EM-エクリプス・モース-

橘/たちばな

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断罪と悲しみの中で

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世界は平和を取り戻した。しかし、平和が戻っても罪を背負いし者は多く存在する。

罪人は己の罪を償う義務がある。罪への裁きは国の権力者が下すものであり、全ての民が裁く事でもある。

人として許されざる罪を犯した者への裁きもまた、国に住む民と権力者が裁くもの。

民が集まる場所で裁かれようとしている罪人達は、国の財産を目当てに多くの命を奪った愚者であった。そんな彼らに下される裁きとは――。


ブレドルド王国――オディアンとブレドルド王が帰還してから一ヶ月余りが経過した頃、破壊された建物や住居の復旧活動が積極的に行われていた。街中には幾つかの爪痕が残るものの、少しずつ活気を取り戻しつつあった。城の地下に多くの人々が集まっている。そこは王国の裁判所であり、『人として許されざる罪を犯す罪人でも、裁くのは一人ではなく全ての民』という王の考えに基づいて設けられたものであった。以前、城の財産を目当てに猛毒が塗られた矢を放つクロスボウで多くの兵士を毒殺し、城内を襲撃した盗賊一味の裁判が行われようとしているのだ。オディアンを筆頭とする兵士達に連れられ、法廷に立つ三人の盗賊。その中の一人は片腕をオディアンに切断された事によって完全に失った状態であった。裁判員となる人物が次々と現れ、裁判官は大臣が務めていた。そしてその背後には二人の兵士を傍らに、ブレドルド王が居座っている。
「静粛に! これより開廷します。被告人、前へ」
ハンマーを叩く音と共に、盗賊一味の裁判が始まる。大臣から名前と出身地、身分を聞かれた際、盗賊一味はそれぞれの名前――ソドム、アロン、ダッカーと名乗り、闇の都市ラムス出身の盗賊である事を明かした。検察官が起訴状を読み上げると、法廷内が緊迫感に包まれる。
「あなた方は猛毒の矢で我が王国の兵士と侍女数名を殺害した。犯行の目的は城の宝が狙いである事。これは事実で間違いありませんね?」
大臣の問いに盗賊一味は黙って頷く。
「かつてあなた方は闇の都市ラムスに存在する闇組織に身を置き、現在では組織を離脱、流浪の盗賊として各地を流離い、今回の事件に至った。あなた方が所属していたラムスの闇組織はどのような組織かお答え頂けますか?」
「……賊殺団、という組織だ」
盗賊一味のソドム、アロン、ダッカーは元々ラムスの闇組織の一つである賊殺団の構成員で、身寄りのない街の荒くれとして過ごしていたところを賊殺団の親玉に拾われた身であった。だが、組織の任務による成果を思うように出す事が出来ず、無用者と判断され、死刑宣告を言い渡された三人は組織から離脱した。居場所を無くした三人は生活資金を稼ごうとトレイダにて職を探すものの、ろくに雇える場所に巡り会えず、仕事を見つけられても店主との折り合いが悪く、長続きしないという有様であった。まともに働く事すらも出来なかった三人は流浪の盗賊として生きる事を選び、巨万の財産を狙い続けていたのだ。その他、使用していた猛毒の矢を放つクロスボウの入手ルート等一連の尋問が終わると、兵士から三人が使っていたクロスボウの残骸が提示され、検察官と弁護人による弁論が始まる。
「社会から弾き出され、行き場を失った末に多くの人々を犠牲にしてまで我が王国の城の宝を狙った。彼らの暴挙が多くの命を奪った。犠牲になった人々はもう戻らない。人として許されざる大罪です」
検察官が声を張り上げて主張する。
「彼らの背景には闇の都市ラムスに存在する闇社会の組織があった。彼らは組織から弾き出された故に行き場を失い、真っ当に働けるような職に巡り会う事も出来ず、生活出来る程の財産がない状況だったという供述があった。つまり彼らは生きていく為には如何なる方法でも致し方なかった。彼らもまた闇社会が生んだ被害者だと考える事も出来るのではないか?」
弁護人が主張を始めるものの、検察官は異議を示す。
「だが、例え自身が生きていく為といえど、罪無き人を無差別に殺害するという行為が許されても良いものか? 如何に財産が底を尽き、生活が出来ない状況に置かれていても城の宝を狙う事は疎か、その過程で人を殺害する事は決して許される事では無い。現に、犠牲となった者達の遺族の方々から訴訟があり、人として許してはならないという怒りと悲しみの声があるのです」
双方による弁論が行われる中、三人の盗賊達は微動だにせず、棒立ちのまま立ち尽くしていた。裁判の様子を傍観していたオディアンは険しい表情で盗賊達の姿を見据えている。
「では改めて問う。あなた方が殺害した兵士達や侍女及び、我が王国には何らかの個人的な恨みは一切無い。今回起こした事件はかつて所属していた『賊殺団』という組織の命令によるものではなく、あなた方の独自による計画的犯行である。そして動機はただ生活出来る財産が欲しかったが為。そういう事で間違いありませんね?」
「……そうだよ」
「あなた方が所属していた組織から離脱した後、トレイダで職を探し、働こうとしていたのは真人間になる意思が少しでもあったという事ですか?」
大臣の更なる問いにソドムとダッカーは一瞬顔を見合わせ、アロンは俯いたまま何かを考えている様子であった。
「……まあ、その時は少しあったよ。少しくらいはな。食っていける金が欲しかったもんでね。でも、俺達をちゃんと雇ってくれる奴らは何処にもいなかった」
「その理由はあなた方に非はないと言い切れるのですか?」
