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桜井にとってセックスとは、ストレス発散の行為でしかなかった。
チリチリとくすぶる恋情の熾火、心の内部をジリジリ焼かれる痛みを癒すには、幻想に抱かれるしかなかった。
だけど、今は違う。
初めて桜井が望んだ行為。そこには綾樹の幻想も、片恋に苦しむ痛みも何もない。
ただ、佐藤が欲しかった。
ベッドの中で生まれたままの姿になり、桜井は全身に佐藤の所有の証をつけてほしいと願った。
佐藤は皮膚が切れるくらい強いキスを桜井の全身に刻んでいく。胸、背中、腿のつけ根……恋人にしか触れさせない特別な場所には特に、佐藤は執拗にキスの花弁を描いていった。
これが夢でないのだと、現実なのだと何度も何度も、佐藤から与えられる痛みを感じるたびに、幸せが全身を満たしていく。
「恭司、おまえ、絶対に人前で服を脱ぐなよ?」
佐藤は満足そうに笑う。
「全身、俺のもんだって証をつけたからな?」
「嬉しい……」
佐藤に何かされてこんなにも嬉しいと感じたことはなかった。
自分の空っぽだった心の中に、彼が満たされていく。
「今度は私が……」
桜井はゆるゆると身体を起こした。
「お願い、少しだけ掛布をどけてもらえませんか?」
「布団をどけたら寒いぞ」
「これからあったかくなります。だから平気……」
佐藤は渋っていたが、桜井がよいしょと自分で掛布をどけようとするので、仕方ないなと苦笑しながら掛布をめくってくれた。
「おまえから何かしてくれるのは嬉しいが、これでも着てろ」
いきなり桜井の肩にふわりと柔らかいものがかけられた。それは桜井が寒くて拝借していた佐藤のカーディガンだ。
「しわになってしまいますよ。それに今から……するんだから……汚れてしまう」
「かまわん、その時は洗えばいい。だが俺はこれをおまえに着ていてほしい」
「私には大きすぎませんか……」
素肌に纏ったカーディガンはかなりぶかぶかだ。袖は指先しか出ないし、裾は長すぎて、カーディガンと言うより、タイトなミニワンピースのようだ。お尻をぺたんとつけてベッドの上に座り込むと、佐藤はひゅうと口笛を拭いた。
「いい格好だ。見えそうで見えないあたりが実にいい。男のロマンだな」
「そんないやらしい目で見ないでください……」
自分はそんなに煽情的に見えているのだろうか。恥ずかしくてつい身を捩ると、またふわんと佐藤のフレグランスが立ち上る。この香り……くらくらして脳が灼けてしまいそうなほど、愛しさで全身が熱くなる。
だが、そこまで佐藤に溺れている自分を見せたくなくて、桜井は唇を尖らせる。
「あなたが着ろって言うから着たんですよ。そもそもカーディガンは素肌に着るものではないでしょう?」
「かわいらしく俺を誘うおまえが悪い。だが風邪っぴきであることに違いはないから、カーディガンは着ていろ。かわいいおまえの色気がそれだけで増幅されるし、そいつは結構いい毛糸で作られているから、素肌に着ても刺激はないだろ? まあ、俺だけがその姿に刺激されてるけどな」
「まったく……あなたは変わりませんね」
デリカシーなど佐藤に期待していない。だが、今はそれでいい。
それが、桜井が愛してしまった男なのだ。
次は自分が佐藤を気持ちよくしてやらなければ。桜井は、男の強直に視線を向けた。
いつも桜井は受けているばかりだったから、こんな時くらい、彼にも気持ちよくなってほしい。
「私、あまり上手ではありませんけどね……」
桜井は震える手でそこにふれ、そこに舌を這わせていく。
「恭司、おまえ……」
「私ばかりが楽はできないから……」
「無理するな、熱があるしきついだろ」
「抱いてくださいとお願いしたのは私ですから」
佐藤の精液で身体の中も彼で染まりたかった。舌先で先端をちろちろと舐めていると、佐藤の熱核から透明な露がこぼれだす。その一滴も逃したくなくて、必死で舐めていると、桜井の口の中で佐藤が大きくなる。鈴口、裏筋を軽く唇で吸いながら、茎全体をねっとりと舐めあげていくと、佐藤の息が少し上がった。
とはいえ、どこをどうすれば佐藤を気持ちよくさせられるのだろう。
そういえば、いつも自分ばかりが快楽に翻弄されるばかりだった。イカされて、出すだけ出して、その後始末をするのもいつも佐藤だった。
佐藤が遊び人だとは思わない。飄々とした言動の男ではあるが、おそらく彼は桜井しか抱いていないだろうと思う。他人の匂いや気配が佐藤から漂うことは、今まで一度もなかった。
桜井を抱くときの佐藤の情熱は、火傷しそうな熱くて蕩けそうな時間だったから、それに嘘があるとは思えないが、桜井には彼ほどのテクニックはない。
AVのひとつでも見ておけばよかったかと後悔していると、不意に佐藤が「もういい」と桜井の頭を撫でた。
「すみません、私、下手くそで……」
満足できないんでしょう?と謝ると、佐藤は「違う違う」と笑った。
「不器用に頑張るおまえがかわいくて、このままじゃ俺が持っていかれる」
「気持ちよくなかったからじゃないんですか?」
「確かに男は単純な生き物だからな。ちょっと触られればすぐ勃っちまうし我慢もできないが、それ以上に一生懸命なおまえが俺には一番の媚薬だ」
