クリスタライズ~ある狙撃手へのレクイエム~

浅倉優稀

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#25 生きることが彼への罰

#25 生きることが彼への罰

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 ミハイルは自室の机に座り、考え事をしていた。両肘をついて頭を支えつつ、ミズキのことを考えていた。
 ミズキが連行されてから2日。クラウスからは何の連絡もない。
 ミズキを連れ去ったのは「脱走疑惑に対する取り調べ」だそうだが、あの老獪は何を考えているかわからない。
 ミズキのクリスタライズ自体は、一般的なディスタンシア兵が持っているものと違うため、爆発する危険はないが、それでもあの老獪、ミズキに何をするかわからない。
「失礼します、兄貴」
「兄貴ではないでしょう、グスタフ。ここでは何と呼ぶんです?」
 聞こえた声に振り向きもせず、声色だけでグスタフを一刀両断する。
「で、何の用事ですか、グスタフ」
「ミズキの行方、なんかわかりましたか」
「わかりません」
「ミズキがいるのはあのヒゲ親父のところですよね?」
「おそらく。彼が連れて行ったのだから、そこにいるんでしょう」
「俺、ヒゲ親父のところに特攻して、ミズキを連れ戻してきましょうか?」
「特攻?」
 その言葉にミハイルは椅子に座ったまま、身体を声の方に向ける。昼間でもカーテンを閉めているこの部屋は、明かりがないと薄暗い。部屋のスイッチを侵入者たちが壊していったので、ミハイルはいまだ小型のルームライトで明かりを確保している状況だった。
「グスタフ、特攻とは? あなたなにをするつもりですか?」
「言葉通りだよ。殴りこんで取り返す。それだけだよ」
「ミズキがどこにいるか見当はついているんですか?」
「え、あのヒゲ親父の部屋じゃ?」
「あなたはバカですか」
 ミハイルは長い溜息をついた。
「あの老獪が自室にミズキを閉じ込めているわけがないでしょう? どちらにせよ、早く何とかしないと、ミズキがひどい目に遭わされるのは自明の理。あの老獪の事です。どうせただの尋問では済まない。薬くらいは平気で使ってきそうです。あの老獪には昔から変な嗜好がありますから。ミズキがもし強制的に妙なことを吐かされでもしたら、もう私の力ではミズキを取り戻せなくなる」
「でも兄貴……」
 グスタフがばつが悪そうに頭を掻く。
「ミズキはその、ここでは罪人だから……。どのみち死ぬ奴だろ。ヒゲじじいもそのつもりなんだろうさ。だけど」
少し言葉を選びながらもじもじと言う。
「ミズキ捕まえてこいって兄貴から言われた時、俺は正直嬉しかった。一番の上の兄貴やジュリアの仕返しができるって思った。でもあいつと話していたら、俺、敵討ちとかどうでもよくなった。あいつ、ディスタンシアにいたくせに、びっくりするくらい素直で優しかったんだ。作戦中もあいつ自分はろくに食わないで、俺の事ばっかり心配して。俺が最初の友達だって言ってくれて、俺、嬉しかった。戦争さえなかったら、ミズキと親友ダチになれたかもしれない。いや、もう今じゃ俺はミズキのことは、親友超えて、弟っていうか……家族だって思ってる」
「グスタフ……」
「兄貴がミズキの刑を軽くしてくれないかなって本気で思ってた。兄貴もミズキを大切にしてくれてたしさ。ついでにもし死刑になるとしたら、兄貴の手でミズキを楽にしてやってほしいとも思ってる。その日が来たら、俺はミズキの最期をこの目で見届けるつもりだ。でも戦争は終わった。憎しみは未来に持っていくべきじゃない。俺たちの誰もが、武器を持った手を下ろさないと……何も始まらないじゃないか」
 ミハイルはじっとグスタフの話を聞いていた。
「兄貴だって本当は、俺と同じ気持ちなんだろ? そうでなきゃ、ミズキはとっくに死んでる」
「グスタフ……」
 ミハイル自身ももう敵討ちなどどうでもいいのが本音だ。
 ミズキが自分自身の力で戦争の終わったこの世界を生き抜くことが、ミズキに科す罰だと思っている。
 平和を知らないあの純粋な瞳に、眩しい世界を知ってほしい。自分の凶弾に倒れた人、遺された人の悲しみをその目と耳で直に感じてほしい。それが死ぬことよりつらいかも知れなくても、戦争しか世界を知らないミズキだから、生きてほしいのだ。
 どこかでミズキには、けじめをつけて貰わなければならないが、それは彼の命を奪うことで終わっていいのかと思っている。
