔しさと止まらない無力感の余り、俯いた状態で涙を流すヴェルラウド。そんな中、リランがやって来る。
「ヴェルラウド、気が付いたのか」
リランが声を掛けても、ヴェルラウドは返事せず俯いたままであった。
「かなりの負傷で危険な状態だったが、意識を取り戻したようで何よりだ。今はレウィシアが一人で冥神に挑んでいる。君もどうか、彼女の勝利を祈って欲しい」
ヴェルラウドはその場から動こうとせず、全身を身震いさせている。
「聞こえたな? 返事くらいはしたらどうだ?」
返事しないヴェルラウドの様子が気になったリランが更に声を掛ける。
「……黙っててくれ。今は一人にさせて欲しい」
「何? どういう事だ」
「一人にさせて欲しいって言ってるんだよ」
ヴェルラウドの引き攣った表情を見て思わず面食らうリラン。
「……解った。気持ちが落ち着き次第、顔出しして頂きたい。動けるのならな」
リランはそっと部屋から出ると、ヴェルラウドは折れた神雷の剣を手に取る。
「古の戦女神とやらはこの剣で冥神と戦ったんだろう? 本当にこれで終わりなのか?」
呟くように剣に語り掛けるヴェルラウド。その問いに答える者は誰もいない。静寂が無力感を募らせ、時は静かに過ぎていく。
冥蝕の亜空間全体を襲う鳴動はやがて凄まじい揺れとなり、変化したハデリアの姿は徐々に巨大化していく。戦慄の余り立ち尽くしていたレウィシアは波動に吹き飛ばされ、おぞましい咆哮が響き渡る。
「ぐっ……う……」
脇腹を抑え、よろめきながら立ち上がるレウィシアが見たものは、幾つもの玉が埋め込まれた巨大な翼を持ち、無数の突起物を持つ禍々しい形状の肉体と剛腕、腹部分に浮かぶ巨大な目玉とそれを取り囲む六つの玉、三つの目を持つ醜悪な顔――それはまさに異形の生命体。自我を保つ為に力を制御させる形で利用していたルーチェ達の魂を冥府の力で闇に塗り替えて自らの核となる魂に吸収してから全ての力を開放させ、極冥神と呼ばれる姿へと進化したハデリアであった。
……我……ハ……全テヲ……破壊……死ト……破壊……ハカイ……
ハデリアが再び咆哮を轟かせると、その衝撃でレウィシアは身をも凍り付く感覚を覚える。同時に冥蝕の月の封印が解け、再び月から冥府の力が溢れ出すようになる。
「うくっ……!」
冷や汗に塗れ、唇を噛みしめながらも剣を構えつつ力を全開にさせる。虹色に輝く巨大な光の矢として突撃するレウィシアは剣を大きく振り上げると、光の一閃と共に炎が巻き起こる。だがその一撃はハデリアの肉体を傷付ける事無く、ハデリアの瞳はレウィシアに向けられる。そしてハデリアの剛腕による攻撃がレウィシアを上空に吹っ飛ばし、更に重い一撃が決まる。
「ごっ……」
頭を大きく仰け反らせ、口から血を噴きながらも吹っ飛ばされていくレウィシアは数回バウンドしつつ倒れる。ダメージは全身に響く程で、激痛が一気に襲い掛かる。
「それが……それが貴様の本当の姿だというの」
激痛を抑えつつも口内の血を吐き捨て、反撃に転じようとするレウィシア。ハデリアはレウィシアの姿を見るなり力任せに剛腕を足場に叩き付け、腹部分の目玉から巨大なエネルギーの波動が放たれる。波動の攻撃を間髪で回避したレウィシアは剣を掲げ、力を集中させる。刀身が虹色の輝きに溢れ、神々の力が込められた斬撃を繰り出す。
「グ……オオアァアアア……ゴアアアアアアア!」
斬撃はハデリアの肉体に一筋の傷を刻み、傷口を伝って燃え上がる黄金の炎。攻撃が決まり、レウィシアが足場に着地した瞬間、ハデリアの剛腕がレウィシアに襲い掛かる。
「ぐぼぅっ……おあっ」