「何もねぇってか、俺達が悪だからってどいつもこいつもまともに使ってくれなかったんだよ。人手は十分間に合ってるだの、みずぼらしいならず者はいらねぇだの、お前らのような奴らがいるせいで店のイメージが悪くなるだのと、何処へ行っても無駄だった。カタギになろうとしてもなれるわけがねぇ。言える事はそれだけだよ」
ソドムとダッカーが淡々と問いに応じるが、アロンはひたすら無言で俯いていた。
「その時に少なからず真っ当に働く意思はあったとならば、その意思を何故曲げてしまったのか。もし彼らを人材として受け入れる場所が一つでもあらば、彼らは非人道的な行いに走る事は無かったのではないか? 闇の組織に関わっていた者には陽の当たる場所に佇む事すら許されぬのだろうか? 行き場を失った彼らに手を差し伸べる者が誰一人いない事も関係しているのではなかろうか?」
「否。彼らが職を求めていた場所はトレイダだけであろう? それ以外の街や王国で安住の地と働ける場所を求めるという考えはなかったのか?」
再び弁護人と検察官による弁論が始まる。
「例えトレイダがならず者と呼ばれる輩に閉鎖的であっても、世界には彼らでも同じ人間として受け入れる場所は必ず存在すると私は考えている。今あなた方にお聞きする。トレイダ以外の街や王国でカタギになるという考えまではなかったのですか?」
検察官の問いに三人は沈黙する。
「一般人の間ではならず者と呼ばれる存在は煙たがられているが故、彼らは他の街や王国でも恐らく同じ運命を辿っていた。どうも私はそんな気がしてならぬのです。このブレドルド王国においても、彼らを人材として雇える場所は存在していると言えますか?」
弁護人が意見を述べると、検察官は険しい表情を浮かべる。法廷は沈黙に支配され、緊迫感と共に重い空気が支配する。
「確かにこのブレドルド王国には彼らを雇える場所は存在すると言い切れるわけではない。しかし、問題はそんな事では無い。一番の問題は彼らが所持していた猛毒の矢で罪無き人々の命を奪ったという犯行なのです。訴訟を起こした遺族の方々の声を聞いて頂きましょう」
検察官の一言で、兵士達に連れられた犠牲者の遺族一同がやって来る。その中にはアイカを連れたベティの姿もあった。
「お前達の事情がどうあろうと、息子を殺したのはお前達だ。息子の命はもう戻らない。息子を返せ!」
「あんた達がジェシーを殺したのよ! この人殺しども!」
次々と感情的に怒鳴りつける遺族達。三人は何も言わず、無表情で黙り込んでいた。
「お父さんを……返して……お父さんを返してよお!」
アイカが涙声で言う。
「……あんた達は最低だよ。どうして……どうして自分達の為に罪の無い人を殺したの? いくら金が欲しいからって……人の命を奪ってまで強盗なんかしたところで、行き着く先は破滅でしかない。あんた達が奪ったものは二度と戻って来ないものなんだよ。あんた達は悪魔だよ!」
続いてベティが怒鳴りつける。
「如何ですかな。これが彼らによって命を奪われた者達の遺族の方々の声です。彼らの行いは大罪である事に変わりない。生きていく為に致し方ない事情だとしても」
検察官の一言に、弁護人は唇を噛み締めながらも沈黙する。弁論は最終段階に突入し、判決の時が来ると、陪審員となる人物が十二人登場する。
「では陪審員の皆様。有罪か無罪かの意思をご提示下さい」
陪審員が次々と挙手する。それは有罪か無罪かの意思表示であり、有罪であらば挙手、無罪であらばそのままという方式であった。挙手した陪審員の数は十人。残りの二人も半ばぎこちない様子で挙手し、陪審員全員は有罪の意を示していた。オディアンは固唾を呑んで判決の行方を見守っていた。
「最後に、何か言う事はありますか?」
大臣が問うものの、三人は何も言わず、ひたすら沈黙している。
「では、判決を言い渡します」
張り詰めた空気に包まれた法廷に轟くハンマーの音。
「判決は……有罪とし、孤島の監獄での流刑に処す」
有罪判決にどよめく法廷。傍聴している人々の中には死刑を望む者も少なからず存在していた。オディアンを含む数人の兵士達が三人を取り囲む。
「……クッ……クックックッ……あはははは……あはははははははははは!」
アロンが狂ったように笑い始める。
「死刑にされるのかと思えば、流刑で済ますのかよ。全く面白おかしくて笑えるぜ。いっそのところとっとと殺してくれれば良かったのになあ! 俺達はシャバに出てもカタギになれやしねえ、クズ中のゴミクズだ。特に俺なんてこの通り、片腕無くしちまったんだしなぁ……あははははははははははは! あははははははははははは!」
死んだ目で笑い続けるアロンの姿に、法廷にいる人々全員が呆然としている。精神に異常をきたし、崩壊しているのだ。
「どうせ死ぬんだ。最後にいい事教えてやるよ。俺はな、この城の宝を手に入れたら猛毒の矢でこいつらも殺そうと考えていたんだ。手に入れた財産を全部俺のものにする為にな」
「なっ……どういう事だ!」
アロンの本心を聞いたソドムとダッカーが愕然とする。非人道的な凶行の末に狂い、仲間をも裏切ろうと考えていたというアロンに醜悪なものを感じ取ったオディアンは込み上がる怒りを抑えていた。
「あはははははははは! さあ偽善者ども。さっさと監獄に連れて行けよ。そこでてめぇらの望み通りに朽ち果ててやるからよぉ……俺達がくたばるのがてめぇらの望みなんだろぉ? もう俺達に何の希望もねぇ。クズに相応しくくたばってやるよ……あは、はは、あはははははははははは! あははははははははははははははははははははははははははははは!」
精神崩壊を起こしたアロンはひたすら笑い続けている。オディアンは殺意が込められた目でアロンを見据えながらも、兵士達と共に連行していく。ブレドルド王は盲目ながらも、法廷を後にするオディアン達を無言で見守っていた。