「そんなもん……なのですか?」
「そんなもんだぞ。俺がこの世で一番愛している奴が頑張ってくれているんだ。これ以上のエロいシーンはない」
「エロいだなんて……」
もっとほかに言葉はないんですかとため息をつくと、不意に桜井の腕が引っ張られる。
佐藤の胸の中に引き込まれ、そのまま額にキスを落とされた。
「じゃあもっとエロいことしようか、恭司?」
佐藤の大きな手が桜井自身に触れ、ついで彼の指が腿の隙間を割り裂いて蕾に触れた。
「今のおまえと同じだ。ここはまだ恥ずかしがって閉じているな?」
「恥ずかしがってなんていませんよ。何度あなたと寝たと思っているんです」
「顔は真っ赤だし、なによりおまえ、俺の顔を見ようとしない。見てもすぐ慌てて目を反らせているぞ。それはまるで、恋を知らない少女と同じだ。おまえ、意外にウブだったんだな」
「そんなことありません。顔が赤いのはきっと熱があるから……」
「さて、どっちの熱だろうな。風邪か、それとも俺か」
「あなたお医者様でしょう。それくらい区別つくんじゃないですか?」
「区別はつくが、中には説明してもなかなか納得しない患者もいるんでな」
「では、私はどっちです?」
「8:2で俺に熱を上げてる、だな」
「相変わらず、あなたはそうやって私をからかう…」
「俺は事実を述べているだけだぞ?」
「もう……」
桜井は口を尖らせた。
「だったらこの熱、下がらないようにしてください」
「下がらないように、か?……」
「だいぶあなたに開発されましたからね。今までと同じじゃ……つまらない」
「言ったな……」
桜井の挑戦的なひと言に、佐藤が不敵に笑う。
「そこまで言ったんだ。絶対に根を上げるなよ?」
「その気にさせてみてください。私は案外ひねくれ者ですよ」
どうせ彼に溺れてしまっているのだから、もうその海の底に沈んでしまいたい。
ゆっくりと佐藤の腰を跨いで、馬乗りになると、桜井は佐藤の腹に両手をついた。
「全部……見て。私を……」
「恭司……」
「抱いて……」
熱に浮かされたように抱いてと呟きながら、桜井は佐藤の身体の上に自らを預ける。
清冽な森林のような、佐藤の香り。吸い込むと脳の奥が熱く焼けてしまいそうだ。男の香りに全身を包まれて、犯されるなんて。
「ね、ここ……」
自然と腰が上がる。佐藤しか触れたことのない特別なそこをたくさんかわいがってほしくて、桜井は佐藤に抱き着き、耳元で囁いた。
「たくさん……してください……」
「仰せのままに、俺の姫君」
それを合図に佐藤の指が蕾に入り込んで、桜井は思わず尻を高く上げてしまう。
「あんっ……」
「腰を上げるな。俺の手が届かなくなる。おまえにイタズラ出来なくなるだろ」
「だって、だって……」
佐藤の身体の上で、待ちわびたプロローグを感じ、言われたとおりに腰を落としてはみる。だが彼の指は桜井を翻弄していた。少し入っては入口で小刻みに動かすものだから、まるで擽られているような焦れったさを覚えてしまう。
だが、焦らされるほど、欲情というものは高まるばかりだ。
堅い蕾に春が来るぞと桜井の身体に告げるかのように、ゆっくりと身体の熱と淫靡な熱をあげていく。
もどかしさに身もだえしながらも、一本だった指は、じきに二本になり、いつの間にか桜井は自ら腰を振っていた。
佐藤の長い指がいいところをかすっていくたびに、刺激が全身を駆け巡る。
もっとそこにふれてほしいのに、指では到底たりない。
佐藤にあげる。桜井の全てを。だから、だから……
「もういれて……我慢できない……」
愛しい男の首に縋りついて懇願する。
「裕二の……いれて」
「そんなねだり方を教えた覚えはないけどな」
佐藤がからかうが、もはや性の熱に冒されてしまった身体は、一度激しい刺激をもらわないとどうにかなってしまいそうだ。
「言ったでしょう……、私をその気にさせてみせて、と……」
「ウブなのか、計算高いのかわからないが、おまえから誘われるのは新鮮だな」
佐藤の指が抜かれ、すぐにひたと大きなものがあてがわれる。
「さあ、いい声で啼け。そのまま腰を落として自分で挿れるんだ」
「自分……で?」
「おまえが俺の上に乗っかってるからな。おまえが自分で挿れてくれないと、俺はどうにもできないぜ?」
「そんな……」
どうしよう。どうすれば佐藤のを上手に自分で挿れられる?
今までの桜井はずっと受け身だった。何をするにも佐藤が桜井に無理と勝手を強いていたから、桜井は文句を言いながら快楽に喘いでいるだけでよかった。
しかしこの体勢では、桜井が自分で挿入ないと、確かにつながれない。
ひとまず上半身を起こして、腰を少し上げてみる。背後に手を回すと、桜井の尻のラインにそって、大きく堅い佐藤がぴったり寄り添っていた。
恐る恐るそれに触れて、はっとする。
今までは全然気づかなかったが、初めてちゃんと触れた佐藤の性器は予想以上に大きい。
今更だが、男同士の行為は、もともと挿入する場所ではないところで繋がる。
こんな大きなものが?
本当に自分の身体で受け入れられるのか?
挿れて、そのあとは? どうすればいい?
佐藤はどうやって、自分を貫いていた?
