デーモンロード 〜強欲の悪魔、異世界へ征く〜

逸志てま

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第一章

Epilogue:理想郷

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 神竜との戦闘から数日が経った。

 私は理想郷ディストピアの山頂にある湖で、のんびりと釣りを楽しんでいた。

 神秘的なブルーライトを放ち、透き通ったように綺麗な湖面の中には、色とりどりの魚達が泳いでいる。
 バケツいっぱいに魚を釣り上げて楽しんでいる私の横では、イズが不機嫌そうな顔で湖面を眺めていた。
 

「……師匠。わたしだけ釣れないのはおかしくないですか? 師匠はそんなに釣れているのに、なんでわたしだけ一回も当たりがこないんですか? …………ズルしてませんか?」


 ジト目で私を見てくるイズを軽く嘲笑し、やましいことはないと言わんばかりに平然と答える。


「イズ。釣りというのは奥が深い。釣り場に餌、そして魚の呼吸を読むことが大事なのだよ」


 私の言葉を聞いたイズが、胡散臭いと言わんばかりに訝しげな目で私を見つめる。


「…………餌も釣り場も同じですよね」

「そう。その通りだとも。つまりだ、技術面で私とイズの間には超えられない壁が隔たっているのだよ」  


 私は烏面を笑みで歪ませながら、イズの方を向き声高々と宣言する。
 ヒラリと私のシルクハットから何かが落ち、イズがそれを不思議そうに拾う。


「……って、あっ! これ幻妖桜の花じゃないですか! もしかしてこれを餌につけてましたね!?」


 ……まずい。つい調子に乗って帽子に隠していた桜の花弁が落ちてしまった。

 確かに私は幻妖桜の花を餌に取り付け、魚達を誘導していたよ?
 でもそれは技術的な知恵であって、決して卑怯な手段ではないのだ。
 全く。工夫と言ってもらいたいね、工夫と。


「…………その人を馬鹿にした顔はなんですか。どれだけ屁理屈並べても、今回はわたしも見逃しませんからね!」


 イズがズイっと、その小さな顔を私に近づけて頬を膨らませる。
 それだけ見れば可愛らしい年頃の少女なのだが、彼女は一度怒るとかなりうるさいのだ。
 
 私は面倒ごとを避けるため……ゴホン。時間となったため、特製の釣竿を宝物庫に仕舞う。 

 そしてバケツを持ちながらゆっくりと立ち上がる。


「そんなことより、そろそろ時間だ。セシル君達を見送りに戻るぞ」


 魚いっぱいのバケツを揺らしながら歩き出す私の後ろを、釣竿を引き上げたイズが小走りについて来る。


「あっ! 待ってくださいよーーー! っていうか釣竿もズルしてませんでしたか!?」


 そんなイズの叫び声が、理想郷ディストピアの山々をこだましていった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 山の麓にある第一水門近くの静かな川のほとりには、私達がこの地へと転移してきた神殿が佇んでいる。
 その神殿から少し登ったところにある、第二水門近くのレンガの街からは、ザック達混血の住民がセシル達を見送りに集まってきていた。