城の裏口の水路に停めている小舟に乗り込み、監獄のある孤島へ向かう。小舟の中、オディアンに抑えられたアロンは崩れた表情で笑い続けている。ソドムとダッカーは兵士達に刃を突き付けられた状態で、終始無言に徹していた。数時間後、小舟は孤島に辿り着く。孤島に存在するのは岩場と地下に続く秘密の階段であった。階段を降りた先には、監獄が設けられていた。ブレドルド王家の先祖が王国の重罪人を投獄する場所として設けた監獄であり、現在も重罪人の投獄に利用されている。存在するものは牢獄であり、牢屋は重々しく頑丈で、鉄格子には電流が流れているという仕組みになっており、如何なる罪人も脱出不可能と言われている。しかも監獄内は、牢屋の中で朽ち果てた罪人達の腐乱死体による腐臭に満ちていた。それぞれの牢屋に投獄されていく三人の盗賊。牢の扉が閉められ、鍵が掛けられると、オディアンはアロンに鋭い目を向ける。
「……もう貴様等に話す事は無い。貴様等の顔を見るだけでも吐き気がする。死刑判決にまで至らなかった事を有難く思え」
静かな怒りに満ちた声で言うと、兵士達と共に監獄から去るオディアン。流刑となった三人の盗賊は、孤島の監獄の牢屋で残りの人生を過ごす事となったのだ――。