言われてみれば、佐藤は桜井の身体をそれなりに慣らしてから……シていた気がする。
生々しさが脳裏にフラッシュバックし、桜井の全身が恐怖と混乱で震えだしてしまった。
「む、無理…無理です…。こんな大きいの、入りません……」
「しかし、いつもおまえのストレスを解消していたのは、コレだぞ?」
佐藤の熱核が意思表示をするように、ぴたんぴたんと桜井の尻に当たる。
「いざちゃんと意識すると……絶対挿れるなんて無理ですよ……大きすぎます」
跨がったまま、子どものようにカタカタ震える桜井に、佐藤はやれやれと笑った。
「怖いのか、恭司」
「こっ、怖いわけ……っ!」
「物言いと態度が真逆だぞ。さっきまで我慢できないなんて言ってたくせに」
「そんなことありませんっ」
「でもま、そういうところも新鮮だ。おまえは本当に素直じゃない。だが」
瞬間、桜井の視界が変わる。
あれ?と思ったときには、すでに桜井の視界は天井を映していた。
佐藤は鍛え抜かれた腹筋で自らの身体を起こすとともに、桜井を押し倒したのだ。
「裕二……?」
「素直じゃないおまえはとびきりかわいい。だからもう止めてやれない」
「えっ……?」
「大丈夫、怖くない」
蕾にひたと当てられた佐藤の熱核。
「あっ……」
「ずっと抱いててやる」
ひとつになる時が来た。
「俺の言うとおりにするんだ。息をゆっくり吐いて、力を抜け」
佐藤が身を乗り出しながら、桜井の中に入ってくる。
怯えてしまった蕾が、佐藤の形にほころび始める。
「あっ、ああっ……はあっ……」
「少しずつ……挿入ってくのがわかるか?」
「や、あっ……! なか、なかに、大きいのが、ああっ……!」
下腹が熱い。とんでもなく大きなもので全身を串刺しにされたみたいだ。狭道をずぶずぶ進んでいく、痛みにも似た鈍い腹の圧迫感をどうにかしたくて、桜井は男の身体にしがみつく。足も佐藤の腰に絡めて、桜井は必死で佐藤を受け入れていた。
何度も抱き合ったのに、今日は一番セックスが重い。こんなこと、初めてだ。
荒い呼吸の中で、自分を貫く男の形を感じる。
これが佐藤だ。
何度も抱き合ったのに、それまでのセックスとは全く違う、圧倒的な衝撃とひとつになれる期待に脳が熱せられる。
腹に軽く力を入れれば、桜井の腹に佐藤の形が浮かぶのではないか。それほどまでに、桜井の中は佐藤で一杯だった。
だけど、それに違和感はない。少し怖いけど、それは待ち望んだもの。
時間をかけ、佐藤のすべてが桜井の中に収まると、佐藤は桜井をぎゅっと抱きしめた。
「ようやくひとつになれたな……」
「ええ、でも……」
こんなの何度だってしたはずだと言い掛けた唇が塞がれる。それはとてつもなく優しくて穏やかだ。
「俺は幸せだ。こうしてちゃんとおまえを抱けた」
「ちゃんと……?」
「ああ」
佐藤の両手が桜井の火照った頬を包む。だが、彼の手はそれ以上に熱を持っていた。
「今まではおまえの人形を抱いていた。そこにおまえの心はなかった。だけど今はこれ以上はないほど俺は幸せを感じてる。ずっと願ってたからな。おまえがなんと言おうが諦めるつもりもなかった。だから叶った」
佐藤が密着したまま、ゆっくりと中で動く。
「ああっ……! いい、すごい……!」
激しい動きではないのに、それはとんでもなく大きな淫波だ。意識も理性も何もかももっていかれそうで、桜井は嬌声を上げて身体をくねらせる。こんなにスローなセックスで、自分はこんなに乱れている。
佐藤が本気を出したら、自分はどうなってしまうのだろう。
「ゆう、じ……」
「もう絶対……離さない」
桜井の身体の中で快感の波が大きく弾けた。
愛しさが全身に満たされる。
「離さないで……ください」
「……恭司」
擦れた声で佐藤は桜井の名を呼び、それを合図にずんと激しく突き入れられる。佐藤の切っ先が襞を擦り、桜井の奥を突く。くちゅくちゅと互いの体液がまじりあう音が官能をさらに昂らせ、下腹が震えた。小さないくつもの光が、きつく閉じた瞼の裏でたくさんの打ち上げ花火のように弾け、そのたびに桜井を幸せが満たしていく。
全身が揺れ、桜井を抱く男の汗が落ちてくる。真冬の部屋の中、暖房なんてかけていないのに、寒さなど感じない。佐藤の熱核が桜井を内側からあたためていくようで、息が白くなる温度なのに寒さを全然感じなかった。
「好き、好き……裕二……もっと、ああ……」
佐藤への愛しさが半端なくこみ上げてくる。
ふいに綾樹の顔を思い浮かべてみたが、以前の様な胸の痛みを感じない。
前は佐藤に抱かれているときに綾樹を強く思い出してしまい、抱かれる自分が汚く思えて仕方なかった。
違う男を妄想しながら、好きでもない人に抱かれる心の不協和音が耳障りで、それが罪悪感を幾重にも重ねて高々と奏であげる。
耳を塞いでも、身体を許しているのは何よりも自分自身の意思。そんな自分が許せず、かといって恋心を抑えつける方法はといえば、綾樹の代わりを佐藤に演じてもらうことしかなかった。
そうすることで、桜井の中の燃え上がる綾樹への欲情と、春樹への嫉妬を抑え込んでいた過去の自分。
佐藤はずっと桜井のことを「好きだ」と言ってくれた。
その想いは、本物なのだと思っていいのだろうか。
不安になって桜井は男の身体に腕を伸ばす。きゅっと抱きしめると、佐藤が「どうした?」と耳元で囁いた。
「裕二…、これは夢では……ありませんよね?」
体を揺らされ、快楽に喘ぎながら、息も絶え絶えに訊ねる。目の前でぶつかる悦楽と不安。それが砕けて桜井の心の中に降り注ぐ。今、この瞬間、佐藤に貫かれて嬉しいのに、不安は棘となって心に傷を作り、そこから不安や恐怖が溢れだす。
