EM-エクリプス・モース-

橘/たちばな

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第九章「日蝕-エクリプス-」

最後の太陽

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レウィシア……レウィシア……


暗闇の中、突然現れた三つの光。同時に聞こえる仲間達の声。最後の太陽の輝きの源となる『希望の心』としてソルに伝えられたそれぞれの想いが声となって響き渡る。

そして三つの光の正体は、創生神モルスと女神レーヴェの子となる三本柱の戦神――太陽の戦神アポロイア、月神ルイナ、戦女神ヴァルクであった。
「レウィシアよ。そなたと共にある太陽の力の根源は、仲間の心……そして希望の心。そなたの中にある最後の太陽を輝かせ、そして我々も太陽の一部となる時が来た――」
アポロイアの言葉を聞いたレウィシアは血が騒ぐのを感じる。
「六柱の力を宿したそなたは今や我々と同じ地上の神であり、太陽の女神となる者。かつての我々のように地上を救う神として立ち上がり、最後の太陽を目覚めさせん。これは、我々にとっての決着を付ける為でもあるのだ」
ルイナはそっとレウィシアに手を差し出すと、レウィシアの全身が黄金のオーラに包まれる。
「我が赤雷の力を受け継ぎし者ですら戦いに敗れた今、冥神を完全に滅ぼせるのはお前しかいない。お前も聞いただろう。彼の無念の声を。そして彼の想いを」
ヴァルクの一言にレウィシアは聞こえて来たヴェルラウドの声を思い返す。


レウィシア……俺は命に代えてでも君を守りたかった。もうこれ以上、俺の前で誰かの命が奪われるのを見たくなかった。今まで俺がいるせいで多くの命が失われたり、目の前で何度も大切な人を失ってしまったから……。

冥神は、俺の力でどうにかなるような相手じゃなかった。それでも俺は命を失う覚悟で君を守る為に戦うつもりだったけど……君はきっとそんな事は望んでいないだろう。

だから俺は……俺の全てを君に託す。希望の心とやらが君の力になるというのなら、俺は君を信じる。例え何があっても、俺はずっと希望にしがみ付く。俺だけじゃなく、皆やスフレも……。

君に宿る太陽とやらを、俺達の想いで輝かせる。共に戦う事が出来なくても、俺達はいつだって君の力になる――!


アポロイア、ルイナ、ヴァルクのそれぞれの言葉、そして仲間達の想いに触れたレウィシアの目に再び光が宿り始める。その光は炎となり、身体を覆う黄金のオーラが輝き始める。


皆が……私を信じている。

皆が……私の力になろうとしている。

この滾るような感覚……私を信じてくれるみんなの想いが、心に伝わって来る……


そう、戦っているのは私一人じゃない。

私の中に宿る神々の力が最後の太陽となり、希望の心と仲間達の想いが太陽を輝かせる。

そして――。


レウィシアはゆっくりと立ち上がり、両肩の傷口から走る激痛を堪えながらも力を高めていく。
「最後の太陽に……全てを賭ける」
黄金のオーラは光の球体と化し、神々しく輝く太陽の光そのものとなった。
「うおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああ!」
咆哮を轟かせるレウィシア。両肩の風穴はオーラによる焼灼で止血され、傷口も塞がっていく。光の中、浮かび上がる仲間達の姿――ラファウス、テティノ、ヴェルラウド、スフレ、オディアン、リラン、ヘリオ、そしてルーチェ。激痛の中、激しく漲る力。希望の心として伝えられた仲間達の想い、三戦神の力が一体化し、最後の太陽が覚醒した。