王国に帰還したオディアンは城へ向かおうとする。そこに、アイカとロロを連れたベティがやって来る。
「む、あなた方は……」
ベティの傍らにいるアイカの姿を見て内心戸惑うオディアン。スフレの事をアイカに話すべきか迷っているのだ。
「オディアン兵団長! この度は訴訟にご協力頂きありがとうございます」
ベティが深々と頭を下げる。ベティも訴訟を起こした遺族の一人で、オディアンを通じて裁判を起こす事を試みたのだ。
「いえいえ。我が王国の裁判制度は国王陛下のお考えに基づいて出来上がったもの。如何なる罪人でも、全ての民が裁くというのが陛下のお考えですから」
返答するオディアンに、ベティは改めて礼を言う。
「ねえ、兵団長のおじさん」
アイカがオディアンに声を掛ける。
「スフレお姉ちゃんは? スフレお姉ちゃんはどこにいるの?」
案の定な質問が来たと思い、オディアンは一生懸命考えを整理する。
「アイカはあれからずっとスフレちゃんに会いたがっているみたいで。この子ったら本当にスフレちゃんの事が大好きだから……」
ベティがアイカの描いたスフレの似顔絵を見せると、オディアンはますます言葉を詰まらせてしまう。どうする? ここは正直に話しておくべきか? と自分に言い聞かせるものの、法廷で父の死に悲しみ、泣き叫ぶアイカの姿を思い出しては躊躇してしまう。
「スフレは……今旅に出ている。まだやるべき事があると言ってな」
真実を告げず、俯きがちで淡々とアイカに言うオディアン。
「そうなんだ……」
アイカの悲しそうな表情を見たオディアンは、嘘を言ってしまった気まずさと共に申し訳ない気持ちになってしまう。まだ幼いこの子は父の死を深く悲しんでいる。そんな中で更なる悲しみを与えるわけにはいかないという思いやりによる嘘であった。
「スフレお姉ちゃん……いつ帰ってくるの? スフレお姉ちゃんと遊びたいよ……」
寂しそうに言うアイカ。
「……済まない。そこまでは私にも解らない。平和になった世界を守る為の大事な旅だからと言っていたからな」
生真面目な性格上、嘘を付く事に不慣れなせいか半ばぎこちない様子のオディアン。ベティはそんなオディアンから何か隠し事をしていると感じたのか、怪訝な顔をしていた。
「私はこれにて失礼します。国王陛下に報告せねば」
城へ向かって行くオディアン。
「あ、おじさん!」
アイカが呼び掛ける。
「スフレお姉ちゃんに会ったら、アイカは元気だよって伝えておいて! あたし、スフレお姉ちゃんが帰ってくるの、ずっと待ってるから!」
アイカの言葉を聞く度、オディアンは胸が痛む思いをする。スフレは邪悪なる存在の手に掛かり、命を失ったが故にあの子の願望はもう叶わぬ事。如何に嘘を付いてまで真実を隠しても、いずれは知る事になる。だが、あの子にはこれ以上の悲しみを背負って欲しくなかった。父を失い、更に慕っていた人まで失う二重の悲しみは幼心に深い傷を残し、影を落とす事になるだろう。元々嘘を付く事が嫌いだったから、本当はこんな嘘を付きたくなかった。もし真実を知る事になれば、自分は嘘つきな大人と軽蔑されても仕方が無い。だが、あの子には幸せに生きて欲しい。あの子のように、今を生きる子供達の為にも俺は――。