今更それを聞いてどうなるものでもない。だが不安で仕方ない。
「あなたは……あなたですよね……? 誰かの代わりを、抱いていませんよね……?」
佐藤が抱いているのは、自分なのだと、確たるものが欲しかった。佐藤だけをまっすぐ見ている本当の自分であるのだと、佐藤の口から言って欲しかった。
「面白いことを言うもんだな、おまえは」
佐藤はひときわ強く突き入れ、奥で一度動きを止めた。
「大丈夫だ恭司。おまえの目に映っているのは、俺だ。そこに新城の姿はない」
「裕二……」
「新城の幻影になどに…」
不意にズンっと大きな圧を押し込まれる。
「ふ、うんん…、そこ、あ……」
言葉をゆっくり切り、そのたびに佐藤は強く桜井を打擲した。激しい抽送は淫毒を孕んで桜井の敏感な部分を容赦なく刺激する。理性もなにもかもが性の熱に蕩けていく。
「覚えておけ恭司。もう二度と、あいつなんかに、おまえを連れて行かせない」
「え……?」
「おまえのすべてに俺の印を刻んでやる。これが現実なんだって教えてやる」
「ちょっ……あうっ……!」
なにをする気かと聞こうと思った刹那、首筋に噛みつくようなキスを落とされた。本当に皮膚を食い破っているような気がして「痛い」と逃げようとすると、逃がさないとばかりに激しく最奥を突かれ、痛みすら気持ちいい。
佐藤は医師だ。人間の身体を熟知している。そのせいなのか。彼は正確に、桜井のいいところを狙ってくる。そう思わずにはいられないほどーー溺れてしまう。
「やっ、あ、んっ、それ、ダメ、ああっ!」
「なにが……ダメだ……? ああそうか、おまえは奥を犯されるのが大好きだったな」
ズッズッと断続的に中を抉られ、意識が引き剥がされそうだ。とにかく何かに縋りたくて、桜井は嬌声をあげて抱きつく腕に力を込めた。
「そんなイヤらしいこと、ダメ、ダメぇ! 言わないで……っ!」
もわもわと下腹でうねる、鳥肌が立つような快感がたまらなくて佐藤に腰を突き出しておねだりしてしまう。
「もっと突いて……奥、おくもっと……」
「さっきまでは、俺のはデカすぎて入らないなんて言ってたくせに」
「うそ……そんなの言ってない……。でも裕二の、おっきいの、あんっ、気持ちいい……」
「言ってねえの? おや、俺の聞き間違いか?」
「そんなの、どうでもいいです……」
「なんて奴だ、気持ち良ければ何でもいいのか?」
「そう、ですよ。うぅ、んっ、でも裕二のが、いい…これが好き……」
言葉は聞き取れるが、頭がそれを処理しないから、自分でも何を言っているのかよくわからなかった。今の桜井にとって、必要なのは言葉じゃなく、佐藤から与えられるこの時間だ。
完全に桜井は佐藤の虜になってしまっていた。
愛しい男は「恭司、おまえはズルいなぁ」と苦笑いしている。
「好き、これ、好き……あ、んんっ……」
「仕方ないだろ? 俺のがいいのは当たり前なんだよ。だっておまえは俺の形しか知らないんだから、入らないはずがない。俺のじゃないと気持ちよくなれない身体にしてやったんだ。長い時間かけてな」
「そんなこと……」
ないと言い掛けて、はたと我に返る。
抱かれる感触を比較できるほど、自分は男を知らない。
むしろ、この身体を許した相手は、佐藤ひとりだけだ。
そうか、自分は佐藤しか男を知らないのか。
なんだかほっとする。
おかしなものだ。
デリカシーの欠片もないし、自分勝手も度が過ぎる、こんな男へ焦がれていたのを今頃知るのだから。
ふふっと笑うと、佐藤が首を傾げた。
「なにを考えてるか知らんが、くそかわいい顔だな、恭司。悪いけど、もう我慢できねえわ」
「あなたが我慢なんかしたこと……ないでしょう?」
「ん?」
佐藤の眉間に皺が寄る。
「俺ほど我慢強い奴はいないが?」
「嘘。あなたはいつも私のことなんか考えもしない。いつだって自分勝手。でも私は……そんなあなたを好きになったんです。……あなたの気の済むように、私を食べて」
「恭司……」
「あなたの命で私のお腹、満たして……」
桜井は腰を浮かせて、佐藤にすり付けた。
「溢れるくらい……奥に……かけて」
互いの叢をさりさり触れあわせながら、桜井は熱っぽく佐藤にねだる。
「私はそれくらいーーあなたが好き。あなたで飾って、私のすべてを」
後悔などしない。佐藤が良い。
彼であるなら、何をされたっていい。
だって、彼が好きなのだ。
――どことなく、妙な話ではあるけれど。
佐藤がふっと小さく笑う。直後、激しい突き上げが始まった。
「ああんっ!」
奥を激しく抉られる抽送に、腹の奥が歓喜に震え出す。身体の中、すべての臓器や骨
末端の神経に至るまで、佐藤の熱核の切っ先がなぞっていくような、心地いい痺れが走る。
「恭司……」
耳から流し込まれる熱いささやきは、もう自我を壊す麻薬だ。
「恭司、恭司……」
身体が熱い、息が止まる――穿たれて揺らされて、堕ちていく。
この先もずっと、こうしていてほしい。
欲情にかすれる声は、佐藤が欲しいと望む心の叫び。
彼の熱核が抉るたび、こみ上げるのは貪欲に愛を欲しがる心だ。
「――愛している、恭司」
反則だ。
こんなふうに愛しているなんて言われたら……もう我慢なんかできない。
「ゆう、じっ、裕二……わた、私、わた、し、もう、もう……」
「俺も……どっちが早いか競争だな」
それをいうなら一緒にいこうじゃないのかとふと思ったが、相手は佐藤だ。考えるのは自分の都合だけ。
自分たちはこんな感じで関係を続けていくのだろう。
「――っ」
佐藤が腰を奥で止め、桜井の腹の中をあたたかなものが満たしていく。
「私の中に……あなたが……ああ……」
陶然と天井を見つめながら、彼の命を腹で感じる。
