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エピローグ
人としての償い
しおりを挟む地上を救いし女神が齎した光によって世界が浄化されても、地上に佇む深い悲しみはまだ残っている。
その悲しみは闇よりも深く、中には悲しみを大いなる憎悪に変えた者もいる。
深い憎悪の念は無数の悲しみの念を引き寄せ、怨念の塊として叫び続けている。
人間への憎悪と復讐のままに闇に堕ちる事を選び、死した者の憎悪の念が地上に佇んでいるのだ。
そして今、憎悪の念が膨れ上がろうとしている。ある訪問者によって――。
日が暮れる頃、一行は湖の前に辿り着く。だが湖は汚染され、中心部の小さな島にはセラクによって破壊された石碑がある。
「あれは……」
破壊された石碑の存在を確認したラファウスは島に向かおうとするものの、島に辿り着くには泳ぐ必要がある。汚染された湖を泳ぐ事に抵抗を感じるものの、意を決して飛び込もうとするラファウス。
「待って」
ルーチェからの一言。
「魂の声が聞こえる。あの島から……」
「何ですって?」
ラファウスが声を張り上げると、ルーチェは島から感じる魂の声を聞き取ろうとする。それは僅かに存在するエルフ族の苦しみと嘆き、そして一つだけ存在する深い憎悪の声。
「うっ! ううっ……あぁっ!」
魂の声を聞き取った事によって頭を抱えながら叫ぶルーチェ。
「ルーチェ!」
ラファウスとマレンがルーチェを支え始める。ルーチェが感じている魂の声の中に存在する深い憎悪の声はどんどん大きくなっていく。
忌々しい人間どもは我々を滅ぼした……そしてこの私をもコロした……
ニンゲン……滅びろ……
滅びロ……滅ビロ……ホロビロ……
ホロビロホロビロホロビロホロビロホロビロホロビロホロビロホロビロホロビロホロビロホロビロホロビロホロビロホロビロホロビロホロビロホロビロホロビロホロビロホロビロ……
「うくっ……あの時と同じだ。物凄い恨みの声が響き渡るように聞こえる……」
恐ろしい程の恨みの声を聞いたルーチェは何かに取り付かれたかのように過呼吸になり、苦しみ出す。それは闇王の城に佇んでいた闇を司りし者達の魂の声の比ではない恨みの声だったのだ。
「ルーチェ! しっかりしなさい!」
ラファウスが呼び掛けるものの、ルーチェは苦しむばかりである。
「気を付けろ。何か妙な気配がする」
リランの一言でラファウスは状況を確認し、ルーチェが聞き取った恨みの声の正体を推測する。即座に浮かんで来たのは、セラクであった。
「……セラク。あなたでしょう?」
そう言うと、突然ラファウスの元に小さな光が現れる。
「うっ!」
小さな光がラファウスに降り注ぐと、不意に意識が遠のき始め、視界が真っ暗になる。
……忌まわしき裏切り者の子よ……まだ私の前に姿を現すか……
声の主は、セラクであった。暗闇の世界の中、幻影として現れるセラクの姿。
「セラク……!」
ラファウスに憎悪の目を向けるセラク。だがその瞳の奥からは悲しみの心が感じられる。人間に与する事を選んだ同族の反逆によって深く傷付き、邪悪なる者から闇の力を与えられては人間への憎悪と復讐のままに生きる存在へと堕ちた悲しきエルフの末裔である事を改めて痛感させられ、そして自身は悪しき人間によって領域を奪われたエルフ族の更なる悲劇を生んだ元凶となる者達の子である事実を突き付けられたラファウスは俯きながらも拳を震わせる。
「セラク……あなたは死しても憎悪のままに魂として佇んでいたのですね。あなたとはもう解り合えないのは承知していますが……私達がこの地を訪れたのは、ある目的の為です」
「何だと?」
「私達の目的は、人としての償いを込めて、人間が引き起こしたエルフ族の悲劇のような出来事を繰り返させない世界にするという意思をあなた達に伝える為……」
顔を上げ、強い意思が秘められた目をセラクに向けるラファウス。
「人間には正しき心を持つ者も沢山存在している。そして私達は、今を生きる人々を正しき方向へ導く。人としての心を持つ多くの人間達と共に。命を失ったエルフ族の生まれ変わりが平和に生きられる世界にする為にも」
ラファウスが想いを伝えると、セラクは冷たい笑みを浮かべる。
「……クッ……クックックッ……笑わせる。下らぬ綺麗事もここまで来ると虫唾が走る。償いを込めてだと? 貴様らが如何なる努力をしたところで、世界から愚かな人間が絶える事など絶対にあり得ぬ事。そんな綺麗事を理想にした世界など所詮は貴様らの夢物語でしかない。貴様らがどう償おうと、我々の悲しみは消えぬのだ。永遠にな!」
セラクが血の涙を流しながらも凄まじい形相を向けると、ラファウスの周囲に多くのエルフ族の幻影が出現する。現れたエルフ族の幻影は苦痛の声を上げる者、悲しみの余り泣き叫ぶ者、絶望に満ちた声を上げる者等、ありとあらゆる形で苦しんでいる姿であった。
痛い……クルシイ……
助けて……タスケテ……
ぎゃあああああああ! があああああああああああ!
