モテ期なんて聞いていない!ー若手実業家社長の幼馴染と元カレ刑事に求婚されています

雪本 風香

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なんで知ってるんだ! 1

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 あかりの質問に、理貴は瞬時に真顔になる。先程までの穏やかな空気とは一変して、張り詰めた雰囲気になる。
「冗談で言わない」
「それなら何でよ。ずっと会っていなかったじゃない」
「だから何? 会っていなかったら想いを伝えるのはダメなんだ?」
 あかりは真剣に返答する理貴にため息をつく。冗談だと言ってもらったほうがどんなに楽か。
 どうやらプロポーズしたのは本気らしい。

(困ったなぁ)

 テキトーに言ってくるなら、こちらもあしらって済むのに。本気のヤツなら真剣に答えないといけなくなる。
 あかりの心の葛藤をよそに、理貴は口を開いた。

「あかりちゃんが初恋なんだよね、僕」
 あっそう、とつぶやきそうになったが、気力で引っ込めてあかりは神妙にうなずく。
 それがなんでいきなりのプロポーズになるか分からないし、顔面偏差値は高いのに初恋をこじらせているなんて人格になにかあるのか。そこまで考えたあかりは背筋が寒くなった。

(ちょっと待ってよ、理貴くん。そういう人がいきなりストーカーになったり、いきなりブスッと刺したりするんだよ……)

 そう考えてしまうのはすっかり警察の、生活安全課に染まっていることにあかりは気づいていない。
 理貴はあかりの心の声を知る由もなく、にこやかな笑みを浮かべてプロポーズに至った経緯を話しだした。

「まぁ正直いうと、勢いも相まって……」
「勢い!?!?」
「うん。あ、もちろん気持ちはウソじゃないよ。でももう少し段階踏んで進めようと思ったんだけど、気持ちが先走ったかな」
 わざとらしいにこやかな笑みを浮かべて語る理貴にあかりは少し引き気味だ。酔いもすっかり冷めてしまった。
 そんなあかりの様子を見て、理貴は嘘だよ、と真顔に戻る。
 その時だ。テーブルの上に置いていた理貴の両手が組まれるのをあかりは見逃さなかった。

 昔と変わっていないのであれば、手を組むのは理貴が本気で何かを伝えたい時のクセである。少なくとも、雰囲気を重くしないように軽い口調で話してはいるが、理貴の目は真剣そのものだった。
 それなら、とあかりはひとまず理貴の話を聞くことにした。
 あかりが聞く姿勢になったのを見て取った理貴は、両手を固く握ったままゆっくりと口を開いた。

「あかりちゃんが初恋……なのは本当だよ。そして今の僕がいるのもあかりちゃんのお陰」
 初恋、という言葉を宝物のように発する理貴の顔は、初めて見るものだ。あかりは急に男の顔になった理貴に動揺してしまう。
「そう……なんだ」
「うん」
 あかりの戸惑いをよそに、理貴は何かを懐かしむように目を細めた。
「あかりちゃんが警察学校行く前に会った時に告白しようと思ったんだけどさ、結局できなくて」
 先日も言っていた、あかりの記憶から抹消されている再会の話だ。
「ごめんね。全く会ったこと覚えていなくて」
 あかりが詫びると、理貴は笑った。
「仕方ないよ。だってその時、あかりちゃんめっちゃ落ち込んでいたし」
「え? なんで?」
「彼氏に振られたって」

 あかりは頭を抱える。

(なんか……思い出してきた……)

 おぼろげながら封印していた記憶が蘇ってくる。

 高卒での警察官試験に合格して喜んでいたら、当時付き合っていた彼氏に突然フラレたのだ。
 警察学校は厳しい。入学すると連絡も週一で取れるかどうかだし、外出もままならない。
 それを知った彼氏は「オレには耐えられない」とあかりをフッたのだった。
 
 今なら彼の気持ちはわかる。実際に警察学校に入った同期は、入学後、全員恋人にフラレているからだ。

 当時は会えない時間も若さで乗り切れると思っていたあかりにとって、彼氏に別れを告げられるとは全く思っていなかったのだ。ショックはデカかった。家でしばらく引きこもってしまうくらいには。

(そうだ、思い出した!)