荒い吐息が絡みあう。この時間すら、今までと違う。
恋人になるとは、愛しい男のものになるとは――こういうことか。
桜井は愛しい男の顔に腕を伸ばすと、そのまま引き寄せてキスをする。
「――もう一回、しますか?」
「いいね、積極的なのは好きだぜ」
佐藤がニヤリと挑戦的に笑う。
「言い忘れた。あけましておめでとう、恭司」
「あ」
気が付けば新年だ。今日は東京に戻らないといけない――けど。
「帰りたくないな……」
ぼそりと本音が口をつく。
「でも帰らないと。仕事始めに影響が出ますしね」
「健全なカップルは元旦に仕込みをやるんだ」
「え?」
「姫始めだって言ってるんだ。悪いが、しばらくはおまえをこの部屋から出さないぜ。おまえが間違って妊娠でもしてしまうくらいには抱いてやるつもりだから」
桜井の中にとどまったままの彼が、また少し大きさを増した。
「あっ……」
佐藤がゆるゆる動き出す。これでは今日中の帰京は無理だ。
「しかたありませんね。なら、私をたくさんかわいがってください」
そうでなきゃ承知しませんよと佐藤を睨むと、彼は「了解」と笑った。
「さ、かわいい顔をたくさん見せてくれよ」
チリチリとくすぶる恋情の熾火、心の内部をジリジリ焼かれる痛みを癒すには、幻想に抱かれるしかなかった。
だけど、今は違う。
初めて桜井が望んだ行為。そこには綾樹の幻想も、片恋に苦しむ痛みも何もない。
ただ、佐藤が欲しかった。
ベッドの中で生まれたままの姿になり、桜井は全身に佐藤の所有の証をつけてほしいと願った。
佐藤は皮膚が切れるくらい強いキスを桜井の全身に刻んでいく。胸、背中、腿のつけ根……恋人にしか触れさせない特別な場所には特に、佐藤は執拗にキスの花弁を描いていった。
これが夢でないのだと、現実なのだと何度も何度も、佐藤から与えられる痛みを感じるたびに、幸せが全身を満たしていく。
「恭司、おまえ、絶対に人前で服を脱ぐなよ?」
佐藤は満足そうに笑う。
「全身、俺のもんだって証をつけたからな?」
「嬉しい……」
佐藤に何かされてこんなにも嬉しいと感じたことはなかった。
自分の空っぽだった心の中に、彼が満たされていく。
「今度は私が……」
桜井はゆるゆると身体を起こした。
「お願い、少しだけ掛布をどけてもらえませんか?」
「布団をどけたら寒いぞ」
「これからあったかくなります。だから平気……」
佐藤は渋っていたが、桜井がよいしょと自分で掛布をどけようとするので、仕方ないなと苦笑しながら掛布をめくってくれた。
「おまえから何かしてくれるのは嬉しいが、これでも着てろ」
いきなり桜井の肩にふわりと柔らかいものがかけられた。それは桜井が寒くて拝借していた佐藤のカーディガンだ。
「しわになってしまいますよ。それに今から……するんだから……汚れてしまう」
「かまわん、その時は洗えばいい。だが俺はこれをおまえに着ていてほしい」
「私には大きすぎませんか……」
素肌に纏ったカーディガンはかなりぶかぶかだ。袖は指先しか出ないし、裾は長すぎて、カーディガンと言うより、タイトなミニワンピースのようだ。お尻をぺたんとつけてベッドの上に座り込むと、佐藤はひゅうと口笛を拭いた。
「いい格好だ。見えそうで見えないあたりが実にいい。男のロマンだな」
「そんないやらしい目で見ないでください……」
自分はそんなに煽情的に見えているのだろうか。恥ずかしくてつい身を捩ると、またふわんと佐藤のフレグランスが立ち上る。この香り……くらくらして脳が灼けてしまいそうなほど、愛しさで全身が熱くなる。
だが、そこまで佐藤に溺れている自分を見せたくなくて、桜井は唇を尖らせる。
「あなたが着ろって言うから着たんですよ。そもそもカーディガンは素肌に着るものではないでしょう?」
「かわいらしく俺を誘うおまえが悪い。だが風邪っぴきであることに違いはないから、カーディガンは着ていろ。かわいいおまえの色気がそれだけで増幅されるし、そいつは結構いい毛糸で作られているから、素肌に着ても刺激はないだろ? まあ、俺だけがその姿に刺激されてるけどな」
「まったく……あなたは変わりませんね」
デリカシーなど佐藤に期待していない。だが、今はそれでいい。
それが、桜井が愛してしまった男なのだ。
次は自分が佐藤を気持ちよくしてやらなければ。桜井は、男の強直に視線を向けた。
いつも桜井は受けているばかりだったから、こんな時くらい、彼にも気持ちよくなってほしい。
「私、あまり上手ではありませんけどね……」
桜井は震える手でそこにふれ、そこに舌を這わせていく。
「恭司、おまえ……」
「私ばかりが楽はできないから……」
「無理するな、熱があるしきついだろ」
「抱いてくださいとお願いしたのは私ですから」
佐藤の精液で身体の中も彼で染まりたかった。舌先で先端をちろちろと舐めていると、佐藤の熱核から透明な露がこぼれだす。その一滴も逃したくなくて、必死で舐めていると、桜井の口の中で佐藤が大きくなる。鈴口、裏筋を軽く唇で吸いながら、茎全体をねっとりと舐めあげていくと、佐藤の息が少し上がった。
とはいえ、どこをどうすれば佐藤を気持ちよくさせられるのだろう。
そういえば、いつも自分ばかりが快楽に翻弄されるばかりだった。イカされて、出すだけ出して、その後始末をするのもいつも佐藤だった。
佐藤が遊び人だとは思わない。飄々とした言動の男ではあるが、おそらく彼は桜井しか抱いていないだろうと思う。他人の匂いや気配が佐藤から漂うことは、今まで一度もなかった。
桜井を抱くときの佐藤の情熱は、火傷しそうな熱くて蕩けそうな時間だったから、それに嘘があるとは思えないが、桜井には彼ほどのテクニックはない。