行くぞ、レウィシアよ。最後の太陽を手に、冥神ハデリアを滅ぼすのだ――



空に渦巻く暗黒の渦は巨大な闇の雷を呼び寄せ、一つの島を破壊していく。極冥神の力で次々と地上の陸地を破壊していくハデリア。一つの街が完全に破壊され、世界中の人々はハデリアの強大な力に成す術も無く恐怖と絶望に怯えるばかりであった。賢者の神殿の地下にいるラファウス達は居た堪れなくなり、犠牲を覚悟で神殿から出た瞬間、球体状の黒いオーラに覆われたハデリアの姿を見て愕然とする。
「まさか……あれが冥神?」
異形の生命体と化したハデリアの姿に立ち尽くすラファウス達。瘴気で黒く染まった冥蝕の月から放出されている冥府の力によって、力を奪われるような感覚に襲われていく。
「くっ……レウィシアはどうなったんだ!」
テティノは脱力感を抑えながらも、手にした槍を握り締める。
「みんな、戻れ! このまま外にいても危険なだけだ」
リランが呼び掛けるものの、ラファウス達はその言葉に従おうとせず、ヴェルラウドは空中に佇んでいるハデリアを見ながらも拳を震わせていた。
「せめて俺に、もっと力があれば……!」
自分の力ではどうにも出来ない相手だと理解していても、自分では何も出来ない現状というやるせなさに打ち震えるヴェルラウドは、やり場のない感情を必死で抑えていた。
「……信じるのですよ。レウィシアを」
そう言ったのはラファウスであった。
「希望を絶やしてはならぬ。ヴェルラウドよ、レウィシア王女の力になる事を望むならば、最後まで希望を絶やすな」
続いてオディアンが言うと、ヴェルラウドは返答せず、渦巻く闇の空を見上げる。
「レウィシア……!」
ヴェルラウドが空を見上げていると、一つの小さな光が凄まじい速度で飛んで行く。ソルが冥蝕の月へ向かっているのだ。



破壊……滅ビ……死ノ世界……スベテ……ハカイ……


ハデリアは魔力を解放し、闇のエネルギーが天を貫いていく。極冥神の超魔法ドゥーム・カタストロフィであった。天から降り注ぐ闇の隕石は一つの島を完全に破壊し、海に直撃していく。無数の隕石によって破壊し尽くされる島。水温が急上昇し、地上全体に伝わる地鳴りと共に、巨大な津波となって荒れ狂う。津波は一つの大陸を飲み込み、更に激しい揺れが大陸全体を襲った。
「うわああああああ!」
「きゃあああああああああああ!」
ある街では地割れと陥没が起き、ある村では津波に飲み込まれ、次々と死んでいく人々。最早逃げ場どころか、安全な場所は何処にも存在しない状態であった。


……ハカイ……全テ……ホロビヨ……


地上を揺るがす雄叫びは人々に恐怖心を植え付け、それに応じるかのように鳴り響く雷鳴。その時、冥蝕の月から眩い光が溢れ出す。光によって浄化されていく瘴気。それは、太陽そのものの光であった。ハデリアの前にやって来る眩い光の球体。それは、最後の太陽を宿らせたレウィシアであった。光の翼はより輝きを増し、両肩の傷穴は塞がっている。現れた七色に輝く神の光を帯びたアポロイアの剣を手にし、構えを取るレウィシア。
「おい、あれを見ろよ」
テティノが空中にいるレウィシアに気付き、声を上げる。ラファウス、ヴェルラウド、オディアン、リランは球体状の光のオーラを纏うレウィシアの姿を見ると、驚きの余り言葉を失っていた。


レウィシアよ、冥神と戦うのはお前だけではない。我々と仲間の心、そして希望の心だ。我々を含むお前と戦う者達は、最後の太陽としてお前の中にいる。全ての力を込めるのだ――