 春休みなのに、メソメソと引きこもっていたあかりを鬱陶しがった母が、一番暇な人間である幸人に命じて外に無理矢理連れ出したことがあったのだ。その時、一人では荷が重いと言った幸人が一人友達を連れてきた記憶がある。
「まさか……あの坊主頭って……」
「僕だよ」
「……マジで?」
「うん」
 あかりは恥ずかしさのあまり、机に突っ伏した。

 あの春の出来事は、あかりの人生でトップ三に入るほどの黒歴史だ。自分でも記憶を消してしまいたい程の失意のどん底時に理貴と再会しているなんて。
 それにしてもいくら坊主だったとはいえ、見知っているはずの理貴の顔を覚えてすらいないとは。自分が情けなくて帰りたくなる。
 引っ張られるように、あの頃の苦い思い出が蘇ってきたあかりは、苦虫を噛み潰したような顔をした。

(確か……「会えない時が愛を育むんじゃないのかー!」とかクサイセリフを叫んでいたような気が……)

 自身の小っ恥ずかしい言葉に胃が痛くなったあかりだが、一つ思い出すと後は数珠繋ぎに闇に葬っていた記憶が次々と思い出されていく。
 

「あー、だから金持ちがー、って言ってたのか……私」
 あまりにもフラレたのがショックだったから。アイツを見返すくらいハイスペックの男と付き合って結婚してやるー!というのが、その頃のあかりの口癖だったのだ。
 警察学校入ったら訓練がキツすぎて、彼氏が欲しいことも、金持ちと結婚することも頭の中から吹っ飛んでいたのに。
 理貴はご丁寧に全部覚えていたのだ、あかりの忘れ去りたい過去を。

 更に理貴は追い討ちをかける。

「その時は年下だしもちろん働いていないからお金も持ってないしで、敢え無く初恋は告白する前に終わったんだけどさ。その後あかりちゃんを見かけることがあって」
「え? どこで?」
 あかりの問いに理貴は表情も変えずサラリと答えた。
「あかりちゃん、昔、本郷の交番にいたでしょ」
「え……、まさか?」

 理貴のいう本郷の交番は、あかりが初めに配属されたところだ。
 結婚ホヤホヤの久保と同じ交番で彼とペアを組んで行動していたのだ。
 ちなみにあかりは、最初に配属された交番で四年勤めた後、別の区の交番を経て今の生活安全課という経歴である。
 
 記憶がブワッと甦る。
 楽しい記憶もあるけれど、どちらかというと本郷にいた時はツラい記憶の方が多い。
 ずっと夢だった警察官になって、初めて現場に立った交番であかりを待っていたのは厳しい現実だったのだ。

 一回出勤したら二十四時間勤務。定時はあってないようなもの。
 通報が入れば残業になるし、それ以外に非番でも休日でもやれ訓練や、やれ呼び出しやらある。
 最初はみんな強制的に寮に押し込まれての共同生活だからプライベートもないし、上司には通帳の額から男女交際まで包み隠さず報告をしないといけない。
 男社会の警察そこは、民間ならセクハラ・パワハラになりそうなこともまかり通る不思議な世界だった。

 その状況は父や祖父、そして先に警察官になった兄に聞いていたし、男兄弟で育ったあかりはどっちかというとガサツな方だから耐えられると思っていたけれど。
 想像以上の世界で、どこか馴染めず辞めようか本気で思っていたのだ。
 最初の志はあっという間に霧散した。とりあえず明日無難に過ごせればいい。警察官としてあるまじき考えだったが、そんな気持ちで毎日過ごしていたのだ。

 そのいい加減な仕事をしていた頃を、まさか理貴は知っているのか?


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