AVのひとつでも見ておけばよかったかと後悔していると、不意に佐藤が「もういい」と桜井の頭を撫でた。
「すみません、私、下手くそで……」
満足できないんでしょう?と謝ると、佐藤は「違う違う」と笑った。
「不器用に頑張るおまえがかわいくて、このままじゃ俺が持っていかれる」
「気持ちよくなかったからじゃないんですか?」
「確かに男は単純な生き物だからな。ちょっと触られればすぐ勃っちまうし我慢もできないが、それ以上に一生懸命なおまえが俺には一番の媚薬だ」
「そんなもん……なのですか?」
「そんなもんだぞ。俺がこの世で一番愛している奴が頑張ってくれているんだ。これ以上のエロいシーンはない」
「エロいだなんて……」
もっとほかに言葉はないんですかとため息をつくと、不意に桜井の腕が引っ張られる。
佐藤の胸の中に引き込まれ、そのまま額にキスを落とされた。
「じゃあもっとエロいことしようか、恭司?」
佐藤の大きな手が桜井自身に触れ、ついで彼の指が腿の隙間を割り裂いて蕾に触れた。
「今のおまえと同じだ。ここはまだ恥ずかしがって閉じているな?」
「恥ずかしがってなんていませんよ。何度あなたと寝たと思っているんです」
「顔は真っ赤だし、なによりおまえ、俺の顔を見ようとしない。見てもすぐ慌てて目を反らせているぞ。それはまるで、恋を知らない少女と同じだ。おまえ、意外にウブだったんだな」
「そんなことありません。顔が赤いのはきっと熱があるから……」
「さて、どっちの熱だろうな。風邪か、それとも俺か」
「あなたお医者様でしょう。それくらい区別つくんじゃないですか?」
「区別はつくが、中には説明してもなかなか納得しない患者もいるんでな」
「では、私はどっちです?」
「8:2で俺に熱を上げてる、だな」
「相変わらず、あなたはそうやって私をからかう…」
「俺は事実を述べているだけだぞ?」
「もう……」
桜井は口を尖らせた。
「だったらこの熱、下がらないようにしてください」
「下がらないように、か?……」
「だいぶあなたに開発されましたからね。今までと同じじゃ……つまらない」
「言ったな……」
桜井の挑戦的なひと言に、佐藤が不敵に笑う。
「そこまで言ったんだ。絶対に根を上げるなよ?」
「その気にさせてみてください。私は案外ひねくれ者ですよ」
どうせ彼に溺れてしまっているのだから、もうその海の底に沈んでしまいたい。
ゆっくりと佐藤の腰を跨いで、馬乗りになると、桜井は佐藤の腹に両手をついた。
「全部……見て。私を……」
「恭司……」
「抱いて……」
熱に浮かされたように抱いてと呟きながら、桜井は佐藤の身体の上に自らを預ける。
清冽な森林のような、佐藤の香り。吸い込むと脳の奥が熱く焼けてしまいそうだ。男の香りに全身を包まれて、犯されるなんて。
「ね、ここ……」
自然と腰が上がる。佐藤しか触れたことのない特別なそこをたくさんかわいがってほしくて、桜井は佐藤に抱き着き、耳元で囁いた。
「たくさん……してください……」
「仰せのままに、俺の姫君」
それを合図に佐藤の指が蕾に入り込んで、桜井は思わず尻を高く上げてしまう。
「あんっ……」
「腰を上げるな。俺の手が届かなくなる。おまえにイタズラ出来なくなるだろ」
「だって、だって……」
佐藤の身体の上で、待ちわびたプロローグを感じ、言われたとおりに腰を落としてはみる。だが彼の指は桜井を翻弄していた。少し入っては入口で小刻みに動かすものだから、まるで擽られているような焦れったさを覚えてしまう。
だが、焦らされるほど、欲情というものは高まるばかりだ。
堅い蕾に春が来るぞと桜井の身体に告げるかのように、ゆっくりと身体の熱と淫靡な熱をあげていく。
もどかしさに身もだえしながらも、一本だった指は、じきに二本になり、いつの間にか桜井は自ら腰を振っていた。
佐藤の長い指がいいところをかすっていくたびに、刺激が全身を駆け巡る。
もっとそこにふれてほしいのに、指では到底たりない。
佐藤にあげる。桜井の全てを。だから、だから……
「もういれて……我慢できない……」
愛しい男の首に縋りついて懇願する。
「裕二の……いれて」
「そんなねだり方を教えた覚えはないけどな」
佐藤がからかうが、もはや性の熱に冒されてしまった身体は、一度激しい刺激をもらわないとどうにかなってしまいそうだ。
「言ったでしょう……、私をその気にさせてみせて、と……」
「ウブなのか、計算高いのかわからないが、おまえから誘われるのは新鮮だな」
佐藤の指が抜かれ、すぐにひたと大きなものがあてがわれる。
「さあ、いい声で啼け。そのまま腰を落として自分で挿れるんだ」
「自分……で?」
「おまえが俺の上に乗っかってるからな。おまえが自分で挿れてくれないと、俺はどうにもできないぜ?」
「そんな……」
どうしよう。どうすれば佐藤のを上手に自分で挿れられる?
今までの桜井はずっと受け身だった。何をするにも佐藤が桜井に無理と勝手を強いていたから、桜井は文句を言いながら快楽に喘いでいるだけでよかった。
しかしこの体勢では、桜井が自分で挿入ないと、確かにつながれない。
ひとまず上半身を起こして、腰を少し上げてみる。背後に手を回すと、桜井の尻のラインにそって、大きく堅い佐藤がぴったり寄り添っていた。
恐る恐るそれに触れて、はっとする。
今までは全然気づかなかったが、初めてちゃんと触れた佐藤の性器は予想以上に大きい。
今更だが、男同士の行為は、もともと挿入する場所ではないところで繋がる。
こんな大きなものが?
本当に自分の身体で受け入れられるのか?
挿れて、そのあとは? どうすればいい?
佐藤はどうやって、自分を貫いていた?