その一撃を受けたレウィシアは苦悶の呻き声を漏らしつつ血を吐き、柱にめり込む形で叩き付けられる。めり込んだままのレウィシアを襲う更なる攻撃は、ハデリアの口から放出された無数の闇の光弾であった。次々と光弾の攻撃を受けているうちに柱は砕かれ、蹲るレウィシアは息を切らせながらも立ち上がろうとする。口を抑えている手からは多量の吐血によってボタボタと血を滴らせていた。
「負け……られない……」
重い攻撃を次々と受け、肉体のダメージが多大なものとなっていたレウィシアは立ち上がるのもやっとの状態であった。極冥神へと進化したハデリアの強さはレウィシアを圧倒する程で、力の差は歴然としていた。剣を構え、ふら付く身体のまま攻撃しようとすると、ハデリアは全身から冥府の力を溢れさせ、放出された力は空中に集まって行く。黒い稲妻を帯びた巨大なエネルギーの球体へと変わり、更に球体からは怨霊のような顔が次々と浮かび上がる。デッドリィ・ゾークの球体が進化したものであった。無数の顔が浮かぶ闇の球体がレウィシアに向けて放たれると、レウィシアは自らのオーラを光の矢に変えて突撃する。球体に浮かぶ怨霊はますます増えていき、より巨大化していく。両手で剣を突き出しつつ、レウィシアは光の矢と共に闇の球体に挑むものの、周囲の黒い稲妻は薙ぎ払う激しい雷光となり、更に巨大化した闇の球体の勢いに飲み込まれ始める。
「ぐっ……おおおおおおおおおおおあああああああああああああ!」
渾身の力を込め、球体を押し返す勢いで剣を振り上げようとするレウィシア。光の矢状のオーラの輝きはより増していき、徐々に闇の球体を押していく。光の矢と闇の球体の激しい衝突の最中、ハデリアは天に向けて咆哮を轟かせる。口からの衝撃波が天を貫くと、空間が暗黒の雲で覆われていく。雲からは次々と黒い雷が降り注ぐ。ハデリアは黒い雷を浴びると、雷の力を吸収していく。レウィシアは危機を感じ取り、全ての力を開放させる形で闇の球体を押し退ける。結果は相殺となり、大爆発に吹っ飛ばされたレウィシアは足場に叩き付けられる。黒い雷を吸収したハデリアの全身が荒れ狂う黒い稲妻に覆われ、レウィシアに突撃していく。振り回される剛腕に張り飛ばされ、破壊された柱の残骸である瓦礫の中に埋もれたところに次々と襲い掛かる暗黒の雷光弾。
「ぐうあああぁっ!」
暗黒の雷光弾による攻撃は絶え間なく続き、全身を焦がしつつも傷だらけとなったレウィシアを覆うオーラの光は弱まり始めていた。それでも立ち上がろうとするレウィシアに繰り出される攻撃は、黒い雷の力を帯びた剛腕による拳の乱打であった。一撃一撃の重さで多大なダメージを受けたレウィシアは血反吐を吐きながら叩き伏せられ、更に拳からの黒い雷が全身を嬲る。
「がはああぁぁっ!」
のたうち回りながらも叫び続けるレウィシア。
「は……ぁっ……あ……」
倒れたレウィシアは吐血で血塗れとなった口を大きく開かせたまま喘ぎ、身体はピクピクと痙攣していた。オーラは消え、目の光も消え始めている。それは生命力が尽きかけている事を意味していた。ハデリアは倒れたレウィシアを見下ろしていると、二つの目から光線が放たれる。光線はレウィシアの右肩を貫き、更に左肩を貫く。
「……う……あああぁぁああああああっ!」
風穴を開けられた両肩からの大量出血と共に断末魔の叫び声を轟かせるレウィシア。ハデリアはレウィシアを見下ろしつつも空中に上昇し、魔力を高めていく。黒いオーラは稲妻が迸る球体状のオーラへと変化し、闇の力によるエネルギーの柱が昇り、天を貫いていく。
……神……地上……全テガ滅ビル……行キ着ク先ハ……死ト破壊……
――ドゥーム・カタストロフィ――
天から次々と降り注ぐ黒き炎に覆われし闇の隕石。それは、全てを破壊し尽くす極冥神の超魔法であった。隕石は亜空間に存在する全ての足場を破壊していく。
「……ゴアアアアアアアアアアアァァァァァアアッ!」
