傷ついた心を癒すのは大きな愛

雪本 風香

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はとこのちーちゃん3

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夕食後、俊樹が武史を飲みに誘う。
「明日帰るから、男同士で飲みに行こう」
チラリと時計を見ると既に20時を回っていた。漁師の仕事は朝早い。そのため、いつもならよっぽどのことがない限りこの時間からは出歩かない。
だが、何かを訴えかけるような目をする俊樹に、武史はため息一つつき、了承する。
「…あんまり遅くまでは無理やぞ?千尋、玄関閉めてくれるか?」

『ちー姉はもう恥ずかしいから。名前で呼んで』
昼間に千尋からそう言われた武史は、呼び方を変えていた。呼び方を変えるだけで、年上のお姉さんから、一気に同年代くらいに思えるから不思議だ。
小さい頃は2歳しか離れていないとは思えないくらい年齢差を感じたものだ。大人になった今は、思ったよりも小さく華奢であの頃感じていたような年の差は感じなくなっていた。
特に俊樹とじゃれている時は、年下のように思えるから不思議だ。
(千尋には、大人になった俺がどう見えとるんやろな)
あまり他人からの見られ方を気にしない武史には珍しく、千尋の目が気になった。


千尋に見送られ、2人連れ立って近所の飲み屋に向かう。
「あれま、タケちゃん!こんな時間に珍しい」
女将が驚いたように武史に話しかける。後ろから入ってきた俊樹に気づき、いつものカウンターの指定席ではなく、奥のテーブルに案内した。
俊樹に飲み物を確認した女将は、すぐにビールと焼酎のお湯割りと、数品のツマミを机に置くとカウンターに引っ込んだ。

「常連さんなんだね」
「ここぐらいしか歩ける距離にはないけん」
形ばかりの乾杯をし、焼酎で喉を潤した武史は単刀直入に俊樹に尋ねる。
「なんや?」
「タケは相変わらず鋭いな。…頼みがあるんだ」
目だけで続きを促す武史に俊樹は頭を下げて頼み込む。
「柳田という男から連絡があっても姉貴には取次がないで欲しい」
考えた時間は僅かだった。
「約束できん。俺はその男を知らんし、千尋がその柳田に会いたいというなら俺は止めれん」
「…ここに姉貴が来た原因がそいつだと言ってもか?」
懇願するような俊樹の視線を武史は正面から受け止める。
根負けしたのは、俊樹の方だった。
「なら、柳田という男から連絡が会ったら姉貴の様子を気にかけてくれないか?」
「わかった。千尋の様子がおかしかったらトシに連絡するわ」
それでいいか?と確認する武史に俊樹は、ホッとしたような表情でビールに口をつける。
「悪いな、本当に助かるよ。…もう俺たちには頼る親戚あまりいないから、敏子おばさんやタケが居てくれてよかった」

千尋と俊樹の両親は20年前に交通事故で亡くなっている。祖父母に育てられていたが、この数年でどちらも亡くしていた。
「…大したことはできんけど、頼ればええ。身内やろ」
「ありがとうな、タケ」
色んな思いを込めて、俊樹は武史に深々と頭を下げた。


柳田という名前は、昨日の夜突然掛かってきた智史からの電話で聞いていた。
事情は知っているのだろう。この町を出ていった智史らしく、止めとけといったんだがな、と言いつつその男の名前を口にした。
『詳しい事情は千尋から話すだろうが、柳田という男には気をつけてやってほしい。俊樹からも頼まれるだろうが』
「わかったわ」
そう返事をする武史に電話口で智史は尋ねる。
『事情も知らないのに安請け合いしていいのか?』
「ちー姉から話してくれるんやろ、その男のことは。殴れとか会わせるなと言われたら断るが、気をつけるくらいなら出来るからな」
変わったことがあったら言うわ、という武史に相変わらずだな、とひとしきり笑った智史は、頼むなといい電話を切った。

随分ややこしそうな事に千尋は巻き込まれているようだ。
「ま、親戚やしな。困った時は助け合わんとな」
細かいことを考える性格でない武史は、千尋から話してくれるまではあまり気にせず過ごすことを決めた。

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