「……セシルさん達もう行っちゃうの?」


 ザックの弟、リックが狼耳を垂らしながら元気のない声で呟く。
 隣に立っているザックがそんな弟の姿を見て、犬歯を剥き出しにしながら笑って言う。


「ははっ! リック。セシル達は旅行に来たわけじゃねえんだぞ? それに、こいつらは冒険者だ。いつまでもここに留まってなんかいられねえよ」


 ザックの軽快な笑い声を聞いて、ハンクが昔を思い出したように小さく笑う。


「……ふっ、ザックは相変わらずだな。……もう一度冒険者に戻る気はないのか?」

「そうだよザック! すぐにじゃなくてもいいから、落ち着いたらまた私達と一緒に冒険しようよ!」


 ハンクとシェリアの誘いを聞いたザックが、嬉しそうに狼耳を立てながら答える。


「はっ、馬鹿言うな。ここまで恥晒しといて今更冒険者に戻れるかよ。…………あの人に恩を返すまで、俺はここに残るぜ」


 珍しく真剣な表情のザックにハンク達が驚いた様子で見ていると、「まぁ死ぬまでに返し切れねえだろうがな!」と誤魔化すように豪快な笑みを浮かべる。

 その様子を遠目から眺めていた私達がゆっくりと彼らの方へ近づくと、耳の良いザックがこちらに気づいて振り向く。


「おっ噂をすれば来たみたいだぜ? おーーい! マモンの旦那ぁーーー!!」

「こ、こりゃザック! マモン様になんて口を聞くんじゃ!」


 手を振りながら私を呼ぶザックを、混血の年寄りが慌てた様子で叱る。
 私はそれを手で制しながら声をかける。


「構わないよ。彼なりに敬意を払っていることは伝わっている。それで、その後の体調はどうだね?」

「ぉお……寛大なお言葉感謝致します……。マモン様に蘇らせて頂いた後に、儂達の間で体調を崩した者はございません」


 混血の老人の言葉に私は満足そうに頷く。
 周りにいる住人達も元気そうだ。

 私が彼らに使ったのは《医神アスクレピオスの蛇杖》という神代の魔道具だ。
 この杖は魂さえ無事ならどんな状態からも蘇生させる医神の権能が備わっている。

 アメラがご丁寧に魂を縛ったまま混血達をアンデッド化していたため、その癒着した魂を元に彼らを蘇生することができた。



 満足そうに住民を眺めていた私はセシル達の方へ振り向き、念のため再度釘を刺しておくことにする。


「私が彼らに使ったのは魔術の秘奥中の秘奥。このことが他国に知られれば、ここも安全ではなくなるだろう。……すまないが、このことは黙っていてくれるかな」


 実際には魔術ではないのだが、まぁそこはどうでもいい。
 死者の蘇生など、人が最も欲しがりそうな代物だからね。
 あまり口外されない方が良いだろう。

 そんな私の言葉を聞いたセシルが、息を荒げながら答える。
 

「も、もちろんです! あんな神の如き魔術を目の当たりにすることができて、身に余る光栄です! 絶対に口外しないことを誓います!」


 セシルの興奮した様子に、若干引き気味の私を見たシェリア達が苦笑いを浮かべながら答える。


「あはは~。セシルったらマモンさんの魔術を見てからずっとこの調子でさ。……まぁあんな凄い魔術を見せられたんだから気持ちは分かるけどね」

「安心してくれ。俺達はこの土地を荒らすつもりはない。ましてやマモン殿は命の恩人だ。……言いたいことは色々あるが、俺の命に懸けて口外しないことを誓おう」


 ハンクが自身の胸に手を当てながら堂々とした態度で宣言する。

 ……嘘は言っていないようだな。まぁ最悪この地に人間が攻めてきたとしても、それはそれで構わない。



 くつくつと烏面を歪ませて笑う私の姿を引き気味の様子で見ていたシェリアが、私の後ろで寂しそうにしているイズに向かって笑いかける。


「イズちゃんも色々ありがとね。短い間だったけど一緒にいられて楽しかったよ!」

「…………はい。わたしも、もっとお話ししたかったです」


 元気のない声で小さく言うイズの頭を、ヨシヨシと撫でていたシェリアがふと気づいたように声をあげる。


「そういえば、イズちゃんはここに数ヶ月間居たんだよね?何で無事だったんだろう?」

「────そのことは私が答えましょう」


 シェリアの疑問遮るようにして神殿の中から現れたのは、綺麗な白髪をした豊満な美しい女性────アメラだ。
 彼女は背に生えた黒翼を広げ、威厳のある声で厳かに言う。


「彼女は何者かにまじない名を付けられていました。その名主が彼女を操り、この地をコソコソと探っていたのです。……私でさえ気付かないほど、巧妙に気配を隠して」


 なるほど。確かにイズには強力なまじない名が込められていた。
 それが本当なら、その名主はこの理想郷ディストピアの場所を知っていることだろう。

 ……まぁ、あまり興味はないが、万が一火の粉が降りかかるようなら相応の対処をしてやろう。


「……アメラ。魔法陣の準備は?」

「とうに終わっています。貴方達があまりに遅いから出てきたのですよ、悪魔ごしゅじんさま。早くこちらへ来て下さい」


 ツカツカと不機嫌そうな音を立てながら、アメラが神殿の中へ歩いていく。

 それを見たセシル達が急いで彼女を追おうとするも、私が声をかけて引き留める。


「最後に一つだけ聞きたいことがあるのだが、いいかね?」

「え?はい、何でしょう」


 一斉に振り向いたセシル達が不思議そうな顔をして私を見つめる。


「……この世界のどこかで、“スマートフォン”という異世界のアイテムを見たことはないかね?」


 私の言葉に考え込んだ様子でセシル達が俯く。

 しばらくして、ふと思い出したかのようにセシルが声を上げる。


「スマートフォンというものについては分かりませんが…………異世界から来たという人は聞いたことがあります」


 セシルの言葉に烏面の魔眼をギロリと光らせながら、真剣な表情で私は聞く。


「…………その人はどこに?」


 私の言葉を受け、一瞬顔を見合わせた彼らだったが、やがてセシルが屈託のない笑みを浮かべながら私の質問に答える。





「────俺達の故郷、シュテルブルク王国です」
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