勝利の雄叫びを意味しているかのような咆哮。ハデリアは空間に開かれた穴を抜け、下界に出る。冥府の力が放出された冥蝕の月は黒い瘴気に覆い尽くされていた。全ての足場が破壊され、無数の瓦礫が奈落へ落ちていく中、小さな光が飛んで行く。
世界中の人々は冥府の力の影響で様々な身体の異変に襲われながらも、只ならぬ予感を感じていた。この異変は世界の最後となる日を表しているのではないか。今、世界が滅びる時なのではないか。そう悟った人々は絶望の淵に立たされていた。
「わ、私達……もう終わりなんですね……世界は滅びるんですね……」
トレイダの街にて、レンゴウの元にいるメイコは絶望の表情を浮かべていた。
「バ、バッカ野郎! そんな事があってたまるか! 世界が滅びるなんてあり得るわけがねぇ! あり得るわけがねぇよ……」
強気に振る舞うレンゴウだが、表情は半ば引き攣っていた。ランは悲しげに鼻を鳴らし、メイコの傍で座り込んでいる。
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「あ……ああ……」
「冗談じゃねえぞ……本当に世界の終わりなのか……」
地上に降り注ぐ冥府の力と併せ、ハデリアの力を見たレンゴウとメイコは死の恐怖を抱き、深い絶望に襲われた。
地鳴りは世界全体を襲い、ハデリアのおぞましい咆哮も世界中の人々に聞こえていた。クレマローズ城ではベッドで安静にしているアレアス王妃を守り続けていたトリアスはレウィシア達の帰還を信じ続けていたが、冥府の力の影響を受け、恐怖と絶望に苛まれていた。
「最早どうする事も出来ぬ……どうしようもない……滅びの時が来てしまったのだ……姫様……陛下……王妃様……どうか無力なこの私をお許し下さい……」
トリアスを取り囲む兵士達も絶望の余り無気力となり、王国の人々も絶望に満ちていた。
風神の村、サレスティル王国、ブレドルド王国、アクリム王国――闇と絶望に支配されていく世界各地。ハデリアの力によって、とある大陸に降り注ぐ隕石。破壊を呼ぶ闇の雷。嵐となり、荒れ狂う竜巻。まさに世界の終焉ともいう状況であった。
氷の大陸チルブレインでは激しい地鳴りと共に大陸中の氷が割れていき、所々に亀裂が発生していく。聖都ルドエデンでも至る所に亀裂が生まれ、崩壊の道を辿っていた。
「みんな、神殿へお逃げなさい!」
デナはパニックに陥るマナドール達を叱咤していた。亀裂が次々と発生していく中、神殿へ逃げ込むマナドール達。止まらない地鳴りの中、収まらない亀裂。このまま聖都が崩壊していくのは時間の問題であった。
「どうしてこんな事になってしまいましたの……リラン様……」
リランの安否を気にしつつも、デナはかつてない大陸中の異変に恐怖を感じていた。そして落雷による轟音。マナドール達も世界の最後を予感していた。
「クッ、これは一体……」
賢者の神殿の地下にいるラファウス達は止まらない地鳴りと響き渡るハデリアの咆哮に不安を覚え、外に出ようとする。
「待て! 今は外に出てはならぬ」
マチェドニルが声を張り上げて阻止する。
「外は危険だ。この恐ろしい程の力……冥神が地上を攻撃しているのかもしれぬ」
リランが青ざめた様子で言う。
「何だって? レウィシアは……レウィシアは一体どうなったというんだ!」
テティノが問うものの、リランは言葉を詰まらせていた。
「む、あれを見ろ」
オディアンが指す方向に全員が振り向く。なんと、そこに現れたのは仄かな光に包まれたソルであった。
「ソ、ソル……?」
突然のソルの出現にラファウス達は驚く。レウィシアの中に宿っていたはずのソルが何故単独でやって来たのか? という疑問から生じるのは、まさかレウィシアの身に何かあったのだろうかという考えであった。
「何故ソルが私達の元に……レウィシアは?」