「戻ったか、オディアンよ」
ブレドルド王を前に跪くオディアン。傍らに大臣がいる。
「私が囚われている間、邪悪なる存在のみならず、あの監獄を使う程の大罪を犯した人間までも現れるとはな。例え世界が平和を取り戻しても、人の罪は消える事は無い。だからこそ、我が王国の裁判制度は非常に意味がある」
オディアンは跪きながらも、王の言葉を心に刻み込んでいた。
「オディアンよ、一つ問う。もしお前にあの賊達を裁く権利を与えられたら、どう判決を下す?」
僅かな沈黙が支配すると、オディアンは顔を上げる。
「……私ならば、躊躇なく死刑判決を下します。大臣も仰っていましたが、あの賊達は非人道的な行為に手を染め、人の心を捨てた存在でしかありません。罪を償う権利はあっても、犠牲は深い悲しみを残し、失われた命は戻らない……自身の為に幾つもの罪無き命を奪う行いは、断じて許してはならない大罪だと私は考えています」
法廷で泣き叫ぶ遺族達やアイカとベティの姿を浮かべながらも、オディアンは率直な気持ちを王に伝えた。
「お前の考えは決して否定はせぬ。かといって正しいとも言わぬ。だが……忘れてはおらぬな? あの時の事を」
王の言うあの時とは、十数年前の賊一味による非道な行いへの怒りの余り自我を失い、命を奪う勢いで賊一味を斬り付けていくオディアンに鉄拳を振るった時の出来事であった。
「人の心を捨てた愚者はいつの時代にも存在するもの。人間社会の闇に苛まれ、愚者へと堕ちた人を裁くのも人だ。あの賊達も我々を含めた全ての民によって裁かれた。今後もし人の中に大罪を犯した者が現れても、民の声と罪人たる者の声を聞き入れ、人としての正しい在り方で裁く事を忘れるな。お前は、罪を犯した愚者を裁く民の一人に過ぎぬのだからな」
王の言葉を受けたオディアンは深々と頭を下げる。王との対話を終え、謁見の間を後にしたオディアンは身体を休めようと休憩所に向かおうとするが、ベティがやって来る。
「ベティ殿。何故此方へ?」
ベティは訝しむようにオディアンを見つめている。
「……すみません、オディアン兵団長。どうしても気になる事があってお聞きしたい事があるのですが」
オディアンはまさかと思いつつ、僅かに表情を強張らせる。
「その……スフレちゃんは本当にやるべき事があると言って旅立ったのですか? 私の思い過ごしかもしれませんが、失礼ながら何か隠し事をしているような気がして、どうしても……」
明らかに疑っていると察したオディアンは本当の事を言わざるを得ないと考えてしまう。
「……解りました、ベティ殿。本当の事をお伝えします」
オディアンは緊張した面持ちで真実を話すと、ベティは愕然とする。
「まさか、スフレちゃんがそんな事に……それで私達に嘘を?」
「嘘を言った事は深くお詫び申し上げます。そしてこの事は、アイカにはご内密にするようお願いします。あの子はまだ幼い。私は……アイカにこれ以上の悲しみを与えたくなかったのです」
父の死を深く悲しんでいるアイカにスフレの事を知らせると更なる悲しみに苛まれ、アイカの人生に大きな影を落とす事になる。まだ幼いアイカにとっては二重の悲しみは残酷すぎる。一つの悲しみを経験したアイカが成長し、如何なる悲しみを受け止められる頃になるまでは下手に告げるわけにはいかないと考えていた事を打ち明けるオディアン。ベティはオディアンのアイカに対する思いやりに心を打たれ、涙を零しながらもオディアンの意向を汲み取る。
「オディアン兵団長。真実をお教え下さってありがとうございます。勝手なお願いですみませんが、天国のスフレちゃんにアイカの想いを……届けて頂けますか」
ベティの願いをオディアンは快く引き受ける。感謝の意を込めて礼を言い、去り行くベティの姿を見たオディアンはふと父について考える。父は生まれた頃に凶悪な魔物との戦いで戦死していたが、剣聖の王であるブレドルド王に仕える誇り高き王国の騎士としての名声を轟かせていた存在であった。父との思い出は無いものの、母からは父について色々聞かされていた。子供心に父の存在や王国の英雄に憧れ、血筋の影響もあるのだろう、戦士兵団の騎士を志願して父譲りの騎士となった。英雄の闘志を継ぐ兵団長として光ある者達と共に邪悪なる存在に挑み、今に至る。騎士としての誇りは父から譲り受けたものであり、人を守る心は、人としての思いやりを持つ母から譲り受けたもの。誇りは、決して失ってはならない。平和となった世界を守り続けるのに必要なものは民を守る騎士としての誇りであり、人としての心だからだ。