自身の中から聞こえる戦神の声を胸に、レウィシアは光の翼を広げ、ハデリアとの最後の決戦に挑む。光の球体と闇の球体が激突すると、周囲に凄まじい波動の渦が巻き起こる。黄金の炎を纏うレウィシアの数々の剣技が繰り出されると、ハデリアは剛腕を振り回し、腹部分の目玉から黒い閃光を放つ。剛腕の攻撃を回避しつつも閃光を全力による気合いで消し飛ばし、反撃の一閃を放つ。その一閃は巨大な鳳凰を模る光となってハデリアに飛んで行く。ハデリアはそれに対抗するかのように、咆哮と共に黒い稲妻に覆われた巨大な暗黒の竜を呼び寄せ、光の鳳凰と激突する。光の鳳凰と闇の竜がぶつかり合う中、レウィシアは剣を握る手に渾身の力を込める。鳳凰は竜を押し退けるように勢いを増し、激突の末、爆発を起こす。
「あああああぁぁぁあっ!」
地上全体に凄まじい衝撃が走ると、戦いの様子を見守っていたラファウス達は衝撃によって吹っ飛ばされてしまう。
「うう……」
数メートルに渡って吹き飛ばされたテティノは痛む頭を抑えながらも立ち上がる。
「何という戦いだ。次元が違い過ぎる……」
オディアンは空の上で行われているレウィシアとハデリアの死闘を目の当たりにして、最早自分が入れるような次元の戦いではないと痛感していた。
「レウィシア……君はもう本当に……」
ヴェルラウドは今のレウィシアの状態を見て、もう人間ではない存在だという事実を思い知ると同時に何とも言えない気分になる。だがすぐさま気持ちを切り替え、レウィシアの勝利を祈るかのようにスフレのブローチを握り締めた。


……レウィシア。俺は最後まで希望を信じる。スフレだって、あの世で希望を信じている。俺にはそう感じるんだ。

俺の想いがほんの僅かな力に過ぎないとしても、君を勝利へ導く為ならば――!