ラファウスが切羽詰まった様子で言うと、ソルを包む光が強まっていく。次の瞬間、テティノとラファウスは鼓動が高鳴り始め、身体が熱くなっていくのを感じる。
「くっ、ああああぁぁぁ!」
全身が焼け付くような感覚に襲われ、テティノとラファウスは頭を抱えながら叫ぶ。
「テティノ! ラファウス!」
リランが駆け付けるものの、テティノとラファウスの身体から激しいオーラが噴き上がり、その勢いは周りを寄せ付けない程であった。
我が同士達よ、よく聞け。これが最後の賭けだ――。
テティノとラファウスの頭から声が聞こえ始める。声の主は、炎の英雄ブレンネンであった。
冥神は更なる進化を遂げ、レウィシアはその圧倒的な力によって倒れた。だが、レウィシアに宿る太陽は決して滅びない。我々の力の適合者となりし者、そして冥神に挑みし同士となる者達の心を一つにする時。皆が希望を信じる事で、太陽はずっと輝き続ける。
我が魔魂に皆の想いを伝え、希望の心を託せ。皆の希望を声とし、レウィシアの太陽を輝かせる。希望の心は、太陽の輝きの源となる。そしてその輝きに限界は無い。希望の心が大きければ、その輝きは果てしなく広がる――。
ブレンネンの声は、ラファウスとテティノの頭に焼き付くように響き渡っていた。そしてブレンネンの声を聞いていたのは、ラファウスとテティノだけではない。ソルが神殿にいる皆に、声を届けていたのだ。
希望の心。
そう、如何なる絶望の最中でも、全ての希望を捨ててはいけない。それがレウィシアの太陽を輝かせる源となるのならば、私達に出来る事は――。
テティノとラファウスは声に従うように、ソルに向けて両手を差し出す。レウィシアは必ず勝つ。どんな状況に置かれても、決して絶望はしない。絶望に負けない。もし何か力になれる事があれば、全てを託したい。勝利へ導く為に。二人は、心の中に抱いていた希望を託しているのだ。
「そうか……そういう事か。希望……即ちそれは絆の力……」
マチェドニルはソルに向けて両手を差し出す。
「みんな、今こそ想いを伝えよ。そして希望を託すのじゃ。レウィシアを勝利へ導く為にも」
その言葉を受けて、リランとオディアンがソルへ両手を差し出す。
「レウィシアよ。私でも力になれる事があれば、全てを君に託す。希望は、決して失わぬ。私は最後まで希望を信じ抜く」
「レウィシア王女。この世界の全てを救う為ならば、我が命に代えてでも……!」
リランとオディアンがそれぞれの想いを伝える中、椅子に座っていたヘリオもソルに向けて両手を差し出す。
「希望の心、か。それが太陽を輝かせるというのならば、黙っているわけにはいかぬ」
「ヘリオ!」
「つまらぬ心配は無用だ。例え我が命を捧げようと、それで全てを救えるならば本望だ」
ヘリオが想いを伝える中、ヴェルラウドがやって来る。
「全て聞かせてもらった。希望だろうと、命だろうと全てを託す。それに、スフレだってな」
ヴェルラウドの手にはスフレのブローチが握られていた。ブローチのスファレライトは、まるでスフレの想いが宿っているかのように光り輝いている。ヴェルラウドはブローチを握り締めながらも、ソルに向けて両手を差し出す。マチェドニルはヴェルラウドが持つブローチを見て不意にスフレの姿が頭に浮かび、涙を流す。
「スフレよ。もしあの世で我々を見守っているのならば、どうか想いを……希望の心を伝えてくれ……!」
神殿にいる皆がソルに想いと希望の心を伝えていくと、ソルを覆うオーラが太陽のような輝きを放つ。輝きは眩いものとなり、その場にいる全員が視界を奪われた。
皆の想い――それは、共に戦ってきた仲間としてレウィシアを信じ、命に代えてでも力になりたいという気持ち。
そして最後まで失わない希望の心。絶望に負けない意思。勝利へ導く為の力を与えたいという想い。