うわあああああああああああ! 助けてえええええええええ!
「ううっ……! あああぁぁっ!」
耐え難い苦しみの声に耳を塞ぎ、蹲るラファウス。響き渡る無数の声は、聴いていると気が狂いそうな程であった。
「これが人間どもの愚かさが招いた我々エルフ族の悲しみだ。そして裏切り者の子よ。貴様もこの私に想像を絶する程の苦痛を与えたのだからな」
セラクの言葉でラファウスの脳裏に過去の戦いの出来事が浮かび上がる。自身の力でセラクの身体を貫き、血を大量に吐きながらも倒れていくセラクの姿。
永劫の苦しみを味わう程の大罪を犯した人間を正しき方向に導く等といった下らぬ綺麗事の理想など、聞くにも値せぬ。忌まわしき人間どもの罪が生んだ、我々の深い悲しみを思い知れ――
「ラファウス! ラファウス!」
光が降り注いだ時、ラファウスは意識を失っていた。リランが必死で呼び掛けるものの、ラファウスは目を覚ます気配がない。
「この感じは……怨霊だ」
「何?」
落ち着きを取り戻したルーチェが言う。
「ラファウスお姉ちゃんから怨霊の力を感じるんだ。さっき聞こえてきた声は、魂じゃなくて怨霊の声。おそらく深い憎悪の念によって生まれた怨霊がラファウスお姉ちゃんに取り付いたんだと思う」
「何……だと?」
驚きの表情を浮かべるリラン。
「怨霊って……もしかしてエルフ族の?」
マレンの問いに頷くルーチェ。
「下がってて。ぼくが救済の玉で怨霊を浄化させる」
ルーチェは救済の玉を握り締めながら念じる。玉は眩い光を放ち、ラファウスの身体から小さな光が抜け出し、みるみると変化していく。現れたのは、深い憎悪と悲しみの顔が集まった怨霊そのものであった。
「うっ、これは……!」
身構えるリランに、ルーチェは更に念じる。救済の玉からの光に包まれる怨霊だが、浄化される気配はなく、様々な苦痛の声を辺りに轟かせる。
「そ、そんな……ううっ!」
怨霊による苦痛の声で再び過呼吸に陥ったルーチェはその場に蹲ってしまう。
「ルーチェ!」
「ルーチェ君!」
リランとマレンが支えるが、ルーチェは過呼吸ながらも救済の玉を握る。
「ぼくの事は気にしないで。リラン様……力を貸して欲しい。リラン様の光の力と併せれば……」
「解った。魔力を与えるだけでいいのか?」
「うん、この救済の玉に……」
即座に理解したリランはルーチェが握る救済の玉に手を置く。
「あと……マレン様。ぼく達が怨霊を浄化しているうちに、想いを伝えて」
「え?」
「あの怨霊は、エルフ族の怨霊だ。マレン様が想いを伝える事に意味がある」
ルーチェの考えは、怨霊として現れたエルフ族に償いの意思を伝える事であった。
「……解ったわ。やってみる」
理解したマレンはルーチェの言う通りに怨霊と向き合い、想いを伝える。
私はアクリムの王族。私達の遠い先祖があなた方エルフ族を犠牲にした罪は、どんなに償っても償い切れないものだと承知しています。先祖がどれ程愚かで、どれ程人としての心を失っていたのか、王家として、人として許し難いものです。そして私達人間もあなた方エルフ族にとっては愚の骨頂となる存在なのでしょう。
王国の過去の罪は、決して消えないもの。過去の罪を繰り返さないよう、そして人としての罪が招く悲劇を生み出さないような世界にする。それが私達の想いです。
贖罪として、過去の罪を、あなた方エルフ族の悲劇を来世に伝えていき、永劫の大罪なき世界にしていくと此処に誓います。
マレンが全ての想いを伝えた瞬間、怨霊が激しく苦しみ始める。深い憎悪を募らせているかのような、それでいて深い悲しみの咆哮を辺りに轟かせた。
「……虫唾が走ル……笑わセるナ……貴様ラ人間どもの誓いなどをヲヲヲ……!」
その声はセラクの声であり、様々なエルフの声が入り乱れていた。リランとルーチェは光の魔力を最大限まで高め、救済の玉よりいずる浄化の光が怨霊の姿を溶かし始める。
「ングオオオオアアアアアアアアアアアアァァァアアア!」
痛々しい程の苦痛の声を上げる怨霊。光は眩く輝き、視界を遮られる一行。
ニンゲンンンンンン! オノレエエエエエエエ! ニンゲンドモオオオオオオオ!
