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エピローグ
誓いの儀式-地上の光と太陽の心-
しおりを挟む冥神が滅びてから十余年――。
地上を救った者達の動きによって世界は大きく変わり、過去の罪と災いによる悲劇を教訓に、各国は平和を目的とした友好条約を締結し、全ての民の為、そして永劫の平和を守る為の制度を設け、人々はそれぞれの平穏を保っていた。
世界会議は定期的に行われ、今を生きる民が求めているもの、必要としているもの、そして過去に起きた災いの根源となるもの、新たな災いの可能性についての議題が課せられ、世界各地の国王と首脳、そして地上を救った者達も会議に参加していた。
光溢れる地上を取り戻した世界は、本当の平和へと向かっていた。
ある日、一隻の船が大海原を渡る。船は、クレマローズ地方の船着き場へ向かう客船であった。
「ねえ父ちゃん、これ何?」
船の客室では、一人の幼い少年が逞しい体付きを持つ男の持つ青色に輝く小さな石に興味を示していた。石はアクリアムの蒼石であり、男はアクリム王国の槍騎兵隊隊長ウォーレンであった。
「ああ、これはな。王女様から貰ったものだよ。お前が無事で産まれますようにって事で授かってくれたんだ」
「へえ……」
少年は、ウォーレンの息子レニであった。アクリアムの蒼石はウォーレンの妻であるミズナの安産用のお守りとしてマレンから与えられたもので、一人の息子を授かった感謝の意を込めてウォーレンは蒼石を一生の宝物として大事にしているのだ。レニが蒼石を眺めていると、ミズナが客室にやって来る。
「ミズナ、船酔いは大丈夫か?」
「え? 船酔いしたわけじゃないわよ。ちょっと外の眺めを堪能したかっただけだから」
「何だ。てっきり船酔いしたのかと思ったぞ」
「バカね、船なんて子供の頃から慣れっこよ」
仲が良さそうに談笑するウォーレンとミズナ。
「父ちゃん、母ちゃん。クレマローズってどんなとこなの?」
「太陽の王女って言われたお姫様が住む国さ。昔この世界を救ったという凄いお方なんだ」
「へえ、すごいや! マレンさまよりもきれいなの?」
「うーん、マレン様と同じくらいかな……?」
レニの純粋な質問にウォーレンは半ば回答に少し戸惑うものの、何事もないように笑顔で答える。レニはレウィシアに興味を抱きつつも、海を見ようと客室から出ようとする。
「レニ、一人で行っちゃ迷子になるわよ」
「大丈夫だって!」
レニはさっさと客室を出て上甲板へ出る。船から見える景色は広がる青い海。地平線の向こうには陸地が見える。船はかなり広く、上甲板には多くの乗客が集まっていた。レニは船を探検するつもりで船内を歩き回っていると、不意に誰かと激突する。
「うわあ! ご、ごめんなさい!」
礼儀正しくレニが謝る。
「あら、あなたは……」
レニと激突した相手は、マレンであった。
「マレンさまだ! マレンさまも来てたんだね!」
「レニ君! ふふ、元気してた?」
マレンは美しくもあどけなさが残る笑顔を向けながら背丈に合わせるようにしゃがみ込み、レニの頭をそっと撫でる。
「えへへ、父ちゃんと母ちゃんも元気だよ! またマレンさまと遊びたいなー!」
「そうね。こうしてレニ君と会えて嬉しいわ」
レニはマレンと何度も遊んだ事があり、マレンもレニを愛おしく思いながらも実の子供のように可愛がっていた。
「やや、これはマレン王女!」
ウォーレンがやって来る。
「あら、ウォーレン。あなた達もクレマローズに行くつもり?」
「ハッ! 我々もご招待を受けまして我々も向かうおつもりであります」
マレンを前に敬礼をするウォーレン。
「ふふふ。レニ君もいるんだし、堅苦しくなる必要は無いわよ。今日はおめでたい日なんだから、たまには肩の力を抜かなきゃあね」
「は、はぁ……陛下はどちらへ?」
「お父様とお母様は部屋で寛いでらっしゃるわ。久しぶりの船旅を満喫してるみたいよ」
アクリム王と王妃は特別客室にてグラスに注がれた酒を口にしつつ、旅のひと時を満喫していた。王は机の上に置かれたテティノの槍を見つめていると、ふとテティノの事を考えてしまう。
「あれからもう十年以上になるのか……テティノよ、マレンはお前の分まで我々と共に世界の平和に貢献している。お前が命を掛けて救った者は、きっと幸せに生きるであろう」
亡き息子テティノを想う王が呟くように言う。
「テティノもきっと見守っていますわ。あの子の偉業は私達の誇り。太陽を救った英雄として後世に語り継がれていく事でしょう」
「うむ、そうだな。過去の過ちを繰り返さぬ為にも、我々はマレンと共に王国の平和を維持していかねばならぬ。各国と友好条約を結んだ今、罪を生む闇なき世界にする事が我々の務めだからな」
王と王妃はテティノの偉業を誇りに思いつつも、グラスの酒を飲み干す。船は、間もなく陸地へ到着しようとしていた。船がクレマローズ地方の船着き場へ到着すると、乗客が次々と降りて来る。乗客の目的地はクレマローズであり、ウォーレン一家もその中に紛れる形でクレマローズへ向かって行った。皆がクレマローズへ向かう理由――それは、レウィシアの結婚式であった。アクリムの王族とウォーレン一家は結婚式に招待されてやって来たのだ。