皆の想いと希望の心が今一つとなり、最後の太陽が輝き始める。
その頃、レウィシアは何も存在しない完全なる闇の空間に辿り着いていた。暗黒の隕石によって破壊し尽くされた瓦礫と共に奈落の底へ落ちていく中、意識が吸い込まれるように遠のいていた。そして目を覚ませばこんな場所に来ていた。この何もない闇の空間には覚えがある。そう、かつてケセルとの戦いで死の淵を彷徨っていた時に流れ着いた、自身の心を蝕む闇の精神が生んだ世界であった。再び此処に来たという事は――。
「全く情けないわね。人としての自分を捨ててまで最後の戦いに挑んだのに、結局負けちゃったなんて」
響き渡るように聞こえる自分自身の声。現れたのは、心闇の化身の幻影であった。
「……また……あなたなの……」
両肩の風穴から多量の出血が溢れ出す中、弱々しい声を漏らしつつ口を開くレウィシア。地獄のような激痛と出血の酷さで動く事も出来ず、意識も朦朧としている状態であった。
「そう、あなたは負けたの。神々の力を宿しても負けたのよ。甘さを完全に捨てきれていなかったせいでね」
心闇の化身の『甘さを完全に捨てきれていなかった』という言葉を聞いてレウィシアは動揺し始める。
「……甘さ……ですって……」
顎からも血を滴らせ、傷口からの苦痛で激しく息を吐きながらもレウィシアが呟く。
「あなたは心の何処かでネモアやルーチェ達を救いたいという気持ちがあるせいで、ハデリアを倒す事に躊躇していた。それが敗因へと繋がったのよ」
その一言にレウィシアが目を見開かせる。
「甘い。何処までもあなたは甘い。あははははは! なんて悲しい運命なの……あなたの捨てきれなかった甘さが世界を滅ぼす事になる。あなたは全部自分の気持ちに嘘を付いていたのよ。もう迷わないとか、絶対に負けないとか。所詮は上辺だけの感情に過ぎなかったというわけよ。太陽と仲間の心って結局何だったのかしらねぇ」
嘲笑うように言う心闇の化身の姿が徐々に薄らいでいく。
「これで終わったのよ。あなたは本当によく頑張った……だから、もう休みなさい。レウィシア」
そう言い残し、心闇の化身の幻影は消滅した。
「太陽……仲間の心……」
朦朧とした意識の中、レウィシアは仲間達の姿を思い浮かべる。大切な弟のような存在であり、自分を姉のように慕ってくれたルーチェ。非情になり切れない時や、罪の意識に苛まれる自分を叱咤して支えてくれたラファウス。己の命を削ってまで自分を救ってくれたテティノ。騎士として自分の力になろうとしているヴェルラウド、オディアン。嫉妬心による誤解から一時期衝突していたけど、打ち解けてからは仲間として受け入れてくれたスフレ。以前、死の淵を彷徨っていた時は仲間の心があったから救われた。もし今再び仲間の心が私を救うならば、命を救うだけじゃなくて、力を貸して欲しい。冥神を倒せる力じゃない。心の何処かで捨てきれない甘さに捉われない強さとなる力が欲しい。心闇の化身が言った通り、ルーチェ達の魂やネモアを救いたい気持ちがあるせいで、結果的に全ての力を出し切れなかった。甘さを捨てたと思っていても、心の何処かではまだ残っていた。それは感情ではなく、自分の中に備わっていた本能なんだ。
レウィシアよ、目を覚ませ。これが最後の太陽だ――。
突然、レウィシアの前に現れる三つの光。その光は神々しく、神の力そのものともいう光であった。
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1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
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