クリスタライズ~ある狙撃手へのレクイエム~

浅倉優稀

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#26 取引

#26ー1

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 クラリスでは裁判のあと、死刑判決がでた場合、原則として関係者だけで刑は執行される。
 だが公平さを謳う裏では、法廷の手続きを踏まずに秘密裏に処理、いわゆる私刑にする場合がある。これは主に裏切り者にされる処置だ。
 そして戦犯の場合はまた特殊で、処刑後も遺体は「クラリスの闇」というべき場所へ送られる手筈になっている。
 これは軍の中でも上級大将以上しか知らないブラックボックスだ。
 ミハイルは捕らえた捕虜よりも、裏切り者の粛清を行うことが多かった。
 ルールに背いたものが命乞いをしてチャンスを与えたとして、二度目の裏切りがないとは限らない。恐怖政治を強いているような形だったが、今は戦時中。1人の裏切りが軍を壊しかねない。リスクは排除するべきだ。
 だから味方の裏切りには容赦をしなかった。
 この血まみれの手は、国を守った勲章だ。たくさんの命を奪ったが、その分、母国を守ったと思っている。
 しかし、今のこの手は、ミズキ一人すら守れない。
 ミハイルは軍務をこなしつつ、海軍に探りを入れていたが、ここ数日で、戦犯に対して激しい拷問が行われたとか、罪人の死刑を執行したという話は聞こえてこなかった。軍関係者の出入りも注意したが、ミズキがどこかに移送された形跡もない。
 あの老獪なら、ミズキを戦犯として扱うだろうから、ミズキはクラリス軍の営倉にいるのは間違いなかった
 そもそも海軍の兵士が陸軍の上級大将の部屋になだれ込んだことが問題だが、ミズキの処遇を巡って民衆が騒いでいるのも知っている。
 戦争が終わってからこっち、社会は銃やナイフではなく、ペンや電波で人を殺すことに躍起になっている。
 民衆の中にたまったガスが爆発する前に、ミズキを取り戻さなければならない。
 処刑の目的は断罪だ。人の命を弄ぶショーにしてはいけない。
 ミズキやクラウスの動向を調べてはいるが、夜の方が動きやすいせいもあって、最近のミハイルは深夜まで仕事をしていることが多くなった。
 ミズキが苛烈な尋問を受けているとしたら、彼の細い身体では、もって1週間と言うところだ。
(あの子はあまり身体が強い方じゃない。何とかしないと……)
 ミズキの名前を鬼籍に書き込むのは、ミハイル自身だ。ほかの人間にそれを許すわけにはいかない。
 執務室で書類を片しながら、ミズキをどうやって救出するか考えていると、机の上の電話が鳴った。
 時間を見れば、時計の針はまもなく深夜12時を指そうとしている。あと数分で日が変わる。かなり遅い時間。
 この電話は内線専用だから、かかってくるとすれば、軍の関係者になる。
 24時間歩哨と警備を行うセキュリティ以外に、こんな時間まで仕事をするような働き者が、果たして自分以外にいるとも思えないが。
 受話器を取り、耳に当てる。
「もしもし?」
 いったい誰だ。相手への不審さを声にのせて応答する。
『ブライデン大将か。こんな時間まで職務とはご苦労だな』
 若干とろんとした声ではあるが、少し息が荒い。
 ミハイルを労う気もないこの声は。
「クラウス海軍大将……。こんな時間に私に何の御用でしょうか?」
『あの戦犯が吐いた。貴殿にはその証拠品をこちらに引き渡していただきたいのだが?』
 なんだ、この老獪は何を要求している? ミハイルは軽く息を吸い込み、クラウスの要求を探る。
 そもそもミズキにかかっている罪は暗殺容疑でであり、スパイではない。機密など何も持っていない。老獪は何が望みなんだ?
 慎重に相手の要求を探らなければ。
「ミズキが何を話したというんです? それに証拠品とは?」
『あの戦犯のクリスタライズのスイッチだ。貴様が持っていると聞いている』
 クリスタライズ。その言葉を聞き、ミハイルの背筋に冷たいものが走った。
 なにせ捕虜にクリスタライズを再度埋め、爆破処刑ショーを行えばいいと本気で言う人間だ。