クレマローズでは賑やかで華やかな雰囲気に満ち溢れ、パレードの準備が行われていた。トリアスを始めとする兵士達が警備する中、王国全体で挙行されるレウィシアの結婚式という事で城下町がお祭り騒ぎの真っ只中となっている。城へ続く道には美しい銀色の布が敷かれ、周囲には綺麗な花が添えられている。
「わーすごい! ねえねえ、これから何がはじまるの?」
お祭りな雰囲気に目を輝かせるレニ。
「お姫様の結婚式だよ」
「けっこん式?」
「父さんと母さんがこうして一緒になれたように、お姫様が好きな人と一緒になれるというとてもおめでたいお祭りだ。でもまだ時間がありそうだな」
挙式時間までまだ三時間程あるとの事で、ウォーレンとミズナは一先ず王国中を散策する事にした。レニは好奇心旺盛のまま先立って走っていく。
「あ、レニ!」
ミズナが止めようとするものの、レニの姿は雑踏の中に消えていく。
「もう、レニったら。迷子になっても知らないわよ」
「まあ、これ程の賑やかなパレードが行われるとならば子供心にワクワクするものだからな」
「それはそうだけど……これだけ広いと迷子になっちゃったら大変よ」
ウォーレンとミズナは走って行ったレニの後を追う。初めて訪れる異国の城下町という事もあって、レニは王国の雰囲気を楽しみながら辺りを見て回る。
「ちょっと、それって本当なの? その占い、的中するんでしょうね!」
少女の声が騒がしく聞こえて来る。一人の少女が占い師に詰め寄っているのだ。占い師は、フーラであった。レニは何だろうと思いつつ少女の元へ近寄る。
「本当じゃよ。わしの占いは九十九パーセント的中するものじゃ。信じるか信じないかはおぬしの勝手じゃがな」
「ふーん、てことは一パーセントの確率で外れるって事ね。ま、よっぽどの悪運じゃない限り的中するなら信じてやろうかしら」
少女がフーラに頼んだ占いは、憧れの人物への想いが伝わるかどうかの占いであった。少女がレニの方に振り向くと、レニは興味深そうに少女を見つめる。
「何よあなた。わたしに何かご用?」
「えっと……何やってたの?」
「見てわかんないの? 占いよ! このババ様にわたしの将来を占ってもらったのよ」
高飛車な態度で少女が返答すると、レニはきょとんとしてしまう。占いを全く知らない様子であった。
「あなた、ここに来るのは初めて?」
「う、うん」
「だったら占ってもらったら? 記念日という事でお子様はタダで占ってくれるみたいよ」
「占いって何?」
「へ? あなた占いを知らないの? イナカ者なのねぇ」
「い、イナカ者ってひどいな! おれはアクリム王国から来たんだぞ!」
「アクリムだかアイスクリームだか知らないけど、占いを知らないんじゃあイナカ者と変わりないわよ」
「くうう!」
レニは頬を膨らませながらも占いについて知ろうと思い、フーラに占ってもらう事にした。
「ふむ。ボウヤは占いというものを知らないんじゃな?」
「は、はい。知らないです」
「占いというものはな、ボウヤの願い事が叶うかどうかとか、未来はどうなっているかとか、そういったものを予言するのじゃ。それが良い事になるか悪い事になるかは見えるもの次第。ボウヤは今、何か願い事とかはあるかの?」
「願い事かぁ……父ちゃんのような立派な戦士になりたい! かな?」
「ふむふむ。ではボウヤの願い事を占ってしんぜよう」
フーラは水晶玉を両手で握り締めつつ念じる。すると、水晶玉からは逞しい肉体を持つ戦士の姿が映し出された。
「フム……見えたぞ。ボウヤの願い事は……叶うと見た」
「ほんと?」
「うむ、なかなかゴツくて男臭くて暑苦しいゴリラのような戦士になるようじゃ」
「えー……それってなんかやだなぁ」
「アハハハ! あなた、将来はゴリラ戦士になるんですって? ウケるー!」
少女がからかうように笑う。
「何だよ、おれは父ちゃんみたいなかっこいい戦士になるんだ! ゴリラなんかじゃないぞ!」
レニが反論すると、少女はずっと笑っていた。
「ところで、あなた名前は?」
「レニだよ」
「ふーん、変な名前。わたしはドルチェ。覚えておいてよね」
「うん、よろしく!」
「あなたって何だか面白そうだから、結婚式が始まるまでご一緒してあげる」
ドルチェという名の少女はレニの手を引っ張る形でその場から去る。
「やれやれ、あれ程しっかりしたお嬢ちゃんを見たのは姫様以来じゃわい」
積極的に行動するドルチェを見ているうちに、フーラはしみじみと幼少時代のレウィシアの姿を思い出していた。
ドルチェはレニと手を繋いで街中を散策し始めると、レニを追っていたウォーレンとミズナに遭遇する。
「あ、父ちゃん! 母ちゃん!」
「おお、レニ。早くもガールフレンドを作るとはお前も隅に置けんな」
「え? そ、そういう事じゃ……」
レニは少々顔を赤らめながらも、ドルチェに両親であるウォーレンとミズナを紹介する。
「初めまして。ドルチェと申します」
礼儀正しく挨拶をするドルチェ。
「まあ、礼儀正しい子なのね。レニもしっかりと見習わなきゃダメよ」
「おれだってちゃんと挨拶くらいはするよぉ」
そんな会話を繰り返している中、一人の青年がやって来る。中性的な顔立ちをした聖職者であった。
「ルーチェさま!」
ドルチェが目を輝かせる。青年は、ルーチェであった。
「ドルチェ。此処にいたんだね。あんまり離れちゃダメだぞ」
