人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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春の嵐通り過ぎます 9

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「もうすぐ七月って言うのに結構寒いんだね」
「まぁ、断熱材が入ってないからね。油断すると家の中でも氷点下になるから冬場はストーブを切らさないようにするのがコツだね。実際は切らしまくってるけど」
 ほら、俺の部屋の中は断熱材入りでぬっくぬくだから大して気にならないんだよ。そしてボア付きのルームシューズのおかげで足元の寒さは最低限耐えられる。
「冬場なんかどうしてるの?」
「とにかく薪を割ってストーブで燃やし続けて囲炉裏でもまきを燃やして、薪がいくらあっても足りないな」
「だから使った分は薪を割って行けよ」
 何て蓮司にこの滞在期間中に使った分は割れと言っておく。
「まぁ、今はすぐ温かくなるし、朝晩のほんの少しの間陽が欲しい程度だからな。俺は部屋でオイルヒーターで十分だけど」
「だから俺は断熱材の離れに避難した。時々囲炉裏の横で寝て朝寒くって目が覚めてストーブ炊きまくってやっと温かくなった所に綾人が起きてくるって言う酷い日もあったけど」
「それは酷い!」
 おかしそうに多紀さんは笑う。
「良いね!生きてる話し、絶対綺麗な所しか見せない情報ばかりじゃわからない生活感。絶対テレビでしか知らない蓮司からは想像もつかない間抜けさが可愛いんだよ」
 普段かっこいいと言われてる蓮司からは程遠い言葉。まあ、多紀さんの年齢からみれば可愛いんだろうけど
「今度のこの映画は教師と生徒が主役で生徒役を蓮司にするんだ」
「え?高校生役やるの?おっさん臭っ……」
「さすがに高校生役は辛い」
 俺の意見に蓮司も賛成という様に勘弁してくれと言うも
「高校生時代はまた別の子を使うよ。
 大人になってからの話しなんだ。回想を織り交ぜて数年後の子供達との対比、そして生涯で一番印象に残る生徒との交流、ひねくれた子供の挫折と輝かしい未来」
 多紀さんは俺をじっと見つめ
「綾人君が留学をするって聞いてストーリーがどんどん変わっていくんだ。
 どん底の人生から総てをバカにしていた主人公がたった一つの大切なものを手に入れるまでのもがき足掻く人生に無力ながらも必死で手を伸ばして見捨てない教師との交流。
 両手では抱えきれないほどの選り取り見取りの未来から何を手にするか。
 そして両親もおらず育ての祖父母が残してくれたこの家をどうするか」
 真摯な瞳がそれ以上言うなと言う俺の目を真っ直ぐ貫く。
「モデルは言わなくても判るだろう綾人君自身。
 僕はね、僕が作るのは映画だから決して綾人君が選ばない未来を『if』の世界として提示する。勿論映画だから突拍子もない事も山ほどあるだろう。
 だけどね、これだけは一つ覚えていてほしい。
 僕が考える程度の突拍子のなさは綾人君が日々暮す日常には程遠いほど凡庸な出来事なんだ。
 畑一つとっても柵なんて天井なんていらないし、電磁柵との二重なんて必要ないと正直思ってた。だってこんな強固な柵ってみた事ないだろ?
 だけど実際はクマに襲われた時のシェルターとして活用され機能した。
 銃があって熊を撃退するのに優勢だったはずなのに、その身を晒して、捨身にも近い状態で助けに来てくれた。
 まさか鉈を投げつけて逆に襲い掛かるなんて、街中の人間じゃ想像できても実行なんて出来ない。
 綾人君はいつも僕の想像の斜め上を行く。
 フランスのほぼ価値のなかった城も今更のイギリスの留学も、既に成功者として十分な綾人君の行動が僕には理解できないから、僕は綾人君に興味が尽きないんだ。
 贅沢な事に今の僕は僕の我が儘を叶えるだけの力がある。だから……
 僕が思う僕の知る綾人君が僕の中でどう生きているのか僕は試してみたい」
 キラキラとした目で人の人生を勝手に理解して勝手に解釈する多紀さんに対する嫌悪感を理解した。
 だけど語るのは空想の俺を主役とした話で俺ではない。
 なんとなく多紀さんと言う人間を理解するうちに俺によく似た人生の物語を聞く様に耳を傾ける事が出来て
「ひとつ聞くけど、そんな凡庸な人生で本当に映画になるの?」
 問いただす俺に蓮司は冷静に言う。
「言っとくが全然凡庸でも平凡でもないからな。
 どこの世界に鉈で熊と戦う人間がいる」
「いや、この近所意外と多いぞ?」
 ちなみにこの戦い方は猪相手に大和さんがやっていた方法。とりあえず真似して熊とか熊とか熊とかと戦って来たので実績はある戦法だ。