ヴェルラウドが想いを捧げる中、レウィシアはハデリアの操る闇の雷の猛攻を凌ぎつつも、再び一閃を繰り出そうとする。だが、ハデリアの剛腕は既にレウィシアに向けられ、剛腕による拳の一撃は回避しきれずレウィシアの脇腹を大きく抉る。
「げぼぁっ……は」
血が混じる大量の胃液がレウィシアの口から吐き出されると、片手の拳がレウィシアの顔面を叩き付ける。血を噴きながらもめり込む形で岩場に叩き付けられるレウィシア。
「ぐっ……は」
岩にめり込んだレウィシアは口から血を垂れ流しながらも飛び出し、再び空中でハデリアと対峙する。乱れる息の中、剣を構えるレウィシアを前に、ハデリアは周囲に七つの球体を出現させる。七つの球体は黒を基準とした様々な色合いのオーラに包まれていき、球体から次々と稲妻が発生する。稲妻は中心に集中していき、やがて巨大な鳳凰を模る暗黒のエネルギーを生み出していく。レウィシアの光の鳳凰と対になる、極冥神の強大な冥府の魔力と我が物にした全ての魂の力が生み出した暗黒の鳳凰であった。レウィシアが剣を両手で構えた瞬間、暗黒の鳳凰は黒い雷を纏い、翼を羽ばたかせながら襲い掛かる。
「うおあああああああああああっ!」
光の翼を広げ、全力で一閃を繰り出すレウィシア。一閃は光の鳳凰と化し、暗黒の鳳凰と激突する。
「がああああああああああああああああああっ!」
レウィシアは剣を突き立てながらも、光の鳳凰に向けて突撃していく。光の矢と化したレウィシアが鳳凰と一体化し、迸る黒い雷の中、暗黒の鳳凰に一撃を加えていく。衝撃は地上を大きく揺るがす鳴動となり、渾身の激突は陸地の森林や岩山をも吹き飛ばす程であった。
「ぐおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああ!」
喉を潰す勢いで叫び声を上げるレウィシアは気合いを込めつつも力を込める。ハデリアは醜悪な表情を浮かべたまま咆哮を轟かすと、二つの鳳凰は巨大な爆発を引き起こした。爆発は、周囲の大陸の陸地を大きく抉り取っていた。その衝撃は半壊している賢者の神殿にも伝わり、次第に建物が崩れていく。空中での死闘を見守っていたラファウス達は衝撃で大きく吹き飛ばされていた。
「う……げほっ」
背中を強く打ち付けたラファウスは咳き込みながらも周囲の状況を確認する。
「もう此処にいるだけでも危険だ。早急に避難しなくては」
この場所にいるだけで巻き添えを喰らう危険があると判断したリランが言う。
「いや……俺はこのままでいい」
ヴェルラウドはリランを制する。
「何を言う! 君もよく解るだろう? どれ程の凄まじい死闘なのかを」
「解っているさ。だからこそ、動くわけにはいかねぇんだ。レウィシアに伝えた希望の心を絶やさない為にも、この戦いを最後までこの目で見届けたい」
スフレのブローチを見せつつもヴェルラウドが言うと、リランは思わず黙り込んでしまう。
「ヴェルラウドよ。お前がそう考えているならば俺も此処で戦いの行方を見届ける。レウィシア王女の勝利を信じる為にな。全てが救えるならば、この命を捨てたも同然だ」
オディアンがヴェルラウドの元へやって来る。
「……僕達も同じだ。レウィシアが勝つには、僕達は此処から離れてはいけない。そんな気がする」
「レウィシアを勝利を導く為にも、死をも覚悟の上で勝負を見届けるまでです」
テティノとラファウスもヴェルラウドと共にこの場で戦いの行方を最後まで見守る考えであった。更にマチェドニルと賢人達が地下からやって来る。
「リラン様。覚悟ならばわしらも十分に出来ておりますぞ。これは世界の運命を賭けた最後の死闘。戦っているのは、決してレウィシアだけでは無い」
「マチェドニル殿……お前達も……」
マチェドニルやラファウス達の強い意思に満ちた目を見ていると、リランは軽く息を吐く。
「恐れ入ったよ。確かにその通りだ。今戦っているのはレウィシアだけではなく、我々もレウィシアと共に戦っているのだ。希望の心としてな」
リランは空中で行われているレウィシアとハデリアの戦況を確認する。今見えるのは、ぶつかり合う光の球体と闇の球体。大陸中に伝わる衝撃。衝突する球体の中では、レウィシアとハデリアの激しい攻防が繰り広げられていた。
「おおおおおおおおおおっ!」
羽ばたく光の鳳凰と共に、ハデリアの腹部分の目玉を剣で深々と突き刺していく。
「……グ……ゴ……ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
目玉から凄まじい閃光が巻き起こり、視界を奪われたレウィシアに襲い掛かる拳の乱打。一撃一撃が重く、絶え間なく繰り出される攻撃。拳の乱打を受けたレウィシアは大きく飛ばされ、海に落下していく。僅かな間を経て、海中から飛び出したレウィシアは血に塗れ、肉体のダメージは多大なものとなっていた。ハァハァと息を吐き続け、顎からは血が滴り、口からの出血は止まらない。激痛が止まらない中、レウィシアは血を垂らしたまま口を動かし始める。
「……もっと……力を貸して……」
レウィシアが声を出した瞬間、ハデリアは醜い唸り声を上げながらも魔力を放出し、暗黒の炎に包まれた黒い竜を生み出していく。乱れる呼吸の中、レウィシアが両手で剣を構えた瞬間、漆黒の獄炎を纏う暗黒の竜が舞い上がる。大きく開かれた竜の口目掛けて剣を手に突撃するレウィシア。獄炎の中、レウィシアは魔力を最大限まで高め、巨大な光の矢に変化させたオーラを纏いつつも暗黒の竜を切り裂き、ハデリアの懐に一閃を加えていく。だがその一撃は決定打に至らず、ハデリアの反撃の拳がレウィシアの腹に叩き込まれ、血反吐が舞う中、振り回された剛腕によって薙ぎ払われる。
「がっ……はあ……うっ」
腹部を抑え、目を閉じたまま苦痛の喘ぎ声を漏らすレウィシアは、流れる血によって視界をも奪われていた。肉体のダメージは最早限界に達しており、体力も殆ど残されていない状態であった。絶体絶命の状況の中、レウィシアは心から呼び掛ける。それは、共に戦ってきた仲間達だけではなく、希望を信じる全ての人々に向けた言葉であった。


……どうか……私に力を貸して……!