……
……もうよせ、お前達。
もがき苦しみながらも溶けていく怨霊の前に、男の幻影が現れる。
「貴様……ボルタニオか!」
幻影は、ラファウスの実父であるボルタニオであった。
「お前達は人間の醜さに囚われたせいで、人間への憎悪を膨らませ過ぎたのだ。憎悪に蝕まれるがままに、お前達は醜き人間と同じ道を辿るようになっている。俺は……人間の良さを知っている」
ボルタニオは哀れむように怨霊を見つめていた。
「憎悪のままに生きる者は、いずれ全てに害を成す魔に堕ちる。元は我々の領域だった人間の住む町の中にも罪無き人間は存在していたはず。それが裁きでも、罪無き人間まで滅ぼす事も愚かな事だ。それを教えてくれたのが、ミデアンだった。ミデアンも醜き人間に虐げられていたが、心ある人間だった」
拳を震わせながらも言葉を続けるボルタニオ。
「……黙レ、裏切り者が! 同族でアりながらモ人間を受け入レ、人間との間に子を生む禁忌に手を染めタ貴様の戯言などォォォ!」
溶けかけた怨霊の顔が醜悪なものに変化していく。
「……セラクよ。何処までも哀れだな。死しても人間を憎悪する余り、心は死に切れていないという事か」
ボルタニオが両手を広げると、全身が光に包まれ始める。
「ミデアンは俺に心を許し、俺をずっと愛してくれた。俺は知ったよ。ミデアンの優しさは人間の優しさだという事を。人間の中には、罪無き優しさを持つ者も存在する。そんな人間を受け入れる事すらも許されぬのが掟とならば、己の全てを消し去ってエルフとしての宿命から解放される事を選ぶ。お前達と共にな」
ボルタニオの全身を包む光は大きくなっていく。
「グオオオオオオ! 貴様、キサマァァァ! 忌々しイ人間どもに与する裏切り者ガアァァァァ!」
断末魔の叫び声を轟かせる怨霊は光の中で溶けながら蒸発していき、跡形も無く消えた。
「……そこにいるのは……俺の子なのか……」
ボルタニオは倒れているラファウスの姿を見つめながらも想う。
この地はかつて我々の領域を奪った忌まわしき人間が住む王国の地であった。だが今は過去の過ちを悔やみ、命を落とした同族達への償いと弔いの意を抱く人間達が存在している。
その事を知った俺は、此処で心ある人間が訪れるのを待っていた。死してもミデアンや、名を付けられる事もなく引き離された我が子にもう一度会いたいという想いから、精神体として地上に留まる事が出来た。
だが、訪れたのは憎悪と悲しみに囚われた同族の念ばかりであった。怨念となった奴らは手の付けようがない程のものとなっていた。
光ある人間達が奴らを蝕んでいた憎悪という名の闇を浄化しようとしていたから、俺は奴らと共にエルフとしての宿命から解放される事を選んだ。
俺は知りたかった。今を生き、心ある人間が我々についてどう考えているのかを。
そして、想いを知る事が出来た。想いを伝えたのは、かつてエルフ族の領域を奪った忌まわしき王国の者であった。
死を迎えた我々はいつか新しき命へと生まれ変わる。来世が心ある民の暮らす世界で生きられる存在である事を願いたい。皆と共に。
我が子は今、此処にいる。ミデアンはもうこの世にいない。ミデアンは……死後の世界と呼ばれる場所で俺を待ち続けているのだろうか。それとも――。
薄らいでいく光の中、ボルタニオの幻影は静かに消えていった。
「今のは一体……」
怨霊が完全に浄化された事を確認したリランは状況が把握できず、呆然としていた。ボルタニオの幻影は、リランにも見えていたのだ。
意識を失ったラファウスは、再び夢を見ていた。見慣れない光景が浮かび上がる。ラファウスが見た夢の中に現れた一人の少女、ミデアン――傷だらけの姿で辿り着いた場所は、エルフ族が暮らしている里。ミデアンに手を差し伸べるエルフ族の若者。周囲のエルフ族から敵意を向けられる中、若者は人間であるミデアンを洞窟へ匿う。
お前は人間のようだが……何故此処に来た?