言われてみれば、佐藤は桜井の身体をそれなりに慣らしてから……シていた気がする。
生々しさが脳裏にフラッシュバックし、桜井の全身が恐怖と混乱で震えだしてしまった。
「む、無理…無理です…。こんな大きいの、入りません……」
「しかし、いつもおまえのストレスを解消していたのは、コレだぞ?」
佐藤の熱核が意思表示をするように、ぴたんぴたんと桜井の尻に当たる。
「いざちゃんと意識すると……絶対挿れるなんて無理ですよ……大きすぎます」
跨がったまま、子どものようにカタカタ震える桜井に、佐藤はやれやれと笑った。
「怖いのか、恭司」
「こっ、怖いわけ……っ!」
「物言いと態度が真逆だぞ。さっきまで我慢できないなんて言ってたくせに」
「そんなことありませんっ」
「でもま、そういうところも新鮮だ。おまえは本当に素直じゃない。だが」
瞬間、桜井の視界が変わる。
あれ?と思ったときには、すでに桜井の視界は天井を映していた。
佐藤は鍛え抜かれた腹筋で自らの身体を起こすとともに、桜井を押し倒したのだ。
「裕二……?」
「素直じゃないおまえはとびきりかわいい。だからもう止めてやれない」
「えっ……?」
「大丈夫、怖くない」
蕾にひたと当てられた佐藤の熱核。
「あっ……」
「ずっと抱いててやる」
ひとつになる時が来た。
「俺の言うとおりにするんだ。息をゆっくり吐いて、力を抜け」
佐藤が身を乗り出しながら、桜井の中に入ってくる。
怯えてしまった蕾が、佐藤の形にほころび始める。
「あっ、ああっ……はあっ……」
「少しずつ……挿入ってくのがわかるか?」
「や、あっ……! なか、なかに、大きいのが、ああっ……!」
下腹が熱い。とんでもなく大きなもので全身を串刺しにされたみたいだ。狭道をずぶずぶ進んでいく、痛みにも似た鈍い腹の圧迫感をどうにかしたくて、桜井は男の身体にしがみつく。足も佐藤の腰に絡めて、桜井は必死で佐藤を受け入れていた。
何度も抱き合ったのに、今日は一番セックスが重い。こんなこと、初めてだ。
荒い呼吸の中で、自分を貫く男の形を感じる。
これが佐藤だ。
何度も抱き合ったのに、それまでのセックスとは全く違う、圧倒的な衝撃とひとつになれる期待に脳が熱せられる。
腹に軽く力を入れれば、桜井の腹に佐藤の形が浮かぶのではないか。それほどまでに、桜井の中は佐藤で一杯だった。
だけど、それに違和感はない。少し怖いけど、それは待ち望んだもの。
時間をかけ、佐藤のすべてが桜井の中に収まると、佐藤は桜井をぎゅっと抱きしめた。
「ようやくひとつになれたな……」
「ええ、でも……」
こんなの何度だってしたはずだと言い掛けた唇が塞がれる。それはとてつもなく優しくて穏やかだ。
「俺は幸せだ。こうしてちゃんとおまえを抱けた」
「ちゃんと……?」
「ああ」
佐藤の両手が桜井の火照った頬を包む。だが、彼の手はそれ以上に熱を持っていた。
「今まではおまえの人形を抱いていた。そこにおまえの心はなかった。だけど今はこれ以上はないほど俺は幸せを感じてる。ずっと願ってたからな。おまえがなんと言おうが諦めるつもりもなかった。だから叶った」
佐藤が密着したまま、ゆっくりと中で動く。
「ああっ……! いい、すごい……!」
激しい動きではないのに、それはとんでもなく大きな淫波だ。意識も理性も何もかももっていかれそうで、桜井は嬌声を上げて身体をくねらせる。こんなにスローなセックスで、自分はこんなに乱れている。
佐藤が本気を出したら、自分はどうなってしまうのだろう。
「ゆう、じ……」
「もう絶対……離さない」
桜井の身体の中で快感の波が大きく弾けた。
愛しさが全身に満たされる。
「離さないで……ください」
「……恭司」
擦れた声で佐藤は桜井の名を呼び、それを合図にずんと激しく突き入れられる。佐藤の切っ先が襞を擦り、桜井の奥を突く。くちゅくちゅと互いの体液がまじりあう音が官能をさらに昂らせ、下腹が震えた。小さないくつもの光が、きつく閉じた瞼の裏でたくさんの打ち上げ花火のように弾け、そのたびに桜井を幸せが満たしていく。
全身が揺れ、桜井を抱く男の汗が落ちてくる。真冬の部屋の中、暖房なんてかけていないのに、寒さなど感じない。佐藤の熱核が桜井を内側からあたためていくようで、息が白くなる温度なのに寒さを全然感じなかった。
「好き、好き……裕二……もっと、ああ……」
佐藤への愛しさが半端なくこみ上げてくる。
ふいに綾樹の顔を思い浮かべてみたが、以前の様な胸の痛みを感じない。
前は佐藤に抱かれているときに綾樹を強く思い出してしまい、抱かれる自分が汚く思えて仕方なかった。
違う男を妄想しながら、好きでもない人に抱かれる心の不協和音が耳障りで、それが罪悪感を幾重にも重ねて高々と奏であげる。
耳を塞いでも、身体を許しているのは何よりも自分自身の意思。そんな自分が許せず、かといって恋心を抑えつける方法はといえば、綾樹の代わりを佐藤に演じてもらうことしかなかった。
そうすることで、桜井の中の燃え上がる綾樹への欲情と、春樹への嫉妬を抑え込んでいた過去の自分。
佐藤はずっと桜井のことを「好きだ」と言ってくれた。
その想いは、本物なのだと思っていいのだろうか。
不安になって桜井は男の身体に腕を伸ばす。きゅっと抱きしめると、佐藤が「どうした?」と耳元で囁いた。
「裕二…、これは夢では……ありませんよね?」
体を揺らされ、快楽に喘ぎながら、息も絶え絶えに訊ねる。目の前でぶつかる悦楽と不安。それが砕けて桜井の心の中に降り注ぐ。今、この瞬間、佐藤に貫かれて嬉しいのに、不安は棘となって心に傷を作り、そこから不安や恐怖が溢れだす。
今更それを聞いてどうなるものでもない。だが不安で仕方ない。
「あなたは……あなたですよね……? 誰かの代わりを、抱いていませんよね……?」
佐藤が抱いているのは、自分なのだと、確たるものが欲しかった。佐藤だけをまっすぐ見ている本当の自分であるのだと、佐藤の口から言って欲しかった。
「面白いことを言うもんだな、おまえは」
佐藤はひときわ強く突き入れ、奥で一度動きを止めた。
「大丈夫だ恭司。おまえの目に映っているのは、俺だ。そこに新城の姿はない」
「裕二……」
「新城の幻影になどに…」
不意にズンっと大きな圧を押し込まれる。
「ふ、うんん…、そこ、あ……」