戦況を見守っていたヴェルラウドは不意に顔を指で拭う。指に付着していたのは、血。それは、ハデリアの強烈な攻撃を受けて吐血したレウィシアの血であった。ヴェルラウドは目を凝らし、空中に佇むレウィシアとハデリアの姿を見る。ヴェルラウドの視界には、レウィシアを纏う光のオーラが弱まっているように見えていた。
「レウィシア……!」
情勢は悪いと感じ取り、ラファウス達の方に顔を向けるヴェルラウド。ラファウス、テティノ、オディアン、リラン、マチェドニル、そして賢人達は真剣な様子で勝負の行方を見守っている。
「ヴェルラウド……何があっても信じるのです。希望を」
ラファウスが冷静に言う。内心不安を感じているのか、声は僅かに震えていた。
「今、レウィシアの声が聞こえたような気がした。冥神を倒すには、もっと希望の心が必要なのかもしれぬ」
マチェドニルはレウィシアの姿を見つつも呟くように言う。ヴェルラウドはざわつく心を落ち着かせ、拳に力を入れながらも再びレウィシアとハデリアのいる空を見上げる。
「……俺は最後まで希望を信じる。何があってもな」
自分に言い聞かせるように呟くヴェルラウドは、手に握るスフレのブローチを天に翳す。
「うぐっ……!」
突然、テティノが眩暈に襲われ、膝を付いてしまう。
「テティノ、どうしたのです!」
ラファウスが駆け寄る。
「だ、大丈夫……眩暈がしただけだ。僕の事は気にするな」
ふらつきながらも立ち上がろうとするテティノは顔色が悪く、様子を見て心配になるラファウス。オディアンは具合を悪くしているテティノを支えつつも、ラファウスに顔を向けて無言で頷く。
「テティノ……」
ラファウスはテティノを気に掛けつつも、再び空を見上げる。戦いは、ハデリアの操る巨大な闇の球体を抑え込みつつも、レウィシアが反撃に転じていた。その反撃はハデリアの片腕を深々と斬り込む事に成功したものの、ハデリアの全身から放出された闇の閃光を受け、繰り出される剛腕の一撃を受けるレウィシア。血に塗れ、ズタボロの姿となったレウィシア。体力、生命力共々限界を迎え、全身を覆う光のオーラが消えていく。


お願い……力を……力を貸して……

私は、希望の太陽……

希望の心が、私の力……


どうか、私に希望の心を……希望という名の想いを……伝えて――!



レウィシアは心から想いの全てを叫ぶ。その想いに応えるかのように、レウィシアの胸元から光が溢れ出る。光には、ソルの幻影が浮かび上がっていた。



その頃、クレマローズ城ではトリアスが数人の兵士と共にバルコニーで空を見上げていた。絶望感に襲われている中、不意にレウィシアの声が聞こえた気がして即座に駆け付けたのだ。トリアスは空に佇むレウィシアとハデリアの姿を望遠鏡で凝視する。
「あれは……姫様?」
短髪となり、光の翼を広げたレウィシアの姿を望遠鏡で確認したトリアスは驚きの声を上げ、現状を察する。
「……姫様は今、この途轍もない出来事を生んだ元凶となる存在と戦っている」
兵士達が愕然とする中、トリアスはレウィシアの声について話す。
「姫様は希望の心と仰っていた。我々も姫様の力にならなければならぬようだ。そう、姫様の戦いを心から応援しつつも、希望という想いを伝えるのだ。姫様が勝利する為にも、我々は希望を絶やしてはならぬ。今こそ姫様に、希望の心を伝えるぞ」
トリアスの言葉を受けた兵士達は一斉に敬礼する。
「姫様……我々は最後まで貴方様を信じています。もし我々の希望の心が貴方様の御力になるのでしたら、この命の全てを捧げます。どうか、我々の想いを……!」
トリアスと兵士達はレウィシアに希望の心としての全ての想いを伝えた。