……帰る場所を……失ったの。悪い人達のせいで……。
……そうか。お前も愚かな人間に苦しめられていたんだな。本来は許されざる事だが、お前からは何の悪意も感じられん。我々と同じようなものだ。例え人間であろうと、悪意なき者を討つ理由は無い。俺が面倒を見てやる。
ミデアンを受け入れたエルフ族の若者はボルタニオ。心無い人間による酷い仕打ちを受け、備わる風の力で無意識に人を殺害した事によって迫害を受けたという事情を聞かされた事で憐みと住む場所を失った事への共感を抱き、同族から白い目で見られながらもミデアンを世話するようになった。共に暮らしているうちに心を通わせるようになり、ミデアンは次第にボルタニオに惹かれていく。行き場の無い自分を助け、献身的に世話してくれる存在であるボルタニオがエルフ族であろうと構わない。唯一自分を救ってくれた存在だから、ボルタニオを愛するようになった。そしてお互い愛し合うようになった。
ねえ……本当に此処にいてもいいの? もしあなたに何かあったら、私……。
構わないさ。お前は良い人間だ。こんな俺でも解る。
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何?
私はたまたま悪い人間ばかり住むところに拾われただけ。でも、私が住んでいたところにも良い人間はいたの。その人は悪い人間と関わっていたけど、決して悪い人じゃなかった。親がいない私を育ててくれたから……。どんなところでも、良い人間だっている。私はそう信じたい。
……。
……いつか、良い人間が暮らすところへ行きましょう。あなたにとっては難しいかもしれないけど、私が助けてあげる。あなたには助けられたから、今度は私があなたを助けたい。
……ミデアン……お前……。
ミデアンを育てた人物は、ラムスの密輸組織に属する人間でありながらも、人の心を持っていた。その人物は妻と子を亡くし、やがて財産をも失ってしまい、路頭に迷っていたところを闇の組織に拾われ、孤児であったミデアンを育てる役目を与えられた。心から妻と子を愛していた彼は、ミデアンを実の娘のように育てていたのだ。だが彼は、ミデアンが成長した頃にこの世から去っていた。死因は、闇の組織同士の抗争に巻き込まれた事によるものだった。
ミデアン。俺は……長の考えについて行けないと思い始めているんだ。もし俺が人間だったら、お前を幸せに出来たかもしれないのにな……。
ボルタニオ……
……どんなに良い人間でも、受け入れてはならないという掟さえなければな。如何に忌まわしい過去があったにしても、俺は長に付いて行きたいとは思えないんだ……。
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「……うっ……」
目を覚ますと、ラファウスは室内のベッドで寝かされていた事に気付く。そこは、アクリムの王宮の客室であった。今いる場所を確認しようとするラファウスは実の両親となる者達の夢を見たせいで、頭がぼんやりとしていた。
「ラファウス様! 気が付きましたか?」
マレンがリラン、ルーチェと共にやって来る。
「私、あれから何が……?」
「エルフ達の怨霊に取り付かれて気を失っていたんだ。ぼくが聞いた声は、全て怨霊の声だった」
ラファウスに取り付いた怨霊はリランとの協力による光の力で浄化された事を話すルーチェ。続いてリランが浄化の際、ボルタニオと呼ばれたエルフの幻影が現れ、人間の良さを知っていると告げながらも怨霊と共に消えた事を伝える。
「ボルタニオ? 私の本当の父上が……?」
自分の知らないところで実父が現れていた事に驚きを隠せないラファウス。そしてマレンがルーチェの言葉を受けて償いの意思を伝えたという事を話すと、ラファウスは様々な想いを抱きつつも三人に礼を言い、意識を失っている間に見た夢の内容を打ち明ける。
「本当の父上はエルフであっても、人を受け入れられる心がある。いえ、人間である母上が父上の心を変えた……と言う方が正しいのでしょうか」
ラファウスが呟くように言う。