「それにチェーンソーもあったから……」
「あれは多分版権絡むからダメ。倫理的にもダメな奴だから、サスペンスドラマ撮りたいわけじゃないから絶対にやりません」
 言いながらスマホを取り出して動画を見せてくれた。
 画面はぶれてたけど音の悪いスピーカーから聞こえるのは確かに俺の声。
 皆さんは何度も見たと言う様に苦笑していた。
「まさか鎌とか鉈を投げまくって襲うとかないわぁ」
 そんな蓮司の感想。
「ですよね。既に戦意喪失した相手にチェーンソーで襲い掛かるとか処刑人ですかってどん引きです」
 木下さんも真剣に頷く。
「でもやっぱり飯田さんのスナイパーぶりはかっこいいですね。ちゃんと命中してるし」
 堀さんも感心しながら
「そして前衛はちゃんと後衛の邪魔にならないように軌道上からの退避、いいコンビですね」
 服部さんも唸る。
「もう、そんな褒めても二度とやらないんだから」
 やるわけがない。
 多紀さんがいなければ安全な距離から万全の注意を払って仕留めるそんなベストな条件をそろえてこそが狩りの基本だ。
 地面に転がる俺を引っ張り上げる何とも言えない青春ドラマのような所で映像は終わる。
 地面すれすれの角度から見上げるような映像は何とも言えない臨場感があり
「なんかさ、このアングルだとすでに誰かが熊にやられて助けを求めるって言う風だよね。でもって、最後は意識を飛ばす?で縁起わるー」
 何とも言えない恥かしさに悔し紛れのダメ出しを言えば
「映画だからね。ヒロイン枠って言うの必要だからね」
「ヒロインクマに襲われるwww」
「死亡フラグは立たせないよ。ちゃんとこう言うのは甘酸っぱい青春な恋愛要素も必須だから」
「誰よ?そのヒロイン枠ってwww」
 腹よじれるーと笑ってる間に蓮司たちがご飯の用意をしてくれる。お客様にと思うも蓮司はお客さまじゃないので問題はない!
「一応近所の同級生って設定なんだ。昔は夏休み限定で遊んで毎年夏休みを楽しみにする、何とも甘酸っぱい初恋なんだ。大きくなったら家がお店をやっている事もあって世話好きって言うか甲斐甲斐しくお世話をしてウザがられたりそんな思春期」
「あ、それ以上止めて。なんか宮下を思い出したwww」
「心当たり在りすぎだよ綾人君」
 多紀さんは満足げに笑えば俺は転がって大爆笑!
「判ってくれたと思うけど綾人君をモデルにした全くの別人の話しだから。
 因みにそのヒロインに片思いしている幼馴染もいる」
「圭斗か?!」
「やっぱりわかってくれる?」
「いや、それ映画でやってよ!寧ろどうなるか本当に気になるって言うか宮下と圭斗も巻き込まれるならどんと来いって奴だ!」
「飯田君とか長沢さん内田さんも村人代表でちゃんと役あるし。
 ただ職人的な腕を見せてもらいたいけど、普段は気のいい炭焼き小屋の爺さんとか畑仕事いそしむ爺さんとか仮の姿があっても良いと思うんだ」
「家に炭焼き小屋あるよ。この村で撮影するのなら丸々人に押し付けているけどよかったら見学に行ってくるといいよ。連絡入れるから言ってね」
「炭焼き小屋もあるのか。綾人君の家はホントなんでもあって見どころに欠かさないな」
「車で行かないといけないのが欠点だけど」
「いや、お前んち広すぎだろ」
 去年の冬はほぼこの家の周辺だけで完結していた蓮司に俺は笑い
「飛び地の整備させてやるから喜べよ」
「いや、飛び地って……
 お前一人の面積に場所摂りすぎ」
「ふふふ、それを東京の地価に変えると辛うじて家が一見建てれるちょいぎりかそんなレベル。だったら俺は不便と引き換えに優雅な田舎生活を取る」
「は?マジ?そんな値段なの?」
「まぁ、俺の財力をもってすれば蓮司が住んでるマンション丸ごと買えるけど。蓮司を追い出すのも悪くない」
「やめてよ。芸能人住めるマンションって多くないんだから」
「お前の稼ぎなら住めるマンションなんていくらでもある。頑張れ」
「全然応援してない声!ひでぇwww」
 あの騒動以来マンションを引っ越した蓮司しばらくの間多紀さんの家に居候していたと言う。だけど仕事も再開してから撮影の為に夜遅く、そして朝早く家を出入りする事になって迷惑になるからと事務所の社長に相談してやっと多紀さんの家を出る決意が出来たと言う。
 まあ、そこまでたどり着くのがリハビリの一環だったのだろう。
 そんな言い合いをする俺と蓮司を優しげな目で見守ってたなんて、俺は気づかないようにしてただの素材を見る目だと訂正するひねくれた考えの性格の悪さは中々治らないもんだなと自己分析する。
 




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