風神の森では、ウィリーとノノアが村人と共に、レウィシアとハデリアの死闘が繰り広げられている空の様子を望遠鏡で見ていた。
「お兄ちゃん、今の声って……」
「……ああ。聞いた事ある声だと思えば、あの時の旅人だったんだな。まさかあんな凄い人だったなんて。あれは最早神……いや、女神様だ」
ウィリーとノノア、そして村人達もレウィシアの声を聞いていたのだ。村全体に地鳴りが響き渡り、村人達は世界の終焉を思わせる異変、冥府の力の影響もあって恐怖に怯えていた。
「みんな、聞いてくれ! 今、空の上で女神様が戦っているんだ。女神様は力を貸してくれとか、希望の心がどうとか言ってた。女神様は……エウナ様を救う為にラファウスと共に邪悪なる存在に立ち向かう人だったんだ」
ウィリーが言うと、村人達は騒然となる。
「私とお兄ちゃんは女神様を応援する。私達は今まで希望を忘れないで生きていたから、今此処に命がある。みんなもどうか、最後まで希望を捨てないで女神様を応援して欲しいの」
ノノアの言葉に、村人達は互いに見つめ合う。
「微力ながら俺達に出来る事があれば……どうか俺達の想いも受け取って下さい。俺達だって、最後まで希望を捨てはしない……! 俺達は、貴方様の勝利を心から祈っています」
ウィリーとノノアは心からレウィシアの勝利を祈りつつも、希望という形で想いを伝え始める。激しい戦いによって爆音が響き渡る空。更に村全体に響く地鳴り。それでも動じずに祈るウィリーとノノアの姿に、村人達はレウィシアの戦いを応援し始めた。


ブレドルド王国では、アイカがベティと共に家の窓から空の様子を眺めていた。アイカの両手には、スフレの似顔絵が描かれた画用紙がある。二人はレウィシアの声を聞き、空の上で行われている戦いの様子を見て心の底から恐怖を覚える中、一人の女神が異変を生んだ存在と戦っている事を悟ったのだ。そしてその女神がレウィシアであるという事を、アイカは察していた。
「わたしにはわかる。あれはレウィシアお姉ちゃんだって。レウィシアお姉ちゃんは今、すごく頑張ってる。わたし、レウィシアお姉ちゃんのこと、応援してるよ。スフレお姉ちゃんだって、きっと頑張ってるから……」
アイカは込み上がる恐怖心の中、レウィシアを心から応援した。
「アイカ、外に出ちゃダメよ。私達に出来る事は、女神様が救ってくれる事を祈るくらいだから」
ベティが言うと、アイカは黙って頷いた。


アクリム王国では、ウォーレン率いる槍騎兵隊が謁見の間に集まっていた。
「お前達も……聞いたであろうな?」
王と王妃、そしてウォーレン達もレウィシアの声を聞いていたのだ。
「今、レウィシアは世界の運命を賭けた戦いに挑んでいる。レウィシアが今求めているのは希望の心。レウィシアが勝利を掴めるよう、希望の心を想いとして伝えるのだ」
「ハハッ!」
王の言葉にウォーレン達が一斉に城の外へ向かう。
「希望の心……それがレウィシアの力の源という事ですの?」
王妃の問いに王は険しい表情を浮かべていた。
「希望……か。素晴らしい言葉だ。あの時テティノが『ウォルト・リザレイ』を我が物とし、レウィシアを救う事が出来たのも、希望の心が備わっていた故かもしれぬ」
王はテティノの事を思いつつも、王妃と共にレウィシアの勝利を心から祈る。ウォーレン達は戦いが行われている空の様子を見ながらも、レウィシアの勝利を願う形で希望の心を伝えた。


トレイダでは、レウィシアの声を聞いていたレンゴウとメイコが外でレウィシアの戦いを見つめていた。二人は望遠鏡でボロボロになっていたレウィシアの姿を凝視していると、熾烈なる死闘に発展していたという事を悟る。
「レ……レウィシアさーーーん! わ、私達はずっとレウィシアさんを信じてますから! だから! 必ず! 勝つんですよーーー! わ、わ、私だってお嫁に行きたいんですからねーーー!」
恐怖で少々どもりながらも、メイコが想いの全てを声に出して叫ぶ。
「全く……あの子がこれ程のとんでもねぇ戦いを繰り広げていたとはな。こうなっちまったらいつまでもガタガタ震えてらんねぇな。オレは……あの子に賭けるぜ」
レンゴウとメイコはレウィシアの勝利を信じ続けるという形で希望の心を伝えていく。