「えへへ」
優しい笑顔を向けながらドルチェの頬を撫でるルーチェ。
「このひと誰?」
レニは不思議そうな顔でルーチェを見つめている。
「むむ? そなたは何処かで……」
ルーチェの顔に見覚えがあるウォーレンは何かを思い出そうとしていた。
「あ、ウォーレンさん。お久しぶりです。覚えていらっしゃいますか? かつてレウィシア、テティノ王子と共に旅をしていた聖職者のルーチェです」
「なんと!」
ルーチェの事を思い出したウォーレンは驚きの表情を浮かべる。
「まさかあの少年がこのように逞しく成長なされていたとは……」
「いえいえ、大した事ありませんよ。僕なんてまだまだ未熟ですから」
和気藹々とした雰囲気の中、レニはますます不思議そうに見つめていた。
「ところで、君はドルチェのお友達かな?」
ルーチェがそっとレニに問い掛ける。
「うーん、さっき会ったばかりだから……」
レニはドルチェを横目で見つつも少々ぎこちなく返答する。
「そっか。僕はルーチェ。賢者の神殿から来た聖職者なんだ。ドルチェは僕の妹みたいな賢人の卵だよ」
「そういう事よ! わたし、未来の賢人さまなんだからね!」
ルーチェの妹分となるドルチェは、マチェドニルによって賢人として育てられている少女であった。元は辺境の小さな集落に住んでいたが、唯一の肉親であった母親を病気で失い、集落を訪れたラファウス達によって賢者の神殿に引き取られていたのだ。そんな経緯もあり、孤児となった自分を助けてくれた恩人であるラファウス達を誰よりも慕っていた。
「ドルチェ。ルーチェも此方にいらっしゃったのですね」
声と共に現れたのは、ラファウス、マチェドニル、ヘリオ、リティカであった。車椅子に乗ったヘリオの足には義足が施されている。皆が結婚式の招待を受けてやって来たのだ。
「あー! 賢王さま! ラファウスさま!」
「ラファウス! 賢王様! ヘリオさんにリティカさんも来てくれたんですね!」
「フォッフォッフォッ、世界で一番おめでたい日じゃからの。まさか生きている間にこんな大規模な結婚式を堪能出来るとは夢にも思わんかったわい。リラン様は一足早く城に向かわれたそうじゃからの」
マチェドニル曰く、リランは挙式での特別な役割を受け、城で準備に取り掛かっているという。
「私達だけでなくウィリーとノノア、母上も招待されていますからね。きっと世界最大の結婚式になりますよ」
ラファウスの言葉通り、ウィリーとノノア、そしてエウナも結婚式の招待を受け、王国に訪れていた。
「フッ……まさか私までもこんなめでたい出来事に呼ばれるとは。全く、生きていると本当に何があるか解らんな」
澄ました表情を浮かべるヘリオ。
「驚いたわ……これだけ大掛かりな結婚式が行われるなんて」
リティカは城下町の雰囲気に驚きつつも、パレードの準備が行われている街中を見回していた。
「このひと達も父ちゃんの知り合いなの?」
レニがウォーレンに問うと、ウォーレンはどう説明しようかと考えてしまう。
「ドルチェ。この男の子は?」
「えっと、お友達! 将来はゴリラ戦士になる子よ!」
「ゴリラじゃないもん!」
膨れっ面になるレニをからかうドルチェ。そんな二人の微笑ましさにルーチェとラファウスはくすくすと笑っていた。そこに逞しい風貌の男がやって来る。オディアンであった。
「オディアン!」
「久しいな。お前達と会うのもいつぶりだろうか」
無精髭を生やしたオディアンは貴族の服装を着用していた。ブレドルド王は数年前に崩御し、グラヴィルの闘志を受け継ぎし光ある王国の英雄となり、次なる剣聖の王に相応しい存在として選ばれたオディアンが王位を継承する事になり、新たな剣聖の王に即位したのだ。
「うわあ、ゴリラさんが来た!」
レニの一言にオディアンは自分の事かとつい苦笑いしてしまう。
「これ、失敬な!」
ウォーレンからお𠮟りを受けるレニ。
「ああ、気にしなくても良い。幼子は元気が一番だ」
オディアンは穏やかな表情で言うと、ウォーレンは軽く頭を下げる。
「オディアンさん……いや、オディアン王も来てくれたんですね!」
「うむ。間に合って何よりだ」
「フォッフォッ、オディアンよ。暫く見ぬうちに随分と王らしい風貌になりおったな」
「まだまだ先代王には及びませぬ。剣聖の王としてもっと大切な事を学ばなくては」
「相変わらず生真面目じゃのう。ま、そなたならきっと大丈夫じゃ」
皆が再会を喜び合っている中、リティカはオディアンの姿に見とれていた。過去にブレドルド王国を訪れた際、戦士達を従えつつも王国の平和を守ろうとするオディアンのひたむきさに惹かれていたのだ。
「む、そなたはリティカ殿。如何なされた?」
オディアンに声を掛けられると、不意に顔を赤らめるリティカ。
「私で宜しければ何かお役に立てればと……」
俯き加減でリティカが言う。
「ふむ。そなたは賢王様に仕えし僧侶として生きる事を選んだと聞く。もしそなたに僧侶としての力が備わっていたら、民を助ける者として……」
言い終わらないうちに、鐘の音が鳴り始める。挙式時間が迫ろうとしているのだ。
「そろそろ城へ行かなくてはならんのう。皆の者、行くぞよ」
マチェドニルが結婚式の会場となる城へ向かって行く。
「ドルチェ、もうすぐ結婚式が始まるからお城へ行くよ」
「はい!」