言葉をゆっくり切り、そのたびに佐藤は強く桜井を打擲した。激しい抽送は淫毒を孕んで桜井の敏感な部分を容赦なく刺激する。理性もなにもかもが性の熱に蕩けていく。
「覚えておけ恭司。もう二度と、あいつなんかに、おまえを連れて行かせない」
「え……?」
「おまえのすべてに俺の印を刻んでやる。これが現実なんだって教えてやる」
「ちょっ……あうっ……!」
なにをする気かと聞こうと思った刹那、首筋に噛みつくようなキスを落とされた。本当に皮膚を食い破っているような気がして「痛い」と逃げようとすると、逃がさないとばかりに激しく最奥を突かれ、痛みすら気持ちいい。
佐藤は医師だ。人間の身体を熟知している。そのせいなのか。彼は正確に、桜井のいいところを狙ってくる。そう思わずにはいられないほどーー溺れてしまう。
「やっ、あ、んっ、それ、ダメ、ああっ!」
「なにが……ダメだ……? ああそうか、おまえは奥を犯されるのが大好きだったな」
ズッズッと断続的に中を抉られ、意識が引き剥がされそうだ。とにかく何かに縋りたくて、桜井は嬌声をあげて抱きつく腕に力を込めた。
「そんなイヤらしいこと、ダメ、ダメぇ! 言わないで……っ!」
もわもわと下腹でうねる、鳥肌が立つような快感がたまらなくて佐藤に腰を突き出しておねだりしてしまう。
「もっと突いて……奥、おくもっと……」
「さっきまでは、俺のはデカすぎて入らないなんて言ってたくせに」
「うそ……そんなの言ってない……。でも裕二の、おっきいの、あんっ、気持ちいい……」
「言ってねえの? おや、俺の聞き間違いか?」
「そんなの、どうでもいいです……」
「なんて奴だ、気持ち良ければ何でもいいのか?」
「そう、ですよ。うぅ、んっ、でも裕二のが、いい…これが好き……」
言葉は聞き取れるが、頭がそれを処理しないから、自分でも何を言っているのかよくわからなかった。今の桜井にとって、必要なのは言葉じゃなく、佐藤から与えられるこの時間だ。
完全に桜井は佐藤の虜になってしまっていた。
愛しい男は「恭司、おまえはズルいなぁ」と苦笑いしている。
「好き、これ、好き……あ、んんっ……」
「仕方ないだろ? 俺のがいいのは当たり前なんだよ。だっておまえは俺の形しか知らないんだから、入らないはずがない。俺のじゃないと気持ちよくなれない身体にしてやったんだ。長い時間かけてな」
「そんなこと……」
ないと言い掛けて、はたと我に返る。
抱かれる感触を比較できるほど、自分は男を知らない。
むしろ、この身体を許した相手は、佐藤ひとりだけだ。
そうか、自分は佐藤しか男を知らないのか。
なんだかほっとする。
おかしなものだ。
デリカシーの欠片もないし、自分勝手も度が過ぎる、こんな男へ焦がれていたのを今頃知るのだから。
ふふっと笑うと、佐藤が首を傾げた。
「なにを考えてるか知らんが、くそかわいい顔だな、恭司。悪いけど、もう我慢できねえわ」
「あなたが我慢なんかしたこと……ないでしょう?」
「ん?」
佐藤の眉間に皺が寄る。
「俺ほど我慢強い奴はいないが?」
「嘘。あなたはいつも私のことなんか考えもしない。いつだって自分勝手。でも私は……そんなあなたを好きになったんです。……あなたの気の済むように、私を食べて」
「恭司……」
「あなたの命で私のお腹、満たして……」
桜井は腰を浮かせて、佐藤にすり付けた。
「溢れるくらい……奥に……かけて」
互いの叢をさりさり触れあわせながら、桜井は熱っぽく佐藤にねだる。
「私はそれくらいーーあなたが好き。あなたで飾って、私のすべてを」
後悔などしない。佐藤が良い。
彼であるなら、何をされたっていい。
だって、彼が好きなのだ。
――どことなく、妙な話ではあるけれど。
佐藤がふっと小さく笑う。直後、激しい突き上げが始まった。
「ああんっ!」
奥を激しく抉られる抽送に、腹の奥が歓喜に震え出す。身体の中、すべての臓器や骨
末端の神経に至るまで、佐藤の熱核の切っ先がなぞっていくような、心地いい痺れが走る。
「恭司……」
耳から流し込まれる熱いささやきは、もう自我を壊す麻薬だ。
「恭司、恭司……」
身体が熱い、息が止まる――穿たれて揺らされて、堕ちていく。
この先もずっと、こうしていてほしい。
欲情にかすれる声は、佐藤が欲しいと望む心の叫び。
彼の熱核が抉るたび、こみ上げるのは貪欲に愛を欲しがる心だ。
「――愛している、恭司」
反則だ。
こんなふうに愛しているなんて言われたら……もう我慢なんかできない。
「ゆう、じっ、裕二……わた、私、わた、し、もう、もう……」
「俺も……どっちが早いか競争だな」
それをいうなら一緒にいこうじゃないのかとふと思ったが、相手は佐藤だ。考えるのは自分の都合だけ。
自分たちはこんな感じで関係を続けていくのだろう。
「――っ」
佐藤が腰を奥で止め、桜井の腹の中をあたたかなものが満たしていく。
「私の中に……あなたが……ああ……」
陶然と天井を見つめながら、彼の命を腹で感じる。
荒い吐息が絡みあう。この時間すら、今までと違う。
恋人になるとは、愛しい男のものになるとは――こういうことか。
桜井は愛しい男の顔に腕を伸ばすと、そのまま引き寄せてキスをする。
「――もう一回、しますか?」
「いいね、積極的なのは好きだぜ」
佐藤がニヤリと挑戦的に笑う。
「言い忘れた。あけましておめでとう、恭司」
「あ」
気が付けば新年だ。今日は東京に戻らないといけない――けど。
「帰りたくないな……」
ぼそりと本音が口をつく。
「でも帰らないと。仕事始めに影響が出ますしね」
「健全なカップルは元旦に仕込みをやるんだ」
「え?」
「姫始めだって言ってるんだ。悪いが、しばらくはおまえをこの部屋から出さないぜ。おまえが間違って妊娠でもしてしまうくらいには抱いてやるつもりだから」
桜井の中にとどまったままの彼が、また少し大きさを増した。
「あっ……」
佐藤がゆるゆる動き出す。これでは今日中の帰京は無理だ。
「しかたありませんね。なら、私をたくさんかわいがってください」
そうでなきゃ承知しませんよと佐藤を睨むと、彼は「了解」と笑った。
「さ、かわいい顔をたくさん見せてくれよ」
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