「彼は、人の良さを知るが故に同族が深い憎しみに堕ちていくのが耐え難いと感じていたのかもな。人の愚かさが多くの犠牲を生んだ挙句、同族同士の対立を生み、深い憎しみと悲しみの塊として佇み続けていた。人の罪がこれ程救われぬものになるとはな……」
リランは改めて人の罪の愚かさを思い知り、エルフ族の憎悪と悲しみの意味、同族と共にこの世から消えたボルタニオの想いについて考え始める。
「エルフ達の声を聴いた時は、とても胸が痛む思いでした。長い間、人を激しく憎みながらも苦しみ続け、何処か救いを求めているような……そうなってしまったのはアクリムの王家が過去に犯した罪によるものだと思うと、私……」
マレンは言葉に出来ない思いのまま項垂れる。王国の血塗られた歴史とされているエルフ族の領域への侵攻はテティノと共に王妃から聞かされ、決して忘れてはならない王家の罪だと代々伝えられている。侵攻の犠牲となり、怨霊となったエルフ達の深い憎悪と悲しみの声はマレンの心に重く圧し掛かり、過去のアクリム王国の罪の大きさが如何程のものかを思い知らされていた。どんなに償いの意思を伝えても、憎悪と悲しみは消える事は無い。怨霊と化したエルフ達は、最後まで人を憎みながらもこの地上から消えたのだから。
「……マレン王女」
ベッドから出たラファウスは身支度を整え始める。
「ご協力感謝します。私達は次なる目的地へ向かいます。どうか、事の全てを国王陛下にお伝え下さい」
そう言って、部屋から出ようとするラファウス。
「行くのか?」
「……こちらでやるべき事は全て終わりました。さあ、行きますよ」
冷静な声で返答し、ラファウスは部屋から出る。リランとルーチェはラファウスの後を付ける。
「あ、あの!」
マレンが呼び掛けると、リランが立ち止まる。
「私も……お父様、お母様と共に、出来る限りの協力をさせて頂きます。王国として、人間としての償いの為にも……世界中に過去の罪と悲劇を伝え、永劫の平和を守れるように精一杯頑張ります!」
マレンの強い意思が感じられるその一言にリランは心を打たれ、黙って頷いては再び歩き始める。王宮を後にするラファウス達を見守りつつも、マレンは弔いの湖で起きた一連の出来事をアクリム王に報告し、ラファウス達への協力の意向を固めた。
天国のお兄様……私はお父様、お母様と共に王家の償いの為に、そして世界の平和を守る為にも頑張ります。
永遠に消えない憎しみと悲しみがいずる事のない世界へと導くのが、今を生きる私達の使命。
お兄様……どうか私達を、見守っていて下さい……。
亡き兄テティノへ想いを捧げつつも、マレンはテティノの墓の前で祈り続ける。瞳からは一筋の涙が溢れていた。旅を再開し、次なる目的地へ向かおうとしているラファウスは思う。
夢の中に現れた本当の両親は、人としての心を持っていた。お互い受け入れ、そして愛し合っていた。だからこそ私は、人を信じられるのかもしれない。
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私達は今、この旅を通じて人として大事な事を世界中に伝えなくてはならない。人の愚かさによる災いと悲劇を生み出さない、本当の平和な世界にする為に。
レウィシアによって救われたこの世界を、真の平和へと導くのが私達の使命だから――。
定期船に乗り込んだラファウス、リラン、ルーチェは次なる目的地へ向かう。真の平和へと導く旅はまだ始まったばかりであった。
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1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
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追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
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