ルーチェと共に城へ向かうドルチェ。ラファウス達も後に続いた。
「リティカ殿。申し訳ないが続きは後でお聞きしよう。先ずはレウィシア王女の挙式へ向かわなくては」
城へ向かうオディアンの後をリティカはゆっくりと付いて行く。
「そろそろ始まるという事か。ミズナ、レニ。我々も行くとするか」
ウォーレン一家も城へ向けて歩き始めると、一匹の犬が駆け付けてくる。
「わーいぬだ!」
レニが嬉しそうに犬を触り始める。犬は、ランであった。
「あー! ランったら、こんなところを走り回っちゃダメよ!」
声と共にやって来たのはメイコであった。
「ハァハァ、ありがとうボク。うちの犬を捕まえてくれて」
「この犬お姉さんが飼ってるの?」
「ええ、そうよ。いつになっても元気一杯で走り回るから困ったものだわ」
メイコは息を切らせながらも、ランを抱き寄せる。
「おやおや。飼い犬から目を離してはなりませんぞ」
ウォーレンの一言にメイコは頭を下げる。
「お騒がせして申し訳御座いません! 私も結婚式の招待を受けたものでして……あ。もし宜しければ何か見ていきます? この国のお姫様であるレウィシアさんの結婚記念日に相応しい特売品ですよ!」
営業モードに入るメイコを見て、ウォーレンとミズナは呆然とする。品揃えは紅白饅頭とウエディングに因んだ様々なアイテムであった。
「申し訳ありませんが商売目的ならば余所で願います。行くぞ、レニ」
「えー、まんじゅう食べたいなぁ!」
半ば無理矢理レニを引っ張りながらも去って行くウォーレンとミズナ。
「くううう! いざ営業モードに入ったらさっさと逃げ出すなんて! だったらこのパレードに参加している人達から大儲けしてやるわ!」
商人根性を剥き出しにしつつも、メイコはランを連れてパレードの様子を見て回る。再び鳴り響く鐘の音。挙式時間まで残り僅かとなっていた。
クレマローズ城内での結婚式の会場となる場所は炎の儀式の間と呼ばれる大広間であり、カーネイリス一族が炎と戦神の加護と呼ばれた王家の洗礼を受ける儀式の場であり、王家の挙式としても利用されている場所であった。中心に敷かれたバージンロードの先にある祭壇の後ろには巨大な像が祀られている。炎の神ヘパイストを模した神の像であった。ルーチェ、ラファウス、マチェドニル、ヘリオ、オディアン、リティカ、マレン、各国の王やその他招待された人々が集まる中、ウォーレン親子がやって来る。祭壇にはリランが立っていた。挙式時間の合図を告げる鐘の音。辺りが静まり返ると、バージンロードを歩く新郎新婦の姿が露になる。ブーケを両手にウェディングドレスを着たレウィシアと、純白のタキシードを来たヴェルラウドであった。
「レウィシア……ヴェルラウド……」
皆がバージンロードを歩くレウィシアとヴェルラウドの姿に見入る中、ルーチェはレウィシアと再会した時の出来事を思い出していた。
二年前――ヴェルラウドは地上に帰って来たレウィシアと共に賢者の神殿を訪れていた。
「レウィシア!」
レウィシアの帰還に驚くリラン。傍らにはマチェドニルとヘリオがいた。
「……ただいま、みんな」
レウィシアの第一声に、ルーチェが姿を現す。
「レウィシア……!」
大きくなっていたルーチェの姿を見たレウィシアは驚く。
「ルーチェ……? あなた、ルーチェなの?」
「そうだよ。僕はルーチェ……あれから八年も経っていたんだ」
レウィシアは目の前にいる青年が成長したルーチェだという事実を知らされ、八年の年月が経過していた事をなかなか実感出来ないものの、表情からルーチェの面影を感じ取り、そっと抱きしめる。レウィシアに抱きしめられたルーチェは匂いと温もりに懐かしくなり、涙を浮かべていた。
「……大きくなったのね……もう抱っこも出来ないわね」
顔を寄せつつルーチェの頬を撫でるレウィシア。
「フン……相変わらずだな。もう子供ではないというのに」
ヘリオはぶっきらぼうな態度で振る舞いつつも、至近距離でルーチェに接するレウィシアをジッと見つめていた。
「レウィシアは変わってないね。今の僕と同じくらいに見えるよ」
ルーチェの言う通り、レウィシアの外見は八年前の頃から変化が全く見られない。それはレウィシアが太陽の源を生命力に変えるまでの間、神の力によって肉体が凍結した状態で保存され、その影響で肉体の年齢が止まったまま復活を遂げる事に成功していたのだ。
「いやはや、レウィシアよ。よくぞ帰って来てくれた。皆がそなたの帰りをずっと待っておった。そなたが帰るまでの間、皆は世界の平和を維持する為に頑張っていたのじゃからな」
マチェドニルとリランはレウィシアが戻るまでの八年間の出来事を全て語る。ラファウス達の過去に犯した人の過ちとそれによる災いと悲劇を世界中に知らしめつつ、世界の平和を守る為の貢献活動を行っていた事や、それによって開催された世界会議の事も伝えた。
「みんな、私が地上に戻るまで色々頑張っていたのですね……」
自分の力で災いの根源を打ち倒し、取り戻した平和を守る為に皆が頑張っている。その事を知らされたレウィシアは不意に涙ぐむ。
「俺はこれからレウィシアと共に世界を回るつもりだ。色々な人に顔を見せなくてはな」
ヴェルラウドの一言。風神の村に戻ったラファウス、ブレドルド王国にいるオディアン、アクリム王国にいるマレンにも顔を見せたいというレウィシアの意思に従い、お供として世界中を巡ろうとしているのだ。