地上の全てが冥府の力に覆い尽くされ、恐怖と絶望に捉われる人々の中には、心の中に希望を抱く者がいた。ほんのごく僅かな希望でもレウィシアの声に触発され、空の上で邪悪なる存在と戦い続けている女神の存在を知り、勝利を願い、心から祈る者、ひたすら応援する者が続々と現れる。

感じる希望の心。伝わる様々な想い。その数は計り知れない。
絶望に支配されても、最後まで希望を信じる者がいる。それも決して少数では無い。

湧き上がる熱い感覚。漲る力。奪われた視界の中、光を感じる。次の瞬間、現れたのは――。


――汝は希望の太陽。そして光ある者、光を信じる者が持つ希望の心もまた、太陽なのだ。汝は今、この地上に存在する全ての希望の心を太陽として受け止めた。


神々しい輝きに包まれた神の幻影。六柱のエレメント神でも、三戦神でもない。神々の上に立つ存在のように見える。


太陽の子として生まれし者よ。地上に光を与えし希望の太陽となれ――


目を見開かせた瞬間、レウィシアは太陽のように輝く巨大な球体状のオーラに包まれる。数々の深いダメージによって全身が傷だらけで血に塗れたまま、剣を両手で掲げる。ハデリアはそんなレウィシアを前に驚愕するかのような唸り声を上げる。
「……感じる。世界中の人々の想いを。それが力として伝わって来る」
レウィシアを覆うオーラの輝きは更に増していき、ハデリアは輝きによって視界を奪われたのか、瞼を閉じる。
「全ての希望の心……そして私の命そのものを……我が剣に託すわ」
剣からも太陽の輝きが生まれ、やがて光は空を大きく照らし始める。
「……オ……オオオオオオオオオオオオォッ!」
ハデリアはおぞましい咆哮を上げながらも闇の力を放出していく。天を貫くエネルギーの柱。ドゥーム・カタストロフィであった。レウィシアの元に降り注ぐ闇の隕石。地上に全ての隕石が落ちた瞬間、広範囲に渡る壮大な爆発が起きる。海面に大きな穴が開き、破壊し尽くされた陸地の一部。だが、光は消えていない。ハデリアの前にいるレウィシアは、闇の隕石を受けつつも剣を掲げていた。大いなる力が蓄積されていく剣に少し罅が入ると、体内から込み上がる血を吐き出すレウィシア。極限に達した生命力をも力に変えているのだ。
「ゴオオ……アアアアアアアァァッ!」
ハデリアが巨大な闇のオーラを纏い、レウィシアに向かって突撃していく。
「……おおおおおおおおおおおおおお!」
剣を手に、ハデリアに挑むレウィシア。球体状のオーラは黄金の鳳凰に変化し、ハデリアの闇のオーラは暗黒の鳳凰に変化していく。双方の全てを賭けた一撃がぶつかり合うと、レウィシアは剣を握る手に全身全霊を込める。暗黒の鳳凰が齎す強烈な闇の雷が纏う破壊のエネルギーの中、レウィシアはハデリアの肉体を深々と切り裂き、傷口からも光が溢れ出す。
「あああああああああああぁぁぁぁああああああああああああっ!」
「グオオオオオアアアアアアアアアアァァァアアアアアアアアア!」
レウィシアがハデリアの肉体を両断した瞬間、剣は音と共に折れ、暗黒の鳳凰は消えていく。光の矢と化したレウィシアと共に空を舞う黄金の鳳凰は、両断されたハデリアの肉体を冥蝕の月へ運んで行った。


……キエテ……イク……

ワレノ……スベテ……ガ……

……ホロビ……ハカイ……ワレ……ハ……



地上の全てを覆い尽くす閃光の輝き。空全体に響き渡る衝撃。閃光が消えると、光の粒が降り始める。それはまるで粉雪の如く、世界中に降り注いでいた。冥蝕の月は消滅し、晴れ渡る青空。地上を覆い尽くしていた闇は、跡形も無く消え去っていた。


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 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

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