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桜井が業務に戻り、社長室にまた静寂が戻った。
高層階の社長室、大きな窓のそばに立ち、綾樹は空を眺めていた。
少しの間、桜井のことを考えていたかった。
桜井は新しい眼鏡を大層気に入ってくれたようで、何度も綾樹に礼を述べていた。
物で桜井の心を掴むつもりはなかった。だが、夜も遅くまで目をこすり、タオルを首に当て、ろくに食事もとらずに業務に邁進する彼を、何とか手助けしてやりたかった。
眼鏡といえば綾樹の知る限り、詳しいのは楠田だ。
だから彼に相談したら、桜井と会ったと教えてくれ、そのときにプレゼントの話になった。
眼鏡ひとつで状況は大きく好転はしないが、アイウェアが変われば気分転換にはなるだろうし、なにより長く使い続けるなら、わずかな重みでも軽いに越したことはない。
桜井を少しでも楽にしてやりたくて、無理やり楠田の店に連れて行ったのだ。
初めて人にあげるプレゼント。本当なら桜井の好きなものを選ばせてやるべきだった。
歴史と恋心を結び付け、リンドバーグにしたのは、ほぼ綾樹の押し付けだ。
しかし、眼鏡を受け取った桜井の嬉しそうな顔を見た瞬間、綾樹の中で何かが目覚めてしまった。
『綾樹……ありがとうございます』と礼を言った桜井のはにかんだ笑顔。それが少女のように可憐で、愛おしくて、つい彼を抱きしめてしまった。
長年付き合ってきたのに、桜井にそんな気持ちを初めて抱いた。
もし桜井と番になれるなら、こんなに心強いことはないなんてことも思った。
勢いあまって、あんなふうに桜井に告白してはみたものの、桜井の方が一枚上手だった。
「あいつは……私を傷つけないように、必死に言葉を選んだんだろうな……」
自分はまだ綾樹の愛を受け取るに足らない人間だなんて、よく言えたと感心する。綾樹の方こそ、桜井に甘えっぱなしだというのに。
桜井のおかげで、綾樹がどれだけ心強いか。
子どもの頃から気心が知れた仲だ。
遠い昔に、自分が水難事故で怪我をしたときも、桜井はずっとそばにいてくれて、綾樹が忘れたことを全部教えてくれた。だから今の綾樹がある。
だけど大人になり、社会という大きな舞台上で会社の舵を切る役目を任され、たったひとりでは正直不安だらけで眠れない夜も多くなった。
趣味として手仕事に逃げてはみたが、不安は離れない。
桜井は、そんな綾樹の心を正確に見抜いたのかも知れない。
それは恋ではなく、綾樹自身の甘えと弱さだと。
弱い人は嫌いですと、彼はやんわり綾樹に伝えたのだろう。
「桜井にとって、必要なのは強い経営者……ということなのか」
桜井は綾樹の友人であり、またブリリアントファーマシーの社員だ。
彼がブリリアント社に入社したのは、おそらく父親の我が儘なのだし、その父親の意思を汲んで数多の可能性を捨てて来てくれたのだから、それに報いるようにしっかり舵取りをして、会社を発展させることが桜井に対する最大の礼儀だろう。
そして、彼もそう思っているに違いない。
綾樹の代で会社が傾き、ともに無職になるなんて、そんな結末はあってはならないのだ。
弱さに怯えて他人に縋るような綾樹の中途半端な愛の告白など、きっと桜井には迷惑なだけ。
ならば永遠に、この気持ちは封印しよう。
その代わり、彼がなんの心配も迷いもないよう、一番頼れる強い男になる。
愛ではなく、魂の誠意で応える。
「それが、桜井に向ける、私の真心だ」
PRESENT【完】
高層階の社長室、大きな窓のそばに立ち、綾樹は空を眺めていた。
少しの間、桜井のことを考えていたかった。
桜井は新しい眼鏡を大層気に入ってくれたようで、何度も綾樹に礼を述べていた。
物で桜井の心を掴むつもりはなかった。だが、夜も遅くまで目をこすり、タオルを首に当て、ろくに食事もとらずに業務に邁進する彼を、何とか手助けしてやりたかった。
眼鏡といえば綾樹の知る限り、詳しいのは楠田だ。
だから彼に相談したら、桜井と会ったと教えてくれ、そのときにプレゼントの話になった。
眼鏡ひとつで状況は大きく好転はしないが、アイウェアが変われば気分転換にはなるだろうし、なにより長く使い続けるなら、わずかな重みでも軽いに越したことはない。
桜井を少しでも楽にしてやりたくて、無理やり楠田の店に連れて行ったのだ。
初めて人にあげるプレゼント。本当なら桜井の好きなものを選ばせてやるべきだった。
歴史と恋心を結び付け、リンドバーグにしたのは、ほぼ綾樹の押し付けだ。
しかし、眼鏡を受け取った桜井の嬉しそうな顔を見た瞬間、綾樹の中で何かが目覚めてしまった。
『綾樹……ありがとうございます』と礼を言った桜井のはにかんだ笑顔。それが少女のように可憐で、愛おしくて、つい彼を抱きしめてしまった。
長年付き合ってきたのに、桜井にそんな気持ちを初めて抱いた。
もし桜井と番になれるなら、こんなに心強いことはないなんてことも思った。
勢いあまって、あんなふうに桜井に告白してはみたものの、桜井の方が一枚上手だった。
「あいつは……私を傷つけないように、必死に言葉を選んだんだろうな……」
自分はまだ綾樹の愛を受け取るに足らない人間だなんて、よく言えたと感心する。綾樹の方こそ、桜井に甘えっぱなしだというのに。
桜井のおかげで、綾樹がどれだけ心強いか。
子どもの頃から気心が知れた仲だ。
遠い昔に、自分が水難事故で怪我をしたときも、桜井はずっとそばにいてくれて、綾樹が忘れたことを全部教えてくれた。だから今の綾樹がある。
だけど大人になり、社会という大きな舞台上で会社の舵を切る役目を任され、たったひとりでは正直不安だらけで眠れない夜も多くなった。
趣味として手仕事に逃げてはみたが、不安は離れない。
桜井は、そんな綾樹の心を正確に見抜いたのかも知れない。
それは恋ではなく、綾樹自身の甘えと弱さだと。
弱い人は嫌いですと、彼はやんわり綾樹に伝えたのだろう。
「桜井にとって、必要なのは強い経営者……ということなのか」
桜井は綾樹の友人であり、またブリリアントファーマシーの社員だ。
彼がブリリアント社に入社したのは、おそらく父親の我が儘なのだし、その父親の意思を汲んで数多の可能性を捨てて来てくれたのだから、それに報いるようにしっかり舵取りをして、会社を発展させることが桜井に対する最大の礼儀だろう。
そして、彼もそう思っているに違いない。
綾樹の代で会社が傾き、ともに無職になるなんて、そんな結末はあってはならないのだ。
弱さに怯えて他人に縋るような綾樹の中途半端な愛の告白など、きっと桜井には迷惑なだけ。
ならば永遠に、この気持ちは封印しよう。
その代わり、彼がなんの心配も迷いもないよう、一番頼れる強い男になる。
愛ではなく、魂の誠意で応える。
「それが、桜井に向ける、私の真心だ」
PRESENT【完】
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