「レウィシア……改めて言わせて。お帰り、レウィシアお姉ちゃん」
ルーチェの迎えの言葉を受け、レウィシアは穏やかな表情で微笑みかける。
「ありがとう、ルーチェ。大きくなってもお姉ちゃんって呼んでくれるのね」
優しい笑顔を向けるレウィシアに、ルーチェはいつまでも照れ笑いをしていた。
レウィシア……おめでとう。僕を実の子供のように、ずっと守ってくれた事……忘れないよ。
僕はレウィシアの幸せをずっと祈ってる。それが僕に与えられた使命だから。
どうか、ヴェルラウドと幸せに……。
レウィシアと過ごした数々の思い出を振り返りながらも、ルーチェは涙ぐみながらウェディングドレス姿のレウィシアを見つめていた。
「これより、ヴェルラウド・ゼノ・ミラディルスとレウィシア・カーネイリスの挙式を行います」
祭壇に立つヴェルラウドとレウィシア。
「新郎、ヴェルラウド・ゼノ・ミラディルス。あなたはレウィシア・カーネイリスを妻とし、健やかなる時も、病める時も。喜びの時も、悲しみの時も妻を愛し、共に助け合い、生涯夫婦として支え合う事を誓いますか?」
リランが誓いの言葉を問い掛けると、ヴェルラウドは過去の出来事を振り返る。
レウィシアが地上に戻ってから半年間に渡る世界巡りの旅を終え、ヴェルラウドはレウィシアと共にサレスティル王国へ帰還した。
「レウィシア王女よ。そなたの事はヴェルラウドから聞いている。災いの根源となる冥神が滅びてから八年程経つが、この場でようやくそなたと顔を合わせる事が出来て光栄に思うぞ」
レウィシアの来訪を快く歓迎するシルヴェラ。
「そなたは紛れもなく我が戦友ガウラとアレアス、そしてクレマローズが誇る地上の太陽だ。私自身やこのサレスティルが救われたのもそなたのおかげだからな」
シルヴェラの感謝の意を受け、深々と頭を下げるレウィシア。
「サレスティル女王。如何に私が地上の太陽と呼ばれていても、今の私にはもう戦う力はありません。この身に宿る力の全てを生命力に変えたからこそ、私は再び地上に戻って来れたのです」
「何と!」
驚きの声を上げるシルヴェラ。太陽の源を生命力に変えた事によって、レウィシアは戦う力の全てを失っていたのだ。そしてレウィシアは語る。精神体と化した魂となって訪れた神界での出来事や、自身の肉体に宿る太陽の源を生命力として輝かせ、地上に生きる人間としての自分を取り戻せるようになるまで八年間の年月が経過していたという事を。そしてそれは奇跡に等しい形での成功であったと。
「まさかそのような事が……そなたが人としてこの地上に生きる事が叶ったのも奇跡だと言うのか……」
シルヴェラはレウィシアの瞳を見ながら少し考え事をすると、ヴェルラウドの方に視線を向ける。
「……ヴェルラウドよ。今一つ問う。お前はこれからどうするつもりだ?」
突然の問いにヴェルラウドは僅かながら戸惑いの表情を浮かべる。
「お前は知ったのだろう? 未来の光として生きる事を願い、お前の幸せを望んでいる、という死した皆の想いを。そして地上に戻ったレウィシアは戦う力をなくしている。今お前がすべき事は何か解るか?」
シルヴェラの一言に、ヴェルラウドは言葉に出来ない思いで満たされていた。
「そう、お前は地上の太陽を護る者となるのだ。護りの騎士としてな」
その言葉にヴェルラウドとレウィシアはただ驚くばかりであった。
「女王様! お言葉ですが……」
「私の事は構わぬ。お前も色々辛い思いをしてきただろう。お前の幸せを望んでいるのは私も同じだ」
ヴェルラウドはシルヴェラの瞳から優しい光を感じ取る。そう、女王は故郷を失った自分にとって、もう一人の母親のような存在。バランガとの確執でひと悶着があった時でも、常に親身になってくれたのも女王だった。そして女王は自分の想いを察していた。この世界と共に、騎士としてレウィシアを守りたいという想いを。己の力の全てを生命力へと変えたレウィシアにはもう戦う力が備わっていない。だからこそ、護りの騎士としてレウィシアを守らなくてはならない。その為にも――。
「……はい、誓います」
誓いの言葉に返答するヴェルラウドを、シルヴェラは穏やかな表情で見守っていた。そして心から祝いの言葉を送る。おめでとう。お前の幸せを心から祈る、と。
「新婦、レウィシア・カーネイリス。あなたはヴェルラウド・ゼノ・ミラディルスを夫とし、健やかなる時も、病める時も。喜びの時も悲しみの時も夫を愛し、共に助け合い、生涯夫婦として支え合う事を誓いますか?」
レウィシアに向けて誓いの言葉を問い掛けるリラン。僅かに頬を赤らめながらも、レウィシアは様々な想いを胸に過去を振り返る。
始まりは、サレスティルでの出会いであった。ケセルが生み出した影の女王の奸計に踊らされるがままに激しく剣を交え、シラリネの犠牲を機に本性を現した影の女王との戦いでの出来事。シラリネの死による悲しみに暮れるヴェルラウドの姿が最愛の弟の死を目の当たりにしていた時の自分と重なり、大切な人を救えなかった無力感に苛まれると共に心の底から力になりたいと思うようになった。あの時はあくまで悲しみに共感したが故に力になりたいと考えていただけに過ぎなかったけど、その時から初めて異性として意識し始めたのかもしれない。別に特別な感情なんて持っていないと思っていたけど、自分に嫉妬心や敵意を抱いていたスフレといがみ合いたくない事もあって、ずっと自分の気持ちに嘘を付いていたのかもしれない。幾多の戦いを乗り越え、冥神との決戦の際、ヴェルラウドはこう言っていた。命に代えてでも君を守りたかった、と。如何なる危険を顧みず、自分の為に尽くしてくれた彼の心に触れた時、自分の本当の気持ちに気付いていた。