そして、仲間として行動を共にしたスフレの事も考える。賢者としての実力を持ち、常に明るく天真爛漫に振る舞うスフレの姿には、何処か安心させられていた。人や大切な仲間を守るのが騎士としての使命であり、ヴェルラウドと共に蘇った闇王を討つという大きな使命を背負ったスフレも守るべき存在であった。王からの任務でボディガードとして共にしているうちにお互い信頼関係が生まれ、そして大切な仲間だと認識するようになった。ケセルの卑劣な手によって命を失ったスフレや、父の死を悲しみながらもスフレの帰りを待ち続けるアイカの事を思うと己の無力さに怒りを覚える。もし自身の命が与えられるのならば幾らでも与えたいものだが、一度失った命は戻らないのが定め。罪無き者の命が奪われ、深い悲しみを生む世界にしない為にも、これから出来る事は――。
「……陛下。勝手ながらで申し訳ありませんが、私はこれから賢者の神殿へ向かいます。邪悪なる者の手によって命を失った仲間に伝えなくてはならない事があるのです」
オディアンの申し出に王は快く引き受ける。
「気にせずに行くが良い。お前の仲間の事もマチェドニルから聞かされておる。時折顔を見せてやると良いだろう」
王の温かい言葉に感謝しつつも、オディアンは賢者の神殿へ向かう。マナドール達による復旧作業が行われている賢者の神殿跡に辿り着くと、デナがオディアンの元へやって来る。
「あら。どこかで見覚えがあると思えばあの時のデクの棒ですの?」
「オディアンだ。デクの棒ではない。お前達が何故此処に?」
「リラン様からの頼みで神殿の復旧作業をしていますのよ。デクの棒とお会いするのも久しぶりですわね」
デクの棒呼ばわりしながらも高飛車に振る舞うデナと、一生懸命仕事をしているマナドール達を見て懐かしさを感じたオディアンは表情を綻ばせる。そこに、マチェドニルがやって来る。
「おお、オディアンではないか。久しいな」
「こちらこそお久しぶりです、賢王様」
オディアンは挨拶をしつつも、スフレにアイカの想いを伝える為に訪れた事を話す。
「ふむ、なるほどのう。実は数日前にラファウスがやって来てな。リラン様とルーチェを連れて再び旅立ったのじゃよ」
オディアンが訪れる数日前にラファウスが神殿に訪れ、人の罪の愚かさと過去に起きたエルフ族の悲劇を世界中に伝えていく為にリラン、ルーチェと共に旅立っていたのだ。
「なんと、あの子達がリラン様とそのような旅を……?」
「うむ。まさかあの子にあれ程の行動力があったとはのう。レウィシアが己を捨ててまで救った世界の平和を守らなくてはならないという使命感が備わっていたのじゃろうな」
呟くようにマチェドニルが言うと、車椅子に乗ったヘリオが現れる。
「おや、これはヘリオ殿」
「フン、誰かと思えばブレドルドの騎士オディアンか。まさかお前も旅立つつもりなのか?」
「いえ。スフレの弔いに訪れた、と言ったところです」
「そうか」
ぶっきらぼうに振る舞うヘリオの足は包帯が巻かれており、車椅子は賢人によって押されていた。ヘリオも神殿でレウィシアの帰りを待ち続けており、時折車椅子を利用して外の空気を吸いに出ているのだ。オディアンはマチェドニルに案内される形で、スフレの墓の前にやって来る。墓標は冥神の力による嵐の影響で多少壊れかけているものの、再び花が添えられ、スフレが使っていた杖も添えられていた。
「スフレよ。これはアイカからの言葉だ。『アイカは元気だよ』とな」
オディアンはアイカの想いを伝えると、マチェドニル、ヘリオと共に黙祷を捧げる。スフレの弔いを終えたオディアンは神殿を後にし、再び王国へ向かう。


世界の平和を守るには、この世界そのものを変える事が必要なのだろうか。

罪を犯す愚者となった人は、人の闇からいずるもの。あの子達は、人の闇と全ての罪を生まない世界に変えようとしているのだろうか。

これからも何らかの罪を犯した者が現れる事にならば、一人の民として罪を裁く事になるのだろう。だが、人としての正しい在り方による裁きは決して忘れてはならない。それが国王陛下のお望みであり、断罪に酔いしれる余り、正しい心を失ってはならない。

もしあの子達が俺を必要とする時が来れば、幾らでも力になるつもりだ。罪が生んだ犠牲による悲しみを背負う者達、そして今を生きる民の為にも。

そう、これからが始まりなのだ。太陽となった一人の王女によって平和を取り戻したこの世界を守る為にも――。

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