人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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夏の向日葵の如く背筋を伸ばし顔を上げて 5

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「さて、お昼も食べた様だし少しいいかな?」
「内田さん……」
 隣で幸せそうにアイスを食べていた陸斗が「内田」と言う名前にびくりと体を震わし、楽しんで食べていたストロベリーアイスを口へと運ぶ手は止まってしまって声も出ないようだ。
 だけど内田さんはシャツの袖から覗く包帯が丁寧に巻かれた腕を痛々しそうに眺めた後、陸斗の正面に座り簡単にあれの祖父だとの短い自己紹介をして
「陸斗君だったな。
 うちの孫が謝っても許されない事をして本当に申し訳ない」
 座ったままに座に手を置いて頭を机に着きそうなくらいに下げる。
「お金の方は金額を聞き出しました。返せばいいってものでもないのはわかっているが、近いうち絶対お返しします。浩太が親として責任を果たすと言っているので是非うけとってくだされ」
 障子を閉めればよかったと思うももうすでに遅く、何人かがこちらをちらりと見ては知らないふりをしてくれるなか戸惑うように陸斗はどうすればいいのか何か言いたげに俺を見上げていた。だけどその相談するべき相手は俺ではないから
「圭斗が来たら改めてどうしたいか考えよう。これは圭斗でもなく陸斗が決めるべき事でだから」
 分からなかったらいくらでも相談に乗るぞと言葉は付け足しておく。
「それから孫は二学期から母親の実家の地域の学校に転校する事になった」
「え?もう決まったのですか?」
 顔色の悪い陸斗の代わりに話を聞く。
「編入試験を受ける事になるだろう。ダメだったとしても向こうで高卒の資格を取らせ、いずれは独り立ちしてもらわないとならんから、そこは許してやって欲しい。どのみちこの村にはもう帰って来るのは正月か葬式かそれぐらいだろう。浩太と香と決めたそうだからそれで許して欲しい。所で圭斗君から連絡は?」
「あー、まだないですね」
 孫に与える処分としては重すぎないかと思うも、それが誠意なら受け止める方で圭斗に妥協しろとアドバイスしようとスマホを見ても未だ連絡がきた形跡はない。そして陸斗はスマホを持ってないので連絡の取りようもない。近いうちに買わせようと考えておく。
「他の子供達も自宅待機の停学のまま。もし復学するなら圭斗君がと……」
と言って口を閉ざす。だけど言わんとする事は判った。
 復学するのなら警察に被害を届けに行くと言ったのだろう。これで強制的に退学だ。
 どのみち高校には戻れないと言う復讐なのだろうが、それでは陸斗も高校に戻れなくなってしまう。
 だけど、この話を聞いているだけで顔を青くしてしまう陸斗にしんどくても高校に行けなんてとても言える分けがない。
 宮下が顔色の悪い陸斗を二階に連れて行こうと誘うも
「そうそう、本題を忘れてた。
 午後は小屋をジャッキアップして土台を変える。一番見ごたえのある作業だ。是非見ておくと言い」
「え?もう?」
 思わず聞き直してしまった。
「解体って言えば一日二日かかる物だと思っていたのに留守にした合間に終了?」
「まぁ、この人数だからな」
 隣の居間を見れば体力を持て余した大工達。口は動かして手も動かす玄人達の本気の遊びのような作業に施工主だけが置いてきぼりだ。
「井上が何かビデオを構えていたから後で見てやると良い」
「ビデオ?」
 宮下に視線を向ければ
「定点カメラを設置したんだけど……」
 おもちゃにされたらしい。
「まぁ、記録になっていいけど」
 そしてネットにあげられるのだろう。みんなに築数百年の埃を味わってもらうのも悪くないと了承しながら陸斗、宮下と三人でビデオをPCに落としてから見る。

 始まりは宮下が車を降りた所からだった。
 既に沢山の大工が集まってバールを片手にうろうろしている所。大工と分かってなければどう見ても今から討ち入りをしに行く光景にしか見えない。
 それからしばらく俺と内田さんを取撮り続けたかと思えば井上さんに連れられてこれから生まれ変わる最後の姿を取るように言われていた。
 腐りかけた戸袋にカビの生えた茅の屋根。隙間の酷い扉を開けて中に入れば広い土間の片隅に静かなモーター音を響かせながら稼働する業務用の冷蔵庫と冷凍庫。こちらの二つは今現在の時代を反映するかのようなステンレス製は光り輝いているようにも見える。
 それを他所に土足のまま土間上がりからささくれ立った畳の上を歩く。これは既に俺から土足で上がれと言われている為に容赦なく靴の足跡を残して行く。
 それにつられるように大工一行も土足で上がる様子を見ながら部屋の一つ一つを案内するように記録をしていく。大きな部屋の中央には囲炉裏が一つ。その奥にはその半分の部屋が一つ。囲炉裏の部屋の扉を開ければ奥にまた部屋が二つある。内縁のある方の部屋には立派な雪見障子の付いた床の間があり、その隣にはかつての仏間だろう頑丈に作られた半畳程の飾り棚があった。そしてその隣は沢山の布団を治めていただろう襖と囲炉裏の部屋の隣同様あまり明るくもない小さな部屋があった。その部屋と仏間の反対側には廊下があり、そこから二階へと上がる事が出来る。
 ととと、軽快に急な角度の階段を上がって行けば四つの部屋があった。
 どれも襖で仕切られただけの部屋だが前にバアちゃんから聞いた事がある。昔親戚一同がこの家に住んで、この一部屋一部屋に所帯を持つ家族が住んでいたと。
「賑やかだったんだろうな」
 何も考えずにぼんやりと言えば
「何も問題なければな」
と、遠い目をして呟いた綾人の言葉からぎすぎすした空気だけを感じる事しか出来なかった。
 井上さんは興味深そうに柱に刻まれた名前を撮ったり障子の複雑な組子を記録したり腰板に施した彫刻の埃を拭ったり、壊れてない事を確認して大工仲間を呼びつけてそれらを外へと運び出していた。更には鴨居を外したり、他の大工も自発的に色々とバールを駆使して取り外しをしていた。
 俺からしたらここは荷物置き場で二階なんて茅を運んだぐらいしか思い入れのない小屋なだけに小屋の中がこんな風になっていたとか何を運び出しているのか皆目見当もつかないがほぼお任せで建て直しをお願いしているのだ。今更ケチ着ける事も出来ないと黙ってその慌ただしい様子を見守る事にした。






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