私は、彼の事が好きだった。初めて抱いた恋愛感情であり、異性として惹かれ、彼を好きになっていた。
太陽の源を生命力に変える事を選び、自身の肉体の中で長年の眠りに就いた時でも、ヴェルラウドの声が聞こえていた。何も見えない、何も聞こえない、死の感覚に等しい真っ暗闇の中、過去の記憶に存在するヴェルラウドの声が何度も繰り返して響き渡っていた。そう、守りたいという想いの声が。
八年間の期間を経て人としての自分を取り戻し、地上に生きる事が許され、ヴェルラウドと再会を果たした時は涙が止まらない想いで満たされていた。戦う力を完全に失い、普通の人間となってしまった自分を強く抱きしめるヴェルラウドの想い。運命は、決まっていた。『結ばれる』という運命が、決まっていたのだ。
弟のように小さくて愛おしい存在だったルーチェも成人して自立し、自分の人生を歩んでいる。共に戦っていた仲間達も世界の平和を守り続けている。例え普通の人間として生きる事になっても、太陽の心はずっと存在している。人として生き、全ての人々に希望を与える地上の太陽として、今こそ新たな人生を歩む時――。
ヴェルラウドと共に世界の全てを巡り終えた日の夜、レウィシアはヴェルラウドと二人きりでクレマローズ城の屋上に佇んでいた。
「何だかあの時の事を思い出すわね」
「そうだな……」
闇王との決戦前夜の頃を思い出しつつも、レウィシアはそよ風を浴びながらもヴェルラウドに顔を向ける。
「ねえ、ヴェルラウド」
「何だ?」
「あなたは護りの騎士として私を守る使命を与えられたけど……戦う力を失ったからといって、守られるだけの女になるつもりはないわ」
俯き加減でレウィシアが言うと、ヴェルラウドは黙り込んでしまう。
「私だって、あなたの力になりたい。戦いだけじゃなく、人としてあなたを助けていきたい気持ちがあるの。戦う力がなくても、太陽の心がある。あの時も言ったでしょう? もっと私を頼ってもいいって」
そよ風が運ぶレウィシアの髪の香り。優しい眼差しを向けるレウィシアを見ているうちに、ヴェルラウドは心の中が熱くなるのを感じる。
「……でも……本音を言うと、嬉しいかな……って」
再び俯き、顔を赤らめながらも小声で言うレウィシア。
「うまく言えないけど……私、ドキドキしてるの。あなたと共にしているうちに、ずっと離れたくないと思うようになったというか……その……」
内心抱えている気持ちを上手く言葉に出来ず、半ばぎこちない様子で言葉を続けるレウィシアだが、ヴェルラウドは無言に徹するばかりであった。
「……ごめんなさい。つまらない事を言って」
顔を赤らめているところを見せたくないのか、レウィシアはずっと俯いたままであった。
「レウィシア。君がどう思おうと、俺は君を守る事に変わりないよ」
ヴェルラウドが返答する。
「俺は騎士として、君を守りたい。そしてこの世界も。守りたいものは守る。それが俺の生まれ持った性だから」
真っ直ぐな気持ちで想いを伝えるヴェルラウド。
「……ヴェルラウド……ありがとう」
レウィシアは徐にヴェルラウドの唇を奪う。
「んっ……」
両腕でヴェルラウドの頭を包み込み、突然のキスは濃厚なものとなっていく。熱い呼吸の中、ヴェルラウドの中に何かが侵入していく。それは口付けを通じた熱い想いであった。お互いの想いが絡み合う中、吹き付けるそよ風。夜の屋上に立つ二人はお互いの身体を抱きしめ合ったまま唇を離すと、混じり合う息を感じながらも至近距離で見つめ合う。
「レウィシア……」
不意にレウィシアのキスを受けたヴェルラウドの脳裏に、シラリネからのキスの記憶が蘇ると共にシラリネのキスの感触を思い出してしまい、熱い吐息を感じながらも目の前にあるレウィシアの顔をぼんやりと見つめていた。
「……あっ……」
我に返ったように離れては顔を背け、俯くレウィシア。
「……ごめんなさい。私、何て事を……」
レウィシアは俯いたまま詫びる。ヴェルラウドは何も言えず、そよ風が運ぶレウィシアの髪の香りを感じながらも、その場に立ち尽くしてしまう。二人は止まらない胸の鼓動と共に、全身が火照り出す。今まで感じた事のないこの感覚。これが愛なのだろうか。沈黙が支配する中、ヴェルラウドは俯くレウィシアにそっと近寄る。
「……レウィシア」
何かを言おうとするヴェルラウドに、俯いていたレウィシアが顔を上げる。その表情は赤く染まっていた。
「……俺は……嬉しいと思ってる。俺も君の傍から離れたくない。君と共にしている時……今まで感じた事のない気持ちになった。それは……君の事が、心から好きになったという感情だったんだ。君の言う太陽の心に、俺は惹かれていたのかもな」
偽りの無い眼差しを向けながら想いを伝えるヴェルラウド。レウィシアは何も言わず、ヴェルラウドに寄り掛かり、胸に顔を埋める。
「……ヴェルラウド……うっ……うう……」