 まさか、ミズキを残虐なショーの主役に仕立てるつもりか。
(ミズキ……クリスタライズのことを喋ってしまったのか)
 人間は痛みには耐えられないものだが、尋問はそこまで厳しいのか。後ろでは何かが軋むようなギシギシという音が聞こえる。
 ミズキのことが気になる。
「ミズキ……ミズキはそこにいるんですか?」
『ブライデン大将、私の質問に答えるのが先だ』
 ミズキのクリスタライズは、普通のディスタンシア兵が持っていたものとは違う。
 起動方法も、通常なら兵士がパスワードを口にするか、本国からの起爆信号受信で作動するのに、ミズキのクリスタライズは、自分でスイッチを押すことで起動するタイプだ。
 兵士が死ぬこと前提で敵陣へ行かせる「兵器」というより、このクリスタライズは兵士を「なるべく長く生かせる」ためのものだ。
 むしろ、ミズキには本来クリスタライズを抱かせるつもりはなかったが、仕方なくこれを持たせた……という事情があったのではないかと思うほどの珍しい型カスタムタイプだ。
 確かに、ミズキのクリスタライズのスイッチはミハイルが持っているが……。
 ふっとアルベルトとグリーンゾーンで出会った日を思い出す。
 ミズキから未だ情報を引き出せずに困惑するミハイルを見て、アルベルトはシナモンティーを飲みながらふふっと笑っていた。
『ミズキが頑固すぎて、兵たちが根を上げているのか?』
 アルベルトが言うくらいだ。正気であれば、ミズキの口はかなり堅いのだろう。
 それなのに、クラウスにクリスタライズのことを話した?
 そんなにひどい攻めを受けているのか。それとも正気ではないのか。不安が募る。
「クラウス大将。確かにスイッチは私が持っていますが、ミズキはどうしているんですか?」
『戦犯に向かってミズキと呼ぶのか。関係はずいぶんと親密なのだな』
「あなたと取り調べのやり方が違うだけです。それにミズキ・ブランケンハイムはこちらの管理下にある戦犯。脱走疑惑の取り調べがすんだら、早急に返していただきたい」
『残念ながら、奴は営倉ここから一生出ることはないだろう。ただ安心しろ、あの戦犯には傷ひとつつけていない。元気にしているぞ』
 本当か。ミズキは本当に元気にしているのか。にわかに信じがたい。相手は老獪だ。
「ミズキを電話に出してください」
『ああ残念だな。さっきまで起きていたが、疲れ切って眠っている。起こすのもかわいそうだ』
「かわいそう?」
 その老獪にそんな優しさがあるとは思えない。
「戦犯に対してずいぶん寛容ですね」
『で、スイッチをこちらによこしてくれるのか?』
 スイッチを渡すことは、ミズキの命をクラウスの手に渡すことになる。
 ミズキのクリスタライズは特殊なものだから、クラウスが今の状態でミズキの命運を握るならば――。
「ミズキのクリスタライズを取り出して、本体を解析されては?」
『あの戦犯の身体には、あれ以上の無粋な傷を増やしたくないのでな』
――無粋な傷?
 クラウスがそんなことを言い出すとは思わなかった。
「クラウス大将、本当にミズキは無事なんでしょうね?」
『嘘だと思うならこちらにスイッチを渡せ。かわりにあの戦犯に会わせてやる。用件はそれだけだ』
 通話は一方的に切れ、あとにはビジートーンが鳴り響く。
 ミズキはどうやら無事らしいが、あの老獪にしてはずいぶんミズキに特別待遇を与えているようだ。
 だが胸騒ぎがする。
 受話器を置き、ミハイルは視線を空に泳がせる。
 前にミズキに言った。『戦犯でなかったら、ずっとミズキのそばにいますよ』と。
 彼が絶命する瞬間まで、自分はそばにいる。せめて、その約束だけでも守らなければ。
「ミズキ……あなたに会いたい」
 ミズキは、世界でたったひとりのミハイルの宝物。優秀な狙撃手の鋭さを潜ませながら、純粋で優しい心を併せ持っている、少し臆病でかわいらしい美しき異色光彩。
 今、どこで何をしているのか。元気で、五体満足でいるだろうか。
 そして。
 ミズキも――ミハイルに会いたがっているだろうか。
 彼への想いが深夜の静けさの中を彷徨っている。
 だが、ミハイルにはミズキの命のカギであるクリスタライズのスイッチを渡していいものかどうか、決心はつかなかった。