 処刑すれば、そこで終わる。しかしそれで、失った人は二度と帰らない。
「グスタフ、こっちにいらっしゃい」
 ミハイルがおいでと手招きする。
「兄貴?」
 何やらグスタフは怪訝そうな顔をしていたが、グスタフはとととっと走り寄る。
「グスタフ、少しだけこうさせてくださいね」
 ミハイルはそういうとその場に立ち、グスタフの肩にぽふんと頭を乗せた。
「私もグスタフと同じ気持ちです」
「兄貴……」
「あの子に血反吐を吐くほどのつらい言葉を言わせてしまった。下でクラウス大将とひと悶着あった時に、ミズキは言いました。自分はディスタンシアの怨嗟をすべて背負っている。その復讐を行っただけだ。クラウス大将ごときに捕まるなら、クラリス人をもっと殺しておけばよかった。そんなの……あれはあの子の本音じゃない。私も含め、周りがそう言わせたんです。あの時、ミズキを囲んでいた人間すべてが」
「そんなことが……」
「ミズキが感情を爆発させた。だけど、ミズキが殺したその中には兄さんが混じっている。私はミズキを止められなかった。そして、私はミズキを死なせたくないのに、彼の想いに対して否定も肯定もしなかった。ミズキは私を見限ったでしょう。もはやクラリスここに味方は誰もいないと。結局は無法者の手に売り渡されるのだと。それでも私は、ミズキを死なせたくない。兄さんには申し訳ありませんが、私は恨みでもって彼の心臓を裂くことはできない」
 自分の手からミズキが奪われ、彼がどんな目に遭っているかと思うと、すぐに助けに行かなくてはと思うのに、それができない自分が歯がゆい。
「私たちは兄さんの仇をとる。そのためにあなたに危険な潜入をさせた。でも……」
 ミズキを失うことに怯えているのだと自覚する。だから同じ血の流れる人に、この気持ちを聞いてほしい。
 黒衣の悪魔だなんて呼ばれていても、自分は弱いものだと心の中で自嘲する。
「笑っても結構ですよ。今なら許します」
「笑わねぇよ」
 グスタフもまた、ミハイルを抱き返す。
「兄貴も同じ考えで良かったって、俺、ほっとしてる」
「グスタフ、あなた、大人になったものですね。私は今でも怖いものがたくさんあるのに、今のあなたはとても頼もしい」
 感情が高ぶって声が詰まる。
「兄貴、泣いてんの?」
「そうですよ。今度はミズキかと思うと、怖くて仕方がない」
「兄貴……」
「もう誰も失いたくないのです。大切な人が、私のそばから消えるのはもう嫌なんです」
「うん」
 グスタフの手が戦慄と不安で震えるミハイルの背中をそっと撫でる。それだけで過敏になっている感情の波が穏やかになる気がする。人の手は不思議だ。
 グスタフがこんなにも成長していたなんて気づかなかった。
 小さいころからあまりにもやんちゃが過ぎ、近所の子は軒並みグスタフに泣かされていた。
 彼の騎士道精神か、女の子に手を出すことはなかったが、男相手だと年上だろうがなんだろうが、お構いなしにかみついていたので、ミハイルと長兄のヘンドリックは、「手を出したグスタフが悪い」とゲンコツと雷を落とした後、ぶすくれたグスタフを連れて、3人で謝りに行っていたものだ。
 そんなに暴れたければ軍に入れと、長兄は半ばグスタフの性格を矯正するつもりで、クラリス軍に入れた。
 軍に入ってからかなりの月日がたった。言葉遣いは相変わらずで礼儀作法もどこかあべこべだが、それでも今のグスタフは立派な軍人だ。
 アルベルトはよくミハイルに言っていた。「将来の上級大将はおまえだが、グスタフもまた、立派な軍人になる。あいつは不思議と人の心に寄り添って優しさをもたらしてくれる。兄貴がそう心配しなくても、あいつは人心を掴み、やがておまえの片腕となるだろう」と。  
 アルベルトの見立ては間違っていなかったのだと思う。そう思うと、この空のどこかにいるアルベルトにグスタフの成長を見せたくなってしまう。
 しかし今は、ミズキを助け出さなくては。
 普通に尋問を受けているはずはないだろうから、一刻も早く自分の手に取り戻さないと。
 切り札はこちらの手のうちにある。定石でも奇襲でも仕掛けようと思えば仕掛けられる。
「グスタフ、私に協力してくれますか?」
「ああ」
 問いかけたミハイルに、グスタフは力強く言った。
「俺はいつだって、兄貴の味方で忠実な部下だ。兄貴、何から始めればいい?」
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