感極まり、ヴェルラウドの胸で涙を流すレウィシア。ヴェルラウドはレウィシアの身体をそっと抱きしめていた。
私にとっては初めての恋愛による感情であり、王国を守る騎士という使命を受けた王女の立場もあって恋愛とは無縁な世界で生きていた自分は心の何処かで恋愛に憧れ、心から好きになった人に愛され、辛く悲しい時や傷付いた時には好きになった人の胸で泣きたいという気持ちがあった。
彼の力になりたいという想いは私の中に宿る母性本能がいずる感情によるものだったけど、彼への想いは恋となり、私と結ばれる運命の人としての愛となった。
彼との再会から二年間の間、サレスティル女王から護りの騎士に任命され、クレマローズに移住する事になった彼と共に父王の手助けをする形で国を支え、共に愛を深め合った。定期的に開催される世界会議や各国との外交等様々な出来事がある中、私達は共に支え合いながら生きていた。
そして、とうとう結ばれる時が来た。誓いの儀式を受け、夫婦として結ばれる日が。
「……誓います」
過去を振り返りつつも、想いを込めて神に誓うレウィシア。両者が向き合い、至近距離で見つめ合いながら両手の指を絡ませる。指輪の交換であった。ヴェルラウドは赤い宝玉が埋め込まれたサレスティルリングをレウィシアの指に、レウィシアは黄金色の宝玉が埋め込まれた太陽のリングをヴェルラウドの指に填めていく。そして二人の顔が近付き、誓いの口付けを交わす。祝福の拍手に包まれる中、想いを交わし合いながらキスをしている二人の姿は美しく見えた。
「神よ、今此処に誕生した新たなる夫婦に永遠の祝福を!」
多くの人々から祝福される中、手を繋いだままバージンロードを歩くヴェルラウドとレウィシア。祭壇に立つリランは二人の祝福を祈り続け、ルーチェ、ラファウス、オディアン、マレン、リティカ、シルヴェラ、マチェドニル、ヘリオ、ガウラ、アレアス、アクリム王、アクリム王妃、ウィリー、ノノア、エウナ、アイカ、ベティ、ウォーレン一家、ドルチェ、メイコ、レンゴウ、マナドール達――皆が、夫婦として結ばれた二人を見守っていた。
「ねえ父ちゃん、あの人がお姫さまなの?」
レニが不思議そうな顔でウォーレンに問う。
「ああ、そうだよ。お姫様はかっこいい騎士様と結婚したんだ。父さんも昔はあんな風に母さんと結婚したんだからな」
「まあ、ウォーレンったら。そこまで言わなくていいでしょ」
ミズナが恥ずかしそうな様子で言う。
「お姫さまとかっこいい騎士さまかぁ……」
レニはレウィシアとヴェルラウドの事がずっと気になっていた。
それから王国内では、盛大なパレードが行われた。世界最大級ともいう大規模なパレードとなり、人々は宴を大いに楽しんだ。踊る人々に混じり、王国の警備を務めていたトリアスを始めとする兵士達も踊りを楽しむようになった。ドルチェに引っ張られつつもパレードを楽しむレニ。パレードの中で商売に勤しむメイコ。人々と共に踊るラファウス達の姿。バージンロードを渡り歩いたヴェルラウドとレウィシアが乗り込む馬車は、ある場所へ向かっていく。馬車が向かう先は、クレマローズの王族が結ばれた時に夫婦共々永遠の愛を誓う場所、太陽の丘であった。そこには炎神の像が祀られており、炎の神に誓いの言葉を捧げる事で祝福を受けるという仕来りがあるのだ。馬車は太陽の丘を昇り、炎神の像が立つ場所に到着する。ヴェルラウドとレウィシアは手を握ったまま像の前に立つ。
「炎の神よ。クレマローズの王族となるこの私、レウィシア・カーネイリスはたった今、我が夫となるヴェルラウド・ゼノ・ミラディルスと結ばれました。私達は夫婦として永遠に愛し合う事を誓います」
想いを胸に、誓いの言葉を捧げるレウィシア。ヴェルラウドも同様の誓いを捧げると、二人の身体が仄かな光に包まれる。炎の神が齎した祝福であった。
「私達、とうとう結ばれたのね」
「ああ」
二人は向き合い、顔を寄せる。
「神は……太陽は、きっと私達を見守ってくれるわ。これからを生きる人々や、世界を守る為にも……私達は夫婦として支え合いながら生きていかなきゃね」
「そうだな。それが俺達の使命だから」
至近距離のまま言葉を交わし合う二人。レウィシアは僅かに顔を赤らめ、優しい眼差しを向けていた。
私達は、太陽の心で結ばれている。太陽の心を持つのは私だけじゃない。あなたにも、太陽の心がある。希望という名の太陽が――。
そして、人々の心にも太陽がある。私達は太陽の心で、人々の心の太陽に光を与えなくてはならない。それが私達の使命。
光を取り戻したこの世界を守る為に、私達は地上の太陽になる。
仕来りを終え、王国に戻った二人を待ち受けていたのは、ルーチェを始めとする仲間達であった。
「レウィシア、ヴェルラウド。今改めて祝福するよ。おめでとう。僕はあなた達と出会えて、本当によかった」
笑顔で二人に祝福の言葉を送るルーチェに、レウィシアは思わず涙ぐんでしまう。
「風の神と共に、聖風の神子としてあなた達の幸せを心からお祈り致します。どうかお幸せに」
続いてラファウスが祝福の言葉を送る。
「ヴェルラウドよ。共に戦い、共に剣を交えた友として祝福させてくれ。お前は俺の誇りだ。俺はいつまでもお前の幸せを祈っている。そしてレウィシア王女。貴女からも様々な事を学ばせて頂きました。どうかヴェルラウドと共に、夫婦円満で幸せになられますよう……」