******


 ミズキは営倉の地下室にいた。ここには窓も時計もない。
 今が朝なのか、夜なのか。時間の流れもわからなかった。
 クラウスに抱かれるようになって、もう何日たっただろうか。
 不思議なことに、ここにはクラウス以外誰も来なかった。まるでこの場所が現実から切り取られているのかのように、クラウスとミズキ以外の人の気配はなかった。
 ミズキは、ローテーブルに上半身を這わされ、床に両ひざをついていた。両手は革紐のようなもので後ろ手に拘束されている。濡れた手首に紐が食い込み、膝も地面と擦れて痛かった。
 全身がべたべたして気持ち悪い。それは下肢が一番ひどかった。
 ミズキの目の前には、黒いダイヤル式の電話が置かれている。クラウスがどこかに電話をしていたようだ。相手が誰かはわからないが、話が終わったようだ。受話器が置かれた。
「さあ、アレはおまえを迎えに来てくれるかな。まあ、アレに渡す気などないが。なあ、ミズキ?」
 ミズキの蜜壺を埋めていたクラウスが動きを止める。
「ああ……ん」
 ミズキは視線だけを後ろのクラウスにうつし、不満げに声を出す。
 内股をとろりとしたものが伝う。それはクラウスが吐き出した劣情だった。ミズキの陰華は真っ赤に色づいている。常に何かを尻に入れられているから、華は閉じる暇がない。
 今もクラウスがミズキの中を蹂躙している。最近のクラウスはゆっくりとした動きでミズキの中を味わうことが多い。緩慢であるほど、ミズキの肉洞はさらに潤い、すべての神経が襞に集まり、自らを犯すものを必死に舐めしゃぶる。それが強烈な刺激となって、ミズキを苦しめていた。
 ミズキがディスタンシアでされていたことを、クラウスがどこで知ったのか知らないが、ミズキの茎の先端には、細身の銃弾を加工したものが埋め込まれていた。
 先端を丸く加工した銃弾が尿道の柔らかい粘膜をくにゅくにゅと刺激するから、吐き出せないまま快楽だけを一方的に与えられている。
 そう言えばクラウスからいくつか質問を受けた。その中にクリスタライズに関することも訊かれたが、なんと答えたか良く覚えていない。ただ、「ミハイルが持ってる」とだけは告げた覚えがある。
「何を」かはわからないが。
 続けざまに与えられる淫毒は、ミズキの脳を支配し、理性を腐らせ消し去った。
 ディスタンシアでの日々が蘇ったようで、ミズキの頭がもはやまともな思考ができない。
「ミズキ。おまえの中が一番いい……一時も離したくない」
 さっきも出したのに、クラウスは萎えることがなかった。ギリギリまで引き絞り、一気にズンと突いてくる。鈍い痛みが腹の中を重く揺らす。
「あん!」
「ああ、そういえば栄養剤の時間だな。ミズキ、欲しいか?」
「ほしい……」
「そうか。待っていろ」
 クラウスは食事の代わりに「栄養剤」と称し、定期的に何かの薬を注射していた。そのせいで、肘の裏側には紫色の内出血斑が広がっていた。
 縛られたままの腕にチクリと痛みが走り、身体の中を薬が走る。
「ああ、入って……はいってく、る……」
 時折、尻にも管を通され、その薬を注入された。不思議とこの薬を打たれると、意識はさらにどんよりとするのに眠気が飛んで、空腹を感じなくなる。そしてクラウスの性器をより敏感に感じられた。
 大きくて熱いものがミズキの中を擦り上げ、最奥をずんずん突いてくる。突き上げられる刺激とは別に、唇で花弁を身体中に描かれたり、耳朶をかじられるだけでも気持ちよくてたまらない。挿入がなくても、硬くしこった桜色の乳首を吸われるだけでも射精感が増してしまう。
 おそらくろくな栄養剤ではないのだろうが、すでに脳がこの快楽を覚えてしまい、クラウスに「打って……」とねだると、クラウスは満足げに笑って薬を打ってくれた。
 いつの間にかクラウスは、ミズキを「戦犯」ではなく、名前で呼ぶようになった。
「俺はずっとおまえのそばにいるぞ、ミズキ?」
 だがミズキの耳には、クラウスとは別の声が常に聞こえてきた。
『あなたのそばにずっといますよ。あなたがイヤだと言ってもね』
「うん、嬉しい……」
 ミズキの頭の中で、クラウスとは別の声が聞こえる。それに返事を返す。
 その声はミズキにとって、とてもとても安心できる人の声。戦争と瓦礫の街しか知らなかったミズキに、優しさをくれ、いろんなことを教えてくれた人の声。
「俺といて嬉しいか。ミズキ」
 クラウスは腰を密着させたまま、ミズキの最奥を叩く。中に注がれた分が押し込まれる度にぷちゅぷちゅと音をさせて溢れだし、ミズキの肌を伝う。
「ミズキ……ああ、おまえの中は最高だ……俺を悩ましく煽るとは」
「ああ……んっ……」
 腹の中で熱く猛ったクラウスがぬるぬる蠢くのがたまらない。
「ミズキ、ミズキ……」
 名前で呼ばれる度に、ミズキの胸がきゅんと痛む。
 それは懐かしさのような、切なさのような……。激しい抽送でろくに言葉が紡げなくても、その痛みは大きくなるばかりだった。
 会いたい。その人にぎゅっと抱きしめてほしい。
「ミハ……イル……」
 声には出さずにその人の名前を呼ぶ。
「僕、ここにいるよ……」
 快楽と薬が作る幻の中で、ミズキは願う。
 後ろから貫かれ喜悦の涙を流しながら、黒い悪魔の腕の中で迎える最期を。


※※※※※※※
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