オディアンの祝福の言葉を受けたヴェルラウドも次第に涙ぐんでいく。
「ヴェルラウド、レウィシア。君達が末永く幸せになる事を祈る。夫婦として生きる彼らの未来に光あれ」
リランが杖を手に祝福の祈りを捧げる。
「善きかな善きかな。お前達が本当の意味で幸せを手に入れたと思うと、わしらもまだまだ頑張らねばならんのう。世界の平和を維持する為にな」
マチェドニルの言葉に頷くルーチェ達。
「レウィシアさーん!」
突然聞こえて来る声。ランを連れたメイコであった。相変わらずのテンションにレウィシアはいつになっても変わらないわねと心の中で呟いてしまう。
「レウィシアさん! 結婚おめでとうございます! まさか旦那様がイケメンな騎士様だなんて、羨ましい限りですよぉ」
メイコは目を輝かせながらもヴェルラウドをじろじろと見ている。
「メイコさん……変な事を考えていたら承知しませんよ」
ラファウスが冷静な声で言う。
「な、何を仰るのですか! 人様の結婚相手を横取りするとか、私がそんな最低な事をするとでも?」
必死な様子で反論するメイコだが、ルーチェとラファウスの視線は冷ややかであった。
「もう、あなた達はいつになっても私には冷ややかですね! 私だってレウィシアさんと共にしてきた仲ですから、祝福する権利くらいはあるでしょう?」
「それは解りますけど、物売り目的なら帰ってもらいますよ」
「だーかーらー物売り目的じゃありませーん!」
メイコとラファウスのやり取りにくすくすと笑うレウィシア。ヴェルラウドは全く何やってんだかと思いながらもつい笑顔になってしまう。
「ぬ、これは!」
リランが突然声を上げる。
「リラン様、どうかされましたか?」
ラファウスが問う。
「天からの祝福の声だ。テティノとスフレが、君達を祝福している。それどころか、何人かの祝福の声も感じる……」
「え?」
リランの口から出たテティノとスフレの名前に全員が驚く。死した者達からの祝福の声を、リランは感じ取っていたのだ。
「テティノ……スフレ……あの世で私達の事を……」
レウィシアとヴェルラウドはあの世でテティノとスフレ達が祝福しているという事実に、ただ驚くばかりであった。ヴェルラウドにとってスフレは一方的に想いを寄せられ、本心に気付かぬまま目の前で死を迎えてしまった仲間であり、守るべき存在でもあった。スフレだけではなく、同じ仲間であったテティノ、騎士として守るべき存在であったシラリネ、リセリア、クリソベイア王、そして両親であるジョルディスとエリーゼ。死した者達も、自分達を祝福している。例え死しても、大切な人を想い、大切な人の幸せを願う気持ちは存在している。それを知った二人は晴れ渡る空を見上げる。太陽は、まるで黄金のように輝いているように見えた。
僕達はいつまでも、君達の幸せを見守ってる。
幸せで、ありますように――
光り輝く太陽。空の上から見える死した者達の幻。地上の人々を見守るかのように穏やかな表情を見せながらも、幻は消えていく。新たな夫婦として結ばれた太陽の王女と、太陽を守る使命を受けた護りの騎士。神界の神々は二人の姿を見守っていた。
人として再び地上に立つ事が出来た太陽の子よ。お前は人であり、地上の女神でもある。
世界の未来は太陽であるお前自身と、お前と共にする者、そして光ある者達が育むのだ。
お前の太陽の心は、人々に光を与える。そして人々も、心に太陽が存在する。人々の心の太陽に光を与え、全ての平和を守る。それが地上の女神として生きるお前の使命。
我々はいつでもお前を見守っている。人々の太陽として生きよ――。
時は流れ、光ある者達はそれぞれの道を歩む。ルーチェは賢者の神殿で道に迷いし者達を導く聖職者となり、リランはマチェドニルの後を継ぐ形で神殿を治める新たな賢王となった。ラファウスは風神の村を治める聖風の神子となり、オディアンは剣聖の王としてブレドルド王国を支えていた。神殿に住む僧侶として生きていたリティカはブレドルド王国へ移り住むようになり、王国のシスターとなった。剣聖の王となってもオディアンは未来の王を育む為、騎士を志す者達への厳しい鍛錬を絶やさず、剣の腕を鍛える事も怠らない日々を送る。王国を守る騎士団の中にはアイカの姿もあった。マレンは王、王妃と共にアクリム王国を支えながらも、テティノとの思い出を胸に、世界平和への貢献活動に勤しんでいた。シルヴェラは引き続きサレスティル王国を治めるものの、王の後継ぎがいない王国の現状を見て、将来は共和制で王国を支えていくサレスティル共和国とする事を計画していた。メイコは後輩の商人達と行商団体を結成し、各地で営業巡りに勤しんでいた。そしてレウィシアは、新たにクレマローズを治める者として玉座に腰を掛ける。その傍らにはヴェルラウドが立ち、トリアスを筆頭とする多くの兵士達が跪く。光ある者達は、世界の平和を維持する為に新たなる人生を歩んでいた。
人々の心に希望という名の太陽がある限り、世界は輝き続ける――。
――了
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追記:2025/09/20
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